Life is what you make it《完結》   作:田島

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遊戯

 宿に戻ってから、クレマンティーヌが寝る前に生まれながらの異能(タレント)について聞くことにした。

 なんでも二百人に一人ほどの割合で生まれつき持っている能力らしいが、多くはあまり役に立たないものらしい。例えばお湯の温度が分かるとか、水上を五歩だけ歩ける(それ以上進むと沈む)とか。ンフィーレアのような強力かつ汎用性の高い驚異的な生まれながらの異能(タレント)は本当に例外中の例外で、あそこまで強力なものはそうそうないらしい。

 また、ニニャの言っていた通り生まれながらの異能(タレント)と本人の才能や能力が噛み合う例は稀らしい。魔法に関する生まれながらの異能(タレント)を持っているのに魔法の才能は全くない、という事も珍しくはないのだとか。ただ、ニニャのように噛み合った時には驚くほどの力を発揮するみたいなので、本人も言っていた通りニニャは本当に運が良かったのだろう。

生まれながらの異能(タレント)と才能が噛み合った例っていえば、陽光聖典の隊長、ニグンもそうですよ」

「えっ、そうなの? どんな生まれながらの異能(タレント)持ちだったのあの人」

「召喚モンスターを強化する、っていう生まれながらの異能(タレント)です。天使を召喚して使役する陽光聖典の隊長としてはこれ以上ない生まれながらの異能(タレント)って感じですし、魔法の方も第四位階の使い手になれる才能がありましたから、相手がモモンガさんでなければそうそう負ける男じゃないんですよあいつも。運が悪かったんですねー、わー気の毒ー」

 全然気の毒だと思ってない楽しげな口調でクレマンティーヌが語る。あの天使強化されてたんだ……あんな簡単に捻り潰してごめんな……という気持ちになる。〈獄炎(ヘルフレイム)〉と〈暗黒孔(ブラックホール)〉はやりすぎだったかなぁ……。あの時はどの程度の魔法がこの世界の普通なのかよく分かってなかったからなぁ。まさか〈火球(ファイアーボール)〉や〈電撃(ライトニング)〉辺りの基本的な低位魔法が使えれば魔法詠唱者(マジックキャスター)としては一流だとか思わなかったんだよ……。

 そんな反省をしつつ夜を過ごし、次の朝。観光に行くモモンガとは別行動を取るとクレマンティーヌが申し出た。

「エ・ランテルは大体分かってますから私はいいです。カジっちゃんの協力を取り付けられたとはいえ情報収集は元々私の仕事ですし、地道に足で稼いできますよ。この先の旅程を考えると一番情報が集まってるのがこの街ですしね」

「なんか俺だけ遊んで悪いな……」

「気にしないで楽しんできてください。モモンガさんの為に役立てるのは私の喜びでもあるんですよ?」

 クレマンティーヌがまるで社畜みたいな事を言っている。つい忘れがちなのだがクレマンティーヌにとってモモンガは神に等しい存在だ、奉仕できるのが喜びみたいな感じなのだろうか。やめてほしい。そんなブラック企業みたいな人の使い方をするつもりはないのだ、ブラック反対、ホワイトで行きたい。

「うーん……お前だってちゃんと適度に息抜きして楽しんで休まなきゃ駄目だぞ? 楽しむといっても無駄な殺しはご法度だけどな」

「人殺しに恋しちゃって愛しちゃってる私としてはその縛りは苦しいものがありますが、モモンガさんの言いつけですからちゃんと守ります、安心してください」

「ほんとサイコパスだなお前……」

 やっぱこいつリアルなら猟奇殺人犯として刑務所で最低でも無期懲役位にはなってそうだなという思いを強める。

 本当はクレマンティーヌも一緒にいた方がもっと楽しそうだな、という思いがモモンガにはあったのだが、それは口にしなかった。クレマンティーヌは漆黒の剣の面子にはまるで興味がなさそうで自分からはほぼ接触しないから彼等がいてもクレマンティーヌは特に楽しくないのだろうし、やる気に水を差すのも悪いなと思ってしまったからだ。

