Life is what you make it《完結》   作:田島

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旅路

 翌朝、朝食を済ませてンフィーレアの荷馬車と漆黒の剣と共に村を発つ。やめてほしいと言っていたにも関わらず結局村人総出での見送りとなり、激しい恥ずかしさは沈静化されたものの恥じらいがじわじわと胸を苛み続け、だからやめてくれって言ったのにとモモンガは密かに頭を抱えた。

「モモンガさん、いつでも帰ってきてくださいね、モモンガさんの帰ってくる場所はこのカルネ村にありますから」

「ありがとうエンリ、ちょくちょく帰ってくるさ。それじゃ、行ってくるよ」

 歩き出し後ろに手を振り、名残りを惜しむようにしばらくカルネ村と村人達を見やった後前に向き直る。

 帰ってくる場所、それは母が死んで以来鈴木悟にはなかったものだ。一人で生きてきたし、これからも一人なのだと思っていた。ユグドラシル、アインズ・ウール・ゴウンは帰るべき場所に近いといえたが、辛い現実から逃れる為に一時繋がるだけの仮想現実に過ぎず、そこでだって最後の数年は皆に去られて一人だった。

 そんなモモンガだけれども、カルネ村に帰ってもいいのだという。カルネ村にはモモンガの為の居場所があるのだという。

 だがエンリもネムも人間だ。不老のアンデッドであるモモンガとは違い歳をとりやがて死ぬ。いつまでも一緒にはいられないだろう。いつかは、また一人になる。

 ずっと一人だったのに、一人になるのがこんなに怖いなんてな。いや違う、ずっと一人だったからこそもう一人にはなりたくないのかもしれない。大切なものを失う痛みを、こんなにも恐れてしまうようになっている。鈴木悟(モモンガ)にとって、大切なものとはいつでも簡単に失われてしまい自分の許には残らないものだったから。

 だから一番輝いていたアインズ・ウール・ゴウンの煌めきを取り戻したくて、あるかどうかも分からない希望に賭けてこうして旅を始める。プレイヤーが複数転移してくるという保証はどこにもないし、二百年前の十三英雄と口だけの賢者の例は例外だったのかもしれない。モモンガ以外のプレイヤーが転移してきていて、それがたまたまギルメンだった、そんな都合のいい展開などほぼ有り得ないだろう。それでも、その可能性がゼロではないのならば諦めきれなかった。

 愚かだ、と自分でも思う。それでも捨てきれない。取り戻せるものならば取り戻したい。あの日々は、鈴木悟(モモンガ)にとっての総てだから。

 カルネ村から街道沿いに西へと進路をとる。街道といっても馬車が一台通るのがせいぜいの道幅の土が剥き出しの粗末なものだ。所謂ダート道というやつだ。競馬という富裕層の遊びでそういう道の区分があるのは知っていたが、鈴木悟は舗装された道しか歩いたことがない。靴裏に感じる土と小石の感触は新鮮だった。周囲には見渡す限りの草原が広がっている。遠くに見える山や森と空の際は白く霞み、まだ東の空を昇りきっていない太陽が抜けるような青空と所々に浮かぶ白い雲を強く照らしている。

 一行は最低限の緊張は保っているものの雑談などを交えながら終始和やかに足を運んでいる。最後尾を進むモモンガとクレマンティーヌは特に会話もなくのんびりと歩を進めていた。

「あの、モモンガさんは第四位階の使い手とンフィーレアさんから聞きましたけど本当ですか?」

「ええ、本当ですとも」

 前を歩いていたニニャが振り返りそう声をかけてきたので、モモンガは少しばかり足を速めてニニャの横に並んだ。その方が話しやすいと思ったからだ。

「研究一筋とお聞きしましたが、お一人で第四位階まで到達されたのでしょうか? 凄いですね、師匠などには付かれなかったのですか?」

「師匠はおりませんね。独学です。様々な文献を研究しておりました」

 師匠なんて必要なくレベルさえ上がれば魔法は覚えられたし文献というよりは攻略サイトを参考にしていたのだがそんな事を言う必要はないだろう。場に応じた脚色は必要だ。

「……本当に凄いですね! 天才の中の天才です! お一人でその領域まで昇りつめられるのは本当に才能がある証拠だと思います!」

「いやそんな、上には上がおりますから。私はずっと辺境に籠もっておりました故世間の事には疎いのですが、実際、世の中には第五位階の使い手などもいらっしゃるのでしょう?」

