Life is what you make it《完結》   作:田島

9 / 30
北へ

 エ・ランテルを旅立つにあたってその前に小川のせせらぎ亭を訪れ、漆黒の剣の面々に旅立つ旨とここまでの道中親切にしてもらった礼を改めてモモンガは述べた。こういう挨拶は基本中の基本だ。銀級とはいえ冒険者との友誼を結んでおいて得こそあれ損はないだろう。

 その後エ・ランテルの北門へと向かったのだが、一応カジットにもエ・ランテルを離れる事を伝えておくかと途中でモモンガは思い当たり、クレマンティーヌとブレインを待たせて人気のない路地へと入る。

「〈伝言(メッセージ)〉……カジットか、私だ」

『おお、死の王よ、如何なさいましたでしょうか』

「私とクレマンティーヌはこれよりエ・ランテルを離れ北に発つ。以後の事は頼んだぞ」

『委細お任せください。必ずや世界をあなた様の手に』

 ……は? 世界? を? 俺の手に?

 えええぇぇぇ⁉ 何、何がどうなってそういう事になってるの⁉

 激しい驚愕と動揺が襲ってくるがすぐに沈静化がかかりある程度冷静な思考が戻ってくる。と、とりあえず動揺を見せると死の王ロールが崩れてしまう……冷静に、冷静にだ。

「フ……私は死を手中にしている、それは世界を手にしているも同様ではないか。今更世界を望むと?」

『あなた様こそ名実共に世界の王となられるに相応しいお方、そしてその狙いはわたくしめにお命じになられた命令の内容からも簡単に推察ができます』

 ……は⁉ (何かあったらエンリが悲しむから)ンフィーレアを守れって命令と(プレイヤーを探したいから)強者の情報を集めろって命令だよね⁉ 何がどうなってそうなるの⁉

 しかし、これは修正しようとすると死の王ロールを崩さないと無理だぞ……しかも〈伝言(メッセージ)〉の時間内では絶対に無理だ……。いや延長すればいいんだけど死の王ロールを保ったままだと何をどう言い包めたらこの誤解を解けるのかさっぱり分からないよ……。

「まあよい、私の影は絶対に見せるな。誰にも悟られぬように、密かに静かに事を運ぶのだぞ」

『かしこまりました、死の王よ』

「ではまた連絡する」

 多大な精神的疲労を覚えながらカジットとの〈伝言(メッセージ)〉を切断する。言い包める方法が思い付かなかったからいざとなったら俺は関係ありませんでしたと言い張る作戦をとりあえず使ってしまったけど大丈夫だろうか……。不安だ、不安すぎる。

 表通りに戻ると憔悴しているのに気付いたのかクレマンティーヌが心配そうに顔を覗き込んできた。

「どうしたんですかモモンガさん、何かありましたか?」

「なんか……カジットの中で俺は世界征服する事になってた……」

「あちゃー……カジっちゃんって思い込み激しいですからねー。まあモモンガさん位の力を持ってれば世界征服とかしようとするだろうって普通思いますよ」

「しねーよ! 俺はただ仲間を見付けたいだけなんだよー!」

「欲がないですよねぇ。そこがモモンガさんのいい所なんですけど」

 若干呆れ気味のクレマンティーヌに生暖かい目で見られているような気がしてしまう。これが被害妄想というやつか……。気を取り直しエ・ランテルの北門から街道へと出る。この辺りの街道は舗装されているが、道が舗装されているのは王直轄領とレエブン候という貴族の所領だけで他は舗装されていないのだという。何か貴族の利権がどうとか難しい話だった。

 モモンガ達は街道を北へと歩いていく。ここから王都までは徒歩だと半月程度かかるという。別に急ぐ旅ではない、ゆっくり行こうとモモンガはのんびり構えていた。

 道中、モモンガが百年に一度現れるプレイヤーという六大神や八欲王と並ぶ強大な存在である事などがクレマンティーヌからブレインに説明されたが、ブレインはピンと来ていない様子でクレマンティーヌに凄い顔で睨まれていた。だがアーグランド評議国に行き白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)に会うのがとりあえずの旅の目的だと教えられた際にはさすがにブレインも驚いていた。ドラゴンはどの世界でもやっぱり凄い存在なんだなと分かる。

