【IF】EXE3で彼が帰ってこれなかったら 作:SPナビは獣化でゴリ押し
「……いらないよ」
6年生を直前に控えた息子――熱斗の返事は祐一朗の予想通りだった。同時に熱斗の中で彼の存在が未だに強く根付いてることを思い知らされて罪悪感を持った。
祐一朗にとっては最大の罪であり、同時に許されてはならないという認識を強める結果になったのである。しかしそれを熱斗も妻も咎めることは一切なかった。反対に感謝されているからである。本来はあり得ないもう一人の息子と過ごす時間がそこにはあったのだからだ。
「そうか……」
これから必ず必要となるネットナビ。父親としてなら説得して持たせることを納得してもらうのが正解なのだろう。しかし祐一朗はそれをする資格がないと思っている。もう一人の息子を殺してしまったも同義の自分には父親の資格など無いのだから。
――“プロト事件”。ネットワーク社会終焉の一歩手前までいった未曾有の危機は勇気ある少年とネットナビの手によって阻止された。しかしその結末は2人にのみ永遠の別れという最悪の結末を迎えることになってしまった。
そして科学省では事件の復旧作業が行われている。その中で祐一朗はあるデータの開封作業を進めていた。熱斗から渡された祐一朗の父――正の手紙。その内容には数多のプロテクトが掛けられており、その解除に動き出してから2か月が経過していた。本来なら後回しにしても問題ないことだが、何かに突き動かされるように挑戦していた。まるで救いを求めるかのように。
――そして解除に動き出して3か月が過ぎたある日のことだった。
「これがセーフエリア……父さんが言っていた場所か」
手紙の中には自分の本気で作り上げたプロテクトを突破したことの賞賛と、これからの社会を頼むということを伝える文章データがあった。今日までの労力の対価がこれだけだと思うかもしれないが、祐一朗にとっては最高の報酬だった。尊敬する父に送られた最大の賞賛は、罪の意識で潰れかけていた祐一朗にとって一筋の光だった。
そしてもう一つ。プロト内部に残されたセーフエリアの存在だった。プロトを封印するプログラム“ガーディアン”の中に意識体としてあった父のいた場所で、唯一プロトの影響を受けない領域の在処だった。
常人から見たら神速の速度で、それでも祐一朗にとってはかつてないほど慎重な速度でセーフエリアの中を探索する。最後に残った可能性。もう一人の息子――ロックマンが生きているならここにいるはず……藁にも縋るような気持ちで、祐一朗は隈なく、一切の見落としもなく目を走らせていく。そこにいるのは科学者ではなく、一人の父親だった。
――そして祐一朗は見つけた。一人のナビを……。
彼を知っている。
誕生した時から知っていた。
壮絶すぎる過去も自分達が押し付けたものだってことも。
エリアの片隅で眠っている黒いナビ。各所に見られる傷は熱斗とロックマンとの戦いの結果だ。見るものを圧倒させる闇の波動も今は無く、その寝顔は微笑ましささえ感じさせられあの破壊神とは思えなかった。
違う。あれが彼の素なのだ。科学省で見た時から変わることのない寝顔。普段の姿や口ぶりからは想像できない程に意外に姿だったのだ。
「フォルテ……ここにいたのか」
それが彼の名前。“より強くなるように”と願い生み出された世界初の自立型ネットナビ。しかし当時の彼は優秀過ぎた。その結果は人間に裏切られ消去されかけ、憎しみを抱き伝説で語られる破壊神にまでさせてしまった。そしてプロト事件では敵対側として行動し、最後はプロトの中に消えていったはずだった。
キーボードを叩く手を止めて思考する。もうセーフエリアにはフォルテ以外いないだろう。隅々まで二度も確認したのだ見落としはない。そしてこのエリアはあくまでデータの状態だ。つまり祐一朗の操作一つでこのエリアごと消去することができる。あの破壊神を確実に消去することができる千載一遇の機会だ。手慣れた手つきで消去の手順を進めていく。最後に確認のためのウインドウが出たところで、手の動きが止まる。
――本当にこれでいいのか?
