王港の一族   作:鈴本恭一

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⑤イヴの戦い

 

 オンタリオ原子力発電所の1号機は突如として出力低下に陥った。

 

 自動監視装置からの警報を受け取ったコントロールセンターのスタッフが原因を調査する。

 

 各種センサーが、燃料集合体の一部の燃焼温度が低下していることを警告していた。

 しかも燃焼温度が低下中の燃料チャンネル――燃料集合体が納められた空洞部――は次々とその数を増やしている。

 このまま放置すれば1号機全体の臨界状態を維持できない。

 

 コントロールセンターは燃焼温度低下以外の状態を確認したが、タービン建屋や蒸気発生器に問題は見られない。電気系統も異常なし。放射線漏れも確認されていない。

 ただ純粋に、原子炉の温度が下がっている。

 制御棒は正常に操作可能だった。よって制御を操作し臨界出力を上げようとしたが、炉心の温度低下はそれを上回った。

 

 原子炉の出力が下がっていく。

 

 原因不明。

 

 オンタリオ原子力発電所は直ちに警報を発令する。

 警報を受けたAECL(カナダ原子力公社)がRCMP(王立カナダ騎馬警察)に連絡。場合によっては緊急出動の要請がある事を伝えた。

 

 

 

 

 

 ――――スタッフの1人が1号機の原子炉建屋の屋上から、正体不明の発光を発見したのは、ちょうどその頃だった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

「来たよ、キギ」

 

 

 イヴは告げる。

 

 誰かが階段を上る音。

 

 イヴの袖から伸びるつる草が、非常階段をヘビのような動きで駆け下りた。

 つる草の先端は細長いナイフ状になっている。

 その突起が非常階段の手すりを高速で駆け抜け、階段を上っている標的へ襲い掛かった。

 

「!?」

 

 非常階段を慎重に昇っていたのは、発電所の警備員だ。

 腰に拳銃を納めたホルスターと警棒。そして通信機。

 

 彼は通信機の小型受話器を咄嗟に操作。

 コントロールセンターへ緊急連絡をしようとする。

 

 が、その前に警備員の全身をつる草が絡め取る。

 

 声を出される前に、黒い突起の先端が制服と皮膚を貫く。

 電流を流されたように仰け反る警備員。

 

 

 そのまま痙攣し、階段に崩れ落ちる。意識はない。

 

 

「やっぱりこれバレてるんじゃないかな」

 

 イヴは首をひねる。

 

 今気絶させた警備員が倒れた位置よりさらに上、より屋根に近い階段で、2人の警備員が同じように倒れている。

 

 イヴが仕留めたものだ。合計3人。

 

「でも1人ずつ来るから、まだバレてないかも」

 

 そんなイヴの耳が、発電所全体に響く甲高い連続音を捉える。

 警報だ。

 

「あ、駄目だこれバレてる」

 

 

 さらにしばらくすると、その甲高い警報の中にパトカーのサイレンが混ざっている事に気付く。

 

 

「うわ、もうパトカー来ちゃった。けっこう早いなあ。まぁ、仕方ないか」

 

 屋上の中央へ目を向ける。

 

 

 そこには全身を強く発光させ、身を屈めて床に手をつくアリアナがいた。

 

 

 彼女が放つ光は時間とともに強くなった。

 原子炉の燃料を捕食し、核のエネルギーを吸収してさらに多くの核燃料を食べる。そのサイクルが軌道に乗っていた。

 

 

 アリアナの夢が叶おうとしている。

 

 

 だが捕食に成功したせいで、発電所の人間に異変を察知された。

 警察まで呼ばれてしまった。

 場合によってはもっと上の武力をもった者達まで来るかもしれない。

 

 迫り来る脅威に、イヴは立ち向かわなくてはならない。

 

 

「じゃ、頑張りましょう」

 

 

 イヴの心に恐怖はなかった。

 

 

 アリアナを守らなければならない。

 

 そう思うと、不安も恐れもどこかにいった。

 

 ひとりではない。

 

 キギもいる。

 

 

「大丈夫だよアリアナ。階段はキギが守ってる。絶対抜けられない」

 

 イヴの呟き通り、原子炉建屋の屋上に通じる唯一の非常階段は、黒いつる草が密かに占領していた。

 

 踏み板も手すりも長く枝分かれした茎に巻き付かれ、茎から派生した剣状の突起で刺されればどんな人間でも気絶した。刺された方は何が起きたのかさえ分からない。

 