白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)に会ってモモンガは何をするんだ……?」

「とりあえず八欲王みたいな事をするつもりはないし敵対する気もないって伝えないと怖いだろ、始原の魔法(ワイルドマジック)とか使われたら。話を通しとこうと思ってさ。あとプレイヤーに詳しいらしいから他のプレイヤーに関する情報も引き出せたらいいなと思ってる」

「会うったってあっちは国のお偉いさんだぜ? どうやって会うんだよ」

「うーん分からん。とりあえず行ってみてこっちがプレイヤーだって伝えてみたら会ってくれるんじゃないかと思ってるけど」

「結構行き当りばったりだな……」

「うっさいわ」

 ブレインのタメ口が気に入らないのかクレマンティーヌが睨んでいるがタメ口のほうがモモンガとしては気楽でいい。敬語強要禁止も後でクレマンティーヌに付け加えておかないといけないかもしれないと考える。

 十五時位まで歩いたら、街道を外れて人気のない人目につきづらい場所を探しレベリングを開始する。

 ブレインにはクレマンティーヌ同様に疲労無効のアイテムを与えた。あと道中ブレインの装備を確認したのだが、言ってはなんだが貧弱なのでこの際だと思ってクレマンティーヌとブレインに毒や石化、視覚異常や移動阻害などの状態異常を無効化する指輪をとりあえず渡した。モモンガ自身が手持ちのアイテムを把握しきれていないので夜の間に把握してからになるだろうが、二人の装備も強化しなければならない。ブレインの刀もなんか微妙だったしなぁ、ナザリックの自室のドレスルームに行ければもっといっぱいあるんだけどなぁ、と思うもののないものねだりをしても仕方がない。

 レベリング相手は二人とも死の騎士(デス・ナイト)だ。ブレインはレベル的に厳しいかもしれないが死ぬか生きるかギリギリのいい勝負になる程度に適度に手加減するように死の騎士(デス・ナイト)には命令するし、相手の急所を突く事に特化したクレマンティーヌのスティレットよりも汎用性の高い戦い方のできる刀を使っているので問題はないだろうという判断だ。中位アンデッド創造で死の騎士(デス・ナイト)を二体召喚すると、その姿を目にしたブレインが唖然として息を呑んだ。

「おい……これとやるのか……?」

「そうだよ。何か問題ある?」

「いや……どう考えても勝てないだろこんなの……」

「その内勝てるようになれればいいよ、それまでは死なないように手加減させるから」

「……死なないように?」

「怪我してもポーション一杯あるから安心して」

「安心できるか!」

「強くなりたいんだろ、文句言わない。はい始め~」

 モモンガの開始の合図で死の騎士(デス・ナイト)がブレインに斬りかかる。咄嗟に反応したブレインは暴風を伴う刃をどうにか躱してみせた。なかなかやるじゃないか、満足気にうんうんと頷きながらモモンガはブレインの決死の訓練を見守った。

「おいモモンガ!」

「どうしたブレイン?」

「勝てん! 死ぬ!」

「だから死なないように手加減させてるから大丈夫だって、安心していいよ」

「鬼! 悪魔!」

「ははは、俺はアンデッドだぞ」

 訓練中に悪態をつくとはブレインもなかなか余裕があるじゃないか。見ればクレマンティーヌは大振りな死の騎士(デス・ナイト)の攻撃を躱し懐に入る事には成功しているが、巨大な盾の守りに阻まれ攻め手に欠けているようだった。クレマンティーヌの素早さをもってしても死の騎士(デス・ナイト)の厚い防御はなかなか抜けないらしい。さすが俺の愛用の盾モンスターと何となく誇らしい気持ちになる。

