私はスコール・ミューゼル。亡国機業の実働部隊『モノクローム・アバター』のリーダーを務めているわ。
数カ月前から総帥に、これからの任務はやはり日本での活動が増えるから、日本の文化や慣習に慣れておいた方がいいかもしれないと進められて、私達モノクローム・アバターのメンバーは総帥の家族として暫く暮らすことになって、今は1月2日。
個人的には、私は表向きは毎日露出度の高いドレスを着て、高級レストランで会食するという貴族的な日常をしているんだけど、少し堅苦しく感じていたところもあったから、この生活は良い気分転換になるんじゃないかしら。
昨日は元旦と呼ばれる、新年の始まりの日。
元旦という言葉は日本特有だが、新年を祝うのは万国共通なのよ。英語圏では、「HAPPY NEW YEAR!」、スペイン語であれば「¡ Feliz Año Nuevo!」と言って新年を祝う。そして、日本ならば、「あけましておめでとうございます」。
新年は誰にとっても、めでたいことであるのよね。
あら?なんで私が昨日の話をしているか分からないと。
それはね、私が任務で元旦に休みが取れなかったから。ただそれだけよ。総帥はとても残念がってたけど、計画の方が重要だからね。それは総帥も分かっておいでよ。
日本の年末年始には、法律上のある決まりがあって、行政機関は12月29日から1月3までの6日間は、必ず休みとなるの。
省庁に人が限りなく0に近いその日を選んで、私達は任務を遂行する。
本当は休日に仕事が来ないように総帥がスケジュール管理をなさっているのだけれど、如何せん任務の成果によって左右するものだから、こればかりは仕方ないわね。
話を元に戻すと、私達は新年に行う行事、まず始めに『初詣』に行くことにした。
初詣とは、年が明けてから始めて神社や寺院等に参拝する行事であり、神様や仏様に挨拶をして、一年の感謝を捧げたり、新年の無事と平安を祈願する行事。初参りとも言われているらしいわ。その他にも、新年の運を試すおみくじや、家を悪霊から守る破魔矢等の縁起物の購入など、新年の安泰を祈るためのやることがあるそう。
私は、初詣に行くにあたって振り袖を着ることにした。日本では礼装で着る可能性があるからだわ。最近は、特に男性ね。TPOの観点から、日本でもモーニングコートを着る事が主流となっているそうだけど、女性はまだ半々と言ったところじゃないかしら。だから着物の着付けを知っておきたかった、と言う訳。
礼装であれば、私は未婚女性………だから、五つ紋のついた振り袖か色留袖を着なければいけないそうだけれど、初詣に礼装や、準礼装を着ていかなくても別に良いそうなので、私は少しお洒落することにしたわ。
数日前に、オータムと一緒に着物を探しに行って、ついでに着付け方も教えて貰いつつ
でも、総帥が、「美しい」と褒めてくれた時には、優しい総帥に抱き着きたい勢いだった。ただそうすると着物が着崩れるかもしれなかったので、必死に衝動を飲み込んだけれど。
総帥は私と手を繋ぎながら、境内を歩いている。総帥はとても楽しそうにしており、その手は暖かい。その前では、逸れないようにオータムとマドカが手を繋いでいるのだが、反りが合わない二人は、ずっと目を反らしていた。
ごめんなさいね。私が総帥と手を繋ぎたいと言ったばかりに。
今は午前7時。初詣は、午前7時から午前9時の間なら空いているという話を総帥から教わった。今はスムーズに境内の中を進めてはいるが、混雑時には、
ここが有名な神社ということもあり、初詣は県内外から沢山の客が足を運んでくる。
購入する物件を決めたのは総帥だが、最寄り駅が三つもあり、家が神社から徒歩圏内であることが、つくづく良かったと感じてしまう。
総帥の考える範囲はとても広いわね。
一礼をしてから、鳥居を潜る。先程、総帥から境内での作法は確認済み。