 人間がこの階段を生身で突破することは不可能だとイヴは確信していた。

 

 階段さえ昇られなければ、屋根の上は安全だった。誰も辿り着けない。

 

 鉄壁だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………それが甘い考えだと、キングスポートでずっと暮らしていたイヴは気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

*******

 

 

 スコープが目標を捉える。

 

 1号機の屋上から70メートルほど離れた、2号機タービン建屋の屋上。

 

 

 配置されたカナダ警察狙撃チームは、観測員と共に1号機原子炉建屋の屋上で謎の発光を続ける人物を捕捉していた。

 

 

 

 ……陸軍キャンプで特別訓練中だったオンタリオ州警察がすぐに動けたのは、発電所にとって幸運だった。

 

 

 

 謎の発光と、それを調査に行った警備員が3名戻ってこない。

 明確な破壊工作と断定し、AECL(カナダ原子力公社)は緊急出動を警察へ要請した。

 

 

 警察の対策本部は、警備員達の被害から非常階段はトラップで封鎖されていると判断し、狙撃による無力化を選択した。

 時間がなかった。

 

 1号機の原子炉で原因不明の温度低下に陥った燃料チャンネルは、既に半分近くに迫っていた。

 破壊工作員が何をしているのか不明だが、このまま放置すれば原子炉そのものを損壊される恐れもある。

 

 一刻も早い脅威の排除が求められた。

 

 

 

 

 

 

 その期待を背負う3名の狙撃手が、ウィンチェスター製M70ライフルの引き金を引いた。

 

 

 

 7.62ミリNATO弾が目標を穿つ。

 

 

 

*******

 

 

「――――――」

 

 

 イヴは見た。

 

 

 

 アリアナが、見えない拳で殴られたように跳ねるのを。

 

 

 

 その場で倒れ、動かなくなるアリアナ。

 彼女の発する光が急速に弱まっていった。

 

 そんな体の下から流れ出て、広がるもの。

 

 

 血だ。

 

 

「アリアナ!」

 

 叫ぶ。

 

 同時。

 

 

 ――――イヴの肩で、灼熱と衝撃が弾け飛ぶ。

 

 

「!?」

 

 イヴは何が起きたのか分からない。

 

 その想像したこともない衝撃で視界が空転。姿勢を維持できない。

 

 体が前のめりに倒れる。屋上の縁で。手すりなど無い。

 

 

「あ」

 

 

 イヴの体が屋上から落ちる。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 狙撃チーム・イーグル1は目標2名への射撃の効果を確認した。

 

 

 屋上で謎の発光をしていた目標αへ2発の着弾を確認。

 非常階段を見張っていた目標βへは1発の着弾を確認。

 

 3名による狙撃は各々の目標へ正確に命中した、任務通りに。

 

 

 目標αは地面に伏せている。生死不明だが、例の発光現象はかなり微弱になっていた。

 

 目標βは着弾の衝撃で地面に落下。動かない。無力化に成功。

 

 

 以上のことを対策本部へ報告すると、

 

「突入チームが非常階段を確保しに接近する。狙撃チームはこれを支援。目標に動きがあり次第、報告」

 

 狙撃チームが了解を返信しようとしたとき。

 

 

 目標αが、ゆっくり立ち上がった。

 

 体から放たれる光は弱いままで、かなりふらついてはいるが、確かに起きて辺りを見回していた。

 

 

「本部、こちらイーグル1。目標αが立ち上がった。こちらを探している。その場からは動かないが、何かしている」

 

 しばし観察していると、目標に動きがあった。

 

 狙撃チームは目を疑う。

 

「本部、目標αから正体不明の装置が展開された。動物の触手に似たフレキシブルアームだ。かなり大きい。動きが速い上に何本もある。性能は不明だが接近するのは危険だ」

「イーグル1、こちら本部。了解した。再度の狙撃による無力化を試みる。目標は狙撃チームに気付いているか?」

「こちらイーグル1、目標はアームで屋上の周囲を警戒しているが、我々の位置にはまだ気付いていない」

「こちら本部、了解。射撃を試みよ。発砲タイミングはイーグル1の任意」

「こちらイーグル1、了解。射撃を開始する」

 

 

 

 

 

*******

 

 

「………」

 

 

 イヴは仰向けで夜空を見上げていた。

 

 正確には、屋上の周りでぐるぐる動き回る、アリアナの触手だ。

 

 