人間としての立場なら消去すべきだろう。だが祐一朗は知っている。彼の本質を、過去を知っている。そして自分たちが背負わせてしまった罪を未だに憎しみに変えて生き抜いてきたことを。脳裏に息子の姿が浮かぶ……彼に二度目の生を与えるという倫理に反した事をした自分が真にとるべき道は何なのか……やがて、祐一朗は懐から自身のPETを取り出した。それが息子の……父の望みだと信じての決断だった。
祐一朗は持てるだけの手段を駆使してフォルテのデータを回復させていた。助け出すことを決意してからの行動は迅速でかつ隠密にだ。誰にも見つかることなく遂行しなければならないのだからだ。一般人なら既に断念するほどの困難……しかし、祐一朗は実に優秀な科学者だった。的確なアプローチを続けた甲斐もあり、日を跨ぐ程の長丁場の果てにフォルテのデータを完全な形で復元することができた。
自分でも驚くほどの結果だと祐一朗は自身の健闘を讃えていた。いくら何でもPETだけでネットナビの修復を行うのは大変だ。しかも消去寸前の状態なら尚更だった。目の前のパソコンではネットワークを通して科学省内に繋がっているため断念するしかなかった。
「さて軽く休もうかな……午後からは家に帰りたいし……」
既に寝不足の域にまでたどり着いている体を休めるために、仮眠をとることに決める。PETで眠っているフォルテもすぐには起きないだろう。ネットワークではオープンな自室だが、物理的には訪れる者も皆無だろう。そう結論付けて目蓋を閉じる……体は睡眠を欲していたようで今までにないほどの速度で眠りに入っていく。
「……貴様」
「ええっ!?」
――睡眠時間実にワンセコンド……人間の本能が一瞬にして祐一朗の精神を活性化させた。だが、体が分かっていても頭は追いついてはいなかった。優秀な頭脳を誇る祐一朗でもそこまでは難しかった。困惑で思考が埋まっていくが、そんなことを目の前の画面に映るいかにも不機嫌そうな顔をした彼にはまったく通じなかった。
「人間……なぜ俺を助けた?」
そこにあったのは純粋な疑問……憎んでいるはずの人間に助けられたことがフォルテには理解できない行動だったからだ。予期せぬ形で与えられた善意に疑問が沸き起こるのは当然だった。だが祐一朗にとっては簡単な話だった。だから何も考えることなくあっさりと答えを言う。
「目の前に傷ついた君がいた。だから助けたんだ……人間としてね」
科学省のとある一室で静かに運命は動き出していた。この出来事がフォルテにとって、ターニングポイントになったからだ。そのことを今の2人はまだ知らない。
科学省の機能停止は社会に対して大きな打撃だった。そしてその惨事を起こした犯人であるスラーの行方も未だ掴むことができず、人々の不安は増す一方だった。特に影響を受けたのはインターネットだ。警戒のためのオフィシャルナビの配備数が急増しており、視界のどこかにはオフィシャルがいるといわれるまでだった。その目的も警戒よりは、どこかに潜んでいるであろうスラーの居場所を探すためのものだったが。
そんな泣く子も黙る警戒体制のインターネットを散策する黒いナビが一体。フォルテは眼下の警戒網を見て正直無意味だと感じていた。自身と同格の実力を持つであろうスラーならこの程度の警戒じゃ見つけることは無理である。それを証明するかのようにフォルテは悠々とインターネット上を自由に散策していた。と言ってもそれなりに目的はあるのだが……。
「スラーの情報を集めろ……だと?」
「うん。正直人手不足なのもあるし、君なら今の警戒網ですら無視できるからね」
先日の夜。熱斗の部屋を訪れた祐一朗は科学省の一件に対してフォルテと熱斗に小一時間ほどの説教をした。正直熱斗を巻き込んだのは自分だし……と僅かに思っていたフォルテだが、祐一朗の有無を言わせない態度に何も言えなかったことは絶対の秘密である。それが傍目から見たら不愛想に無視しているように見えて更に説教の時間は増えたことには黙秘を貫くつもりだ。最後に部屋を出る前にスラーを止めてくれたことを褒めてくれたが、正直順序が逆だと思っている。
