これは新しいのを書くしかないか! なんて思ったかと思えば、次の日にはハードル高いなぁ……期待外れって思われたらどうしよう……受けているところで終わらせた方がいいよな、たぶん……なんて思ったりもしました。
ただ、やっぱり今までで一番受けたので続きを書いてみました。短いですけど、こんな日常を彼らは送っています。作中のイメージは普通の絵ではなく、リヨぐだ男君かひむてん世界の絵柄を想像してください。
それにしても……どうしてこんなに読まれたのかさっぱりわからないんだけど……
あ、ちなみに書いたら出る教。
670以上溜まっていた石と55枚あった符。それが符~0、石~170強まで減らしての結果!
水着カーミラさん×3 すり抜け剣スロット、すり抜けジークフリート(マーリンピックアップ引いていないから!)、J沖田さん、バニ上、ワルキューレ、ステンノという結果でした。もちろん礼装多数。
……ちなみに、沖田さんとバニ上は22連目で一気に来てくれて、残りの符も石も全部ピックアップ1につぎ込んでの結果です。福袋でも来てくれないし、自分は武蔵ちゃんに嫌われているんだとよくわかりました。
……本命のカーミラ、大本命の沖田さんは来てくれたし、来ないと半ば諦めていた☆5のアルトリア・ルーラーは来てくれたから口惜しくなんてないもんね! 次回の福袋の目当てがまた一つ増えたぜ、ふふふ……
蜂蜜梅さん、名無しの通りすがり、ふたばやさん、誤字報告ありがとうございます。
藤丸立香は悩んでいた。
彼は世界に残された最後のマスター。即ち人類が掴んでいる最後にしてささやかなる希望。
そんな彼の悩みは、即ち全人類にとっての悩みであると言ってもいいのではなかろうか、いや、そうであるに違いない。
であれば、誰かに助けを乞うのも決して恥ではない。そもそもからして、このカルデアには懐深く才知溢れる偉人賢人英雄なんでもござれのとてつもない、この世で一番触れるな危険な組織となっている。
いや、なんか真逆な方向に行ってしまった気もするが、大体そんな所であると思うのだ。
であれば、廊下を全力ダッシュでこんな時でこそ頼りにしたい偉大な英雄の所に駆けこんでしまうのは必然。いわばこの世の新たな真理である。
そして、偉大なる英雄が力になってくれるのもまた必然にして自然。それはきっと間違いがない。彼は心からそう思う。
「だから助けてほしいんだ! ディラエモ~ン」
「ええと…そこはあれかな。仕方ないなぁ、立香君は……と言うべきなのかな。様式美という奴なんだよね、これも」
ずしゃあ、とかなりダイナミックにスライディングをしながらカルデアの食堂に滑り込むと、そのままくるくると自分でもよくわからない回転をしてからお目当ての人物の足元に正座する。音をたてているのではないのかと錯覚するほどに見事、目標位置から寸分違わない場所に腰を下ろしている。
食堂の何の変哲もない二人掛けのテーブルの一席を埋めているのは一組の男女だった。
男の方は、ディラエモン。
かつて藤丸がカルデアに来訪してから最初に起こった事件において出会った魔術師のサーヴァント。即ち、古代から現代に甦った生きた伝説の一人だ。
正におとぎ話の魔法使いのように不思議な道具を山のように持ち、時には新たに作り上げ、それをもって人類滅亡に立ち向かう最後の砦たるカルデアの力となってくれている過去からの来訪者である。
なるほど、青いローブに赤いマフラー、黄色い鈴を首に着けて白いグローブ。更には壁に立てかけてある白い半月が飾られている杖などを見ると……西暦二千年代ではここが世界中のどこの食堂だとしても、勇者として褒めたたえられるべき格好である。よくもそんな恰好で人前に出られるな、という意味合いでだが。
彼の見た目は彫像のように整った精悍ささえ感じる面立ちだが、それでも誤魔化し切れないシュールさが時として滑稽さを通り越してもの悲しささえ感じさせるだろう。
しかし、ここはカルデア。
例えローブだろうが時代劇の格好だろうが、果ては全身タイツだろうと水着だろうと痴女だろうと問題はないと言う寛容すぎる奇人変人天国である。向こうから腰蓑一丁でずしずし足音を立てて現れる巨人が普通にいるのだから筋金入りだ。
「藤丸……まず第一に廊下を走るんじゃないわよ。それに食堂でスライディングをするなんてもっての外よ。埃がたったじゃない。それからその語尾が間抜けな話し方、やめてくれる」
厳しい目で……というよりも多分に呆れた目線で藤丸を見ているのはオルガマリー・アムニスフィア。若干二十歳そこそこの若さでありながら国連組織カルデアを取り仕切る所長である。
光の加減で銀色にも見えるアッシュブロンドの豊かな長髪が柔らかく波打つ、鋭さが表立った面差しの女性だ。真っ当な美的感覚の現代人が十人いれば七人までは美女、残り三人は稀なる、と冠を被せるほどの整った顔している。
イギリス人らしく優雅にティーカップを傾けて紅茶を飲んでいる姿は絵になる程だが、今はしかめ面をしている為に残念ながら魅力が半減している。まあ、食堂で埃をたてられれば……というよりも、こんな阿呆な真似をされればしかめ面の二つや三つ出てくるのが当たり前だ。
「あ、所長。こんにちは」
「……挨拶はいいけど、そこで眉間にしわを寄せているエミヤに謝ってきなさい。夕飯減らされても文句言えないわよ」
ふう、と息をついて促す姿は、初対面の際に藤丸を引っぱたいた彼女と同一人物とは思えない。彼女が気合の入った演説をしている際にとはいえ、居眠りをしただけで横面引っぱたいた上に部屋から追い出されたのだ。ついでに言うと、居眠りをしたのはカルデア側の用意したシミュレーションシステムが彼に負担をかけたからである。つまり、向こうに非がある。
そんな過去と比較するに、今の彼女はずんと穏やかになっているに違いない。
何しろ、食堂の向こう側ではこめかみを引きつかせているガングロヤマンバスタイルという時代を一世代前のアジア一部地域まで逆行しているコックがこめかみに青筋を浮かべながら手招きしているのだから。比較して、遥かに穏やかだ。
「うひい」
「おかしな声を上げていないで早く行ってきなさい。少し長いくらいのお説教の間なら待っていてあげるから」
はあ、とため息をついている彼女の眼差しはまるで仕方のない弟を見る様だ。なんとも余裕のあるそぶりである。
正座のままで滑るようにコックの足元にまで到達、びくりとさせた藤丸はつらつらと途切れる事のないお説教を右から左に聞き流しながら、オルガマリーの事を思い返していた。
生真面目で硬質な印象は変わっていないが、極端に空気を悪くするようなピリピリとしたところがなくなっている。いや、なくなったとは言い過ぎで、今は鳴りを潜めている。
「これもディラさんのおかげかなぁ」
「聞いていないな、マスター!」
さらに二十分ほど延長した説教のおかげで席を外さざるをえなくなったオルガマリーの後に座り、しれっと当のコックにブラックコーヒーを頼む。
「胃によくないよ。マスターはまだ若いんだし、カフェオレなんてどうかな?」
苦言を口にするディラエモン自身は緑茶をすすりながら、片手にせんべいを齧っている。いったいどんな神話の住人なのだろうか。
「この相談をするにあたり、熱くて苦い、そして濃い目のブラック以外は不可……そういう話なんだよ! 俺が未成年でなければ、スコッチを頼んでいたところだ!」
「スコッチの何たるかを語るには十年早いよ。せめてカラオケかなんかでこっそり頼むサワー程度にしておきなさい」
「微妙にリアルだね!? さすがは元日本人!?」
ぐぐっ……と拳を握ってくるマスターだが、ディラエモンの眼差しは白けていた。
「元、を付けられるのは複雑な気分だよ。徹夜明けのナチュラルハイみたいなテンションでこんな胃に悪い物を注文するからには、はてさて聖晶石の話かな。それともロボットか、はたまたバイクに車?」
「だろうな。マスターは普段はともかく召喚やマシン関係の話となると、急に極端なテンションになっておかしな側に仲間入りを果たす。困ったものだ」
ディラエモンの声は高くもなく低くもなくの柔らかなテノールだが、そこにバリトンが加わった。藤丸はカウンターテナー程度なので第三者である。
「エミヤ」
「これも追加だ。マスターと貴方が席を同じくする時には毎度おなじみの品だ」