参拝の作法は、賽銭を入れた後に、二回深くお辞儀。二回拍手をしたあとに、心をこめて祈る、だったわよね?と総帥に確認すると、総帥は、最後の一礼も忘れずに、と優しく注意してくれた。
人混みを抜けて、ようやく賽銭場まで辿り着いたので私は懐から、徐に札束を取り出した。その時の私は何も気付かなかったが、総帥がギョッとした顔でこちらを見ていた。
私を下品な目で見ていた周りの胡散臭い大人も、総じて唖然としている。
そいつらは、まあどうでもいいけど。
総帥は慌てて袖を引っ張って、それを仕舞うように言った。
私は賽銭とはてっきり、神社や寺院に金を投じればその分の利益が何らかを通じて帰ってくるものと思い込んでいたが、総帥曰く賽銭は願いを聞いてもらう対価ではないとする説もあり。
日本書紀の「罪を素戔嗚尊に負わせ、贖罪の品々を科して差し出させた」というところから自身の罪を金銭に託して祓うとする、賽銭箱は浄罪箱であるという説。
そして、賽銭箱に硬貨を入れる時の、鈴のような音で罪祓うとする説等から、札束を入れるのをあまり宜しくないとする人もいるそう。
だから、賽銭には札束はあまり宜しくない、との事だった。
酷く粗相をしてしまった私だったが、総帥は、これまた優しく励ましてくれた。
ここが公共の場でなかったら、総帥を私の胸に押し込んでいるでしょうね。
ちょっとしたハプニングがあったものの、私達は無事参拝を終える事ができたわ。
しかし、まだ初詣は終わりではない。初詣の中で行う事の一つ、初みくじを、私達はすることになった。初みくじは、新年の始めに行うおみくじのことで、一年間の運勢を占うものだそうよ。
料金を支払って、そうしたら、六角形の四角い木箱を渡された。
底面に小さな穴が空いているのだが、これが一体おみくじの何なのか、私にはよく分からなかったわ。
すると、また総帥が、実演しながら教えてくれた。
どうやら、箱を振っていると、底面の小さな穴から、数字が書かれたみくじ棒が飛び出して来るらしく、その数字を伝えると、その番号に対応した、みくじ箋と呼ばれる紙が渡される。
その紙に、今年の吉凶禍福が書かれている、とのこと。
総帥が箱を振って、出てきた番号は、百二十三番。それを伝えると、対応をしていた巫女さんからみくじ箋が渡された。
それを見て、総帥は、心底喜んでいた。大吉だった。
総帥を見ながら、私も倣ってみくじ棒を出した。二十二番。
受け取ると、吉だった。
総帥によると、この神社では、一番悪いとされる凶はないらしく、吉は大吉の次に運勢が良いものとされているそうだ。
みくじ箋には、吉凶だけでなく、縁談や金運、また神様のお告げも書かれており、ゴクリと唾を飲みながら、縁談の部分を恐る恐る見た。
『成り難し』
私の中で何かがパリン、と割れた気がした。
肌寒い外から家の中に戻って来て一番に、総帥は私の胸に飛び込んできた。
「あら?」
総帥は疲れた顔をして、振り袖にしがみついている。初詣に起きたことで色々と迷惑をかけてしまったようね。賽銭に札束を出したり、マドカがみくじ箱を壊したり。申し訳ないわ。
「ごめんなさいね。もっと学んでおけば良かったわ」
ただ、総帥は総帥で、縁談運が無かった私を心配しているそうで、本殿の裏にある、縁結びのパワースポットの存在をすっかり忘れていたと、頭を下げていた。
「忘れてしまったものは仕方がないわ。それに、それに、縁結びのパワースポットに頼らなくても、私達はここにいるでしょう?」
リビングに戻った私はそう言って、総帥の小さな身体を優しく抱き締めた。
………と、それを見つめる二つの視線。
「なぁ、スコール、ちょっと馴れ馴れし過ぎやしないか?」
「……私も抱き着かれたい」
オータムとマドカがジト目でこちらを睨むけれど、これは私のやることだと思っている。