 ……こういうの、ちゃんと伝えた方がいいんだろうな、きっと。そう思い当たる。

 どう伝えるべきかをモモンガは考え込んでしまう。ストレートに言うのはなんだか愛の告白のようで照れ臭い。だがネムの事を考えれば恐らくはストレートに言った方がいいのだ。愛の言葉っぽかったところで、まさか骨に恋愛感情なんて抱かないだろうし。心の中で意を決して口を開く。

「……あのさ、クレマンティーヌ」

「何ですか?」

「行くのはいいけど……お前とも、一緒に見て回りたかったな……って、思って……いや真面目に仕事してくれるのは嬉しいんだけど、ちょっと……寂しかったっていうか……」

 目線をやや逸らし照れ臭さを堪えながらそう告げると、クレマンティーヌはぽかんと口を開け素っ頓狂な間抜け面をした後にぱちくりと瞬きを繰り返し、やがて目に涙を浮かべて肩を震わせた。

 またこのパターンかよ!

 ある意味恋愛感情より面倒臭い信仰心ともいうべきものがそこにはあった。寂しいと拗ねてみせただけで感激に咽び泣かれても困るのだ。どうしてこうなるんだ、思わずモモンガは頭を抱えたくなった。

「何で泣くんだよ……」

「だっでぇ……モモンガざんがぁ……」

「たっ! ただちょっと寂しいなって思っただけだろ! そんな感激するほどのことかよ!」

「だっで、だっで、わだじなんがをぉ……うわああぁぁん!」

 結局また泣かせてしまった。俺か? 俺が悪いのか? いなくて寂しいなってちょっと思っただけでそんな感激する?

 リアルではぼっちだったので咽び泣く女性を宥めたことなどあるわけがない、昨日同様おろおろしながらクレマンティーヌの背中をさすったりしてどうにか泣き止むよう宥めようとする。ようやく泣き止んで落ち着いたクレマンティーヌが顔を洗い直してきて元気に出かけるのを見送ってから漆黒の剣との待ち合わせ場所に向かう。途中で金のどんぐりのネックレスを手にし、小声で話す。

「エンリ、おはよう」

『モモンガさん、おはようございます、どうしたんですか?』

「エ・ランテルに昨日着いたから報告しようと思ってさ。昨日はちょっと忙しくて話せなかったから。村の様子はどう?」

『ゴブリンさんたちのお陰で畑も順調ですよ。でも姐さん呼びと護衛はやめてほしいです……』

「ははは、それ位は我慢しないと。召喚モンスターってすごく忠誠心が厚いみたいだから。じゃあ何かあったらすぐ知らせて、また連絡するよ」

『はい、ありがとうございます』

 集合場所では漆黒の剣が既に待っていた。小走りに駆け寄り遅くなった事を詫びる。

「おはようございますモモンガさん、クレマンティーヌさんは?」

「今日は別行動なんですよ。彼女は彼女でやりたい事があるようでして」

「成程。それじゃ今日は私達がしっかりご案内しますね」

 爽やかな好青年の見本のような笑みをペテルが浮かべる。やっぱいい人だなぁ、とかわいい栗鼠が木の実を食むのを見つめるようなほのぼのとした気持ちでモモンガはペテルに礼を言った。