「そうですね、彼のフールーダ・パラダイン老は第六位階を極めていますし信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)ですがアダマンタイト級冒険者・蒼の薔薇のリーダーは第五位階の使い手です。でもそこまで行くと人間の域を超えた逸脱者や英雄の領域ですから、片手の指で足りるような本当に一握りの人しか到達できませんよ。いえ第四位階だって本当に才能がある人が果てない努力の末に行き着く領域ですから、本当に凄いです」

 あっ、第五位階って英雄の領域なんだ……聞かれた時下手な事言わなくて良かった、絶妙なチョイスありがとうクレマンティーヌ。ニニャの言葉にクレマンティーヌへの感謝をモモンガは深めた。

「ニニャさんだってその若さで第一線の冒険者として活躍されているのですから大したものです。失礼ですが第何位階まで修められているのですか?」

「私は第二位階までの魔法が使えます。でもそれも「魔法適正」という生まれながらの異能(タレント)のお陰なんです」

「ほう? どういうものか詳しくお聞きしても?」

 タレント、というのは初めて聞いた単語だ。何か特殊能力なのだろうか。

「例えば普通なら習熟に八年かかる魔法を、その半分の四年で習得できるという生まれながらの異能(タレント)です。私の場合魔法の才能もありそれを師匠に見出され拾ってもらえたのは本当に運が良かったです。ご存知でしょうが持って生まれた生まれながらの異能(タレント)と才能や能力が噛み合う事は稀ですから」

 いや知らんけど、と喉まで出かかった言葉をどうにか抑える。どうもこの世界にはタレントという特殊能力があり、うまく噛み合うと八年勉強しなければならないものが四年で済むとかそういうチートに近い現象が起きるという事らしい、と理解する。後でクレマンティーヌに詳しく聞こう。

「その優秀な生まれながらの異能(タレント)でニニャはエ・ランテルの中ではそこそこの有名人なのである! もっとももっと有名な生まれながらの異能(タレント)持ちがすぐ側にいるのであるが」

 横にいたダインの補足にほう、と興味を示すと、ニニャが苦笑して続きを口にしてくれる。

「ンフィーレアさんは凄い生まれながらの異能(タレント)持ちなんです。全てのマジックアイテムを種族制限などの一切の使用制限に関わらず使用可能、というものです。要するにマジックアイテムなら一切の条件を無視して何でも使えてしまうというものですね」

「それは凄い」

 素直にモモンガは感心した。もしかして例えばだけれども、この世界には持ち込まなかったがモモンガ専用であるスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンとかも使えちゃったりするのだろうか。やばくないかそれ。どういうチートだ。

 という事は最近手に入れた叡者の額冠も、適合者じゃないと使用できない筈だけど使えたりするのだろうか。やばい。あそこまでやばくなくてもなんか悪事に巻き込まれて利用されたりしたらエンリが悲しむなぁ、と思い当たるとンフィーレアの身の安全も確保した方がいいのではないかとモモンガは少し考え始めた。

「ところで先程ニニャさんは魔法の才能を師匠に見出された、というお話があったと思うのですが、どういうきっかけがあったのでしょうか? 修行の成績が優秀だったとかそういう理由ですか?」

「それも生まれながらの異能(タレント)のお陰ですね。師匠の生まれながらの異能(タレント)は、魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)のものに限りますが相手の魔力をオーラのようなものとして見ることができるというものなんです。それで偶然出会った私に魔力があることが分かって弟子入りさせてもらえたんです。師匠は街で私塾を開いていまして、生まれながらの異能(タレント)で見出した才能のある子供達に魔法を教えているんですよ」

「成程。立派な方を師匠に持たれているんですね」

 穏やかな声を心掛けながらモモンガは内心冷や汗をかいていた。そんなやばいタレントを持ってる人がいるとしたら(元々外すつもりはないのだが)街中では絶対に探知阻害の指輪は外せない。やばい事になるというのはいくら何でも学習した。

 タレント、やばくない? これは一刻も早く詳細をクレマンティーヌに聞かなくては。胸の中で強く決意する。

 その他にも世事に疎い世捨て人のロールプレイでモモンガは魔法についての様々な事をニニャから聞いた。中でも興味深かったのは、生活魔法というユグドラシルではありえない魔法だった。調味料や香辛料を作ったり紙を作ったり水を出したり温泉を出したりと何でもありだ。第一位階に届かない魔法詠唱者(マジックキャスター)の卵が使えるゼロ位階と呼ばれる、皿一枚のシチューを温めるだとか指の先に火を灯すだとか何に使うのかよく分からない魔法もあるらしい。しかもゼロ位階の魔法は第一位階の魔法と魔力の消費量が同じ為燃費が悪いという。よく分からないがすごく面白いし興味がそそられる。辺境で魔法を研究していた魔法詠唱者(マジックキャスター)という設定でなければ誰かに弟子入りしてその辺の魔法を使えるようにならないか試してみたい位には興味が惹かれた。