彼らの席に影を落としたのは、先ほど藤丸にお説教をしていた厨房スタッフの一人だった。背が高く、太い骨にしっかりと筋肉がついている青年だ。黒ずくめの上に赤いコートともマントとも言い切れない独特の衣装を纏っているが、実は彼もまたカルデアに呼ばれた英霊の一人、アーチャーのクラスに収まる一人だ。よく考えなくてもこの格好でキッチンに立つと言うのはどうかしている。エプロンぐらいはしているのだろうか。
守護者という特殊カテゴリの一員で、ディラエモンの様な術師と違い戦闘のエキスパートのはずなのだが、不思議な事に包丁を握っていたりお盆を持っていたりする時間の方が長い男だ。中には洒落抜きで彼の事をコックだと思っている英霊も多いらしい。こんな格好なのに。
「ドラえもんに物を頼むのは、おやつ時にどら焼きを食べようとしている時じゃなけりゃ駄目なんだよ! 拘りって奴さ!」
「ああ、このテンションの高さはやっぱりそうだね……」
ふうむ、と腕を組みながら心当たりを探り、眼をキラキラとさせている藤丸を見る。
「新作バイクはエミヤに試乗を頼んでいるからね、マスターは乗せられないよ」
「えええええ!?」
「ふっ……」
いまのところ厨房はいいのか、ちゃっかり自分も席についてどら焼きをつまみ始めたエミヤがマスターの醜態を横目に眺めてから自慢げに笑った。
さて、このディラエモン。日頃から何かにつけてマスターから頼りにされている男であるのだが、何をもってそれほど頼られているのかと言うと、まずは高くも幅広い技術力とそれを惜しむことなく提供する点があげられる。
カルデアの根幹となる任務、人理修復という危急の折に骨身を惜しまずに現代人類に手を貸す英霊は多い。
最初からその意欲を持っているからこそ召喚されているのだから当たり前だが、それらは主に戦士の英霊の話だった。彼らはいざ鎌倉、ここが腕の見せ所と言わんばかりに積極的な態度で武勇を振るう者たちばかりで実にわかりやすい英雄揃いだ。
しかし体育会系の彼らと対して、ディラエモンも席を置くキャスタークラスの英霊はなんと言うか、腹に一物を隠している者もけっこういる。
基本は協力的であるのだが……自分の目的の為のついでにというのも多い上に、とかく偏屈、あるいは変人が多い。そんな中でディラエモンは積極的に人理修復に力を貸してくれている。
カルデアがレフ・ライノールという幹部スタッフの裏切りによって爆破された大惨事の復興は、彼がいなければ未だに片付いたかどうかが定かではなかったというのは共通認識であるし、人理修復の際に役立つ道具類もどんどん提供してくれる。
その上に、人間的に“真っ当”で人当りもいいので何くれと頼みやすい。他のキャスターは三人に一人は偏屈か、頼んでもあまり積極的ではないか、何か裏があるのかという懸念がぬぐい切れないのが常なのだ。
幸いにもマスター、藤丸立香と彼らの間にも確固たる信頼関係が結ばれつつある為に懸念は解消されつつあるが……
付け加えれば、ディラエモンはマスターの中では日本から世界に広がったとあるアニメのキャラクターと一緒にされている。どうもモデルか何かだと思われているらしく、アニメの真似をして何くれとなく“お願い”に来る行為そのものを楽しんでいた。
ディラエモンも本来は頭数合わせの素人であるにも関わらず、たった一人で47人分の働きをしなくてはならなくなった……という滅茶苦茶なポジションに立たされる羽目になったマスターの事は少なからず不憫に思っており、結構自覚があるが甘やかしてしまっている。
件のアニメを見たとある少女曰く“先輩とディラエモンさんの関係はドラえもんとのび太君にそっくりです……”と言われるほどだ。藤丸としては、あそこまでひどくはないと抗議したい所であった。
「今回作ったバイクは戦闘用だからね。マスターを乗せるには相応しくない。いろいろと適性を考慮した上で今回はエミヤが一番だと思ったんだ」
「ああ、もっともな事だ」
「そんなー!」
繰り返すが、ディラエモンはカルデアに様々な貢献をしている。
カルデアが爆破された際には生前の彼が、であるが瀕死の状態のままでオルガマリーを救い出し、直後に召喚されたサーヴァントのディラエモンが特異点Fの攻略に貢献した。
その後も、帰還したカルデアでは救助用のロボットを何十機と出して崩れた施設を復旧させて怪我人の救助も行った。
組織が再稼働してからは、戦闘は専門ではないと言って裏方……様々に特異点攻略や日常に役立つ道具の提供や開発に勤しんでいるのだが、その中でも特に力を入れているのが特異点移動用の様々な乗り物開発である。
まだまだ英霊が少なく彼も実戦に参加した中世フランスの特異点攻略の際に、広大な土地をマスターと移動する時間と体力ロスは馬鹿にできないと昔……王様と旅をしていた際に使ったと言うキャンピングカーを出してカルデア一同の度肝を抜いたのを皮切りに、オフロードバイクやオフロードカー、ボートなどをポンポン出して中世フランスの国土を縦断してしまったのである。もちろん特異点の住人達にはとことん怪しまれてしまったのは言うまでもない。
マスターも十代後半のお年頃。車やバイクの運転に最も興味を抱く年齢であり大歓喜。
同じく興味津々のサーヴァント達と共に交通規制などない時代の大地にゴリゴリとタイヤの跡をつけまくり、良識派のサーヴァントやスタッフに叱られてしまったのも今ではいい思い出である。
映画を見たディラエモンがノリノリで作り上げたバットマンカーを乗り回したマリー・アントワネットがいなければもう少し説教は穏やかだったのではないだろうかとも思うが、ひき逃げされた処刑人のサーヴァントを見た作曲家が腹を抱えて笑っていたのもいい思い出なので結果オーライだろう。
そんな藤丸だからこそ、素っ頓狂な間抜け面を見せてしまうのも無理はない。
「特に、今回作ったのはマスターの貸してくれたゲームに出てきた戦闘用のバイクだからね。はっきり言えば、人間が扱える代物じゃないよ。魔術師であってもね。ただ乗るだけならできるけれども、機能が死んでしまう。勿体ないよ」
「ぬぐぐ……今回のはなんてバイク?」
それを言われると、彼も弱い。しかし、バイクも惜しい。
ディラエモンはカルデアに来てからこっち、暇をみてはSFに出てくるバイクや車を再現するのに凝っている。本人曰く特異点でも役に立つので趣味と実益の両得だそうだが、これが特に男性職員とサーヴァントに受けまくってリクエストもひっきりなしだったりする。カルデアの施設内にサーキットを要望する声が日に日に増えて、幹部組は頭が痛いようだが……。
「今回は、キャバリエーレだったか。うむ、バイクそのものが剣、あるいはチェーンソーのようになる斬新なデザイン。ゲーム内で乗っている男もカラーイメージ的に私と似ている。マスター、喜ぶといい。次の特異点を私は見事に走破してみせようではないか。それはそれとして、二丁拳銃の用意もいるか……ふ……これもいい機会だ」
「みぎゃー! 悪魔は涙を流さなーい!」
発狂する藤丸だが、周囲はあまり気にしている様子もなく談笑している。概ねいつもの事だからだ。
「それで、どうやらそれを聞きつけての話じゃないようだけど……マスターは私に何を頼みたいのかな?」
「あ、そうだ!」
切り替えが早い。
「そう! 羨ましすぎて話がそれたけど、大事な相談があったのさ! だからエミヤは後で周回各種50周の刑ね」
「清々しい程に公私混同だな、マスター!」
「大丈夫、孔明先生も俺も付き合うから」
ディラエモンではなく第三者が巻き込まれているのは、これから頼みごとをするからである。なんとあざとい。
「ディラエモン、これはとても重大な悩みなんだ。もう、全人類の悩みと言い切ってもいいくらいなんだよ。なんかもう深刻で、それはもう切実で!」
「いい加減にくどいぞ、マスター」
そう言ったのはエミヤである。頼まれている当人のディラエモンは何も言わずに静かにどら焼きを味わっているだけだが、彼の顔には“どうせいつもの事なんだろうなあ”程度の事が書かれている。
「具体的に言うと、聖晶石が減るペースがとってもハードだから、もっと簡単に増える手段が欲しい!」
血を吐くような叫びとはまさにそれだった。
なんだろうか、実際に天井に向かって吠えている藤丸の口から噴水のように血が出ているように見えた気がした上に、彼の背中に大体180万人ほどの男女が虚ろな目をしてシュプレヒコールをしている姿も見えた気がする。エミヤがぎょっとして身構えたが藤丸は気にもしていない。気のせいの何枚重ねであるのか、彼が二頭身にも見えてきた。
「需要と供給は常にそぐわないものだよ。古今東西ね」
その何もかもをバッサリと斬ってしまえるディラエモンに、エミヤは尊敬の眼差しを向ける。