「大通りの露店はやっぱり食べ物が一番豊富なんですけど、その呪いがあると食べられないでしょうから残念ですね」

「そうですね、匂いだけで美味しそうですから。でもその分、知的好奇心を満足させてくれるようなものが見られればと思っていますよ」

「さすが優秀な魔法詠唱者(マジックキャスター)の方は心掛けから違うんですね。その向上心、私達も是非見習わないと。なぁルクルット、お前も少しは見習えよ?」

 ペテルに突然話を振られたルクルットが心外そうに声を上げる。

「何でそこで俺に振るかなー? 俺って優秀な野伏(レンジャー)だろ? パーティの目と耳だろ?」

「トラブルメーカーでもありますよね」

「ングッ……ニニャは相変わらず毒舌だぜ……」

 意外とニニャのツッコミは鋭い。モモンガにはあまりその面は見せていないがかなりの毒舌家らしい。

「聞いてくださいモモンガさん、ルクルットの女癖の悪さのせいで酷い目にあった事があるんですよ。水の神殿の巫女さんが美人だったので依頼を安請け合いしてきて、それが必要経費を考えると手元に残る報酬がマイナスみたいな依頼だったんですから。内容的には難しいものではなかったですけど、あの時は本当に参りましたよ」

「ははは、冒険をしているとそんな事もありますよね。でもそんな酷い目にあったような経験も、絆の深い皆さんならこうして笑い話として大切な思い出になっていくものです」

「確かに、そうですね……全部、大切な思い出です」

 モモンガの言葉を噛みしめるように繰り返したニニャは、そっと微笑んだ。そうだ、嬉しかった事も楽しかった事も苦労した事も、どれも一つ一つが大事な思い出になる。その思い出をしまっている心の中の場所はまるで思い出という名の煌めく宝石で溢れているようで、誰にも覗かせたくはない。

 正直、トラブルメーカーとしてのルクルットなどるし★ふぁーに比べれば子供のように可愛らしいものだ。アインズ・ウール・ゴウン一の問題児が起こした数々のトラブルも今となっては楽しい思い出だ。まだ許してないけど。

「しかしルクルットは出来れば美女から安請け合いはしないでほしいのである!」

「わーった、わーったよ! 気をつけます!」

 賑やかな雑談を続ける一行がまず向かったのは、冒険者の案内らしく武器防具屋だった。クレマンティーヌの装備を整えたいと思っていた事もあり丁度いいとモモンガは思い品揃えを見たのだが、魔法を付与されていない素の状態のお世辞にも質がいいとは言い難い武器しか置いていなかった。

「魔法の武具などは置いていないのでしょうか?」

「魔法の武具は非常に貴重品で値段も高いですから、街の武器屋にはないですね。マジックアイテム扱いです。何か買われるんですか?」

「ええ、クレマンティーヌにモーニングスターのような殴打武器を何か買おうかと思っていまして。今すぐ買うわけではないですがどの程度の価格なのか知りたいのですよ」

「マジックアイテムを取り扱う店に品揃えがあればいいんですが。正直、そんなに沢山流通するものではないですし品揃えもその時々によりますので確実にあるかどうかは分からないんです」

「成程、そうなんですね」

 そういえばクレマンティーヌが魔法の武具は普通の兵士が持てるような品ではないとか言ってたような気がする、その辺の武器防具屋には置いていないのも当然かもしれない。

 モモンガの希望を汲んでくれてペテルは次にマジックアイテムを扱う店に案内してくれた。だが、そこに置いてあるものもモモンガからすると正直な話相当に効果が微妙な品物ばかりだった。そして微妙なのにやたら高い。

 考えてみればユグドラシルではドロップしたデータクリスタルを外装に組み込んで簡単に特殊効果の付いた武具が作れるが、この世界では魔法の武具を作るのには手間暇がかかるのだろう。仕方ない事かもしれないのでどこかで妥協しなければならないようだった。

 一軒目には殴打武器はなかったが、やはりクレマンティーヌを連れてくればよかったなと思った。本人がどういう武器が使いたいかの希望が分からなければ妥協点も探りづらい。とりあえず参考価格を見るだけと割り切るしかないかと、漆黒の剣の案内のままにいくつかのマジックアイテムを取り扱う店を回った。

