というわけで、第六話をお待たせいたしました。猫です。
今回もまた糖分過多でお届けいたします。
どうぞ、よしなに。
「416……」
「なぁに?」
「酔ってるな?」
「酔ってないわよ、へへへ~」
ふらふらりと頭を揺らす想い人が酒瓶を片手に持っているのを見て、酔ってないと言える人がどれだけいると思うね。少なくとも俺は思わない。今もなおベッド淵に膝立ちになりながらも俺の胸にふへへ~と、ご機嫌な声音ですりすりしてくる416とかいう可愛い生物を引き離す方法もまた、頭に湧き上がる前に煩悩となって消えていくことを繰り返して早数十分の時が過ぎていた。
視界に映る酒瓶の数はすでにひぃふぅみぃと三つを超えており、いったいどれだけ飲んだのかが伺い知れる。ちなみに俺は一つも口にはしていない。なんだったら、あの転がっている酒瓶は全て俺のだし、今いる場所も俺の部屋だし、なんぞや仕事が一段落したからと自室に戻ってきたらこの有様だ。自室への入室に関しては416にはどうぞご自由にと言ってはいるので、コイツが部屋にいること自体には疑問は思い浮かばない。それこそ酒瓶が机に広げられようと多少の疑問を挟むことはあれど、差し当たってどうこうということもないわけで……。
ただ、なにゆえ唐突に三つも平らげたのかは疑問ではあった。
「416、飲みすぎだ……」
「まだまだ行けるわよ」
「……の割にはふらふらしてるように見えるけど?」
「貴方が支えてくれればいいじゃない」
「あぁ……」
そう来たか、と頷きかけていやいやと首を振るった。
416がこうして普段からは想像が付かないほどに、超が付くほどのドストレート具合でもって甘えてくるさまは、言葉にするのも難しいほどに可愛い。多分可愛いだけで感想文を大量に送りつけれるんじゃないかって程に可愛い。可愛いの権化かよ。可愛いよホントに。目が合うたびににへらぁって笑う様なんて、何度舌を噛み切りそうになったか。心の中の俺が声にならない叫びを上げていた。
「いったいどうして急に飲み始めたんだ」
「だって、暇だったんだもん……」
「…………」
やだ、可愛い。死ぬ。
生きる。生きるよ。頑張れ、俺。
「そうか、うん。そうか……」
嘘です。無理です。ちょっと脳が情報の更新を渋ってきやがる。ふざけるなよおい。こちとら聞かねばならぬことが――ありますか? ……あります。
「あぁ、とにかくすまん。ちょっと離れてくれるか」
「やだ」
「あの――」
「やだ……」
やだ……、可愛すぎる。
額を押し付けるようにぐりぐりとしてきながら、その両手はしっかりと背中に回してくるあたり、絶対に放してやるかという強い意志を感じる。それはもう背骨が悲鳴を上げるレベルで。
嬉しさは募る所ではあるが、これでは話は出来ないと416に痛いと言えば、悲しげな声でもってごめんなさいと、腕を緩めこちらを上目に見上げて来やがりましたよこの子、最終兵器彼女かな。可愛い。掠れた声で指揮官なんて声に出されてしまえば今すぐにでも命を絶てる気がする。いや、だからまだ死ねないっての……。
そんでもって、どこか寂しさを孕んだその瞳が、俺のことをじっと見上げてくるのはどういう意図ですかね、心臓が爆音で鳴り響いてる気しかしない。きっと時間にしてしまえばそれは数秒のことだったろう。その瞳が潤んだかと思えば、また頭を擦りつけるようにしなだれかかってくるのだ。
「おい……」
「ねぇ、指揮官は私のこと、好き……?」
「何度も言ってきてるだろう。俺は、416……君のことが好きだと。俺の胸に耳を当ててみるといい」
そう言うと、彼女は小さく『うん』とだけ言って、俺の胸へと耳を傾けた。
「聞こえる……」
安心感すら感じさせる声音で、彼女は答えた。
いったい全体、本当に何があったのだろうか。こうして彼女を冷静になって見ていると、どうにも不安を感じているように見える。指揮官の仕事の一つに人形のメンタルケアがある以前に、今目の前にいるのは好いた女性である。尚の事気になって仕方ない。だが、はたして俺が聞いていいものだろうか。こうして目の前にいるのだからと安易に聞こうと思えないのは、慎重ゆえか……臆病だからか。なんとも面倒な性格である。