 そしてそのウミユリめいた触手が、次々と打ち抜かれ、追い詰められていくのを。

 

 

「……アリアナ」

 

 

 そのとき初めて、イヴは自分達がどこかから銃で撃たれてることに気付いた。

 

 落下の衝撃は深刻だった。

 イヴは頭こそキギの黒剣が集中して囲んで防御し、衝撃を吸収したが、その他の部位はダメージを認識することさえ出来ない。指先ひとつ動かせなかった。

 

 

 イヴは建屋の壁の間近に落下した。

 

 なので屋上での状況を正確に知ることは出来ない。

 

 よってアリアナの触手がアリアナ自身を守るため集まって壁となっていることも、

 その触手の壁がライフル弾の運動エネルギーを受け止めきれず、破砕されていることも、

 千切れ飛んだ触手の再生にエネルギーを注ぐため、銃創を治癒できずにいることも、イヴは知らない。

 

 

 ただ、アリアナが瀕死であることだけ理解できた。

 

 あの溶鉱炉のようなエネルギーが、どんどん弱まっている。

 絶え間なく銃撃されているせいで、獲得した核燃料を効率的に利用できていない。

 

 

「……」

 

 イヴは頭が働かなかった。

 脳みそが痺れている。

 今の自分に何が出来るのか、うまく考えられない。

 

 屋上にまた上る力は、イヴ自身にはない。

 キギに昇らせても、相手はイヴを無視してアリアナを射ち続けるだろう。

 

 そしてキギは狙撃を防御できなかった。銃弾を見切ることはできないし、イヴはどこから撃たれているのかも分からない。

 

 

 イヴには何も出来なかった。

 

 

「……ねえ、キギ」

 

 イヴは問いかける。

 

「アレ、まだ出来る?」

 

 イヴの全身に絡んで治療を続けていたつる草が、ぴたっと固まる。

 

 突起のひとつが、イヴの眼前で揺れて応えた。

 

 イヴは微笑む。

 

「かまわないよ。生きていたいだけなら、ここには来てない」

 

 

 夜空を見上げる。

 

 

「出来ることは全部やりたいんだ」

 

 

 

 星がひとつ、見えた気がした。

 

 

 見えないはずの、宵の明星が。

 

 

 

 

 

 

 

*******

 

 

 狙撃チーム・イーグル1は謎のアームを撃ち続けていた。

 

 正確にはフレキシブルアーム装置――機械的な印象が全くないせいでカートゥーンめいた生物器官にしか見えない――を使う目標αを、3人で集中して攻撃した。

 

 目標αは狙撃手を探すのを諦め、アームで体を防御し始めている。

 どういう素材で出来ているのか、ライフル弾を受け止めたアームは弾け飛びさえするものの、その弾頭をそれ以上貫通させることはなかった。

 運動エネルギーが全てアームに吸収されている。

 

 

 ただ目標α本人が、そのアーム群を操り切れていないのは明確だった。

 アームの動きも力も、精彩を欠いていく。

 目標αは立っていられなくなり、片膝を付いた。

 

 

 想定以上に弾薬を消費していたが、程なくして無力化に至るだろう。

 

 

 イーグル1がそう確信した、まさにそのとき。

 

 

 

 ――――屋上に、目標βが出現した。

 

 

 

「……こちらイーグル1。本部、目標βが屋上に現れた。奴は非常階段を使ったのか?」

「こちら本部。イーグル1、監視班から連絡があった。目標βは非常階段を使っていない。信じがたいが、目標βは建物の壁を昇ったらしい。何かに引き上げられるように。屋上に牽引装置らしきものはあるか?」

「こちらイーグル1。装置と思しきものは見当たらない……目標βの全身にワイヤーロープらしきものが絡みついている。胴体と手足それぞれ。まるで糸巻きだ」

「こちら本部。イーグル1、目標βは何か破壊行動をしているか?」

「こちらイーグル1、目標βは特に何もしていない。ただ立ってるだけだ」

「こちら本部。イーグル1、目標αを引き続き攻撃。無力化せよ」

「こちらイーグル1、了―――――本部、目標βに動きがあった。何かがβの体から伸びてくる」

 

 イーグル1は瞠る。

 

「木だ。嘘みたいなスピードで大きくなった。人間の身長ほど。枝も葉もある」

「こちら本部。イーグル1、目標βは何をしようとしている?」

 

 

 イーグル1が報告しようとする前に、彼らの視界を赤光が照らす。

 発光源は目標βだ。

 