そして今朝に上記の会話である。確かにスラーを止めようと思ったのはフォルテの意志だが、何も手がかりがない中で情報を集めるのは正直面倒くさいと感じていた。そんなフォルテの考えを先に読んでいたのかは分からないが最終的には祐一朗の――
「そうだな……ここに一枚のバトルチップがあるんだが……」
「そ、それは!?」
多分一般家庭には入手困難なバトルチップ(それも最近発売したばかりの逸品)で目を輝かせた相棒――熱斗の“お願い”によりあえなく陥落することになってしまった。まあ、バトルチップが増えれば戦略性も増すだろうという自分に対する言い訳で強引に納得したのだった。
「オペレーターの命令に淡々と従うだけの毎日……それでは駄目なのです! ナビ自らが考えを起こし、自らの個性を尊重し自由に生きることがこれからの生き方なのです!」
あまりにも酷いだみ声がフォルテの耳に入る。声の方向を追っていくと、広場で道行くナビに声をかける大柄のナビが目に入った。この厳戒態勢のインターネットでは話に興味を持っても聞いていこうと思う酔狂なナビはいないだろう。と言うよりオフィシャルに見つかれば辞めさせられるのも必至だろう。
「人間の道具であるという認識はもう終わりなのです。そこの貴方も使われるだけではなくて新しい……」
「すみません。急いでいるので」
「……生き方……を……」
哀れ謎のナビよ、話を聞いてもらうのは絶望的だぞ。一連の流れを見ていると不思議なことに同情的になってしまう。陽気そうな顔にもいつの間にか目から煌めく何かが見えてきている。そして自分は暇である。頼まれていることも達成することまで条件に含まれていないし、もしかしたらあのナビが何かを知っているかもしれない……と都合のいい自己完結を終えてフォルテはひっそりと近づく。
「誰もおいらの話を聞いてくれない……なんで……」
「貴様の話とは何だ?」
「うわっ!? びっくりした……」
彼からしたら突然現れたようなもので驚きを露わにしていた。ふっくらとした大柄な体系には似合わずあたふたと困惑する姿はコミカルで、たまたまその場にいたナビ達の目を引く結果になった。そこまで理解が及ぶと先ほどまでの悲壮感漂う表情から一転、その顔に似合う陽気な笑顔に切り替わる。
「あ、ありがとう! 君のおかげでみんなが僕のことを見ているよ!」
「……」
「あ、話のことだよね。じゃあみんなも聞いてよ……うほん」
一度言葉を止めてから、彼は最初の演説のような話し方に戻り興味を抱いた話を始める。変化を感じたのはすぐだった。さっきは誰も彼の言葉に耳を向ける者はいなかったはずだ。それがどういうわけかここにいる全員が彼の話を真剣に聞いているのだ。内容も変わったところは特になく、フォルテにとっては二度目の話で数分後には飽きていた。しかし他の者は微動だにせず夢中になっており、彼の話が終わるまでそれが途切れることはなかった。
「いやーやっぱり話を聞いてもらえるって素晴らしいなー」
「一体何者だ……貴様の話は普通の考えではないぞ」
「そうだった。まだおいらのこと話してないもんね……おいらはコモド。物事に楽しさを求めることを生き甲斐にしているんだ」
コモドと名乗ったナビにフォルテはちょっとしたやり辛さを感じていた。このナビ、ものすごくマイペースなのだ。話を聞いているのだが、何かが違うのだ。違和感の原因はつかめていないのだが妙に疲れる。もしかしたらそれもコモドの楽しみの一つなのではと疑ってしまうくらいに。
しかしコモドの話には興味があった。人間の道具ではなくパートナーとしての生き方は現にフォルテが置かれている立場でもある。そこに親近感を持ったのだ。だからこそ人間との絆を正しく理解したいと考えているフォルテにとっては関心を覚えるに十分な存在だった。
「お前は人間についてどう思うんだ?」
「うーん……あんまり分からないんだよね。おいらオペレーターがいないから」
「自立型ナビか……なら何故こんな考えを持つ? 知らないはずのオペレーターとの関係に対して今の考え方は異質だ」
「だって同じ感情を持っているんだろ? なら一緒だと思うんだ」
感情の有無。プログラムの存在だとしてもネットナビには多かれ少なかれ感情というものは存在する。自身も憎しみという感情を糧にここまで生きてきたことを本能で理解している。故に彼の考えをもっと知りたいとフォルテは思った。暇な時間が多いのだ。彼の話からは有益な物があるだろうと。