彼女を前にして弾む心臓の鼓動は確かなもので、この想いに嘘偽りの類がないのだと証明してくれている。俺は彼女のことが好きだ。この事実は既に俺の指揮部に置いては知らぬ者はいないだろう。再三何度も彼女に会うたびに口にしているのだから、当然といえば当然である。
そんな事実があってもなお、彼女は俺に聞いてきた。好きか? と、俺の答えは当然好きと答える他の言葉を持ち合わせていない。
「伝わったか?」
「うん。沢山伝わった……」
実にむず痒いものがこみ上がってくる。自分で聞いてみろとは言ったが、そこまで実感の篭った感じに言われると、うん。実に恥ずかしい。
「それで、聞いてもいいか、何があった?」
彼女の頭を撫でながら、優しく問うた。
「好きよ……。指揮官……」
「ん? はい!?」
「好きって言ったの、聞こえなかった?」
「あ、いや、聞こえてはいたさ。ただ――」
「ただ、なに?」
こちらを見上げる彼女の瞳が、優しげに微笑んでいた。
対して俺はといえば、突然の告白に狼狽えるばかりである。
ニヤケそうになる口元を隠すように手で覆って、彼女から目を離した。よくよく考えなくとも、こうして彼女に好きだと言われるのは初であった。まさかまさかの初がこれである。不意打ちもいい所だ。再三にわたって何度も彼女に好きだと言ってきた訳だが、何も彼女から返事を貰っていたわけではない。そもこの言葉に返事を要求する類のものではないことは、少なからず彼女にも伝わっていただろう。だからこその関係性。だからこその今までがあった。今や先週の出来事となったカリーナによる煽り事件の最中に、彼女が何を言いかけたのか、それ自体考えるのは野暮とも言えるものだろう。それでも、こうして彼女がその言葉を口にした。それがどういった意味を持つのか――。
「嬉しくはある。ただ、どうして今?」
「言いたくなった。それじゃだめ?」
「あぁ……」
いや、意味なんてものはないのかもしれない。
こうしてしなだれかかってくる彼女を前にして、そういった無粋なことを考えるのはよそう。
相も変わらず彼女の髪は綺麗で、指を縫うようにしてさらさらと髪が流れていく。
「ねぇ、返事は?」
「え?」
「返事」
「いや、何度も言ってきて――」
「へ、ん、じ……」
ぐにっと押し付けられる二つの巨峰。ついでと言わんばかりに鼻頭を突く人差し指の先で、彼女はむぅっとこちらを見上げていた。
「好きだよ……」
「ふへへ~」
「くっ……」
くそぅ……、今日のコイツは本当にどうしちまったんだ。いや原因は分かるけども、わかるけどもさぁ!! こちらのペースなど構いなしに我が道を行くスタイルで来られると、こちらとしても対応に困る。主に俺の心臓が持ちそうにない。誰か助けて……。あぁ、いやいややっぱ待った。これは俺だけでどうにか対処するので来ないで。
「とりあえず、その……腰を下ろしたいから退けてくれるか?」
「はぁい~……」
いちいちふにゃけやがって……。くそぅ。くそぅ。
漂っていた酒気が離れていくの感じながら、一息吐いて、どうにかこうにかやっとこさ腰をベッド淵へと下ろした。
こうして酔いに酔って顔を赤くする彼女を見たのは初めてである。こういう風に酔うのだなぁなんて他人事に思う自分を全力で殴りぬきつつ、これまた一つため息を吐いた。
はっきり言って可愛いが過ぎるのだ。心臓どころか長年付き添った相棒が呼び覚まされる具合には、だがしかしと、流石にこのような状態の彼女とことを及んでみろ。彼女がどうこう以前に俺自身が俺を許せなくなる。例え彼女のその言葉が本意によるものだとしても、そこにお酒というものが絡んでいる以上は慎重にならざるを得ない。よって、今の俺に課せられた任務は、この場をどうすれば穏便に過ごせるか。それに尽きる。
だから頼むよ416。背中に押し当てないで!! お願いだから!!