「そんな正論なんて今は聞きたくないやい!」
正論、というよりも冷たい一般論を語る口に向かって放り込むような心持で、いかにものオーバーリアクションを見せる藤丸である。
「しかしねぇ……先日あげた“みちびきくん”は駄目だったのかい?」
甘みを堪能しながらの気のない返事だったが、藤丸は気にしていない。なんだかんだで頼みを聞いてくれるとわかっているので。
「何かね、それは」
「それはこれさ! “み~ち~び~き~く~ん”!」
「……マスター。何を意図して作った口調なのかはわかるが、ちっともらしくないぞ」
エミヤの疑問を耳にした藤丸が誇らしげに掲げたのは、七体の人形だった。手のひらサイズの二頭身ぬいぐるみで、それぞれどこかで見たような恰好をしている。
「……クー・フーリン、呪腕のハサン、アーラシュ、ゲオルギウス、メディア、スパルタクス、後は……カエサルかね? これは一体?」
「これは、この間の召喚で顎髭オヤジのカードばかり出てきたおかげで絶望していた俺を見かねてディラエモンが作ってくれた召喚補助アイテムなんだよ!」
「……あの時のマスターはキリエライト嬢が青ざめてしまうようなひどい顔をしていたからねぇ……吐血するほどにストレスがかかっていたのかい? あの後ちゃんと医務室に行った?」
吐血したにも拘らず青ざめた程度で済んだのは、むしろ動じていない方だろう。その分日頃の行いが偲ばれる。
「その後で悪党面した宝石爺さんのカードとメディア・リリィが来てくれたから大丈夫さ! ちなみにその時、ちゃんとめでぃあちゃんが反応してくれていたし、元々いたメディアさんも俺と同じくらいに血反吐を吐いていたよ!」
「…………私が悪い事をしたと思うのもおかしな話かなぁ」
何とはなしにちらりとエミヤを見たディラエモンは、彼が胃の辺りとこめかみを抑えているのを見た。まあ……なんだか思う所があるのだろう。
「自分の恥ずかしい写真が収まったアルバムが公開されているような気分なのかな」
「またもや話題がそれ始めているように思えるので、修正の必要を感じるのだが!」
込み上げてくる物をこらえつつ必死に話を逸らそうとする……もとい、修正しようと試みるエミヤに苦笑するディラエモンには、わざわざ苦しそうな人物に追い込みをかけるような趣味はない。よほど腹に据えかねているような相手ならばともかく。
「エミヤに説明をすると、これは召喚に適切なタイミングを計る為の道具……というところでね。一言でいえば、その日一日において最も運気のよろしいタイミングをそれぞれの人形が教えてくれるんだよ。つまり、ランサーの協力が欲しい場合はクー・フーリン。キャスターの協力が必要な場合はメディアの人形が教えてくれる。ランサーを呼びたいんなら今が一番だ! なんてね」
「……なるほど」
「夜中の二時に起きなくっても済むようになったよ!」
「……マスターの生活態度についてはいろいろと後でマシュも交えて話をするとして、このモデル人選は何が根拠なのかね? ……その……一部を除いて幸運値に疑問を感じるのだが……」
「単純に、それぞれのクラスで最初に召喚されたのが彼等だからだよ。幸運値よりも、個人個人の縁を大切にするべきだろう」
「そういうものなのだろうか……それで、マスターはそれでも石が足りないと言うのかね?」
いろいろと引っかかるものがないわけではないのだが、モデルに自分がいないのだからまあいいだろうとも思うステータスにおける幸運値Eだった。なおクー・フーリン。
「……俺にとって一番いいタイミングは教えてくれるけれども、それがそのまま成功につながるわけじゃないんだよね……」
「幸運Eは幸運E……そういう事か……」
いきなりお通夜色になってしまった藤丸と同調するエミヤだが、ディラエモンはそこでもバッサリいく。
「それで、石がやはり足りないと」
「これのおかげで劇的に爆死は無くなったけどね!」
役には立っているらしい。それはそれで結構な事だが、まだまだ苦しい戦いが控えているカルデアに人材が必要なのは言うまでもない。いくら消費が減ったと言っても召喚を行う為の元手が必要なのは偽らざる本音だろう。
「せっかく来てくれたサーヴァントをないがしろにしているから、爆死と言うのはよくないよ」
「…………変な髭オヤジのカードとか、双子の変な格好した女の人のカードとか、虫に囲まれている病人みたいな人が肩押さえているカードとか、ナルシスト入ってますよ観バリバリな髪かき上げている変な男とか、もっとナルシー入っている女の人に囲まれているホストっぽいチャラ男とか……そう言うカードばっかりしか出てこない時は爆死でいいと思うんだ」
「……英霊が一人でもいる時には言わないようにね」
未確認スキル、悪運EXは籤運以外で発揮されているのだろうと思うディラエモンだった。
「なにはともあれ、石を増やす手段が欲しいと」
「その通り!」
無駄に格好のいいポーズでびしっと立ち上がった藤丸に、さてどうするべきかと考え込む人のいいディラエモン。人のいい魔術師などそろそろパワーワードだと思うエミヤが気分直しにどら焼きにかじりついた時、ディラエモンは一つ思いついたようだった。
「ああ、バイバインがあったな」
「ぼべひょういっっ!?」
汚い虹をかけたエミヤに非難の眼差しではなく心配する二人は気がいいと言える。
「なんてものを作っているのだね、あなたはっっ!」
「おおー」
「マスターも喜んでいるんじゃない! 石でカルデアを埋め尽くすつもりか!?」
カルデアが埋もれるほどの聖晶石。それを聞いて藤丸は目を虹色の石にしている。それを見たエミヤは、黒髪ツインテールの女子高生が“くけーけけけけけっ!”と高笑いをしつつ宝石を求めて涎を垂らしている姿を重ねてしまった。
「前々から思っていたが、君はどこぞの宝石に飢えたツインテール魔術師と血のつながりがあるのではないかね!?」
「誰だ、それ」
「気にするな、下手に認識されてしまうとそれだけで取り返しがつかなくなりそうだ! それよりも、あなたもとんでもないモノを作らないでください、出さないでください、そんな事をしてカルデアが内部から壊滅したらどうするのですか!?」
エミヤが白目をむきそうな自分を必死に押しとどめつつも見据える先には、ディラエモンがいつの間にか取り出した瓶がある。酒瓶にも似たような形状と大きさのそれにはエミヤも藤丸も読めない字と日本語の両方で何の変哲もなく不吉な名前が書かれている。
バイバイン。元ネタを鵜呑みにするならば、放置するとそのうちに栗饅頭で地球を埋めつくしてしまうトンデモ薬品である。馬鹿馬鹿しいが、完全に事実だ。
「……聞くだけ聞いてみるが……これは原典と同じ効果があるのかね?」
「原典はどうだったか……これは三十分ごとに倍に増えるよ。でも、無機物だけね。だから食料を増やしたりとかはできないんだよ。後は、変質すると効果がなくなる。つまり、木材や鉄材を増やして加工すると……傷一つついても増えなくなってしまう」
「それなら問題ないよね!」
「有無を言わさずひっつかむな、マスター! そうやって慌てふためいて行動するのはまさしく死亡フラグ以外の何物でもないぞ!」
問答無用で走り出そうとする藤丸だが、がっしりと羽交い絞めにされるとさすがにエミヤには叶わない。ばたばたと空中で走り続ける藤丸にためいきをつくエミヤをディラエモンは微笑ましく見守っていた。
「いやあ、まるで子供をしつける親のようだね。それにしても、父親とは言いづらく思うのは何故だろうか?」
「知るか! ええい、前々から疑問に思っていたが、あなたはあの英雄王に仕えていたと言うが一体どんな毎日を送っていたのかね!? 簡単に想像できるような全くできないような不思議な気分にさせられる!」
彼の知る英雄王は、こののんびりした男とあまり合いそうにない。控えめに言っても。
「どうと言われても……王にとって私はただの大勢いる臣下の一人。出自に物珍しい特色はあってもそれだけですよ。王にとって気に留めるべきは私の作品であって私ではない」
「……私も以前、何度か英雄王と同じ聖杯戦争に召喚された記録が座に刻まれている……だからこそ今の言葉は納得がいくのだが、そこはかとなくそうではないとも思える」
「それはそうでしょう。伝聞で人間関係が分かると言うような人間はいい加減な事を言っているだけか、分かったつもりになっているだけの的外れな大間抜けです」
またしても会話の内容が横道にそれようとしている。それを自覚したエミヤがとにかく悪魔の薬を仕舞わせようとした瞬間、いったい何をどうやったのか藤丸が彼の羽交い絞めから鰻か何かのようにするりと抜け出してバイバインをひっ掴まえてしまった。
