FGO短編集   作:北国から

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 昔々、ある所に一柱の神様がいました。

 ある日、神様は娘の女神様に強請られて遠く遠くまで手を伸ばしました。

 神様の手は時を超えて遥か先まで伸びて、たくさんの宝物をつかみ取りしてきました。しかし、残念な事に手を引き戻す時に随分と落としてしまいました。

 たった一つだけ残ったのは、美しくもなければ逞しくもない、ただ混乱し、泣き叫ぶ一人の人間。全ての原因である神様と女神様は、事と次第を知って自分を罵る不敬者を冥界へと突き落とします。

 そこで、哀れな者はもう一柱の女神様に出会うのでした。

 彼女によって地上に送られた男は、神と女神への恨みを心の底に抱きつつも生きる為に日々を過ごしていく事になりました。

 彼が女神によって送り届けられた知らない街。

 偉大なる王が支配する都市国家ウルクで……彼が神の腕に連れ去られる前の大地の知恵を活かして拵えた様々に便利な道具を王に悉く召し上げられながら。

「お前の物は俺の物。俺の物は俺の物。これからも果実の如く我に捧げるがよい! ……いいや、その夢確かめ機とやらはいらぬ。いったい何の役に立つと言うのだ、そんな物!」




 こはやさん、名無しの通りすがりさん、蜂蜜梅さん、クォーレっとさん、胡瓜さん、みたらしパンさん、yuさん、誤字報告ありがとうございます!


こんにちは、ぼくディラエモン

 

 

 

 ディラエモンとは、古代メソポタミア神話に出てくる世界最古の魔法使いの名前である。

 

 はるか昔、神々の王にして天空や星々の神であるアヌ神が『自分の腕は一体どこまで伸ばせるのだろうか』と考えた。

 

 彼は溺愛する娘であるイシュタルを傍に置き、遥か彼方までひたすらに手を伸ばして触れる物全てを掴み取っていった。

 

 神の手はどこまでも伸び続け、都市を超え、河を超え、大地の彼方を通り過ぎ、海の向こうにまで達してもなお伸びていった。

 

 そしてとうとう星空まで達した。そこでアヌは一度手を引き戻した。手の中には世界から集めた数多の戦利品が輝いていた。

 

 見た事のない花があり、目もくらむような金銀財宝が輝いており、神も知らない珍獣が走り回った。彼の手は宝石よりも美しい星々さえ砂金のように掴み取っていた。

 

 アヌはそれで満足したが、イシュタルは満足せずさらに彼方へと届かせて見せろと父に強請った。もっと美しい宝、もっと珍しい花々、もっともっと面白いものが見たい。

 

 彼女の願いに根負けし、アヌはもう一度だけ手を伸ばした。先程よりもさらにさらに遠く、遠く、遠くまで伸ばした手は星々の海を越え、世界の果てを乗り越え、時の彼方にまで届いた。それは遥かな未来の世界、百年も千年も万年も先の未来にまで届いた。

 

 彼自身にこれ以上は二度とないという程に伸ばされたアヌの腕は、通り過ぎたあらゆる時と場所で様々なものをつかんだ。 

 

 しかし彼の伸ばした手は果てしなく伸び続けたおかげであまりにも多くの物を掴まえすぎ、伸ばし続けた際にも引き戻した際にも多くの物を取りこぼしていった。万年先の未来の品を、千年先の未来で取りこぼした。千年先の未来の品を、百年先の未来で取りこぼした。無理をして無理をして伸ばした指は多くの物を落としていった。それらはそれぞれの時代、人にとって首を傾げさせる奇妙な落とし物として世に伝えられていった。

 

 彼らが自分自身の前に持ってこれた戦利品は、いつしか一つだけとなっていた。

 

 それは人間だった。

 

 顔が平らで、肌は黄色くて、これといって目を引くような力もなく知性も感じない、若くもない一人の男だった。勇猛さも美しさも教養高さも感じない男の姿に、イシュタルは早々に興味を失くしたほどだった。

 

 しかも、それは既に死にかけていた。時を超え空を超えた先に待つメソポタミアの大地も風も、どこかから連れてこられた彼には全く合わなかったのだ。それは例えるなら、正に魚を大地にあげたような有様だった。

 

 声もなく人事不省に苦しみ身を震わせるたった一つ残った戦利品が壊れてはたまらないと、アヌはその男を作り替えた。

 

 男にとっては見知らぬ大地と見知らぬ風にも応じて生きられるように、思うまま気の向くままに男の肉体は神の手により作り替えられていった。魚が空を泳げるかのように理不尽に適する為作り替えられた生命は巌のごとく強靭に、容貌は女神イシュタルの眼にも適うように若く美しく、アヌはあっという間に男を変えてしまった。それは正に、一人の男を材料にして別人を生み出す所業以外の何物でもない。

 

 もはや、この男をこの男たらしめている要素は魂以外にはない。

 

 そう言いきれてしまう有様に、アヌはよき仕事をしたとうなずいた。作り替えられた肉体の残滓である血液の中で横たわる男は、もはや毛髪の色が黒いという以外に面影一つ存在せず、家族が見ても当人が見てさえ別人としか見えない有様だったが、アヌは全く問題視していなかった。それどころか、彼は醜く弱い肉体を強く美しく作り替えたのだから感謝されてしかるべきと思っていた。神々とは人間にとって理不尽であり傲慢であると、太古から神話の形で連綿と言われ続けている酷薄さの具現そのものだった。

 

 男はアヌが一声かけると目を開けた。彼は自分を囲むようにまき散らされている夥しい血と見知らぬ大地と風、そして見知らぬ神々の男女に慄いた。彼らが何者であるかは知らないが異常な何かであるという事だけは肌で感じられた。人ではないと言われても素直にうなずけるその一組に彼が何を感じたのかは、血まみれの見知らぬ大地にいるとしばらく気が付かなかったという点から察して余りある。

 

 アヌは混乱し慄く男を無視して自らの行いを語り、男に肉体を作り替えた感謝を求めた。

 

 イシュタルは男の内心を察し、恐怖と困惑、そして喪失から来る怒りが生み出されそれが神を相手には決して意味一つないという事実を愉しんだ。

 

 アヌは己の行いが男にとってどんな意味を持つかという点を察する事が絶望的にできない程に傲慢であり無神経であり、それが当然である神だった。

 

 イシュタルもまた同様であったが、彼女は元々非常に多情であり酷薄、そして加虐を好む女神であり、それらは男性に対して多く見られた為に今目の前で混乱のさ中にある男の内心を察するのは簡単であった。

 

 わが身に降りかかった理不尽、その原因、これからの人生、その全てをおぼろげながらも察したこの場においてただ一人の人間は、しばらく間抜けに大口を開けていたが、神を構成する要素の内で最も貧弱かもしれない忍耐力の限界値を超えるギリギリのところで事実を認識し、受け止める事が出来た。その後に起こるのは、もちろんアヌが当然の事として考えている自身への感謝でもなければ平伏でもない。イシュタルが待ち望んでいる恐慌や激高の方がより近いだろう混乱と憤怒の混成物が男の精神を支配した。

 

 手を見た。

 

 白く逞しくも美しい、骨格からして作りが違うとわかる別人の腕だった。

 

 身体を見た。

 

 腕と釣り合うように白く逞しく、そして美しい。だが、まるでルーヴル美術館に展示されている彫刻のような身体はどう考えても自分の物ではない。

 

 傍には何故だか鏡のように磨かれた本身がむき出しの剣が転がっている。鋼鉄なのだろうか、それともそれ以外の何かか……綺麗に映し出されている唖然としている顔は、彼の記憶のそれの面影だけは残していても……血のつながりがあると仮定するならば、相当の遠戚と言われなければならないどこかの誰かの物でしかない。

 

 これは誰だ。

 

 これは自分ではない。

 

 だというのに、どうして自分以外の誰も映っていないのだ。どうして、自分がいるべき位置に知らない誰かが映っているのだ。

 

 あらゆる意味でありえない、認めがたい現実をとうとう正確に認識した彼は美しく作り替えられた顔にイシュタルが失望し嫌悪するほど醜く情けない表情を浮かべ、二柱の神を罵倒した。

 

 アヌはそれを怒り、男を捨ててそれ以外の戦利品だけを抱えて去っていった。男はそれを幸運とは思わず、気まぐれに攫ってきた自分を気まぐれに捨てる神の理不尽に屈辱感に端を発する怒りを強く抱いた。

 

 イシュタルは男の狂乱ぶりを醜いと嫌悪しながらも愉しみ、笑い転げた。全ての元凶である神の娘、さらに自分が捕らえられたのはこの女神の要求がきっかけと知った男はこの女神にさらに罵倒をぶつけた。先程のそれはあくまでもアヌに対してだと受け止めていたイシュタルは、女神である自分にそのような罵詈雑言をぶつけてくる人間を不遜と断じ、罰を与える事を決めた。

 

 彼女は地に冥界へと達する深い大穴を開け、そこに男を突き落としたのだ。

 

 男は生きながらにして冥界へと放逐された。

 

 神の王に作り替えられた肉体は冥界であろうとも彼を生き永らえさせ、深い穴へと墜落しても怪我さえなかった。しかし、どことも知れない荒野に連れ拐われた挙句に何もない真っ暗な地の底に突き落とされた男は、わが身に降りかかった理不尽に怒り、やがて力尽きて絶望した。

 

 蹲り嘆き悲しむ男だったが、どれだけ経ったのか彼に誰かの声がかけられた。

 

 女の声であり、聞き覚えがあるような気がした。声は、彼に何者であるかを問いかけた。誰何の言葉になす術のない男は、ただ思うままにありのままを答えた。

 

 声の主は答えた。

 

 自分は冥界の女主人、エレシュキガル。男を冥府に突き落としたイシュタルの姉妹であり、驚天動地の異変を調べに来たのだ、と。

 

 そして彼女は男を憐れみ、冥界を荒らしたイシュタルへの意趣返しも込めて男を冥界にてかくまおうと申し出た。右も左もわからず、何ができるわけでもない男は申し出を受け入れてエレシュキガルの差し出した庇護の手に入った。

 

 エレシュキガルはまず、男の為にささやかな明かりを冥界に灯した。男はそこで初めて女神の尊顔を拝した。

 

 現れたのは、男の貧弱な感性では理解できない程に美しい黄金の髪を冷たい風になびかせた絶世の美女だった。少なくとも、恐怖に端を発した混乱に浸った頭蓋骨の中身が冷水に浸るように冷めてしまったくらいには麗しい佳人がそこにいる。

 

 だが、男はそれ以外の理由で困惑から覚まされた。女の面は、正に先ほど彼をさんざんに嘲り笑ったイシュタルとうり二つだったからだ。

 

 姉妹、とあらかじめ知っていなければ、彼は女だろうと神だろうと拘わりなく飛び掛かっていただろう。それほどの怒りを彼はイシュタルに抱いていた。だが目の前の女神は彼を庇護下に入れてくれる別人である。姉妹であろうともイシュタルとは犬猿の仲であるらしい彼女に対して見当違いの怒りを抱かないように、そして感謝を心からのそれとするように彼は自律した。

 

 だが、感謝の心がどれだけあろうとも男はいつまでもここにいるわけにはいかなかった。何故なら彼は生者であり、ここは冥界である。生きている者がそのままいていい場所ではない、それが冥界のれっきとしたしきたりだ。

 

 男は告げられたしきたりに、まず元の世界に元の姿で帰る事を希望した。それは当然だった。何をしたわけでもない彼は、結局ただアヌの気まぐれに振り回されているだけなのだから。

 

 しかし、答えは不可能。

 

 エレシュキガルは冥界の女神であり、世界を超える力は持ち合わせていなかった。彼女は冥界の中であればまさに絶対だが、代わりに冥界を出る事は出来ないという決まりがあった。そもそも手を伸ばせば時を越えられるなどアヌ当人にももう一度できるか知れない話だった。さらに言えば、アヌは人の為に力を使うなど決してしないとも告げられた彼はその言葉に深く納得し、そして絶望しつつこの世界で生きていくしかないのだと理解した。

 

 それはアヌやイシュタルへの深い憎悪と嫌悪と共にある理解であったが、女神であるエレシュキガルには人間が神々の理不尽に諦めではなく怒りや憎悪を抱くとは全く思えず、それを察する事は出来なかった。

 

 彼女はそのまましばらく男を冥界にて留まらせ、ある神殿へと啓示を送った。彼女を奉じるそこは、同時に姉妹であるイシュタルの神殿でもあったがエレシュキガルは構わずその神殿へと下知をする。

 

 即ち、この男をアヌやイシュタルから匿え。この地で生きられるように手配せよ。

 

 そして男は地上へと戻った。

 

 地上に戻った男は、神殿のあるクタ市の近郊にある都市ウルクの王へと謁見する。まだ年若い少年であるにも拘らず一代の名君として頭角を現していた王はギルガメシュと言った。金髪ではなく黄金の髪と赤い瞳が印象的な王は男に都市への逗留を認めたが、何がしかの貢献をするように命じた。それは男にとっても道理であり、素直に受け止めた彼は少年王に感謝を述べ、神殿でまず自分に何ができるのかを調べた。

 

 アヌによって作り替えられた肉体は類稀な力を持ち、膂力も持久力も強靭なる原初の時代における常人の領域を上回っていた。出所を思えば素直には喜べない力だったが、其れを躊躇している暇がない事は彼を取り巻く厳しい自然が否応なく教え込む。彼は神殿に命じられた仕事をこなしてひたすらに汗を流して働きつつも、神官に願い様々な術理を学んだ。

 

 その術理とは人が神へと働きかけて手を差し伸べてもらうものであり、神々が人の前で見せた様々な奇跡を人が再現しようとしたものであり、人自身が日々の生活から見つけ出した法則であったりした。

 

 日々汗を流している最中のわずかな休みの中で学んだ知識、技術、それらを組み合わせて彼は新しい技術を、あるいは道具を作っていく。ただし、神々への怒りと恨みを忘れない彼は神に働きかけ慈悲や奇跡を求める事だけはなかった。

 

