(ありふれた肉体では世界最強になれず苦悶の表情を浮かべる肉おじゃ)   作:ほろろぎ

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 緑色の光を発する鉱石が辺りをぼんやりと照らす暗闇の中で、肉体派おじゃる丸はゆっくりと意識を取り戻した。

 硬い岩肌の上に寝転がった状態で、しばらくボーッと暗闇を見つめていると、そういえば自分は一体なにをしているのだ? といった根本的疑問が浮かんでくる。

 霞がかった意識で記憶を手繰る。

 そうだ、自分はレシートリザードと共に地下に転落しようとした友人、南雲ハジメを助ける身代わりとなって地下に落ちていったのだった。

 相当な高さから落ちたはずだが、所々噴出していた滝と自身の筋肉がクッションとなって、地面に直に叩きつけられずに済んだのだ。

 

「凄いねぇ。驚異はどのくらいあるかな?」

 

 肉おじゃは鍛え上げてきた筋肉と自らの幸運に感謝した。

 ゆっくりと起き上がる。体中に痛みはあるものの、骨折などはしていないようだ。

 それにしても、ここはどこなんだろう? 周囲を見回すが、緑鉱石以外は岩肌が広がるばかりだ。

 自分はどれくらいの距離を落ちてしまったのか。

 

「まぁ120階層ぐらいじゃないすか」

 

 まったくの当てずっぽうだが、実際相当な距離を落ちたはずだ。

 ハジメは助かっただろうか。きっと香織がなんとかしてくれただろう。肉おじゃは上を見上げながら、友人の無事を案じた。

 

「結構でも心配ですねこれ(小声)」

 

 呟き、次いで今最も案じるべきは自分の身だろう、ということに思い至る。

 迷宮は下に行くほど強力な魔物が生息している、とハジメから聞いたことがある。なら今いるここは相当危険なはずだ。

 

「はぁ~……ヤバくねえ?」

 

 一刻も早く地上へ戻るべきだ。

 肉おじゃは早速、落ちてきた道を辿るように落下してきた穴をよじ登り始める。

 ロッククライミングの経験はないが、筋力だけを頼りに壁の出っ張りに四肢をかけ登っていく。これぞ本家肉体派おサル丸である。

 しかし、しばらく登ったところで先に進めなくなってしまった。途中から崩落した岩で穴が塞がってないか? Q.(岩が穴にピッタリ)入ってんの? A.入ってる入ってる

 そう、お太い岩で地上へつながっているはずの道が塞がれてしまっているのだ。

 

「うわーっこれ進めないんだねハァ~ッ……」

 

 肉おじゃは仕方なく、元来た道を引き返すのだった。

 

 再び落下地点に戻った肉おじゃは、次にどうするかを考える。

 壁を上れなくても、地下があるのならここに降りるための階段なりがあるはずだ。

 まずはそれを探そうと、肉おじゃは闇の中、上へと続く階段を探すため歩き始めた。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「(階段とかは無さ)そうですね」

 

 数時間は歩き回っただろうか。だというのに地上へ出るための道は、1つも見つけることができなかった。

 ハララララァ……と深いため息を吐く。

 

「結構でも疲れますねこれ(小声)」

 

 それは肉体的な疲労ではなく精神的なものだった。暗闇の地下の中、たった独り当ても無くさ迷うなんてこれはキツイですよ。

 

「(生存への希望は)案外少ないっす」

 

 ふと諦めの気持ちが肉おじゃの心によぎった。その時、彼の耳に小さくピチャアピチャピチァアアア(迫真)という、水音が聞こえてくる。

 どこかで窪地に水が溜まっているのだろうか。そういえば喉が渇いた。肉おじゃは喉の渇きを癒やそうと、音の発生源へと歩いて行った。

 

 歩いてすぐに目当ての水源は見つかった。ちょっとした池ほどの広さを持つ水たまりが肉おじゃの前に広がっている。しかし、肉おじゃはすぐに水を飲むことができずにいた。

 池には先客がいたのだ。地下階層に生息する魔物である。数は1匹だけだが、強さのほどが分からないので肉おじゃは、魔物が去るまで物陰に隠れやり過ごすことにした。

 気配を消し、魔物の動向に注意を向ける。だがその視線を感じたのか、魔物は水を飲むのをやめ肉おじゃの方に振り返った。気付かれた!