「こちらイーグル。本部、βが生やした木から何か発光。正体不明」

 

 その輝きは留まることを知らなかった。

 

 発電所の夜間照明を撃砕し、暗闇も星光も蹂躙。

 発電所敷地全体を赤く染め上げる。

 

 光があまりに強すぎて、狙撃手も観測員も望遠レンズを覗き込むことが出来ない。

 

 

 が、スコープから目を離す直前、狙撃手は光の正体を視た。

 

 

「こちらイーグル1! 本部! 光っているのは木に生えた実だ! 実が生えて光っている!」

 

 

 空気が光に灼かれる。湖水の匂いも風も変質。

 狙撃チームに鳥肌が立つ。

 

 

 危機感に背骨を焦がされながら、狙撃手は叫ぶ。

 

「本部! こちらイーグル1! 目標βへ発砲を―――――――」

 

 その叫びが終わる前に。

 

 

 

 

 ―――――閃光が爆裂。

 

 

 

 

 

 発電所に、巨人さえ呑み込む深紅の火柱が立った。

 

 

 

*******

 

 

 

 

 イヴの体内に棲むキギの根が、細胞の中へ侵入する。

 

 

 目指すのは細胞に存在するミトコンドリアだ。

 ミトコンドリアは外膜と内膜の二重構造になっており、外膜と内膜に囲まれた箇所に高濃度の水素イオンを保有している。

 

 キギはその水素イオン、つまり陽子を霊妙な根で吸い上げた。

 

 

 吸い上げられた陽子は不可思議な経路を通り、別の場所へ運ばれる。

 

 

 

 

 草木も水もない、荒涼とした世界。

 黒い空。

 星がひとつだけ。

 

 

 

 岩盤だらけの地面に刺さった一振りの枝。

 

 そこから伸びる、新しい樹。

 

 

 

 

 

 その樹が枝と葉を大いに広げ、空からの光を受け止めていた。

 

 由来不明の不可視光は葉を通して内部に透過。

 

 またイヴから吸った陽子は2つのグループに分離される。

 うち片方のグループが、体外からの光を浴びた。

 

 光を浴びた陽子は変質し、崩壊。中性子と陽電子とニュートリノに分裂する。

 

 光を浴びなかった陽子が中性子と合流。陽子は中性子を捕獲し、1つの原子核を形成する。

 

 

 陽子ひとつと中性子ひとつから成る原子核は、そのまま枝の先端へ送られる。

 

 

 枝の先端は、樹の根が吸い上げた岩盤の粉体もあった。

 樹の根が岩盤を穿ち、砕き、擂り潰しながら吸収したものだ。

 

 

 原子核と土の粉が枝の先端で合流。

 枝の合流箇所が膨らみ、赤い実になる。

 

 

 大きく広げた葉が光を強欲に吸い込み、その赤い実へ集中的に注がれる。

 

 

 

 赤い実が激烈に輝く。

 

 光が実の輪郭を完全に塗り潰し、そして弾けた。

 

 

 

 

 

 

 ――――イヴのいる世界でも、赤い実が爆ぜる。

 

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 

 まず発生したのは、強烈極まる閃光だった。

 

 オンタリオ湖が一瞬だけ昼になったような、尋常ではない光。

 それが屋外の様子を見ていた人間全ての目を灼いた。

 

 

 直後に放たれた熱輻射が、爆心地――送電設備群から十数メートルの位置――の周囲へ猛威を奮う。

 電線類は残らず引き千切られ、送電用の設備も悉く溶解ないし変形。膨れあがった自身の体積でひしゃげて吹き飛ぶ。

 

 また強力な電磁パルスが発電所はおろか近隣市街地まで襲いかかり、電子機器障害を発生させた。

 

 僅かに遅れてやってきたのは、轟音を伴う衝撃波だ。

 激烈な熱エネルギーによって膨張した大気が、発電所全体を震撼させた。

 あまりの震動に1~4号機の原子炉が自動で緊急停止手順を実行。スクラム。

 

 常識外れの爆発力は爆心地の土もアスファルトも纏めてひっくり返し、黒煙が発電所の全てを呑み込む。

 

 

 オンタリオ原子力発電所は発電施設と送電施設を喪失。

 先の電子機器障害も合わせ、送電先のエリア全てが停電を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

  オンタリオ湖の湖岸から、光が消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 例外は、発電所の敷地内に突き立てられた、真っ赤な柱。

 