 何度か休憩を挟んで雑談しながら順調に歩を進め、途中で南に折れた街道沿いにどんどん進んでいく。まだ日が沈む気配もない頃にペテルがそろそろ野営の準備をする旨を伝えてきたのでびっくりしたが、野営の場所の選定と準備には時間がかかり、夜になればモンスターとの遭遇率も高くなる為日が暮れる前に野営の準備を終えなければならないのでこれ位の時間から野営するのが当たり前だとクレマンティーヌがこっそり教えてくれた。

 小川の畔の開けた場所が野営地に決まった。ルクルットが手際よくテントを張り竈を作り火を起こす。チャラチャラしているがさすがは第一線の冒険者として活躍する野伏(レンジャー)だな、と少し感心する。クレマンティーヌが協力してニニャは野営地の四隅に杭を打ち、細い糸を巡らせて鈴を付け鳴子とする。その後周囲を回って何か魔法を唱えているのでどんな魔法か聞いたら〈警報(アラーム)〉という魔法の範囲内に侵入者があれば術者に知らせる魔法だという。これもユグドラシルにはなかった魔法だ、どうやらこの世界独自の魔法が多数あるらしい。街に着いたら魔術師協会にでも行ってみてどんな魔法があるのか見てみるのも面白そうだ。

 ンフィーレアは馬の世話、ペテルとダインは武具の手入れを行っている。自分だけ何もしてないというのも申し訳ないような気がしたが、モモンガさんを働かせるわけにはいきませんからゆっくりしていてくださいとクレマンティーヌに言われてしまったので働けずにいる。それなりの期間を共に過ごし、かなり態度が軟化してこなれてきたので忘れていたが、クレマンティーヌにとってはモモンガは神に等しい存在だ。仕方ない事だろう。

 そして夕食の時間となったわけなのだが。

 忘れていたわけではないが考慮していなかった。モモンガは食事ができないのだ。ローブでは完全に首の部分が隠せない関係上一応低位の幻術で首も顔も作っているのでマスクを外すことは出来なくはないのだが、目の前によそわれたシチューなど口に入れてしまったら顎の下からだだ漏れになる。さてどうしたものかと湯気を上げる皿の上のシチューを眺めながら途方に暮れる。

「えっと……モモンガさん、何か嫌いなものとか入ってた?」

 ルクルットに話を振られてしまった。進退窮まった。ええいままよ、なるようになれと意を決しモモンガは口を開く。

「実は、このマスクの下の素顔を他人に見られてはいけないという呪いをかけられていまして……あと凄い猫舌なんです私。なので冷めた後にあちらで頂きたいと思います」

「呪いかぁ……大変だな、人前でマスク外せないんじゃ不便だろ? 神殿で解呪できないのか?」

「高位の呪いのようで神殿の解呪では無理でしたね。この呪いがあったので人目を避け辺境に引き籠もっておりました。今回の旅は、この呪いを解く方法を探すというのも目的の一つなのですよ」

「成程、苦労してんだなぁ……」

 何とか話が繋がったしルクルット達も納得してくれたようだった。内心だけで心密かにモモンガは胸を撫で下ろした。

「ところで、漆黒の剣というチーム名ですが皆さんの武器には漆黒の剣はないように思うのですが、どういった由来なのでしょうか?」

 ペテルは普通のブロードソード、ダインは鎚矛(メイス)、ルクルットは合成長弓(コンポジット・ロングボウ)とショートソードでニニャは(スタッフ)だ。黒い剣はない。何か面白い由来でもあるのだろうか、興味本位でモモンガは問いを口にした。

「ああ、あれはニニャが欲しいって」

「やめてくださいルクルット、あれは若気の至りで!」

「恥じるところはないのである! 夢を大きく持つのは大切な事なのである!」

「ダインまで、勘弁してください本当に!」

 漆黒の剣のメンバーは和気藹々とニニャを肴に盛り上がっている。漆黒の剣、ニニャが欲しい、多分これはチームの目標ということなのだろう。

「ご存知かと思いますが、十三英雄の一人の持つ剣に因んでるんです」

「十三英雄の一人、悪魔と人間の混血児で四本の魔剣を持つ黒騎士だね~」

 ペテルの答えにクレマンティーヌが絶妙なタイミングで補足を加えてくれる。ナイスアシストクレマンティーヌ! 人前でなければ惜しみない賞賛と拍手を贈りたいところだった。

