本気の戦いを   作:青虹

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第1話、沢山のお気に入り登録ありがとございます。

これからも完結に向けて頑張ります......!

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感想、評価もどんどんお待ちしています。なるべく全部に返信していきたいと思います。


幕開けは桜と共に

 春休み明けの始業式。教室に入ったDクラス、いや、B()()()()()()()()()()()()()の生徒は、その風景に違和感を覚えた。

 

「なあ健、なんか机少なくね?」

「何があったんだ?」

 

 ところどころ、虫に食われたようにぽっかりと穴の空いた教室。スカスカで、どこか寂しげだ。

 

「あれ?椅子少なくない?」

「ホントだ」

 

 後から入ってきた生徒たちも、同じような疑問を抱いた。しかし、当然原因を理解できるはずがない。

 

「お前たち、早く席につけ」

 

 チャイムと同時に教室に入った茶柱の声で、Dクラスの面々は大人しく席に着いた。

 

「センセー、なんか人少なくないですか?」

 

 池がそう口を開いたが、茶柱は何も答えない。

 

「え?センセー、何かあったんですか?」

「先生、退学とかではないですよね?」

 

 平田の確認には、首を縦に振った。しかし、相変わらず何も話そうとしない。

 真顔にも見えるその顔は、苦虫を噛み潰したような表情にも見えた。

 

「……今いない生徒だが──」

 

 数秒か、数分か。重苦しい沈黙は、体感時間をより長く感じさせた。

 

「──!?」

「それって本当ですか先生!」

「……ああ。それと、送り主不明の手紙が届いている」

「何ですか!?」

 

 ──お前たちは過ちを犯した。

 

 たった一言。しかし、聞き手の心を抉るにはそれだけで十分だった。

()()に大きな心当たりがあったから。何のことか、はっきり自覚したから。2週間前の、あの出来事。

 しかし、あれは綾小路が悪いのではなかったのか。そんな考えが頭をよぎった。

 

「嘘……だろ?」

 

 自らの過ちに気付きながらも、認めたくない。

 しかし、現実は非情なものだ。

 

 

 

 ──崩壊は、もう始まっている。

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

 春休み初日の朝、午前10時過ぎにインターホンが鳴った。玄関まで向かい、客を迎え入れる。奥に映るのは、ピンクに染まり始めた桜の木だ。

 

「おはようございます、綾小路くん」

「おはよう。すまないな、わざわざ来させて」

「大丈夫ですよ」

 

 坂柳は穏やかに微笑んだ。登校日ではないので、私服姿である。

 

「飲み物はどうする?」

「紅茶でお願いします」

「温かいのか?冷たいのか?」

「冷たい方でいいですよ」

「了解」

 

 自分の麦茶と坂柳の紅茶を準備し、リビングに持っていく。

 少し口に含むと、ひんやりとした感覚とともに脳が少し冴えるのが分かった。

 

「それで話なんだが」

「昨日のことですか?」

「……知ってたのか?」

「たまたま通りすがりましたので。というよりも、Aクラスでもちょっと話題に上がりまして」

「そういうことか」

 

 Aクラスでもそういう噂が流れているかもしれないとは思ったが、おそらくウチほど酷い状況にはなっていないだろう。

 

 ほぼ坂柳の独裁状態であり、その中で反乱を起こす者は少ないはずだ。

 

「C──もうDクラスでしたね。そちらはどうでしたか?」

「芳しい状況とは言えないな。ただ、校舎裏に呼び出されて尋問されるとは思わなかったな」

 

 朝その写真がばらまかれてから冷ややかな視線を受け、陰口を叩いているのは知っていたが、まさかあそこまでされるとは思いもしなかった。

 

 この一年でかなり成長が見られたと思っていただけに、あの一件でかなり失望した。

 

「頰の腫れも昨日ですよね?」

「ああ、須藤に殴られた」

「須藤……ああ、暴力事件を起こしたことのある赤い髪をした子ですか」

「そうだ」

 

 痛いか痛くないかで言えば、痛い。ただ、あそこで受けた痛みの数々に比べれば、足元にも及ばない。

 

 坂柳は紅茶を一口飲むと、さらに続けた。

 

「昔はすぐに手を出していましたが、最近はそういうことが減っていましたから。まさかクラスメイトに手を出すとは」

「結局、あいつはそれだけの人間だったというだけの話だ。表面上では変わっても、中身は全く変わっていなかった、そういうことだろうな」

「ふふっ、そうかもしれませんね」

 

 坂柳は表情を変えずに話を聞いている。

 オレの話をどこまで推測しているのだろうか。

 

「ちなみに、堀北さんはいたのですか?」

「そういえばいなかったな。あいつは多少なりとも冷静に物事を判断できるようになったのかもな」

「もしかしたら、綾小路くんに限ってそんなことはないだろうと思っているかもしれませんよ?」

「……本当にそう思っていそうだな」

 

 オレをからかうのが楽しいようで、坂柳はクスクスと笑った。

 堀北は今回の一件をどう見ているのか。あとで聞いてみて、その結果次第では()()のメンバーに加えてもいいかもしれない。

 

「それで、綾小路くんはどんな行動を起こすのでしょう。気になって仕方ありません」

 

 やはり、このままやられっぱなしで終わると思っていないらしい。そろそろ本題を切り出そう。

 一呼吸置いて、ごく普通のテンポで切り出す。

 