「だって、総帥の母親になれるのは、私だけでしょう?」
「んなっ!?私だって、総帥の母親くらい……」
「そうかしら?」
「むっ?」
「取り敢えず、恋人として愛し合っていた時を考えて、オータム。あなたには無理でしょう。総帥を受け止められる力は私の方が持っているわ」
「……!」
オータムとは、昔恋人同士であった。だが、総帥という、心から愛せる存在が現れて、私の心は彼に傾いた。オータムも総帥に惹かれたため、恋人解消となったのだが。今でも総帥の次はと言われたら、間違いなくオータムになるだろうけど。
亡国機業の構成員になって以来、誰も信じられない日々が続いた。組織内での裏切りに次ぐ裏切り。今の組織とは似ても似つかぬ程に殺伐としていて、私はおおらかに振る舞いながらも、ずっと神経を張り詰め続けざるを得なかった。上へ報告する時は、手に入れた情報を精査し、自分に有意義な情報は、隠した。
そんな中、総帥の座が変わり、亡国機業の組織は改革を迎えた、と、理事会からのお達しが入った。そして、私は彼と面会した。
年端も行かぬその姿に、私はなんの冗談だと、一瞬憤ったが、総帥の一言によって、私の間を風が吹き抜けた。
よく頑張ってきた。私は君を見捨てたりはしない。
と。そう言って頭を優しく撫でてくれたのだ。
何故かは知らないが私が今まで辛い、苦しい思いをしてきた事を見透かしてきたことに、とても驚いた。そして、自然と私の目からは涙が出ていた。
総帥はその涙を見て、私をそっと抱き締めてくれた。子供特有の暖かい体温が、伝わってくる。
私は、始めて知った。人の暖かさを。
でも、その後に、私は総帥の持つ、深い闇を見てしまった。
総帥も、人の暖かさを求めていた。真に人から必要とされる事を求めていたの。私に優しくしてくれたのはだからこそであり、総帥は転生者であるそうだが、私よりもずっと辛い思いをしてきたに違いない。
境内で総帥が私にしてくれた雑学も、いつか役に立つことが来るかもしれないとはいえ、亡国機業に任務における予備知識として教えたものでは無かった。
あの時の総帥の目はまさに子供のように、輝いていたし、あの時だけ総帥は無邪気であった。
そうして私は全てを察したからこそ、彼を離さない。そして、総帥も同じだと分かっているから私を離さない。
今日は総帥を独り占めしてばかりだけど、二人にはもうちょっとだけ我慢して貰おう。
そう思って私は総帥を抱き寄せながら、自室へと入った。
自室には、新品同然のフカフカとしたカーペットが敷かれ、白いレースのカーテンで覆われた天蓋ベッドが目を引く。そこは、亡国機業が所有し、私が根城にしている部屋より幾らか狭いが、それでも立派大人の世界を醸し出している。
「ねぇ、総帥?」
総帥は、その呼びかけに、うん?と言って、こちらをキョトンとした目で見つめる。
「総帥は、そんなに見た目麗しい女性が好きなの?」
総帥は、大きく、ゆっくり頷いて、そうだ。全てを侍らせたい。と、返した。
「じゃあ、なんで私みたいなおばさんも……」
そう言おうとした時、総帥は私の口を指で抑える。そして、首を振った。それは私らしくないと。口では言っていないが、何となくそうだと分かった。
私は振り袖の裾で、総帥を包み隠すように覆った。そうして、私は呟く。
「そう、ね。私はスコール。土砂降りの雨。あなたを包み込む世界を作り出す、母なる雨…………」
私は色っぽく微笑んだ。
一応設定上は架空の神社ですが
有名
最寄り駅が三つ
凶がないおみくじ
大吉の次が吉
手水舎から賽銭箱まで大体百メートル
本殿の裏に縁結びのパワースポットがある
分かる人には分かる
次回は日記に戻ります。
感想・評価お待ちしております。
ラウラとクロエ編終了後はどっち先にやって欲しい?
-
アイリス編
-
篠ノ之箒編