銀の蛇と白い猫のお話   作:アマゾンの奥地

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『意志』

 

 部長に残るように言われた。

 それが、俺には生の最後通告のように感じた。

 もういらないと、そう言われた気がしたんだ。

 今こうして部長と対面しているだけでも、俺は怖いと思っちまう。

 

「.....イッセー」

 

 部長の慈悲深い声は、今の俺には痛かった。

 こんななんにもできない奴なんかを気に掛けてくれている。

 それが俺の無力を突き付けられているようで。

 

 自分が.....必要ないと言われているみたいで。

 怖かった。

 あぁそうだ怖いんだ。

 だってそうだろう。

 恋人に殺されたと思ったらいきなり悪魔なんかに転生してて。

 それをなんでもないかのように受け入れられる方がどうかしてる。

 だって、ついこの前までは人間だったんだ!

 何の変哲もない、ただ友達とばか笑いしてるだけの人間だったんだ!

 それをいきなり貴方は私の下僕悪魔になりましたなんて言われて、納得しろなんて方がどうかしてる!

 

 これまでとは何もかもが違うんだ。

 

 太陽を見るだけで体が重くなる。

 朝の登校時間なんてたまったもんじゃない。

 身体能力も変わっちまった。

 変わりきってしまった自分の身体を知って、俺はもう人間じゃないんだと再確認した。

 .....寿命だって違う。

 友達はどんどん死んで、でも俺だけは若いままだ。

 

 悪魔の力が何だって言うんだ。

 俺は.....。

 俺はただ普通に生きていたいだけだったのに。

 なんで、こんなことになっちまったんだよ.....。

 

「なんで.....俺ばっかりこんな.....」

 

 一度言葉にしてしまったソレはもう止まらなかった。

 

「なんでだよ!俺は悪魔になりたいなんて言ってねぇんだよ!!」

 

「俺は.....ただみんなと笑って生きていければそれで良かったんだ!」

 

「それなのに.....それなのになんで勝手に悪魔になんてしたんだよ!」

 

「こんな.....勝手に悪魔にしといて.....」

 

「何が助けただよ!こっちはそんなこと一回も頼んじゃいねぇ!」

 

「ふざけんな!俺は.....俺は.....ッ!」

 

 自分の不甲斐なさに涙がこぼれる。

 

 わかってるんだ。

 

 部長が俺を善意で助けてくれたんだってことも。

 こんなことを言うべき相手は、部長なんかじゃないってことも。

 

 全部.....ッ全部わかってんだよ!

 

 でも、それでも俺はこうでもしなきゃ!

 

「俺が.....俺がなにしたって言うんだよ.....教えてくれよ」

 

「ただ生きてるだけでダメなのかよ。普通の幸せを望むことすら、俺はやっちゃいけないのかよ」

 

「なあ教えてくれよ!俺は.....俺はどうすりゃあよかったんだよ!?」

 

「教えろよ.....うぅ.....なんで、俺が」

 

 ただ、怖いんだ。

 死ぬことが。

 裏切られることが。

 

 .....自分が、傷つくことが。

 

 怖いんだよ。

 

 それだけなんだ。

 俺はそれだけのことにビビって動けなくなっちまってる。

 こんな.....情けねぇことで。

 

「.....イッセー!!」

 

 暖かい。

 部長に抱きしめられたんだ。

 

 部長は、泣いていた。

 俺の思いを聞いて、泣いていた。

 

「ごめんなさい。こんな言葉で済ませていいことではないのはわかってる。でも.....私には謝り続けることしかできないから」

 

「.....部長?」

 

「貴方の気持ちに気付くことができなくて、貴方の悩みに気付くことができなくて」

 

 俺は.....。

 

「ごめんなさい。貴方を私の勝手な考えで悪魔にしてしまって、これからの人生を奪ってしまって」

 

 俺は.....こんな。

 

「でも、生きてほしかった。私のエゴかもしれない。貴方はそれを望んでいないかもしれない。でも.....生きてほしかった」

 

 そんなこと言われても.....。

 

「.....俺は.....俺はッ!」

 

