HK416ちゃんは聞きたい   作:屋根上猫

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HK416は聞いている。

「……きかん。……しき――」

 

 人によっては、眠りから目が覚める瞬間がこの世で一番の至福だと謳う人がいる。

 俺個人の意見を言うのであれば、眠る寸前のあのまどろみこそが至高の瞬間だとは思うのだが、たった今それが塗り替えられそうであった。

 

「指揮官、起きなさい。朝よ?」

「……ん?」

 

 時刻は、多分早朝の頃合い。

 体を揺する優しい思いに、徐々に意識が鮮明に浮上していくあの感覚は、確かに至福と感じてしまうものであるのは全否定することは難しいかもしれない。その日に仕事が無ければの話ではあるけれども、例えば、そう例えば……その日が休みであれば、呑気に時計の秒針やらを見てまだ寝れるだのとおぼろげな思考の中で思うのもありなのかもしれない。もしくはそれが、誰かの、ひいては好きな子の声によって目が覚めるのであれば間違いなく至福の瞬間であるかもしれない。

 結局のところ、目覚めの瞬間も寝る寸前のあの瞬間も、何も考えずにいれる瞬間だからこそのものであるからであり、その後に待ち受ける結末を想像した瞬間の絶望感は計り知れない。次の日に遠足が合ってそわそわしだす少年心も、今にしてしまえば次の日の仕事に打ち震えそわそわしだして寝なきゃ明日じゃないと現実逃避気味に枕を涙で濡らす悲しい――おっと、これ以上は行けない。体が謎の悪寒を感じ始めたからにはこれ以上は行けないのだ。そう絶対に。

 とまれ、今現在の状況を説明するとだ。

 多分今日は休みであるはずであって、別段なにか予定を入れている予定も無いはずの日である。休みとは言ったけれど、正確に言うならばあくまでも敵さんからのアプローチがなければそれはそれで休みだし、今も最前線でE.L.I.Dなる化物共と日夜戦い続ける最前線組には頭が上がらない思いではある。今日に関して言うなら業務自体が少ない日であり、その業務もそれこそ一、二時間足らずで終わるような些細なものだ。ゆえにこうして昼間近くまで惰眠を貪ろうと思っていた自分ではあるのだけども……、些かの疑問が視界の先にいる答えに戸惑いを覚えていた。

 

「416……?」

「そうよ。まだ寝ぼけているのかしら? 流石に業務が少ないからといって怠惰な生活を送るのは、完璧である私には捨て置くことのできない事実だわ」

 

 はてと、未だにモヤがかかっている眠り気味の脳の処理能力が追いついていないが、それでも使えるだけの処理能力で現状を把握しようと努めてみよう。

 なんか、視界の先にHK416がいた。それも、普段のベレー帽すら見えないサラサラな髪が流れる綺麗なお姿で。いやいつも綺麗でしたね貴方は。失敬失敬。

 

「なぜ、ここにいる……?」

「なぜって、それは……」

 

 どこか言い淀むように、その先の言葉を探すかのように視線が彷徨っているのが見えた。

 僅かに頬が赤いのは眠気まなこが見せる視界のボヤけゆえか定かではないけれども、とにもかくにも彼女はどうやら朝早くから俺を起こしにやってきた天使役を勤めにきたらしい。実に愛らしいけれども、俺は寝起きは実に悪い方である。こう、いまいちスイッチが入りきらないっていうかね? あの感じ、そうそうアレ。アレってなんだろう。

 

「もう少し……」

「ちょ、指揮官!」

 

 なおも天使の産声が耳を優しく撫でていた。

 すまない。本当にすまない。体が起きぬのだよ416。そんな揺すっても起きれぬものは、あぁ布団を剥ぎ取らないで! あぁ! 困ります!! あぁ天使様困ります!! あぁあ!!!

 

「ふと~ん~……」

「あ、ちょっ――」

 

 天使によって剥ぎ取られた布団ごと力任せに引っ張ると、ふにゅっという可愛らしい声音と共に温もりを感じた。

 あぁ……暖かいなぁ。

 

「暖かいなぁ……」

「まだ寝ぼけてッ――」

 

 手繰り寄せるように、温かみを胸に抱えるように腕を伸ばしていくと、さらさらとしたモノが指の隙間を縫うように流れていった。

 

「ッ――!?」

 

 ソレごと丸め込むように胸に抱くと、心地の良い温かみが体を包み込んだ。

 仄かに鼻を掠める優しさを感じさせる暖かな匂いが、心を落ち着かせる。

 

「し、しきか……ん……」

 

 本当に、どこまでも手繰り寄せたくなるような温かみだ。手放すことが余りにも口惜しく感じるほどに、その温かみは俺には強すぎる。もっと、もっとと惰眠を欲する心を律するのも難しい。ジタバタと腕の中で身動ぐ彼女の頭を撫でていた。

 優しく、ゆっくりと――。

 

「あぅ……」

 

 

 

▼ ▲ ▼

 

 

 

「あぅ……」

 

 どうすることもできないでいた。

 その優しげな頭を撫でる手つきが、私を抱くその腕の暖かみが、とても心地よくて。私から簡単に抵抗の二文字を奪っていくのだ。

 ずるい――。そう口にすることも出来ずに、私はただその暖かみに身を丸めることしか出来ないでいた。

 

「416……」

 

 なに? と口にすることも忘れて、彼を見上げる。瞼を閉じて、こちらを向く彼の顔。優しくて、時にその雰囲気からは想像のつかない作戦を思いつく手腕の持ち主で、きっと誰もが普段の彼を見ると信じられないようなことをする人と思うことだろう。そんな彼もまた、努力を怠らない人だった。けども、やはり彼はどこまで行っても人間なわけで、時にはこうしてだらしのない日だってある。きっと彼にとっては数少ない羽休みなのだと思う。

 ――後、五分。そう口にする彼をみて、クスリと笑みが溢れた。

 答えを返すことも忘れて、彼の懐へと腕を伸ばした。暖かい場所。安らぎを覚える場所。何者にも代え難い特別な場所。彼の胸へと耳を寄せて、鼓動を耳に感じた。

 トクン。トクン。と、一定のリズムで命の調べを奏でる音が、私にとってどんな意味を持つのか、彼は知っているだろうか。……多分、知らないのでしょうね。

 貴方が生きているということ、それは私たち人形にとって帰る場所があることの事実にほかならなくて、貴方がお帰りと手を差し伸べてくれることがどれだけ嬉しいものなのか。

 そんな人形達がいるなか、こうして抱き留められる私の気持ちは、貴方には分からないのかもしれない。

 

「指揮官……?」

 

 未だ降りてこない続きに声をかけてみるも、返ってくるのは静かな寝息だけだった。

 そうか、寝ちゃったのか。

 

「今日、だけですよ。指揮官……」

 

 彼の背中へ腕を忍ばせて、ぎゅっと腕を回した。

 指揮官のことは、私が……私たちが絶対に守りますから、だから貴方は変わらないでいてくださいね。

 おやすみなさい、指揮官。

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