「はあ!?」
「おや、これはすごい。マスター、まさかサーヴァントたるエミヤの拘束から抜け出せるとは思っていなかったよ。これは殊勲だね」
おおおお、と実はそこら中で面白そうに見物していたやじ馬たちからも拍手喝采。
「ええい、揃いも揃って拍手をするな! ディラエモンも褒めるところではないだろう!? というかマスター! いったいどこでそんな技術を身に着けたのかね!?」
「風魔小太郎直伝! すり抜けの術!」
「お見事です、主殿!」
ワイワイと賑やかな野次馬たちの中で、目を隠すほどに赤毛を伸ばして忍者装束を纏っている少年が喜びに顔を輝かせている。そちらに向かってびしっと親指を立てて得意満面の藤丸はどうやったらできるのかよくわからない、人類の関節限界を超えているような格好のいいポーズをとっている。
「俺もマスターとして、いざという時に足手まといにならないようにいろいろ教わっているのさ!」
「ええい、ジョジョ立ちまで器用に決めるんじゃない! その努力をもっと別な方に……ぐぐ……脱出だけは真っ当な努力であるだけにこのセリフは言えないのか……おのれマスター……!」
「わーははは!」
笑いながら全力疾走で逃げ出した藤丸を追いかけようとするエミヤだが、そんな彼をディラエモンが止めた。
「なぜ止めるのかね、ディラエモン! いや、そもそもどうしてあんな危険物を出したのかね!?」
「大丈夫、ちゃんと考えはありますよ」
にこやかに座るように促すディラエモンに、不承不承従うエミヤである。カルデアは閉鎖空間ではあるし、最低限三十分の余裕はあるはずだ。いや、一時間二時間程度も余裕を見ていいだろう。それを思えば自分も少々慌てすぎたかもしれない。
「すまない、あまりの事に少々頭に血が上っていたようだ」
「いえいえ。こちらもやり方が悪かった。前々からマスターの召喚に関する執着が過ぎるのはどうしようかといろいろ思っていたところだったんですが、ちょうど渡りに船だったもので飛びついてしまいました」
「……?」
「マスターのあれは、ほとんどギャンブル依存症のようなものですからね。元々はきちんと戦力の充実などを考えていたんでしょうが、彼曰くの外れカードばかりよく引くものだからムキになっている。あれが癖になると、本人の為にもなりませんからね。機会を伺っていたんです」
「では、あれは作戦だと?」
気が付けば、エミヤだけではなく数人が彼の話に興味を持ち、それとなく耳を傾けている。
「ええ、まあ……なに、もし失敗したとしてもマシュにお願いすれば言ってもらえば彼も薬の使用をやめますよ。我々が駄目だと止めるよりもとびきりの可愛い女の子……それも年下の憎からず思っている相手にお願いされてしまえば、誰でもひょいひょい聞いてしまうものです。エミヤも心当たりはあるだろう?」
「……ノーコメント。防波堤、もしくは保険をかけていると言うのは理解した。それで、どうしてこれでマスターの……ああ、そう言う事か」
自分の疑問を口にしたエミヤは、その途中で答えに行き着いた。何のことはない、北風と太陽と言うだけの話だったのだ。
「自信はあるのかね?」
「さあ? 失敗してもそれはそれで、カルデアの人材が充実するのだけは間違いないですから。最低限、損だけはしないでしょう」
「責任感があるのかないのか……」
それから一日。
幸いな事にカルデアがとげとげしい虹色の石に埋まるような事はなく、代わりにやたらめったらサーヴァントが増えるような事も……不思議となかった。
「……これはさすがに……予想外の結果だね」
ディラエモンがううむ、と稀に見る難しい顔をして唸っているのはカルデアの召喚ルーム。
読んで字のごとく、カルデアにサーヴァントを召喚する為の部屋である。サーヴァントと言うのはマスターに協力的なものばかりが召喚されるわけではなく、中にはマスターを問答無用で殺害、あるいは傀儡にしようとする危険なサーヴァントもいる為に対処できる専門の特に頑丈に作られた部屋が用意されているのだ。
「まあ、マスターに限ってはそう言うサーヴァントとは出会わないし、出会ったとしても結構仲良くなれるんだがね……」
サーヴァントは召喚された際には基本的な知識を得ている。つまり目的を理解した上で召喚されているのだ。他のシチュエーションでは召喚にかこつけて自分の目的を遂げようとするサーヴァントも多いのだが、人類存亡の折に召喚される今回に限り、召喚されるサーヴァントはマスターに協力的な意思があると考えていい。
もちろん例外は常に存在するものである。だが、藤丸立香という少年は不思議とどんなサーヴァントととも最終的には随分と仲良くなれている。それこそ英雄譚の主役として理想的な精神を持っているサーヴァントから、気難しい偏屈者の天才や危険な野心家として歴史に名を遺した者たち、時に物語に悪役として出てくる怪物とまでそれぞれの形で仲良くやれてしまう。
懐の深さは感動的でさえある。
「いっそ不思議にさえ思うほどだがな。通常、サーヴァントの召喚と契約は一流の魔術師にとっても危険な行為だ。時代も国も……つまりは常識が全く違う我々英霊と現代人のマスターが問題なくやるのは難しい。しかもそれが通常の英霊召喚から考えれば冗談としか思えないほどの数十騎と言う数、多種多様で本来は召喚されてすぐにマスターを害しようとする危険な反英霊や道理も何もないバーサーカー、人に従うなど考えた事もないような王侯とまで、彼は上手くやっている。更にマスターは魔術師でさえない、ほぼど素人の少年だ。まさしく奇跡だな」
そう言ったのはエミヤである。同じく召喚ルームに佇んでいる彼は自分の常識とかけ離れたマスターにつくづく唸らせられるが、ディラエモンは静かに黒い髪を左右へ揺らした。
「いや、不思議ではないよ。奇跡と言えば奇跡だが、それは彼が件のテロで生き残った偶然こそが奇跡だ。我らがマスターが英霊と力を合わせることができるのは、何ら不思議な事ではない」
「そうかね?」
「ああ、なにしろ彼は魔術師ではないからね」
そう言ったディラエモンの顔は、珍しく皮肉気な笑顔だった。
「現代の魔術師は我々サーヴァントを見下し、道具と考え、人格を考慮しない。便利かつ危険な道具だと考えている。それは英霊だけでなく魔術師以外の人間全てを対象としており、魔術師同士の間でも個人の力量や家系、後は属している派閥同士で見下し、嫉妬している。そもそも相手を認める事がない排他性と狭量さが現代の魔術師には非常に強くみられる傾向でしょう?」
実に救いがない。そう言って笑う
「確かに英霊召喚は危険であり、軽んじていい行為ではありませんが……魔術師だからこそより難易度を上げている節は大きいのだと思いますよ。何しろ召喚しているのはそれぞれの時代と国、あるいは分野で一角の人物となった英霊の分身です。つまりは、我が強いのが当たり前の人物ばかりなんだから」
「……まあ、魔術師が信頼しづらいというのは否定しがたい事実だ」
「うちのマスターは、その点、素直に我々を受け入れてくれる性格ですからね。隙があると言えば言えますが極端なお人よしでもない。偏屈で器の小さい一流魔術師のマスターなどよりも彼を選びますよ。少なくとも私はね。そういうサーヴァントが多いと言う事でしょう」
不謹慎な話なので口には出さなかったが、ディラエモンは現在リタイヤ中の46人のマスター候補生が正規のマスターとして任務に励んでもろくな話にはならなかっただろうなと思っていた。数は多く魔術師としては藤丸など比較にならないほど優秀だろうが(そもそも藤丸は魔術師ではなかった)、おそらく途中までは現状より上手くいっていたとしても、最後の最後まで人理修復の旅を成し遂げる事は46人のマスターの内、一人も出来ないのではないかと思っている。
必ず失敗する。それもおそらくは敗退と言う結果ではなく内輪もめの破綻という形の方が可能性は高いと踏んでいた。理由は様々にあるだろうが、現代の魔術師とはそう言う人種であるとディラエモンは半ば見限るような心境でいる。
「あの……お二人とも。お話は結構ですが、そろそろこちらにも目を向けていただきたいのですが」
男二人の寒々とした話に諦観と困惑がブレンドされた少女の声が入り込んで、華やかさに欠ける心境を顕わにしつつも潤いを与えた。
