青春は恒星のように輝いて 作:orchid
「私がいないほうが全てうまくいく」
そう、思い始めたのは、もう大分前の事です。中学校に入る前には、既にそんな事を日々考えるようになっていました。でも、実際のところ、それが本当のことですから。
私は、玄関の扉の鍵を開けて、手をかける。
ギィィィ、という重たい音が、空気を震わせます。
「……ただいま」
当然、私の声に対する返事は返ってきません。応答を期待していた訳でもありませんが。分かりきっていましたしね。
中に足を踏み入れた私に広がったのは、真っ暗闇。何も見えません。ただただ、静寂だけが広がっています。重苦しくて、換気もろくにされていないであろう空気を、全身で感じながら、照明のスイッチを切り替えようと試みます。靴を脱ぎ捨てて、スイッチの場所を手探りで確認します。何度も触っているので、大して迷うこともなく、私の指はスイッチの感覚を得ることが出来ました。
「パチッ」
スイッチは軽い音を立てて、OFFからONへと切り替わる。すると、まるで自分がお仕事の指令を貰えたかのように、照明は2、3回点滅し、明かりを灯した。部屋が一気に明るくなって、その正体を現しました。
一面、白。壁も、床、天井も、白。強いて言えば、部屋の隅っこに、学校関連の物がある位でしょうか。
めぼしい家具はありません。そもそも必要最低限の家具しかありません。テーブルなんて必要有りません。床さえ有れば充分です。食器なんて要りません。使いませんから。飲み物なんて紙パックにせよ、ペットボトルにせよ直接飲めるし、私は基本パンしか食べませんから。袋に入ったまま食べられます。そうやって、不必要な物、削れる物を削っていったら、家具なんて殆ど要らないことに気づいたんです。
節約です。
エコノミーです。
それでも、必要な物は必要ですから、それに支払うお金は必要です。ですから、掛け持ちしているバイトを減らす事は出来ません。当然、勉強とは両立させて。というか、学校でひたすら勉強して、分からない所は休み時間にでも先生に聞けば、ある程度はどうにかなります。
どうにかせざるを得ませんから。
取り敢えずを生きていく為に、勉強は必要不可欠です。運動はそれなりです。体育の授業では、本気は出しません。本気を出してしまったら、クラスの女子でトップクラスの成績を出してしまうから。体育で上位の成績を出してえば、何らかの選手に引っこ抜かれてしまい、勉強に集中することが出来なくなってしまいます。それでも体力は有していたら便利ではあるので、そこそこに運動はしています。誰にも見られないように。
汗を拭くときは物陰で。
私の徹底したスタイルです。何でしょうね。面倒だからですかね。誰かに努力を見られるのは大嫌いです。
それでも、テストでは良い成績を取りたいですね。お金を稼いで、幸せになるために。
そして──―
……まあ、うん。
それが、私の夢です。
まぁ、叶いっこないんでしょうけど。
私なんかに。
私なんかに、叶うわけない。
真っ白い床に無造作に置いてあったスーパーの袋から、半額になった、消費期限が昨日までのパンを1つ手に取る。食べる物を買いに行くときは、必ずと言って良いほど、閉店間際に行く。コンビニの方がスーパーよりも近いけれど、物価がスーパーより断然高いので、あまり行くことはない。飲み物も高いし。24時間営業して下さっているコンビニさんには悪いけれど、あんまり好きじゃない。
削れる出費は削る。それが私の活動理念。
もしも急にお金が必要になることだってあるし、単純にお金はなるべく取っておきたい。
ただの紙に染み込んだインク。
ただそれだけのものが、人生を左右に振り回すから。福沢諭吉を嫁と呼称する人の気持ちは、分からなくもない。今の世の中、それほどお金の価値は重たい。お金は人に幸福を与える事もあり、不幸を齎す事もある。
お金は大切。はっきり分かります。
もぐもぐ。このパン美味しいですね。ピーナッツクリームが程良い甘さです。クリームの量がちょっと少なく感じますが、それを補う美味しさはあります。やはりこのメーカーは失敗しませんね。
もぐもぐもぐ。……ごちそうさまでした。
今日も、私を生かしてくれる食べ物に、感謝して。
そんな、何もないような日々の繰り返し。幸せに感じることはある。その度に、私なんかが幸せになっていいのかと考える。不幸に感じることはない。不幸にどん底なんて、無いんだから。友達はいない。私に友達なんて出来やしないって分かってるから、そこに大して思いはないけれど。
最近は別に元気ではない。それが平常運転なので、不安とか何かを抱いたりすることはありませんけども。今日も昨日と似たような感情の渦の中で呼吸する。このループに満足しているかと聞かれれば満足はしていないが、不満足ではない。変化を求めることはない。
無味乾燥。無色透明。
白黒曖昧な私に、とってもお似合いな生活です。
そんな色付けやしない私の目の前に現れた、色鮮やかな彼女は、私にとって眩し過ぎました。直視するのも憚れるくらい。
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キーンコーンカーンコーン
入学式が終わって、高校生として2日目。私の名字は「ゆうこ」なので、出席番号はクラスの中で最も大きいものだった。よって私は窓際の最後尾という、座席において至上の位置と言えるだろう場所を手中に収めた。隅っこは落ち着きます。誰にも見られにくいから。
私は、ぼんやりと窓の外を眺める。風に吹かれて、桜の花びらが舞い散っていた。その光景を見ると、やはり春を感じさせられます。
