本気の戦いを   作:青虹

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急に日間ランキング18位に入ってて驚いています。

全然ランキング上位に入らないと思った矢先に入ってくるってどういうことですかね(困惑)


近づく時

 特別試験1週間前の土曜日。相変わらずカラッとした気候が続き、とても過ごしやすい。

 そんな中、オレは野球に出場するメンバーと共にバッティングセンターに来ていた。

 

「球をよく見ろ」

「そ、そんな事言われても……っ!」

 

 恵が振ったバットは、またしても虚空を切った。

 

「こんなの怖すぎて無理!」

「じゃあ、少し速度を落とすか」

 

 野球部がピッチャーに来ることも想定し、130km/sでバッティング練習をしていたのだが、目を瞑ってしまいなかなか当たらない。

 やはり、まずはボールに慣れさせるしかない。

 

 どのくらいの速度がいいのか、端末を使って調べてみる。

 ……120でも早い方なのか。高校生の平均がおおよそ115。多少早く見積もっても、130に届く可能性は低いか? 

 

「まず100にするから、しっかり芯を捉えられるようにしてくれ」

「ん」

「それと、最初の方は無理に振らなくていい。球をよく見て感覚を掴むんだ」

 

 球が射出される。さっきの130に比べれば、目でわかるほど遅い。

 2、3球見逃した後、恵に振るように指示を送る。

 

 すると、5球ほどして芯にではないが当たるようになった。

 

「やった、当たったよ清隆!」

「ああ、その調子だ」

 

 しかし、隣では男組がどんどん打ち返している。

 あそこまでは求めないが、一回でもヒットを放ってほしいものだ。

 

「芯に当たるようになったら少しずつ速度を上げる。最終的には130まで持っていきたいな」

「おっけー!」

 

 恵は大丈夫そうか。そう思い、隣のレーンで空振りまくっている椎名の方へ向かう。

 

「綾小路くん、どうしたら当たるんですか……?」

 

 椎名も球に日和って目を瞑り、空振っていた。

 

「まずはよく球を見ろ。打たなくていい。それでタイミングを覚える。そしてその後、バットを振って当たるようになったら球速を上げる。最初からできるやつなんてそういない。練習すれば、自然と当たるようになったなるさ」

「はい」

 

 椎名は優しく微笑んだ。そして、何度も流れ行く球を凝視し、何球かした後構えた。

 そして──

 

「綾小路くん、打てません……」

 

 またしても空振りだった。

 

「こればっかりは何度も練習して慣れろとしか言いようがないな」

「分かりました。頑張ります!」

 

 椎名は胸の前で小さく握りこぶしを作ると、力強く宣言した。

 

「応援してるぞ」

「はいっ!」

 

 椎名は嬉々とした表情で返事をすると、真剣な表情に早変わりさせてバットを構えた。

 その表情は読書の時に似ており、邪魔してはいけないと思ってその場を離れることにした。

 ダメそうだったらまた来ればいい。

 

 奥で快調に球を打ち返す男たちの方が気になり、その方へ歩いていく。

 

「綾小路は練習しなくていいのか?」

「あとでやっておくさ。今はそれよりあっちの指導をしなければならないからな」

 

 葛城は汗を滴らせながら、俺との会話に興じていた、

 ふと声がしたのでその方を見れば、明人と橋下が何やら話をしていた。

 険悪そうな雰囲気はないので、教えあっているのかただの雑談をしているのかどちらかだろう。

 2月だったか、一之瀬が坂柳に狙われた時、神崎と橋下が睨み合いをしていた時に明人は仲裁に入っていた。それが尾を引いていないか心配だったが、そういう様子は見受けられない。

 

「綾小路も打ってったらどうだ? 気を休めるのも大事だぞ」

「……そうだな」

 

 橋下に促され、場所を代わってもらう。球速は140でいいだろう。

 少なくとも初級者用の速度ではない。

 

「おー」

 

 金属バットが球の芯を捉える音とともに球はネットに一直線。

 橋下が歓声をあげる。

 

「上手いな、綾小路」

「昔結構やってたからな」

 

 昔少しやっただけだったけどな。色々なことをやるうちに、感覚が鋭く磨かれていったようだ。

 

 おそらく高校生だとここまでの球速を投げる投手はそういない。いたとしても、その選手がこの学校に進学しているという噂も聞かない。

 

「確実に勝てる」

 

 無意識のうちに、そんな弾んだ声を漏らしていた。しかし、誰かに聞こえることはなかった。隣の明人の快音でかき消されたからだ。

 

 その後、何球か打ってその場を後にし、橋下と交代する。

 そして、再び女子陣の方へ。

 その中でも、堀北の技術はやはり頭一つ出ていた。

 

「好調のようだな」

「ええ」

 

