12月25日。
アメリカ合衆国・東海岸。
マサチューセッツ州キングスポート。
夕刻。
宵の明星が西の空に輝く。
艶やかな橙色と神秘的な紺色が織りなす黄昏の空。
西から伸びる遙かなるミスカトニック川が眩く海に注がれる。
大西洋の潮風は東から冷たく聖夜を運んできた。
「さむい」
イヴは白い息を吐き、フード付きの外套に包まれた体を震わせる。
キングスポートの北側には、ミスカトニック川と市街地を隔てる岸壁がある。
高さ700メートル以上の巨大岸壁は、キングスポートを睥睨するようにそそり立つ。
その頂で、イヴは海と街を見下ろしていた。
クリスマスの喧騒はハロウィンの比ではない。
朝からずっと活気が溢れ、最高気温5℃にも届かない空気を光と温かさが緩やかにほだす。
太陽が西の陸地へ沈み、残滓のような山吹色を空に刷いた。
東の大海は仄暗く、夜の黒になりきれない夕闇の濃紺が東の天を牛耳る。
明星が煌めいた。
「いよいよだね、キギ」
イヴは友に呟く。
この2ヶ月で、分かたれた一族の全てが連合に加わった。全部で22家。
その一族は昨夜、キングスポートへ入った。約束を違えず。
イヴも昨日やってきた彼らの顔を見て、きちんと確認を取った。
結局キングスポートの連合に入るそれぞれの一家全てから、イヴは抱かれた。男達からだけでなく女達からも。老人から子供まで。俗世での最期の悦楽だからと。
だからイヴは、彼らの顔が分かった。見れば分かる。
イヴの顔を見れば、彼らは皆一様に怯えと不安で目をそらす。
だれひとり、イヴの神色自若な瞳を崩すことは出来なかった。
肉の快楽は確かに得られたが、イヴが何を考えているのか理解できず、その不安が心に傷を作る。
イヴはこのとき、一族で最も優位にいた。
「……一番星だ」
イヴは西の空を仰ぐ。
キングスポートの中央を盛り上げる丘、セントラルヒルが見えた。
その頂上にあるのは、廃墟となって久しい教会。
古ぼけてはいるが今なお屋根に掲げられた十字架に、宵の明星がかかる。
クリスマスツリーの頂きを彩る、ベツレヘムの星のように。
君臨のように。
「----^^^^--~^~~~--^~」
セントラルヒルから、かすかに歌が流れてくる。
「………」
イヴは耳を澄ませる。
歌なのか、音なのか、言語なのか、判別できない。
「----^^^^--~^~~~--^~^^^--~^~^~----^^^^--~^~~~--^~^^^--~^~^~」
その名状しがたい波長はセントラルヒルから全ての方向に響いて流れ、キングスポートを裏から密やかに染んでいく。
クリスマスの喧噪に浮かれる住民達は、この秘密の詠唱に気付かない。
イヴはこの声を知っていた。
カナダ、セントローレンス湾で。黄金の亀裂と共に。
イヴは目を細め、胸を拳で押さえた。
「―――――儀式が、始まる」
そう呟いた、直後。
イヴの背筋に衝撃が走る。
「!!」
イヴは振り向く。
北を。
ミスカトニック川の向こう、かすかに見えるアーカムの辺縁。
町と町の中間地帯。無人の原野。
そこから、何かがイヴを見付けた。
イヴには分かる。
理解する。
「来た」
満面の喜色で、イヴが微笑む。
その時が、ついに来たのだった。
*****
23時。
イヴの一家は隠れ家のバラック群から、表通りのグリーンレーンへ出た。
イヴは白く濃くなった息をひとつ吐き、フード付き外套を整え、仮面を被る。
花火と花吹雪をあしらった仮面。
一家の他の者達も、思い思いの仮面を付けている。
イヴはその手に革製のアタッシュケースを持っていた。8億キロジュールの塊が入った、一族の切り札だ。
イヴを含めた13人が、グリーンレーンからサークルコートへ入った。街の歴史上、最も最初に舗装されたその通りを、彼らは沈黙と共に進む。
街は静まりかえっていた。クリスマスの夜だというのに、物忌みでもしているかのような静寂さだ。
最も目立つ音と言えば……
「----^^^^--~^~~~--^~^^^--~^~^~----^^^^--~^~~~--^~^^^--~^~^~」
セントラルヒルから流れる詠唱は、止むことなく続いていた。