そして、虚しさも覚えます。あの花びらを散らしている桜の木は、花びらでその体を着飾っている今でこそ、人々の注目を浴びている。しかし、いずれは花びらを落としきり、見向きもされなくなる。桜の花を着けていない桜の木に用はありません。
所詮、人間はそんなものです。自分の求める何かがあるなら、それに向かって幾らでも誉め称える。美辞麗句。空っぽの言葉を吐き続ける。その癖、求める何かが無くなった途端に興味をなくして去って行く。それが普通です。結局は、自分が楽しいかどうか。悲しいなんてことはありませんが、どこか虚しさを感じてしまいます。
永久の愛なんて存在しない。温かい物は、直に冷める。
そんなの、とうの昔に知っていた。
両親の離婚。
今日では、さほど珍しいことでもない。詳しくは知りませんが、以前どこかで「夫婦の3組に1組が離婚」「約2分に1組が離婚」という話を聞いたことがあります。私は3分の1の確率に見事、当選しただけのこと。「子はかすがい」なんて言葉もありますが、あんなのは全くの嘘っぱちでしょう。信憑性の欠片もないです。
……いえ、寧ろ両親が離婚したのは私のせいでもあったのでしょう。ただでさえ積み重なっていた倦怠感。時間とともに乖離していったと心。そこに加えての過度の育児ストレス。私にとって、両親の心情は推し量れないほどに荒んでいったのでしょう。
心中お察しします。娘ながら同情させていただきます。
両親の離婚についてあれこれ言える立場ではありませんからね。私なんてどうせ快楽と愉悦を求め合った末の副産物。あの人達にとって私は何だったのだろうか。どう見えていたのだろうか。幾夜も幾夜も考えぬいたけれども、結局、答えを知る由はない。だから、いつの日か考えるのを止めた。
今でこそこうして過去の思い出として懐古出来ているものの、あの頃は笑っちゃうくらいに酷かった。世界に自分一人だけに思えた夜をどうにかこうにか繋いでいた。あまりにボロボロの継ぎ接ぎだった。今ではもうちょっと上手に縫いつけられていると思う。
きっと___
突然、教室前方の扉が音を立てて開いた。はっとしてそちらの方を見ると、担任教師が入ってきた。
「皆さん、おはようございます。今日は入学2日目ということで、みなさんに自己紹介をして貰いましょうか」
ざわめく教室。既に話し相手を作った人もいるようで、周囲と会話する姿も見受けられる。皆、環境に適応するのが早いなと、素直に感嘆する。
自己紹介。人付き合いに於いて絶大な比重を占める第一印象を決定する場。ここでのプレゼンで今後の学校生活を揺るがすと言っても間違いではないであろう。とはいえ、取り敢えずは当たり障りのない事を言っておけば、基本的にクラスで浮くことはないといえる。まぁ、自己紹介は出席番号順で行われる様なので、私はこの中で最後。まずは他の人がどう出るかを見てから、あれこれ考えれば良いだろう。
「はいはい、皆さんお静かに。それでは1番の人からおねがいします」
教師がそう言うと、番号1番の人が席を立ち、教師の代わりに教卓の前に立つ。
「1番、浅海深山です。特技は……」
そうやって、自己紹介は始まった。
足が速いだの、ギターを弾けるだの、プログラミングを齧っているだの、自己紹介のバリエーションは多岐に渡った。中々に特徴的な物も多かったので、割と顔と名前は覚える事が出来た。
クラスメートの事を覚える。それだけで交流がやりやすくなるので、クラスで浮かない為には割と重要な事だと思ってる。幸いにも、暗記モノはそこそこに得意な方だと自負している。というよりも、覚えなくてはいけないという義務感の方が強い。自分に課せられた課題の一つといった方が正しいだろうか。やらなくちゃ駄目。自分なんて、生きる価値の無い人間。
だからと言って生き続けてはいるが、他人を害す事はしない。したくない。せめて、自分の意識下だけでも。他人を、周囲を傷つけたくない。……まあ、ただのエゴなんですけどね。笑っちゃうくらい自分勝手。それでも、私は今もそんな考えを止められないまま息をする。
「はい、ありがとうございました。では、次の人」
「あ、は、はい!」
先生の声に驚いたのか、少女は素っ頓狂な声をあげて席を立つ。緊張しているのだろう、慌てた足取りで転びそうになりながら教卓の前に行く。周りはくすくす笑っていますが、彼女には気にする余裕など無いのでしょう。目もくれずにそこへ向かい、立ちます。
「え……えっと! じゅ、じゅうなにゃばん! ぜ、零崎スピカでふっ! ……あうぅ……」
盛大に噛んでます。可愛すぎかよ(吐血)。
何ですかあれ。新種の殺人マシーンでしょうか。あの猫のような愛くるしさは最早犯罪的ですよ。天然記念物保護対象確定です。あぁ、心が浄化されていく……
「す、好きなものは、ね、猫で、しゅ、趣味は、本を読むことです……」
猫ですか……。私にとっては最早彼女が猫にしか見えないのですけどね。それにしても一々可愛いですね。庇護欲を掻き立てられます。
スピカさんは赤面しながら自分の席へと戻っていく。その際、クラスの皆がにやにやしながら彼女のことを見ていたのは言うまでもないことだった。
その後、私を含めたクラスメート全員の自己紹介が終わり、大量も配布物を貰ったり、担任の話を聞いたりしたりして、私達は下校になった。
それからの日々、私の毎日は変わっていった。
落とし物を拾って始まった関係。
席替えをして、隣になって。
彼女は誰にでも優しくて、こんな私にも優しくしてくれて。
それが私には、余りに眩しかった。
白黒曖昧。何色にもなれない私への当て付けみたいで。
何時までも治らない傷を、抉られているみたいで。
あまりに綺麗過ぎて、吐き気がした。