「考え事……?」
「そんな所だ。君は特に悩む必要はないよ」
肩に顎を乗せながら彼女は鼻を鳴らしていた。
それはもう背中に重圧を浴びせながら……お陰さまで背中が暖かさに打ち震えていた。
酔うと引っ付き虫になるのかぁ、と頭の中のバカ野郎がメモを取り出している辺り、もうダメかもしれない。
「ねぇ、私のこと好き?」
またそれか、と思わず口にしてみれば――。
「何度だって聞かせて欲しいの……ダメ?」
と、可愛らしい声が耳元に齧り付いた。
是非もなし。半ば内心で吐血しながら、どうにかこうにか頭の中で言葉をこねくりまわしつつ、ポツリポツリと言葉を吐き出していった。
「好きだよ」
「うん……」
「こうして君の暖かさを身近に感じて、尚の事好きだと思った」
「うん……」
「未だに、君の知らない顔を見れて、やっぱり好きだと思った」
「うん……」
「そして、これからもまだ知らぬ顔を見れるのだと思うと、もっと好きになった」
「へへへ……」
「それで、その……なんだ。君からも聞かせて欲しい」
「私の?」
「あぁ……」
今だからこそ聞けるかも知れない。出来れば素面の彼女から思いを聞きたくはあるが、この際だ。卑怯だなんだと言われても致し方なし。後々になって彼女から何か言われようとも、その時はその時である。好きだとは言われたが、それでもちゃんとした形で、もっと言葉が欲しいと思えるのは……、きっと彼女も同じ思いから言葉を聞きたくなったのだと思いたい。
「貴方の、日々努力を怠らない所は好きよ……」
「うっ……」
ただ、状況が状況だった。ほとんどゼロ距離から放たれる甘い声音で愛を囁かれるというのは、思いのほか破壊力があった。ただ、そうとだけ言っておこう。
「執務に取り組む時の姿勢が好き」
「っ……」
「やると決めた事はとことんやりつめるその顔が好き」
「あっ……」
「負傷して帰ってきた私たちを見て、悔やんでしまう貴方の心が好き」
「つぅ……」
「そして――」
私を思って、沢山の好きを届けてくれる、貴方の事が……、好き。
「そ、そうか……。分かった。もういい……」
「もう終わり?」
「流石にちょっと許容量が色々と限界でな。勘弁してくれると助かる……」
「まだあるのよ?」
「次回に回してくれ……」
オーバーキルもいいとこだった。
普段俺自身がやっていることではあるのかもしれないが、よりにもよって耳元にゼロ距離ラブコールは心臓に悪いどころじゃない。危うく天国の美しき花畑が見えたレベルだ。ほぼ逝きかけました。
口元のニヤケを隠すために片手を当ててはいるが、まったくもって意味をなしていないように思う。
「ねぇ、指揮官」
「なんだ……」
まだ何かあるのかと耳を傾けてみれば、好きよ。という言葉が叩きつけられる。
「っ、俺も好きだよ」
「ふへへ~……」
今日はとにもかくにも、彼女には勝てそうにないことを早々に悟った俺は、この引っ付き虫をどう対応したものかと、ただひたすらに考えるのであった。
「ねぇねぇ、指揮官……?」
まだ何かあるのかと、ほとほと防御力なんて飾りっけもない耳を再度傾けてみた。
「これからも、沢山聞かせてね……」
そんなもの、言わずもがなという奴である。
俺はこれからも彼女に愛を囁くに決まっている。そんなことはもうとっくに周知の事実なのだから――。
「もちろん……」
それだけ返して、俺は胸元にぶら下げていた指輪を、服の上からそっと触れたのであった。