カミュは、怒っていた。
天へと真っ直ぐに伸びる青髪を更に立たせて、猫のように鋭い目を吊り上げ怒る彼の前には、飄々と腰に手を当てて悪びれもしない女が一人。
その女と同じ顔をしているが、オロオロとカミュと女の攻防を見守っているせいで、彼女と双子であることを忘れられる女が一人。
日も傾く草原のど真ん中で三角形を形成した三人を、遠巻きにスライムが眺める。
彼処に入ったら最後、青年の怒りや女の責任転嫁でどえらい目に遭うことが、かしこさのない彼等にも分かっているのだ。
その当のカミュはといえば、遠路遥々、妹を救うために雪に鎖された祖国を出てきたというのに、いつの間にか連れになっていた踊り子と占い師の姉妹がとんでもないものを盗まれてしまったと言うから、大層お冠なのである。
「なんで、よりによって……ミネアのタロットが盗まれるんだ!?」
渾身のカミュの叫び。
家へ帰ろうと夕空を渡っていた烏も何事かと驚いて、「かぁ」と情けない声を出す。
しかし、当のやらかした本人といえば涼しい顔。
鉄線で顔を仰いだかと思えば、数多くの男を手玉に取ってきたであろう流し目でちろりとカミュを見上げ、
「ちょっと借りてたら、いつの間にか無くなってたのよね〜。多分、昨夜に行った酒場でスられたんだと思うけど」
しかも、堂々と盗まれたという始末。
ここまで来るのに簡単な事情を聞いていたが、全くもって言い訳や言い逃れをすることもないその姿勢たるや、清々しいの一言に尽きる。
「やっぱり、姉さんに貸すんじゃなかったわ……。『明日からは真面目に暮らす』という、いつもの守られることなんてない口約束を信じてしまうなんて」
「はァ、まさか同業者に持っていかれるとか。俺も焼きが回ったのかもしれないな」
こうまで姉───マーニャに他人事のように話されると、なんだか怒ってるのも馬鹿らしくなってくるものだ。
妹のミネアも、悔恨の滲んだような口振りをしているが、その顔に貼りついてるのは諦観の笑みである。
生まれてこの方、双子というだけで、一等マーニャに振り回され続けているミネアからすれば、これぐらいの“やらかし”は犬に噛まれた程度の出来事である。
対して、カミュもこの姉妹とズルズル旅を続けているうちに、達観という言葉を覚えてしまった。
マーニャには、カジノがある街に行けばこっそりと貯めていたへそくりまで使い込まれ。
酒場に行けば、必ず賭け事に手を染め、7割5分で負け戦を強いられているマーニャが、文字通り身ぐるみ剥がれそうになってる所を何故かカミュが入れ替わらされ。
終いには重なる道草のせいで、予定した旅のスケジュールが半分もいかず。それに怒ってパーティ解消だと喚けば、「まあまあ」とあやされ、此方が聞き分けのない子どものように扱われる。
「バイキング共にもかなりの扱いを受けたが……。こいつらよりは、断然マシだった」
「カミュさん。
「二人とも酷い言い草ね〜」
「ミネアの世間知らずっぷりも、俺からしたら相当だぜ」
「え、そうなんですか」
衝撃の事実に、ミネアが雷魔法のライデンを食らったように呆然としているが、それを無視してこれからのことについて、カミュは尋ねる。
この姉妹をお供にしてしまった以上、ある程度の諦めは必要なのだ。
妹を助けるために、どうしてここまでそのスキルが必要になるのかはともかくとして。
「で、どうするんだ? 流石に、商売道具のタロット無しってのは無理なんだろ?」
「ふふふ、そこはこのマーニャさんにお任せなさい! 犯人が何処へ行ったかの検討はついてるわ」
自信満々にそう言って、意味もなくクルクルとその場を舞うマーニャの身のこなしは、流石モンバーバラで錦を飾っただけあって、噎せ返るような色気がある。
───但し、心に達観を飼っているカミュからすれば、その余興のような動きが余計鼻につく。
「此処から、北の所に滝の洞窟があるの。トラペッタという街の近くにあるから分かりやすいと思うわよ。折角なんだから、夜も明かすついでにそこに寄るのがいいわね」
どうやらミネアのタロットを奪った盗賊は、その滝の洞窟とやらを根城にしているようだ。
思ったよりも手間を掛けさせる同業者に、カミュのこめかみがブチッと嫌な音をたてる。
「俺は、伝説の宝珠の在処を探したいつってんだろ! ったく、チンケな賊の癖に、大層な根城を持ちやがって」
───伝説の宝珠を集め、いずれ地の底で出会う勇者に力を貸せ。さすれば、お前の贖罪は果たされるだろう。
近い過去に聞いたその預言者の予言に、カミュは縛られている。
否、自ら縛られにいったと言う方が正しいのかもしれない。
彼は、その予言に縋り、己の罪に必死に向かい会おうとしているのだから。
だが、そんなシリアスなカミュの事情など、モンバーバラの姉妹は知らぬと言いたげだ。
仲間になった暁に話しているはずだが、マーニャは元より、存外肝の座っているミネアもあまり関心を払うつもりもないようで。
「まあまあ、そう慌てないの。勇者様を探しているのは、貴方だけじゃないんだから」
「姉さん、それ以上、カミュさんの怒りを煽るのは止めた方がいいと思いますよ」
「カミュは揶揄いがいがあるから、ミネアよりも虐めちゃうのよね〜。困ったものだわ」
