無事、再開にこぎつけることができて嬉しいです。
リメイク前を閲覧してくださった皆様へ、2章に関しては、構成をガラッと変えています。その辺りご了承ください。1章のリメイクはこれから少しずつ行っていきます。
ゴールデンウィークという大型連休明け直後の特別試験というものは、学生たちに大きな影響を与えているようだ。あちこちから2年生の項垂れる声が耳に飛び込んでくる。
そんな場所から離れて、オレは一人帰宅路を進んでいた。道のりに生える桜並木からはすっかり桃色は消え去っている。代わりに少しずつ緑が勢力を広げていて、これから夏へ向かっていくのだと思い知らされる。
太陽も熱を帯び始めている。それはまるで、もうすぐ今年度最初の特別試験が行われようとしているオレたちのようだ。
周りに人はおらず、葉の揺れる音だけが反響している。
カサカサという音だけが覇権を握り、ステージを独占している。
しかし、そこに割り込んでくる音があった。
背後から規則正しい靴の音が近づいてくる。とても小さいが、意識し出すとそれは耳から離れることなく張り付いてくる。
やがて、オレを追いかけてきた平田が隣に並んだ。
「やあ、綾小路くん」
「ああ」
口調こそいつも通りだったが、確実に敵対心が滲み出ていた。
「綾小路くんはやっぱり戻るつもりはないんだね」
「ああ」
呼吸を音にしただけの、不真面目な声で返事をする。
今更戻るなどバカバカしい限りだ。
「……どうしてこうなってしまったんだろうね」
「……」
隣の平田は、地を見つめて沈んだ声で話し続ける。
「あの時から、何も変わってない。壊しちゃいけないものばかり壊し続けて、何も守れていない」
ふっと笑いを零すと、オレの方へ視線を向けた。いつもの爽やかな面影はどこにもなく、自虐的な笑みを浮かべている。
「……僕はどうすればいいんだろうね」
「さあ。それを考えるんじゃないのか」
「そうだね……」
平田はオレに助けを乞うた。
しかし、それを敢えて突き放した。もう同じクラスではない。ならば、助ける義理はどこにもない。
冷たく突き放して、オレへの
「いつまでもオレや堀北に頼っていると、すぐに0になるぞ」
「うん、分かってる」
平田は天を仰ぐ。そこに滲む表情は、夕陽に阻害されて覗くことができない。
「今、Dクラスはかなり荒れてるんだ」
「具体的には?」
「入学してすぐくらいかな。cpがそんなに減っていないのは、やっぱり去年は特別試験の一環だったからかもしれないね」
「……相当荒れてるな」
想像以上に酷い。ただの自滅だというのに、何を自暴自棄になる必要があるというのだ。自業自得だ。
行き場のない怒りを散布させたところで、士気が上がるはずがない。ただの悪循環にしかならない。
初めの頃は、須藤や櫛田らがわざわざEクラスに乗り込んでくることが何度もあった。
その度にアルベルトや龍園につまみ出してもらっていたので、特に気にすることはなかったが。
「須藤くんが特別試験で目にもの言わせてやろうって躍起になってるけど、あまり効果はないみたいだし」
「そりゃそうだろうな」
以前の須藤といえば、すぐに手を上げる、遅刻と居眠りの常習犯のイメージだ。そんな奴が急に本気になったところで、みんなが大人しく従うはずがない。
今の須藤には、本気の戦いをする資格すらないのだ。
「櫛田さんも、前みたいに活発に動いてくれないし……」
「それは意外だな」
櫛田は、こういう時こそ自ら先導してオレたちを退学に追い込もうとするものだと思っていた。メンバーを知って、諦めたのか?