時間が経つに従ってキングスポートの喧々とした物音は鳴りを潜め、逆に音界の最奥にいたはずのあの詠唱が、どんどん大きくなっていった。
いまや人為の結晶である市街地とは思えない沈黙が、キングスポートを支配していた。
………キングスポートの変異は、音だけではない。
アスファルトや石畳で舗装されたはずの路地が、サークルコートを除きことごとく地面を剥き出しにしている。
近代的な一般住宅や商業ビルは見られず、切妻屋根や
あらゆる家から煙突が長々と伸び、その連なりの中に風見や尖塔が時折見られた。街そのものが、夜天へ諸手を挙げるかのように。
キングスポートの名物である路面電車や軌道も見当たらない。
まるで20世紀から、1692年のセイラム魔女裁判があった時代に迷い込んだような、そんな異様な世界に変わり果てていた。
そして最も奇妙なのは、セントラルヒルの頂上に立てられた教会の頭上。
明星。
あの宵の明星が、変わらずぎらぎらと煌めき鎮座している―――23時を過ぎているというのに。
変わり果てたキングスポートの大通りに、一家は出る。
セントラルヒルに続くその大通りには、一族の者達が家ごとに集まりながら歩いていた。
他の住民は一切姿を見せない。
姿どころか、人間がどこかに住んでいる気配さえない。
一族しかいない街。
*****
一族は黙々と進み、セントラルヒルの丘腹に建てられた教会墓地を抜け、ついに頂上の教会へ辿り着いた。
教会の入口は開かれ、その黒々とした間口の中へ一族が列をなして潜り込む。
イヴは最後尾からそれに続いた。
寒々しい講堂の奥へ一族の列は続く。
説教台の脇に地下へ続く階段があった。
皆それを降っていく。
地下には石と土を組み合わせた階段があった。
土壁はあちこちに深い孔が穿たれ、虫食いか、でなければ未知の地下茎による植生の痕跡を思わせた。
キングスポートの地下に根付く何か。
ことさら冷え冷えとした陰気な空気が、暗黒を満たす。
か弱いランタンの明かりさえ凍るような熱のない暗闇を、一族は降りていく。
階段は折り返し、カーブし、螺旋状になり、また折れ曲がり、と落ち着く様子を見せない。
ただ、下降する以外の方向、平らになったり上へ昇ったりといったことは一度たりともなかった。
ひたすらに地下の底の底へ降りていく。
………そうやって、いったいどれだけ地下を降ったのか。
ついにイヴは、階段の幅が急に広がっている場所に辿り着く。
巨大な縦穴だった。
無明の暗黒に慣れたイヴの瞳に、淡い黄色の明かりが染みこむ。
イヴを含めて一族の者達242人が横に広がってもなお充分なスペースの余裕があった。
穴の高さは分からない。
穴の壁面のあちこちで灯る黄色の明かりは、上に行くほど数が少ない。その光量では天井を照らすことが出来なかった。
そしてその黄色い明かりの形に、イヴは瞠る。
Y字の物体。
淡く光るその物体は掌より少し小さく、葡萄に似た細い枝でそれぞれつながっていた。
壁面を這う枝は地面から伸び、また地面の枝もある場所から分岐して伝っている。
イブはその無数の枝が、全てひとつの場所から伸びていることに気付いた。
縦穴の奥、一族の者達全員が見ている先。
川だった。
縦穴の底を横に貫く、一本の黒い川。
水面とほぼ同じ高さの穴が壁面に穿たれ、そこから水が流れ込んでいる。
川の行く先も同様。壁に穿たれた穴へ大量の水が注がれていく。
川の幅は、明かりが全く無いので見通せない。暗黒だけが対岸で主張している。
………その地下河川の岸辺に、誰かがいた。
だいぶ小さい。
背丈はイヴの腰ほどしかない。
なぜ崩れていないのか不思議なほどのボロ布をローブにし、それが全身を覆っている。肌の露出は一切ない。
フードの下はやはり仮面。
抽象的な意匠ではなく、 柔和な好々爺の面だった。
元はかなりの繊細さを誇っていたであろう、人の顔を精緻に再現した仮面。
その仮面の深い皺に、上古を物語る亀裂がいくつも走っている。
幅広の袖にくるまれた両腕は、大きな古書を恭しく抱えていた。