 男は神代の技術や知識、常識はないが時の彼方の知識と技術、常識がある。それらの組み合わせによる新たな術理の構築はやがて人々に認められ、彼はそちらに力を注ぐことになる。

 

 そんな日々の中で彼は稀に冥界に赴き、足を踏み入れた事を怒る女神を他所に暗黒ばかりで何もない冥界を彩ろうと苦心する。それは彼なりのエレシュキガルへの恩返しであり、いかなる花も木も育つことができない冥界の土を使い、彼は自ら光る水晶の花を作り上げると冥界の一角に淡く光る庭園を造り、冥界を出入りする事を咎めた女神を大層喜ばせる。

 

 その後も彼は長く時間をかけながら少しずつ術理を学び、神代を学び、時の彼方を思い出しながら、自分と人々の生活を彩り、冥界をあれやこれやと飾り立てていった。その規模は彼の技術向上と比例していた。

 

 技術を発揮する場所のある彼の術理への理解と関心は時間とともに深まっていき、作り上げた技や道具には神々さえ驚かせるようなとてつもない神秘の一品もあれば、子供も笑うがらくたも多い。正しく玉石混淆の有様はたまに彼の道具を見に来る成長したギルガメシュ王さえ呆れのあまり笑いをこらえきれない程である。いい加減に数は増えすぎたと彼は自分の背後に見えない動く蔵を作り、そこに全ての道具を納めた。

 

 彼の作り上げた数々の道具は、まとめ上げれば山をも隠すと言われるほどだったというから推して知るべしであろう。

 

 ちなみに、ギルガメシュ王は彼の道具の中から気に入ったものを残らず献上させた為に男から“ジャイアン”あるいは“ジャイアニスト”と呼ばれる事になる。これは時の彼方で強奪者を意味する言葉であり“お前の物は俺の物、俺の物は俺の物”という概念を言葉にしたものである。だが、いい加減に彼の作る道具のあまりの量に辟易していた神殿からは歓迎されていた。

 

 やがて、時折現れるギルガメシュ王に悩まされつつも日々の生活に密着した道具を作りつつ彼の道具作成、術開発の意欲は次に農工業と娯楽、そして武装へと傾いていった。彼は時に新しい食用の生き物を発見して料理に傾倒し、新たな果実や作物を作り出して王の顔も綻ばせるような魅惑の甘味も作り出す。少年の頃は利発で謙虚であったが、成長につれて別人のように傲岸不遜の擬人と化したギルガメシュ王がそのようになるというのだから、彼の作り出した美味がどれほどのものかわかるだろう。

 

 宴の前には王宮の料理人が彼の下へと足しげく通い教えを乞うと言うのだから、驚きである。

 

 時の彼方は軟弱がはびこる時代の様ではあるが、これだけは価値があるようだと彼の出自を知る王の言葉もあった。

 

 これらの美味はエレシュキガルの元へも頻繁に届けられた。冥界には一切の実りがなくエレシュキガルはそれまで埃と粘土を食べていたなどと言われているが、これにより飲食の楽しみを知ったエレシュキガルは彼に感謝をすると同時に自分を奉じる神殿に彼の考案した料理を供物とするように命じる。

 

 同時に、彼は供物を捧げる功績と職務により正式に冥界に足を踏み入れる権利も有するようになった。帰る事のない大地の底へ赴きながら帰れる、唯一の人間になったのである。

 

 この頃から、彼はそれまでの平和的な研鑽、開発から一変して冥界において武器や破壊的な術理の開発に着手する。それらは冥界にて密かに行われていたが、超越者、女神であるエレシュキガルをして戦慄し危険視せざるを得ない凶悪な威力を秘めている物ばかりであったと言われる。それらを一体誰に行使しようというのか、彼は決して明かさなかったが……実のところ彼の中には自分をかどわかし肉体さえ奪った二柱の神への恨みが消えることなく渦巻いていた。

 

 数多の術理と武器はその多くがギルガメシュ王にも献上(強奪)されていったが、中でも彼が自らの傑作と称したのが黄金の巨人像である。

 

 手には光を固めて作り上げた輝く杖を持ち、甲冑に武装した黄金の巨人像が天を衝き、大地を踏みしめる姿は影でウルクを覆い隠さんばかり。雄々しき鎧は英雄神であるマルドゥークの雷さえも跳ね返し、杖から放たれた光は星々の狭間を渡り、月を穿ったという。

 

 後にアヌがその黄金の巨人を求めたが、これをいたく気に入っていたギルガメシュは拒否。しかして王であろうとも神が人間に対して要求を引っ込めるなどありえず、ギルガメシュ王は黄金巨人を従える事ができれば良しと約定した。その際にいかなる損害が出てもすべてはアヌの責であり、さらに成否に関わらず百年の豊穣をウルクに約束する。

 

 自信満々のアヌはそれを受けた。しかし黄金像は王の命令がなければ神さえ一顧だにせず、業を煮やしたアヌが嵐を起こし、あるいは星々の兵士を呼んで痛めつけようとも微動だにせず。

 

 攻撃の余波がウルクに及んだのをきっかけに剣を振るえば、全ての兵が消え去り、嵐は切り裂かれ、アヌの腕が二本まとめて吹き飛んだという。

 

 這う這うの体で逃げ出したアヌがギルガメシュを裁こうとしたが先の約定を盾にそれは叶わず、怒り心頭のアヌが黄金像の制作者を突き止めて裁こうとしたが、彼はウルクにもクタにもおらず冥界に居座っている。エレシュキガルに命じても、彼女はそんな道理も筋もなしとにべもない。とどめに、件の男こそかつて自分が捨て去った“戦利品”であると知りアヌは地団太を踏んだ。

 

 失った両手の代わりになる黄金の義手を件の男が作り上げ、それをアヌの神威によって腕を失ったウルクの一市民に授けたと聞いた瞬間には泡まで吹いて卒倒し、その有様を作り上げた道具でのぞき見していた男は大いに留飲を下げたという。

 

 それからの男はアヌからの報復を避けるために冥界に拠点を置き、これまでにも増して冥界を飾りたてていった。

 

 冥界に赴いた者は人と神の区別なく何かを冥界に置いていかなければ出る事が叶わないという仕来りがある。しかしもはや掟は関係ないはずの男が冥界に残した物はむしろ過剰に過ぎた。作り上げた道具を使って更に便利な道具を作り、それらを使っては更に目をむくようなとんでもないモノをあれやこれやと絶え間なく作り上げる。

 

 水晶の花畑は先駆けに過ぎず、エレシュキガルの為にラピスラズリで飾り立てた神殿を作り、冥界と地上の間を分かつ七重の門にはギルガメシュ王に捧げた巨人像に勝るとも劣らない大いなる巨人を14人も作り上げてそれらを門番とした。

 

 誰が弾かずとも独りでに静かで心地よい音楽を奏でる笛とハープ、リラ、太鼓を作り、冥界に心地よく静かな音楽が絶えないようにした。ちなみに、彼が最初に奏でさせた音楽はまるでがなり立てるように激しすぎてエレシュキガルには不評だった。その後、彼女好みの楽を奏でるようにはしたが男はそれを聞く度に寝入ってしまったという。

 

 終いには小さな月を作り上げ、それで冥界を淡く照らした。冥界の空にいくつも滝を作り、その間に虹の橋を架けた。月光と虹、滝、水晶の花々、闇しかなかったはずの冥界に作り上げられた幻想的な光景は芸術的でさえあり、エレシュキガルは大いに感激した。

 

 およそやりすぎと言えるほどに冥界を飾り立てたのは、繰り返しアヌ神から自分を庇ってくれているエレシュキガルに対する報恩であり、同時に自分も住まうから居心地よい住まいを望んだからである。

 

 その冥界の噂を聞き付けたのか、それとも全く違う理由であるのかは定かでないが、ある日イシュタルが冥界へとやってきた。

 

 それは来訪ではなく乗り込んできたというのが正しく、彼女はまるでエレシュキガルを討ち取って冥界を支配しようとしているかのようだった。

 

 彼女はもともと極めて好戦的であり傲岸、気まぐれである為に、イシュタルがなんのつもりで冥界に踏み入ってきたのかはわからない。ただ、こじつけに近いが金星を司る彼女は月が冥界にある事が許せなかったのかもしれない。あるいは、ただ美しく飾り立てられた冥界が欲しくなっただけかもしれない。もしかしたら、単純にエレシュキガルを打ち負かしたかっただけなのかもしれない。

 

 イシュタルとエレシュキガルは姉妹であり、表裏一体の女神である。彼女らは非常に仲が悪く、エレシュキガルが冥界より一歩も出られない身でなければいつ殺し合いが起こってもおかしくはない程にいがみ合う関係だった。すなわち、特に理由もなく気まぐれで元々仲の悪かった相手を叩きのめしたくなったとしてもおかしくはないのだ。

 

 いずれにせよ、イシュタルは意気揚々と冥界に乗り込んできた。かつてイシュタルはアヌ神をして不可侵と恐れられていた霊峰エピフ山を名声と称賛目当てで気まぐれに破壊しつくした事があり、今回も同じようなものと自信満々だったが……冥界において、エレシュキガルの権限は絶対である。

 

 イシュタルは七重の門を通り抜ける度に力を失い、門以外から通り抜けようとしても冥界の力に加えて、かつて彼女が嘲り笑った男の作り上げた巨人像がそれを阻んだ。

 

 エレシュキガルの下にたどり着いたイシュタルはすでに全くの無力であり、体には一糸もまとってはいなかった。エレシュキガルは容赦なく死の眼差しによって彼女を殺し、死骸は鉤にかけた。

 

 男はイシュタルが死んだ事に同情はしなかったが、同時に喜べるほど残忍でもなく、ただ己の憎悪に苛まれる日が終わったのだとこれ以上の怒りや恨みを抱かないよう自身を戒めた。

 

 しかしイシュタルは豊穣の女神であり、彼女が地上にいない事で作物は実らず不毛の地となってしまった。その為、彼女は三日三晩晒された後に従神の手により救われて甦り、地上に帰還している。

 

 死者でさえ甦るというのに、自分は元に戻る事ができない。その理不尽に男は忸怩たる思いを抱いた。しかし、一度恨みつらみを捨てると決意したのだからとこれ以上は何もしなかった。

 

 それから男は静かに日々を冥界で過ごしていたが、ある日ネルガルという太陽と疫病の神が冥界を訪れる事になった。彼は天空を支配する神でもあったイシュタルの権勢(おそらく父から強請り取った)を削いで自分の支配権を確立するべく姉妹であるエレシュキガルに目を付けたと言われている。エレシュキガルを少々脅せば簡単に従う気弱な女神と考えていたようだが、エレシュキガルはそれを毅然と振り払った。

 

 かくしてネルガルは実力をもって冥界を落とすべく14の病魔を従えて冥界に攻め込み七重の門を抜けようとしたが、門を守護する14の巨人像に病魔は阻まれる。

 

 当てが外れたネルガルはイシュタル同様に力尽きたが、素直に謝罪する事でエレシュキガルから許しを得た。賠償として権能の半分を譲り渡し、一年の半分を冥界で過ごし冥界の神としての仕事を手伝う事で彼らは和解した。そして、ネルガルは疫病神としての権能をエレシュキガルへ押し付け……もとい、譲り渡して純然たる太陽神となる。

 

 ちなみに、これらの神話は時として真逆に描かれており、攻め込んだネルガルが勝利の暁にエレシュキガルを妻とし、冥界の半分を譲り受けた。代わりにエレシュキガルは疫病を操る権能を得た、とされる場合もある。どちらが真実であるかは定かではない。

 

 これは冥界で暮らしていた男にとっても転機となり、男は冥界を出て地上に戻る事となった。

 

 理由は様々で、ネルガルの妻となったエレシュキガルの下にいる事ができなくなったとも、疫病が蔓延するようになった冥界にいられなくなったからだとも言われている。

 

 いずれにせよ男は地上に舞い戻ったが、彼はアヌとイシュタルという二柱の神から不興を買っている身であり、地上に身の置き所がなかった。そんな彼に声をかけたのはギルガメシュ王である。彼は男が冥界にいる間に友となった獣人エルキドゥと共に数々の冒険に出ていたが、男の作った道具に目を付けて供をするように命じた。男も、最後の目的を叶えるために旅に出て見聞を広めるのも悪くないと考え、これを承諾した。

 

 彼の最期の目的とは時の彼方へ帰る事であり、二柱の神への恨みを捨てた今はそれこそが彼にとって至上の命題であった。

 

 そして彼らは様々に冒険を繰り広げ、その中で数々の宝物を獲得していった。

 

 王とその友の武力は比肩するものが互い以外にはない程であり、男の作り上げた道具の便利さは、王をして過ぎたるほどであると言わせるほどだった。

 

 川があれば風よりも早い船をだし、谷があれば自由自在に空を飛び、湖の中もなんら問題はなく、時には地に潜る事さえ容易い。寒さを感じれば王でも褒める程の家を出し、病にかかればたちどころに癒し、探し物も見つけられないという事はなく、飢えに苦しんでいる民を見つければ術や道具で食物を与えた。畑の実りが悪ければ雨を自在に呼び出しも退けもしたという。

 

 およそ彼の道具にできないという事はなく、しかしあまりに多すぎる道具に彼自身が作った事やその仕舞い場所を忘れてしまう事やまるきり見当違いの間抜けな効果の道具も多いのが玉に瑕であったが、その力は王の冒険に大いに役立った。

 

 そして数々の冒険譚を繰り広げつつも王としての責務を果たしていたギルガメシュ王であったが、最大の冒険譚となったのがフンババ退治である。

 

 国の為に杉の木を欲したギルガメシュ王であったが、杉の森には番人であるフンババがいた。七つの光輝を纏う恐ろしい巨人は、剣呑な口は竜、顔はしかめっ面の獅子、胸は荒れ狂う洪水とされており、相手を見ただけで死を与える力さえ持っていた。フンババは自らが守る森からレバノン杉を伐採しようとした王たち三人に襲い掛かり、双方死力を尽くして争った。

 