 

「あらいらっしゃい! ご無沙汰じゃないですか」

 

 急いで逃げようとする肉おじゃだったが、驚いたことに魔物が声をかけてきたではないか。

 魔物の姿をよく見ると、金髪の体毛にサングラスをかけ、メッシュ状のタンクトップを身にまとっている。

 一見すると人間にそっくりだが、ガタイのいい上半身に比べ下半身があまりにも貧弱すぎる。そのアンバランスさは魔物に違いない。(断言)

 肉おじゃはこの魔物に見覚えがあった。ハジメが読んでいた地下迷宮魔物辞典に載っていた、KBTIT一族と呼ばれる種族の1体だ。

 

「あ、そんなとこいないで、肉おじゃさんも飲んで」

 

 KBTITは実にフレンドリーな雰囲気で肉おじゃを誘ってきた。肉おじゃはこの魔物とは初対面だが、なぜKBTITは彼の名前を知っているのだろう。もしかしたらそれがKBTITの持つ能力なのかもしれない。

 肉おじゃは妙に人懐っこいKBTITの雰囲気にあてられ、警戒心が薄れたため彼の言う通り隣に並ぶと、池の水に口をつけようとする。そこで事態が一変した。

 KBTITは肉おじゃの背後に回ると、彼の首に腕を回してアームロックの要領で喉を絞めてきたのだ。

 

「ちょっと眠ってろお前」

 

 どうやら友好的な顔をして、近づいてきた獲物の首を絞め落としてから捕食する、というのがこの魔物の狩猟手段だったようだ。

 肉おじゃはまんまとその策にはまってしまった。未熟です……と脳内で反省する。

 

「落ちろ!……落ちたな」

 

 ガクリと崩れ落ちる肉おじゃ。KBTITがその肉に食らいつこうと顔を近づける。

 

「フフハッ!!」

 

 肉おじゃは突然起き上がると、間髪入れずKBTITの顔面に拳を撃ち込んだ。気絶したふりをして油断させたのだ。

 肉おじゃ自慢の右ストレートをもろに食らいKBTITは吹き飛ぶ。だが……

 

「オイお前! 大事な俺の顔殴りつけやがって! オイ!」

 

 大したダメージもない様子で立ち上がってきた。サングラスの下で眼光鋭く肉おじゃを睨みつける。

 

「もう許せるぞオイ! もう許さねぇからなぁ?(豹変)」

 

 言うが早いか、今度は逆にKBTITが肉おじゃを殴りつける。すさまじい衝撃と共に、肉おじゃは数メートルの距離を吹き飛ばされた。腕を上げガードする間もない早業であった。

 たった一発のパンチ、それだけで肉おじゃは身動きできないほどのダメージを受けてしまった。

 

「(骨が何本か折れて)そうですね」

 

 痛みでそう呟くのがやっとだ。

 

「お前の悶絶する顔が見たいんだよ! お友達になるんぜよ!」

 

 KBTITが叫ぶ。お友達とは彼らの種族の言葉で、餌という意味である。

 

「(もうダメ)そうですね……」

 

 肉おじゃは観念して目を閉じた。KBTITは彼の首をつかみ、人形でも拾うように軽々と持ち上げた。ニヤリ、と口角を上げ舌なめずりをする。

 

「おー良いカッコだぜぇ? ほらよ。カジりついてやるからよ。ほら。ほら。いいか?」

 

 牙の生えた口を大きく広げ、肉おじゃの肌に突き立てようとした瞬間、突然横合いから黒い塊が猛スピードで突っ込んできた。

 塊は肉おじゃとKBTITに激しくぶつかり、両者を岸壁に容赦なく叩きつける。ぐはぁ!(致命傷) と2人は口から血を吐いた。

 一体なんだ……と視線を向ける。黒い塊──トヨタ・センチュリーから降りてきたのは、地下に生息する犬型の魔物、TNOKだった。

 

「おいコラァ! 止めろ! 狩猟免許持ってんのかコラ!」

 

 TNOKがKBTITを威嚇する。どうやら肉おじゃという餌を横取りしようと攻撃を仕掛けてきたようだ。

 

「速攻横やりかよお前……。(落胆) お前もう生きて帰れねぇな?」

「誰の縄張りに入ってきたと思ってんだよこの野郎。おい。どう落とし前つけんだよこの野郎」

「(今なら逃げられ)そうですね」

 

 にらみ合いの状態に入る2体の魔物。肉おじゃは両者がお互いに気を取られている隙に、気付かれないようその場から去ろうとする。

 だがなんということか、10歩も歩かないうちに肉おじゃの前に3体目の魔物が現れ、道を塞いだではないか。

 

「逃げられねえってのは恐えなあ」

 