 漆黒の剣の面々も思い思いにマジックアイテムの効果や値段を店主に聞いては物色している。銀のプレートだとまだ手が届かないものばかりなんですけどね、とニニャが苦笑交じりに教えてくれた。なんでも冒険者には等級があり、上に行けば行くほど希少金属のプレートになるらしい。最高位はアダマンタイトだそうだ。そんな柔らかい金属なんだ……という心の声は外に出さずにおいた。

 魔法の武具の大体の相場は分かったが、高い。これからの旅費も考えると今の所持金ではとてもではないが手が出せないことは分かった。何かお金を稼ぐ方法を考えなければならないだろう。

「ないですね殴打武器……タイミングが悪かったのかな」

「でも大体武器防具の相場のようなものは分かりました、ありがとうございます。それになかなか興味深いマジックアイテムもありましたし」

「いえいえ。私達も楽しませてもらいましたから。手が届かない値段でも見てるだけでも楽しいんですよね、マジックアイテムって」

「分かります」

 その後昼食(モモンガはお腹が空いていない旨を申告して食べなかった)を挟んで案内されたのは、見晴らしのいい丘だった。住宅地の中に緑が残されていて、緩やかに小高い丘からは周囲の家々が一望できる。

「ここ好きなんです、私達。依頼がなくて暇な時とかによく来るんですよ。特に何かするわけじゃなく、座り込んでどうでもいい話をしたり……」

 座ったニニャの横に並んで腰を下ろすと、ニニャは誰に聞かせるともない静かな声でそう呟いた。

「そんな特別な場所を教えてくださってありがとうございます。いい景色ですね」

「はい、何ていうか、すごく好きなんです。街の人の生活が見えるっていうか……」

「この街が好きなんですね」

「第二の故郷みたいな感じですね。私は貧しい農村の生まれで、そこでの暮らしは酷いものでしたけど、村を出て師匠に拾ってもらってこの街で魔法を学んで冒険者になって、夢に近付けましたから」

「黒騎士の剣ですか?」

「それもあります……あともう一つ」

「……お聞きしても? 話したくないことであれば結構ですが」

 モモンガの問いかけにニニャは目を伏せ俯いてしばし考え込んだ。ニニャの答えをモモンガは空を眺めて待つことにした。今日は雲がやや多く、空の青は白く霞んでいる。ゆったりと大空を渡っていく白い雲、これも鈴木悟の世界では決して見られなかったものだ。そよ風が丘を渡り、丘を覆う足首を隠すほどの高さしかない低い草がさぁっと揺れた。夏の鋭い日差しは雲に遮られ和らいでいる。

「貴族に妾として連れていかれた姉を……取り戻したいんです。その為に、力が欲しい」

「酷い話ですね」

 王国は腐敗しているとクレマンティーヌが言っていたがまさかそこまでとは。素直に驚いてそう言うと、ニニャは諦めの滲んだ表情で首を横に振った。

「この王国ではよくある話です……私の生まれ故郷の領主の貴族は、素行の悪い男で……あちこちの村から見目の良い女を攫っては妾にして飽きたら捨てるんです。姉もどうなったのか今となっては分かりません……それを探し出して、また一緒に暮らすのが私の夢なんです」

「見つかると、いいですね」

「絶対に見つけてみせます」

「立ち入った話を聞いてしまってすみませんでした。でも、話してくださってありがとうございます」

 ニニャに目線を向けそう告げると、ニニャはモモンガを見上げてにこりと微笑んだ。

「知ってるのは師匠と漆黒の剣の仲間達位で、人にはほとんど話さないんですけど、モモンガさんになら話してもいいような気がしてしまって。不思議です……会ったばかりの方なのに。なんだか、ちゃんと聞いてもらえるような気がしてしまったんですよね。こちらこそこんな重い話を聞いていただいてありがとうございます」

 ゆっくりとそう語るとニニャは微笑んだまま照れ臭そうに目線を伏せた。広い額、ふっくらとした頬、線の細い顎、ぱっちりとした蒼い目。美少年だなぁ、はにかんで街並みを見つめるニニャの横顔を見てモモンガはしみじみとそう思った。