そんな小人の足元、大きいローブの裾が地面を覆っているところから、あの葡萄めいた枝が無数に伸びて広がっている。
「………」
だが何よりもイヴの注意を引いたのは、小人が仮面の下からもたらす異音だった。
「----^^^^--~^~~~--^~^^^--~^~^~----^^^^--~^~~~--^~^^^--~^~^~」
日が暮れてからずっと響き続けているあの名状しがたい詠唱が、明らかに小人から響いていた。
どんな国の言葉とも、むしろどんな生き物とも異なる声。
その小人に対し、一族の者達は頭を下げ、礼する姿勢を取っていた。
「
イヴの父がそっと耳打ちする。
「なんの?」
「……」
父親は応えなかった。
その代わり、イヴの持つアタッシュケースを目線で示す。
気付けば、一族の各家長達がイヴを振り返っていた。
イヴのアタッシュケースに。
イヴは頷き、アタッシュケースの鍵を解除し、開く。
羽枝の生えた触手が、黒いつる草に覆われている奇妙な2つの塊。
本来は4つあるが、うち2つは約束を違えなかった礼として前祝いを兼ね、前日に全員で吸収した。
イヴを除いて。
イヴは開いたアタッシュケースを全員の方へ掲げ、
「いいよ。みんなで食べて」
と告げる。
その途端、241人全員から一斉に触腕が伸びた。
木の根と内臓を合成したような人外の器官が、我先にとアタッシュケースへ殺到する。
イヴの一家も同様だった。父も兄も叔父叔母も従兄弟も誰も彼も。
アタッシュケースはイヴの手から強奪され、あっという間に触腕のおぞましい濁流に呑み込まれた。
触腕達はそれぞれ糸と皮膜を伸ばし、4億キロジュールのエネルギーを吸い込み始める。
241人で分け合ったとしても、1人あたりガソリン50リットル分のエネルギーを吸収しなければならない。
この1年間で貯め込んだ分と、前日含め40時間かけて吸収した4億キロジュールの力で、アリアナの触手が残したエネルギーの塊を貪っていく。
イヴは彼らの饗宴をよけて、川辺に近付いていった。
あの小人のもとへ。
地面を覆う無数の枝に気を付けながら、イヴは小人へ近寄る。
体を屈ませ、目線の高さを合わせた。
仮面を外し、名代と呼ばれたそれへ微笑む。
「はじめまして。私はイヴ」
小人は返事をしない。
しかしその罅割れた笑む老人の仮面を、確かにイヴへ向けていた。
「こっちはキギ。よろしく」
イヴは袖口を見せ、そこから伸びる黒いつる草を少しだけ晒す。
すると、老人の仮面を付けた名代がぴくっと体を揺らす。
音もなく、小人のボロボロの袖から枝が伸びてきた。
細く小さなその枝先が、イヴの袖口へゆっくり近付く。
キギがゆらゆらと揺れながら、葡萄めいた枝を迎えた。
2つの草木はくるくると枝と茎を擦り合わせ、巻き付いたり離れたりし、空中をたゆたった。
踊るように。遊ぶように。
イヴは口元を緩ませた。
「嬉しい。キギに友達が出来た」
草と木が戯れる様子に、彼女はゆるやかな溜息をつく。
「あなたが、受付? 儀式の?」
名代はイヴに向けていた老人の仮面を頷かせることで応える。
そっか、とイヴは微笑む。
「私達は、天の国に行くの。キギも一緒」
キギの黒い茎を撫さすりながら、イヴは愛おしさを込めて言う。
「キギがあっちに行ったら、仲良くしてあげて」
名代は言葉を返さない。
それに代わり、名代はふと頭上を見上げる。
イヴもつられて天井を見た。
光の届かない暗黒の天穹が彼らを見下ろしている。
名代はそれを仰ぎながら、さらに詠唱を強くする。
「--~^^^^~--^~^^^-----^^^^--~^~~~--^~^^^--~^~^~----^^^^--~^~~~--^~^^^-~~--^~^-~~~--^~^^~^~」
これに呼応するように、縦穴の天井が変化を見せる。
天井はその暗黒の密度を急激に薄めていった。
瞬く間に透明化し、冬の星空が遥か高みに広がっている。
その夜空の中央に、何よりも輝かしい星がひとつ。
明星。
「………イヴ、こっちはもういい」
頭上に広がった星空を見上げていたイヴに、背後から声が掛かる。
イヴは腰を上げ、振り向く。