 両手に鞭とロウソクを持つ熊型モンスター、ツメグマの亜種族であるヒゲクマだ。

 ヒゲクマは持っていた鞭を勢いよく肉おじゃに叩きつける。一切の容赦がないその殴打は、肉おじゃの鍛え上げた肉体を貫通し、彼の痛覚を攻め立てた。

 

「ピィ^~……」

 

 今まで感じたことのない鋭い痛みに、涙を浮かべ倒れこむ肉おじゃ。度重なるダメージの蓄積で今度こそ動けなくなってしまう。

 

「(餌にありつけるなんて)期待してんじゃねぇよ(マジ切れ)」

「うんこ野郎だうんこ野郎!」

「なに(殺気)立たしてんだよ」

 

 ヒゲクマが威嚇すると、KBTITとTNOKもにらみを利かせる。

 餌の少ない地下迷宮において、肉おじゃは久々に現れた貴重な栄養源だ。それを巡って3体の魔物が対立の構図を描く。

 

「なんだその偉そうな……すわわっ!」

「とりあえず土下座しろこの野郎」

「あったまきた……(激昂)」

 

 KBTIT、TNOK、ヒゲクマの3体がぶつかり合う。それぞれが放った風、雷、炎の魔法が乱舞する。

 その衝撃で地面に亀裂が走り、大きく砕けた。肉おじゃは再び、開けた穴の中に成すすべもなく飲み込まれていったのだった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 ブッチッチッチ……

 

 ──遠くから、音が聞こえる──

 

 ブッチッチッチ……ブッチッチッチ……

 

 意識がはっきりしてくるにつれ、音はしだいに大きくなる。それはすぐ側で鳴らされているものだった。

 

 チャカポコチャカポコ……

 

 太鼓の様な物を叩いているのか、それはただの雑音ではない。祭りで鳴らされているような、なにかを祝うための音楽だ。

 

「ぅ~う~~ん……」

 

 3体の魔物の戦闘に巻き込まれ、再度地下へと落ちた肉体派おじゃる丸。

 魔物が放った魔法の爆発の余波に肌を焼かれ、崩落する岩に挟まれ骨折などをしたため意識を失っていたのだが、謎のメロディーによって今意識を取り戻した。

 岩に押しつぶされていたはずだったが、どういう訳か今の肉おじゃは直立の姿勢で、体を柱に縛り付けられているではないか。

 

「あれ~? おかしいね、目を覚ましたね」

 

 肉おじゃの耳に、憎たらしい声色の子供の声が聞こえてきた。それは地下に住む魔物の中でも最も弱い、ひでと呼ばれる種族だ。

 周囲に目をやると、肉おじゃを取り囲むように複数のひでがいる。ひでたちは楽器を手に、肉おじゃの周りを踊りながらグルグルと回っていた。

 

「えっ、なんすかこれ」

 

 突然の事態に疑問の声が漏れる肉おじゃ。ひでは律義にそれに答える。

 

「お兄さんはぼくたちの食料なNORA」

 

 なんということだ、またしても魔物の餌として拉致されてしまったのか。

 ひでたちが曲に合わせて踊っているのも、肉おじゃという食料を得た祝いの行事なのだろう。

 

「あぁお腹空いちゃったよ~もう」

「今日給食なんだろう」

「カレーとかじゃなかった?(訛り)」

「カレーだったっけ?」

「うん。はは」

「カレー大好きだから」

 

 縛り上げられている肉おじゃの隣では、鍋一杯のカレーが仕込まれている。

 クキキキキ……。カレーの香辛料の匂いをかいだ肉おじゃのお腹が、彼の意識とは無関係に鳴った。そういえば、地下に落ちてから食べ物はおろか水一滴口にしていない。

 度重なる痛みと疲労と空腹で、肉おじゃはもはや完全に抵抗する気力をなくしていた。

 ひでがナイフを取り出し肉おじゃに迫る。いよいよここまでか……。

 

「結構でも突かれますねこれ」

 

 一思いに心臓を一突きにして殺してくれ、と懇願する肉おじゃ。だが、ひでたちはそんな肉おじゃの言葉をニヤニヤとしたいやらしい笑みで拒絶する。

 

「そんなのいやなNORA」

「ぼくたちはねぇ、獲物がもがき苦しんで悶絶する顔を見るのが大好きなんだニョ!」

「苦しめて殺した方が、お肉は美味しくなるんだよね~♪」

 

 ひでのナイフが肉おじゃの太ももに突き立てられる。

 

「ピィ^~……!」

 

