Life is what you make it《完結》   作:田島

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採取

 魔樹との戦いで底をついた魔力が回復するまで結局数日かかったが、ただ漫然と過ごしていたわけではないためなかなか有意義な時間の使い方をできたのではないかとモモンガはご満悦だった。

 主にやっていたのはクレマンティーヌのレベリングだ。

 村の中では召喚したアンデッドの禍々しさで村人に恐怖を与えてしまう為、村の近くの陽光聖典と戦った辺りで訓練をした。クレマンティーヌにはナザリック地下大墳墓の一般メイドが持っているのと同じ疲労無効のアイテムを与えた。種族特性として元々疲労無効を持っているアンデッドのモモンガにとっては無用の長物で例によってアイテムボックスの肥やしになっていたアイテムだ。食欲と睡眠欲を奪うのは忍びないが疲労はない方がいいよな、ということでなかなかいい解決法だったのではないかと心密かにモモンガは自画自賛した。

 まずはレベル的に難易度の低そうな死者の大魔法使い(エルダーリッチ)と戦わせてみるが、これがなかなかいい戦いになった。死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が盾として召喚した骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)四体の処理に殴打武器の扱いは今いちのクレマンティーヌがやや苦戦する。うーん、なんかいい殴打武器持ってたっけなぁ、杖ならいっぱいあるんだけどその他はナザリックの自室のドレスルームに突っ込んでたような……とのんびり考えながら観戦する。

 骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)に囲まれながらも隙あらば後方の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)から〈火球(ファイアーボール)〉や〈電撃(ライトニング)〉で攻撃される。死なない程度に手加減してほしいけど殺す気でやってね、という無茶振りも召喚モンスターは忠実に実行してくれる、実に優秀だ。結果として白熱した戦いになったが一体ずつ確実に骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)を潰したクレマンティーヌが再召喚の隙を与えず死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の懐に入り、持ち前のスピードと武技を駆使して魔法を躱し続け死角に回り確実にダメージを与え、それなりに時間はかかったものの無事勝利した。

 食らったダメージはポーションで回復させる。最初ポーションを見せた時には色が赤な事に相当驚かれた。なんでもこの世界のポーションの色は青で、ユグドラシルポーションのような即効性を持つものは大枚をはたかなければ買い求められない貴重品らしい。即効性がないのは薬草を使っているからで、錬金術と魔法だけで錬成したポーションは珍しいのだとか。旅に出た時にポーションを使う際には注意しなければならないだろう。

「死ぬかと思った……なんかこの死者の大魔法使い(エルダーリッチ)、いつものよりやたら強かったんだけど、どういう事ですか……? 難度六十六とは到底思えない……」

「ああ、召喚アンデッドは俺のスキルで強化されてるから普通のより強いよ? 死霊魔法特化の魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)なのは伊達じゃないって事だ。どうだ、見直した?」

「嬉しくない情報ありがとうございます……」

 げんなりした顔でクレマンティーヌが肩を落とす。でも食らったのは回避不能な〈魔法の矢(マジック・アロー)〉のダメージ位だし危な気なく戦っていたからもっと強くないとレベリングとしては不適か? と考え込む。できればクレマンティーヌの得意な刺突で戦える相手とも訓練させたい。

「クレマンティーヌ、そのスティレットって魔法が込められてるんだったよな」

「あ、はい、そうです」

「使って空になったらその後俺でも込められる?」

「大丈夫だと思いますよ」

「そうか、じゃあ次の召喚アンデッドは君に決めた! 出でよ切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)!」

 中位アンデッド創造で切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)を呼び出す。ゾンビ系なのでスケルトン系と違って刺突無効というクレマンティーヌ圧倒的不利なカードではないし、クレマンティーヌの持ち味であるスピードを活かした戦いができるだろう。そして捉えられさえすれば、スティレットに込められた魔法を使って倒すこともできる。

「こいつはゾンビ系だから刺突も効くぞ、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)よりかなり強いけど頑張れ」

