HK416ちゃんは聞きたい   作:屋根上猫

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HK416は聞かされる。

 仕事というのはいつだって面倒なものである。

 例えそれが既に慣れ親しんだ業務であろうと、面倒なものは面倒なのである。

 だからこそ、時には手法を変えて見たりとちょっとした遊び心でもって物事に挑んではいる訳だが、まぁどんなに工夫を加えようが面倒なものは面倒なのである。さもありなん。

 

「指揮官、手が止まってますわよ~」

「カリーナこそ、手が止まっているように見受けるが……?」

「ほっほっほ、私は既に業務を終わらせてるんですぅ! もう自由なんで――」

「そうか、そいつはいいことを聞いた。倍プッシュだ」

「そんなぁ!!?」

 

 げに悲しきはこの場にHK416がいないことか、傍らにて悲鳴を上げながらも律儀に作戦報告書を練り上げる相棒に人形ちゃんの努力の結晶を授け、俺は俺でと目の前の業務へと着手し始めた。

 幸いにも設備はそれなりに整われているから、そこまで苦はないはずだ。そう作業自体は。問題はその量なわけで……。

 

「……」

「指揮官、手が止まってますわよ~」

 

 おほほほと、半ば無を取得したかが如く遠い目をしたカリーナと目があった。

 仕事を託した身ではあれど、そんな目で見ないで欲しい。なんだったら俺も俺で今ならそんな目を向けれるまである。だからそんな恨みがましく見ないで、作業するから……。

 律儀にも作業を手伝ってくれる頼もしい相方に後でお駄賃を弾ませてもらうとしてだ。

 時刻は既に夕刻時、些かお腹が減ってきた頃合いである。机の引き出しにでも何かしらの非常食があれば別なのだが、悲しいことにそこらへんの用意を疎かにしてしまった自分が憎いと言わずをいられない。ちくしょうめが……。かと言って今この場を離れると、僅かばかりに残っている集中力が消し飛ぶ気がして立ち上がれないのだ。哀れなるかな食事後にやろうものなら睡魔もセットで付いてくるだろう。こちとら軍人上がりというわけでもないのだ。一般人である一般人。いっつぁノーマルヒューマンである。銃など持つことのない悲しきアンテナなのである。

 さてはてこれとてあれとてと、電子の海に注がれる瞳が潤いを失いつつあるがと目を時折擦りながら、キーボードを打っていく。

 そんな時だった。

 

「指揮官、失礼します」

「ん、あぁ入っていいぞ」

 

 コンコンという小気味の良い音と共に癒しの声が耳に入った。

 ガチャリと開け放たれた扉から現れたるは我が指揮部の完璧ちゃんことHK416だった。

 片手にはどこぞかから手に入れたフロッピーディスクに加えて書類が何枚かが抱えられていた。

 

「指揮官、これを……」

「あぁ、すまない。そこの端に寄せといてくれ」

「……分かりました」

 

 キーボードから手を離すことはできそうにあらず、気を抜くとそのまま持ってかれそうな感覚すら体に漂い始めていた。

 HK416に当てていた仕事はなんだったか、敵情視察? 街中に眠る驚異の数? いや同じか、後は鉄血の拠点となりそうな、それも同じか……。ダメだ頭が別のところにリソースを割こうとすることすら許してくれない。

 机端に置かれた書類を見届けて、画面へと視線を向けなおすも、彼女の気配はまだそこに残ったままだった。

 なんぞなんぞと覗き見れば、どこか心配げな表情がこちらを見ていた。

 

「心配するな。こちとらこれくらいしか取り柄のない一般人なものだからな。なにあと数時間で終わらす。君は明日に備えて体を休めてくればいい」

「わ、私に出来ることがあるなら――」

「大丈夫だ。それに君は任務を終えた身だろう。休める時に休んでおけ、人形とて肉体的疲労に精神的疲労もあると聞く、ここは言葉に甘えておけ」

 

 と言えば、しゅんと雰囲気を悲しげに漂わせ、俯く姿が目に映った。

 くそぅ、可愛いなこやつめ。悲しきかなはこの仕事の量か、これさえなければ今すぐにでも楽しい会話の時間が待っていたというのに、……恐ろしいな仕事というのは、これが現実である。

 お隣さんも、最早我関せずと言った具合に同じくキーボードをカチカチとさせている中、一際大きくカターンと音を響かせ、ふぅと一息付いている間である。随分とお早い仕事で、一息がてらに零される吐息を吸い直した時、彼女は口を開くのであった。

 

「そう言えば、指揮官様?」

「なんだ? まだ仕事は――」

「風の便りに聞いたことなのですけども、人形ちゃんと寝たとかなんとか……」

「ブフッ!!」

 

 果たして吹いてしまったのは俺だったのか、二重に聞こえたように聞こえるがさておきとカリーナへと半眼を送れば、ニコニコと眩しいまでの笑顔が出迎えていた。

 

「それがどうした……」

「いえいえ、特になにかというわけではないんですよ? ただほら、私もすこーしだけ息抜きがてらにつまらない会話をと思いまして」

 

 ははは、何がつまらない会話だとツッコミたくなる気持ちを抑えて、冷静に深呼吸を行おうとした矢先、カリーナの追撃は間を持たずして第二射の投擲を開始していた。

 

「それで、指揮官は好きな人はいるんです?」

「ぷふっ!!」

 

 カリーナ、ノリノリである。

 いや待てと、今仕事だと言葉を返そうとすれば、悪戯げに微笑みを浮かべる少女の顔がこちらを見ているだけである。女性のこういう顔は得てして総じて『逃がさないぞワレェ!』の意が含まれていることが多い。まぁ、とどのつまり彼女はこの会話を取り下げるといった選択肢を考えていないのだ。