彼らに声をかけてきたのはマシュ・キリエライト。本来は藤丸と同じくカルデアに所属する48人のマスター候補生の一人であり、カルデア爆破テロ事件の数少ない生き残り。そして、マスターではなくサーヴァントに憑依されその力を貸し与えられた疑似サーヴァントとなった少女である。カルデアの制服の上に上着を着こんでいるのが年齢も相まって女子高生にしか見えないが、これでも人外の戦闘能力を備えて強力な現代兵器に匹敵すると言われるサーヴァントと渡り合える存在であるのだ。
英霊の力抜きでは逆上がりも出来ないそうだが。
さて、普段は好奇心こそ強いが基本的に落ち着きのある性格の彼女が、秀麗な面差しの全面に大きく“私、とっても困っています”と書き込んで男二人を伺っている。原因は明らかであるのだが彼等も出来れば触れたくはない。しかし、エミヤはともかくディラエモンが逃げるのは無責任のそしりを受けざるを得ないだろう。
「ははは、すまない」
「……非常に申し訳ないが、なんというか……見るに堪えないと言うか……ううむ」
室内の一点を見たくないけど見ざるを得ない彼らは、何とも言えない顔をしてため息をついた。
そこにいたのは我らがマスター、藤丸立香。ただし、四つん這い。
背中に巨大な暗黒を背負い、それに耐えかねたように潰れている。彼の背負う重みたるや、果たしてどれほどなのであろうか。180万人ことごとくが一度ならずかみしめた深い絶望を一度に、そして一身に背負うかのようなあまりと言えばあまりな悲哀溢れかえる惨めな姿にさしものサーヴァント達もつける薬もかける言葉も見つからない。
そんな彼らの足元に藤丸の方から、屋内であるにも拘らず風に吹かれたようにカードが飛んできた。ディラエモンの尺度では顎髭と赤いスーツが悪趣味な男が紅茶を飲みながら本を読んでいる絵が描かれている。
「……察するに……」
ぴくり、と召喚用の輝く非実体魔法陣の前で二足歩行を忘れているマスターが抉れた傷口を突かれた様に肩を震わせた。
「マスター曰くの大爆死、かね」
「……それだけなら、こうはなっていません」
はあ、と深々ため息をついたマシュが二酸化炭素と共に返したエミヤへの返事は、大爆死だけは肯定していた。
「マスターの前にサーヴァントは存在せず、周囲にこれでもかと礼装のカードが氾濫している。まあ……爆死なのは一目瞭然だね。どうしてくじの失敗を爆死と言うのだろうか、私にはわからないよ。これが世代の差という奴なのか……認めたくはないけれども私も歳を取ったと言う事か?」
「サーヴァントは歳を取りません……」
「数少ない利点だね、それは。人間、誕生日がだんだん恐ろしくなってくるものでねぇ……ケーキの上に蝋燭を年齢のままに乗せるのを拒否する為に、ショートケーキではなく蝋燭を刺せないようなケーキの種類を探すのが微妙な年齢の男女が一度は潜る冥界の門であるらしいよ」
ちなみに彼は神に肉体を改造されて以来、老化とは縁がない。
この話を聞いていたマシュは、何とも複雑な顔をしていた。その理由を、話題が話題なので当然だとエミヤも“勘違い”をしていた。
「女性にはセクハラだぞ、ディラエモン」
「セクハラと言えば何でも押し通ってしまう現代社会の悪癖よ、立ち去れ!」
益体もない事をほざいた魔術師は、仕方がなく目の前の問題を直視した。
「……さて、それでマスター……石は、どうなったのかな? こう言っては何だが、日ごろの君の執念を思うに当たらぬなら当たるまで。石の許す限りは召喚を続けそうな気がするんだが?」
「…………」
「………私が見たところ、君の周りには礼装が束にしたら立ち上がってしまいそうなほど散乱しているが、聖晶石が一個もないね」
「…………うう……」
「…………私もね、何も考えずにバイバイン(もどき)を貸したわけじゃない。君がなかなか成功しない召喚に随分とムキになっているのは周知の事だからね。特に最近は、ちょっと身を持ち崩すんじゃないかと心配になるほどだった。だから一計を案じてみたんだ。エミヤが北風と太陽と言ったが……」
「考えてみれば、北風がいないような気もするがね」
「……いっそ、君が回せるだけ回してしまえばいいじゃないか。そう思ったんだよ。我々の戦いに人材は多すぎると言う事はなく、サーヴァントだって数には限りがある。カルデアのプライベートルームが埋まるくらい召喚すれば、君も落ち着いてくれるんじゃないのかとね。後は召喚されたサーヴァントとのコミュニケーションや戦闘訓練に勤しんでくれればギャンブル狂も治まってくれるのではないかと思ったんだ。今のままでは、マシュも自分たちの将来が心配だろう」
もしくは飽きるとか、その辺りを期待していた。ギャンブルは当てるから楽しいのであって、もらうものではないのである。
「はい、まったくその通りで……い、いえ! どういう意味ですか!?」
「なに、セクハラだよ」
「さらりと認められました!?」
白い頬を鮮やかに染める彼女と違い、藤丸は黒いズボンに包まれた尻を彼らに向けるだけである。ただまあ、ディラエモンもエミヤも、そしてもちろんマシュも彼が顔面一杯に脂汗をかいているのは察している。
はあ、とため息をつかずにいる努力を放棄した。
「全部、薬で倍加するペースを待たないほどに一気に使ってしまったね?」
外れに外れ、いつの間にか勢い任せに全部の石を突っ込んでしまったのだろう。まさにギャンブル依存症の見本である
「……あううううあ……」
ゾンビが月の下でタップダンスを踊っているような声を上げるマスターに、ディラエモンは容赦なくとどめを刺した。
「今回の件は所長案件! 彼女だけじゃなくてマルタの姐御や電波受信装置なジャンヌ・ダルク、拷問のカーミラに叱られてきなさい! ブーディカさんはなしだよ、優しいから」
「ぎゃああー! って、拷問!? 穴だらけにされるの!?」
悲鳴を上げる駄目人間だが、カーミラは男の拷問など趣味ではないと断ったらしい。
「……ディラエモンさんは聖女の方々に恨みがあるのでしょうか……?」
「以前聞いた話だが、彼はとにかく神が嫌。特に女神は一柱除いてダメ。神を崇めている場合もほぼ駄目だそうだ。何でもウルクでは世話になった相手が大嫌いな女神を崇めている場合も多くて、折り合いをつけるのが大変だったらしい」
「ははあ……」
隣で話しているのは聞こえているが、ディラエモンも自分で話したのは覚えているのでとやかくは言わない。ただ、姐御扱いに関しては悪気なく、むしろそう呼ぶのは自然ではないかと思っている。
「……? あれ、マスター? 召喚陣が再起動しているようだが……何か最後の悪あがきでもしたのかね」
「え? いや、俺知らない……」
悲鳴を上げてのたうち回っていた我らがマスター(オケラ)。しかし、そんな素寒貧のはずである彼の背後で未だに稼働したままの召喚陣が何やら、ぎゅいんぎゅいんと今までにない勢いで活性化している。
「……なんでしょうか、ひどく不吉な感じがします」
マシュの顔色が変わった。改めて召喚の術式が動き出したとしか思えないこの事態。だが、藤丸は知らないと言う。何が起こるのかはさっぱりだが、これは……
「ああ、仮にもこれは召喚陣。いわば通路だ」
エミヤも姿勢を低くして身構える。手にはいつのまにか二本の剣を構えているあたり、強く危険視しているのは明らかだ。。
「……何者かが召喚陣を悪用し、カルデアへの侵入を試みる。ありえない話ではないのかもしれん」
エミヤは自分の危惧を声にして警告するが、いつの間にかそれどころの話ではなくなっていた。なんと、彼らの前で召喚陣から三本のラインが円筒形に浮かび上がり、それが高速で回転しながら大きく広がっているのだ。それはサーヴァント召喚の反応であるが……
「色が、黒い!?」
通常は青白くも目映く輝くはずのライン引いては召喚陣が黒いのだ。それも、ただの黒さではない。光を食い尽くすようなどす黒さ、とでもいうのが正しいのか? やたらと不安感を煽る色をしていた。
「サーヴァントが自発的に出てきた例はディラエモンさんもありますが、こんな色の召喚はもちろん前例がありません! アンリ・マユさんが召喚された時でさえこんな不吉な色はしていませんでした!」
藤丸の顔色が変わる。今起こっている不可思議な事態のきっかけが自分であるだけに、脅威を認め責任を感じつつあるのだろうか。
「もしかして、特レア!?」
エミヤは峰打ちなら脳天に叩き込んでもいいのではないだろうか、とかなり真剣に考える。
「ようし! 黙って下がっていろ! このたわけ者!」
警戒するマシュに期待する馬鹿。馬鹿の襟首をひっつかんだエミヤがぽい、と後ろに放り投げる様を横目で見ていたディラエモンの背後でゆらり、と波紋が沸き起こる。