 堀北はポケットからハンカチを取り出し、汗を拭いながら答える。

 

「そろそろ休憩にしようかしら」

「その方がいいだろうな」

 

 まだ5月だが、朝から照りつける太陽のせいで気温は30度に迫っていた。この時期としてはかなり気温が高く、しっかり水分を取らなければ脱水症状や熱中症になりかねない。

 

 堀北が近くにあった自動販売機でスポーツドリンクを買うのを、時々聞こえる快音をバックに見つめていた。

 

 今までは茶柱先生や堀北の圧もあり、()()()()Aクラスを目指していた。

 しかし、今回はオレが主導。これまでよりも気持ちがぐっと楽だ。いや、違う。結局Aクラスを目指すという構図はあまり変わっていない。

 変わったのは、オレの心情だ。

 

 自ら戦地に飛び込んでいく()()()でいっぱいだ。

 オレに勝てるやつが現れるのが楽しみなのか、気兼ねなく本気で戦うことができるのが楽しみなのか。

 

 自分で自分の感情をいまいち把握できていないが、今までにないほど胸が踊っていることだけははっきりと分かった。

 

「おまたせ」

 

 堀北が小さな空間に入る。壁は透明で、外の様子を伺うことが出来る。

 中は冷房が効いており、快適だ。

 

「堀北は後悔していないのか? Dクラスを裏切ったこと」

「……全く後悔していないわけじゃない。でも、私の目的はAクラスに上がることよ。こっちの方が確実だと思っただけ」

 

 堀北がこの学校に進学したのも、Aクラスを目指すのも、全ては元生徒会長の堀北兄に追いつくため。

()()()()()()()()()()()この学校に来たのだ。

 

「ならいいけどな。何だかんだ言って最近はクラスメイトから信頼されてたろ?」

「そうね。でも、入学してすぐは私のことを毛嫌いしていたじゃない」

「それはお前が悪い」

 

 結局人間はその程度でしかない。

 自分の都合のいいように、それか周りに合わせて行動する。

 かと言ってそいつが実はすごいやつだと知れば、今までのことはなかったかのように評価を180度転換させる。

 

「3年生になったら、お前を生徒会長にするか」

「なったとしても、兄さんには追いつけない」

 

 堀北は目を伏せた。

 

 確か、堀北兄は入学してすぐ書記に就任、そして次の選挙で上級生を抑えて会長に成り上がったらしい。

 現時点で会長に就任していない時点で、既に遅れを取っていると思っているのだろうか。

 

 それか、自分が不良品だと断言されたあの日からか。

 

「堀北はどうして兄にこだわるんだ?」

「兄さんが優秀だからよ」

 

 堀北も十分優秀だと思うんだけどな。

 

「もしお前が兄に追いつけたとして。それからはどうするんだ?」

「それは……」

 

 堀北が兄に追いつけない可能性は0ではない。

 いまの堀北が見ているものは、身近な背中。その先が何も見えていない。

 ホワイトルームからの脱出しか考えず、その先は何も考えていないオレも大して変わらないが。

 

「……とにかく、今は目の前の試験を乗り越えることが大事だ」

「……そうね」

 

 今はまずAクラスを目指す。これからの話はそれからだ。

 

 気休めも大事だが、それもほどほどにしないと。やるべきことが山積みだからな。

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

 豪華に彩られた部屋の中で、男はじっとモニターを見つめる。そして、時々口角を上げる。

 

「随分と楽しそうですね」

「ええ。彼の実力が見られるのですから」

 

 男たちは画面に映る1人の少年をじっと見つめていた。

 

 この映像は敷地内の随所に設置されている監視カメラの映像。

 誰がどこにいるかなど、把握は容易だ。

 

「あの方が最高傑作だと言っていましたが、一体どの程度なのでしょうかね」

「さあ」

 

 男は不敵な笑みを浮かべた。

 

「彼はまだ子供です。我々大人には敵いませんよ」

 

 子供は大人の道具でしかない。子供とは、ただのモルモットだ。

 

「いつまでも天国を見させるわけにはいきませんからね」

 

 男は柔和な笑みを浮かべながら、それでいてそこから出るとは到底思えない冷たい声音で言う。

 

「Aクラスに上がるのが先か、退学が先か。どちらでしょうか」

「退学の方が先でしょう」

 

 男は即答した。

 

「子供が大人に勝てるはずがありませんので」

 

 子供だから。男はそう何度も繰り返していた。

 

 この世界は実力主義。平等などどこにもありはしない。

 しかし、それが世界の真理だ。

 

 間も無く、生きるか死ぬかの戦いが幕を開けようとしていた。

 

「せいぜい私を楽しませてくださいね、綾小路くん?」

 

 部屋に男の高笑いが響いた。


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