「嬉しくない情報ありがとうございます……」

 クレマンティーヌがスティレットを構えると、切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)が素早い動きで距離を詰め先がメスになった指を振りかざす。金属音が幾度も響き、両者の間で激しい攻防が繰り広げられる。飛び退き距離を取った次の瞬間には既に至近距離に接近して連続して幾つもの金属音が響く、それが瞬きほどの間に繰り広げられるのだから両者のスピードは並外れている。

「モモンガさん!」

「何だ?」

「強すぎです! 死にます!」

「死なない程度にやれって命令してあるから大丈夫だ、頑張れ」

「鬼! 悪魔!」

「ははは、何を言ってるんだ、俺はアンデッドだぞ」

 戦闘中に悪態をつくとはクレマンティーヌもなかなか余裕じゃないか。切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)は訓練相手としては最適解かもしれない。そんな事を考えながらクレマンティーヌの決死の訓練をモモンガはご機嫌で観戦し、召喚の時間限界が来て消滅すると再度召喚して戦わせる、という繰り返しを日が暮れるまで行った。

 そんな事を数日行っていたので、クレマンティーヌは自分でも確実に実感できる程格段に能力が向上したらしい。切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)は最初の頃はかなり手加減をしていたのだが今では本気で斬りかかってもクレマンティーヌは斬撃を捌いてみせている。死ぬすれすれの強敵と戦うとレベルが上がるというのは本当らしい。隙を突きスティレットが胸や眉間を穿つ事も珍しくなくなってきた。訓練の成果としては上々だろう。

 

***

 

 カルネ村の状況も大分変化した。変化の中心は、エンリの召喚したゴブリンだ。

 召喚主であるエンリをエンリの姐さん、と呼び慕うゴブリン達は、エンリのお願いを忠実に聞いてくれるどころか村の為に自主的に働いていた。

 村人達も数日の間にすっかりゴブリンを受け入れていた。同じ人間である騎士に襲われ軽度の人間不信に陥っていた村人達にとっては、村の恩人のアイテムによって召喚されエンリに従って村の為に働いてくれるゴブリンの方が下手な人間よりも信じられるようだった。

 驚いたのが、召喚されたゴブリンたちが自我を持っていてしかも優秀だったということだ。モモンガのゴブリン観はいい意味で壊された。ゴブリンリーダーなどは騎士が村を襲い村人が半減したという事情を聞いて率先して村の防衛計画を立て、村を守る塀の設置や自警団の組織などの提案を次々に行っていった。防衛にも使えるんじゃないかとは思っていたがまさかこんな優秀だとは思っていなかったので、あのゴミアイテムが……と驚けばいいのか喜べばいいのか微妙な気持ちでゴブリン達の働きをモモンガは眺めた。

 騎士の襲撃の後始末はゴブリン達の働きもあって概ね終わり、村人達は今は畑仕事に戻っている。働き手の足りない畑には率先してゴブリンが手伝いに行き、八面六臂の活躍を見せていた。勿論エンリの畑は最優先だ。父母がいた時よりも仕事が早く進むような話をエンリがしていたので、働き手の問題は解決したといっていいだろう。

 客人であるモモンガとクレマンティーヌをゴブリン達が警戒しているのが気になったので何でそんなに警戒するのかとゴブリンリーダーに直接聞いたのだが、敵に回したら勝てなさそうだから、という答えが返ってきた。モモンガがエンリの敵になるという状況がまずありえないのだが、ゴブリン達にとってはエンリが最も大切であり、エンリを守る上での危険要素はとにかく排除したいらしかった。俺の渡したアイテムなんだけどなぁ、とどことなく微妙な気持ちでモモンガはゴブリンリーダーのその返答に肩を落とした。しかし命に替えてもエンリを守ってくれそうなのはいい傾向だ。

 レベリングを終え夕食を摂った後はモモンガが冒険譚をエンリとネムに語る時間になった。炎の巨人スルトを倒した話、神祖カインアベルの討伐、セフィラーの十天使の一体に全滅寸前の憂き目に合わされた話、レア鉱石の出る鉱山を独占していたら世界級(ワールド)アイテムを使って締め出されて反撃したら返り討ちにあった話、どれもこれも、未だに思い出にはなっていなかった。未だに続きがあるような期待が胸のどこかにあり、今にも狩りに行こうぜと誘われるのではないか、そんな思いを消し去ることができずにいる。この何処かも分からない異世界に飛ばされてしまった今でも。