 その後丘を挟んで北側にあるマジックアイテムを取り扱う店や書店などを回り、漆黒の剣の一同に礼を言って別れ宿に戻ったのが夕方頃。クレマンティーヌは既に部屋に戻っていた。

「めぼしい情報はなかったですね。大体アダマンタイト級とかガゼフとか帝国の四騎士とか表の強者の話で、最近現れた強者については何も。ただ一点、カジっちゃんの手下からこの街の近くにブレイン・アングラウスがいるって聞きました」

「ブレイン? 誰だそれ」

「王国の御前試合の決勝でガゼフと戦って、激闘の末に僅差で敗れた男です。つまりガゼフ級ということです。まあモモンガさんからするとあまり興味は惹かれない強さかもしれませんが。今は傭兵団とは名ばかりの野盗の用心棒をやってるようです」

「結局ガゼフの強さがどの位なのか見てないから興味はあるな。ちょっと会いに行ってみるか。場所は分かるか?」

「アジトの場所も把握済みです。それにしても、昨日も思いましたけどモモンガさんって結構フットワーク軽いですよね……」

「思い立ったが吉日が俺のモットーなんだ」

 傭兵団のアジトはエ・ランテルの北の方にあるというので早速、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)でエ・ランテルの北側の街道沿いの人目につかないような森の中を映し出し、そこに〈転移門(ゲート)〉を開く。その後は街道に出てクレマンティーヌの案内で徒歩で傭兵団のアジトを目指す。

 一時間ほども歩いただろうか、森を分け入り進んでいくと、向かう先でなにやら金属のぶつかり合う音がした。

「何だ……? 傭兵団が襲撃でも受けているのか?」

「何か聞こえるんですか?」

「金属がぶつかる音だ。俺は種族的に普通の人間よりは耳がいいからな。まあとりあえず行ってみるか」

 そのまま進んでいくと、木々が切れ開けた場所に出た。すり鉢状になった窪地には洞窟があり、その前で冒険者らしき者達と傭兵団と思しき男達が切り結んでいた。野盗の討伐、といったところか。だが冒険者側が押されているようだ。

「やっていいですよね?」

「傭兵団をだぞ。うっかり間違えましたとかはナシだからな」

「分かってますって」

 にっこりいい笑顔で答えるとクレマンティーヌはスティレットを抜いて腰を落とし、クラウチングスタートのような独特の姿勢をとった。次の刹那、極限まで引き絞られた弓から放たれた矢のようにクレマンティーヌは窪地へと駆けていった。

 リアルなら世界新狙えるかもな。どうでもいい事を考えながらモモンガも後を追う。ブレインだったかはクレマンティーヌと戦わせて力を見てもいいけど俺もちょっとは遊びたいなぁという気持ちが湧き上がる。あっという間に傭兵達はクレマンティーヌに掃除され、今は洞窟の中から悲鳴が聞こえてくる。呆気にとられている冒険者達の間を通ってモモンガも洞窟へと入る。

 洞窟の中は死屍累々だった。どの死体も一撃で眉間を突き殺されている。この程度クレマンティーヌには遊びにもならないだろう。しかし一人で前に進みすぎだ、と思いつつ歩を早めると、通路が少し広くなった場所でクレマンティーヌが立ち止まり無精髭の男と向かい合っていた。

 ぼさぼさの頭に無精髭だが、肉体は極限まで鍛え上げられているのが見て取れる。恐らく鍛錬以外に興味のないストイックなタイプなのだろう。軽装のチェインシャツに左の腰には刀を提げている。

