許して〜
織斑マドカは、同い年である総帥の事を、溺愛していた。
本当ならば、マドカと釣り合うような人間など、この世界にはいなかったからだ。
マドカの出自は、名字に織斑とある通り、同じ織斑計画の人間である。織斑千冬や、その弟である織斑一夏と同じように、史上最強の人間を作り出す目的の系譜として作られた。
織斑計画の個体は、全て細胞を異常増殖・急成長させて、大体製作が完了する頃には小学校一年生並みの体格を持って生まれる。
しかし、マドカと名前にある通り、マドカは他の織斑被験体とは違い、イレギュラーだった。
本筋で作られた織斑計画の被験体は、一文字で表す事が出来る、キリのいい漢数字と、春夏秋冬のいずれかの季節を当て嵌め、被験体の名前とする。
織斑千冬は、24体目の被験体であり、篠ノ之束という、人類の完成形が確認されて、計画が頓挫されるまでに出来た、一種の成果である。
一夏は、計画が頓挫する直前に作られた、千冬の遺伝子を人類に多く広めるための、クローンだった。計画のサブプランである。
しかし、マドカは違う。一夏と同時期に作られたものの、作られた場所も、目的も、全く違った。
マドカは言うなれば、戦闘兵器の類として作られた。最強の力を持った織斑千冬を、兵器に転用せしめんとする者達がいた。それによって。
織斑千冬のDNAを複製し、マドカのベースとなる身体を作り出す。それは、小柄でそこそこ体力を持つ、中学生並みの身体だった。そこに魂を入れる事によって、マドカは誕生した。
その後彼らは、誕生したばかりのマドカに、ラーニングマシンによる強制教育を施した。知識を埋め込み、マドカをすぐに、彼らの組織の尖兵にするつもりだったのだ。
「これで戦闘技術を植え付けよう」
ラーニングマシンは、と○るで言うところの
睡眠状態の時に首の辺りに電極を貼り、電流を流し込むことで使用する。
常人で試し、織斑千冬を製作した際に使用したが、何の問題も無かったために、マドカにもそのまま使用した。
だが、マドカに入れる情報に、千冬のデータを含めたのが問題だった。
(ウワアアアアアアアアアアアアアアッ!!)
マドカは、暴走した。
マドカは同じDNAを持つ千冬を拒絶、それは入れていた知識と相まってマドカの中の『恐怖』という感情を生み出し、そして引き出し、マドカは暴れ出した。
マドカは、
そのまま付近にいた作業員をそれで殴り、殺した。
数時間暴れ続け、マドカは沈黙したが、その顔は酷く青褪めていた。
(私は……私、は………だ………れ…………?)
実験台で横たわるマドカが目覚めた時、マドカの目に入ったのは、眩い手術用ライトの光と、三人の研究者の顔、光の具合で彼らの顔は見えなかった。
その研究者達の声は、とても残念そうであったが、マドカにはその内容が心を抉った。
「どうして暴れ出したんだ?千冬はこうはならなかったぞ」
「こうなったらもう一度行うか?」
「駄目だわ。精神が安定していない。このままでは取得した自我が崩壊して廃人になる」
「服従もしていない……」
「とにかく原因を探りましょ。そうしないと何も解決しないわ」
そう言ってマドカの元を立ち去る研究者達。
しかし、今のマドカには、恐怖と狂気が蝕んでいた。
その日からマドカは、チタン合金で出来た拘束具を嵌められて、独房のような場所に入れられていた。
独房の中で、患者衣で座りつくすマドカの感情は渦巻く。
孤独。誰も彼女を人間として見てくれなかった。
劣等感。実験に付き合わされる度に、研究者は織斑千冬と彼女を比べ、蔑んだ。
嫉妬。同じDNAなのに、彼女より強い千冬を、彼女は妬んだ。
焦燥。今でさえ人として見られていないのに、いつか私を見てくれる人はいなくなるのではないかと、焦った。
恐怖。遠くないいつか、私の存在は消えてしまうと考えると、頭を抱えてうずくまり、部屋の隅でガタガタと震えていた。
絶望。こんな世界を、私は憎んだ。
そして、それはいつしか憎悪となった。こんな世界消してしまいたい。みんな殺したい。
(コロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤル!!)
