(ありふれた肉体では世界最強になれず苦悶の表情を浮かべる肉おじゃ) 作:ほろろぎ
個別に返信できなくてごめんナス。
ある晴れた日の、なんてことのない月曜日……のはずだった。
この日、南雲 ハジメと友人の肉体派おじゃる丸を始めとしたクラスメイトたちと、教師の畑山 愛子は何の前触れもなく地球とは異なる世界、トータスへと連れてこられた。
いわゆる異世界転移というものだ。
クラスメイトたちは一様に動揺していたが、この手の小説を見慣れていたハジメと肉おじゃだけは「あっ、ふーん(察し)」と冷静に事態を受け入れていた。
「(人類を救うって心に)決めてるんだろ? (助けて)くれよ……」
「あっ、いいっすよ」
トータス人であるイシュタル教皇に頼まれ、クラスのリーダー的存在である天之河 光輝が快諾しちゃったもんだから、一同はトータスの人々を魔人族から救う戦いに身を投じる羽目になったのだった。
もちろん異世界転移物にありがちな、神から与えられた特殊能力もきちんと存在している。
しているのだが、我らが肉おじゃとハジメは残念ながら一般人と変わらない身体能力しか発揮できず、能力もこの世界ではありふれた役に立たないとされているものしか与えられなかった。
「未熟です」
鍛え上げてきた自慢の筋肉が人並みのものでしかないと告げられたことで自己を反省する肉おじゃ。
ハジメも「はぁ~……凄くねえ」と自分のステータスプレートを見て、深くため息をついている。
彼らの間には、この世界に来たことで自分も特別な存在になれるんじゃないか、という期待を呆気なく裏切られた絶望が漂っていた。
「2人とも気にすることありませんよ! 先生もステータスは平均値ですから!」
と、愛子先生が肉おじゃたちを励まそうと自分のステータスプレートを見せてきた。教育者の鑑がこの野郎。
プレートに目をやると、確かに筋力や体力などは人並みの値であるのだが、問題は彼女の持つ技能の方だ。愛子先生は食料生産に関するチート級の能力を14個も持っていた。
肉おじゃとハジメは標準技能である言語理解と、それぞれの固有技能であるビルダーと錬成が1個ずつだ。
「ハァ…(諦念) 絵に描いたようなチート(苦笑) 凄い落差だね」
励ますつもりが逆に追い打ちをかける形になってしまった愛子先生は、遠い目をする2人に対してかける言葉がどうしても思い浮かばなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
個々の天職を知ってから2週間が過ぎた。
召喚された生徒たちはこれまでの期間に、実戦に備えて戦うための訓練を行っている。
だが、訓練場にハジメの姿はない。
魔法の適性が無いと分かった彼は、せめて知識の面では役に立とうと図書館にこもり読書に励んでいたのだ。おかげでこの世界の知識もだいぶん身に着いた。
一方の肉おじゃは、訓練場にこもりろくな休憩も取らず、ひたすら筋トレに努めていた。他の生徒たちの邪魔にならないよう、部屋の隅の方で。
自分の肉体には自信があったため、それが大したことないと暗に言われたことが余程ショックだったのだろう。
地球にいた頃の数倍のトレーニングを自らに課した肉おじゃの体は、これまで以上に筋肉が発達しもはや制服を着ることができないほどにまで肥大化していた。
ステータスプレートを確認すると、筋力体力ともに10から29へと上がっている。
この短期間で3倍近い成長率はなかなかの成果ではないかと思えるが、いかんせん初期値が低いためその伸び率も大したことが無いように見えてしまうが……。
自主トレを経た生徒たちは、今度は実践的なトレーニングに入る段階になった。
一同は教官役を務めている騎士団長メルドの案で、訓練に適した場所であるというオルクス大迷宮と呼ばれるダンジョンへ連れてこられた。
迷宮へ入る前日、一行は本格的な訓練を前に、迷宮近くに設けられた宿で休息をとっている。
肉おじゃも連日ハードなトレーニングが続いていたので、この日は早々とベッドに潜り、ゆっくりと体を休めていた。ハジメは変わらず、持参してきた迷宮に住む魔物の図鑑などに目を通している。
「(ハジメもそろそろ休んだら)どうすか?」
日をまたぐ頃の夜更けになり、肉おじゃが声をかけた。
これまでの学生生活でなら睡眠不足でも授業中に仮眠をとることもできただろうが、実戦形式の訓練ではそれも不可能だ。
なにより、寝不足で低下したパフォーマンスでは周りに余計な迷惑をかけてしまうどころか、自分自身も不慮の怪我を負ってしまうかもしれない。