 膨大な煙で夜空を陵辱する、巨神族の武具のような火柱だった。

 

 

 

 

 

 

 

*******

 

 

「……」

 

 イヴは、自分とキギが何をしたのか理解できなかった。

 

 

 強烈なる熱放射と電磁波に晒されたが、全身をくるんだキギの茎が大部分を遮断していた。

 原子炉建屋の屋上も高温化しているが、イヴはそもそも床に接していない。

 

 キギのつる草が密集し、手足となってイヴから伸びている。

 キギにくるまれたイヴの体は、キギが無理矢理宙に浮かしていた。

 

 

 

 だが、何にしろイヴにはこれ以上、何も出来なかった。

 

 

 呼吸が出来ない。

 目を開けられない。

 音も聞こえない。

 暑さも寒さも、風の感触もしない。

 

 ただ、虚空の感覚の中にいた。

 

 

「―――……」

 

 これだけできれば充分だ、とイヴは思った。

 

 これだけのことをすれば、相手はアリアナより自分を狙ってくる。

 

 

 ……その思惑を叶えるように、屋根が白い光に照らされる。

 

 上空から光の塊が降ってきた。

 照明弾だ。

 

 もっともイヴはその光を認識することが出来ない。

 動けない体をキギに掲げられている状態なのだ。

 

 そのイヴに対し、銃弾が何発も叩き込まれる。

 

 

 ―――ほら、攻撃して来た……

 

 イヴは笑えないまま笑う。

 

 

 イヴの頭や首、胸、その他重要器官はキギの黒剣が張り付いていた。

 キギのそれはライフル弾さえ弾き返す。

 

 が、それ以外の部分は茎が巻かれているだけだ。

 

 手足を銃弾が容易く貫通する。

 

 キギは残されたエネルギーのほとんどを、大爆発の輻射熱を防ぐことに使ってしまった。

 銃弾全てを防御しきる力はない。

 

 

 ―――大丈夫、全然いたくないから……

 

 

 実際イヴに痛みはなかった。

 痛覚も五感も正常ではなかったから。

 

 

 

 ……イヴは知りようもないが、キギが大爆発の材料に使ったのは、イヴのミトコンドリアが保有する水素イオンだった。

 

 その水素イオンは本来、体内のエネルギー源であるATP(アデノシン三リン酸)を合成するのに使うものだ。

 

 が、そのATP合成に必要な水素イオンをキギが吸い上げたため、肉体が深刻なATP不足、つまりエネルギー不足に陥っていた。

 

 さらにキギはアリアナ達と違い、周囲の熱や電磁波をそのまま捕食することができない。

 宿主が保有するエネルギーを使い果たせば、キギにはもう何も出来ない。

 

 

 

 現に頭を狙った銃撃に対し、キギはどんどん威力を殺せなくなっていった。

 

 相手は攻撃を苛烈にしていく。先の大爆発のせいだ。

 

 

 キギはイヴを守りきれない。

 

 

 

 ―――大丈夫、大丈夫だよキギ……

 

 

 

 キギが動揺している。

 

 イヴには分かる。

 

 

 

 ―――だって、守ってくれたもの。キギは。私だけじゃなくて……

 

 

 イヴの銃創が増える。

 血が流れた。次々と。

 腹の黒剣が砕かれる。首のも。

 茎は千切れ、床で焼け、消える。

 

 

 

 そしてイヴの頭を守る黒剣が、破壊された。

 

 仮面が剥き出しになる。

 

 

 

 そこに襲来するのは7.62ミリのライフル弾。

 

 イヴの頭蓋を貫通しようと飛びかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 着弾した。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――屋上をちゃんと、全部、守ってくれたもの……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライフル弾は着弾した。

 

 

 着弾したのだが、

 

 何も貫けなかった。

 

 

 

 

 

「――――その女を好きに嬲れるのは私だけだって知らねえのか? あぁ?」

 

 

 

 

 

 

 ライフル弾は触手に受け止められていた。

 

 ウミユリめいた、羽枝で覆われた触手。

 蒼い光が絶え間なく明滅している。

 

 

 屋上が、蒼い光に照らし出された。

 

 

 照明弾の白光を塗り潰す。

 まるで先ほどの赤光のように。

 

 

「この場の全員が、この女に負けたってことか、ええ?」

 

 

 イヴを触手で抱き寄せながら熱い息を吐くのは、アリアナだった・

 

 受け止めたライフル弾を触手で握り潰し、青く輝かせて加熱。弾頭が溶けて床に落ちる。

 