 訓練を続け二人とも傷は負うものの戦闘続行不能になるような深い傷は負わない。死の騎士(デス・ナイト)の手加減がいい具合なのか二人が一流の戦士だからなのかはたまた両方か。召喚の限界時間が来て死の騎士(デス・ナイト)が消滅したタイミングでポーションで傷を癒やさせ夜まで訓練を続ける。

 街があれば情報収集も兼ねてそこに宿をとるつもりだが道中は基本的にレベリングをしてその後その場でグリーンシークレットハウスを使い野営することにした。グリーンシークレットハウスを展開してみせると目の前に突然コテージが現れたその光景にブレインが呆然として、恐る恐る中に入ると更に唖然とした。二人の食事は冷蔵庫に食材があるので台所で適当に作って食べてもらう事にする。

「このれいぞうこって奴……口だけの賢者が作ったマジックアイテムを大きくした感じだな」

「へえ、口だけの賢者って冷蔵庫作ってたんだ」

「色んなマジックアイテムを考案したんだが、何がどうしてそうなるのか理屈が全然説明できなかったから口だけの賢者、って言われてんだよ」

「えっ面白い」

「そうか……?」

 ブレインが妙なものを見る顔で見てくるがそんな事は気にならない位モモンガは興奮していた。口だけの賢者が作ったというマジックアイテムの数々もいつか見てみたい、夢が広がる。

 アンデッドは疲労とは無縁なので徒歩での旅も苦にはならない。旅の開放感、未知への期待、そんな明るいものがモモンガの胸を占めていた。白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)に話を通した後どうするかはまだ決めていないが、情報を集めながら世界中を回るのも楽しそうだ。

 どうやら新入りなのでブレインが料理をさせられている様子だった。最低限食えるもんしか作れないぞ、と文句を言いながら調理している。手が空いたクレマンティーヌはモモンガの向かいのソファに腰掛けた。

「モモンガさん、今日からのれべりんぐの相手、強すぎません?」

「そうか? いい感じで戦ってたじゃないか」

「全然勝てる気がしないんですけど……」

「大丈夫大丈夫、レベルアップすれば勝てるようになるよ。切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)も最初は死ぬって言ってたけど最終的にはかなりいい戦いができるようになったろ?」

「それはそうなんですけど……英雄の領域を超えて逸脱者の領域に至らないと勝てない予感がしますあいつ……漆黒聖典でも勝てるの第一席次位なんじゃ……」

「ははは、いいじゃないか逸脱者。なっちゃえよ」

「他人事だと思って軽く言いますね……」

 そんな感じで適当に雑談をしているとブレインが炒め物とスープを手早く仕上げて運んでくる。手慣れた感じだ。

「むむ……結構美味しい……」

「そりゃ良かった。それにしてもなんだこの肉と野菜……やたらめったら美味いな……」

 複雑そうなクレマンティーヌの様子にブレインが肩を竦めた。この二人がもっと親睦を深められるようなイベントを何か起こせないだろうか、考えてはみるもののリアルでは友達のいないぼっちだったモモンガに分かる筈もない。

 待てよ、殴り合う事で理解し合えて友情が深まるとか昔の漫画でそんなのがあったな。ふとそう思い当たる。シチュエーションとしては夕方の河原がいいらしいが、街道沿いは見渡す限りの平原で、時折林や森がある程度だ、河原など望むべくもない。まあ別に時間と場所はそんなに拘らなくてもいいか、そう思いモモンガは提案してみることにした。

「なあ、明日の朝にでもちょっと軽く二人で手合わせしてみないか? これから一緒にやっていくんだ、お互いの力量を把握しておくことも大事だろ?」

「私は構いませんけど突然ですね」

「なぁ……まさか殺されたりしないよな……?」

「モモンガさんが生かすと決めたものをアタシが殺したりしないよぉ? まぁちょっと、痛い思いはするかもしれないけどねぇ?」

 戦々恐々といった様子で尋ねるブレインに、クレマンティーヌは肉食獣の笑みで応える。

「もし死んでも蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)あるから安心して」

「安心できねぇよ!」

 モモンガはフォローしたつもりだったのだがブレインにとっては安心材料にならなかったらしい。まあもし死なれたりしたらレベルダウン分を取り戻すのに時間がかかりレベリングの効率も悪くなる、それは望むところではない。

