HK416ちゃんは聞きたい   作:屋根上猫

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HK416は聞いてみた。

 天国とはどこか――。という哲学めいた議題があったとする。

 まぁ、それこそ人それぞれ答えが似通っていたりいなかったり、無をそこに見出していたり、地獄と変わらないだのと作文用紙一枚じゃ収まりきらない程度の考えが人にはあるとは思う。かくゆう俺にも、そういった哲学めいた事を考えてしまう時があり、その時々によってはなんだかんだと違う内容だったりするわけだけども、またぞろ今日もそういった哲学めいたことを考えてしまう日だったようだ。

 そんな俺が導き出した答えは――。

 

「どう……?」

「膝枕最高かよ……」

 

 ただ、その一言に尽きた。

 古今東西、様々な哲学書が出来上がるその議題に俺はこれを是非とも提出したい。

 好きな子の膝枕以上に天国を感じられる場所はない。そう断言しよう。

 何を言っているんだお前はと思うのかもしれない。なんだったら昨日までの俺はそれを言っている自信すら感じる。だが待って欲しい。少しでも、そう少しだけでもいいので聞いていってほしい。膝枕というものがどれだけ天国のソレなのかを。

 まず第一に説明しなくてはいけないことは、なぜ膝枕をされているのか、誰にされているのかだが。

 無論、HK416だ。当たり前だろう? むしろ確定された結果とも言える。いや嘘です。たまたまなんです。気づいたらというか、少し仮眠を取ろうとソファに横になったまではいいのだ。ただ少しして目が覚めて、あれなんか違和感覚えるなぁなんて思って瞼を開けてみたら天使がいたのよ。こちらを微笑みを携え見下ろしているのを見上げた瞬間なんて心臓が止まる思いでしたよ。えぇ。命の危機でしたね。奇跡的生還を果たしたから良かったものの、思わず『おはよう、天使』とか口にしてしまった時は何を言ってるんだお前とそのまま死んでしまいたいくらいだったが、これまた何故かその言葉が思いのほか彼女の琴線に触れたのか、顔を背けてしまった天使の耳が赤みがかっていたのを見逃さなかった。可愛いかよ。

 それはともかく脳内の奥底にちゃんと保存しておくとして、膝枕というものについてだ。

 今もなお後頭部に感じる温かみには、極上の癒しを提供されているわけで、最早言葉も出ぬままにこのまま永眠に付けるのではないかと思える程の安らぎを感じるわけだが、何を隠そう後ろばかりに気を使っていては前方の微笑みを浮かべる天使に殺されかねない。いわゆる地獄の、いや天国のサンドイッチが出来上がっているわけだ。破壊力が高すぎて表情筋が崩れ落ちるかと思ったぜ。

 なんだったらその場に釘付けにされてる気分であった。体が動くことを拒否しているのだ。動くという意思すら沸き起こらない。そもそも動くってなんだ?

 そんなわけで、現状俺はその場から動くことが出来ないでいる。溢れる疑問もさる事ながら、それはそれとして今起きている幸せな空間を堪能したいのだ。このままいっそのこと二度寝まで済ませたいところではあるのだけど、残念なことに心臓がBPMを上げていることからできないでいた。体は正直ってね。思考も正直だよバカ野郎。

 

「はぁ、まったく……」

 

 ため息は幸せを逃すという。それならばこの今感じている幸せも逃げてしまいそうなものではあるものの、どう見ても幸せの方から過剰気味に迫ってきてるのが現実だ。幸せで押しつぶす気かこの野郎。いいぞもっとやれ。なんだったら、なかばブラックじみた環境からいっそ早く開放を、いやHK416を置いて開放されても意味ないな。うん。……ハッ!? これが企業の狙いか!? 是非ともそれはないと信じたい。わりと。まじで。本当に。

 

「HK416……、膝枕をしてもらっている身としては嬉しいものではあるのだが、仕事はどうした?」

「もう終わってるわよ」

「まぁ、そりゃそうか……」

「…………」

 

 しばしの沈黙。柔らかな雰囲気を纏いながらもこちらを見下ろす綺麗なエメラルドを思わす瞳が、いつかの日のように揺れ動いているのが見えた。

 あぁ、とその思いの行き着く先を思い出して、ハハと笑みが溢れた。

 

「ご苦労様だ416。お前の働きにはいつも助かっている。やはりお前は完璧だな」

「当然よ。完璧じゃない私なんて、そもそも私じゃないわ」

「それもそうか。完璧とはお前のことを指す言葉だったな。正直言って、俺もそう言葉のボキャブラリーが多いわけではないのだがなぁ」

「指揮官の言葉だからこそ聞きたいのよ」

 

 ✩KO✩YA✩TSU✩ME✩

 危うく意識が何かに汚染されるかと思ったじゃないか、ハッハッハ。危ない危ない。

 