 焼けるような痛みに苦悶の表情を浮かべる肉おじゃ。ひでは刺したナイフで傷をえぐるようにグリグリと動かす。

 

「ぼくもしゅる~。つんつん」

 

 他のひでも真似して、ナイフで肉おじゃの太ももを刺し始めた。

 ひでのような獲物をいたぶることに快感を覚える残虐性は、他の魔物には持ちえないものだ。こんな非道な心を持った存在に捕らえられたのは、肉おじゃの生涯最大の不幸だろう。

 ひでがナイフを抜くと、太ももの傷口がひくひくして来たんや。

 ひでが肉おじゃの傷を押し広げながら、ああ^~もう血が出るう~~と言うまもなく、ひでの顔にどば~っと血が降り注いだ。

 どうやらナイフが太ももの中のお太い血管を傷つけてしまったようだ。もう顔中鮮血まみれや。

 ひでたちは肉おじゃの血を、お互いの体に塗りあっては子供のようにはしゃいでいる。まさに狂気の宴だ。

 

「ハララララァ……」

 

 蛇口をひねったように、肉おじゃの太ももからは止まることなく血が流れ続けていき、それに伴って顔色もどんどん青ざめていく。このままではあと数分もせずに失血死してしまうだろう。

 弱っていく肉おじゃを、ひでたちは取り囲んでじっくりと観察している。

 

「うー☆うー☆」

 

 楽しそうにはやし立てている、その複数の無邪気な笑顔を見ていると、フツフツと肉おじゃの中に燃えるような怒りが込み上げてきた。

 なんで自分がこんな酷い目に合わなければいけないのか。なにも悪いことなどしていないではないか。

 いきなり異世界に呼び出され、戦うことを強いられ、なんの才能も無く、バカにされ、期待もされず、あげく地下の底で誰に看取られることも無く、魔物にいたぶられ死んでいく……。

 ふざけんじゃねぇよお前これ(俺の人生)どうしてくれんだよ! 自分をこの世界に呼び出した神、エヒトに叫びたい気分だった。

 しかし、すでに肉おじゃの意識は風前の灯火である。そこに、ふいにひでの1体がコップに汲んだ水を差しだしてきた。

 

「えっ、なんすかそれ」

 

 薄れゆく意識の中で、反射的に問いかける。

 

「ん? 神水」

 

 ひでが答えた。神水、それはどんな大きな怪我や病気でもたちどころに治してしまう、不死の霊薬と呼ばれている伝説級の秘宝なのだ。

 

「えーちょっと(もっといたぶるために一旦)怪我のほうを治すからー、両手でこう飲んじゃってくれるかな?」

 

 このまま死なれてはつまらない、とひでは肉おじゃを苦しめ続けるため、あえて一度怪我を治そうという魂胆なのだ。

 縄もほどかれ、肉おじゃは震える手でコップに注がれた神水を飲み干す。

 すると、これまで体の中に溜め込まれていた疲労、倦怠感や、体につけられた裂傷や火傷などが嘘のようにすべて消え去っていった。

 肉おじゃは身も心も健康な状態を取り戻したのだ。同時に自分の置かれた環境に対する怒りも、よりハッキリと心の内で燃え上がる。

 

「それじゃあ、お兄さんをもう一度縛るNORA」

 

 ひでがロープを持ち肉おじゃに迫る。肉おじゃは、無言でそのひでの頭部をつかんだ。すでに手は震えていない。

 

「いけないお手手なのら、ペンペン(棒読み)」

 

 ひではふざけた態度で肉おじゃの手をほどこうと叩く。

 

「やっぱ右利きだから右のほうが若干太いと思います」

 

 言うとともに、肉おじゃはひでの頭を力の限り握りしめた。ひでの頭骨がミシミシと音を立ててきしむ。

 

「あぁ、(脳みそが)出る! ああ^~」

 

 ひでが痛みのあまり叫びだす。その声が癇に障り、肉おじゃの怒りをさらに増幅させた。ひでの頭をつかむ手により力が籠められる。

 

「クキキキキ……」

 

 怒りに飲まれ狂気の表情を浮かべる肉おじゃ。今の彼はまさに地獄の鬼の形相で、ひでの集団を睨みつけている。

 睨まれたひでたちは恐怖のあまり怯えてしまい、誰も肉おじゃに手を出すことができない。

 魔物すらも震えあがらせる、今の肉おじゃは、憎しみに身をゆだねた憎体派おじゃる丸。

 それは地下迷宮に生まれた、新たな魔物の1体なのかもしれない……。




思いのほか話が長くなってしまったため、もう1話追加しまーす。

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