ハジメは肉おじゃの言葉に素直に従い、本を閉じベッドに入ろうとする。
不意に扉がノックされる音が聞こえた。こんな時間に誰だろう? と肉おじゃとハジメは顔を見合わせる。
「南雲くん、起きてる? 白崎です。ちょっといいかな」
「入って、どうぞ」
深夜の来訪者は香織であった。ハジメに用があるようで、肉おじゃは気を使って寝たふりを決め込む。ハジメは追い返す理由もないので、彼女を部屋に通した。
「明日の迷宮探索は休んでください! オナシャス!」
部屋に入って開口一番、香織はそう叫んだ。普段の彼女が見せることのない鬼気迫るその様子に、理由の分からないハジメは何事かと困惑する。
「さっき眠ってた時に、南雲くんが消えてしまう夢を見たの。きっとあれは予知夢なんだわ……。やだ怖い……(迷宮に入るのは)やめてください……アイアンマン!」
泣きそうな顔で香織は訴えかける。だが、そんな理由で休むことは認められないだろう。ハジメは彼女を落ち着かせるように話しかける。
「TDN夢だよ。大丈夫だって安心しなよ~。ヘーキヘーキ、ヘーキだから」
「南雲くんがいなくなっちゃうなんて、嫌よー! 嫌よ! 嫌よ! おマインド壊れるー!」
「みんなチート持ちだらけなんだから、迷宮もちょっとワッーってやって、パパパッと攻略して、終わりっ! ね?」
「ぅ~う~~ん」
説得するも香織の表情から不安の色はなかなか消えない。
「心配しないで、僕の側には肉おじゃだっているんだ。あの筋肉なら、どんな怪物が襲ってきても倒してくれるよ」
「肉おじゃくんが、守ってくれる……?」
「うん」
「だったら……」
「?」
「私も、南雲くんをまもるっ!」
予想外の香織の言葉に、ハジメは「えっ」と戸惑いの声を上げる。
「私の天職は治癒師だから、もし南雲くんが大怪我しても治すことができるもの。この力で、絶対に南雲くんを守ってみせるから!」
これまでの不安げな表情から一転、決意とやる気に満ちた顔で宣言した。
それは言葉通りハジメを守ろうという決心の表れであり、同時に彼女の中にある不安を吹き払うための発露でもあった。
「あっ、そうだ。こういう時は、決まった台詞があるんだっけ」
香織は、微笑みを浮かべながらハジメの手を自身の両の手で優しく包み込むと、彼の目を見つめしっかりとした言葉でそれを告げる。
「『あなたは死なないわ、私が守るもの』……だったよね」
それは誰もが知っている有名なアニメの名言の一つだった。
非オタの人間でも聞いたことくらいはあるだろう台詞が、まさかそういったものに縁のなさそうな香織の口から出るとは思ってもみなかった。
呆気に取られていたハジメに、言うべきことを済ませた彼女はおやすみの挨拶をして部屋を後にする。ハジメが気が付いた時にはすでに扉は閉められたあとだった。
「……凄いねぇ。(アニメの)知識はどのくらいあるかな?」
ハジメは、扉の向こうに消えた香織に問いかけるように呟く。
これまでの学生生活で、自分と同じオタク的趣味を持った仲間に会えたことは無かったハジメ。(今でこそ肉おじゃが、彼からの知識に染められてはいるが)
それがまさか、校内一とも言われる美少女から自発的にアニメの台詞を聞かされたのだ。
もしや同士か!? とハジメは、内心で喜びの感情が沸き上がってくるのを抑えらえなかった。
勝手にニヤけてしまう表情筋を鎮めようと四苦八苦していると、いつの間にか起き上がっていた肉おじゃが隣に立っているのに気づく。
肉おじゃはハジメのことをチラりと横目で見ながら一言。
「恋すか?」
「違うよ!?」
◇ ◇ ◇ ◇
宿で一晩過ごし朝を迎えた一同は、予定通りオルクス大迷宮の内部へと足を踏み入れた。
香織の不安をよそにこれといった問題が起きることなく、モンスターを倒しながら順調に20階層まで足を進める。
ここまでの戦闘は99パーセントが、肉おじゃとハジメ以外の生徒たちの手によって行われていた。
元から役に立たないと思われている2人は、最後尾で他の生徒の活躍をただ眺めているだけだった。
時たま前衛が打ち漏らした雑魚モンスターがやってくるので、そのたびにハジメが自身の天職である錬成を使い、モンスターの足場を固めて身動きをとれなする。
その隙に肉おじゃが拳でモンスターの顔面を殴り倒す、という戦法で2人は少ない経験値を稼いでいた。
「はぁ~……凄くねぇ?」
「すごいねぇ」
