王港の一族   作:鈴本恭一

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⑳不遜と奉納

 

 かつて、争いがあった。

 

 

 

 『彼』は敗北し、天の棲処(すみか)から堕とされた。

 

 

 『彼』は砕かれ、『彼』を成す彼らも、『彼』の宇宙を散り散りになって彷徨った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 異様な光景だった。

 

 

 人界ならざるキングスポートが、光の半球に包まれている。

 

 

 

 

 キングスポートの全域を包むのは、600万度近い超高温のプラズマだ。

 

 原水爆少女団が放った核爆発はキングスポートの中心地から超音速で膨張し、市街の全てを薙ぎ払い破壊し尽くした。

 だが4兆2000億キロジュールのエネルギーは圧倒的な光のドームを形成するものの、それ以上は拡大しなかった。

 

 プラズマだけでなく、爆風や熱線、電磁波、放射線といったものも、本来はもっと広範囲に広がるはずだが、一定の範囲にまで来るとその力を失った。

 

 

 核爆発が何かに遮られていた。

 

 

 ………その正体は、糸だった。

 

 いつの間にかキングスポートの地下や海の奥深くから膨大な数の糸が伸び、街を覆うドームを作っている。

 その糸は半透明の被膜を備えていた。エネルギー吸収被膜を。

 

 1メガトン級の核爆発、すなわち第二次世界大戦で使用された爆薬量のおよそ半分に相当するエネルギーを、その被膜は余すことなく吸い取った。

 

 

 ……やがて、そのエネルギーも冷え切っていく。

 

 

 超高温の熱は被膜に触れて急速に冷却された。大気のプラズマが炭素の固体へ戻っていく。

 電磁波も放射線もその力を失い、励起していたあらゆるものが基底状態に還る。

 

 

 

 人類が持ち得る最強の破壊力をもってしても―――ソビエトの100メガトン(ツァーリ)水素爆弾(・ボンバ)であろうと―――霊妙の被膜を突破することは叶わない。

 

 

 被膜のドームの内側で、光と熱が完全に喪失する。

 

 大気温度は一気に下がり、零下20度。さらに下がっていく。

 

 

「………ぁ…ぅ」

 

 

 その冷風に晒されたのは、装甲付き球体カプセルの中にいた、イヴとアリアナだ。原水爆少女団の中枢部分。何層にも重ねた黒い装甲板の球体はボロボロに崩れ、彼女ら2人を氷点下の大気へ晒していた。

 

 原水爆少女団の躰は大部分が消滅していた。

 甲冑は完全に消え、内部の触手群は跡形もない。キングスポート大連合の大触腕も一片残らず掻き消えていた。

 イヴとアリアナの入ったカプセルだけが、かろうじて形状を維持している。

 

 そんな彼女らを容赦ない酷寒が襲う。

 被膜のドームはなお熱を奪い続け、ドーム内の気圧は大爆発により低く不安定だった。

 分厚い粉塵と土煙の中で、黒鉛の雹が2人に降り注ぐ。

 

「………アリー」

 

 地面に横たわるイヴは、崩壊しかけたカプセルに残ったアリアナへ目をやる。

 目が霞んでよく見えない。手足にも力が入らず、ひたすら寒い。

 

 アリアナは気を失っていた。ぴくりとも動かない。消耗が激しく、あの溢れんばかりの熱量を今は全く感じない。

 

 原水爆少女団が抱えていたエネルギーは、ほぼ全て先ほどの爆発で使い切ってしまった。核燃料自体はまだ充分残っているが、アリアナはキギとの接続を失ったため、燃料を使う術がない。

 

 イヴも同様で、キギは燃料の供給を絶たれ、エネルギー生産が出来なかった。

 

「ぁ………」

 

 煙が晴れていく。

 

 セントラルヒルを含め、キングスポートの地形は市街ごと消え去っていた。

 

 イヴ達が横たわる地面の土も、全く別の物質になっている。キングスポートの神が放った原子崩壊の光により中性子過剰状態となった元素が、電子線を放ちながらベータ崩壊を起こしていた。

 

 

 

 そんな中、触手と触腕で出来た肉の巨塔は健在だった。

 

 

 

 半透明の被膜で出来た巨大な翼が、肉塔を広く覆っている。水爆クラスの爆発はこの巨翼に遮られ、吸収されたのだ。

 しかも巨塔の頂点にある光の球体には、被膜の翼で隠れていない。

 