 フンババは一目見ただけでも男が怖気づくほどに恐ろしく、それ以上に途方もない力をもって三人を蹂躙したが……とうとう七つの光輝もなくなり力尽きてその首を討たれた。

 

 こうして王は勝利の凱旋を果たしたが、その美しくも勇敢な姿を見たイシュタルが彼に一目惚れをしてしまった。

 

 女神は即座に王へと求婚したが、王はそれを辛らつに断った。

 

 何故なら豊穣と愛、そして戦女神イシュタルは己を信仰する者に対して愛情深くもあったが、同時に愛が冷めてしまえば辛らつにして酷薄となり果てて多くの犠牲を積み上げてきた奔放、気まぐれな暴君であると知っていたからだ。

 

 可愛がっていた鳥は打ち据えた上に羽をむしり取り、見事な軍馬は鞭で打って延々と走らせた挙句にわざわざ泥水を飲ませている。動物だけでなく人間に対しても様々な悪行を繰り返しており、とある牧人など子供を供物として殺させた挙句に自身も狼に変えられる無残な目にあっている。他にも似たような逸話は枚挙に暇がない。イシュタルの数多い愛人も悲惨な最後を遂げている者ばかりなのだ。

 

 そんな相手の愛などいらぬと王が断言したのもむべなるかな。イシュタルが贈答品や権力を匂わせて婚姻を要求しても彼は頑として首を縦に振る事がなかった。

 

 さて、イシュタルの理不尽さと酷薄は何よりも自身の誘惑を跳ねのけた者にこそ発揮される。

 

 認め難い屈辱にギルガメシュ王をウルクごと滅ぼしてやると息巻いて、父であるアヌ神に泣きついたイシュタルはアヌに愚かな行いを諫められようとも聞く耳を持たず、しまいには冥界から死者を地上に送り込んで生者の餌にしてやるなどと父を脅し、天の雄牛グガランナを作らせてウルクを蹂躙させるべく送り込んだ。

 

 グガランナが現れただけで大地は割れて川は干上がり、国土は蹂躙されて人々の命は失われた。

 

 ギルガメシュ王はもちろん、友エルキドゥもこのグガランナを送り込んだイシュタルの暴挙を許さず、かつてイシュタルへの恨みを捨て去ったはずの男もまた新たな怒りを抱いて立ち向かった。

 

 黄金の巨人像がグガランナを抑え込み、エルキドゥがさらに縛り上げ、男が操るもう一体の巨人像が牛を打ち据えて王の斧が牛の首を落とした。

 

 かくして見事グガランナは討伐されたが、其れでおさまらないのがイシュタルであり彼女は自分を袖にしてグガランナを討ったギルガメシュ王に呪いの言葉を吐きかけた。それに対してエルキドゥは牛の腿をぶつけ、お前もこの通りにしてやりたいところだと罵倒して彼女を追い返す。

 

 勝利したのは彼らだ。それを人々は喜び、称賛した。

 

 敗北したのはイシュタルで、愚かなのもまた、彼女である。

 

 だが、道理の通らない自己本位は神の本質に他ならない。どんな善神であろうとも、根本はそういうものだった。

 

 神はフンババを、グガランナを滅ぼした彼らを罰するためにエルキドゥへと死の呪いをかけた。エルキドゥは病に苦しみ、自分が死んでいくのだと夢で知った。

 

 衰えていく、死んでいく友に王は歎き悲しみ、近づいてくる死を恐れた。そして、彼は冥界を自由に出入りしていた男に命じた。エルキドゥを助けろ、との命令に男は躊躇いながら答えた。

 

 やれるかどうかはまったくわからない。だが、できるだけの事はしよう。

 

 王は必ずや友を救わねばお前を許さぬ、とそう言った。

 

 さて、元々神々の采配などほとんどを嫌っている男であるだけに命じられるよりも先に準備を整えていた。彼は神に気づかれぬように自分とエルキドゥだけで神殿の最も奥まった部屋に閉じこもり、そこで三日を過ごした。

 

 三日経った後、全てを終えた男が神々にも何もわからないように厳重に封じられた扉を開くとそこには待ち構えていたギルガメシュ王がいた。

 

 男を押しのけるように入った先には、病が癒えた元のエルキドゥが健やかな寝息を立てて休んでいる。友は王の呼びかけに応え、少しだけ瞼を開けるともう一度眠りについた。その息はどこまでも安らかで、彼は死の影から逃げ延びたのだという確かな事実を王に教えた。

 

 喜びの声を上げる王は長く友の寝顔を見ていたが、ふと思い出して大業をなした男にいかなる褒美を望むのかを聞くために振り返った。しかしそこにはもう誰もおらず、男が気を利かせて立ち去ったのだと思った王はそのまま友が目を開けるまで傍に寄り添い続ける。彼らの周りには目を覚ましたエルキドゥの為にと豪奢な料理が所せましと並べられていた。

 

 エルキドゥは病にかかってから十と二日の後に、目を覚ました。

 

 彼の目覚めに歓喜する王に、友はこう言った。自分を救った男はどこに行った。彼は神の呪いを自分に引き受けたのだ、と癒しの本質を告げた。

 

 真実を知ったギルガメシュ王とエルキドゥが男を探すためにウルクとクタに御触れを出し、自分たちも四方八方に駆け回って男を探したが、男は一人で冥界の入り口に座り込み今にもこと切れようとしていた。男は近づいてきたギルガメシュ王とエルキドゥに対し、眼を開けられないままエレシュキガルへの礼を託し、最後の秘術を籠めた道具を取り出した。

 

 それは時の彼方へと向かう為の船。

 

 神の呪いは自分が時の彼方へ連れていく。後は、神々にエルキドゥが生きている事を知られぬように差配すれば、死の病にはかかるまい。ひび割れた泥のような乾いた声で男はそう言い残し、船に乗って時の彼方へ消えた。

 

 彼が生きて故郷に帰れたのか、それは誰にも分らない。

 

 その後、エルキドゥは名前を変えてウルクで暮らしていたが……十と二ヵ月の後に友を失って打ちのめされているだろうギルガメシュ王を囃したてに来たイシュタルに見つかり、新たな病にかかって命を落とす。

 

 嘆き悲しんだ王はその後、目の当たりにした逃れられない死を前にして不老不死を求めて旅に出る。しかし不老不死は得られず、手に入れた若返りの草も蛇に盗まれて失ってしまった。

 

 失意の中で一つの悟りを得たギルガメシュ王は、ウルクへと帰り厳かに王としての務めを果たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「時に、お前。そう言えば名を何というのだ。時の果てより冥界に落とされ、冥界よりクタに来たる男よ」

 

「私は生きていた場を神に奪われた。そしてそれまでの自分も身体を作り替えられ失った。それまでの名前はもう、私の物ではない」

 

「ならば、お前は名を失くして生きていくつもりか? 数多の道具を作り続けている男よ。できのいい物もあれば、役に立たぬものも多いな。これほど数多ければ、いざ使おうとしても必要なものを出せないのではないか」

 

「それはまるでドゥラエモンだ」

 

「それは何か?」

 

「時の彼方にある故郷にいる、いろいろな道具を持って子供の願いをかなえる青い猫の事だ」

 

「ならばお前は、それを名乗るといい。しかしそのままでは芸がない。今から貴様は、ディラエモンだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時の彼方。

 

 それはどんなところであったのだろうか。それはアヌとてわからない。それを知っているのは、彼方から連れ去られたディラエモン以外にはいない。彼は終生、未練のために言葉に出して故郷を語る事はなかったからだ。

 

 しかし時の彼方というからには、時間の終着点であるのかもしれない。そんなものが存在するのであれば、の仮定であるが……

 

 ひょっとすると、今、これから一年以内に時の果てが現れるのかもしれない。

 

 まだ新しさが残るホール、そこの壇上にて一斉に動き出した大勢の部下を見下ろしているオルガマリー・アニムスフィアは、これまでの長いとは言えない人生の中で培った不相応な程に豊富な知識の中から唐突に盛り上がってきた飛沫のような伝説に思いを馳せ、そんな風に考えた。そして、自分が弱くて不安定な精神状態にあるのだと改めて自覚した。

 

「冗談じゃないわ」

 

 その弱気が今後の展望に影を落としているように思えて、思わず声に出してしまった。独り言が出てしまった自分を小さく恥じ、周囲をさりげなく見まわして誰にも聞かれていないと確認すると今度は音をたててため息をつく。そうすると不思議と気持ちに余裕が少しだけ出来たが、すぐにそれまで以上に滅入った。つくづく気弱になっていると情けなく自重する。

 

 ごく当たり前の事だが、自覚さえある弱気には理由がある。オルガマリー・アニムスフィアはそういう弱気を抱いて当然と第三者に言われてしかるべき立場と状況にあった。

 

 例えばそれは彼女が若年の女性であったり、にも拘らず頼れる人間が極端に少なかったり、更には突然に重責を背負わされている事などが所以だ。だが彼女の自覚の中にそれらはあったとしても肯定できるほどに浅ましくはなく、同時に受け入れられるしなやかさと強さは持ち合わせていなかった。

 

 隠しきれないそれらは表情として彼女の外面を飾り立てる不本意なアクセサリーとなって、痺れを示す擬音のような雰囲気を周囲にまき散らす。悪循環の見本と言える有様を自覚している彼女は、改めて自分の周りを見回して自分を見直す事で冷静さを取り戻そうと努める。自分がイラついていたところで何らいい話はない。それどころか、侮られるだけだと重々承知している。それが彼女の立場だ。

 

 自分は今、アニムスフィア家の跡取りとして、そして急逝した父親の興した人理継続保証機関フィニス・カルデアの新所長として一大プロジェクトの結実、その瞬間にようやく立ち会っているのだと自覚する。まだまだ始まったばかりではあるが、それでも彼女の家が親の代に開始した一大計画が一つの節目を迎えているのは事実だ。

 

 だからこそ、ここはなに一つの間違いもなく仕事はこなされなければならない。それは自分だけではなく父から継いだ部下たちもそうしてもらわなければ話にならないというものだろう。

 

 先ほどまで彼女は、この為に各所から集められたスタッフを前にして壇上で演説をこなしていたが慣れないそれもまた問題なくこなさなければならない仕事の一つだ。

 

「だというのに、全く……」

 

「どうかしたのかね? 所長」

 

 オルガマリーは、客観的に見て美しい少女だ。

 

 柔らかさとは縁がないが、反面きついと言われるぎりぎりの位置でとどまっている鋭い面差しは単純に整っているだけではなく気品も感じさせる。女の命は柔らかく波を打った銀色で、実に豊かかつ手入れも行き届いている。

 

 首から下も特殊な趣味でもない限りは異性の眼を引き付けるに足る豊かな部位と同性の羨望を集める引きしまった部位を併せ持っている。

 

 先ほどまでは、様々に複雑な内心が表情に出ており魅力は半減していたと言ってもいい。だが、彼女の独り言を聞きとがめた第三者が背後から声をかけてきた途端に、彼女の魅力は本来の基準にまで戻った。

 

「レフ! 驚かせないでちょうだい」

 

 声の主は、まるで近代ロンドンから時間を超えて現れたかのような男だった。

 

 レフ、とオルガマリーが呼んだ男は奇妙と言えば奇妙なずれた男だった。

 

 オルガマリーがいるのは、近未来的な印象を与える広いホールだった。一段高い壇上で彼女は腕組みをしているが、つまり屋内だ。にも拘らず、男はシルクハットをかぶりコートを着ているのは追求してみれば滑稽な話だ。緑色を基調としたコート、シルクハットはどこか霧と蒸気に包まれたロンドンに立っているのが似合っているように思える。機関車の前でモノクロの写真を撮っていればそれこそ違和感なく馴染むだろう。質のいいシルクハットと多量の縮れた毛髪の中に埋まっているように見える顔は細い目が特徴的で、にこやかな表情が温厚そうに見える。

 

 背は高くすらりとしており、年の頃は中年と青年の間ほどで、オルガマリーよりは明らかに年長だ。しかし彼女はレフに対して対等以上の口を利いており、それをレフも普通に受け容れている。ただしオルガマリーが背伸びをしている小娘にしか見えないためか、彼らの関係は甘い叔父と背伸びをしている姪のようにも感じられる。

 

「すまないね、それで何が全くなのかな」

 

「……」

 

 姪は羞恥心に頬を赤らめた。独り言を聞かれた上に、その内容にも恥ずかしさを感じる。ああ、見たままに彼女はまだまだ若すぎるのだ。

 

「……あの居眠りよ」

 

 羞恥心に蓋をして素直になるほどに、彼女は叔父のような男に心を開いている。

 

「全く、私は今までさんざんに侮られて陰口を叩かれていた事も多いけれど……ああまで真正面から馬鹿にされたのはさすがに初めてだったわ」

 

「ふ……まあ、そう言わないでくれ。彼も彼で理由はある。聞けば仕方がないかと言わざるを得ない情状酌量の余地がある程度にはね。今は火急の時だが、落ち着いたら聞いてみるのをお勧めするよ」

 

 そういったバリトンボイスは背中を向けて去っていき、オルガマリーも別段それ以上の会話を続けようとは思わなかった。結局のところ、今は忙しいのだから。

 

「それではさようなら、オルガマリー」

 

「……? ええ、またね」

 

 なんだか随分ともったい付けたような一言のように感じたが、一瞬も記憶に残らない程度の些細な事でしかない。それよりも、すぐに起こった事の方がはるかに重要であり、同時に理解しがたい突発的な災害だった。

 

「?」

 

 最初は空気に違和感があった。

 

 どこに何という訳でもない。流れが変わったわけでも温度が変わったという訳でもない。ただ、何かが変わったと思えた。まるで帯電でもしているかのような奇妙な空気、しかしもちろんそんな要素はない。彼女の知識にはないが、現在間違いなく起こっている空気にオルガマリーは眉を潜めて三歩ほど引いた。別段危機感を覚えるような話ではなかったが、そこにいるのは肌が泡立つようで不快だった。

 

 それから三秒とコンマ二秒。

 

 彼女の前で、先程感じた奇妙な空気の中心点で、突如明確な怪現象が起こったのだ。

 

