家族を喪ったのは、私が十二のときだった。
蒸し暑い夜のことだった。
月がきれいだぞと言って、年の離れた兄が私の部屋を訪ねてきた。父による厳しい剣術指導のあと、兄はしばしば、気分転換のために私を外へ連れ出した。
その日、私は父にこっぴどく叱られて、鍛錬が終わったあともしばらく泣いていた。
兄は私の手を引いて、優しく声をかけながら、近くの広場へ連れていってくれた。
「父上がお前に厳しくするのは、それだけ期待しているからなんだよ」
それは普段から父も言っていたことだった。
私はムッとした。そんなこと言われたって、私は女だ。力じゃ男に負けるに決まっているのに。
兄は、頭上に輝くこっくりとした月を眺め、思い出したように言った。
「なぁ、宗近。お前の名前は、三日月宗近という刀からとったものなんだよ」
「刀ですか?」
あぁ、と頷き、兄は私の頭を撫でた。私が落ち込んだとき、必ず頭を撫でてくれたので、私は兄と過ごすこの時間が大好きだった。
「天下五剣の一つでね、父上の憧れだそうだ。何にも負けない、強く美しい子に育つようにと願いを込め、宗近と名付けたらしい」
どこか誇らしげに語る兄に、私は少しイラついていた。
「だからって、普通、女に男の名前なんて付けませんよ」
ぶっきらぼうに言うと、たしかに、と兄は笑って、私に手を差し出した。そろそろ帰ろう、という合図だった。
「お前は強くなれるよ。父上のように」
戸を開けると、一面、赤に染まっていた。
壁、床、天井。いたるところが赤で濡れていて、鉄のような重い匂いが体にまとわりつくようだった。
兄が私の手を一瞬だけ強く握ってすぐに離し、掠れた声で、逃げなさいと呟いた。
無理だ。一人なんて嫌だ、耐えられない。
兄の袖口を震える手で掴むと、兄は私を外へ突き飛ばした。
「早く逃げなさい!」
叫んだ次の瞬間、兄の首が飛んだ。
あまりに衝撃的な光景に、私は膝から崩れ落ちる。
「いやぁぁ!!」
体からは生あたたかい血が噴き出し、ごろん、と叫んだままの表情が目の前に転がった。一気に吐き気が込み上げる。
「いや、いやぁ…兄様ぁ!」
「なんだァ、まだガキがいるじゃねぇか」
しわがれた声だった。
声は、何かブツブツと呟きながら、こちらに向かってくる。
恐る恐る見上げると、そこには化け物がいた。
ドブのような肌。赤い目に、鋭く縦に裂けた瞳孔。口元は目より赤く濡れていた。
逃げようと足に力を込めるが、震えてすぐに転んでしまう。
「あぁ女だ。若いなァ、いいなァ。若い女はやわっこくて美味いんだ…」
お前から喰おう、と化け物は笑うと、私の首を絞めながら頭の高さまで持ち上げた。
必死に首を絞める手を剥がそうとするが、びくともしない。
嫌だ。苦しい。死にたくない。
化け物は徐々に手の力を強めていく。口元がひどく楽しげに歪んでいた。
視界がぼやけ、音が遠くなる。体に力が入らない。
お父様、兄様。誰か、助けて……。
意識が落ちる寸前、燃え盛る炎を見た気がした。