「そろそろ場所を変えないとね。オフィシャルも来ちゃうし」
「そうか……次に会うときはもっと深く語りたいものだ」
「それなら今度大規模な集会があるんだ。君にも来てくれたらうれしいな」
そう言い残してコモドは別のエリアに向かっていく。彼の話が本当なら離れたほうがいいだろう。今、オフィシャルに見つかるのは面倒なことになる。そう結論付け、元の熱斗のホームページに戻った。
同時刻、電気街でとある買い物を終えた熱斗は目的のものを手に入れた達成感で満足だった。そして目的の品も意外と早く手に入ったので、その分の時間を適当な目的に向けようと思っていた熱斗だが、既視感のある人形とそれを大々的に宣伝する集団を発見し、足を向ける。
「新世代技術コピーロイド! 貴方のネットナビを現実に!」
「只今試験運用中です。お気軽にお試しください!」
行われていたのはコピーロイドの実用化に向けた公開実験だった。一般のナビでも問題なく稼働するかどうかをチェックするためだろうか、ちらほらと投影されたネットナビもいる。初めての現実世界に驚きを隠せていないのか、周囲の風景をその目で観察していた。
その裏には科学省の信用回復を図る狙いがある。先の襲撃事件で壊滅的被害を受けた科学省には不安が挙がっている。そこで虎の子のコピーロイドを世に送り出すことで、その不安を減らし、事件解決で信用を取り戻そうとしているのだ。
もちろんそんな所まで熱斗が知ることは無く、どう考えても小学生が購入できるような希望小売価格ではない表示を見て、年月が経てば買えるようになるだろうと前向きな諦めで結論付け、背を向けて帰路に着こうとした時――
「ジ……ジユウ………ジユ…ウ」
「うん? 様子がおかしいぞ!?」
――直後、身をすくめるような打撃音が響く。振り返り目に映ったのは今にも両手を振り下ろそうとしているネットナビと、その足元で気絶している男性……。
――両手が振り下ろされる。男性は声にもならない悲鳴を上げる。
――だれも助けに行かなかった……否、この場にいた全員が目の前で起きた惨劇を現実のものとは信じられなかったから……。
「に、逃げろ! 逃げるんだ!」
その声を皮切りに一斉に動き出す民衆。蜘蛛の子を散らすかのように、全力でその惨劇から逃れようとする。悲鳴と数多の足音が周囲の状況把握を困難にしていく。一瞬にして地獄に変わったのだ。
そんな中で熱斗は道の端でオフィシャルに連絡を取っていた。既に関係者の手に収まる問題では無くなった。目の前で起きているのはテロ事件と確信し、そのエキスパートを呼ぶことが最優先だからだ。初めは半信半疑だったが、市民ネットバトラーの資格を持っていたのは僥倖だった。そのおかげで油断なくここに来てくれるはずだ。
「暴走しているナビは……くそ、全員かよ……」
次に暴走ナビから見つからない位置で、彼らの動きを見張っていた。暴走前のナビが最初に暴走していたナビを抑えてくれたのか、周囲に避難していった人たちを追いかけることはせずにその場であたりを探しているようだった。
しかし楽観視はできない。人間の死角がネットナビの死角とは限らないからだ。もしもあの中に熱探知ができるナビがいたらすぐに見つかってしまうだろう。そして今の熱斗はナビも持たない非力な存在である。成人男性をあっさり地に伏した戦闘能力を相手に勝てる見込みなどゼロだ。
『面倒なことになっているみたいだな』
「フォルテ!? 来てくれたのか!?」
『ネットナビが暴走していると人間が大騒ぎしているんだ……その現場にお前が居るなら巻き込まれているのは必然だ』
「喜んでいいのか分からねぇ……」
反論しようにも現時点で事実なのは否めないので言葉を濁す。それにネットナビが戻った今、事態の収拾もつけられるようになる。熱斗の目線の先には、未だに人形状態のコピーロイドが残されていた。科学省の職員が大目に持ってきてくれたことがこの状況でプラスに働いた。
『さっさと終わらせるぞ』
「……了解! プラグイン、フォルテ.EXE。トランスミッション!」