 空間に球状の色が付いた。まるで、SF映画のバリアか何かのように直径3メーター以上の球が生まれ、それはオルガマリーも巻き込んでいる。まるで冗談のような、現実とハリウッドの壁が突き破られたとしか思えない。傍から見ればオルガマリーが壇上で一人、透明プラスチックの巨大ボールに入れられているように見えるだろう。まるで冗談のような話だったが、それだけで終わらずに当然のように続きがあった。

 

 壇上で怪奇現象に襲われているオルガマリーは当然ながらホールにいる他の誰からも丸わかりだ。

 

 この奇怪な現象が何なのか既知の人間などまずいないだろう。だがそれにしても、咄嗟に彼女へ歩み寄ろうとする人間が一人もいない。誰も彼もが驚きつつも一歩踏み込むのを躊躇っている。これが一体なんであれ危険ではないという保証はなく、むしろ大いに危機を感じるのが妥当である現象に他ならない。にも関わらず自分を助けに来ようとしない周囲をオルガマリーは明確に理解して失望した。だがそれは彼女の頭だけであり、生物的な本能に従って脅威と認識したそれから離れようとする意識以上の無意識だけがオルガマリーを救おうとしている唯一だった。

 

 その唯一の手は、彼女を引き寄せる救いの手とはなれなかった。

 

「え……? なに、これ?」

 

 彼女は自発的に足を止めた。いや、それは間違いだ。

 

 オルガマリーは自分の前に突如、宙から湧き出るように現れたシルエットに気を引かれて動きを止めてしまったのだ。色のついた球状の空間、その中心点に何か帯電のような奇妙な音がしたかと思えば、そのまま一瞬の余裕もなく人目を憚らない大胆な明け透けさで球の中を一杯にする大きな何かが現れたのである。唖然としている彼女を筆頭に見ていた全員の脳裏にSFかファンタジーの単語がそれぞれの馴染みに応じて現れたのはもはや必然的だった。

 

「て、転移!?」

 

 オルガマリーはそう言った。彼女にとって直面した怪奇を表現する的確な単語として、それこそが最もわかりやすい答えだったのだろう。愕然とした彼女は突然近すぎる目前に現れた何かをまじまじと見つめる……それは、彼女の視点からして古代の船のようだった。遥か悠久の彼方、時代の向こう側に存在し未だに帆さえ存在しない古代の船。単純なシルエットはそんなようなものだった。

 

 造船のイロハもない時代に作り上げた粗末なボート。

 

 そんなようなものだったが、それはあくまでも形だけだった。

 

 オルガマリーはその奇妙な船のような物体が粗末な見た目だけの存在ではないと、一目で見抜いていた。一見すると素朴な木製のようだが、墨を塗ったのか或いは焼いたのかどちらかだろう黒い表面に、びっしりと見慣れない模様が刻まれているのを見逃さず、その正体が古代の楔形文字であるともわかった。

 

 982あると言われている文字を翻訳することまで素人の知識ではさすがにできないが、大雑把に古代メソポタミアで見つかったと言われている現在世界最古の文字のどれかであるとは判別できる。

 

 だが、問題はその正体ではなく、とどのつまり何をしに現れたかだ。それが穏やかで喜ばしい理由だと考えるにはオルガマリーの思考は悲観的にできている。いや、それどころかパニックに陥って悲観も楽観もなくただただ混乱し、訳の分からない事態に対応もできずその場にとうとうへたり込んでしまった。しりもちをついた姿は実に哀れなものだったが、誰も彼女に手を差し伸べようとはしなかった。

 

 それどころか、そのまま数秒すぎて何も起こらないままでいるとリアクションを起こさない彼女に失望の眼差しまで向けている者も現れ始めた。なるほど恥を知らない、と第三者がその様子を見れば蔑む視線を向けられるだろう腰抜けは自覚なく自分自身が向けられるべき視線を、たまたま災難に巻き込まれた若輩の小娘に突き刺し続けている。本来、迅速に対応できずにのたくたと呆けた顔をしている自身こそ恥じるべきだろうに、当事者としての自覚は全くないに違いない。

 

「くっ……!」

 

 それを受けたオルガマリーは敏感に反応する。気弱さの裏返しが、そのまま視線に甘んじる事を拒否させて無謀な行動に出させた。未だに震える膝を叱咤して、オルガマリーは常の彼女ならばありえない短慮でもって立ち上がるや否や即座に件の船らしき乱入物を覗き込んだのだ。

 

 勇気がある、決断力があるというよりも無謀な短慮と蔑まれるべき愚行だが、頭に血を登らせて本来の彼女を一時的に遠くへと押しやってしまうだけの力が彼女に四方八方から突き刺さる視線にはあったのだろう。それはおそらく、常日頃から土台となるだけの毎日がなければ起こり得ない状況だと想像力があれば察せられるような事態だ。

 

「…………」

 

 小舟の中を見たオルガマリーは、息をのんだ。

 

 声に出すほどに迂闊でもなく、彼女はそのままゆっくりと息さえ殺すように慎重さを発揮してそれを見つめる。

 

 中には、一人の男が横たわっていた。

 

 全体的に青いローブのようなどこのそれとも出自がわからない服を着て、うつぶせになって蹲る姿はまるで死体のようだった。例えば映画の冒頭で、ボートに乗せられ霧の湖の奥底に放り出される哀れな屍のように見える。あるいは、霧の彼方からやってくる事件の先触れか。いずれにしても吉兆よりは凶兆の前触れとしか思えず、手を差し伸べるにも躊躇する。

 

「……生きているの? いったい何者?」

 

 髪は黒い。それだけしかわからない。彼の顔は腕に隠されて見る事が出来ず生死さえも不明だ。いずれにしても、医者でもなければ警察でもない彼女にこれをどうこうする事はできないし、死体だとすればわざわざ触りたいとも思わなかった。何よりも怪しすぎて身の危険を覚えるほどである。

 

 大体オルガマリーにこんな訳の分からない事態に長々と付き合っているような余裕はない。とっさの判断はつきかねたが、目先の危険がないのならこれ以上時間を割くつもりはない……特に今は正念場の始まりなのだから殊更にだ。興味を惹かれるよりもまず恐れが先にある、という自分の心の動きに気が付きながらも目をそらし、オルガマリーは眼下の自分を助けにも来なかったその場の全員に声をかけようとして……

 

 ずん、という音と共に揺らいだ床に足を取られ、大いにふらついて二回目のしりもちをつく。

 

「な、なに? 何が起きたっていうの!?」

 

 それに応える声はどこにもない。ただ、一同揃って今度は自分自身にも降りかかってきた決して他人事ではない異常事態を受け止め損ね、愕然と周囲を見回して探っているだけだ。何が起こったのかを把握している慧眼など一人としておらず、むしろ既に一度災難に見舞われたオルガマリーこそが一番冷静そうに見えた。

 

 災難とは、時として連鎖する。それは災難に見舞われた万人にとって例外なく不幸であり受け入れられない理不尽だ。この時、オルガマリーは場でただ一人そんな状況に陥った……言い訳がしようもない程に最も不幸な女性だったが、同時に唯一まともな行動を選択できる人間だった。

 

「全員落ち着いて、まずは五人! 誰でもいいからこっちに来てこの船を確保しなさい! 理由は不明ですが、無関係とは思えません! 確保、封印してから……」

 

 そう指示を出しても、互いに顔を見合わせて押し付けあっている。迅速な行動を行う者が自発的にどころか指示を出されてからさえ、いない。それに歯噛みをしながら、適当な誰かを名指しにしてみようとそこらを見回す。なんとなく目があった丸眼鏡をかけた小太りの男を指名しようと口を開けた。

 

 次の瞬間、意識がホワイトアウトした。

 

 悲鳴を上げる事はない。

 

 疑問符を抱く事もない。

 

 ただ、理解も認識も追いつかない一瞬のうちにオルガマリー・アニムスフィアという女性の意識は白い光に飲み込まれて消えていった。

 

 

 

 

 

 

 意識を失う。

 

 そして取り戻す。

 

 その連続性を、誰が保証してくれるというのだろう。

 

 子供のころ、一度意識を失うと本当は二度とその自分は戻ってこれず、新しい自分が頭の中に生まれているのではないのかと思った事がある。

 

 あっさりと忘れてしまった、子供にしても馬鹿馬鹿しい空想だ。

 

 オルガマリーがそれを思い出したのは、自分が意識を失っていたのだという自覚を持っているからだった。

 

「う……」 

 

 思わず出ていた自分の声が喉の奥と頭蓋骨の中で反響しているかのようだ。しかし、それ以外の音が聞こえないのだとも気が付く……同時に意識を失う前に何があったのか思い出し、ぞわりと背筋が固まった。

 

 耳が聞こえていない自分、どういう訳だか意識を失っていた自分。状況の把握はまるでできていないままだが、最低限何かが途方もなく悪い事が起こったのだと否応なく突き付けられた。

 

オルガマリーはそれを把握できる知性を持ち、それを受け止められるだけの精神の強さは持ち合わせていなかった。冷静さを失った精神は衝動に逆らう事が出来ず、彼女は無防備に目を開いた。

 

「ひいっ!?」

 

 目の真ん中に残像が残り、いかにも見えづらい。その冴えない視界でも突き付けてくる現実は、過剰な程にオルガマリーを打ちのめした。思わずみっともないほどの悲鳴が口と彼女の矜持を突き破って出てくる。彼女に自覚はないが、持って生まれた美貌を台無しにするほどに表情は引き攣っている。もっとも自覚があったとしても、彼女は表情筋に取り繕いを命じる意欲は持てなかっただろう。

 

 目の前には、これまでに見た事がない惨劇が広がっているのだから。

 

 周囲一帯、正に火の海である。

 

 一体何があったのか、彼女の前には先ほどまで雑然と人が行き来してあれこれ作業に勤しんでいたはずのホールで人が悉く倒れ、うめき声をあげられればまだいい方だという有様になっており、彼らの頭上を濛々と立ち込める炎と煙が施設内を完全に埋め尽くしており見る影もない。それでも小さな隙間から見えるのはなんと取り戻せない程に崩壊した壁や天井。火事でこんな風になるとは知ろうともオルガマリーでも思えない。

 

「な、何が起きたっていうの……」 

 

 テロ。

 

 彼女の脳に母国語でそんな単語が形成されるのは必然的だった。この光景は、火事のそれというよりも何かで派手に建造物が攻撃された光景以外の何物でもない。最も妥当なのは爆発物だろう。

 

『緊急事態発生。緊急事態発生』

 

 いかにも合成、録音とわかるアナウンスが彼女の鼓膜をはっきり揺るがせた。もしも近くで爆発が起こったのだとするなら、オルガマリーの鼓膜は今なお鋭敏さを失っていない頑健さを持っていると言い切れる。

 

『中央発電所、及び中央管制室で火災が発生しました。中央区画の隔壁は90秒後に……』

 

 彼女の脳が理解したのはそこまでだった。それだけで十分であるとは言えないが、彼女にはそこまでが限界だった。

 

「一体、誰が……? え……?」

 

 どうして、とは言わなかったのは彼女自身テロリストにでも襲われる心当たりがあったからだ……そう考えるのは穿っているだろうか? さていかにもうろたえた様子で周囲を見回すオルガマリーだったが……視線を一周させておかしな事に気が付いた。自分以外に動く誰かはおらず、必然、誰も頼れない……だが、どうして自分は無事なのか。

 

 たまたま意識を取り戻すのが早かっただけかと思ったが、彼女は首を巡らせている間に自分の体がさして痛まないのに気が付く。周囲に対して明らかに自分だけ被害が少なくはないだろうか。そう思った彼女は改めて辺りの確認をし……へたり込んでいる自分の頭上に浮き続けている船のような何かとその周りを囲む球状の空間を思い出した。

 

 そして、オルガマリーもいる球状の空間に囲まれている場所が被害にあっていない事にようやく気が付いた。

 

「まさか……守られた?」 

 

 守った、というのは語弊か誤解がある。この奇妙な空間は船もどきの持つ防護機能であり、自分はたまたまそれに便乗しただけだろう。そう考えたオルガマリーだったが、ともかく落ち着きを取り戻すきっかけにはなった。まだまだ冷静には程遠いが、それでも周りを見てなにがどうなったのかこれからどうするべきかを考えるだけのささやかな余裕は生まれた。

 

 だから、気が付いてしまった。

 

「これ……まさか、私のいた場所が爆発したの……?」

 

 震える膝も合わない歯の根もそのままに、どうにか立ち上がったオルガマリーが足元に目をやるのは自然だったが、その足を支えているのは床ではなく球状の空間、そのものだった。どうやら足元が丸ごと吹き飛んだらしいのだが……見れば爆発の中心点はそこであるようだった。それだけでも彼女の冷めている肝をますます冷たくさせる事実だが、それ以上にそこがどこなのか理解している彼女は凍りつく気分になる。

 

 何しろそこは、壇上だ。もちろん爆発物などあるわけがない。

 

 偶然、事故でなければ人為。不動の事実がオルガマリーという少女の細首を締めあげているようだ。明白に自分が狙われたのだと気が付けない程に愚鈍ではない自分の頭脳を、彼女は理不尽に怨んだ。それしかなかった。

 

 歯がカチカチと音を鳴らし、膝は大笑いをしている。目は潤み、息も上手くできず、恐怖に震えに震えている。彼女の足元にあるのは床でもなければクレーターでもなく純粋に真っ黒な穴だ。それが彼女を吸い込もうとする奈落への一本道にさえ見える。いや、まさしくそのものであるのかもしれない。今のオルガマリーはまるで暗闇を恐れる幼児そのものだった。

 

 その恐怖心は彼女の五感を尋常ではなく鋭敏にさせる。例えば、何かが軋む小さな小さな音もすぐに見つけられるほどに、だ。

 

 ぴしり、という音は彼女の背筋に嫌な予感という波を奔らせ、ことさらに鋭敏になってしまった五感は即座に発生源を見つける。彼女の眼はあっという間に今にも崩れそうになっている天井を見つけた。それがほんの小石を彼女から遠く離れた誰もいないどこかに落とす程度なら、どれだけよかった事か。

 

 だが、間違いなくあれは彼女を一瞬で圧死させるだけの大きな塊を落とすのだとわかる。ただの悲観かもしれないが、彼女の中では確信……それさえ通り過ぎて確定された事実だった。

 

「……た、すけて」

 

 恐怖にすくんで、逃げる事さえできない彼女の震える唇は言葉を言葉にしなかった。そして巨大すぎる瓦礫は音をたてて崩れ始める……彼女目掛け、一瞬後に振ってくるのは既に避けられない。

 

 彼女の乞う声は誰にも聞こえない、そもそも形にもならない。一段高いところにいる彼女は間違いなく落ちてくる瓦礫に潰されて、一体誰の死骸なのかはDNA鑑定に回されなければ判別できないほど無残な有様になるに違いない。そして他の者は半ば吹き飛んでいる壇に守られて生き残るのだ。死ぬのはオルガマリーという哀れな小娘一人だけなのだ、きっとそうなのだ。

 

 ああ、そんなのは嫌だ。

 

 そんなのは嫌だ。

 

 そんなのは嫌だ。

 

 私は、まだ何も成していない。

 

 仕事をこなしてもいない、人生を全うしていない。

 

 それなのに、死んでしまうなんて嫌だ。

 

 いや、いやいやいや。

 

 死にたくない、死にたくない、死にたくない。

 

 だって、まだ誰にも褒めてもらってさえいないんだから!