「モモンガさん、こいつです」

「そうか。悪いけどクレマンティーヌ、こいつ俺が遊んでもいい?」

「勿論構いませんけど……ミンチにしちゃいません?」

「しないよ」

「じゃあちょっと見物します」

 クレマンティーヌがあっさりと下がってくれたので、入れ替わりにモモンガはクレマンティーヌが立っていた位置に立った。

魔法詠唱者(マジックキャスター)か。この俺を相手に遊ぶとは大層なご挨拶だな」

「俺にとっちゃ遊びだよ」

「……正直、あんたは底が知れん、戦いたくないんだが」

「それは困るな、君の力量を見にわざわざここまでやって来たんだ、少しくらいは遊んでもらわないと」

「……ブレイン・アングラウスだ」

「俺はモモンガ。そうだな、君にハンデをやろう。俺は()()()()()()()使()()()()

 モモンガは腰の杖を抜き右手に握った。ブレインはモモンガの言葉に呆れているのか驚いているのか呆然としていた。

「それともハンデなしが希望かな? それだと加減が分からなくてミンチにしてしまうかもしれないんだよなぁ」

魔法詠唱者(マジックキャスター)が……魔法を使わないで、どうやって戦うんだ?」

「一つ使うさ。それで十分」

「……馬鹿にしやがって」

 吐き捨てるとブレインは脚を開き腰を落として刀に手をかけ構えの姿勢をとった。恐らくは待ちの剣、居合というやつだろう。別にそれで問題はない、正面から叩きのめせばいいだけの話だ。

「さて、遊んでやろう、()()()()。〈完璧なる戦士(パーフェクト・ウォーリアー)〉」

 魔法を詠唱し、無造作にブレインの間合いへとモモンガは踏み出していく。迎撃があるだろうが何も問題はない。ブレインまで後三~四歩まで近付いた刹那、ヒュッと光が筋を描いた。

「な…………に……?」

 視認を超えた速度で抜き放たれた刀を振り抜こうとした中途半端な態勢で、ブレインは驚愕に顔を歪めていた。半径三メートルのあらゆるものを知覚する武技〈領域〉と武技〈瞬閃〉を高め極めたオリジナル武技〈神閃〉の組み合わせ、回避不能の居合の一刀、秘技・虎落笛(もがりぶえ)。頸動脈を狙って放たれたその刃は、領域で知覚できない動きで翳された無骨な杖に阻まれていた。

 こいつは、いつの間に杖を動かした? 〈領域〉の中で知覚できないものなどある筈がないのに?

「まあ別に斬られても多分問題はないんだけどな。防いだ方が遊びとしては面白いだろ? さて、もう終わりかな? もっと遊んでくれよ」

「モモンガさん、私のことサイコパスって言いますけど、モモンガさんだってなんか戦闘ジャンキーみたいになってますよ」

「えっ、それはやだなぁ……久し振りに体を動かしたかっただけなんだけど……だから魔法を撃つんじゃなくてわざわざ〈完璧なる戦士(パーフェクト・ウォーリアー)〉使ったのに……」

 後ろの女が茶々を入れてくる。どこまで馬鹿にしているんだとプライドが傷付けられるが、虎落笛(もがりぶえ)を防いだ動きから力量差は歴然。この魔法詠唱者(マジックキャスター)は、ブレインが鍛錬に鍛錬を重ねて編み出した秘技を遊びで簡単に防いでみせたのだ。それが事実だった。

「うわあああぁぁぁ!」

 力の限りにブレインは刀を振るった。だがどんな斬撃も、体の軸を動かすことすらなく仮面の魔法詠唱者(マジックキャスター)は片手で捌いてみせた。何一つ通用しない。そもそもブレイン最大の必殺技である虎落笛(もがりぶえ)が簡単に防がれてしまったのだ、他の攻撃が通用する道理がなかった。

 やがて刀を振り疲れ、息を切らしてブレインは茫然自失といった体たらくで悄然と肩を落とした。もうプライドなど欠片も残ってはいなかった。人生を賭し高めてきた剣は、魔法詠唱者(マジックキャスター)に片手で防がれてしまうようなものだったのだ。