「その躊躇なく、火に油を注ぐ姿勢を尊敬しますわ」
この二人もとある祠で神のお告げを聞いており、導かれし者として勇者を探している最中であるのだが、なんのその。
意外と気を長くして、この勇者探しの旅を楽しんでいるところであった。
◆◇◆
カミュ達一行が言い争っているその刻、トラペッタには、二人の青年が人を探して、ふらふらとメイン通りを歩いているところであった。
「オラクルベリーのモンスター爺が言うには、この街に占い師がいるみたいなんだけども、誰に聞いても『当てにならない』の一点張りで全然教えてくれないね」
簡素な紫色の外套とお揃いのターバンが目立つその青年は、樫の杖をレンガ道に付きながら「ふむ」と考え込む。
静謐な眼差しが睨む先は、傾き始めた太陽が街の向こうへと消え掛けている。
橙色に包まれる住宅街の中、鳥が歌い、風がそよぎ、広場の噴水が奏でる水音がなんとも長閑で、「もう少しゆとりのある旅だったら、観光してみたかったな」と青年は胸中で微笑む。
そんな黄昏そうになっている青年の傍らにいるのは、緑色の髪が目に眩しい青年だ。
「そこまで藪だって言われるんならさ、オレらも考え直さないといけないのかもな。やっぱり、占い婆を待ってる方が良かったんじゃないか?」
二人共、年の頃は十代後半と若く、その顔には若々しい力が漲っているのだが、何処か濃い影がその面差しには付き纏う。
バタバタと子猫のように青年達の足元を、子供がじゃれつくように通っていくが、二人はそんな穏やかな一コマでさえも妙に懐古を滲ませる。
まだ大人になったばかりであるのに、どうしても無邪気に笑う子どもという存在が物珍しいのか。しげしげと、子ども達の賑やかな後ろ姿を見送ってしまうらしい。
「おじさーん。そんなにのんびり歩いてたら、あっという間に夜になっちゃうよー!」
「オレらはまだ、おじさんじゃねぇよ! お兄さんだ!」
「きゃはははは! そうやって怒るのがおじさんっぽい」
しかも、自分達を眺めている存在に気付いていたらしい子ども達は、格好の獲物が現れたと揶揄い、それに緑髪の青年が片腕を振り上げて怒る。
それが殊更可笑しかったようで、子ども達はケラケラと笑いながら、路地へと消えてしまった。
子どもたちの姿がなくなると、怒っていたフリをしていた青年が「仕方ねぇな」と苦笑をうかべる。
「ヘンリーは、ああいう子達と波長が合うよね」
仲良く子どもと応酬をしていた友人を含みのある顔で尋ねてみると、彼自身も青年が何を言いたいのか分かっているらしく、気まずげに頬を掻く。
「オレ自身、クソガキだったからな。だからか、あっちもそれが分かってて親しさみたいもんを感じるんだろう」
「確かに、昔のヘンリーはじゃじゃ馬だった」
「……それは女の子にいう言葉だぜ、リュカ」
まさか、友人からそんな言葉を貰うことになるとは───と言いたげなヘンリーの目は白い。
しかし、リュカからすれば、悪戯小僧と同じくらい、昔のヘンリーにはじゃじゃ馬という表現が良く似合うのだ。
と、あまり話を逸らしすぎてもいけないと、リュカは急に真面目くさったような顔を取り繕って本題に戻す。
「占い婆は姿を晦まして、もうひと月も見てないって皆言ってた。だから、僕はいつ帰ってくるのかも分からない人を待つよりは、確実に会える人に占ってもらいたいんだ」
「勇者が何処にいるのか、か」
リュカの故郷であるサンタローズで見つけた、父親からの遺言。
それを成し遂げるために今後の方針が欲しくて、オラクルベリーで聞き込みをしていたら占い婆を紹介されたのだ。
しかし、その占い婆も一月前に店からいなくなってしまったようで、誰も彼女の所在を知らないと言う。
これには、ほとほと困りこんでしまったリュカとヘンリーだが、そこで『トラペっタのルイネロ』を代わりに教えて貰えた。
曰く、失せ物探しが大得意の占い師である。
曰く、今、波に乗っている占い師と言えば彼。
曰く、あの千里眼は先天性のものであり、そんじょそこらのモドキとは違う。
此処まで言われてしまえば、行くしかなかろう。
そう張り切った二人は大陸の端っこまで来て、探し人を探してもらうために、今はルイネロという占い師を探しているのだが。
「どうも、オレ達は本末転倒なことをしている気がしてならないな」
顎の下に指を当てて、考え込んでしまったヘンリーにリュカはふふふと静かに笑う。
「ずっと僕達、人を探しているからね。でも、探し物が得意らしいから、僕らにはピッタリじゃないかな。『伝説の勇者』、見つかったら良いんだけども」
なんの偶然か、彼等の探し人も勇者であった。
カミュやマーニャ達とはまた違う理由で用があるらしいが───。
刹那、馬の悲痛な嘶きがこの穏やかな街並みに響き渡る。
それは、怒りを含んでいるようにも感じられる、聞いていて胸の痛くなるような鳴き声であった。
一瞬にして、何かがあったと分かるその声に、二人はハッと顔を見合わせて、一も二もなく走り出す。
確か、門の近くから声が聞こえてきたはずだと、言葉もなくアイコンタクトで共有した二人が向かった先には───一頭の白い馬が庇うようにして、緑色の魔物の前に立ち塞がっている光景があった。
✤✤✤
───マスターライラスという、魔法使いの人をご存知ですか?
