王港の一族   作:鈴本恭一

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⑬帰郷と企て

 10月31日。

 アメリカ合衆国・東海岸。

 マサチューセッツ州キングスポート。

 

 夕刻。

 

 

「……なんて言った? 今」

 

 家長は娘に問う。

 

 

 街を包むハロウィンの喧騒も、貧困地区のさらに陰気なダイナーには届かない。

 

 黴臭さと錆の匂い、それらの冷たさに満たされた夜のプレハブ食堂。

 

 

 そこで一家の全員を前にし、

 

「クリスマスの儀式、私達は天の国にいく」

 

 イヴは淀みなく応えた。

 

「……」

 

 イヴの全く物怖じしない言い方に、父や兄姉たち、叔父叔母、従兄弟らが強く困惑する。

 

 

 

 夕方になり、ハロウィンの仮装行列が始まり、本格的に街が賑やかになった時分。

 

 イヴは一ヶ月ぶりに戻ってきた。1人で。

 

 

 黒いトレンチコート、黒いセーターとデニムパンツ。革のアタッシュケース。

 全身を黒で固め、栗色の髪を軽く結んだ娘は、燃える双眸でダイナーの扉を開けた。

 

 

 イヴはただいまも言わず、一家に向かって言い放った。

 

 

 

 

 ―――――天の国に行くよ。

 

 

 

「どういうことだよ。だいたいてめえ勝手に出てって何いきなりヌかしてやがる。あのクソタッレ女はどうした?」

 

 長兄が唾を吐きながら、忌々しく睨み付ける。

 

 その敵意の瞳を向けられても、イヴは微動だにしない。

 

 彼らが見たこともない強い瞳で、彼女は長兄を見据える。その眼差しに、彼は思わず唾を飲んで押し黙った。

 

 イヴは一家を見回す。

 

「アリアナは原子力発電所を襲った。核燃料を強奪して、18億キロジュールを手に入れたよ」

 

 

 ざわっ、と動揺が走る。

 

 

「……18億、だと?」

 

 父が信じがたいという口調で呟く。

 

 彼ら一家が1年間で貯められるエネルギー量は、どれだけ快調にいっても1億から1億5000万キロジュールがやっとである。

 しかもイヴの一家は一族の中でも上位のグループであり、大部分の分家たちはせいぜい数千万キロジュール。

 

 アリアナが単独で稼いだエネルギー量は、まさに桁が違っていた。

 

「でもアリアナは満足しなかった。まだまだ原発を襲う気でいた。私はそれ以上付き合ってられないから、報酬だけもらって帰ってきた」

「報酬?」

「これ」

 

 イヴは手に持っていた革製のアタッシュケースを、テーブルの上へ無造作に置いた。

 

 留め金を外し、中身を全員に晒す。

 

 

「こいつぁ……」

 

 ざわめきが再び起きる。

 

 

 羽枝の生えた触手の塊。

 

 

 刀剣めいた突起状のブレードが枠のように組み合わされ、触手の塊を格納している。

 さらにその上を黒いつる草がぐるぐると巻きつき、しっかり固定していた。

 

 ソフトボールほどの大きさの塊は青白く発光。熱を帯びている。

 

 

 その奇妙な塊が、全部で4つ。

 

 

「アリアナの触手」

 

 息を呑む一家へ、イヴは言う。

 

「ウランのエネルギーを触手に込めて、力が逃げないようキギが抑えてる。これが私の報酬」

「原発のか……」

「1つで2億。全部で8億キロジュール」

「8億!?」

 

 兄らが叫ぶ。

 

 イヴは頷く。

 

「これで私達は天の国にいく」

 

 色めき立つ一家の面々。

 

「ほとんど取り分半分じゃねえか……気前が良すぎるぜ」

「今まで貯め込んだ分と合わせりゃ余裕でぶっちぎれるな」

「行けるぜ親父!」

「け、けどよ……」

 

 従兄弟の1人が表情を曇らせながら問う。

 

「アリアナの奴はまだ10億キロジュールあんだろ? その上また原発襲って十何億って稼がれたら勝ち目はないぜ?」

 

 その懸念に、イヴは首を横に振って応える。

 

「アリアナは、もう原発から盗めない」

「なんでだ?」

「発電所の警備に軍隊がつくようになったから。ほとんど常駐してる。もうこっそり盗むことも正面から突破することも出来ない。たとえアリアナでも」

「原発じゃなくったって、ガソリンスタンドから根こそぎガスを奪って稼ぐかもしれねえだろ?」

「だから、私達は同盟を組まないといけない」

「同盟?」

 

 イヴは頷き、そして宣言する。

 

 

「一族全員で天に行く。アリアナを除いて」

「……」

 

 

 誰もが言葉を失った。

 

 深刻な困惑。

 なんと言って返せばいいのか分からない彼らへ、イヴはさらに言い放つ。

 

「国中のあちこちに散らばってる一族全員を、この8億キロジュールで使ってひとつに纏める。そうしないとアリアナには勝てない。私の言ってることに協力しないなら、みんなにこの8億は使わせない」

 

 言って、イヴはアタッシュケースを再び閉じた。

 

 悠然とした足取りでダイナーの出入り口に歩を進める。

 