 旅立ちの準備としてモモンガは速攻着替えのデータクリスタルを組み込んだ見た目は地味なローブに着替えた。神器級(ゴッズ)の邪悪な魔法使いローブはあまりにも目立ちすぎるらしいからだ。そんな皇帝や王様でも着られないような高そうなローブ着てたらめちゃくちゃ目立ちますし全然旅人に見えませんよ、とクレマンティーヌに指摘され、見た目が魔王っぽいのも良くないだろうと思い旅人らしい地味なものに変更することにした。

 いざという時は速攻着替えで神器級(ゴッズ)装備に一瞬で変更できるので防御についても万全だ。速攻着替えをネムに見せてみたら大好評で、もう一回もう一回とせがまれ何度もやる事になったのは笑い話だ。

 見た目は平凡なローブに無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)を背負うことによって旅人らしさを演出する。作ったもののユグドラシルではほとんど使わずアイテムボックスの肥やしになっていた物理攻撃用の杖でも持っておけばどこからどう見ても旅の魔法詠唱者(マジックキャスター)だろう。隙のない完璧なプランだ。

 モモンガの意識は既に旅の空の下にあった。旅だなんて贅沢はリアルではついぞ経験がなかったものだ。働き蜂に旅行なんてする余裕はない。しかも徒歩で、一歩一歩己の足で道を刻んでいく旅。憧れない男はいないだろう。クレマンティーヌという旅慣れた案内役がいれば困る事もなさそうだし期待しかない。浮き立つ気持ちを抑えきれず、近日中に旅立とうとモモンガは決意していた。

 そんな風に少しずつモモンガ達が旅の準備を整え、それなりに平穏を取り戻しつつあったカルネ村に来訪者があった。エンリが度々話していた街の友人の薬師、ンフィーレア・バレアレが冒険者を護衛にしてトブの大森林での薬草採取にやって来た。

 その日のクレマンティーヌのレベリングを終え戻ってきたモモンガは、エンリと一緒にいる見慣れない少年が自分を見つけて駆け寄ってくるのを見て戸惑った。誰? エンリに聞く前に少年はモモンガの前に到達し立ち止まって勢いよくぶんと頭を下げ綺麗な直角、九十度の礼をした。

「モモンガさんですよね! エンリを、この村を救っていただいて、本当に本当にありがとうございます!」

「え……あの…………誰?」

「ちょっとンフィー、モモンガさんが困ってるじゃない、自己紹介が先でしょ? モモンガさん、彼は私がお話してた街の友人のンフィーレアです」

「ああ、薬師の彼だね。成程。モモンガです、どうぞよろしく」

 ようやく頭を上げたンフィーレアにモモンガが軽く一礼すると、エンリが僕の事を、とンフィーレアは小さな声で呟いた。

「君の話はエンリからよく聞いてるよ、優秀な薬師なんだって」

「そんな、僕なんてまだまだ未熟者で……日々勉強中です。モモンガさんは凄い魔法詠唱者(マジックキャスター)だとお伺いしましたが、第何位階の使い手でいらっしゃるんですか?」

「えっ…………んっ? それは……その……」

 まずい。正直に答えれば大変な事になる事位はさすがにモモンガも学習したが、この場合どの程度に抑えておくべきなのかはよく分かっていなかった。世界で一人しか使えない筈の第六位階とか答えたらまずい事はさすがに分かるが、陽光聖典を戦意喪失させるような魔法詠唱者(マジックキャスター)は第何位階の使い手なのが妥当なんだ。誰か教えてほしかった。

「モモンガさんはねぇ、第四位階の使い手だよ~、私はモモンガさんの連れのクレマンティーヌ、よろしくね少年」

「第四位階! 凄い、凄いです! 本当に凄い魔法詠唱者(マジックキャスター)なんですねモモンガさんは!」

「ま、まぁな……この歳まで研究一筋だったから、それなりにな……」

 追いついてきたクレマンティーヌがフォローしてくれた。ありがとうクレマンティーヌ。思えばクレマンティーヌには助けられてばかりいる。レベリングでビシバシ扱いているけれども少しは優しくしてやってもいいのかもしれない。街に着いたらなんか美味しいものを食べさせてやろう。お金ないけど。