───マスターライラスは先日に火事でお亡くなりになったんです。本当に気の毒なことですが……。
「兄貴、マスターライラスが火事で亡くなったって───」
「まだこの人からしか、その話は聞けていません。他の人からも事の仔細を聞いてみましょう」
「が、合点でげす!!!」
やはり、カミュとモンバーバラ姉妹が争っている頃。
リュカとヘンリーがルイネロを探してやって来たトラペッタに、物々しい御者とその護衛達も訪れていた。
朱色のバンダナと黄色の袖のないコートを羽織っている青年は、ぽやぽやとした見かけによらずリーダーシップを発揮し、隣で衝撃の事実に打ち震えている毬栗帽子を被った浮浪者のような格好をした男性に声を掛ける。
二人並んだら、とんでもない凸凹コンビ具合いである。
マスターライラスの事を聞かれていた街人でさえも、二人の関係性が気になるのか、好奇心の宿った目で見詰めているが、人の視線には鈍感らしいこのコンビは「ありがとうございます」と丁寧にお辞儀をして、店を出ていってしまう。
「やっぱり、酒場で情報収集した方が早そうですね」
主君の話では、マスターライラスは街の凄腕魔法使いとして親しまれていたように聞こえたが、どうやらそうでもなさそうな気が青年にはしていた。
あの憎きドルマゲスの師匠をしていたということも引っ掛かり、物は試しにと街中で聞きこみ調査を行っていたが、やはりこのお天道様の下で本音というものは出しにくいのかもしれない。
酒場という単語に、忽ちにして目を輝かせたのは隣でえっさほっさと青年の歩みに合わせている男である。
「お! 兄貴、一杯飲んでいくでげすか?」
「流石に職務中にお酒は飲まないです。お酒は、好きですけどね」
「兄貴はそんな優男みてぇな見た目してるでげすが、案外いける口でげすしね」
子分にしたつもりは無いが、勝手に子分を名乗っているその男に、気にしている所を滅多刺しに刺されて、つい青年の目が剣呑に細まっていく。
「そんなに私は、なよっとしてますか?」
しかし、そんな青年に気付かないのがこの男。
ニッカリと粗野な笑みを顔中に広げるや、どんとその分厚い胸板を叩く。
「いえいえ、兄貴のその心意気や漢気が分からねぇ奴には言わしときゃ言いんでげすよ!! アッシくらいの漢じゃねぇと分からないでげすがね!!」
だが、男が本気でそう思っていることが青年には伝わった。
ちょっと後味が悪いからと助けただけで、まさかこうまで懐かれるとは思ってもいなかった。
その無垢なまでに真っ直ぐな欽慕が、少し変わった出生を持ち、特殊な環境で育った青年には酷く心地が良かった。
「ヤンガス、君の話は本当に筋が通らないですね。でも、ありがとうございます。私のことをそう評価してくれるのは、貴方ぐらいですよ」
仕える者以外にはあまり見せられない笑みを携えて、「さあ、行きましょう」と男───ヤンガスを青年は促す。
「兄貴が優男に見られるのは、所作が整いすぎているところなんでげすがねー」
街に溶け込むには、あまりにもその動作は品が良すぎる。
彼の素性を知ればそれも頷ける話であるのだが、会ったばかりの時は何処かの貴族様かと疑った程だ。
まぁ、そんな提言をした所で、彼のコンプレックスが正されることもなければ、ヤンガスとしては貴族のような振る舞いをする動作もお顔も整っている兄貴が好きなため、そもそもするつもりもない。
その後、酒場に行った二人はルイネロというモジャモジャ頭のオッサンに出会い、マスターライラスのことを聞き、一触即発の空気まで流したが、『魔物が街に出た!』というショッキングなニュースによって、それどころではなくなる。
「なんだか、嫌な予感がするでげす」と言うヤンガスの言に、青年も顔色悪く頷いて、その魔物が出た現場に直行するのであった。
DQの二次創作がもっと増えて欲しいです。
私の生きる燃料が・・・もっと欲しい・・・