怯えていた筈の彼女の瞳は、日に日に、血のように真っ赤に染まっていった。
そして、遂に復讐の時がやって来た。
男性研究員に連れられて、実験室へ移動する際に、研究員の隙をついて、研究員の懐に潜り込んだ。彼女の赤い瞳に映ったのは、研究員の驚いた顔。彼女は研究員の表情には目もくれずに、一直線に頭を目指す。顎と頭を持って、縦に一回転するように捻った。
研究員は、そのまま首の骨を折られ、崩れ落ちる。
経験が無いからか、少し強引な捻り上げ方だったが、彼女の腕力ならば、即死させるには充分だった。
そのまま廊下を一直線に走り向けるマドカ。
彼女を作ったこの組織、国家権力によって守られている極秘組織だったのだが、マドカを作ったこの部署は、とてもお粗末だった。
まず、上に何の許可も得ずにマドカを作ったこと。この時点で秘密組織にあるまじき失態である。
そして、ラーニングマシンを使って与える情報に、研究所のフロア情報や、各種システム関係など、研究所の運用方法を始め、組織の根幹に関わる事を全て伝えてしまったからだ。
ラーニングに失敗すれば、反抗する可能性もあった。それなのに、自分達の道具になること前提で考えていたのか、敵に回せば絶対に不利になる情報まで、マドカに与えてしまった。
この事を後々知ったある男は、執務室で大笑いをしたという。
それはともかく、復讐に走るマドカは、手始めに武器庫のドアを開け、その中からハンドガンを取り出す。
マガジンを確認して、また走るマドカ。今度は研究所のシステムを管制する制御室のドアを開けた。
まず、部屋に入って、そこにいる人間を確認した後、自分の知識から、拳銃を常備している人間を優先してハンドガンを放った。
パン!パン!と二発の乾いた銃声が響き、アサルトライフルを携帯していた二人の男は、正確に額を撃ち抜かれ、後ろに仰け反り倒れる。
その後、近寄る研究員に発砲して牽制しつつ、男のライフルを拝借。
そこからはマドカによる、一方的な蹂躙だった。
パララ、パララ、という断続的なタイプライターのような音が響く度に、研究員が撃ち抜かれて倒れていく。
マドカはその度に、愉悦した。
やがて部屋の中に生きる者は、マドカ一人になり、マドカはつまらなさそうな顔をしながら、部屋の中に置いてあるパソコンを弄る。暫くしてマドカは、遂に研究所の自爆プログラムに辿り着いた。しかし、それを作動させるには、パスワードが必要だった。
むぅ……とマドカは唸る。パスワードは流石に自分の知識の中にはないし、パスワードを知っているであろう研究員は、先程全て殺してしまった。こうなるならそこにいる白髪の屍は生かしておくべきだったと、少し後悔する。
ならばと、マドカは思い付くパスワードを打つ事にした。まずは自分の名前、『MADOKA』と入力してみる。
エンターキーを押す。だが、ウインドウに現れたのは、「パスワードが違います」という、簡潔な文章を出したのみ。
続けて、『ORIMURA』『LOGOS』と打ったが、やはりこれも間違い。
ならば……と、手に入れた知識を使って頭をフル回転させる。
と、マドカは何か閃き、その白髪の屍をゴソゴソと探り始めた。
懐から取り出したのは、ペンダント。それを開くと、白髪の男の家族写真が映っていた。
薄笑いで口角が上がるマドカ。
白髪の男のパソコンを立ち上げ、彼の電子メールを開いた。
そこには、仕事仲間らしき人物も多かったが、一際目を引いたのは、『霧島裕子』という名前だった。
そして、パスワードに、『YUUKO』と入れる。
パスワードは、アンロックされた。
「やっぱり」
マドカは呟く。ラーニングマシンのシステムの中に、「重要なパスワードは大抵プライベートで大切にしている人物の名前だったりする」という情報があったためだ。マドカはその知識を生かし、研究所所長の家族関係を調べて、パスワードを入力した。
何度でも言うが、この部署は、何処までもお粗末であった。
この部屋に誰も入って来なかったのは幸運だったな、と思いながら、マドカはライフルのマガジンを換装する。
もし来た場合は、四肢を撃って相手を無力化し、パスワードを聞き出せれば聞き出す算段だったが。
そして、自爆プログラムを作動した。
研究所は跡形もなく爆発。研究員は全員死亡だろう。
知識では知っていたが、初めて見る外の世界。それは、まるで彼の心のように濁った空だった。降りしきる雨が、彼女の髪を濡らす。
「…………アハハハハハハハハハ!!」
マドカは煙を上げる研究所跡地を見ながら、高らかに笑う。笑い続ける。
「ハハハハハハハハ……………」
空を見上げて、彼女は笑いを止めた。先程まで昂ぶっていた心だったが。
目尻に熱い物を感じて、それを拭うマドカ。それが何なのかはすぐに分かった。
(私………泣いてる?)