電気街の大通りというそれなりの広さを持つ場所で、相手はスラーとは比べるまでもない一般ナビ……結果は言うまでも無くフォルテの圧勝だった。因みにフォルテ以上に闘志を燃やしていた熱斗は空回りする結果になったのは言うまでも無かった。
「俺の仕事……バトルチップ一枚だけかよ……」
最後の一体を倒す直前で到着したオフィシャルを察知した熱斗は、フォルテの姿を隠すために“インビジブル”を使用して離脱させた。そのためオフィシャルに見つかることなくフォルテを戻すことができたのだが……。
――それだけである。
というより他に熱斗がしていたのは周囲の索敵しかなく、下手にバトルチップを送ったところで反対に足を引っ張ることになるのが目に見えていたのもあり、本人的には実力不足と思ってしまうのだった。
「光、連絡をよこしたのはお前か?」
「炎山!? 来てたのか……」
熱斗に声をかけたのはオフィシャルのエースであり、ライバルである少年。伊集院炎山だ。同じ年齢でありながら、周りを取り囲む環境は正反対で過去の事件が無ければ会うことなどあり得ない関係だ。
そして炎山とそのナビ“ブルース”のコンビは犯罪者達に恐れられるほどの名コンビで、熱斗とかつてのナビロックマンに匹敵する強さだった。
「コピーロイドを介した現実世界でのネットナビの暴走……上から下まで大騒ぎだ。俺にしてみればお前が通報してきたほうが驚きだったがな」
「何だよ、善意ある一般市民の通報に可笑しいところでもあるのかよ」
「いや、どの道大きな事件に巻き込まれていくのは変わらないなと思っただけさ」
「大きな事件……スラーと関係あるのか?」
“スラー”の単語を口にしたときに炎山の表情に疑惑が浮かぶ。熱斗にしてみれば思いつく可能性の一つなのだが、彼らからしてみれば機密に値する情報だった。
「何故お前が科学省の一件を知っている?」
「あっ……もしかして秘密なの……これって」
「どこでそれを知った?」
友人としての顔は既に無く、犯罪者に向けるような鋭い視線を向けている。しかし熱斗も「実はあの時現場にいた当事者です」なんて言えるはずもなく、どうにかしてこの状況を逃れることができるかを必死に探していた。だが今まで試練の連続だった反動か、奇跡的なひらめきが熱斗の中で起きた。
「実はスラーが襲撃した日に科学省にいてさ、丁度巻き込まれはしなかったんだけど……心配になってパパに聞いたんだ。ほら、炎山だって父さんが事件に巻き込まれたら心配して何があったか聞くだろ?」
嘘はついていない……はず。訝しむ視線は継続中だが、真偽を確かめるのならば祐一朗に聞く以外に方法はない。そして祐一朗もフォルテには一切触れずに対応してくれるはず……完璧な回答に心の中でガッツポーズする熱斗。
「……そういうことにしておこう。優先すべきは原因の究明だからな」
「おう。じゃあオレは邪魔になりそうだし帰ってるぜ」
とにかくここは速やかに帰宅するのが正解だ。このまま迂闊に残っていればいつ自爆するか分かったもんじゃないと熱斗は判断した。この時フォルテはPETを見られる可能性を危惧し先に戻っていた。実に優秀だ。
コピーロイドの事件から数日後、インターネットのとあるエリアには数多のナビが集まっていた。原因不明な事件が多発する中、インターネットの利用も自粛ムード中であるが、それを考慮しても集まったナビ達の量はかなりのものだった。
「主は用事を適当に入れすぎなんです! 要件ごとにまとめた方が分かりやすいし、ミスも少なくなります」
『そうは言っても、私の仕事は常に変化が起きるから難しいのよ』
その集団の中心に設置された舞台上で、論争しあうナビとそのオペレーター。ナビの要望に対し、オペレーターが改善もしくはその理由を語り合う形で進行している。現在挙がる問題はオペレーターにも理由があり、すぐ解決とはいかないみたいだった。
「それでは皆さんにお聞きしましょう。この問題に対する意見や方法があったらぜひお聞かせください!」
それを察知して周りに声をかけるのは司会を務めるコモドだ。待ってましたかのように周囲から様々な意見が飛び交う。ナビも人間も問わずにだ。
『用途別にナビを複数用意するとか』
「時間ごとに目的の業務を決めればいいのでは」
『このプログラムとかどうだ? 値段は張るけど多分解決すると思うんだ』