「オレは今のクラスに興味がなくなった」

「元から興味がなかったのではなくて?」

「平田とか堀北とか櫛田とか、そういう人間にはかなり興味があった。だが、校舎裏に呼び出した人間には興味がなくなったんだ」

 

 今まで茶柱先生の圧力があってAクラスを目指すことを強要されていた。しかし、もとからない気力が遂にマイナス方向に振れた。

 

「つまり、新しいクラスに移籍すると?」

「あいにく2000万ppt(プライベートポイント)も持っていない。あったらAクラスで影を潜めていようかと思ったが」

「結局月城理事長代行から逃れられないと思いますよ」

「特別試験のたびにオレが裏で動く必要がない分その方が楽だと思うんだがな」

 

 Aクラスの方が方針が決めやすい。誰か一人優秀な指導者を立て、残りはそれについていく。その方がかていが少なく、楽だ。独裁政治が一般的だったのは、そういうメリットがあるからでもある。

 

「では綾小路くんはどうするつもりでいるのですか?」

「新しいクラスを立ち上げる」

「ふふっ、そうですか。それはとても面白いことを考えますね」

 

 ただ、立ち上げるにしてもpptに限度がある。これから加えるメンバーから一定の協力を得たとしても、要求される額に到達するか分からない。

 なるべく消費を抑えるには、持ちcp(クラスポイント)0、つまりEクラスからのスタートとなる。

 あらゆる権利をポイントで買えるので、多めに用意すれば、月城といえども受理しないわけにはいかない。

 

 そして、目の前には協力者候補にして大量のpptを所持している可能性の高い坂柳。元々勧誘する予定はあったが、思ったより好都合かもしれない。

 

「そこでだが──」

「何ですか?」

「坂柳も一緒に新しいクラスを立ち上げないか?」

 

 坂柳は一瞬ポカンと拍子抜けな表情を見せた。予想の斜め上を行ったのか、そもそも想定外だったか。

 しかし、次第にふふっという笑い声に変換されていった。

 

「ふふっ、綾小路くんは急に変なことを言い出しますね。……ふふっ」

「そんなことを言ったつもりはないが?」

「いいえ。綾小路くんはいつも私をワクワクさせてくれると思いまして」

「つまり、協力してくれるんだな?」

「もちろんです。神室さんや橋本くんを連れてEクラスに移動しましょう」

 

 参加の決め手は分からないが、二つ返事で快く協力してくれるのはありがたい。Aクラスの脅威が減るだけでなく、他クラスへの攻撃も容易になる。

 そして、一番大きいのが月城への対応がしやすくなることだ。

 オレがホワイトルームにいたことを知っているのは坂柳だけ。変に他を巻き込まなくても済むだろう。

 

「あと誰を予定しているのですか?」

「そうだな……」

 

 オレのクラスで言えば、恵、いつものグループ(きよぽんグループ)の啓誠、明人、波瑠加、愛理。不確定ではあるが、堀北。高円寺に関しては全く分からない。

 

 Cクラスでいえば、龍園。クラスからハブられているので、そう難しくないだろう。そして龍園が来れば、石崎や伊吹、椎名、アルベルト辺りが勝手についてくる。

 

 Bクラスは残念ながら付け入る隙がない。先日の特別試験で敗北したとはいえ、今回の一件に関しては完全に蚊帳の外だ。それでいえばCクラスも同じだが、Bクラスの団結力の前で引き裂くのは困難だろう。

 

 Aクラスは坂柳とその周り。

 人間とは意外と根に持つ生物だ。坂柳のいないところで好き放題陰口を叩いている連中もいることだろう。意外と楽なのかもしれない。

 

 そのことを端的に伝えた。全員了解したとして総勢20人弱。一クラスとしては少ないが、個々の能力で見れば何ら問題はない。

 

「ドラゴンボーイさんが入ってきたら徹底的にいじって差し上げましょう」

 

 坂柳はニヤッと笑った。いじるのは勝手にすればいいが、内部分裂だけはしないようにして欲しいものだ。

 教師はいるだけでもいい。教科担当が無ければ、いないも同然だ。連絡は端末に送られてくるので、プリントが配布されることはまずない。

 

「ふふっ、上手いことやって下さいよ、綾小路くん」

「これくらい何も問題はない」

 

 勧誘くらいすぐに終わるだろう。

 

「せっかくですし、どこかへ出かけませんか?」

 

 そう言った坂柳の表情は、Aクラスの女王ではなく、等身大の女子高生だった。

 

「どこへ行く?」

「ショッピングセンターで服を買いましょう」

「あんまpptは使うなよ」

「大丈夫です。たくさんありますので」

 

 自慢げに見せてきた端末を覗くと、そこには7桁後半の数字が示されていた。

 

「……ほどほどにな」

「もちろんです」

 

 身支度を整え、寮を後にした。

 坂柳の歩調に合わせてゆったりと進む中で繰り広げられるのは、部屋での堅苦しい話ではなく、年間溜め込んできた他愛のない話ばかりだ。

 あの日の帰り道でも同じように会話をしたが、こういうのも案外悪くないものだ。

 

 桜はまだ5分咲きくらいだ。しかし、春の暖かな風に揺られて踊る花は、満開のものに全く見劣りしない美しさを秘めている。

 気を張り詰めてばかりでも良くないのかもしれない、そう思った。


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