あの檻の中で抱いていた感情、それが急にマドカの中に戻って来た。
どうして。
私は、もう自由なのに。
どうして。
私を縛るものなんて、何もないのに。
自分の中で湧き立つものが何なのか、分からない。マドカはとてももどかしかった。
そんな時だった。
マドカの前方から、ジャリ、ジャリ、という足音を鳴らしながら瓦礫の中を歩く人を見た。
黒い傘を差して、真っ直ぐこちらへ歩いてくる。
マドカは恐る恐る銃に手を掛け、警戒する。
研究所の人間ならば、直ぐに射殺をする所だったが、彼はその類に見えなかった。
目の前の人間は、身長がとても低いのだ。少なくとも、指図する側の人間ではない。小学校低学年の身長である。
ならば、彼女は自身の他に実験体がいたのかとも思ったが、スーツにネクタイを締めたその姿は、おおよそ被験体と呼べる風貌でも無かった。それに、傘に隠れて顔は見えないが、おおよそ彼女とは雰囲気が違う。
この男児は、外部からの人間。それも、自身を狙って来た人間だろうと、彼女は結論を出した。
研究所の周辺は人が安易に立ち寄れない、踏み入る事が出来ない山間部。
そこに外部の人間がいるとなれば、考えられる目的は一つに纏まる。
マドカの銃を構える手が、より一層強まった。
その男は、マドカの前で立ち止まると、銃を構える彼女の目を見る。
その時、傘越しにチラリと見えた、相手の目。マドカはそれに気圧された。
とても黒かった。彼女の真っ赤に染まった瞳よりも、深い、深い、闇が、そこにはあったのだ。
マドカは硬直した。コイツは、何者なんだ、と。
暫くして、その男は、ゆっくりと口を開いた。マドカに語りかける。その声は、子供らしく高音だったが、相手の恐怖を引き出すような声だった。
君は、織斑マドカ、だよね?
マドカは、恐る恐る頷く。
単に本人確認をしただけの、単純なコミュニケーションである。だが、それだけでも、彼女を震え上がらせるには充分だった。
と、男はまた口を開く。
君に、『お願い』があるんだ。
『お願い』。その言葉が、一段と重く聞こえた。マドカの中で頭がグルグルと回る。
お願い?何をお願いされるのか。実験台、使い走り、色々と挙げるが、あの声から創造がつかない。
もし断ったらどうなるのだろうか。死ぬ?あれは研究員とは比にならない。殺される。
その前に殺すか?どうやら相手は武器を持っていない。すぐにライフルを構えてトリガーを引けば殺せる。相手は傘で手を塞いでいる。もし避けられたとしても直ぐに相手に接近して急所を突けば勝てる。
しかし…………。
どうしてかこの相手には勝てるビジョンが見えない。
その不気味な声からなのか、瞳からなのか………。
殺される。
そんなピリピリとした空気が続く中、男は『お願い』した。
家族に、ならないか?
「…………は?」
全く予想だにしない言葉に、マドカは銃を滑らせた。
ガシャン、と地面に落ちるライフル。
そして、彼女の中で何度も反芻される。
家族にならないか?
どういうことだ。
家族、という言葉は分かる。同じ家に住み生活を共にする、配偶者及びその血縁者の人々のこと。
しかし、マドカは本能的に首を振った。これは違う。彼の家族には、もっと違う、別の意味がある。それは………。
私を認めて、受け止めてくれること。
今まで私を本当の意味で見てくれる人なんていなかった。今、この人は、私を人間として見てくれている。
実験体としてでも、道具としてでもない。彼は、織斑マドカとして、見ている。
曇天の中に、一条の光が差し込み、二人を照らす。
彼女は今、理解していた。先程まで湧いた虚無感、それを、目の前にいる男は埋めてくれるのだと。
気が付けば、彼女は瞳から大粒の涙を流していた。私を見てくれる人がいる。世界が私を見捨てても、彼だけは見捨ててくれなかった。
男はゆっくりと近づき、その小さな手で彼女の頬にそっと触れる。
マドカは、彼を抱いて、大声で泣き始めた。
数年が経ち、今日は白騎士事件当日の午前中。首都高を走る車の内の一台に、亡国機業の総帥と、その実働部隊『モノクローム・アバター』のメンバーが乗る車があった。
小学生並みの体格でありながら、常人を軽く越える威厳を持つ総帥の脇を固めるように座る二人の女性は、いつものように露出度の高いドレスを着て胸を強調するスコールと、胸元まで開けた真っ黒なライダースーツを着るマドカである。
マドカと総帥は、家族となった。たまに組織の任務があるが、それは道具として従事している訳ではなく、総帥を愛する者の一人として、愛し愛されるために行っている。
車の窓はマジックミラーで外から中の様子は見えないので、中では絶えず濃密な時間が流れていた。
「ねぇ、?」
そう言って、彼の腕にその豊満な胸を押し付けるスコール。
「むぅ、私は元は戦闘用に作られた人間だから、そんな大きくないのだぞ」
と愚痴を零しながらも、上半身を彼に擦り寄せるマドカ。
「…………………」
多少苛立った顔をして、それでも自分の役割(車の運転)を果たそうとするオータム。
そんなに私の身が心配か、という総帥の言葉に、マドカは少し怒って、
「貴方の身体は、もう貴方だけの物じゃない」
と、総帥のお腹をさする。
ラーニングマシンで知識を与えられている筈なのだが、色々と知識に間違いがあるらしい。
内心突っ込みたい気持ちと、マドカを作った組織は壊滅しているので、ぶつけようのない苛立ちを抑えながら、頭を撫でてマドカを宥める総帥。
頭を撫でられるマドカは、とても幸せな気分だった。昔の彼女では、とても味わえなかった、家族の幸せ。
(総帥はこれからも、家族でいてくれるよね………)
マドカは、総帥に撫でられながら、幸せを謳歌するのだった。
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