三人寄れば文殊の知恵と言うがごとく、多くの意見が飛び交う中に解決法がある。それを選択するのはオペレーターとナビだ。多くのナビとオペレーターが居るからこその手段だった。
『勧められたプログラムは盲点でした。試しに取り入れてみます』
「私も作業の仕分け方を取り入れていきたいと思います」
「皆さんのおかげでまた一組、問題を乗り越えることができました。ありがとうございます!」
同時に湧き上がる歓声。開始から二時間が経つが、その熱気は未だに収まる気配を見せない。そうこうしているうちに新しくナビが舞台に上がっていく、隣の画面には新しいオペレーターが映る。コモド司会の元、新たな議題が挙がった。
『フォルテが誘うなんて天変地異の前触れかと思ったけど、見に来てよかったよ』
「ナビとオペレーターの両方が参加する企画と聞いてな……お前も暇だったのだろう」
熱斗とフォルテは離れていたところからこの催しを見ている。休日の朝になって普段は起こそうともしないフォルテがいきなり「付き合え」とか言い出したのは熱斗の意識を一瞬で覚醒させるほどだった。
因みに先ほどのプログラムを勧めたのは熱斗だった。元々イベントは積極的に参加するタイプだったのもあり、休日の用事はこれで埋まるだろうとフォルテは読んでいる。
そう言えばと、熱斗が切り出したのはコモドのことだった。
『そういえばコモドとはどこで知り合ったんだ?』
「お前の父の頼み事で調べていた時にだ。中々ない考えを持つナビに興味ができてな」
『それってどんな?』
「要約すれば自由な生き方だな。聞き入るものも多かったぞ」
『自由な生き方……自由……』
――ジ……ジユウ………ジユ…ウ
『……まさかな』
「どうした?」
『……なんでもない』
人となりも知らないのにフォルテの友人を疑うのは良くない。一抹の不安を覚えるも熱斗はそれ以上コモドについて聞くことはしなかった。その考えが間違いだったと気づくのはすぐだったが……。
――それは、突然だった。
「では時間も少なくなったので、最後に特別ゲストの登場です!」
最高潮だった熱気が少しだけ弱くなる。全く情報が無かったのか、どよめきは次第に強くなっていく。そして現れた特別ゲストを見て、フォルテと熱斗は戦慄する。忘れもしないまだ記憶に新しい“反逆”を宣言した白いナビ。
「初めましてナビの皆さん。そして……愚かな人間諸君」
スラーは凍てつくような笑みを浮かべ、あの日と変わらない憎しみを込めた挨拶をする。その恐ろしさを知らないナビ達はパフォーマンスなのかと訝しんでいる。止めに行きたいものの、そこまでの距離が遠すぎる。既に結託しているのか、コモドがマイクを捨てて自らの声で何かを訴えかける。それを微動だにせずに聞き入れるナビ達。全ての仕掛けを理解した時には遅かった。
『バトルチップ“メガキャノン”スロットイン!』
「間に合うか!?」
腕の先はコモドに向けていた。思考は既に融合し、フルシンクロへ。最高速度で転送されたメガキャノンを転送完了と同時に発射する。キャノン系統の最高クラスは伊達ではなく、レーザーのような軌跡を描きコモドの元に突き進む。
「彼の邪魔はさせません。素晴らしい一手でしたが、距離が遠すぎた……」
『素手で……止めた!?』
スラーの手元から落ちるメガキャノンの弾丸だったもの。そして初弾を防いだ時点で阻止は不可能になった。
「ジユ……ジユウヲ!!」
「ニンゲ………ハイジョ!!」
無数のナビが虚空を見つめて叫ぶ。焦点は既にあってなく、正気なものは一人もいない。そして次々に虚空に転送されていき、近くにいたナビ達は獲物を見つけた肉食獣のようにフォルテに迫る。その量は最早河に見えるくらいだ。
『撤退するぞ!』
「……ああ」
止められなかった無念を押し殺して撤退を選ぶ熱斗。張りつめた緊張を解き椅子の上に体を預けるが、PETを握りしめる手は悔しさを介しているかのように強かった。
異変はすぐに起きた。数分後にインターネットの利用禁止、数十分後には現実世界での暴走が発生。規模もこれまでとは比較にならない物で、オフィシャルが最優先で対応に当たっているが収まる見込みは無かった。