「そうです、黒騎士の持っていた四本の伝説の剣、魔剣キリネイラム、腐剣コロクダバール、死剣スフィーズ、邪剣ヒューミリス。それらを発見するのが私達の目標なんです」

「英雄の剣の捜索ですか、夢がありますね。冒険者に相応しい素晴らしい夢だと思います」

 そのモモンガの言葉は、漆黒の剣へのお世辞ではない心からのものだった。

 ユグドラシルに「ワールド・サーチャーズ」というギルドがあった。拠点も貧弱でギルド戦でも弱いギルドだったが、未知を探求してほしいというユグドラシル運営の思いを一番体現したギルドで、誰よりも早く未踏の領域へと踏み出していく探究心の強い者達が所属していた。装備を強化する事よりも未知を既知にする探求を優先していたが故に彼らの装備は貧弱だった。貧弱な装備で情報のない場所へ突っ込んでいくなんて気が知れない、と当時は思っていたものだが、今思えば一番ユグドラシルの世界を満喫し楽しんでいたのは彼らだったのかもしれない。クレマンティーヌという案内役がいるとはいえ今まさにモモンガは何も知らない未知へと足を踏み出したところだからか、そんな感傷が胸を過ぎった。

「伝説の武具も色々あるけど、その中でもちゃんと実在が確認されてる珍しい武器だからな。まぁ、今でもちゃんと残ってるかは不明だがね」

「あっ、魔剣キリネイラムはもう持っている方がいらっしゃいますよ」

 そのンフィーレアの言葉に、漆黒の剣全員が一斉に首を回しンフィーレアを凝視する。

「だ、誰!」

「うぉー、マジかよー! じゃあ残り三本かー!」

「むぅ、全員分行き渡らなくなったであるな……」

「えっと、アダマンタイト級冒険者の蒼の薔薇のリーダーが持っているとか」

 悲嘆に暮れる漆黒の剣の面々に気の毒そうな顔を向けながら、ンフィーレアが申し訳無さそうに答える。別にンフィーレアが悪いわけではないと思うのだが。

「うげ、アダマンタイトかー! じゃあ仕方ねぇな……」

「そうですね、まだ三本残っていますし、それを手にすることができる位強くなりましょう」

「そうだな、実際に一本は実物があるんだから、他の三本も実物が残ってる可能性が高いって事だろうさ。俺達が発見するまで誰にも見つからないでいてほしいねぇ」

「それに、私達にはあれがあるだろ?」

「あれ、とは……?」

 モモンガの問いに、ペテルは照れくさそうな笑みを浮かべると腰のポーチを探り、一本の黒い短剣を取り出し目の辺りに掲げた。

「これです、モモンガさん。本物が見つかるまで私達の印として持っておこうと作ったんです」

「本物も偽物もないだろうさ。これが俺達がチームを組んだ証なのは間違いないんだからな」

 ルクルットも同じ短剣を取り出し、頭上に掲げて焚き火を照り返し輝く短剣を見上げた。ニニャもダインも、同じ短剣を取り出し思い思いに大事そうに見つめている。仲間達の強い絆、それは例えば全員で作り上げたスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンに向けるモモンガの心持ちのような。きっと似ているのだろうと思い憧憬を覚え、今は失われているものを目の前の若者達が共有している事に少しの嫉妬を覚えて、モモンガはマスクの下で目線を伏せた。