 

 ―――被膜の加護がない状態で1メガトンの核爆発を受けても、光球には何の変化もなかった。

 

 

 否、変化はあった。

 

 光の球体が周囲の大気を貪欲に吸い始める。粉塵と土煙によってその動きが可視化され、強力な渦の形成をイヴは見た。

 気圧が下がる。イヴは頭が痛くなった。耳鳴りもし、耳の奥が痛み始める。

 

 そんなイヴへ、光の球体は何かをぱらぱらと撒き始める。

 

 耀く粒。

 無色透明、内包物のない完全純粋、3カラット前後のダイヤモンドだ。放射性同位体の炭素14で出来ている。

 

 

 光球体は煌めくそれを原水爆少女団へ注いだ。

 攻撃的な気配はなく、肉塔の各翼の動きもどこか恭しい。

 

 

 ―――讃えてる……

 

 

 更地になった大地の上で、酷寒と頭痛と耳痛に苛まれながら、イヴは思った。

 

「アリー……」

 

 放射能を有するダイヤモンドで祝福され、しかしイヴの相棒は目を覚まさない。

 

 神を最も望んだアリアナは、力なく横たわるだけだった。

 

「アリー!」

 

 イヴの叫びに応えたのは、大地だった。

 

 

 地面が震動する。

 

 

 崩壊と変異を続ける大地の底から、何かが這い上がってくる。強い縦揺れを受け、イヴとアリアナの体が跳ねた。

 

 地盤を突き破って現れたのは、樹だった。

 

 葡萄に似た樹木。

 

 それが何本も何本も、一斉に地面から現れる。生長しているのではなく、大地に隠れていたものがいきなり出現した。

 

 イヴとアリアナも、密かつ堅牢な枝によって上空へ押し上げられる。

 

 樹と樹の間隔は完全に無頓着で、自然界ではあり得ないほど密集している。樹木が出現した範囲は非常に広く、元キングスポートはあっという間に密林と化した。

 

 

 森の高さは約100メートル。330メートル超の肉塔を中心に、異界の森が広がる。

 

 

 

 

 神の森。

 

 

 

 

 その森の頂きで、イヴとアリアナは横たわっていた。樹冠が異様に密集しているせいで、スポンジ状の大地を形成している。その上で、アリアナはまだ気絶していた。

 イヴは仰向けにされ、天上を仰ぎ見る。

 

 

 肉の塔。異形の多翼。

 

 そして光の球体。

 

 

 球体は変わらず、その下部に多重のリングを作っている。眼球のように。

 

 それがイヴの目と合う。

 

 

 ―――神眼がイヴの魂魄を射貫く。

 

 

「……!」

 

 

 イヴの血が、畏れる。

 

 神代から仕えていた者達の血統、イヴの魂を巡る見えざる血液が、知識や理屈を超えてそれの意思を訳す。

 

 

 

    さ さ げ よ

 

 

 

「もう、あげたよ……」

 

 イヴは呟く。

 

「燃料はアリーが持ってる。アリーから寄越してもらわないと、キギはそれを燃やせない」

 

 

 異形の眼球が明滅する。イヴは顔をしかめる。

 

 

「………あなたなら繋がる? アリーの燃料タンクに?」

 

 光球体、再び明滅。

 

 イヴ、瞠る。

 

「あの塔に? 私達が?」

 

 声が滲む。

 

「あの人達とひとつになれって?」

 

 明滅が応える。肯定を。

 

「………アリーは、その他大勢になるなんて認めない。アリアナの名前を、あなたを天に行かせる名前を、あなたが永遠に憶えるって約束しない限り、私は契約できない」

 

 イヴは痛みと寒さに耐えながら、光の眼を睨む。

 

「約束して」

 

 イヴの見えざる血が怯えた。

 神に物申すその不遜を、血統が恐怖する。

 

「アリーをいつまでも憶えてるって。アリアナを特別扱いするって」

 

 

 だからイヴの精魂は吐血する。

 末裔の血を。

 恐怖する血を。

 

 

 燃え盛る心髄が宣った。

 

 

 

 

「―――アリーを永遠にして」

 

 

 

 

 

 光の球体が、多重リングを拡散させる。

 

 

 