 

 そんなのは、いやだ。

 

 そんなのは、嫌だよう。

 

 だって、どうせ……

 

 今死んでも、誰も私の事なんて気にしないじゃないか!

 

 誰も私を助けようともしてくれなかったんだから! 

 

「……来な、さい」

 

 声は鼓膜を震わせ、しかし脳には染み込まない。

 

「はや、く……」

 

 だが、なんだろうか。

 

 今までに見た事のないものがオルガマリーの視神経を通して脳に突き刺さるように、それははっきりと見えた。

 

「こっちへ、来るんだ……」

 

 それは、手のひら。

 

 彼女へと向かって差し出される、まぎれもない救いの手。

 

 彼女は何を考えるよりも先に、その手をつかんだ。次の瞬間、自分の体が引っ張られる感覚と共に……オルガマリー・アニムスフィアは意識を暗闇へと送り込まれる。

 

 しかし、何故だろうか。

 

 まるでゆっくりと疲れ果てた心身を休めさせる寝床にもぐりこんだかのように、恐怖は感じなかった。

 

 

 

 

 

 熱い。

 

 背中が熱い。

 

 対して、自分の胸が、顔が、腕が、前面の全てが冷たい。その冷たさが心地よい。

 

 オルガマリーはその心地よさに身を委ねそうになりながら、微睡んでいた。まるで暑い夏のさなか、冷たい床にそのまま寝転がっているかのようである。最も、淑女たる彼女は生まれてこの方そのような品のない振舞をした覚えはないのだが……

 

「……って、死ぬじゃないの!?」

 

 自分の置かれている意識を失う前の状況をどうにか思い出した彼女は、生存本能によって一瞬で覚醒すると即座に体を起こした。意識を失っていたにしては機敏な動作で動いた彼女は、周囲を見回して絶句した。

 

「どこよ……ここ……?」

 

 ここはどこ、と言いそうになったのをわざわざ訂正するような妙な余裕があるにはあったが、彼女は思い切りよく困惑している。

 

「……街? 一体どこだっていうのよ!? 私のカルデアはどこ!?」

 

 困惑に任せて思い切りよく声を張り上げる彼女は、いつの間にやらどこぞの街のど真ん中にいたのだ。それも、彼女には全く見覚えのない風景。

 

 先程まで屋内にいたというのに、いったい何がどうなったというのか。意識を数日間も失っていて、ここに運ばれたとでもいうのだろうか。

 

「というか、本当にどこなのよ、ここ……しかも街が燃えているし! 災害の後か何か!? 誰かが私をシミュレーターにでも放り込んだっていうの!? 今までのこれ、全部性質の悪すぎる悪戯っていうんじゃないでしょうね?」

 

 混乱のあまり、思考を駄々洩れにしている自分に気が付いていないオルガマリーだが無理もない。何しろ彼女は意識を失っている間に、自分で口にしているように知らない街……しかも大火事か空襲の後のように燃え盛るボロボロの街にいたのだ。困惑どころか声を張り上げる気力があるだけまだましだろう。最も、夢か手の込んだ悪戯扱いしているのは一種の現実逃避かもしれないので一概に精神力が強いとも言い切れないのだが……

 

 盛大に声を張り上げて気が済んだのか、彼女は息を荒げて沈黙する。

 

「はあ……落ち着きなさい、オルガマリー。あなたはアニムスフィアの当主、カルデアの所長。人理を観測し続ける使命を持った人理継続保証機関のトップ。冷静に思考し、判断し、行動しなければ……ん?」

 

 ところで、彼女は燃え盛る街でひんやりと心地よい冷たさを感じていたらしい。

 

 濛々と煙が立ち込め、炎があちこちから上がっている無残という言葉の見本となり果てている街のど真ん中で熱気どころか涼しさを感じるのは一体どういう理由か。生憎と彼女はそこに不思議さを感じてさえいなかったのだが、実際にはおかしな話だ。そして、気が付かなければならない不審点に気が付かなかった彼女は、そのツケを支払う事になる。

 

「…………」

 

 彼女はあの奇妙な現れ方をした船に乗っていた。

 

 より正確に言うのなら、問題の小舟に横たわっていた青いローブを着た男……その上に乗っかっていたのだ。ちなみに彼女はスカートを穿いているうら若き乙女である。

 

 そんな彼女が仰向けになっている男の、ご丁寧に腰の位置に馬乗りになっていた。

 

「…………誰、この人」

 

 改めて考えるに、真っ当な育ちをした真っ当な価値観と貞操観を持っている女性にとっては衝撃的な状況である。そしてオルガマリーはふしだらで尻軽には程遠いきちんとした教育を受けて本人の気質も至極真っ当な淑女である。

 

 彼女が自分の喉を使って高音域の限界点を探るまで、あと0コンマ8秒。

 

 

 

 

 

 

 

 

 藤丸立香。

 

 年齢は十八。国籍は日本。

 

 性別は名前から勘違いされるかもしれないが男性。

 

 髪の色は黒。それなりには見られる顔立ちではないかと口には出さなくともこっそり己惚れるのが許される程度には整った顔をしている。

 

 ついでに塩基配列はヒトゲノムに間違いはなく、霊器属性は善・中立と最近確認された。

 

 特筆するような特技も趣味も特徴も持ち合わせていない、ごくごく平凡な21世紀の日本を生きる新世紀のジャパニーズである。

 

 普通の日本人は霊器属性なんていう言葉はでくくられるようなカテゴリに無縁なのだが、どうやらそうでもないのが彼の特徴であるかもしれない。決してラジオが発端で右手に暴走してほしくなるような思春期の病が根治されていないわけではない。

 

 彼を枠に嵌めたのは、彼ではなくどこかの誰かだ。

 

 ひょっとしたらその人物が、真正面から病名を口にするのはよくないようなものに罹患しているのかもしれないが、それはさておいて。

 

 つまり、藤丸立香という青年と少年の境目に立っている若者はいたって平凡な若者であり、翻って非凡な何かに巻き込まれるのはおかしいという事だ。

 

 彼にとって特別な人生のイベントが起こったとしても、それは彼にとってだけ非凡なのであって大きな目で見ればやはり平凡な事でしかない。例えて言えば、彼女ができる、大学受験に臨むなどの個人的に特別な節目はあれど、ミステリーの主役のように殺人事件に巻き込まれたり、ハリウッドスターのように世界を救う、などという事件には縁がない。

 

 それが彼であり、本人もそれでいいと思っていた。

 

 大事件など手に余るものだし、それらはモニターの向こうにあってこそ楽しめるものだ。当事者になどなっては楽しめるような話ではないだろう。

 

 せいぜい、たまにコミックを呼んで自分を投影するのが関の山。振り返って少々気恥ずかしくなる……藤丸立香はそういう若者だった。

 

 そのはずだった。

 

 だから、彼が燃え盛る廃墟と化した日本の都市の十字路を占拠し、人っ子一人いない往来で大の字に寝ているのはおかしい……場違いな話だと言える。

 

「……」

 

 身動きしないが太平楽な寝息はたてており、特に心身には異常がない事は明白だった。異常なのは、人っ子一人いないこの街だろう。周囲の看板や標識の文字から日本であるのは明らかだが、周囲に煙は立ち込めあちこちに建てられているビルは残さずガラスが割れており、地面のアスファルトでさえひび割れ、ところどころ隆起している。時刻は夜のようだが火の手が上がっており、奇妙な明るさで遠くまで見通せるが……災害か戦争の跡……いいや、真っただ中だとしか思えない。

 

 そんな中で暢気にねこけている藤丸は奇妙だが、更に彼自身が来ている白い上着に黒のズボンは汚れ一つなく、まるで絵画に張り付けられた違う絵のキャラクターのように違和感がある。

 

「フォウ」

 

 声がした。

 

 人声ではなく、動物の声だ。おそらく、小動物。

 

 一体どこから現れたのか、リスのような四足獣が彼の顔を舐めて起こそうとしている。何とも奇妙な生き物だった。哺乳類に属するのは間違いないようで、体毛は白く一見して犬のようにも見える。四肢も顔つきもそれに準じているが耳が異様に大きく兎かフェネック狐のそれのようだ。頭部と尻尾、胸元にカールした体毛が特に多く生えており、チョッキの様な上着を着て胸元にリボンをつけているところを見ると、彼が飼っているペットなのかもしれない。

 

「ん? あれ……なんかまた、顔を舐められたような」

 

 だ液まみれになる前に瞼が離れたのは幸いだっただろう。

 

 瞼が空き、彼が呆けていた時間は一瞬程度だった。跳ね起きた際の驚愕の顔から察するに、自分が少なくとも暢気に寝ているべきではない場所にいるのだと理解している。

 

「ここは……日本、なのか? なんで、俺、カルデアに……夢?」

 

 見回す周囲は火の海となった廃墟。だが、何もかもがまっさらになったわけではない。周囲にある都市としての痕跡は、彼にどこの国にいるのかを教えてくれる。仮名と漢字を混ぜている国家など世界に一国しかない。

 

「あっちっ!」

 

 ふらふらと立ち上がる彼だったが、どこからか飛んできた火の粉が手に触れて軽いやけどを作り、それが藤丸に現実感を与える。これは夢ではない、夢ではない。

 

 それなら、と認識を改めると同時に戸惑いの倍ほどの量で恐怖が襲ってくる。

 

「日本、だよな…いったい、何が起こっているんだ?」

 

 落ち着け、と言い聞かせる事も出来ない。その下地となるだけの経験がない。ただ迷子の子供のように周囲を見回す。

 

 辺りは火の海で、人っ子一人いない。いや、それどころかこんな大惨事としか言えない有様なのに倒れている人も動物もいない……なんなんだろうか、夢のように現実感がない。しかし、熱い。この熱が彼に現実を突きつけてくる。きっとこの夢は、歩けば疲労し、痛みも覚える現実なんだろう。

 

「フォーウ」 

 

 肩に乗った不思議な生き物が鳴いた。まるで、落ち着けよと生意気にも先輩面をしているかのようだったが、本当に藤丸は落ち着きを取り戻す。思わず笑い声さえ上がってしまった。

 

「フォウがいてくれなけりゃ、もっと取り乱していたかもな」

 

 肩の力を抜いて、自分を見る。着ているのは、いかにも真新しく着慣れていない様子がわかる白い上着に黒いズボン。胸のところに一本ベルトが通っているが機能的な理由はなく、きっとデザイン上の物なんだろう。確かに見た目はいい。

 

制服のようであり、災害地域を歩き回るには全く向いていないようだが、意外に動きやすかった。

 

「そうだ、これ……カルデアの制服だったよな」

 

 改めて思い返した。

 

 自分は国連所属の機関だというカルデアに、ある日スカウトされたのだ。スカウトと素直に言うには相当に強引であり、大人しめの拉致という方が正しいのかもしれず、一体なんだかわからないままになかば無理やり飛行機に乗せられ、あれよあれよという間にどうやら冗談のように高い山の中にある悪の秘密研究所のような施設に放り出された。

 

 それがカルデア。

 

 一体何をやる機関なのか、そこで自分は何をすればいいのか。

 

 それさえはっきりせず。往年の昭和仮面ライダーのように人体改造されるような妄想にさえ囚われていた自分は何やら奇妙なシミュレーションのようなものを受け、よくわからないままにそれは終わり……疲労か何かから倒れたのだ。思い返せば相当にひどい扱いを受けていると言える。

 

 それから……無造作にほっぽり出されていたようだったが、このフォウに今のように起こされた。そこで、そうだ、奇妙な少女に出会った。

 

 見た目はちっとも変ではない。むしろ、今までの人生で見た事もないくらいに綺麗な女の子だった。藤丸の知らない何かの制服のような……カルデアのものかもしれないが、正直どこかの高校のものだとしても不思議のない制服を着ている。ショートボブの髪がどこか透き通った薄紫色にも見える、しかしそれが違和感のない天然の色に見える少女だ。

 

 透き通るような、シミもニキビも一つない肌と濡れているかのような髪は整っている面も含めてまるで人形のようだった。どこか現実感がない容姿で、時に人間ではないかのような印象も受ける。ただ、率直に言って女性的な魅力に富んだ曲線を描く首から下のおかげでマネキン人形には到底見えない。たぶん、年齢は年下だと思うのだが……

 

 藤丸がそう思ったのは、何故だか彼女が自分を“先輩”と呼ぶからだ。後輩らしく丁寧な物腰で自分と接する彼女は、初対面でここには来たばかりだとわかっている自分に対して先輩扱いをしてくる。

 

 おかしな子だった。他にも言動の一つ一つが浮世離れしていて、なんとも人と接し慣れていないのだろうかと思えてしまう。名前はマシュ・キリエライト。印象的な自己紹介を探っていたが、彼女は十分印象的だった。だって、彼女の言動一つ一つをしっかりと覚えている。

