銀の蛇と白い猫のお話 作:アマゾンの奥地
私たちを拾ってくれた人は、とても優しい人だった。
あまり喋らない静かな人だけど、静かながらも私たちのことを気にかけてくれた。
私たちを育ててくれた人は、すこし冷たい人だった。
精神的な話ではなく物理的な意味で、彼はひんやりと心地が良かった。
夏なんかは、姉さまと一緒に彼にすり寄って甘えたものです。
私たちを守ってくれた人は、なんだか暖かい人だった。
あの人のそばにいるだけで、それだけで暖かい。
彼は私にとって陽だまりのような存在でした。
私たちを慈しんでくれた人は、ずいぶんと不思議な人だった。
だから、好奇心の強い姉さまが彼の秘密を知りたいと思うのは当然のことだったのかもしれません。
「こっそり後をつければバレないにゃ。だって白音も気になるでしょ」
私たちは彼の後をバレないように追いかけました。
普段なら気づかれてしまっていたのでしょうが、その日の彼はどこかおかしかったです。
私も、姉さまもそれが気になってしょうがなかったのです。
私をそばに置いてくれた人は、秘密の多い人だった。
彼を追って仄暗い不気味な塔に入りました。
そこは腐敗臭がしました。
『死』の臭いです。
私たちが彼に拾われる前にいたところでは常に隣りあわせだったものでした。
目を凝らしてよく見ると、あちらこちらに大きな鳥かごがぶら下がっていました。
中になにが入っているのかは私には見えませんでした。
ただ姉さまは中身が想像できたようで、なんだかとても怯えた様子でした。
「早く■■に追いつくのにゃ.....」
姉さまは私の手を引いてそう言います。
震えながらも、歩く速度はむしろどんどん速くなっていきました。
この時の私たちは、得体の知れない塔にいる恐怖と彼の秘密に触れることのできる楽しみがありました。
私を可愛がってくれる人は、恐い人だった。
塔の中心を貫いている螺旋階段を上がっていくなか、ついに私たちは鳥かごの中身を見てしまいました。
そこにあったのは『悪魔』でした。
腐っていて原型をとどめてはいませんでしたが、そこには悪魔が肉塊になって転がされていました。
まるで遊んで殺されたかのようです。
全身を針で刺されているものもあれば、顔面に焼き鏝を押し付けられたものもありました。
「白音.....あんまり見ないようにするのにゃ」
姉さまが早くと私を急かします。
私は言われるがままに足を速めました。
ここにいるのが怖かったし、何よりも彼に会って一刻も早く安心したかったから。
私が愛した人は、悲しい人だった。
私も姉さまも心のどこかに予感はありました。
この塔の惨状を作り出した人が彼なのではないか、という。
でも信じられなかった。
いや、信じたくなかっただけですね。
あんなにもよくしてくれたあの人が、こんな事をするはずがない。
そう思うようにしました。
「ねぇ■■.....」
鳥かごの中に入っていった彼に、姉さまが声をかけました。
ですが姉さまのか細い声は彼に届きません。
彼が鳥かごの中で何をしているのかも、背中に隠れてしまって見えません。
長い間ここにいるのが怖くなったのか、姉さまは強引に彼をこちらに振り向かせました。
「ねぇ■■ッ.....!?」
彼の背に隠れていたのは、先ほどまでに何度も見たあの凄惨な死体でした。
死体の周囲には影のような蛇が何匹も群がっていました。
彼の手も赤黒く染まっていて、嫌でも彼がしていたことが分かってしまいます。
彼は嗤っていました。
瞳孔は大きく開き、口は三日月に裂けていました。
普段からは考えられないその顔に、姉さまは恐怖と憎悪を抱いていました。
当然なのかもしれません。
だって自分の信じていた人が、同族を嗤って殺すような人物だったのですから。
私を守るように立った姉さまはとても勇敢でした。
立派な姉だったと思います。
.....私はこんな状況で、姉さまとはまったく違うことを考えていました。
あろうことか私は、あの『悪魔だったモノ』に嫉妬の感情を抱いていたのです。
自分では決して見ることのできなかった彼の新しい一面を『アレ』は見ることが出来た。
それが、どうにも妬ましいと思ったのです。
そこに彼のしたことが良いことだとか悪いことだとかの思考は一切ありませんでした。
独占欲というものは、誰しもが抱いたことのある感情だと思います。
自分が好きなものの一番でありたい。
他の誰よりも自分を見てほしい。
好きな人のすべてを知っていたい。
そう思ってしまうのはいたって正常だと思うのです。
だって『好き』なのだから。
私はただ、自分ではできなかったことをできた『モノ』が羨ましかった。
様々な思考の飛び交うなか、ようやく現状を把握できたであろう彼はどこか諦めたように言いました。
「ここから出て行くも残るも好きにするといい。俺が君たちを追うことはない」
言うが早いか、姉さまは私の手を引いて駆け出しました。
まさに脱兎の如くという言葉がぴったりでした。
まあ、私たちは猫なんですけど。
彼は私たちの遠のいていく影を見ているだけで、一向に追いかけては来ません。
それを見捨てられたと思ってしまう私は、もしかしたらどうしようもないのかもしれませんね。
息も絶え絶えになりながら塔を出た私たちは疲れてその場に座り込んでしまいました。
「白音.....ここから逃げよう」
姉さまの言っていることを理解するのに、少し時間がかかりました。
逃げる?