「ふむ、ルクルットが珍しくいい事を言ったのである!」

「あっ、俺の扱い酷くねぇ⁉」

「普段が普段だからな、仕方ないだろう?」

 今度はルクルットを肴に盛り上がる漆黒の剣に、ンフィーレアが問いかける。

「皆さん本当に仲がいいですよね。冒険者の皆さんって、こんなに仲がいいのが普通なんですか?」

「多分そうですよ。命を預けますからね、お互いが何を考えてるか、どう行動するかが理解できていないと危険ですし、理解すると自然に仲が良くなってますね」

「あと、うちのチームは異性がいないしな。いると揉めたりするっていうぜ」

「もしいたらルクルットが真っ先に問題を起こしそうですね」

 ニニャの言葉にルクルットはングッと言葉を詰まらせる。ぐうの音も出ないとはまさにこの事だろう。

「それに、チームとしての目標……も、まぁ、しっかりとしたものがあるからじゃないでしょうか?」

 続いたニニャの言葉に、他の三人も満足気に頷く。

「そうですね、皆の意志が一つの方向にしっかりと向いていると全然違いますよね」

「あれ? モモンガさんもチームを組んでいた事があるんですか?」

 ついポロッと口に出してしまったが、ニニャの問い返しに失敗したとモモンガは思った。呪いを受けて辺境で研究に明け暮れていた魔術師設定をうっかり忘れていた。

「この呪いを受ける前、そう、遠い昔です……冒険者、ではなかったですが」

 嘘をついた。昔だなどとモモンガは少しも思っていない。今でもつい昨日のことのように感じている。円卓(ラウンドテーブル)に誰かがログインしてきて他愛もない雑談が始まりその内に誰かの提案で狩りに行く、そんな日常が目を覚ませば戻ってくるのではないかと、今でも心のどこかでそう思っている。

 様々な想いが混ざり合い溢れ出す。それを言葉にすることはできず、それ以上の言葉をモモンガは続けられなかった。その様子に他の面々も何かを感じたのか誰も言葉を発さず、重い沈黙が流れた。

「――私が弱かった頃、最初に救ってくれたのは純白の聖騎士でした。彼に案内されて、四人の仲間と出会ったんです。そうやって私を含めて六人のチームが出来上がり、更に私と同じように弱かった者を三人仲間に加えて合計九人で最初のチームが出来上がりました」

「そうだったんですか」

「素晴らしい仲間達でした。聖騎士、刀使い、神官、盗賊、二刀忍者、妖術師(ソーサラー)、料理人、鍛冶師……最高の友人達でした。あの日々は忘れられません」

 噛みしめるように一人一人を思い浮かべながら、ゆっくりと口にする。最初の九人、ナインズ・オウン・ゴール。そこで初めて鈴木悟(モモンガ)は友人と呼べる者達と出会い、共に時を過ごし語り遊ぶ楽しさと素晴らしさを知った。それからも仲間は増え続け、輝かしいばかりのアインズ・ウール・ゴウンの日々へと続いていく。鈴木悟の人生で唯一眩い光を心に齎してくれた、大切な大切な日々。

「いつの日か、またその方々のような仲間ができますよ」

 ニニャのその言葉に、まるでぴしゃりと冷水を浴びせられたような心地をモモンガは覚えた。噛み締めていた懐かしさや暖かさはすぅっと冷め、胸には不快さと苛立ちだけが残った。

「そんな日は来ませんよ」

 自分でもびっくりするほど感情の乗らない冷たい声が出た。そんな日は、来ない。そうだ、彼らの代わりなどいない。

 誰もが、クレマンティーヌさえ唖然として言葉もないようだった。気まずさもあるが今は苛立ちの方が強い。とにかくこの場にいたくなかった。

「……シチューも冷めたようですし、あちらで頂かせていただきます。失礼」

 そう言い捨てると皿とスプーンを持って席を立ち、焚き火に背を向けて一行の声が届かない程度離れた岩へと腰掛ける。人前ではマスクを脱げないという設定だ、誰かがこちらを見ているかもしれないので一応マスクを脱いで横に置く。

 そんな日は来ないのならば俺はずっと一人のままなのだろうか、ふとそう思った。

 諦めきれないから僅かな可能性に賭けて探しはするけれども、今までの情報を総合してそれでも仲間がこの世界に来ていると思えるほどモモンガは楽天家ではない。九割九分いないだろうと思っている。残りの一分を諦められないだけだ。どういう条件で転移するのかはまるで分からないが、もし転移者の条件としてモモンガのようにサービス終了の瞬間までログインしていたという条件が付いたなら完全にアウトだ。

 クレマンティーヌはいるけれどもそういう事ではない。従者や信者が欲しいんじゃない。必要なのは、対等な立場で笑い合い分かち合う友だ。

 アインズ・ウール・ゴウンの仲間達、彼らの代わりなんているわけがない。一人一人が掛け替えのない友だ。同じように大切だと思える誰かと出会えるなんて、そんな事は想像もつかない。有り得ないと心が叫ぶ。

 でも本当に、出会える筈がないと言い切れるのだろうか。この世界に来てエンリやネムがいたように。アインズ・ウール・ゴウンの仲間達と全く同じようにではなくても、別の形でも大切だと思える存在に出会うことはあるかもしれない。