誰からも注目されていないと思われた2人だったが、共に同行していたサポーターの騎士団員からは密かに、その見事なコンビネーションが評価されていることを彼らは知らない。
「あれ何かな? キラキラしてる」
通路を渡っているとき、不意に何かに気付いた香織が声を上げた。
彼女の指さす先にはグランツ鉱石と呼ばれる宝石の原石があり、それが岩壁の上の方から覗いている。
「凄いねぇ。硬度はどのくらいあるかな?」
うっとりとした表情で香織が言った。宝石に目が無いのは女の子の特権。
「鉱石は後ろのかごに、入れて、下さい」
檜山が鉱石を取ろうと、かごを背負い、岩壁を猿のように上がり始めた。スルスルと難なく壁をよじ登る姿は、肉体派おサル丸と呼んでもよい早業だ。
罠が仕掛けられているかもしれないと周囲が止めるが、彼はそれを無視する。
鉱石に手が触れた瞬間、案の定仕込まれていたトラップが発動し、一同は今よりさらに深い65階層の橋の上へと飛ばされてしまう。
罠はそれだけではなく、飛ばされた橋の片側に数100体の骸骨型モンスターであるトラウムソルジャーが出現したではないか。
反対側の通路には、体長10メートルはあるトカゲの怪物──レシートリザード──が立ちはだかる。
レシートリザード、それはかつての人類最強の勇者『ヤ・ジウ』ですら太刀打ちできず、眠らせた隙に逃げることしかできなかった化け物だ。
「アン! アン! アン! アン! アン! アン! アン! アン! アン! アッーンン!!」
レシートリザードが甲高い雄たけびを上げた。
「うわーっこれ逃げるんだねハァッ」
引率者である騎士団長、メルドが皆に逃げるよう叫び、自分は団員を引き連れレシートリザードの足止めを行う。
後方ではトラウムソルジャーに囲まれた生徒たちがパニックに陥っていた。
上階への階段はまだ塞がれていないのだが、我先に逃げようとする生徒たちが狭い通路に殺到したため、逆に逃げられない状況に追い込まれてしまう。
「クキキキキ……」
「お兄さん許して、お兄さん許して。はぁ、はぁ、はぁはぁはぁはぁはぁはぁ」
不気味な笑い声をあげ、ジワジワとにじり寄ってくるトラウムソルジャーの軍団。
恐怖から戦う意思を放棄した生徒たちは息も荒くなり、体から力が抜け叫ぶこともできない。
助けを乞うも、モンスターはそんな言葉には当然聞く耳を持たない。
だが、そんな恐怖の権化の前に立ちはだかる影が2つ。肉体派おじゃる丸と南雲ハジメだ。
「ちょっと軽く敵の足止めするから、肉おじゃも手伝ってくれる?」
「(覚悟は出来て)そうですね。イッキーマウス……!」
言うやいなや、骸骨軍団に突撃する肉おじゃ。自慢の拳でトラウムソルジャーを殴るが、レベル差から打撃によるダメージを与えることはできず苦悶の表情を浮かべる。
「肉おじゃ! 橋の外に落とすんだ!」
叫ぶハジメも錬成を駆使してモンスターを橋から追い落としていた。
「お胸触るくらいだったら」
肉おじゃはモンスターの肋骨部分をつかむと、背負い投げで軽々と投げ飛ばす。骸骨なだけあって重さはなく、肉おじゃにとっては子犬を持ち上げるのと変わらない労力だ。
まるで運動会の玉入れのように、両手でトラウムソルジャーをつかんではヒョイヒョイと橋の外の虚空に向かって投げ捨てていく。2人して50体以上は排除しただろうか。
だがまだ残っている敵の数はえー右に164体の、左が今72体ぐらいですか。
おまけにトラウムソルジャーの背後の魔方陣からは、敵兵士が次々と補充されている。このままではキリがない。
「結構でも疲れますねこれ(小声)」
不得意な魔法を連続して使い続けたため、ハジメも疲労がたまって来ていた。肩で荒い息をしており、立っているだけで精一杯という様子だ。
「(この場をなんとかできそうなのは)あいつか?」
肉おじゃは、光輝ならこの骸骨軍団の包囲を突破できるのではないかと考える。しかし当の光輝たちはレシートリザードの対応で手が離せない状況である。
「……僕が天之河くんたちを呼んでくる!」
「(一緒に行)こうすか?」
「オッスお願いしまーす」
うなづきあい、共に駆ける2人。肉おじゃが前面に立ち、トラウムソルジャーを弾き飛ばしながら道を切り開く。
「天之河くん!」
「ファッ!? 君たち何でこんな所に!? 危ないから来ちゃあ……ダメだろ!」
光輝の元にたどり着いたハジメは急ぎ彼を撤退させようと、柄にもなく声を荒げる。
「そんなこと言っている場合か! ほら、あっちを見ろよ見ろよ! 君がいないとあかん、みんなが死ぬぅ!」