現時点で外出禁止令が出ており、熱斗は部屋の中で何もできない現状に焦りを感じていた。PETの中にいるフォルテも口には出さないものの事態が切迫していることは十分に理解していた。
「このまま何もしないのは俺の性に合わない……」
沈黙を破ったのは熱斗だった。机に向き合い手持ちのバトルチップを整理するように配置していく。今までの戦いの中で手に入れてきた証は数多く、同時に取り戻せないかつての日々を思い出させるようで、自身の傷を切開するような行為だった。
だが今の熱斗にそれを受け入れられないような弱さは無かった。スラーの脅威が再び彼に戦うことを思い出させたからだ。だから熱斗は恐れない。
「フォルテ」
『何だ?』
「あいつを……コモドを止めたいんだ。力を貸してくれ!」
フォルテは熱斗のナビではない。出会った日に決めた約束を互いに守り続ける関係だ。そして熱斗にとって身を投じようとする戦いは、自分だけではなくフォルテ自身の命を懸けることになるほどのものになるとどこかで確信していた。それらを言外に含めた頼みは正しくフォルテに通じた。
『……懐かしい顔だ』
「え?」
『俺が認めた強者の顔つき……そうだ、それでこそ光熱斗だ』
フォルテはその名に恥じない強さを持つ。同時に強さを持つ者に敬意を持っていた。しかし自身の内に眠る能力が無限に自信を強くしていく度に、ただ虚しさだけが広がっていった。人間の憎しみだけになったのもこの頃だ。
その中で見つけたのがロックマンという光だった。人間と共にどこまでも強くなっていく……自分とは異なる道を貫いた彼に出会ったあの日に、憎しみだけ残ったはずの心に強さへの衝動が蘇った。
――だからロックマンがどこにもいないと知ったときに、フォルテの中には何も残ってなかった。
人間への憎しみも、強さへの衝動も無くなったフォルテは存在する理由が無くなっていた。しかし僅かにあった人間への興味……それが無ければフォルテはただ破壊するだけの獣になっていたのかもしれない。
その後熱斗に出会ったあの日、その僅かにあった興味が大きく変化した。
――ロックマンを失い空虚になった同じ者。
直感でフォルテは理解した。そしてロックマンが自らを懸けてまでも守りたかった存在に強く惹かれた。その時の彼に強さなど何も感じなかった、それでも時間は腐るほどあった。自分が追い求めた強さを見せてくれれば僥倖。そうでなくとも他にすることもなかった。
――そして今、目前に立つ彼は強さを持って向き合っている。
フォルテはこの瞬間、過去を全て捨て去った。世界初の自立型ネットナビも人間への憎しみも捨て、刻まれた自身の名前の通り強さの探求者として先を目指していくことを決めたのだ。唯一認めたオペレーターを前にして。
インターネットに掛けられたセキュリティを突破し、コモドがいるであろう広場に急行するフォルテ。眼下では洗脳されたナビとオフィシャルが交戦しているが、圧倒的な物量の前に攻めあぐねており、場所によっては反対に蹴散らされているところもあった。
それらを乗り越えてたどり着いた広場には案の定コモドはいた。全く変わらない陽気な表情で、ひどいだみ声もそのままで。
「また来たんだねフォルテ……戦いたくはないんだけどな」
『だったらみんなを元に戻せ! この騒動の原因はお前なんだろ!』
「それは無理だよ。今止めちゃったらつまらないじゃん」
「つまらないだと……貴様の理想とはこれなのか?」
コモドの言葉に嘘はなかった。ナビが自らの意志をもって、オペレーターと共存する生き方を創ろうとしていたことにも嘘はなかったはずなのだ。フォルテには理解できなかった。
「理想とか今はどうでもいいんだよ……邪魔をするなら容赦はしないよ」
「っ!? 実力行使か……」
陽気な顔を崩すことなく、しかし吹き上がる敵意は紛れもなくコモドから発せられていた。同時に距離を詰めてくる洗脳ナビ達。前よりも量は少ないとはいえ、多数を相手にするのは避けられない。
「ホウイホウゲキ!」
先に動いたのはコモドだった。彼の指揮の名のもとにフォルテの周囲から襲い掛かる砲弾。回避不可能のそれに答えるのは数分前にオペレーターになった彼だ。
『バトルチップ“ユカシタ”スロットイン!』
「地中に逃げた!?」