 怖いんだ。

 これからのことを想像すると。

 また殺されるかもしれないと思うと。

 足がすくんで動かなくなる。

 

「.....俺は怖いんです部長。怖い。また命を狙われるんじゃないかって!また裏切られるんじゃないかって!そう思うと.....俺は!!」

 

 いつの間にか俺は握り拳をつくっていた。

 怖くて震えて。でもそれを必死に隠そうとして。

 

 そんな震えた手に、もう一つの手が重なった。

 小さな、でも暖かくて安心する手だった。

 

「イッセーは私が助けるわ。大丈夫、イッセーのことは私が支える。裕斗もいる。朱乃も、小猫もいるわ。大丈夫よイッセー。オカルト研究部のみんなは貴方の味方よ」

 

 暖かくて、眩しくて。

 

「いつでも私たちが傍にいるわ。私たちが貴方を守る」

 

「.....俺は、部長の期待には応えられません」

 

「そうかもしれないわね」

 

「俺は!戦闘なんてちっともできやしない!」

 

「知ってるわ」

 

「俺はビビりで.....こんなことでいちいち悩んだりして」

 

「それでも、よ」

 

 そんな人たちとなら、そんな人たちのためなら俺は一緒にいられるんじゃないか、俺も頑張れるんじゃないかって、そう思った。

 

「部長」

 

「なにかしら?」

 

 だからあとちょっとだけ。

 ちょっとだけ、頑張ってみよう。

 こんなどうしようもない俺だけど、あとちょっとだけ。

 

「俺は、頭がいいわけじゃありません」

 

「物覚えは悪いし、運動も大してできるわけじゃない」

 

「.....でも、そんな俺でも.....ここにいて、いいですか.....?」

 

 部長は笑っていた。

 笑って、俺を強く抱きしめてくれた。

 

「もちろんよ。だってあなたは、私のかわいい眷属ですもの!」

 

「うぅ.....う、うわぁぁぁぁぁぁぁん」

 

 俺の目から止めどなく流れる涙。

 それはオカルト研究部に俺の居場所を認めてもらえたことを喜ぶ涙だった。

 

 

 

 

 

 

 泣きはらした俺は、どうやらいつの間にか寝てしまっていたようだ。

 俺は部室のソファで寝ていたらしい。

 

 ドドドドドドドドド

 

 なんか、走る音が聞こえる気が。

 

 ドドドドドドドドド

 

 ん?

 その音、なんかこっちに向かってないか?

 

 ドドドドドドドドド

 

 いや間違いなくこっち来てる!?

 ヤバいどうしようえっ俺どうすればいいの!?

 

 バンッ!

 

「リアス・グレモリーがいるというのはここで間違いないだろうかッ!」

 

 なんかよくわかんない人が来た。

 えっと、どうしよう。

 って言うか部長はどこにいっちまったんだ?

 

「そこの君!リアス・グレモリーの所在を知っていたら教えてくれないか?」

 

「え?あ、俺ですか?えっと、ちょっと前まではここにいた、と思うんですけど.....」

 

 うわぁ。

 なんか条件反射で答えちまった。

 よかったのかなぁ。

 でもなんか緊急の用事っぽいし。

 めっちゃソワソワしてるし。

 

「あの.....たぶんもう少ししたら部長も帰ってくると思いますし、ここで待っていたらどうですか?」

 

 つい言っちゃったよ!

 部長がいつ戻ってくるかなんて知らないのに言っちまったよ!!