そこには父親と、240名の一族の者達がいた。
誰もが内臓めいた触腕とウミユリめいた触手を力強くくねらせ、イヴを見据えている。
彼らの触手や触腕は青白く発光し、ほのかに帯電。
その482個の瞳に、あの不安と怯えの色はなかった。
全員で8億キロジュールを吸収しきった自信と連帯感、そして彼ら自身の蓄えていたエネルギーを合わせた総計19億キロジュールが、イヴへの恐怖を跳ね除けている。
今の彼らは、カナダの原発からエネルギーを強奪したアリアナすら凌いでいた。
かつてないほど力に満ち溢れた父親が、イヴに並ぶ形で名代へ一礼する。
名代は古書を掲げる。
ページが音もなくひとりでに開き、白紙を示す。
「失礼」
父親は懐からペンを取り出し、そこに記す。
「いと尊き御方の名代よ」
ペンをしまった父親は膝をつき、頭を垂れる。
「かつて天上に
父の厳かな言葉に合わせ、一族全員が膝をつく。イヴも倣う。
「主上の宿願を果たすべく、我らキングスポート大連合242名は主上の御ためこの一年、力と熱とを集め、昇天の一翼となるべく励み勤めて参りました。嗚呼、高貴なる12の翼を持つ悠久の御方」
「「「悠久の御方」」」
「此岸の力と現世の熱を、今ここに主上へ捧げ奉る。願わくば我らを天上の都へ
「「「永遠の御方」」」
一族が合唱する。
名代が詠う。
「--~^^^^~--^~^^^-----^^^^--~^~~~--^~^^^--~^~^~----^^^^--~^~~~--^~^^^-~~--^~^-~~~--^~^^~^~」
縦穴にさらなる変化が起きた。
透明になった天井の端から、今度は壁が透明化を始める。
暗闇が次々と晴れていき、その奥から町並みが姿を現す。
星明かりに照らされた、キングスポートの姿。
イヴが夕方に見た町並みとは似ても似つかない、この時代の大陸にあるはずがない街。
セントラルヒルは消滅し、逆に大きく窪んだ盆地となっていた。
丘は消え、窪地が出来、そこを川が流れている。
その窪地を囲むように、尖塔と風見と無数の煙突をあげた、キングスポートの街があった。
そして盆地を横切る大きな川。
キングスポートにない川の向こうに、盆地の傾斜が見えた。
傾斜を超えた町並みの先に、海が見える。大西洋。東の方角。
川の東に位置するその対岸だけは、暗黒が維持されていた。
そのため反対側の川辺は一切見えない。
「あの川を渡る」
父親はゆっくり立ち上がり、川の向こうの斜面を指さす。
「あの暗闇の対岸に、あの御方がいらっしゃる」
父親は笑う。溢れてこぼれる歓びに。
満願の思いを込めて、彼は言う。
「俺たちは天へ行くぞ」
「………ごめんね」
恍惚とする父親へ、申し訳なさそうな声で冷や水を浴びせたのは、イヴだった。
唐突な彼女の言葉で困惑する父や一族達を尻目に、イヴはすたすたと名代へ近付く。
一族の視線を浴びながら、イヴは名前が書かれたページへ、ペンを取り出して修正する。
「なんのつもりだ、イヴ……!」
父親が激昂する。
イヴは振り返らず、そのページに新たな名前を書き加えた。
「う、裏切りやがったのか!?」
「馬鹿がッ、もう8億は全員で頂いた!」
「てめえが何しようが俺たち全員より少ねえエネルギーで何が出来る!」
「胸と尻の肉ばっかつけて頭の栄養が足りてねえなあ!」
「しょせんは種付け女なんだよ!」
罵詈雑言を一斉に浴びせ始める一族の者達。
イヴに絶対的な余裕で見下された自尊心が、ここぞとばかりに悪罵を吹き出していた。
が、
「私達は太陽を目指す」
振り向かないまま、イヴは告げる。
揺るぎのない声で。
「教会の神様に並ぶものなんて何もないように」
イヴの袖から黒いつる草が伸びる。
すひんすひんと空を切りながら。
何本も何本も。
「月と星を全部合わせても、太陽の光に敵わないように」
黒い剣状の突起を先端に備えた、イヴの友。
一族の者達がざわっと身構えた。
キギが顕れる。
「神様のこしらえた炎の力で、私達は太陽を目指す」
そしてイヴは書き足した。
「あなた達は、私達に勝てない」
そして、イヴは振り返った。
絶対強者の微笑みで。