「……ちょっとやりすぎた?」

「正直イジメですね」

「うるさいよ。遊びは終わりだ、クレマンティーヌは奥の奴等を片付けてきて」

「はいはい了解です」

 女が奥へと進んでいくが、もう止める気力もなかった。あの女にも恐らくブレインは勝てない、それはこの二人を街で見かけた時から分かっていたことだ。無駄な足掻きだ。

「ううっ……う……」

 人前で泣きたくはないのに熱い涙が零れ落ち頬を伝う。ただただ情けなかった。天才と言われ、事実剣を取れば無敗だった。だがガゼフに土を付けられ、それからはただひたすらに剣の腕を磨き高めてきた。その日々は一体何だったのだろう。

「なんか……ごめんね。ちょっと悪ノリしすぎたね……つい魔王ロール出ちゃってたし……」

「俺を、殺すのか……いいさ、殺せ。もう生きていてもしょうがない……」

「えっ、いや、殺さないよ? 俺はただ君がどの位強いのか知りたかっただけだから」

「……俺は、弱い…………それがよく分かった……ひたすら鍛錬して、肉刺(まめ)が潰れて柄がすり減るまで鍛錬して……それでも俺は、魔法詠唱者(マジックキャスター)に一撃も与えられないほど、弱いんだ……」

「えっと、それなんだけどね、俺の使った魔法、魔法詠唱者(マジックキャスター)の強さを戦士の強さに変換して戦士になるっていう魔法なんだ。だから俺は今は魔法が使えない、戦士だよ。魔法詠唱者(マジックキャスター)に負けたって点では落ち込まなくていいと思うよ?」

 その言葉にブレインは顔を上げ仮面の男を見た。〈領域〉でも捉えられない動きを見せた目の前の男、戦士としてどれだけの高みにあるのかは正直想像も付かない。その戦士としての強さが、本来は魔法詠唱者(マジックキャスター)としての強さだというなら、一体どれだけの強さの使い手なのだろう。もし本来の魔法詠唱者(マジックキャスター)としての戦いをしていたとしたら……そう考えると寒気がした。そしてこの男にとっては言葉通り遊びだったのだと本当の意味で理解した。

 やはりこの男は底が知れない、その思いが強くなる。

「それにしてもやっぱストイック系なんだね。なんでそんな強くなりたいの?」

「……ガゼフ・ストロノーフに勝ちたかった。だがそれも今となってはどうでもいい……俺やガゼフの腕など、あんたの前では児戯に等しい」

「うーん、そう卑屈になることもないと思うんだけどなぁ。俺はこの世界の人達から見たら神みたいな力を持ってるらしいから比べたら駄目だと思うよ。武技とか使えるんでしょ? 君も十分強いんじゃないかな」

 この世界の人達? 妙な事を言う男だった。

「はいはーい、終わりましたよ~。奥に多分性欲処理用の女がいますけどどうします?」

「冒険者に話せば保護してくれるんじゃないか?」

「了解です」

「あのさぁクレマンティーヌ、こいつを強くするメリットって何かあるかな?」

「どうしたんですか突然」

「いや、なんかプライドへし折っちゃって悪いなと思って……生きててもしょうがないとか落ち込んじゃってるし……メリットがあるなら鍛えてもいいかなって」

「モモンガさんが手を下すまでもない有象無象の処理には役に立つと思いますよ。カルネ村の時もそうでしたけど私一人だと二方に逃げられたりしたら手が回らないとかありますから。まあそれもあの時みたいに召喚モンスターで解決できますけど……ただ、召喚モンスターだと殺し方がエグいんで、いらぬ恐怖を助けた人に与えることにはなりますね」

「やっぱミンチはまずいかぁ」

 何やらブレインが知らない間にブレインについてどんどん話が進んでいく。この二人は何を言っているのだろう。ブレインを、鍛える――強くする?