 それにしてもンフィーレア少年の尊敬の眼差しが痛い。モモンガの魔法はゲームで遊んで習得したものだ。経験値稼ぎは苦労といえば苦労と言えなくもないかもしれないが基本的には遊びながら楽しんで習得したものだし、天才が果てない努力をして身に付けたなんて研鑽の結果では決してないのだ。その真っ直ぐで曇りない尊敬を受けるに値しないんだ俺は、そう思うと心が痛い。

 立ち話も何だしとエンリの家へと向かう。道すがらンフィーレアが薬草採取に来ているのだという話を聞き、もしかしてあいつそういうの把握してたりしない? と思い付いたので三人には先に家に入ってもらい玄関口の横の壁に凭れる。

「〈伝言(メッセージ)〉……あの、モモンガだけど覚えてる? 死の王。そう。縄張りはどう? いい感じか、そうか、ありがとな。あのさ、薬草を採りたいんだけど、どこに何があるかとか知ってる? ……おっマジで? じゃあ明日行くわ。行く時また〈伝言(メッセージ)〉送るから……えっ、何だその〈伝言(メッセージ)〉は何か変な感じだから嫌って……じゃあどうやって連絡するんだよ……。仕方ない、待ち合わせるか。明日の朝森の南の外れで。よろしく」

 〈伝言(メッセージ)〉を切断し内心ほくそ笑む。エンリから薬草は金になるという話を聞いている。これで旅の路銀にプラスしてクレマンティーヌにご褒美をあげる金が稼げる目処が立った。スキップしたくなる気持ちを抑えてモモンガは家に入り、ご機嫌でテーブルに座る。

「ンフィーレア君、一つ頼みがあるんだけど」

「はい、何ですか?」

「明日薬草採取に行くんだよね? 実は懐が少々寂しいんで俺も薬草を売ってお金を稼ぎたいんだ。だから一緒に連れていってもらってもいいかな? その代わりといってはなんだけど強力な助っ人を呼んである」

「助っ人ですか……? どんな人なんですか?」

「どんな……うーん、黒いつぶらな瞳がかわいいかな? 森にものすごく詳しいし、そいつがいたら森の中では怖いものなしかな」

 正確には人ではないがそこは別に言わなくてもいいだろう。

「一緒に行くのは歓迎ですよ。森は危険ですから、モモンガさんみたいな凄腕の魔法詠唱者(マジックキャスター)がいてくれたら心強いです」

「ははは……」

 明日は危険な目に合うことなどありえない、という話も別にする必要はないだろう。クレマンティーヌも一緒に来ると言い、それなら護衛の冒険者と顔合わせをしておこうという話になり三人で冒険者達が滞在している空き家へと向かう。

 漆黒の剣というチーム名の冒険者達は戦士のペテル、野伏(レンジャー)のルクルット、森司祭(ドルイド)のダイン、魔法詠唱者(マジックキャスター)のニニャの四人組だった。皆まだ二十歳に届かないような若さだが、歴戦の強者の雰囲気がある。