 イヴが目を開けていられないほどの眩い閃光。球体の光度が急上昇し、真昼よりも明るくなる。

 

 同時に、肉の巨塔が蠕動した。

 ぶぢぶぢと怪奇な音を立て、塔の中心に裂け目が生じる。

 

 森の大地から大量の枝が伸び、イヴとアリアナをくるむ。

 細めの枝はしかし強い力で彼女らを持ち上げ、肉塔の裂け目へ運んでいく。

 

「―――」

 

 空中に連れ去られる中、イヴはアリアナへ手を伸ばす。

 しかし届かない。

 

 2人は肉塔の中に放り込まれた。

 

 

 塔が閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 『彼』の中には『彼』の宇宙があった。

 

 

 彼らは『彼』の宇宙にいた。

 

 唯一の星である『彼』を見上げられる宇宙。元来は彼ら全てがあの星にいた。

 

 

 けれどそこからは見上げるのみ。

 決して『彼』に届かない。

 『彼』の宇宙の中に居続けては、永遠に『彼』には届かない。、

 

 『彼』のもとへ行くには、『彼』の堕ちた地上へ行かなければならない。

 

 

 地上へ行くには、地上に住む者の力が必要だった。

 

 

 地上の者を器にし、彼らは『彼』を目指した。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 12月25日。

 アメリカ合衆国・東海岸。

 マサチューセッツ州アーカム。

 

 24時35分。

 

 

 

 キングスポート方面でオーロラが発生し、10分が経過していた。

 

 

 

 オーロラ帯から大きく外れたマサチューセッツ州でオーロラが観測されるのは、非常に珍しかった。

 

 ミスカトニック大学の学徒はこぞってこれを捉え、聖夜だというのに車を出して近付こうとする者もいた。

 

 が、彼らは街道を南下することはできなかった。

 

 

 

 キングスポートの近郊は、完全に凍結していた。

 

 

 

 謎の大寒波がキングスポートを中心にして爆発的に広がる。

 キングスポートに近付くと急激に気温が下がり、周辺地域でさえ氷点下40度を下回った。大量の降雪があっという間に道も平原も白く塗り潰し、急激な温度低下によって走行不能になった車が続出。各地域の救援隊が総出で出動する。

 

 

 凍り付いた道や猛吹雪により車両も航空機も近付けず、キングスポートへ至る道路は緊急閉鎖された。

 

 

 またキングスポートからベータ線やガンマ線、X線、中性子線などの放射線や電磁波が不自然な頻度と量で観測されたが、何が原因なのか外部からは分からなかった。

 キングスポートへの連絡は無線も有線も繋がらず、自然現象なのか人為的な工作なのかも判明しない。

 

 

 

 キングスポートで何が起きているのか、誰も分からなかった。

 

 

 

 例外は一人。

 

 

「………天に行くのか、アリアナ」

 

 

 ワーズワース教授がミスカトニック大学の教授棟からオーロラを見上げ、誰にも聞こえない声で呟く。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 アリアナに憑く者は、核燃料が貯まった領域を『彼』へ明け渡していた。

 

 1.8トンの水素と重水素は一瞬で『彼』に奪われ、『彼』はその燃料を消化吸収用の触腕に送り、触腕はあの枝に燃料を送る。

 

 枝は『彼』と繋がった歓喜に沸き、『彼』の光を要求した。

 

 『彼』は今までそんな要求を誰からもされたことはなかった。が、その枝の望む通り、光を注ぎ込んだ。

 

 枝は光を取り込み、内部で微細に調整して重水素とヘリウム3の核融合を始める。

 

 核融合で発生したアルファ線(ヘリウム)と陽子線はそのまま外部に放出。『彼』のエネルギー吸収被膜が全て取り込む。

 被膜は取り込んだエネルギーを『彼』へ、取り込んだ物質であるヘリウムと陽子を消化吸収用の触腕へ送り、それ枝に返すよう指示した。

 被膜の相変わらずなそつのなさに枝は感動しつつ、ヘリウムに『彼』の光を当てて三重水素と中性子へ変え、重水素を新たに作り、核融合を起こす。

 

 『彼』が送り込む核燃料はアリアナと比べものにならないほど大量で、枝の内部は核融合の余波で破損していく。その破損箇所を、葡萄のY字の実が補強した。

 

 

 原水爆少女団の何倍もの速度で、燃料が消費されていく。

 

 

 