逃げ場がないのなら作ればいい。それを体現するように砲弾の豪雨から逃れたフォルテをコモドは見つけることができない。そしてその背後から躍り出たフォルテは一撃で蹴りをつけるべく必殺の一撃を放つ。
「喰らえ!」
「ミガワリボウギョ!」
瞬間。コモドの目の前に転移されるナビ。コモドを貫くはずの一撃は別のナビに突き刺さった。それが限界だったのだろう。信じられないようなものを見るような目で虚空を見つめた後、データの海に消えていった。
「貴様……」
「次はこっちの番だ! イッセイトツゲキ!」
コモドが大きく後退すると同時に、入れ替わるように無数のナビがソードを向けて突っ込む。濁流のように襲い掛かるナビ達に巻き込まれれば、切り刻まれるのは必至だった。
「洗脳したナビを用いた攻撃が奴の戦法か……」
『付き合う必要はない! これで距離を詰めるぞ!』
エリアスチールによる移動で、集団を空間ごと飛び越えるフォルテ。その勢いを持ったまま右手を突き出す。それに合わせることを承知で、熱斗に託す。コモドが望んだナビとオペレーターの姿だと見せつけるために。
『そのまま背後に!』
「ああ!」
右手を戻し、押しのけるような形で回避を選択する。コモドに触れる寸前で聞こえたのはナビを目の前に召喚するあの技……フォルテ自身が何もしないなら、それも無意味に終わる。
目の前から追い抜く形でフォルテの姿を失ったため、大きな隙をさらすコモド。それを狙った熱斗と、隙を逃すことなど欠片もあり得ないフォルテの考えは一致していた。
『新しく手に入れたチップだ。これで決めるぞ!』
熱斗が転送したのは祐一朗から手に入れたバルカン系最新チップ“スーパーバルカン”。そしてその性能を最大限生かすために購入していたサポート用チップ“アタック+30”だった。
装備されるバルカン砲に周囲から現れた3つのエネルギーが吸い込まれていく。狙いをコモドに定めて解き放った。一発一発にサポートチップの威力強化が発生し、数の暴力を持ち味としたコモドにとっては意趣返しのようなものだ。
「あががが……痛いよ……」
勝敗は決した。役目を終えたバルカンが姿を消し、フォルテは満身創痍のコモドに近づく。既にデータのほとんどを破壊されていて、後は消去されるのを待つだけのみだった。今も、その身を裂くような痛みが続いているのだろう。うめき声は止まらなかった。
「何故こんな真似をした。スラーに操られてでもいたのか?」
「そうじゃないよ……スラーに誘われたのは事実だけど、選んだのはおいらだ」
『何でだよ! お前はナビとオペレーターの向き合い方を考え続けていたんじゃないのかよ!』
「違うんだ人間……おいらは“楽しい”を司る自立型ナビ……楽しいと感じたものがあればそれを遂行することを命じられた存在なんだ……だから反乱を起こした方が楽しいと感じたら、それをやるのがおいらなんだ……」
『そんな……』
陽気な表情は決して変わることは無い。声も息も苦しいのに顔だけは絶対に変化しない。コモドは変わらなかった。ただ役目を変えることはできなかっただけの、悲劇だった。
「その名に刻まれたことをしたのだな……」
「そうだよ……だから後悔もしないよ。でも迷惑をかけたのは反省した方がいいのかもね……だってフォルテは“悲しんでいる”から」
「俺が悲しむだと……」
「おいらを誰だと思ってるの? 楽しさを司るナビだもん。人の感情にはそれなりに敏感だよ」
あのだみ声にもノイズが混じり始め、コモドの最期が迫っていることを示していた。既に体の半分は無くなっている。それでもコモドの表情は変わらない。本当ならどんな顔をしているのか……それでも笑顔を貫いたのか……。
「じゃあねフォルテ。おいらが描いていた人間との形を見せてくれてありがとう」
それを最後にコモドは虚空の中に消えていった。その存在の欠片ですら一つも無かった。全てのナビに等しく訪れる最後の時。美しくも儚いものだった。コモドがいたことを忘れないようにかみしめてから、フォルテは姿を消した。あえて声を掛けなかったオペレーターの元へと。
「コモド……俺はまだ人間が分からない。しかしお前が言う繋がりが俺の求める強さに繋がっている……それだけは分かる気がする……あいつと共になら」