「モモンガといいます。こちらは連れのクレマンティーヌ。明日の薬草採取に同行させていただくことになりましたのでよろしくお願いします」

 軽く頭を下げると、ご丁寧にどうもとペテルが恐縮する。営業職の癖で初対面の人にはまず礼をするのだが、どうやらあまり頭を下げて挨拶をする文化はないようだ。

「モモンガさんとクレマンティーヌさんのお噂は村の人から聞きました。何でも村を襲った騎士達を瞬く間に倒してしまったとか」

「野に隠れた実力者であるな」

「はは、ただの旅人です」

 和やかな会話が進むが、後ろから剣呑な気配が漂ってきた。

「可愛らしい! お美しい! スタイル抜群! 惚れました、付き合ってください!」

「……チッ」

 うわぁ、思いっきり舌打ちしてる……。ルクルットが突然の告白を始めてどうやらクレマンティーヌはうざったくなってしまっているようだった。

「クレマンティーヌ?」

「えっ、はっ、あっ! はいモモンガさん! 何でもありません大丈夫です! 仲良くします!」

「そうだな、皆仲良くしよう」

「おいルクルット、その見境なく美人を口説くの本当にやめろよ。すいませんモモンガさん、クレマンティーヌさん、仲間が失礼な事を」

「いえいえ、気にしてませんよ。なぁクレマンティーヌ。美人と言われて悪い気はしないよな」

 しきりに恐縮するペテルにこちらの方が申し訳ない気持ちになってしまう。ちょっと口説かれただけなのにクレマンティーヌは殺気を放ちすぎである。お前リアルの営業職に放り込まれたら生きていけないぞ。というかすぐに猟奇殺人犯として刑務所暮らしになりそうだ。

 その後明日の段取りについて聞いたり朝に森で一人(?)合流する事を告げたりしてからクレマンティーヌと二人でエンリの家へと帰る。ンフィーレアは漆黒の剣と一緒に夕食を食べるようだった。もしかしてモモンガ達がエンリの家に客として滞在しているので気を使わせているのだろうか、幼い頃からの友達というからこうしてたまに会った時位一緒に食事したかったかもしれない、悪い事をしたなと思った。

「モモンガさん、薬草採取なんてどういう風の吹き回しなんですか? 気分転換になっていいですけど」

「ンフィーレアに言った通りだよ、俺はこの世界の金がないから稼ごうと思って」

「私が持ってますから大丈夫ですよ?」

「やだよそんなヒモみたいな……」

「モモンガさんを養うっていうのも悪くないかもしれませんね」

「養われる気はないの俺は。大体飲食不要の骨なのに何をどう養うんだよ……」

 何が面白かったのかご機嫌な様子のクレマンティーヌを眺めて困惑して一つ息をつく。骨なんか養って何が楽しいんだ? 心から分からないぞ……。

「薬草を採ったらンフィーレア達と一緒にエ・ランテルに行こう。売るにしてもンフィーレアを頼った方が高く売れそうだしな。いよいよ旅の始まりってわけだ」

「えっ! じゃあれべりんぐはもう終わりですか⁉」

「いやそれは暇を見つけて続ける。そろそろ死の騎士(デス・ナイト)辺りいけるんじゃないか?」

「なんか名前からして嫌な予感しかしないんですが……」

「大丈夫、死なない程度に手加減させるから」

「それが怖いんですよ!」

 そんな会話をしているとすぐにエンリの家に着く。夕食の時にンフィーレアが帰る時に一緒にエ・ランテルに発つつもりだという話をする。

「そうですか……寂しいですけどモモンガさんにはやりたい事ができたんですものね……応援しなくちゃ」

「モモンガさん、もう帰ってこないの?」

「はは、ネム、俺は転移魔法を使えるんだぞ? 旅の途中でも顔を見に帰ってこようと思えばいつでも帰ってこられるさ。寂しくなったら知らせてくれ」

 その言葉に、エンリが首から下げた銀のどんぐりのネックレスを軽く掴む。

 なんだか自分の家のように馴染んでしまったエモット家、いざ離れるとなるとモモンガも何やら心細いような一抹の寂しさを覚えた。

「村の皆にも話しておきますね。皆モモンガさんとクレマンティーヌさんには返しきれない恩を感じてますから、きっとお礼もしたいですしお見送りしたいですし」

「礼なら沢山してもらったさ。それに大袈裟なのは困るぞ、照れちゃうからな。エンリとネムが見送ってくれれば十分だよ」

「モモンガさん……」

「永遠の別れみたいな雰囲気になってるけどいつでも会えるからな? 魔法は便利なんだ」

 そう簡単にホイホイ転移できるような使い手はモモンガさん位です、とクレマンティーヌは内心思っていたがちゃんと空気を読んで口には出さなかった。

 その夜、皆が寝静まってもモモンガはネムの手を握り続けていた。ベッドに入る時に握っていてほしいと請われてベッドの横に椅子を置き座って手を取り、そのまま離すタイミングを失ってしまった。