ハジメの示す先には、トラウムソルジャーに囲まれ大ピンチのクラスメイトたちがいる。
「お前はみんなの所に、行って、ください」
肉おじゃも、光輝に力を貸してくれと頭を下げ頼み込む。光輝も2人の態度に冷静さを取り戻したようで、大人しく下がっていった。
これで何とかなるはずだ、と一旦は安堵する肉おじゃとハジメだったが、まだ彼らの前には難敵であるレシートリザードが残っている。
今はまだ騎士団員が貼った結界によって動きを制限されているが、その結界もじきに破られてしまうだろう。
メルド率いる団員達も、結界を張り続けていたせいで限界まで魔力を使い果たし、疲労で倒れ動けなくなっていた。万事休す。
「肉おじゃ。メルドさんたちを連れて、みんなの所に下がってて」
ハジメはなにかを決意したような表情でそう告げる。
「(お前は)どう(するん)すか?」
「……あのモンスターを足止めする」
「えっ、なんすかそれ」
「えーちょっと錬成でモンスターの足場を固めるからー、両手でこう(倒れてる人たちを)引っ張っ(て行っ)ちゃってくれるかな?」
「こうすか?」
「そう」
勇者適性を持つ光輝や歴戦の兵であるメルドたち、騎士団総がかりでも難しかったレシートリザードをただ1人で足止めするというハジメ。
無謀としか思えない提案だったが、ハジメの決死の表情を見た肉おじゃは大人しく彼の案を受け入れ、自身はメルドたちを連れて撤退を始める。
レシートリザードから離れトラウムソルジャーと混戦状態にあるクラスメイト達の元まで下がると、香織が声をかけてくる。
「肉おじゃくん、南雲くんは!?」
「(あいつはレシートリザードを足止めしてるけど、残された時間は)案外少ないっす」
それを聞いた香織は、持てる全魔力をもってメルドたちの回復を行う。全員の魔法の同時斉射でレシートリザードを攻撃し、怯ませた隙にこの場を離脱しようという作戦だ。
光輝を筆頭に動けるものがトラウムソルジャーを蹴散らし、その間に香織は超スピード!? でメルドたちに回復魔法をかけていく。
一刻も早くハジメを助けなければという思いから、あっという間に全員の回復を済ませてしまった。メルドの号令で一同は魔法の発射体制に入る。
「(こっちの準備は整ったから戻って)来いすか?」
肉おじゃの声が届き、ハジメも全速力でレシートリザードから離れる。
しかし錬成の使い過ぎで足元がふらつき、今にも倒れてしまいそうだ。
「あっおい待てい!」
肉おじゃは、メルドの制止も聞かずハジメを助けるために駆け出した。
ハジメを背におぶると、後ろを振り返ることなく一目散に走りだす。彼らの背後からはレシートリザードが、雄たけびを上げながら迫りつつある。
「(もう撃っても)イーヨー」
このままでは逃げ切れないと悟った肉おじゃが、自分たちにかまわず攻撃しろと叫ぶ。
迷うメルドだが、2人がレシートリザードに追いつかれてしまえば元も子もない。意を決し、全員に魔法攻撃を行うよう号令をかける。
「イキまーす」
直後、流星のごとく降り注ぐあらゆる属性の魔法がレシートリザードに直撃した。ダメージはないようだが、しっかりと足止めの役目は果たしている。
これで逃げ切れると安堵する肉おじゃとハジメだが、突然魔法弾の1つが屈折し2人の眼前に着弾したではないか。
背後ではレシートリザードの重量と魔法攻撃の威力でついに橋が崩壊し、レシートリザードが地の底へ落下していくところだった。
肉おじゃとハジメも橋の崩落に巻き込まれ、共に落ちそうになる。
「南雲くん! 肉おじゃくん!」
とっさに駆け寄り手を伸ばす香織だが、彼らには届かない。
人 生 終 了 。
その言葉がハジメの脳裏に浮かんだ。
まだやりたいことがあるのに、こんなところで死ぬなんてやだ怖い……やめてください!
そう思うもすでに力を使い果たしたハジメには抗う余力すらない。
成すすべなく落下するしかないハジメの体に、突然上向きの力が加えられた。
「やっぱ右利きだから右のほうが若干力が強いと思います」
肉おじゃがハジメの体をつかみ、上空へ向けて放り投げたのだ。おかげでハジメは香織に抱きかかえられるようにして受け止められ、落下を免れた。
しかし代償に肉おじゃは、瓦礫と共にレシートリザードが落ちていった暗闇に吸い込まれていった。
「……そんな……僕を助けるために……。肉おじゃぁぁぁぁ!!」
ハジメの友を想う叫びだけが、空しくその場に残されたのだった。
後編はいずれ書くと思います。かもしくは書かないか、どっちかです