「そろそろお前に何か褒美をとらせたいが、今はどうにも思考がまとまらなくてな。言葉だけを先に送らせてもらおう」

 

 なかば体の感覚すら感じないほどのふわふわ感。回りくどい言い回しすら考えることも難しいのだけども。

 

「なんと言えばいいのかねぇ。一先ずはそうだな。俺は君に出会えてよかったと思ってるよ」

「それは、どうしてかしら?」

「君のその常に上を目指す志には、俺も常日頃から見習わなくてはと思っていてね。君の上司に当たる身としては恥ずかしい限りだが、君のその背中は俺にとっては眩しいものだ。思わず君の背中を追いかけたくなるほどにな」

「っ……」

「是非とも君の背中を追い抜きたいと……、いやこれでは俺の話になってしまうな。うむ。そうだなぁ、君のその頑張る姿勢が好きだ」

「んっ……」

 

 今度こそは目を離さぬように、彼女の顔を見上げた。口を腕で隠し、顔を背ける彼女の特徴的な淡く白いその肌が、仄かに赤みを浮き立たせているのが見えた。

 

「何度だって、同じことを言おう。君のその姿を称えるように」

 

 そう、言葉を着飾る必要などないのだ。彼女を称えるのに七面倒なことはしなくていい。ただ、思いを告げればいいのだ。

 

「君のその瞳が好きだ」

「くっ……」

「君のその声が好きだ」

「ぅ……」

「君のその志が好きだ」

「あぅ……」

「君のその姿が好きだ」

「んにゅ……」

「君のその几帳面な所が好きだ」

「っ……」

「君のそのなんだかんだと世話焼きなところが好きだ」

「ぅあ……」

「君の――」

「待って、待ちなさい。待って……」

 

 まだまだ続けようと勝手に開き続ける口を止めるように、彼女は何故か俺の両目を手で覆い隠していた。

 これでは、彼女の実りに実った赤い果実が見えないではないか、ちくせう。

 

「416、塞ぐ場所が違う気がするんだが?」

「塞ぐ場所は合ってるわよ……。はぁ、良くもまぁそうすらすらと言葉を続けられるわね」

「君のことが好きだからな」

「ッ……、やっぱり塞ぐ場所を間違えたかしら……」

「今からでもこの両目を覆う手を口にシフトしてもいいのだぞ?」

「私には片手しかないと思ってないあなた?」

「片方の手は口のニヤケを隠すために使っているに一票投票するが、さてどうだろうか」

「……あなた、もしかして見えてる?」

「カマかけに決まっているだろう。可愛いかよお前」

「んっ、だからあなたはっ!!」

 

 いやマジで可愛いかよ。こちらに降り注ぐ支離滅裂な意味を伴わない言葉の嵐を受け流しつつも、この現状をただひたすらに堪能していた。

 こう、わりかしマジで眠気が漂ってきているから困りものだ。両目を覆うその手のひらの柔らかさ、そしてその優しさも、全てが俺を眠りへと誘っている。

 

「なぁ、416……」

「なによ?」

「……いや、何でもない」

「気になること言って、言わないのはなしよ?」

 

 そう言って、彼女は視界を覆う手をどかした。

 こちらを伺う彼女の瞳はやっぱり綺麗だった。俺の持たない色で、俺にはない価値観で、俺にはない視点で世界を見る彼女の瞳が、ただただ、美しくて。

 

「やっぱり、俺は君のことが好きみたいだ」

「あっ――」

 

 思わずポツリと溢れた言葉に、彼女はまたも俺の両目を覆ってしまう。

 

「気になると言ったのは君じゃないのか?」

「誰も告白を聞きたいとは言ってないわよ……」

 

 少しばかり温かみを発する手が、彼女の心情を吐露するように僅かに震えていた。

 

「なぁ、416……」

「……なに?」

「悪い。もう少しばかりこのまま寝ていてもいいか?」

「えぇ、構わないわよ」

「ありがとう……」

 

 そう言うと、彼女はまた手をどかした。

 視界に映る彼女の顔は、未だにほんのりと朱を残していて、優しげな瞳がこちらを見下ろしている。

 その彼女の頬に手を伸ばすと、優しいひだまりに触れているような感覚を覚えた。確かに、そこにいる。視界に映るだけじゃない確かな感触が、俺の心を解きほぐしていくようだった。

 

「ん……」

 

 俺の手を彼女は大事そうに支えるように、そっと優しく包むように、もっと触れてとでも言うように頬に手繰り寄せている。

 何かを言おうと思っていたのに、それがなんだったのか……まぁ、きっと結局のところ伝える言葉は変わらないのだ。

 

「おやすみ……416」

「えぇ、お疲れ様……おやすみなさい。指揮官」

 

 彼女はやっぱり、完璧だ。

 俺にとっての天国とは、彼女のことなのだ。


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