 いや違う、俺はこの手を取っていたいんだな。

 どこか自嘲気味な苦笑が漏れた。温もりもなく硬い骨の手。眠る時に握りしめ安心する材料としては不適格なそれをそれでも求めてもらえることを、自分が必要だと願ってもらえることをどうしようもなく求めていた。

 もしもあの時居てくれと言ったなら、皆は去らなかったのだろうか。俺が求めなかったから去ってしまったのだろうか。

 ふとそんな事を考える。夜は長すぎて、どうしても余計な思考が頭に浮かんでしまう。いつもそうだった、鈴木悟(モモンガ)は聞き分けがいい振りをして、皆にもリアルの事情があるから夢があるから生活があるからと、自分の気持ちなど何一つ伝えはしなかった。伝える事で嫌われるのを恐れたから、最後まで好きでいてほしかったから。嫌われたと傷付くのが怖かったから。

 離れたくないって伝えたって、好きな人を嫌いになるわけはないのにな。もしネムが離れたくないとこうして言葉で行動で気持ちを伝えてくれなかったならきっと俺はいてもいなくても同じだったのかと感じて寂しかっただろう。皆にもそんな寂しい思いをさせていたのかな。

 臆病者の鈴木悟はそんな簡単な事も分からなかった。

 アインズ・ウール・ゴウンの皆と過ごした時間が本当に幸せで、たまらなく大切だったから、少しずつ失われていくのが悲しくて苦しくて。聞き分けがいい振りをして誰にもそれを言えずにいた。その澱は心の底に降り積もり折り重なり淀んでいった。その淀みにすら自分で気付けずにいた。

 この子のように素直に言えていれば、こんな事にはならなかったのだろうか。誰か隣にいてくれただろうか。いくら考えても詮無いことではあるけれども、考えずにはいられなかった。

 この世界に来ているかもしれないアインズ・ウール・ゴウンの皆を探す。そう決めたし探したいと強く願っている。でももし再会できたとしたら、俺は何を言うのだろう。もし誰一人来ていないのだとしたら、俺はその先どうやって生きていくのだろう。今回は来ていないけれども百年後には来るかもしれないと淡い期待を抱き続けながら待つのだろうか? まるで帰ってこない皆をナザリックで何もせずただ待ち続けていたように。

 今はまだ答えが出なかった。慌てることはない、先はきっと長い筈だから、じっくり考えればいい。

 

***

 

 翌朝、エンリに二人分の背負い籠を借り、漆黒の剣とンフィーレアと合流し森へと向かう。森に少し分け入ったところでモモンガは立ち止まった。

「合流予定の助っ人が多分来ていると思うんですけど……呼んでみますね」

「……? はい、お願いします」

 モモンガの言葉にペテルは不思議そうな顔をしたが頷いた。

「森の賢王! 出てこい!」

 凛と通ったその声にクレマンティーヌ以外の面々は呆気にとられ呆然とした後、どういう事かと慌て出した。

「えっ? も、森の賢王ですか? どういう事なんですか?」

「ちょっ、待て……なんかでかいものがこっちに向かって来てるぞ! モモンガさん、あんた一体何を呼んだんだ!」

 やがて地を揺らし茂みを掻き分け、ジャイアントジャンガリアンハムスター――森の賢王が姿を現した。

「皆さんおはようでござる! 今日はモモンガ殿の薬草採取のお手伝いをするでござるよ、よろしくお願いするでござる! ……む? そちらのあまり強くなさそうな冒険者は某と戦うつもりでござるか? 相手になるでござるよ?」

「やめろ森の賢王、どうしてだか分からんが皆お前に怯えてるんだ。こんなにかわいいのに何で怯えるんだろうな? 皆さん、森の賢王は薬草の群生地や貴重な薬草の在処にも詳しく、また森の主である彼の者といればモンスターに襲われる危険もありません。稼ぎ時ですよ」