 そんな最中のHK416はと言えば――。

 

「え、うそ……どうして、いったい誰が……上手く隠せていたはず――」

 

 口元を手で抑えながら、顔を赤くしながらぶつぶつと現実逃避気味にそっぽを向いているのであった。

 彼女は彼女で、不意のアクシデントという奴に弱い傾向にある。想定していなかったモノからの思わぬ攻撃は、瞬く間に彼女へと致命の一撃を加えれることだろう。それに加えて、話題が話題であった。指揮官と人形が共に寝床を一緒にしたというその話題は、多くのモノに該当するような曖昧なものではない。それこそ当事者たる我々に取ってそれは、一体どこから漏れ出たのかと慌てふためくしかない話題であった。

 そうそうに面白い話題が上がらないようなこんな基地で、こんな得ダネもいいところな話に年頃の女子が食いつかないワケもなく、にっこりニコニコ笑顔を貼り付けるカリーナの口撃が、降り止むことなどなかったのであった。

 

「……はぁ、好きな人というのであれば目の前にいるぞ」

「おぉ! あまり包み隠さないのですね指揮官様は」

「本人にもこの好意を隠した覚えはないしな」

「熱々ですねぇー」

 

 ホントに楽しそうである。

 事実として、俺は好意を隠すといったことはしていない。というより、あの日……HK416に聞かれてしまった悲しい独り言を機に、俺はこの好意を隠さなくなったと言っていい。

 彼女のほうはどうだかは知らないが、少なくとも俺は隠していない。ことこの俺の好きな人情報に関して言えば、基地部に置いては知らない人がいないレベルだと思っていたが……。

 

「それでですねぇ」

「…………」

 

 いや、こいつは普通に知ってて聞いたな。

 その顔が全てを語っている。面白い話だ。感動的だな。もっと聞かせろと……。

 傍らでぷしゅぅ~と空気の抜ける音が聞こえるなか、そちらに意識を割けないのを残念に思いながら、カリーナから目が離せないでいた。

 

「お返事とかは貰ってたり?」

「いや、返事は貰ってはいないな。俺自身返事を求めていないってのもあるがね」

「えぇ!!? 一緒に寝ていたのに!?」

「んくっ!!」

 

 完璧ちゃんの動揺が聞こえる。

 一応言っておくが、今回俺はなんも吹き出していない。いいね?

 

「あぁ……まぁそうだな。少なくともその、その事実があったのはもう周知の事実らしいから認めるが、それは俺の朝が弱くて引き釣り込んでしまったことで起きたことであって――」

「きゃー!! わぁー!!」

「……その、彼女自身による選択があったかと問われるとない訳で――」

「あれ、でもでもこれまた風の便りによると、受け入れたとのことらしいですよ」

「ッ~~~~~!!」

 

 なんとも言えぬ可愛らしい小さな悲鳴と共に蹲っていく姿が視界の端に映った。

 流石に、こんな状況で彼女に聞くのは酷であろうか、いやそこら辺すごい気になるのだけどもね、えぇ、私、気になりますねぇ。

 

「その情報源がどっからにしろ、返事はないのは事実だよ」

「それでいいんですか?」

「いいもなにもさっきも言ったろうに、返事は求めちゃいない。それに結ばれるだけが恋の最終形態という訳ではないだろう」

「へぇ~、ふぅ~ん、愛されてますねぇ~~」

「ッ!! 指揮官、私は――」

「あ、そう言えば指揮官様」

 

 HK416が顔を真っ赤に立ち上がりざまに何かを言いかけていたが、それを遮るようにカリーナが俺に話しかける。

 わなわなと震えるHK416をよそに、一体なんだと耳を傾けた。

 

「これまたなんとも風の便りなんですけど、最近I.O.P社から、まぁそのペルシカさんから指輪が届いたとのことらしいんですけど――」

「くはっ――!!?」

 

 言葉の終わりすら待たずに奇声を上げたのは俺だった。僅かに別の声も混じっていたような気はしないまでもないが、俺だった。

 

「あれあれぇ、返事は求めてないって……あれぇ?」

 

 こいつぅ……。

 

「あ、そう言えばHK416ちゃん?」

「な、なによぅ……」

 

 なんともふにゃけた声が聞こえるが、こちとらもはや威厳すら忘れて机に突っ伏していた。

 

「指揮官様ってば、いっつも暇さえあれば貴方のことを話すんですよぉ~、愛されてますね~」

「あぅ、あっ……うぅ~~」

「それで、指揮官様……」

「な、なんだよぅ……」

「いつごろご誓約なさるおつもりで?」

「今、そういうこと言う!?」

「あっ、ぅあ……あぁあああ~~!!!!!!」

「あ、ちょ416、まっ――!!」

 

 バタン、ガタン、スタタタタ。

 風の如く一瞬にして走り去っていく後ろ姿を最後に、扉がゆっくりと閉じていく様を見た。

 

「あらら、いじめ過ぎちゃったみたいですね」

「お前なぁ……」

「それで、仕事……続けます?」

 

 こんな状態で続けられると思っているのかお前ぇ……。

 

「カリーナ……」

「なんですかぁ~」

「……仕事、倍プッシュだ」

「え!? あ、あのそのすみません。嘘です!! からかってすみませんでした!! 謝りますから!!」

「はっはっは、……慈悲はない。共に明かぬ夜を過ごそうではないか……なぁ、カリーナ?」

「ヒィ!!?」

 

 哀れなるかは、後方幕僚の好奇心か。

 執務室を覆ったカリーナの悲鳴が俺の心を浄化するかのごとく、キーボードを打ち始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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