 

 その上で、悪い印象は一つもなかった。ハッキリと言ってしまえば、顔がよくて体つきが素晴らしくて態度が丁寧な女の子に悪印象を抱く男子がいるはずがないのだから、藤丸が彼女に悪印象どころか好印象を抱くのは必然だ。必然的すぎるあまり、彼女の次に現れた男性の印象が薄くなってしまう程である。

 

 確か、屋内だというのにコートをきっちり着込んでシルクハットまで被ったおかしな人だった。霧のロンドンからでもやってきたのだろうか、全体的に緑色でモジャついた髪が印象深い人だった。確か、レフ教授、だったかもしれない。

 

 それから……そうだ、なんだか全員を集めての集会みたいなのに連れていかれて、そこで抜けきらなかった疲労のせいで思い切り居眠りこいてしまい……ほとんど同年代の女の子にしか見えない所長に横面を引っぱたかれたのだ。女の子にびんたされた経験なんて生まれて初めてだけれど、そこで生憎とマゾの資質はない事を確認した。とっくにわかっていたので、あまり有難みはない。

 

 で、当然なのかそうでもないのか追い出されてしまい、そのまま当てがわれた個室に行ってこれまた何故だか空き室にいる奇妙な男に出会った。

 

 ベッドに胡坐をかいてケーキを食べているのは三十前の男としてあり得ない振舞いに違いない。ダンディズムに相反する見本として妙にふわふわとした雰囲気なのはポニーテールにしている年齢不相応な髪形のせいか、それ以上に当人の表情のせいだろうか。さぼっていると公言したり、あるいはケーキに紅茶までごちそうになったからかもしれない。これで医療部門の責任者なのだから世も末だ。名前もドクター・ロマンと呼んでくれなどと言われてしまえば不安さえ感じる。

 

 まあ、おかしな人であっても付き合いづらい息苦しい人間ではないようだから、むしろ彼のような人物でよかったのかもしれないと思う。人間関係は刺激的であったとしてもぎすぎすした関係などごめんである。

 

 そんなゆるふわとしてあまり年長者としての威厳を感じない彼とお近づきの印にケーキをつまんでいると……部屋が揺れたのだ。

 

 そうだ、一体何があったのかは全く分からないが、ともかくアラートが鳴り響いてそこら中にもうもうと煙が立ち込めていた。何か事件……火事か何かが起こったのだとすぐに察せられた。

 

 ロマンと一緒に管制室? だが向かった先で自分が見たのは、何もかもが粉々になった原形をとどめない部屋と、大きすぎる瓦礫に下半身を押しつぶされたマシュ……

 

「っ! そうだ、マシュ!?」

 

 彼女を助けようとしたが瓦礫を避ける事さえできず、時間切れで逃げる事さえできなくなって、ただ彼女に請われるままに手を握る事しかできなかった。情けない、なんて情けない無力。

 

 無力を悔やむという使い古して手垢塗れの思考に囚われるなどそれまで想像さえしていなかった。瀕死の少女に向かってただ傍にいて笑う事しかできない自分……男であるのに、なんて様であるのか!

 

 思い出した無念に、思わず細い手を握っていた自分の手のひらを見る。瓦礫でついた少々の傷以外は苦労の後も見受けられないのがあまりに恥ずかしい……あそこにいたのが自分以外の誰かであれば、マシュを助ける事ができただろうか。

 

 ……あの子はもう、どこにもいないのだろうか。ほんの少しの出会いでしかないのに、なんて悔やまれるのだろう。きっと、あの子の生きている意味は自分にとってあの瓦礫などよりもずっと重たかったに違いない。

 

「……うん?」

 

 何かが、空で光った気がした。

 

 被災地に現れた救援のヘリなどか、と当たりをつけるどころではない速さでそれは藤丸とフォウの下へ飛んできている。明らかに、一人と一匹を狙っているのは赤い流星だった。

 

 一直線に向かってくるそれはまるで火の玉のようであり、脅威を脅威と認識さえできていない藤丸を粉々にする悪魔のようにも見えた。呆けている、まだ何もわかっていない彼に向って容赦なく天災のように襲い掛かる。一呼吸の後に、一人と一匹はひき肉となって四散し一つとなるだろう。赤い輝きは呆けていた藤丸の頭上で花火のように四散し、一気に死の豪雨となって降り注ぐ。

 

 だが、流星が人を押しつぶす、あるいは焼き尽くす残酷な音は廃墟に響かない。

 

「うわっ!?」

 

 遅すぎる認識とともに、本能で頭を庇った藤丸の前で硬い金属音が連続して響いた。ついで、地面が砕ける激しい音もまた繰り返される。だが、藤丸には火の粉と衝撃こそ届くが傷一つない。

 

「えっ……」

 

 覚悟が空回りしている事に気が付くのは早かった。いつの間にか閉じていた眼を開いた藤丸の前に、いつの間にか巨大な十字架を盾にして構えた誰かが立っている。一人と一匹を庇っているのだと理解した藤丸の前で影が振り返った瞬間、彼はつい素っ頓狂な声を上げた。

 

「ま……マシュゥ!?」

 

 まるでマシンガンの銃撃に晒されているような状況でも足を踏ん張り、盾を支えて庇う男を振り返ったのは年若い少女だった。

 

 彼はその顔を知っている。その少女の事を、ほんの少しだけだが知っている。

 

 マシュ・キリエライト。彼の記憶の中では、瓦礫に押しつぶされて死にかけていたはずの少女だ。

 

「詳しい話は後程。とにかく、今は伏せていてください」

 

 瀕死であったはずの少女が巨大な盾を支えて踏ん張っている。藤丸が冷静なら異常な状況に気が付いただろう。瓦礫に下半身を圧し潰されていたはずの少女が爆撃か何かを巨大な盾で防いでいるなど、一体なんの冗談か。よしんば彼が数か月も意識を失っていたとしてもありえない。それならば、崩壊も怪我も冗談だったという方がまだしも説得力がある。

 

 ただし藤丸立香は、マシュはそんな真似はしないと思うと答えるだろう。

 

 やがて、連鎖的な爆音の中に一つ異質な轟音が混ざったかと思うと音は収まった。藤丸には何が何だかわからないが、どうやら一区切りがついたらしく騒々しさが収まって一息つくと途端にマシュの事で意識が一杯になる。

 

「引いたようですね」

 

「マシュ……?」

 

 がしゃり、と身の丈以上の巨大な鉄塊を危なげなく下ろし、彼女は一息をついた。ショートボブの髪、白い肌、華奢な体躯、白く整った面差し、どれも血に塗れていたマシュ・キリエライトだ。他の誰でもない。

 

「その、恰好……」 

 

 ただし、恰好が全く違う。なんと言えばいいのか、彼の記憶にあるマシュとは違ってまるで水着に手袋とニーソックスを履いて鎧を申し訳程度に着けているような……率直に言えば仮装である。あるいはイメクラである。コスプレと言えないのはむき出しの腹部と背中が白くまぶしいからだ。控えめに言って、発情期ならぬ思春期の藤丸には刺激が強すぎた。彼女の起伏に富んだボディラインが強調されて、もうもうと煙が立ち込める鉄火場にも拘らず艶めかしささえ感じる。

 

「あ、これは、その……」

 

 しかし、本人は自覚がないようで平気な顔をしている。逆に背徳を感じさせて非常によろしくない結構さに満ち溢れている。

 

「そうですね、今ならきっと印象的な自己紹介ができると思います」

 

 にこり、と笑った彼女は神秘的なように見えて、どこか悪戯じみたものを感じさせる。

 

「先輩……マスター。私があなたのサーヴァントです」

 

「え? マス……サーヴァント? って」

 

 サーヴァント。奴隷。なんだろうか、彼女の格好も手伝ってよろしくなさが加速度大である。

 

「キャアアアアッ!?」

 

 と、場をわきまえない滾りを感じている大バカ者の耳に甲高い悲鳴が聞こえてきた。聞き覚えがないが女性の声だ。それを耳にしてマシュの表情に緊迫感が宿った。

 

「マスター、指示を!」

 

「え?」

 

「私と先輩の二人でこの事態を切り抜けます!」

 

 そういった彼女の眼の先には、藤丸の右手。地面についたその甲には赤い奇妙な模様があった。

 

 

 

 

 

 

「あわ……あわ……あわわ……」

 

 オルガマリーは人種的に白人である。

 

 白人と一言にいってもいろいろと種類があるが、ともあれ有色人種よりも一般的に顔の赤みというものが出やすい。

 

 スカートで見知らぬ男に跨るという女性にとってありえない暴挙に出た彼女は沸騰した頭でどうにか女性としての致命的なエリアから抜け出すと、そのままふらふらと膝をついたまま後ずさりし、小舟の縁に腰をぶつけて転げ落ちた。

 

「ふぎゃ!?」

 

 踏まれた猫のように悲鳴を上げてぶつけた後頭部とはしたない事になったスカートを押さえながら起き上がったオルガマリーは、ちかつく視界の中に存在する奇妙で見慣れない物を見たくないと思いつつも観察する。そして、すぐに理解した。

 

「……死んでいるの?」

 

 男は者ではなく物だった。

 

 乗っかっていたオルガマリーが冷たさを感じたのも、当然だった。

 

「……あの時の、手……思い出した」

 

 この男が彼女に手を差し伸べてくれたのであれば、最後の力を振り絞って自分を助けてくれたのだろうか。 

 

 瓦礫に潰されると慄き、身動きできない小娘を自分も同じ立場にも拘らず瀕死の身で救い、そして死んでいったのだろうか。

 

 命がけで、救われたのだろうか。

 

「……」

 

 オルガマリーは、先程とは異なる理由で頬が紅潮するのを自覚し、同時に申し訳なさで腹の底が冷えるのも自覚する。真逆のベクトルでの居心地の悪さを噛みしめつつも、何とか冷静に観察の続行に努めた。目の前の死体は、なんだかんだと言っても問題ある登場をした乱入者だ。情に絆されてはならないと自分に言い聞かせながら改めてみると、尋常ではない男と船に瞠目する。

 

「神秘の量も質も、見ただけでわかるほどに異常……傍にいて息苦しいほどだわ。それに、この形式……見た事も……いいえ、どこかで……メソポタミアのそれに似ている……随分変わっているのは、独自のアレンジ?」

 

 なんだろうか、奇妙に符合する何かが知識の中にはある。メソポタミア、奇妙な船、魔術師のような格好。

 

 決めつけは危険だが、どうしても可能性の中で一つだけに意識が固定されてしまって動かない。それが唯一無二の正解なのだと決めつけている。

 

「……まさか、ディラエモン?」

 

 この騒ぎの前になんとなく思い出していた伝説が、まるで示し合わせたかのようだ。まさか、そんなと思いながらもどうしても実は、と考えてしまうオルガマリーはほとんど意識なく一歩踏み込んだ。ほんの一瞬だが周囲の状況を忘れてしまう程に思考に囚われている。そしてその一歩が……偶然にも彼女を救った。

 

 ひゅおん、と風を切る音と共に影が一つ彼女をかすめて飛んでいった。離れた瓦礫に突き刺さったそれは、彼女の実物を見た事はないが知識としてはよく知っている代物。つまり、矢である。

 

 声を出すよりも先に後ろを振り返った彼女は、既に影に覆われている。

 

 いったい何が? を考える彼女の認識が事実を理解できるまでなど待たぬとばかりに迫っているのは、おおよそ人知を超えた何か……あるいはフィクションの産物なのか。なんと、武装をした骸骨であった。

 

 瞬きよりも短い時間で自分に向って剣を構えたしゃれこうべが襲い掛かってきていると悟りはしたが、彼女の反射神経では声も上げられなかった。一瞬も経たないうちに、彼女の若い命はボロボロのジョリー・ロジャーにふさわしい錆びた剣によって失われる事だろう。それを覆すだけの力量を彼女はもっておらず……その力は、第三者が颯爽と持ち込んだ。

 

「キャアアアアッ!?」

 

 ようやく絞り出した悲鳴だけが最後の抵抗と金切り声を張り上げた彼女だったが、それが空に消える前に不埒な髑髏は消え去った。代わりに彼女の前に背中を向けて立っているのは、奇妙な格好をした自分よりも若干年下の少女……オルガマリーはその背中には全く見覚えがなかったが、人物には見覚えがあった。

 

「え……? マシュ?」

 

 マシュ・キリエライト。オルガマリー自身が着ろと言われれば顔を真っ赤にして怒りそうな未成年ご禁制の特殊な職業に使える衣装じみた格好をして、円形の盾に巨大な十字架を合わせたような巨大な鈍器を軽々と構えているのは紛れもなく彼女の知り合いである。ちなみにオルガマリーが把握している限りでは逆上がりもできないどんくさい娘であるというのが公的に記録されている彼女の運動データであった。

 

 しかし、今慣れているように鈍器を振り回している彼女は颯爽とした身ごなしで危なげなく、オルガマリーの目にも止まらない素早さで立ち回っている。オルガマリーが場をわきまえずに多数の骸骨を巨大な盾の一薙ぎで一掃している。

 

「あなた、それ……英霊じゃない」

 

 彼女がそういうよりも先に、一人の少女はあっさりと十以上はいた奇妙な襲撃者を悉く塵に返してしまっていた。

 

「大丈夫ですかぁ!?」

 

 遅ればせながらやってきた素っ頓狂な男の声に振り返ったオルガマリーは、まず最初に唖然とした。そして次に失望を腹に抑え込む努力を放棄した。

 

 窮地に駆けつけてくれたであろう救助の手が、なんということだろうか、互いにあまりよろしくない体験の共有者……彼女がつい先ほど不幸なやり取りの結果に引っぱたいた少年その人だったのである。

 

「って、所長!?」

 

 どうしたらいいっていうの? まったくわからないわよ、そんな事!