「……モモンガさんは、森の賢王とお知り合いなのですか?」

「ええ、ちょっとした縁がありましてね」

「モモンガ殿はこの森の救い主でござるよ、某でお役に立てることであれば何でも手伝うでござる!」

 胸を張り言い切った森の賢王をモモンガとクレマンティーヌ以外の面々は呆然と見つめた。モモンガからしてみれば、(クレマンティーヌといい勝負ができるらしいので)確かに現地基準では強いかもしれないがちゃんと話も通じるし、この愛らしい獣を何故そこまで警戒するのだろうと不思議でならないのだが、やがて放たれたニニャ達の言葉がモモンガの価値観を根底から揺るがした。

「これが森の賢王……なんて精強な獣なんだろう……」

「⁉」

「力強くも叡智を宿した瞳、まさに森の主に相応しき魔獣であるな!」

「噂通りの恐ろしい魔獣ですね、こんな魔獣を友とするとは、モモンガさんは凄い方ですね!」

「⁉⁉」

「これだけの大魔獣に認められるとは男としての格が違うな……モモンガさん、あんたにクレマンティーヌさんは任せたぜ……」

「いや任されても困るんだけど⁉ というかルクルットさん、あなたから任される理由が全然分からないんだけど⁉」

「昨日黒くてつぶらな瞳がかわいいと仰ってましたけど……この射抜くような鋭く力強い眼光がかわいいんですかモモンガさんは……やっぱり凄いんですね!」

「やめて! ンフィーレア君の尊敬の眼差しが痛い! ちょっとクレマンティーヌ、助けろ!」

「え、いやぁ、私もとてもかわいいとは思えないですね。精強な獣に一票です」

「ええいこの裏切り者!」

 分かった事は、どうもこの世界の価値基準はリアルとはかけ離れた部分がある、という事だった。

 その後森の賢王に案内され様々なレア薬草を採取したのだが、一つ判明したことがあった。モモンガは薬草を採取できなかった。これが薬草だと教えられ摘もうとするまではいいのだが、その後急に意識が混濁し、気がついた時には無残に毟られ潰され使い物にならなくなった薬草が手元に残っていた。何度試しても駄目だった。諦めてクレマンティーヌに採取してもらい、自分は荷物持ちに徹する事にした。

 クレマンティーヌへのご褒美のお金を稼ぎたかったのに自分の手で稼げないのは情けなかったが、もしかしたらこれはモモンガが薬草採取のスキルを取得していない事が原因なのかもしれない、と思い当たった。そんな馬鹿なとは思うが、いくらなんでもそこまでモモンガは不器用ではないし、意識の飛び方が不自然すぎる。取得しているスキルが使えるならば取得していないスキルは使えなくても不思議ではない。もしかしてスキルという事に関してゲームの法則に縛られているのでは、と思うとぞっと背中が冷えるような思いがした。

 夕方には荷馬車に一杯のレア薬草が集まっていた。森の賢王に全員で礼を言い、森を後にする。

「いきなり森の賢王が出てきた時は人生終わったかと思いましたけど、貴重な薬草がこんなに集まるなんて凄いです! モモンガさんのお陰です、本当にありがとうございます!」

「気にしなくていいよ。昨日も言ったけど俺も薬草を売って稼ぎたかったから。高値で買い取ってくれると嬉しいな、お婆さん次第だっけ?」

「はい、お婆ちゃんの査定次第ですけど、でもこれだけ貴重な薬草ならかなりいい値段が付きますよ」

「それで相談なんだけど、俺達これから旅に出ようと思ってるんだ。王国方面に行くから、もし良ければエ・ランテルまで同行させてもらっていいかな?」

「はい、勿論!」

 その後漆黒の剣・ンフィーレアの宿泊する家とエモット家とで一行は別れ、明日の出発に備える。

 この世界がどれだけ広いのか分からないけれども、不死のアンデッドであるモモンガなら隅々まで踏破できるのではないだろうか。あの高い山の頂上にも深い海の底にも何にも遮られずに行くことができる。もし誰も見つからなかったとしても、そんな生き方をしてみてもいいかもしれない。ふとそんな事を考えた。




誤字報告ありがとうございました☺

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