「クレマンティーヌは殺したり大怪我をさせないようにくれぐれも気をつけるように。力量を見る為の軽い手合わせだからな? 殺し合いじゃないからな?」

「はーい、了解でーす」

「何でこんな毎日生きるか死ぬかの思いをしなきゃならないんだ……? 傭兵団で自分より強いモンスターと戦ってた時より怖いぞ……」

「生きるか死ぬかの状況の時にこそレベルが上がって強くなるらしいぞ、やったな」

「嬉しくねぇよ!」

 モモンガはフォローしたつもりだったのだがブレインには慰めにならなかったらしい。フォローって難しいとモモンガは実感したのだった。

 二人が眠っている間にモモンガはアイテムボックスのアイテムの整理をして時間を過ごし、明けて朝。

 グリーンシークレットハウスを片付け、クレマンティーヌとブレインを向かい合わせる。

「よし、じゃあ、始め」

 モモンガの開始の声にブレインは居合の構えをとり、クレマンティーヌもスティレットを構えた。そしてそのまま、数分が過ぎた。

「ちょい待ち、ストップ……えっと、クレマンティーヌ、何で動かないの?」

「間合いに入ってもいいんですけど、それだと手加減が難しくて。モモンガさんは簡単に防いでましたけど、あの技避けるのかなり難しいですよ。出来なくはないと思いますけど殺す気でかかる必要がありますね」

「それじゃ仕方ないな……じゃあ、ブレイン、何か自分から攻撃する技はないの?」

「ある……が、あまり使いたくない」

「えっ、何で?」

「……俺の技じゃない、人の技を真似したものだからだ」

 ブレインは意外とオリジナリティに拘るタイプらしい。そういえば昨日の道中で例の居合の技、虎落笛(もがりぶえ)は〈領域〉と〈神閃〉というオリジナル武技を組み合わせた技だ、と聞いた。虎落笛(もがりぶえ)のネーミングセンスが最高だとモモンガの中二心が疼いたのは余談だ。

「うーん、別に人の技でもよくない? 俺の魔法だって誰かが作ったものを使ってるし俺のオリジナルなんて一つもないよ? 重要なのはその技をブレインが使えるって事じゃないか」

「……そうだな、分かった」

「よし、じゃあ再開」

 モモンガの合図でブレインは刀を抜き正眼に構えた。じりじりと足を擦りクレマンティーヌとの間合いを少しずつ詰めていく。クレマンティーヌの脚に力がこもり、バネのようにしなやかに地を蹴った瞬間だった。

「〈四光連斬〉!」

 ブレインが刀を振り抜いた、と思った瞬間にはキンキンキン、と連続して硬い金属音が響いた。素早くクレマンティーヌは飛び退って距離をとっている。

「……中々やるじゃん。この武技使いたくなかった理由も分かったよ」

「えっ何で?」

「この武技はガゼフの技です。ブレインは、王国の御前試合でこの武技が決め手になってガゼフに敗れたんです」

 クレマンティーヌの説明に成程とモモンガは納得した。単に人の技だからという理由だけで使いたくなかったというわけではなかったらしい、様々な微妙な思いを抱く武技なのだろう。

「でもこの武技、こんなに命中率良い技じゃないよね? 狙いが正確すぎる」

「……自分なりに鍛え上げたからな。もっとも、お前さんには全部防がれちまった訳だが」

「それもモモンガさんに鍛えてもらってれべるあっぷしたら分からなくなるでしょ。まあちょっとはアンタの事認めてやってもいいかもね? その技術力は大したモンだよ。剣の天才って看板もあながち嘘じゃないって訳だね」