「……このシチュエーションで召喚される……あるいは自分から出てくるのはいったい何者だろうかね」
そう言ったディラエモンの背後からは巨大な腕が二本現れた。重量感ある腕は黒鉄色だが、目の前にある輝く暗黒とでも言うべき奇妙なそれとは異なり、人ひとりを容易にわしづかみにできる巨大さでありながらも恐ろしさは全くない頼りがいのある力強さを感じさせる。
その腕が暗黒へと伸びて、まるで子供が虫を捕まえようとするように囲む。
「さて、神が出るか悪魔が出るか……」
暗黒が広がりきって、弾ける。その向こう側から、何かの影がひどく悍ましい動きで這い出てきたのが一同の目に映った。
一応はヒト型。
しかしずるりと音がするような這い出かたといい、その際の動きが人体関節の限度を超えているかのような様といい、真っ当とはいいがたい。
「魔性、妖怪の類かね」
「金時殿にも来てもらうべきかな。非力な私じゃ強敵は荷が重い」
二人の英雄が目を細めた。エミヤはともかくディラエモンは自分の専門が戦闘ではないと思っているので自信がなさげだった。しかし、もはや四の五の言っているような時間はない。
「出てきます!」
さて、一同の前に現れるのは何者であるのか。そもそも者であるか、モノであるのか。
「………貴様」
奇妙な声だった。甲高いのは甲高いのだが、妙にくぐもっていると言うか……いかんとも言い難い声だった。おそらくは女性か子供の声だとは思うが、世の中例外はあるのでおいそれと断定はできない。
「ずる過ぎるぞ、キィサァムアァァアァッッ!!!」
奇声を発するや否や、それはなんと十分に身構えている英霊二騎の間をすり抜けて一気にマスターへと襲い掛かっていた。速いと言えば速いがそう言う理由で彼らは出し抜かれたわけではない。速度の問題ではなく、そうならざるを得ないようになっている……そんな風になっている。
「馬鹿な!」
「マスター!?」
不覚にも度肝を抜かれた二人の英雄が振り返る。そのたった一動作の時間だけでも人は殺せるだろう。臍を噛む間も惜しんだ二人は、そこでさらに肝を抜かれる光景を見せつけられる。いや、どちらかと言えば……間が抜かれる光景だろうか。
「聖晶石を……無限に増やせるだと!? 一番レア鯖の当たる時がわかる道具だとぉおぉ!? キサムアァァッ! なんと卑怯な真似をしやる! 私にもヨコセエェェェッ!」
二頭身のよくわからないナマモノが藤丸の首根っこをひっつかんで、がくんがくんとむち打ちを起こしそうなぐらいに盛大に前後に振り回している。
「ああ! 先輩の頸椎に深刻な損傷が生まれそうなくらいにシェイクされています!? やめて! やめてください!」
「ええい、下がれ! 下がるのだ、なすびちゃん! こやつは一人だけあってはならないチートを享受したのだ! 課金なく石を好きなだけ使えるだとおぅ!? そんな誰もが一度は夢見るシチュエーションを本当に手に入れるなど、全ての世界のマスターにとっての容赦ない裏切り! そんな真似をして鯖を手に入れて何が面白いか! つまらないだろう、意味がないだろう! だからその薬は私によこせえぇえぇぇ!」
男二人が問答無用でそれを蹴りつけてこかした。
「ぼぎゃ!」
意外と素直にすっころんでマスターから離れたそれ……ありていに言ってしまえばよく分からない登場をした何が何だかわからないものは、一応生き物の端くれの隅っこのようだった…かもしれない。少なくともディラエモンもエミヤも、それを人類どころか生き物のカテゴリに入れたくはなかった。
状況が落ち着いたので改めてよく見れば、これはいったい何であろうか。
「一応は人類的な五体を備えているようだが……二頭身だな。性別があるのかないのかよくわからないし知りたくもないが、カテゴリを分けるならたぶん女性だろう」
「……あいまいなところばかりで悪いが、髪は橙で若干癖毛。……これはサイドポニー? というのかな。そんな感じの髪型で……これ、二頭身に合わせているからわかりづらいが……もしかしなくても彼女が来ているのはカルデアの制服かね? しかもマスター用」
大体そんな感じの生き物だった。一言でいえば、しゃれっ気抜きで漫画から飛び出てきた二頭身キャラクター。シルエットも色合いもどことなくそれっぽい。
何よりも特筆するべきは、その目。やたらと虚ろで、控えめに言っても死んだ魚のようで不気味だ。そのくせ妙にアグレッシブなところが……
「……マスター用……らしいですが、彼女(?)の体格に合わせているので、どうにもそれらしいとしか言えないです」
藤丸の介抱をしているマシュも判別しがたい相手に困り果てている。確かに困るしかないような相手だ。
「……まあ、あまり深くは考えないでおこう。彼女……そもそも雌雄があるのかないのか? ともかくマスターに危害を加えた侵入者であるのは事実。しかも我々が一度は完璧に出し抜かれた。見た目がこんなだろうとあんなだろうと、油断はしていい相手じゃない」
性別、男女のと言わずに雌雄というあたり、彼の本音が垣間見えている。
「確かに、速やかに始末をするべきなのは確かだな。言動がエキセントリックすぎる」
エミヤも同様だった。普段ならいくら何でもそんな短絡的な結論はださない男なのだが、とにかくさっさと始末するべき人類悪と守護者の使命が警報をがんがんと鳴らしている。いや待て、エキセントリックだから始末って何だ。
「まあまあ、落ち着き給えよ。君たちと私の仲じゃないかね」
ぬけぬけと言ったのは、諸悪の根源である。いや、それはどちらかと言えば頸椎に損傷を起こしていそうな藤丸であるのでちょっと違うのかもしれないが、ともかく正体不明のリヨリヨしたイキモノがなれなれしく二人に声をかけながら起き上がった。
「もちろんだとも。どこの誰かは……どこのナニカは知らないが、落ち着いて確実に仕留めてくれよう」
「我々と君の仲であればこそ、敵対は必然的なのだと思うけれどね。少なくとも私の目から見ると、君との関係は険悪以外の何物でもないと思うよ?」
「塩! 対応がめっちゃ塩!」
なんだか嘆いているが、表情どころ顔色一つ動かないので心が一ミリも動かない。
「塩を撒いてやるから早く失せてほしいものだ……いや、カルデアの塩は貴重物品だ。水一滴も惜しいので我々が汗を流して追い払うとしよう」
「キリエライト嬢。まずはマスターの安全確保と所長への通報だ。既に何か察しているかもしれないが、警報を」
「はい!」
「なすびちゃんまでとっても塩対応!? 迅速すっごい!」
さっきから茄子茄子とうるさい。というか、マシュに対して妙に馴れ馴れしい。マスターに危害を加えはしたものの殺意はないようで、どうにもこうにもよくわからない行動だ。行動以前に生物として理解不能な域(というよりも、生物かどうかに自信がない)なので、無視していたが、いったいこいつは何の目的で現れた何者であるのか。
「……あの、あなたはどこのどちら様なんでしょうか?」
「がーん! なんて言いつつも決して落ち込んではいないこの私。だってここがどこなのかは、もちろん分かった上で入り込んだからね!」
マシュが掛けた誰何の言葉を、エミヤもディラエモンも止めたかったが止められなかった。カルデアに侵入者という珍事、その手段を確定して防げるようにならなければ、今夜は枕を高くして寝られないと言うものだ。
偶然入り込んだだけでも問題だが、彼女は明らかに意図的に入り込んだと明言しているのでそれ以上だ。なんとなく何でもありの生き物として真剣に考えこめば考えこむほど馬鹿馬鹿しくなるような気もするが、それはそれとしておこう。
「エミヤ、私が囲み、取り押さえよう。できるだけ様々な攻撃手段でチクチクやってほしい。最も有効な攻撃手段が判明したら、一気呵成に押し込もう。情報収集の余地はない、速やかに消滅させるべきだ」
「了解した。我々ならではの手段であの怪異を速やかに殲滅してみせようじゃないか」
珍妙生物を囲んで波紋が空中にいくつも浮かび上がり、上も下も逃すことなく何かが波紋の奥からソレを狙っていた。エミヤもアーチャーらしく弓矢を構えてけん制している。
「おおう、なんというガチ対応。これはもしかして、マヂでピンチ?」
「いや、ピンチの時点は通り過ぎていると思ってくれ」
エミヤが口にした瞬間、ディラエモンの展開した波紋の奥から一斉に黒い影が高速で発射される。藤丸のような常人には見えもしないが、そのことごとくがトリモチや網などの捕縛用の道具だ。彼が自分で作り出したものであり、かつてはこれらを駆使してウルクの魔獣を捕らえたりしていた高性能の狩猟具だ。