あぁ。姉さまは彼のことが恐ろしいのか。
姉さまの言い分は正しいもののように感じられました。
実際、あんな光景を目撃すれば誰だってそうなると思います。
だって人を笑いながら殺すような輩です。
そんな人と生活していたら、いつ自分がそうなるか分かりませんから。
「白音.....?どうしたのにゃ。早く立って逃げるのにゃ!!」
けれど何故でしょう。
私はどうしても『彼から逃げる』ということを思いつきすらしませんでした。
私は彼の全てにおいて一番でありたいのです。
彼の頭の中を、私だけで埋め尽くしたい。
私だけを見てほしい。
そんな風に思うのです。
「..........姉さま」
「どうしたのにゃ。疲れて動けないならお姉ちゃんが」
私を背負ってまでして身を案じてくれるのはありがたいと思っています。
でもそれは余計なお世話というやつですよ、姉さま。
「姉さま、聞いてください」
きっとこれは運命だったのでしょう。
互いに求めるものが違って、理想が違って。
違う道を行くことは最初から決まっていたのかもしれません。
「私はここに残ります」
でも心配することはありません。
私は私の幸せに、姉さまは姉さまの幸せに向かって歩くだけなのですから。
「私は.....彼のことが好きです。心の底から。この命が惜しくないほどに」
だから姉さまは一人で行ってください。
大丈夫ですよ。
別に今生の別れというわけでもありません。
いつでも会えますよ。
彼、私にはとことん甘いですから。
「私は彼と一緒にいたいです」
「白音は昔から頑固だからにゃぁ。言って聞かないのは知ってるにゃ」
姉さまはお手上げだと言わんばかりに首をふりました。
「わかったわ。好きなようにやってみるといいのにゃ」
「ありがとうございます姉さま」
「それじゃ、また会おうね」
「はい。またいつか」
お別れの言葉を言うと、姉さまは何度もこちらを振り返りながら暗闇の中に消えていった。
あぁ。
これからは私一人だけが彼の家族。
そんなことを思うと、つい顔がにやけてしまいます。
私はスキップしながら彼のいる塔に向かっていきました。
*
「つい先ほど部長が赤龍帝を転生悪魔にしました。どうしますか?」
「しばらくは様子を見ておこう。まあ、一応セラには報告しておくさ」
「わかりました。監視だけはしておきます。それはそうと.....」
「リアス嬢の下僕悪魔をやめることについてだろう。心配するな。そのことについてもセラに話は通してある」
「でもあの人のことですからね。本当に大丈夫なんでしょうか」
「そんなことを言ってやるな。我らが王だぞ、あんなのでも」
「まあいいです。それに、いざとなったら貴方が何とかしてくれるんでしょう?」
「近いうちにには戻ってこられるようになるよ。あと少しの辛抱だ」
「.....わかりました」
あ、部長に呼ばれてしまいました。
そう大声を出さなくても聞こえているのに。
では、また電話しますね。
「部長待ってください。今行きます!」