「ど、どこに行く?」

「ウォーターストリートのハーバーホテルに部屋とってるの。明日、他の一家のところに行く準備しといてね」

「明日だと!?」

「アリアナはこっちを待ってれくれないからね」

 

 動揺する一家に対し、イヴは淀みない足取りで出入り口に近づく。

 

 あ、と思い返したように振り向き、

 

「言っとくけど、もう暴力で私を従わせるのは無理だから。夜に襲ってきたりとかしないでね」

 

 そう言って振り向いた。

 そのイヴの様相に、一家の全員が言葉を失う。

 

 

 凄絶な色香の相貌。

 鋭利な眼差し。

 顎を少し上げ、見下ろすような目線を放つ。

 

 彼らの知っているイヴではなかった。

 

 

 そんな中、父親だけはなんとか声を絞り上げ、彼女に問う。

 

「おい、イヴ。ロバートはどうした」

 

 その問いかけに。

 

 イヴは微笑んだ。

 

 艶やかな朱の唇で。

 

 

「殺したよ。私が」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 ホテルのシャワーを浴び、明かりを消してベッドに入ったイヴ。

 

 部屋は最上階だ。

 

 遠くからまだ喧騒が響いてくる。ハロウィンの狂騒はこのキングスポートとて例外ではなかった。

 

 ウォーターストリートは、キングスポートの北側を支配するあの巨大な断崖の真南にあった。

 

 キングスポートで最も最初に入植が始まった歴史ある地区であり、現在は空き家や空き倉庫が軒を連ねる空虚な場所。

 そこより西に広がる新市街は、新しい裕福な住民が多く住む。彼らを対象にした商店街や整備された街頭が、キングスポートの宴を祝っている。

 

 窓へ僅かに入ってくるそれらの明かりに労られながら、イヴはベッドで横たわった。

 

 

 その窓に、影がひとつ。

 

 

 影は窓枠を開けることなく、不可思議な触手で物体をすり抜け、部屋の中へ魔手を伸ばす。

 

 動物の内臓と木の根を合成させたようなその触腕が、イヴのベッドへ忍び寄る。

 

 

 ベッドの脇に置かれたアタッシュケースへ。

 

 

「――――ちゃんと警告したのになあ」

 

 

 煌めきが翻る。ベッドの下から。

 

 

 次の瞬間、部屋の中へ侵入した触腕がずるりと両断された。

 

「!!」

 

 窓の外で狼狽が起きる。

 

 ベッドの下から放たれたものが疾駆。窓を突き破る、何本も一斉に。

 

 それは黒いつる草だ。刀剣めいた突起を備えた先端で、窓の外の不埒者を捕捉する。

 

 窓の外、排水管へよじ登っていた不審者は新たに触手を肩から顕す。

 ウミユリめいた器官が、何本もの触手をつる草へ攻撃した。

 

 つる草は矢のような鋭さで夜気を引き裂く。

 

 黒刃が羽枝つきの触手を悉く斬り飛ばし、そのまま不審者へ剣撃の嵐を喰らわせた。

 

「がっ! ぁぁあああああっ!!」

 

 全身を切りつけられた不審者は地面に落下。受け身も取れず、背中から地へ叩きつけられそうになる。

 

 

 

 つる草の剣群が、彼の全身を突き刺し、中空で縫い止める。

 

 そしてそのまま屋上へ運ばれ、空中で宙吊りにされた。

 

 そこへ容赦なく襲いかかる黒剣たち。

 

 何度も何度も刺突し、手足も胴体もまんべんなく傷つける。

 

「や、やめ―――」

 

 悲鳴を上げそうに鳴る口へ、剣を一本、強制的に咥えさせる。

 咽頭を貫き、口内や舌を鋭い刃がずたずたに傷つける。その悲鳴も押し殺され、血飛沫だけがただ上がる。

 

 返り血をいくら浴びようが、黒の剣は委細構わず斬り刺し突く。

 

 誰も観ていない殺戮。

 

 イヴはベッドに横たわる。

 

 

 例外は突兀とそびえる巨大な断崖。

 

 そのさらにさらに上で、見えないはずの明星だけが、血みどろを見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 騒々しいハロウィンの狂乱の夜。

 ごくごく少数の者だけが、緑色の炎が空に昇って散るのを見た。

 

 

 

 

*****

 

 

 昨夜ウォーターストリートで男性の悲鳴が聞こえ、近隣住民が警察へ通報したが、何も発見されなかった。

 ただハーバーホテルの屋上だけは、入口の鍵が壊れていて確認不能だった。

 

 

 そのホテルの屋上で大量の血痕が発見されるのは、数日後のことである。

 

 またキングスポートの波止場で身元不明の遺体、かろうじて人間だったことが分かるほど激しく損壊したそれが見つかるのも、しばらく経ってからのことだった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 翌日の朝。

 

 一家全員が揃ったダイナーで、イヴは言った。

 

 

「兄さんは私の話聞かなかったね」

 

 

 微笑みながら告げるイヴに、誰も言い返す者はいなかった。

 

 青ざめて力なくうなだれる一家へ、

 

 

「じゃ、行こっか」

 

 

 イヴは笑った。

 

 朗らかに。

 爽やかに。

 

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