 

 自分は要救助者ではいられないと悟った遭難者は、自問自答に答えがない現実に思わず納得してしまったという。

 

 

 

 

「つまり……ここは2004年の冬木市。あなた達も霊子転移……レイシフトをしてしまったのね」

 

「レイシフト? なんですか、それ?」

 

「……そう言えば、ど素人だったのね、あなた」

 

 藤丸、マシュ、オルガマリー。

 

 意図せずに合流できた彼ら三人は、最初に情報の共有化を行う。素人でも玄人でも自然と行う事だ。ただ、彼ら三人の内ヒステリックになる神経の細い人間がいないのは幸いだろう。正確には、神経が太いのは藤丸だけであり他の二人は予備知識があったから冷静さを保てているのだが、当人たちにとってはどうでもいいことかもしれない。

 

「レイシフトというのは……素人にはなんと言えば通じるのかしら……人間を疑似霊子化して時間移動と空間移動を同時に行う……と言ってわかるかしら?」

 

 首を横に振る潔さは美徳なのかもしれない。

 

「……」

 

「……」

 

 もっとも、オルガマリーにとってはあまり救いにはならない。ここで説明を放棄しないのは立派だが、彼女にはどうにもきょとんとしている青年にわかりやすく説明する言葉が思いつかなかった。そもそもこの現象、まともに説明すれば高度な論文が三本程度は書きあがる。

 

「時間移動って……もしかして、タイムマシンとかそういう……」

 

「…………」

 

 無言で見つめられるのは、現状三秒越えてしまえば気まずさを感じざるを得ない。

 

「いえ、冗談です! いくらなんでも本気じゃ……」

 

「いえ……正確には違うけれども、それでいいわ。今はとりあえずそれで」 

 

「ええっ!?」

 

 おざなりの上におざなりを重ねた態度だが、それでよしと言われてしまった藤丸はちょっと悩んだ。素直に受け取るべきかわからないのである。

 

 そんな少年の葛藤をよそに、オルガマリーは責任あるポストについている人間として遥かに重たい悩みに脳細胞を疲弊させていた。

 

「ともかく事情は分かりました。あなたには一から説明をした方がよさそうね……それだけの時間があるかだけれど……」

 

 ため息をつきたくなる自分の葛藤に、それが認められる余裕こそないと内心で断じながら彼女は背後を見た。そこには相変わらず奇妙な小舟と死体がある。もの問いげな視線をちらちらとそちらに向ける二人を意識しながらそれについては言及しないオルガマリーは、一つ高揚に似た感情を覚えている自分に気が付いていた。

 

 もしや、自分はとてつもないカードを……大きな幸運を手に入れているのかもしれない。

 

「まずはカルデアと連絡を取りたいところだけれど……通信機器を持っていないのが痛いわね。マシュ……は服装がまるきり変わっているから多分駄目でしょうけれど……藤丸、と呼ばせてもらうわね。あなたは?」

 

 幸い、藤丸は支給された制服のままであり腕時計のような形状の通信機をそのまま持っていた。しかし使い方を習ってどうにかコンタクトを取ろうとするが、どうも通信状態が安定していないのか一向にコールに応じる誰かはいなかった。応じる誰かが根本的にいなくなったのではないのか……そんな恐ろしい可能性を意図的に無視した彼らは、まず藤丸に知識を提供することにした。

 

 少なくともこの状況で彼が何もわからずに行動する事はもちろんの事、パニックになって暴走するなど持って他だからだ。いまの彼は、三人の中で最も重要な存在であると明言できる。

 

「まず、あなたは何も知らない……と仮定します。その上で私が現状あなたの知るべきだと判断した情報、知識を提供するわ。質問は都度。ただし、ここはおそらく敵地……悠長に話している余裕はないと認識して頂戴」

 

「敵地……」

 

 彼女の緊張感が移ったように藤丸、そして先程から後ろに控えるようにしているマシュも顔色を変えた。マシュはともかく藤丸はまだまだ事の大きさを理解しているとは言えないが、周囲に引きずられる程度でも能天気よりはよほどいい。

 

「まず、カルデアとは何か。それについてから改めて話します。我々フィニス・カルデアとは、国連に承認されている組織であり……目的は人類の未来を観測、そして保障する事」

 

「は? ……未来を保障? ええっと……保証? 保障? 何をするんでしょうか、ああ、具体的に……というか、それでどうしてあんなカルデアが吹っ飛ばされるような事態に? ドクター・ロマンはあれが人為的なテロだって言っていましたけど」

 

 未来とは観測、保障されるものだろうか。保障、つまり守る事だ。未来を守る……? 環境保全のポスターにある文句のようなそれは国連承認の組織としてふさわしいような、そうでないような……それがどうしてテロ行為の的になるのか。終末思想的なイカレポンチが自爆特攻でもしてきたのだろうか。

 

「……観測と保障には科学と……魔術を行使するの。魔術はある。一般人のあなたには信じられないかもしれないけれど、そう思ってちょうだい」

 

 魔術。古代の伝承、おとぎ話に始まって最近は娯楽の様々なフィクションを盛り上げるための存在にもなっている一種の原始科学。

 

「しかし、カルデアで観測していた人類の未来が2016年を境に観測できなくなってしまった……つまり、人類には未来がなくなってしまったの」

 

「未来が、ない……ですか」

 

 いかにもピンと来ていない様子の藤丸だが、それはむしろ健全であるのだろう。普通、未来が観測できないと言われても何が何だかわからないのが当然である。

 

「つまり、人類は2017年を迎える事が出来ずに滅亡した。そういう事よ」

 

「…………? あの、冗談ですか?」

 

「本気よ」

 

 思わず自分の耳と相手の頭の中身を心配してしまった藤丸は、後ろを振り返ってみるがやはりからかいの色が見えないマシュ・キリエライトがいる。これで芝居ならば、藤丸は彼女らに怒るよりも先に劇団への入団を進めるだろう。宝塚なんてどうだろうか。

 

「私たちはその原因をもちろん探った。そして異変を一つ見つけ出したの。それが今から十一年前……」

 

 ぐるり、と周囲を見回せば焼かれる廃墟ばかりだ。なるほど確かに異常と言えば異常、異変と言えば異変。

 

「西暦二〇〇四年の日本、冬木市よ」

 

「……冬木、ですか」 

 

 日本人だとしても、よっぽど有名な観光地でもない限りは地方都市なんていちいち知らないのは当然だ。藤丸も当然聞いた事はない。ただ、知らないという事はおかしいという事だとすぐに気が付いた。こんな大惨事が起こった都市が日本にあったら連日報道は繰り返されていただろうし、十年経った後でも追悼に特集番組くらいは大々的にやるのは当然だ。

 

 相応の教育を受けて、相応の生活環境でいた藤丸が知らないという事は特筆するような大きな事件は良くも悪くも起こっていないという事ではなかろうか。

 

「私たちがレイシフトした、ここの事よ」

 

「はい?」

 

 改めてきょとんとする彼に、オルガマリーはため息をつかざるを得ない。

 

「やっぱり、わかっていなかったのね」

 

「え? あ~……レイシフトっていうのは確かタイムトラベルみたいな事で、ええっと……つまり、そういう事ですか!?」

 

「先輩……何を言っているのかよくわからないけれど、なんとなく何を言いたいのかはわかります。私の考えが符合していると仮定しますが、ここは確かに日本の冬木市……それも西暦二〇〇四年の冬木市なんです」

 

 マシュからの援護射撃に彼はようよう事態を認識して、ぽかんと間抜け面の見本を作りあげた。全く持って見事な出来で、正に間抜け面の見本と言っていいだろう。

 

「理解はしたけど納得できない……って顔ね。それでもいいわ。ともかく今は現状に馴染むことから始めてもらう。そして……この世には、もう一つあなたが知らない物がある。さっきも言ったけれども、それが魔術よ」

 

 この世には人々に知られていない、知られてはならない側面というものがある。それは神秘、魔術と呼ばれるものでありそれらを修める魔術師達の世界である。

 

 彼らはこの世界に存在する魔力を用いて様々に神秘的な奇跡を再現する。その中でも特に際立った最上級の奇跡の中にある一つが英霊召喚。伝説、神話、偉人伝、歴史の中で連綿と語り継がれてきた数々の偉人、英雄を召喚して使い魔とする。それが英霊召喚。

 

 神話の住人である彼らは悉くが圧倒的な性能を誇り、魔術世界では最終兵器としての扱いを受ける。

 

「……英霊……っていうと、日本なら織田信長とか豊臣秀吉とか? そんな事が可能なんですか?」

 

「もちろん普通なら不可能よ。さっきも言ったように英霊召喚は魔術の中でも最上級。それこそ年単位で入念な準備をして莫大な資金をつぎ込んで、それでも成功する……いいえ、成功する方がおかしいような極めつけの難易度よ」

 

 状況は切迫して時間がないという割には、随分とノってきている。マシュはぶんぶんと降られる人差し指からそれを見抜いた。

 

「だから、我々魔術師は彼らを七つにクラス分けすることで難易度を下げるの。それぞれクラスという一側面に特化する事で難易度を下げて召喚のハードルを下げるという訳!」

 

 剣の英霊、セイバー。

 

 槍の英霊、ランサー。

 

 弓の英霊、アーチャー。

 

 騎兵の英霊、ライダー。

 

 魔術師の英霊、キャスター。

 

 暗殺者の英霊、アサシン。

 

 狂戦士の英霊、バーサーカー。

 

 そしてそれ以外の例外、エクストラ。

 

「ちなみに、それらのクラスにはそれぞれ特徴的な能力があって……」

 

「あの、所長……そのぐらいでよろしいかと……」

 

 興が乗ってきて止まらない彼女を見て、藤丸はスピーチの長い小学校の校長を連想した。貧血で倒れる生徒が続出しても延々話し続ける校長は、子供ながらに頭がおかしいと考えたものだ。そこまで言わなくとも、今のオルガマリーは明らかに状況を忘れていた。

 

「すみません先輩……急に言われても理解が難しいとは思いますが……」

  

「うん……まあ……」

 

 困り始めた二人を前にしても、これからがいいところなのに、と顔に書いてある彼女だった。 

 

「あの、所長……だとするとおかしいと思うんですけど……」 

 

 彼はマシュを見た。

 

 普通の女の子というには女性的な魅力に溢れているが、英雄などと言えばそれは違うだろうと言い切れる。一部豊満ではあるが、基本的には重たい物を持つには向いていない華奢な娘にしか見えない。

 

「なんでマシュがサーヴァントに? マシュは英雄とかじゃないはずなのに……」

 

 オルガマリーの表情は一瞬消えた。冷静なのではなく、感情が飽和してしまったような印象だった。それはほんの一瞬だったので藤丸も気が付かなかったが……

 

「……それはさすがに疑問でしょうね……マシュは半英霊よ」

 

 言いづらい事を言う為に、彼女の声は逆説的に滑らかに言葉を形にする。それに気が付くような繊細さも経験も藤丸にはなかった。ましてや、マシュがわずかに顔を俯かせた後ですぐに上げた事など位置のせいもあってさっぱりわかりはしない。

 

「デミ? 半英霊? それは一体……」

 

 疑問に答えが出るよりも先に彼のすぐそばで機械音がした。 

 

『もしもし! こちらはカルデア管制室だ! 聞こえるかい!? 返事をしてくれ!』

 

 なんというか、必死さがありありとわかるのだが微妙に情けないようなふにゃふにゃした印象の声がした。重要な疑問を問いただすセリフを遮られた藤丸がどことなく白けてしまいながら腕を上げると、腕時計のような機械から光が発せられ、近くの崩れた壁を疑似的なモニターにして男性を一人映し出した。

 

 いい年をした男のくせにポニーテールにしているとは軟弱な、とでも言われるかもしれない。よく言えば柔和、言い方を厳しくすると軟弱そう。そんな印象が第一に来る三十前くらいの男だった。

 

 白衣を着ており、線が細い事も相まっていかにも学者然としている。ただ、学者にありがちな冷たさとは無縁なようで藤丸の様子を見て大きく息をついている。

 

『ああ、よかった! ようやく通信が安定してね! 藤丸君!? 君、藤丸立香君か!? まさかレイシフトしてそこに!? コフィンもなしでよく生きて……ああ、いや! それよりも……ああ、君の場合はまず状況の説明からが先か!』

 

「それは私たちがしたから結構よ、ロマニ!」

 

 露骨にイラついた顔をしたオルガマリーが横からいばらのような声を発すると、彼女に目を向けたロマニと呼ばれた男がひっくり返った声で彼女とその横に控えるマシュを呼んだ。いちいちオーバーリアクションで、どこか芝居がかってさえいる。

 

『所長!? 生きていたんですか!? それにマシュも! って、君はなんてハレンチな格好をしているんだ!?』

 

「ハレン……」

 

 否定の説得力はないと自覚しているのか、マシュは顔を赤くするだけで反論しなかった。 

 

 生きていたんですか!? などという暴言に対してきっちりお返しをした後にお互い情報交換を何とか済ませた彼らだったが、状況は芳しいとは言えなかった。

 

 先程の惨事はやはり何者かによる爆弾テロである事。そして、それによりカルデア職員の大半は死亡しており、あくまでも医療セクションの責任者に過ぎないはずのロマニ・アーキマンが暫定トップとして事態の収拾を図っているという事。外部とは一切連絡が取れず、それは自分たちの側ではなく外部の方にこそ問題があるらしいという事。つまり……人類の存続が今こそ危ぶまれているというどうしようもない程に恐ろしい予測。

 

「……レフ」

 

 ロマニにカルデアを任せて通信を切った後、オルガマリーはひそかに唇をかみしめた。それ以上をしないで済ませる為に彼女はなけなしの精神力を振り絞ると、振り返って同行者を見直した。

 

 事態の把握も困難な少年、藤丸立香。

 

 そして、彼と契約したカルデアの職員にしてマスター候補。いまはデミ・サーヴァントのマシュ・キリエライト。

 

 彼らがいるのは不幸中の幸いだ。特にマシュがいなければ……そしてデミ・サーヴァントになっていなければそもそも何もできなかったに違いない。そして、サーヴァントであるマシュにはマスターが不可欠。つまり、藤丸もまた不可欠なのだ。問題は、マシュはともかく藤丸にその自覚が全くない事だが……

 