「もう、Dクラスは終わりなのかな……」
オレは何か言う事をせず、平田の隣を歩き続けた。
平田が終わりだと思えばDクラスは終わる。平田が諦めなければまだチャンスはある。
「Dクラスの行く先は、一人一人の努力次第だ」
「そうだね……」
寮に着く直前、オレは平田にそう声をかけた。
言おうか言わまいか、少し迷った。言わなければ、平田の予想通り没落する一方だろう。
しかし、それでは手応えがない。死体蹴りほどつまらない蹂躙はない。
「オレはもう少し後に戻る」
「うん。僕は先に行くよ」
「ああ、じゃあな」
「うん」
矮小な背中を見送ると、オレは踵を返し、備え付けのベンチに腰掛ける。
涼しい夜風に吹かれながら待つ事数分、桃色がかった髪を揺らし、少女は姿を現した。
「ごめん、遅くなっちゃった」
「いや、そんなに待ってないから気にするな」
「なら良かった」
一之瀬はオレの隣に腰掛けると、大きく欠伸した。そして、消え入るような声で呟いた。
「……カップルみたいだ」
「……」
今のは……聞かなかった事にした方がいいだろうか。
「それで、話ってなんだ」
「ただの世間話だよ? Eクラスが出来たっていうね」
「それは世間話と言っていいのか?」
少なくとも、オレには事務的な会話に近い気がするんだけどな。
しかし、一之瀬はオレの疑問を他所に話を進める。
「さすがに、新しいクラスを作るなんて思いつかないよ」
一之瀬は苦笑いを浮かべた。
「やっぱり、綾小路くんには敵わないなぁ」
「オレはそんな大層な人間じゃないと思うぞ」
「ううん、綾小路くんは頭の回転が早いし、運動も出来る。私が勝てるところなんて、何一つないよ」
ロビー内は、いつの間にか帰ってきた学生がかなり数を増やしていた。しかし、一歩外に出れば、時々会話や足音が聞こえてくるものの、中に比べれば静かなことは明白だった。
Bクラスの生徒もいるらしく、通り過ぎるときにこちらに向かって手を振っては一之瀬は手を振り返していた。
「いや、少なくとも一之瀬のコミュニケーション能力には勝てないぞ」
「あはは、そうかな?」
「特に、オレは世間話とか苦手だからな」
「神崎くんもよく言ってる」
「そうなのか」
確かに神崎は活発に会話するようなタイプではない。どちらかといえば寡黙な方だ。
「ところでさ、綾小路くんは今度の球技大会について何か考えてたりしてる?」
「いや、全くだ。人数的にも、割り振りだけで一苦労だったんだ。これからも苦労が多そうだ」
他クラスの半分ほどしかいないEクラスは、こうやって不利になることが多々あるだろう。
それでも、オレの、オレたちの能力でねじ伏せる。
愚か者に見下される愚か者になりたくはない。急な手のひら返しだが、あの事件はそれくらいオレへの影響が大きかったということだ。
「少なくとも、オレ以外の奴らがやってくれるさ」
「でも、綾小路くんも真剣にやるんだよね?」
「……さあな」
言葉を濁して答える。
「まあ、それなりにはやるさ」
本気を出すこと。それは自分の限界を晒すことである。それは、弱点を見せびらかすことと同等だ。
「私たちだって、負けるつもりはないよ」
「いい戦いができるといいな」
「そうだね」
一之瀬の視線は、ずっと青から赤へ、そして黒く染まり行く空へむけられていた
一之瀬が何を見ているかは、どう頑張っても分かりそうになかった。
ふと、何かが触れる感覚を覚えた。
隣に目をやると、さっきよりも距離を詰めた一之瀬がいた。
「近いな……」
「うん、近いね」
一之瀬は僅かに頰を朱に染め、じっとオレを見つめてくる。
「綾小路くんって……好きな子とかいるの?」
「いないな」
若干顔を俯かせながら、一之瀬はそう尋ねた。
そもそも、人を好きになるという感覚すら分からない。
笑うという感情すらまともに理解できないオレに、そんな高度なものが分かるはずがなかった。
「そうなんだ」
一之瀬はふっと笑った。それは、どこか安心したようにも見えた。
「Eクラスに負けるつもりはないからね」
「オレたちも負けるつもりは毛頭ないぞ」
こんなところで負けていては、真の平穏など手に入れることができないのだから。
「じゃ、私は行くね」
「オレも行くか」
共に、エレベーターで目的の階を目指す。
先にオレの部屋がある4階に着いた。
「おやすみ」
「うん、またね綾小路くんっ!」
「ああ」
オレに向かって手を振る一之瀬はどこか脆く、危なっかしい。
オレが女心とやらを理解できるはずもない。
扉は無情に閉ざされた。
ー▼△△▼ー
授業はとても退屈だ。それでも、体裁では真面目に授業を受けていなければいけないのだから、余計たちが悪い。
相変わらず隣人の堀北は、ホワイトボードとノートを何度も行ったり来たりして忙しなく板書をしていた。
「はぁ……」
「随分と重苦しいため息ね」
「既に知っている事を教えてもらってもな……」
「そう。それなら復習という意味で真面目に先生の話を聞けばいいじゃない」
それは一理ある。再びホワイトボードとノートとにらめっこを始めた堀北を横目に、オレの持つ知識と照らし合わせながら話を聞くことにした。
……飽きる。それは何ら面白みのない事だった。オレの知らない知識は、高校程度ではあるはずもなかった。
それ故に、先の展開が読めてしまうのだ。ミステリー小説なんかがいい例だろう。先に犯人や事の顛末を教えられてしまっては、面白みは皆無だ。
ぼーっと話を右から左へ聞き流しながら、退屈すぎる日々の授業をこなしていった。
窓の外に目を向ければ、どこまでも広がる青い空が見える。
それなのに、オレが生きる世界はどうしてこんなにも狭苦しいのだろう。
そして、卒業後に思考が移る。
誰にも縛られず、自らの意思でやりたい事をやりたい。オレの人生は常に誰かに縛られて来た。父親と、そしてこの学校。
その自由を手に入れるためにも、オレは勝たなくてはならないのだ。
勝たなくてはならない、必ず。
もうすぐよう実11.5巻が発売されますね。前期末試験の真っ最中ですが、そんなものは御構い無しに下校の時に近くの書店で買います。