 お互いがお互いの腕を認め合っている、中々いい感じなのでは? 手合わせの結果にモモンガはご満悦だった。それにしても技のブレイン、いい響きだ。そういえばたっちさんが好きだった昔の特撮ヒーローにもいたな、技の一号とかっていう奴、熱く語っていたのを覚えている。これで力の二号がいれば完璧になるのに。そんなどうでもいい事を考える。

「よし、お互いの力量も分かったところで手合わせは終わり! じゃあ出発するぞー!」

 モモンガの言葉にクレマンティーヌとブレインは武器をしまい、足取り軽く歩き出したモモンガの後に続いた。

 

***

 

 昨日の内に王直轄領は通り過ぎ、今は舗装されていない街道が北へと続いている。この辺りは貴族の領地なので舗装されていないらしい。帝国が侵略してきた際に舗装された道だと容易に侵攻を許すだっけか? 来てもいない帝国を言い訳にして民の利便を無視して必要な公共事業を行わないのだから貴族というのもいいご身分なのだなという思いがする。

「王国は腐敗してるって言ってたけど、まともに道の整備もしないんだな。王都へ向かう主要道路だろ? 道を整備すれば往来も楽になって物流が盛んになって産業も商業も発展するのにな」

「それを考える頭が王国の貴族共にはないんですよ。例外はいますが。多くの貴族共の頭にあるのは派閥の利権争いと自分の利益だけです。それに多分、道を整備するとなれば大半の貴族はその費用を民から徴収しますね」

「えっ、そういう事業費って予算で組んでないの?」

 クレマンティーヌの答えのあまりといえばあまりな内容にモモンガは驚いて素っ頓狂な声を上げた。

「法国や帝国では国家事業として行ってますけど、王国でそういう事を考えるのは黄金こと第三王女ラナーと六大貴族のレエブン候位なものですね。だから道の舗装が済んでるのも王直轄領とレエブン候の領地だけなんです」

「えぇー……ドン引きだわ……。さすがにそれは国とか上に立つ者の役目でしょ……その為の税金じゃないの……?」

「全部貴族の懐に入りますし民の為に使ってくれるような貴族は珍しいです。王国は元々の税率が高い上に私腹を肥やす為に貴族が税を上乗せしたりしますから、その上道路整備の費用の徴収までかかったりしたら完全に民が干上がりますね。労役も発生するでしょうからその間農村から男手がなくなりますし。ノブレス・オブリージュというんですか? そういう誇りは腐敗しきった王国の貴族にはありませんね。無駄にプライドが高い奴は多いみたいですけど。その点法国は枯れるまで民を搾るような愚は絶対に犯しませんから、王国に生まれた平民には哀れみを覚えます」

「それに関しちゃ同意だな。俺は元々王国の農民出身だが、農村の暮らしなんて酷いもんだぜ。貴族に搾られるだけ搾り取られて食うや食わずやの生活だからな。俺は剣の腕があったから村を出られたが、才能がなくてあのまま百姓暮らしだったらと思うとぞっとしないね」

 二人の言葉に、どの世界でも虐げる者と虐げられる者がいるのだなとモモンガは不快さを覚えた。虐げられ何の希望も持てなかった貧民層の暮らしを思い出す。王国の農民も、明るくは振る舞ってはいたけどエンリ達カルネ村の住民もきっと、鈴木悟と同じように希望を持てないでいるのではないか。そう思うとただただ不快だった。

 生きるのに必死だから、生きる意味なんて考えている余裕がない。エンリの言葉を思い出す。貧民層の鈴木悟にすら僅かにあった余裕がエンリ達王国の農民には全くないのだ。それ程に生きていくのが厳しいということなのだろう。

「王国は肥沃な土地です。他の土地ほど努力しなくても豊かな実りが得られます。王国の貴族達は、その豊かな実りに胡座をかいて民から実りを吸い上げ続け長い時間をかけて腐敗していったんです。今や国を蝕み取り除き切れない程に。法国の人類至上主義の理念に対する共感はもうありませんけど、腐敗した王国が人類の為にならないというのは分からなくもないですよ」