例えば捕縛用ネットなどは魔獣が反応しきれない極め付けの高速で射出され、対象を捕縛すると高電圧で対象をマヒさせ、地面に鉤を食い込ませて逃走を阻止する極悪仕様だ。トリモチも同様で、捕縛直後に結晶化し、熱や力で破壊するのは極めて困難な上にやたらと重くなると言う、これまた凶悪な仕様だ。
つまり、この囲まれた状況では常人どころか魔術師、そこらのサーヴァントも避けられる話ではない。獣と言うのは基本的に人間より素早いものだが、サーヴァントでも魔獣相手ではおいそれと油断はできない。もちろん個人差、種類差はあるのだが、稀にいるサーヴァントでも見る事さえ困難な高速移動をする草食獣を捕まえる為に考案した道具である。
だが、それが影も捕らえられなかった。
「!?」
「ナニィ!?」
叫んだ瞬間、エミヤに激痛が走った。全身を真っ二つにするような、落雷を受けたかのような、しかしてやるせない痛みは下半身から全身を駆け巡った。
「ごはっ……」
何をどうとは言わないが、惨い。
「ふふふ……」
更にそいつは、もんどりうって倒れた挙句にマシュが口にはとても出せないような所を抑えて痙攣しているエミヤの上に仁王立ちになって含み笑いをし始めた。
「外道すぎる……」
「ふっふっふ……効率よく敵を打ち倒す手段は時として外道にもなる……それはアサシンエミヤが証明しているのだ! 男を相手にする時はまず金的! 次に股間! そして最後は男性急所狙いだッッ!」
「彼を知っている点を注意すればいいのか、それとも」
どれも一緒である。しかし、いかに性別が一応女性なのかもしれないとはいっても容赦も情けもなさすぎる。というかサーヴァント以上の戦闘能力を発揮しているこいつはいったい何なのか。
「さぁて、それではこのカルデアのマスター! 交渉のお時間だ……」
げしげしとエミヤを踏んづけながら、そんなことを言い出す。
「ぐっ……何が望みだ!」
マシュに抱きかかえられていた藤丸がダメージから多少は回復したのか、ゆっくりと体を起こす。結構なダメージだと思っていたのだが、彼が頑丈なのか相手が手加減したのか……それともグダグダしているからなのかは定かにしたくない。
「それはもちろん、貴様の手に入れたチートアイテム……と言いたいところだが、それよりもそこ!」
ずばびし、とゴシック体のカラフルな文字で彼女? と言えるような言えないようなモノの背後に一瞬現れたが、一同誰も気にしなかった。もう、そういうものなのだと理解も納得も出来ないがとりあえず受け入れた。
「……私かい?」
「その通りだ! チートアイテム製造装置よ!」
ソレが指さした先にいたのはディラエモンである。その上で口走ったのはもはや失礼を通り越して無礼の域にあるセリフだが、ディラエモンは気にしなかった。何しろもう敵対している。
「さあ! この股間を抑えて悶えている執事の金的に更なる踏み踏みを加えてほしくなければ、そこのあんなこといいな、こんなこといいな、夢を叶えてヒャー! な☆5サーヴァントを我がカルデアに寄こすのだ!」
涎を垂れ流している彼岸へと逝ってしまった目の変態は
「☆5とはなんぞやとかいろいろ思う所はあるけれど、まあ、礼儀も知らないどころか完全に私の人格を無視してくれているね。私はそう言う輩が……一番嫌いなんだよ」
ディラエモンが時空を無理やりギャグへと持っていく奇天烈生物相手にも踏みとどまって、杖を翳す。それに合わせて部屋そのものの内側に光り輝く壁が現れて、彼と奇怪な生き物だけを周囲全てから隔離した。
「お~……」
「これで施設内にも人間にも被害は出ない。全力が出せる」
ここまで冷徹なディラエモンの声を、マシュも藤丸も聞いたことがなかった。エミヤはそもそも声が聴けるような状態ではなかった。
それは例えて言えば、羽毛の中に隠されていた鋼の刃だった。それまでの柔らかさなど微塵も感じさせない鋭い声色に少年と少女が顔を青ざめさせるが、反して事の原因であり集中して威圧されているはずのゲテモノは全く動じた様子がなく自分と外を隔離している光の壁を物珍しそうに見ているだけだ。
「ドラえもんもどき風情に、この私をどうにかできると思っているのかな? 大人しく私の為にチートアイテムを開発した方が無難だよ? 君の力を使えば、宝具スキップも実装されるかもしれないからね」
何を言っているのかさっぱりわからないが、そんなものが実装されたところで嬉しくはない。宝具演出は凝りに凝っているのを見て楽しむべきだろう。
ともあれ、ディラエモンはそんなわけのわからない言葉に耳を貸す男ではない。
彼は自身の足元に特別巨大な波紋を広げると、手で何かを掲げた。それを見た怪生物の顔色が変わった。ついでに後ろで見ているマスターの顔色も変わる。
「それは!」
「バイバイン!? ちょっと待って、もしやまさか!?」
マシュはこの期に及んでも懲りていないマスターに、きっちりみんなでお説教する事を心に決めた。
それはさておきディラエモンは瓶を、周囲を覆っている光と同じもので囲んだ。ちょうどサッカーボールくらいになったそれをふう、とため息をついて見つめる。製作者としていろいろ思う所があるのだろう。
「ま、待ちたまえよ、君! そそそそそ、それをどうするつもりだにぃ!?」
ろれつが回らないのを通り越し、言語として不明瞭になってきたそれの質問にディラエモンは行動で答えた。
「あ……ああああああぁぁっ!」
すなわち、足元に開いた波紋の向こう側に落とす。
「ちなみに、これは仕舞ったわけではないよ。私にも理解できない、ランダムに繋げられた異空間に放り出した。つまり、ゴミ箱魔術だよ」
世の魔術師が憤激しそうな名前を作りつつ、彼は肩をすくめた。
「もちろん迷惑をかけないように生物が存在しない世界だけは確定。様々な可能性世界を網羅した上で、そういう世界を刹那で選択して繋げるのは結構難しい技術なんだよ?」
「あのう……それってもしかして第二魔法になったりしません? もしかして」
「第二魔法とはどんなものだったかな? まあ、私は後進の定義する魔法と魔術の違いにはあまり興味がなくてね。すまないけど知らないんだ」
魔術と魔法という言葉を作り出し、それを分類したのはディラエモンよりも後の時代の魔術師である。ディラエモンにとっては興味もなければ意味もない話だった。後世の魔術師が不快に思うかもしれないが、そんなのは彼のあずかり知らない話だ。
「あ、ああああ……ま、むあてぇぇえぇいぃっっ!」
マシュとディラエモンののんびりとした会話を他所に、ディラエモンの行動にどれだけ衝撃を受けたのか知らないが幽鬼じみた足取りでふらふらとこちらに……正確にはディラエモンの足元に開きっぱなしになっているダストシュートに向かって歩み寄ると、そのまま何のためらいもなく頭から突っ込んでいった。
「あ」
ぼひゅ、と掃除機に吸い込まれるような音をたてて、そのままどこぞへと消えてしまった奇妙なナマモノ。あまりの展開にマシュは茫然としてしまっていた。そこで、ふと気づく。
「先輩!」
自分も後を追いかけようとしていたのかがばりと身を起こしていた藤丸をしっかりと胸に抑え込む。
「おおう!?」
藤丸が自分の胸の中で珍奇な声を上げた理由に彼女は気が付かなかった。
「ディラエモンさん、すぐにその穴を閉じてください!」
はあ、とため息をついたディラエモンは肩をすくめると彼女の言うとおりに従う。これにて、暗黒の具現化……ギャンブルで敗北した怨念の擬人は去った。
「……マスター、罪状一つ追加……いや、二つかな。君もセクハラで訴えられたまえ。いや、君たちの場合は必然的に同意の上になるのか」
マシュ・キリエライトは五体が華奢であるが一部豊満なのは誰もが認めるところである。蜂のような、というのは言い過ぎだろう。
「それこそが、セクハラだ……!」
いいところのなかった男が腰の裏をとんとんと叩きながら立ち上がる。彼に向って同性から同情の眼差しが四本突き刺さったが、当人は大きなお世話と思っているのか不本意丸出しの顔である。
「……それよりも、アレはどうなったのかね」
「御覧の通り、ゴミ箱行きだよ。実にふさわしい」
普段は穏やかで寛容な性格なのだが、嫌いな類の人間に対しては一転してかなり辛らつになるところがあるディラエモンだった。
「……帰ってくる事はないのかね?」