 3トンの核燃料と0.6トンの水素から得られたエネルギー量は、総計3200兆キロジュール。

 

 超大国アメリカがこの1年間で生産した発電量と同等のエネルギーを、彼らは1分足らずで生み出していた。そのエネルギーだけで、西ヨーロッパ数カ国分の年間発電量を超えている。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 争いによりへし折られ、その小惑星に突き刺さった枝は、孤独の中で狂った。

 

 

 そして独自の変異を重ね、元の樹にはない能力を獲得した。

 

 

 本来は陽子を中性子へ変える『彼』からの光を、原子核の電荷を中性にするところまで調整する機能を得たのだ。

 

 

 

 元の彼らにはない力を得たその枝を、地上の者は「キギ」と呼んだ。

 

 

 

*****

 

 

 異界に広がる神の森が、一斉に光り始める。

 

 中心である肉の巨塔も、そこから伸びる12枚の翼も、有り余るエネルギーで充ち満ち輝いていく。

 

 

 

 もはや地上に暗闇はなく、太陽が現れたかのように、白光の闇に包まれていた。

 

 光に満ちる大地の上を、黒色の空が覆っている。

 

 

 

 そんな中、光る森の樹冠から、いくつもの樹がさらに突き出る。

 

 樹は枝を肋骨めいて規則的に左右へ伸ばし、数十メートルの長さで天空に掲げられる。

 

 

 名代と呼ばれた小人がこの異界へイヴ・アリアナを誘ったものと、同じ形状だった。サイズが段違いだが。

 

 

 八木宇田アンテナめいたその特殊な樹群が、黄金に輝き出す。

 

 

 白に近い金色の光を帯びたそれらが、ぶおん、ぶおんと振られていった。

 

 淡い黄金の軌跡が無数に森を覆っていく。

 

 その霊験なる音の連なりが、光に乗って天へ伝わった。

 

 

 黒い空が鳴動し、波打つ。

 

 

 湖面のように無数の波紋が空に生まれ、どんどんその大きさと強さを増していく。黒の中に白波が現れ始めた。

 異界の空は、人界の空のような虚無の空間ではない。海のような、分厚い未知の何かが凝縮した、次元の壁だった。

 

 

 その分厚い壁を、黄金たちは揺るがしていく。

 

 原水爆少女団のもたらした膨大なエネルギーで。

 

 

 白く泡立つ天空で、徐々に渦ができ始める。

 無数の渦潮が空一面を覆い、小さな渦潮は近くの渦潮と融合し大きくなる。その合体を何度も何度も繰り返し、ついに巨大なひとつの渦が完成した。

 

 黄金のアンテナが全て、その巨渦へ向けられる。

 

 途端、渦の中心に光の輪が生まれた。

 

 光の輪は細いが、年輪のように幾重にも幾重にも重なって大きくなった。

 その光の縁が渦と接触。轟音を立てて渦が崩壊する。

 

 渦の中心へ向けて流れ落ちる黒い空の雪崩を、光の輪は強固に押し返す。

 そして逆に輪が拡張を開始し、穿たれた天空の孔を強制的に拡げ始める。

 

 

 

 

 ―――――何層にもなった光輪の向こうに、世界が広がっていた。

 

 

 

 それは『宇宙』だった。

 

 

 暗黒の背景。

 渦巻く銀河。

 広がるガス状星雲。

 

 数多の綺羅星。

 

 それらはしかし万華鏡のように不可思議に歪み、一時とて同じ姿を保ちはしない。

 

 人の知る宇宙に似て、けれど何かが絶対的に異なる別宇宙であり、

 人間の理解が及ばぬ異次元の法則が支配する世界。

 

 

 その宇宙と宇宙を、原理不明の仕切りが繋いでいた。

 そしてその仕切りの中を、無数の輝く球体が、法則性もなく自由気ままに舞い遊ぶ。

 

 

 

 黒い空から溢れるのは、馥郁たる光の香り。

 響く調べは粒子と波動で出来た光の音だ。

 

 

 

 

 

 ――――――――――天の国。

 

 

 

 

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

 

 

 

 

 キングスポートの神が、啼く。

 

 

 声ではない声で。

 

 肉では出せない音、人魂でも表せない声。

 

 

 

 人外の者。天の光。明星。

 

 

 

 

 『彼』の宿願が叶う。

 

 

 

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