 

 

 アリアナの銃創は完全にふさがっていた。

 

 

 触手は青い輝きに包まれ、太さも動きも、以前とは比べものにならないほど力強くなっている。

 

 

「まとまった時間さえありゃ、てめえらなんざ敵じゃねえんだよボケが!」

 

 

 アリアナはイヴを直接その腕で抱えながら、触手を一本、頭上へ伸ばす。

 

 青く強く輝くその触手。

 

 それが一瞬で膨張。人外の剛力で床を叩く。

 

 

 原子炉建屋の分厚い屋根に罅が入り、衝撃で揺れる。

 

 

 アリアナはその反動を使い、宙へ舞い上がった。

 

 

「ぅぉラあッ!!」

 

 

 大ジャンプ。隣の2号機のタービン建屋の屋上へ落下。極太の触手を2つ、思い切り屋根へ叩き付ける。

 

 原子炉建屋ほど強靱に出来ていない屋上が爆散。崩落。そこにいた狙撃手と観測員が巻き込まれて屋内に落下した。

 

 

「ははははははっ! はははははははははは!!」

 

 

 アリアナは狙撃チームがどこにいるのか、相変わらず分からなかった。

 

 なので全ての屋根を飛び回った。

 跳んでは壊す。跳んでは壊す。

 青い光の軌跡。

 2~4号機の原子炉建屋もタービン建屋も管制センターもお構いなしに。

 

 地上の対策本部は何が起きているのか理解できず、発電所のスタッフを破壊から避難させるのに手一杯だった。

 

 たとえ混乱が無くても、地上に昇る経路はアリアナが全て破壊した。

 超人的な機動で動き回るアリアナを捕捉することも、もう不可能だった。

 

 

 アリアナは無敵だった。

 

 

 

 

「――――帰るぜ、イヴ」

 

 

 ひとしきり破壊の限りを尽くすと、アリアナはイヴを強く抱きしめた。

 

 イヴは応えない。体温が著しく低い。貫通せず体内に残っている弾もあった。

 

 

 だが死んではいない。

 

 アリアナはイヴをさらに強く抱き寄せ、4号機の原子炉建屋の屋上から跳躍する。全力で。屋上に大きな罅割れが走った。

 

 

 オンタリオ原子力発電所には、キギの起こした大爆発とは別の、新しい破壊の煙が立ち昇っていた。

 

 その煙を引き裂いて、アリアナが飛翔。

 

 空中で甲高いローター音を聴く。

 

 

「ヘリかっ!」

 

 

 強いサーチライトを照射しながら上空に浮かぶのは、カナダ空軍が派遣したヘリコプターだ。タンデムローター式。

 

 ひとっ飛びで敷地外の森まで達したアリアナは、獰猛に歯軋りして笑いながら、再度、触手による跳躍を行う。

 

 跳んだ先は、アリアナ達を探すヘリだった。

 

 サーチライトの中を自ら突進し、ヘリの操縦席まで飛びかかる。

 

 操縦者が驚愕で硬直する。

 

 アリアナはヘリのフロントローターを蒼い触手で殴り付けた。高速回転するローターは逆方向からの強烈な衝撃を浴び、震動と反動で空冷エンジンが停止する。

 

 

 フロントローターが停止し、リア側のローターが生むトルクを相殺できなくなった機体は不安定状態に陥る。まともに飛べる状態ではない。

 

 アリアナは高笑いを大きくあげながら、夜の森へ潜った。そのまま森の中をひた走る。ヘリがエンジンの再始動に成功できたかは分からない。

 

 

 

 

 アリアナはどこまでも走れた。

 川を越えて森を飛び、地上のどんな獣より早く駆け抜けた。

 

 熱量が切れない。

 

 触手の一部をキギの蔦に絡ませ、エネルギーをイヴに分け与えていても、アリアナ自身の力が尽きる気配はなかった。

 

 

 

 手に入れたのだ。

 

 並ぶものなき力を。

 

 

 アリアナは何度も遠吠えをした。歓喜の雄叫びを。いくらでも声が出せた。

 

 

 

 

 遠くで待機しているロバートの元までアリアナは走る。

 

 ロバートと合流し、あとはクリスマスの儀式に参加する。

 

 それで全て叶う。

 

 

 アリアナは走った。夜を。至上の夜を。

 

 

 ずっとずっと走っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――1週間後に殺し合うとも知らないで……

 

 

 

 

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