「……生憎と断定はできない。何しろどうやって召喚に紛れ込んだのかわからないからね。その辺は今後の解析次第だから、これからカルデアのキャスター総出で調べる事になるよ。ただ、今回飛び込んだ穴は閉じてからすぐに破棄したからね。ここを通って出てくることはないと思う。これまたおそらく、程度の話になってしまうのはむしろ責任ある言葉だと理解してほしい。個人的には、生ごみが目に付くところを汚すのは堪えがたい話だがね」
あくまでも不本意そうなため息に内心が表れているが、それでもエミヤは首肯した。例えがキッチンを縄張りにする彼にとって理解し易過ぎるのは、狙っての事だろうか。
「何から何まで、型破りと言うのもおこがましい相手だったからな……」
「まったく……マスター、今回の件では君よりも私の方が責任は重いのかもしれないね。私の浅慮が招いたカルデアの危機だ。一緒に所長にお説教をされようか……マスター?」
声をかけたが反応がない。マシュの豊満な胸に包まれて意識を失ったのかとも思ったが、下世話な想像は残念ながら外れていた。
「……ディラエモン……お願いがあるんだ」
この上かい。
「……お説教は後でまとめてとして……一応、聞いてみるよ」
藤丸は、沈静化した召喚サークルを見つめて一言だけ言った。
「俺の幸運を上げる道具ってない!?」
「せんぱあああいいいい!」
そろそろ寛容さに限度が来た後輩が、とうとうぷんすかと怒り出した。たぶん彼女もお説教班に加わるだろうが、かわいらしいとしか見えないのでディラエモンはもちろん藤丸にもあまり効果がないだろう。
「はあ……」
ともかく、聞いてみると言ってしまった手前……いやだが答えるしかない。
「マスター……君の前にいるのは、人類史上稀にみる貧乏くじを引いてしまった男だよ?」
まあ、神が適当に伸ばした腕に“偶然”捕まえられて誘拐されるなど……隕石に十連続で脳天を直撃されるより確率が低いのではないのだろうか。
「そんな私のステータスを君は知っているはずだ。幸運値を踏まえた上で、もう一度聞いてみるかね?」
サーヴァント、ディラエモン。
パラメーター……筋力 C 耐久 B 敏捷 C 魔力 B+ 幸運 E 宝具 A
クラススキル 陣地作成 A 道具作成 EX 対魔力 A 神性 E
保有スキル 神々への怒りA:神性への特攻を味方全体に付与
王への捧げ物A:味方全体にNP付与及び弱体状態解除 対象が王である場合は攻撃力、防御力上昇を付与
神代の旅路EX:素材及びQP取得率上昇。獲得素材の質向上。
「ごめんなさい」
燦然と輝くは幸運値最低ランク。
「…………私も生前から自分の運のなさはこれでもかと自覚した。というか、させられた。そんな私が運気を上げたいと思ったことが一度もないと、そう思うかな?」
同類のエミヤが我が身と照らし合わせて何度も頷いている。彼の場合、不運もあるが自分自身も含めて人為によって不幸になっている点も多いのではなかろうか? そう言った縁も含めて運なのだろうか……たぶん、そうなんだろう。
「ごめんなさい」
「ちなみに、私が参戦すると敵から確保できる素材は質が良くなったり量が増えたりするが、それはあくまでも王と旅をしていた際に磨いた技術故だ。獣を解体する際、鉱石を発掘する際、木材を伐採する際、全てを一手に担っていたからだとも。王はもちろんエルキドゥも一つも手伝ってくれなかったからね。愚痴を言っていいならネタは一晩埋めるほどにあると言っておく」
「すみませんでしたぁ!」
さもありなんと頷いているエミヤが微妙にうざったいがそれはそれとして、とうとうブレイクダンスからの土下座を敢行した藤丸が額から煙を発し始めたところで召喚ルームの扉が勢いよく開く。
その向こう側から現れたサーヴァント達の顔を見てから、ディラエモンは徐にため息をついた。
「ともあれ、なんとか自分たちの不始末に人を巻き込まずには済んだのかな?」
「……私とマシュはきっちり巻き込まれたと思うのだが?」
「我々の幸運値はそんなものだ。諦めてくれ。キリエライト嬢は……マスターが責任を取るべきだろう」
さらりと口にした自虐の一言に、エミヤは深く納得した。
「しかし、なんだろうね」
「うん?」
「……今回の事件は、それほど大きな被害がなく終わった」
エミヤは自分の下半身に起こったやるせない被害の残り香を感じていた。
「本当に、それで終わりなのかな?」
「……どういう意味かね。徒に不吉な事を言わないでもらいたい」
「……あんなゲテモノが現れた割には随分と簡単に終わったように思えてね。今も昔もこれからもカルデアが……そして我々が絡んだ事件がこんなに簡単に収束するものかな」
まだ内股を直しきれないエミヤが眉間のしわを一段階深くした。
「まだ、続きがあるとでも? 質の悪い冗談は言わないでほしい。我々の幸運値ではシャレにならん」
「…………」
ディラエモンは、あえて冗談めかしたエミヤの言葉に即答できなかった。
「冗談で済むように、調査は念入りにしておこう。ただ……できれば割に合わない目に合う我々以外の誰かがたまにはいてもいいんじゃないかと思うよ。それもなるたけ気に食わない相手がね」
「我々以上に不運な誰かが、か」
もちろんエミヤにしてもディラエモンにしても自分たちがこの世で指折りに不幸だと思ってはいないし、思いたくもなかった。
不幸な英雄など、クーフーリンのように幾らでもいるのだから。
……その頃、どこかで
「……なかなか、手強かった」
一人の男が、得体のしれないナマモノに首根っこをひっつかまれていた。
波打つ豊かな白い髪、褐色の肌、オリエンタルな古代風の衣装を纏った整った顔立ちの男だが……首を締めあげられて白目をむき、涎まで垂らしている青ざめた顔では整っているも糞もない。
そんな惨劇の周囲には、なんとも言いようがないものが散乱している。見上げんばかりの巨大な芋虫? あるいは、触手? そんなようなものがズタズタにされて朽ち果てたまま、彼らの周りを余すところなく覆っている。おかげで、彼等がどこに立っているのかも定かではない。
「さて」
奇妙なナマモノが、首根っこをつかまれた哀れな男にこう言った。
「お前は私の夢を壊した」
それが虚ろな目を向けた先には、砕け散った酒瓶のようなものがあった。
「…………」
「ならば、貴様はその代償を払わなければならない」
その奇天烈生物の背後には、なんかいろいろと訳の分からないものがごっそりとあった。
紫色の心臓っぽいモノとか、何か古文書の頁を一枚だけちぎったモノとか、何かの歯車とか、そんないろいろな何かが比喩抜きで山のように異様な迫力をもって積み重ねられている。
「さあ、次を吐き出せ! 次のバルバトスを寄こせ! もっと寄こせバルバトス! まだだ、まだ足りないぞ! まさかもうネタ切れというわけでもあるまい! ハリー! ハリー! ハリー! ハリー! ハアアアアァァァァァリイイィィイイイイイアアアァァァァアアアッッッップ!」
何の反応も返さないその男にいら立ちを募らせながら、異様な迫力と執着をむき出しにして言い募る理不尽生物。しかし、ごしゃ、ごしゃ、と鈍い音を上げながら拳を打ち込んでいるせいで反応を返せないのだとは気が付いていないらしい。
「ん?」
しまいにその男は、なんかキラキラしたエフェクトを発しながら砂のように消えつつある。
「ちょっと待て、この根性なし! まだだ、まだだろう! バルバトスが足りないぞ!? アンドロマリウスは、フォルネウスは、フラウロス、サブナック、ハルファス、アモオォォォンッッ!」
殴れば殴るだけ消滅が加速していると、気が付いていないらしい。とうとう両手でマシンガンのように拳を繰り出し、地面に落ちることも許さず空中でコンボを繰り返すナマモノボクサーが繰り出す拳の速度が音速を超え、拳打の数が666回を超えたところで……ついに限界が来た。
「ぬううぁああおああぁぁぁぁ……」
妙に長い断末魔を残し、完全に消滅する事となった哀れなそれを前に二頭身理不尽生物は、どこかのマスターを思い起こさせる四つん這いになって泣き出した。
「待って! まだ足りないの! 話せばわかるから! せめてあと50万体くらいバルバトスのお代わりを! お代わりを頂戴!」
既に誰もいなくなり、不気味なオブジェと泣き叫ぶ珍生物以外は何も見当たらなくなってしまった世界に訳の分からない泣き声が響いた。
「お願いだから、まだ死なないで! 殺したかっただけで死んでほしくはなかったの!」
次はギル祭りかぁ……
さて、いったい誰がピックアップされるかな?
去年はギルガメシュ、シバの女王、カエサルと礼装……
でも、2年続けて同じイベントでギルガメシュのピックアップやる?
……噂のプロトギルガメシュの降臨、あるか?