「……不愉快だな。豊かな実りは民の力があるから得られるものだろ。仮にも同族を働き蜂程度にしか考えられない富裕層には虫唾が走る。俺だって知らん人間はそもそも同族じゃないし虫程度にしか思わないけど、それでも例え虫だって働きには報いがあるのが当然だと思うぞ」

「サラッと怖い事言うよなモモンガは……人間は虫程度なのか……」

「ブレインは仲良くなったからかわいい犬位にはランクアップしてるよ、愛い奴め」

「それはそれで……複雑だな」

 ブレインの表情は明らかに引き攣り強張ってドン引きしていた。だけどモモンガはアンデッドで人間ではないのだ、それ位は許してほしい。仲良くなればちゃんとランクアップするし、役に立ってくれたらその分お返しもしたいと思っている。

「さて、次の街まではどの位なのかな?」

「王都とエ・ランテルの中間地点にあるエ・ペスペルまでは情報が収集できそうな大きな街はないですね、小都市や村ばかりです……という事はずっとれべりんぐが続くのかぁ……うわぁ……」

「マジかよ……」

「ははは、二人ともそんな事じゃ強くなれないぞう? レベリング頑張ろう!」

 にこやかに笑うモモンガにじとりとした目をブレインが向ける。

「お前は頑張らないだろ……」

「だって俺は多分もうレベルアップできないもん。試そうにもレベルアップできそうな敵がいないし。いたら実験してみるんだけどな」

「モモンガさんが生きるか死ぬかの思いをする敵って……真なる竜王位じゃないですかね……」

「それは敵対したくないなぁ……でもレベルアップの実験はしたい……二律背反だな。魔樹は苦労したけどレベルアップしたって感じはなかったなぁ。それを考えるとやっぱり経験値はもう取得できないのかも……」

 そのモモンガの言葉を聞いたブレインが不思議そうな顔をした。

「魔樹って?」

「昔竜王(ドラゴンロード)達が倒したっていう破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の内倒しきれずにトブの大森林に封印されてた一体だよ。モモンガさんが一人で倒しちゃった。モモンガさんの魔法凄かったんだから、遠くからでも見えるような炎が上がったり星が降ってきたりして」

「マジかよ……半端ねぇなモモンガ……」

「そう思うならブレインも少しはモモンガさんに敬意を持ったほうがいいよ? 凄いお方なんだから」

「敵には回さないようにするわ……」

 やっぱりブレインはちょっと引いてるような反応を見せている。だからこの世界の人間から見ると神にも等しい力を持ってるらしいよ? ってちゃんと言ったのになぁと若干の理不尽さをモモンガは覚えた。まあ実際に見たりしなければ実感できないものなのかもしれない。探知阻害の指輪を外して力を感じ取ってもらう手を使ってもいいが、あれはかなり怖いらしいので可哀想だろう。

「そういえば、さっきの貴族の話に戻るけど、王様がいるんだろ? なんでちゃんと貴族に言う事聞かせないんだ? 馬鹿なの?」

「リ・エスティーゼ王国の国王は全国土の領土の三割を領土として持っている一番大きな貴族、というのが一番実態に近い表現ですね。あと三割が六大貴族で、残りの四割が他の貴族の領土です。だから王といってもそこまで強い権力は持っていないんですよ。直轄領でない国土に対する力もありません。その点法国は昔から最高神官長を最高位とした六大神殿のしっかりとした組織がありますし、帝国も今統治している鮮血帝が専制君主制を強行して中央集権社会をほぼ完成させましたから、どちらも国のトップに強い力があります」

「クレマンティーヌってやたら物知りだよな……一体何者なんだよお前」

「秘密。まぁこういう知識は必須なお仕事してたってだけだよぉ」

 ややたじろいだブレインの問いをクレマンティーヌは涼しく受け流す。そこに、ぽつりとモモンガが実感のこもった呟きを零した。

「それにしても鮮血帝って怖い名前だな……血塗れ皇帝……」

「軍を掌握してその武力を背景に即位直後から権力争いを仕掛けてきそうな肉親や無能な貴族を次々と粛清したんですよ。流した血の多さからその名が付いてます」

「怖……近寄らんとこ……」

「ただ、無能な者は容赦なく粛清されますが有能であれば平民からでも積極的な登用を行いますから、平たく言って名君ですね。まだ二十代前半の若さですが容姿もいいですしカリスマもあるので国民からの人気は高いですよ」