 だがそんなのは嫌だった。モモンガにとって必要なのはアインズ・ウール・ゴウンの仲間達だ。理屈ではなくそう思ってしまう。本当は理屈では分かっているのだ、彼等は過去の存在で、待ち続けても戻っては来なかったのだと。彼等にとってはオンラインゲームの仲の良い友人、それ以上でもそれ以下でもなかったのだと。それでもモモンガの心は未だに待ち続けている。物言わぬNPCしかいないがらんとした墳墓を在りし日のまま維持し待ち続けていた墓守生活の頃のままだ。ルーチンを繰り返しただ期待して待っていた頃から何も変わってはいない。

 八つ当たりをしてしまっただけじゃないか。いくら待ち続けても帰ってきてはくれなかった事への悲しみと悔しさを、何も知らないニニャにぶつけてしまった。そんな自分にほとほと嫌気が差した。

 俺はいつまで待ち続けるのだろう。この旅も、旅とはいうけれども待っているのと何が違うのだろう。期待して待っているだけなのと何が違う。今となってはもう皆に気持ちを伝えることは叶わない。それでも会いたい。会って何を言うかは分からないけれども、会いたくてたまらない。その願いを抑えることができない。

 ニニャの言葉を聞いた瞬間覚えた強い苛立ちは沈静化され、じりじりと胸の底を灼くような不快さが続いている。蒼い月明かりに照らされた草原を風が渡っていく。闇に沈んだアゼルリシア山脈の輪郭を星の瞬きが彩っていた。美しさに息を呑むような光景はただただ悲しく映った。それはきっと、モモンガが独りきりだからだ。

 アンデッドは不老だ。仲間を待つ墓守を続けて永劫の時を過ごすのだろうか。百年毎に淡い期待を抱きながら。それがどんなに不毛か分からないほど愚かではないけれども、それでも会いたいのだと心が叫ぶのをモモンガは抑えられなかった。

 

***

 

「あの……モモンガさん、昨晩は、失礼な事を言ってしまって、すみませんでした……」

 朝一番にかけられたニニャからの言葉に、咄嗟にモモンガは答えられず言葉に詰まってしまった。

 正直な話苛立ちは未だに持続している。だがそれはニニャには何ら責任のないものだ。ここで何も答えないのは余りにも大人げなさすぎるし理不尽というものだろう。

「……こちらこそ、大人げない態度をとってしまい、申し訳ありませんでした」

「いえ、当然です! 誰だって大切なものがあります……それを簡単に代わりが見つかるようなことを言ってしまって……軽率でした」

「もう気にしないでください。彼等の話になると私もナーバスになってしまって……ニニャさんは悪くありませんから」

「それでは私の気が済みません! 何かお詫びしたいです……」

 必死に食い下がってくるニニャに、お詫びと言われてもなぁと困惑してしまう。正直昨日の件はモモンガが神経質になるような話題を不用意に出してしまったのが全面的に悪い。それに普通はきっと、出会いがあれば別れもあり、別れた後にはまた新しい出会いを探すのだ。ニニャの言葉は常識の範疇だ。

「……それでは、エ・ランテルで時間のある時に魔術師協会まで案内してくれませんか? 私の知らない魔法を色々見てみたいんです」

「! はい、勿論喜んで!」

 萎れた花のようだったニニャは、モモンガのその提案を聞くとぱっと花がほころぶように笑った。

「さて、そろそろ出発ではないですか?」

「あっ、はい、そうですね! あと半日くらいでエ・ランテルに着くと思います」

「楽しみです」

 ペテルが出発を告げ、馬車が進み出す。待つだけなのと何も変わらないのかもしれないと思った。それでも一歩一歩、自分の足で前に踏み出し地を踏みしめているのだけは事実だ。

 もう待つだけなのは嫌だった。だから、どうすれば待つだけではなくなるのか答えを探してみるのも悪くないかもしれない。まるで雲を掴むような話だけれども、それでもきっと見つけなければ、モモンガはこのまま前には進めないだろう。仲間が見つかろうと見つかるまいと、前に進みたかった。今はまだ、前に進むということがどういうことなのかすら分からないけれども、それでも。

 アゼルリシア山脈の稜線が朝の日差しに照らされ浮かび上がる。澄んだ空の蒼はどこまでも透明で吸い込まれそうだった。この美しい世界で生きていかなければならないのだとしたら、俺は何を為せばいいのだろう。今はまだ何も答えが分からないけれども、旅の終わりまでには見つけなければならないと、そう心の中だけで思った。




誤字報告ありがとうございます☺

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