「ここにある、力が違う」
イヴ、天を仰ぐ。
一族の者も。
見た。
―――――――天から何かが降ってきた。
青白い光を帯びて。
流星のように。
元セントラルヒルの窪地に飛来。イヴのすぐ脇に着地し轟音が爆ぜる。
葡萄めいた木の根を圧倒的な力で踏み潰し、激しい震動が土煙を上げ、土砂を一族へ強かに浴びせた。
その土埃が晴れ、星明かりと黄色い灯火によって、来襲者の姿が浮かび上がる。
………一族の誰もが戦慄した。
放埒に伸びた黒い髪。
刃物めいて鋭い長身と痩躯。
触手の塊を模した仮面。
大木を思わせる極太の、蒼く輝く触手と触腕。
一族の誰かがその名を呟く。
「―――――アリアナ」
その呟きに応えるように、アリアナは仮面を外す。
威力を秘めた鋭利な顔つきが、暴虐に笑んでいた。
アリアナはイヴの背後に立ち、腕を前に回して彼女を抱きしめた。
仮面を外していたイヴも、アリアナの腕の中で自分の両腕をあげ、アリアナの顔を手で甘やかに挟む。
黒いつる草と内臓めいた触腕が次々と絡み合い、接続していく。
「なぁ、イヴ」
アリアナは囁く。
イヴが応える。
「なに、アリー」
イヴの後頭部を野性的に嗅ぎながら、アリアナは言う。
「"原水爆少女団"はねえだろ、いくらなんでも」
くっくっと笑いながら、アリアナはぎゅっとイヴを強く抱き込む。手でイヴの体をまさぐる。感触を確かめるように撫でていった。
イヴは頬を膨らませ、
「かっこいいと思うんだけどなあ」
「まぁいいさ。お前が書いたんだから、折れてやるよ」
「すっごい上から目線」
「これから上に行くからな」
くすくす笑う。2人。
「て、てめえらやっぱりグルだったか!」
一族の者達が我に返り、警戒心と敵愾心で闖入者を迎え撃つ。
「だが馬鹿が2人に増えただけだ!」
「こっちは全員で19億を超えてる!」
「見ろよ! あっちは明らかに10億に届いてねえ! 連合を組んだのは正しかったってことだ!」
いきり立つ241名の一族へ、アリアナが肉食獣の相貌で凶悪に笑う。
「馬鹿どもがなんかほざいてやがんなあ!」
アリアナは触腕と触手を大量に伸ばし、イヴもキギへ指示してつる草を無数に生やさせる。
3種は複雑に絡み合い、エネルギーと物質の流入を開始した。
「イヴ! このクソ馬鹿どもに教えてやれよ! 私達がこれからすることを! ボビーが見付けたことをよぉ!」
アリアナの言葉に、イヴは頷く。
「アリーは原子力発電所は襲わなかった。でも、カナダで別の所を襲って貰ってたの。どこだと思う?」
―――イヴの肩から、生える。樹木が。
細く小さい枝葉を茂らせ、ナンテンのような赤い実をつけている。
その樹木は何本も何本も、イヴから生えていく。
すぐにイヴは樹とつる草を無数に生やす奇怪な塊となった。
しゅひんっしゅひんっ、とつる草が唸ってイヴとアリアナを覆い隠していく。
「重水プラントだよ」
怪奇な塊と化したイヴが笑う。
「カナダの原発で使ってる重水を作ってるとこ。そこからこっそり重水を盗んで貰った。どれくらい取れた?」
「ざっと6トン以上だ」
「わあ」
塊がくすっと零す。
その塊はあちこちに赤い実をつけている。
赤い実の数がどんどん増え、それをアリアナの触腕が包んでいく。アリアナはイブを抱きかかえたまま、自身を触手と触腕で覆い尽くす。
イヴとアリアナは今や、樹木と触手の複雑な多層構造物体となっていた。
すでに2人の体は草木と触手の巨大な塊に呑み込まれ、絶え間ない異形の蠢きで一族の者を威圧していた。
怪異そのもののような姿になったイヴとアリアナ。
それが喋る。
「アリーはその重水をウランのエネルギーで分解して、キギにあげてる」
「酸素と重水素をな。ついでにただの水も飽きるほど飲んで分解した」
「あとはキギがやってくれる」
イヴ・アリアナの構造体に埋もれた赤い実が、突如として発光を開始。
暗闇はおろか、淡い黄色の灯火や星明かりさえ脆弱であるかのように、赤光が容赦なく引き裂く。
その赤い実が内包するエネルギーは急激に高まり、一族の者達が後ずさる。
19億キロジュールの一族が。
キングスポートが震撼する。