「でも怖い……」

 正直なところを言えば、お前(モモンガ)の方が余程怖いよとブレインはその時思っていたのだが、口に出すほど迂闊でもなければ愚かでもなかったので黙って聞いていた。

「怖いといえば、ブレインは俺の正体見た時あんまり怖がらなかったけど何で?」

「例えば死者の大魔法使い(エルダーリッチ)位知能の高い存在になると六腕の不死王デイバーノックみたいに生者と共存するアンデッドもいる。お前はその手の存在だろうと思ったからだ」

「へー、そうなんだ。という事は普通のアンデッドは話が通じない?」

「大体知能が低いな。生者への憎しみだけで動いてる」

「成程なぁ……という事は同族(アンデッド)との対話は諦めた方が無難かぁ……ところで六腕って?」

「王国の裏社会を牛耳ってる八本指って犯罪組織があるんだが、そこの警備部門のトップ六人の事だ。それぞれがアダマンタイト級の強さを持ってるって話だ」

「裏社会……怖……」

 だから何が怖いんだよ! と言いたい気持ちを抑えブレインはこっそり息をついた。竜王(ドラゴンロード)が出てくるような存在を一人で倒せる強さを持っているモモンガが恐れるような存在などそうそういる訳がないのだが、鮮血帝が怖いと言ったり裏社会が怖いと言ったり妙に小市民的な所がある。底知れない神のような力と小市民的な気さくな人柄(?)のギャップが強すぎてこのアンデッドはよく分からない奴だ、というのが今のところのモモンガに対するブレインの印象だ。

 他の世界からやって来た神と呼ばれるに相応しい力を持つ存在、というのがまずブレインの想像力の限界を超えている。六大神や八欲王や十三英雄なんて神話やお伽噺の空想上の存在だと思っていたのに、それが実在し英雄譚通りかそれ以上の力を持っているというのだ。そんなもの想定している訳がない。ブレインの知っているそういう存在といえば蒼の薔薇の死者使い(ネクロマンサー)の老婆、十三英雄の一人リグリット・ベルスー・カウラウだが、彼女だってそんな圧倒的な力は持っていなかった。死者使い(ネクロマンサー)として名高いリグリットなど相手にもならない程の強力なアンデッドをモモンガは使役している。クレマンティーヌの口振りでは更に強力なアンデッドも召喚できるらしい。規格外すぎる。しかもその上強力な魔法も使えるというのだ。

 真なる竜王だっけ? でないと対抗できないってのは案外マジなのかもな。そう思う。

 そんな危険物がのんびりと王国の街道を歩いているのだ。国家どころか種族、いやそんな枠に留まらない、世界の危機とも言うべきものがここを歩いている。でも話してみると決して悪いアンデッドではないので何とも言い難い微妙な心持ちになる。人間の味方というわけではないようだが悪意も特に持っていないようだし、本人は仲間を見つけるのが目的と言っている上に白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)の許へ行って平和的に話をつけるつもりだというから世界に害を為す気もないようだ。

 そういう奴が危険な力を持っているというのは、どちらに転ぶのか分からない危うさがありある意味恐ろしい事なのでは? とも思うがブレイン如きが何か出来るわけでもないので本人がこうして平和に旅を満喫している限りは普通に接していていいのではないかと思う。何より他ならぬ本人が普通に接される事を望んでいる。

 モモンガという奴は、変な奴だなぁ、としか言い表しようがない。

 妙な女と変なアンデッドとの旅路は始まったばかりだ。れべりんぐとやらがある時点で既に平和ではないのだが、平穏無事な旅路をブレインは願わずにはいられなかった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。