 強く、なれるのか? 今よりももっと。

「後は……そうですね、今日みたいに私が出てる間、モモンガさんが寂しくなくなるかもしれません」

「人を寂しんぼみたいに言うなよ」

「仲間が増えるのは悪いことじゃないと思いますよ。こいつがモモンガさんの顔を見ても驚かずにその秘密を守れればですけど」

「必ず秘密は守ってみせる! だから俺を鍛えてくれ! 俺は強くなりたい!」

 仮面の男までは無理でもこの女になら届くのではないか、そう思った。今この機を逃してなるものかとブレインは必死に訴えた。

「うーん、じゃあ顔を見せるけど、多分びっくりするよ? 攻撃してこないでね?」

「……分かった」

 ブレインが頷くと、男は仮面をゆっくりと外す。その下から現れたのは、白い、肌……ではない。それは骨だった。つるりとした頭蓋骨、ぽっかりと開いた眼窩には禍々しい紅の光が灯っている。首の辺りもいつの間にか見えていた筈の肌が消え骨が露出していた。

「アンデッド……!」

「うん、そうなんだけど……戦う?」

 その言葉にしばらく答えられない程ブレインは呆然としていたが、やがて首を横に振った。

「……いや、俺を強くしてくれるっていうなら、悪魔だろうがアンデッドだろうが何だっていいさ」

 その答えを聞くと男は仮面を着け直し首も現れる。幻術なのだろうか。

「その意気や良しだね、なかなか見所があるじゃないか。それじゃあよろしく、ブレイン・アングラウス」

「あんたの事は何て呼べばいい?」

「モモンガでいいよ」

「じゃあよろしく頼む、モモンガ」

「あぁ? さんを付けろよモジャヒゲ野郎」

 見れば女が恐ろしい形相でブレインを睨んでいた。殺気が凄い。思わずごくりと唾を飲む。

「付けなくていいから! クレマンティーヌ、イジメはやめろ!」

「さっきのモモンガさんほど酷くありませーん、大体にしてあれだけの力を示されたのにこの男にはモモンガさんへの敬意というものが足りません」

「いいよ別に敬意とか! そういうの苦手だからいらない! クレマンティーヌはさん付けを強要しないこと、これ命令ね!」

「ええっ! それじゃどうやってこの男にモモンガさんへの敬意を表させるんですか!」

「だからいらないから!」

 何だか分からないがやかましい二人の仲間入りをする事になってしまった。だがそれでも、あの高みへ一歩でも近付けるなら、何に魂を売る事になっても構わない。剣を極める、それこそがブレインの人生そのものなのだから。

 その後洞窟を出て、冒険者達に中に女達がいる事を伝え脱兎の如くその場を離れる。追及されると色々面倒だからだ。森を少し進んでモモンガが開いた〈転移門(ゲート)〉にブレインが唖然としたり、宿屋に戻ってきたものの二人部屋だし急に増えたブレインが普通に宿屋から出ようとしたら宿屋の親父がどう考えてもおかしいと勘付くという事にようやく気付いてブレインを〈転移門(ゲート)〉ですぐ裏の路地に送って部屋を取らせたりと色々あったのだが、こうして一行は人数を一人増やし三人となったのだった。

 

***

 

 昨日生きる目標を奪っちゃったカジットも何か考えてあげなくちゃなぁ、とモモンガが考えていたその頃。

 カジットは実に生き生きと部下に指令を送っていた。

「昨日出された二つの命令……様々な局面において切り札となるであろうンフィーレア・バレアレの確保とそしてあの御方にとって邪魔になる、あるいは力になり得る強者の情報……! この二つを組み合わせてみればその意図が分かるというもの……まずはズーラーノーンを御方に捧げ、然る後に強者の情報とンフィーレアを使い世界を! 世界を死の王のものとするのだ!」

 めちゃくちゃ元気になっていました、という話。




誤字報告ありがとうございます☺

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