「あの……ところで、マスターってなんですか? さっき、俺がマシュのマスターだって言われたんですけど……」

 

 これである。酷な事ではあるが基本的な知識さえないとなると心構え以前の問題だ。取り乱していないのがせめてもの幸いだが、彼女の方こそいっそ取り乱したい……というか、実際に何かあれば取り乱してしまう程に追い詰められている。さながら表面張力ギリギリ一杯のコップだが、それを押しとどめるのは彼女のこれまでと今現在の務めがあるという自負心だ。

 

「マスターというのは……サーヴァントを現界させるための楔、そして魔力源。更に絶対的な命令権を持つ存在、という所ね」

 

「…………」

 

 口には出していないが、よくわかってはいないようだった。

 

「あなたの右手の甲に、アザのようなものが出ているでしょう? それがマスターの証……“令呪”よ」

 

「令呪?」

 

「命令する呪い。つまり、サーヴァントに対して回数制限こそあるけれど本来あり得ないような命令を強制する事ができる。それが令呪。そしてサーヴァントは契約したマスターの魔力を消費してこの世界に存在し、力を行使するの。マスターはサーヴァントに魔力を提供し、時には暴走を抑える。それがマスターの意義よ」

 

「……なんだか微妙に御恩と奉公にはなっていないような」

 

 魔術師とは基本的に我欲万歳である。サーヴァントなどと定義づけた相手に真っ当なギブアンドテイクなどするはずがない。

 

「ともあれ、至急マスターとしての自覚をもってちょうだい。いい? ここはマシュがいなければ生き残る事さえできない危険地帯。そしてマシュが戦う為にはマスターが必要。特に令呪、これは今言ったようにサーヴァントの暴走を阻止すると同時に本来はあり得ない力を発揮させるためのブースターでもある。これをどう使うかがマスターの腕の見せ所なのよ」

 

「ありえない力、というと…例えば?」

 

「勝ち目のない強すぎる相手に勝て、なんていう命令をすると本来の彼女は持ちえない力を発揮する、なんて事もできるわ。状況、相手を見極めてサーヴァントに適切な指示ができるか……そして、その令呪は一日に三回が限度。強力だからこそ都合よくいつでも使えるはずがない切り札よ。それでも研究によって相当に向上したのだから文句は言えない所だけれど、数には制限のある切り札……使いどころを間違えればそれだけで戦況が不利になるのは目に見えているわ」

 

 サーヴァントに指示、などと言われても藤丸は草野球の監督さえできたものではない。一対一と言っても戦闘の指示を、喧嘩さえした事がない自分ができるとは思えなかった。

 

 ただ……

 

「が、頑張ります」

 

 周囲を見回す。

 

 彼は善良だった。そして、責任感溢れるという訳でもないが無責任でもない。

 

 あのカルデアを見て、この惨状を見て、そこに干渉できる……ひょっとすれば解決できるかもしれないとなれば知った事じゃないと放り出す事はできない。

 

「あの……この街の惨状は一体どういう……もしかして、これもカルデアの犯人と同じ……?」

 

「おそらくはそうだと思います、先輩」

 

 オルガマリーの負担を減らす為なのか、藤丸と会話をしたかったのか、マシュが答える。

 

「カルデアを破壊した何者かは、人類の未来を打ち壊したい……いいえ、打ち壊した。この街の惨状はその為の手段の一つであるというのが現状最も高い可能性であると考えられます」

 

 予備知識が皆無の藤丸だったが、ようやく話が飲み込める。

 

 テロリストがカルデアに爆弾でも仕掛けてきたのは、彼らのプロジェクト……つまり今彼らがいる2004年の冬木の異常を調査、解決されるのを防ぐためだったのだ。それも推測に過ぎないが、他のどんな可能性よりも高いだろう。

 

「でも、いったいどうやってこんな……街をこんな風に壊すなんて……カルデアと同じような手段をとったにしても……」

 

 大災害もかくやの事態を引き起こした手段さえ想像ができず、藤丸は周囲を見回した。爆弾を使って吹き飛ばしたにしても、街一つを吹き飛ばすなんて核ミサイルでも使ったのだろうか。人類の未来を壊したなんてたいそうな事を言われてしまうと、あながち間違いでもないように思える。

 

「おそらく、聖杯戦争よ」

 

「聖杯? って確かキリスト教の……」

 

 まさかさらりと回答を渡されると思っていなかった藤丸だったが、これは当然だった。冬木市が人理崩壊という異常事態の原因であると判断されてからカルデアは原因を徹底的に探っているのだ。当たりさえつけられないようでは先行きが暗いどころではない。

 

「もちろん別物だけど、そう名付けられた特別な魔術礼装。およそ規格外と言われるそれは全ての願いをかなえる奇跡の力を持っていると言われているわ。それをサーヴァントを使役して勝ち取るために戦いあうのが聖杯戦争」

 

「うわぁ……」

 

 藤丸は率直に思った。

 

 胡散臭い上になんて迷惑。

 

 なんでも願いをかなえる聖杯なんて手垢がついているほどに胡散臭い上に、獲得するために最終兵器だなんだと言われているものが街中で争いあう。きっと街の住人はとても迷惑した事だろう。そこまで考えてはっとする。

 

「まさか、この街の有様って……サーヴァント?」

 

「……あるいは聖杯そのものかもしれないという事ですか?」

 

「……かつて、この街で聖杯戦争が行われたという記録があるの。もちろん時期は今、西暦2004年。ただし、その時はこんな風に街が一つ消し飛んだなんて記録は残されていない。公式の物はもちろん、非公式の物もね」

 

 二人の疑問に答えたオルガマリーだが、藤丸はその中に不穏当な言葉が混ざっているのに気が付いた。

 

「非公式? ってそれはもしかして……」

 

「先輩、魔術は秘匿が基本条件で場合によっては世間に知られる前に情報を隠蔽する事もあるんです」

 

「あ、やっぱり。刑事ドラマとかで出てくる感じ」

 

 聞かない話ではないが、ほとんど都市伝説の類だと思っていた。魔術師の都合の為に何らかの事件を隠蔽する。卑劣な話だが、実感がわかない藤丸はそういうものなのかとしか思わない。能天気な有様にほっとするマシュと心配になるオルガマリーだった。

 

「しかし、今回はそうなったという事実はない……それは私達カルデアも協会の記録をひっくり返して調べたわ。この現状は、おかしい。その異常を正せば冬木の異常……特異点Fは消滅し、私達も元の世界に戻れる!」

 

「……もしかして戻れなかったんですか!?」

 

「今更!? 帰れるものならとっくに帰っているわよ、こんなめちゃくちゃなメンバーとシチュエーションで人理修復なんて乗り出してたまるもんですか! 映画じゃないのよ!?」

 

 それはそうである。

 

「……ともかく、そういう事よ。私たちはやらなけりゃならない……たとえ相手が最悪この街にいた七基の英霊全員でも……無茶でもなんでもやらなければ人類は滅ぶんだから……」

 

 そろそろ胃に穴が開いていそうな顔をしたオルガマリーに声のかけようもない二人である。彼らが熟練のマスターと本物の英霊であれば彼女も安心できたからだ。ない物ねだりと言えばそうなのだが……

 

「でも、戦力に当てがあるなら補充をしない手はないわ」 

 

 そう言いながら彼女は懐から一枚の札を取り出した。金色で妙に凝った装飾がされている。

 

「所長、それはなんですか?」

 

 マシュはカルデアの自分も見た事のない道具に興味を引かれる。戦力というが、何か文字通りの切り札なのだろうか。

 

「これは呼符。召喚の際に使用するのよ。普通は複数の特殊な石を使わなければ召喚はできないんだけれど、これは一枚だけで一回の召喚が可能……貴重品なのよ?」

 

 本来は少々ならず気恥ずかしくもが長々とした呪文を唱えなければならないらしい。藤丸もそういうのは四年ほど前に卒業したはずなので遠慮したいところである。

 

「これを……マシュ、霊脈を探してその盾を置くわ。召喚の陣にするから、まず場所を選ばないと……」

 

「地脈、所長の足元です。その船の下がそのまま」

 

「……え? ま、まあいいわ。それなら早速召喚をするわよ!」

 

 照れ隠しに顔を赤くするオルガマリーだが、そんな彼女の様子に二人は気が付いた様子もなく件の船を見ていた。まあ、街の路上にぽつりと置かれている小船など珍妙以外の何物でもないので当然。オルガマリーもこれ幸いと話を横に置いて真面目な顔を取り繕った。

 

「もしかしてこの船、地脈の上でも渡っているのかしら? だから船の形状をしている?」

 

「所長、準備は済みました。どうぞ!」

 

「わかったわ、今行く!」

 

 さて、ここまで素人の藤丸はまるきり手持無沙汰である。マシュが盾を設置し、そこにオルガマリーが微調整をしているのをぼうっと見ているしかない。ここで周囲を警戒していないのは彼が平和ボケで有名な日本人だからだろうが、常識はずれの事態とその説明にどこか夢見心地だったからでもある。まるで物語に迷い込んだような錯覚を覚えたが、彼以外の現実は常に動いているものだ。

 

「いい? マシュ。この船を盾の横において。これを触媒とするわよ。当人の遺体があるなら、間違いなく彼自身が来てくれるはずよ」

 

「彼、ですか? この男性は一体……」

 

「……古代メソポタミアの特徴を有している小舟。魔術師風の男性……突如転移して現れた……そして……もしもあの時に私たちのいたカルデアが……2016年の最後になったとしたら? つまり、時の彼方だとしたら」

 

藤丸はともかくマシュは何事かを察したようで、信じられないと口にする。

 

「それに当てはまる英雄に、私も心当たりはありますが……まさか、この遺体が英霊……いえ、英雄その人だと言われるのですか?」 

 

「…………繰り返すけれども、触媒としてこれ以上はっきりと当てになるものはないでしょう? それに、ここには彼の生前の持ち物もある……つまり、英霊やサーヴァントが持つ魔力で作られたものではない物理的な本物が……それと英霊になった当人が合わされば、私たちは正にサーヴァントどころか英雄その人を味方にできるも同然……そう思わない?」

 

「お、驚きました! このような状況では絶対に落ち着きを失くして、主に先輩やドクターに八つ当たりをしていたり悲鳴を上げているだろう所長が随分と冷静だと思っていましたが……このおかげだったのですね!」

 

「そんな事を考えていたの!?」

 

 仲がいいなぁ、女の子同士は。と暢気に考えている藤丸にオルガマリーの八つ当たり気味に鋭い視線が刺される。

 

「……こんな所ね……それじゃ、48番マスター! ここに符を置いて! 召喚を始めるわよ!」

 

「は、はい!」

 

 48番って誰だろう、などと思ったが自分以外にはあり得ない。藤丸はおっかなびっくり渡された札をマシュが横に置いた盾の中心に置いて、さてここからがという所で……なんと符を中心に光が魔方陣を展開し、その上に円形の光が三本生まれて一気に大きく広がりながら回転し始めたのだ。

 

 こういうものなのか、と驚きながらも知らないからこそ順応している藤丸だったが、オルガマリーとマシュは血相を変えざるを得なかった。ただぽい、と無造作に符を置いただけで召喚が開始されるはずがない。

 

「まさか、向こうから出てこようとしているの!? そんな馬鹿な事が!」

 

「先輩、所長、下がってください! 危険です!」

 

 濁った炎に照らされた中で燦然と輝くそれは美しくもあったが、どこか放射能の光のように不吉に思えたのは他の二人がうろたえているからだ。

 

「え? ま、まずいのか!?」

 

「かもしれません!」

 

 盾を取ろうにも、事の発生源はそこだ。やむにやまれず腕をかざして二人の前に立ち庇う。せめて自分自身を盾にしようという健気な自己犠牲の精神を体現している。

 

 だが、彼女らの困惑と危機感は杞憂だった。青白い光は回転が臨界に至ると一気にはじけたからだ。その時、円の下にいくつも並んでいた球が金色の粒子を纏っていたのを藤丸は確認した。目を眩ませる輝きの向こう側で、黄金色の大きな板がくるくると回転しているのも見た。

 

 光がはじけた先に現れたのは、人間大の黄金板。一瞬だけ見えた裏面には複雑な文様が描かれ、彼らの前には杖を持ったローブ姿の老人が描かれている。杖を持つ反対の腕には分厚い書物を持ち、いかにも魔術師といった絵姿にオルガマリーは無意識に正体をつぶやいた。

 

「……魔術師……キャスターの英霊!」

 

 黄金のカードを覆う表面の老人は光の粒子となって溶け、その奥から人影が現れた。こちらの女性陣は元より藤丸よりも半分は背の高い、なかなかにがっしりとした体格のいい男だった。

 

 青いローブに白い手袋が印象的で、首には赤いマフラーと何故だか大きな鈴をつけている。手には白い半月のような装飾の杖を持ち、その下には鈴が幾つも付けられて動く度に澄んだ音をたてている。

 

「やあ、はじめまして」

 

 ローブについているフードから露わになった顔はまるで彫像のように整っていたが、表情が暢気な程に柔和で近寄りがたさや高貴さなどとは無縁でむしろ親しみやすくさえある。黒髪黒目で二十代後半程度に見えるのも藤丸だけかもしれないが親しみやすさを感じさせる。

 

「私はサーヴァント、キャスター。名前は……まあわかっているようだが、ディラエモンと呼ばれていたメソポタミアのしがない術師だよ。どうぞ、今後ともよろしく」

 

 彼はちらりと自分の船と横たわる男の顔を見た後で、特に驚く事もなくのんびりと自己紹介をした。

 

 




 今後はドラえもん的な道具を駆使しつつ、時には巨大ロボットを使って戦ったり。

 ええ、モデルはもちろん勇者ロボットだったりガンダムだったり、スーパーロボット大戦だったり?

 ファヴニールと取っ組み合うメカゴジラなんかも出てくるかもしれません。

 そこまで書く気力がわかなかったし、そんなに読みたいと思う人もいないだろうからこんな形で発表。

 短編で書きたいところだけつまみ食いしておくのもいいかもしれない。

 次回は……ヘルシングの英国無双をモデルにした作品でも書いてみようかな?

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