 でも、なんかこの人も必死そうだったし、仕方ないんだそう仕方ない。

 この人なんか全身傷だらけだし.....。

 

「ありがとう。実は私も少し疲れていたんだ。そう言ってもらえて助かった」

 

「いやいやとんでもないです」

 

 なんか会ったばっかだけど、この人はたぶんいい人だ。

 全身から出るオーラというかなんというかが、すっげぇいい人感を醸し出してるっていうか。

 こんな誰とも分からん俺みたいな奴とも普通に話してくれるし。

 

「すまない、自己紹介が遅れてしまった。私はアスタロト家次期当主のディオドラ・アスタロトだ」

 

「あ、えと。俺は兵藤一誠といいます。リアス・グレモリーさまの眷属悪魔です」

 

「そうか兵藤くんというのか。突然押しかけて来て申し訳なかった」

 

「そんな気にしないでください。俺もたまたまここにいただけなんですから」

 

 この人やっぱいい人だったわ。

 だってどっかの家の当主だってのに、まったくそういった態度をとらないんだから。

 

 .....でもどうしてこんなトコに来たんだろうか。

 雰囲気を見るかぎり世間話をしに来たってわけじゃないだろうし。

 

「もし迷惑じゃなかったら、なんで部長を訪ねに来たのか聞いてもいいっすか?」

 

 こんなに必死そうな人がなんでここに来たのか。

 そりゃあ気になるってもんですよ。

 

「あ!もちろん言いにくいことだったら別にいいんですけど.....」

 

 自分の口から出てしまった言葉を取り消すことはできない。

 会ったばかりの奴に、いきなり踏み込んだことを聞かれて怒っていないだろうか。

 そんな気持ちを込めて付け加えてみたはいいものの、どれぐらいの効果があるのかは分からない。軽い世間話程度に聞き流してくれればいいんだけど。

 

「気を使ってくれてありがとう。.....でもそうだな、もし兵藤くんが良ければ聞いてくれるかい?」

 

「こんな俺でよければ.....」

 

 彼の口から語られたのは、一人の聖女に助けられた悪魔の話だった。

 

 彼は、ディオドラ・アスタロトは人間と友好関係を築きたかったらしい。

 いろんな人と関わって、悪魔は悪いだけの存在なんかじゃないと伝えたかったんだってさ。

 

 もちろん成功ばかりだったわけじゃない。

 むしろ失敗が殆どだ。

 自分のことを悪魔だと知った瞬間に態度が変わる。

 さっきまでの優しい雰囲気はどこへやら、今すぐ出ていけと言われる始末。

 酷いときには聖水を投げつけられることもあったようだ。

 それに関してはディオドラ自身も理解していた。

 理解してそれでも、悪魔に対する認識から変えていかなくてはならない。今生きる悪魔のために、これから生まれるまだ見ぬ子供たちのために、変えていかなくては。

 他の誰でもない自分こそが変えていくのだと、そう思っていた。

 人間に媚びを売るなんてとんでもないと言われたこともある。

 悪魔の恥晒しだとも。

 しかしディオドラはやめなかった。

 悪魔と人間でもきっと分かり合える日が来ると信じていたから。

 なにより自身の兄たちがソレを信じて必死に戦っているのだから、と。

 その意志の強さが伝わったのか、段々と人間も契約に応じてくれるようになって。少しづつだが、確かに成長しているのを実感できた。

 だからこそ。

 その何度かの成功のせいで慢心した。

 きっと大丈夫。話せばわかってくれる。そんな甘い事を、本気にしてしまったのだ。

 もちろん結果は大失敗。

 契約を取ろうと入っていった家は実はエクソシストの家で、気を抜いていたディオドラは滅多打ちにあった。

 たかがエクソシスト一人だ。迎撃することはたやすかった。

 しかし。

 それでは意味がない。

 暴力に訴えてしまえば、これまでの悪魔と何ら変わりない。

 自分が夢見た世界はそんなものではない。

 ディオドラは必死に対話をしようと試みた。

 しかし帰ってくるのは怒号と共に飛んでくる光の刃。

 彼は失意のもと逃げ帰るしかなかった。

 けして浅くはない傷を受け、歩くのもやっとのディオドラがなんとかたどり着いたのは教会だった。

 敵陣のど真ん中に入り込んでしまった彼は半ば諦めていた。

 叶わぬ夢だったのだと。しかし心地良い夢だったと。

 そんな最期を察して過去に想いを馳せている彼の前に、聖女は現れた。

 聖女はあろうことか、ディオドラを癒したのだ。

 彼女自身が持った力で、自らの意志でディオドラを癒したのだ。

 ディオドラは悪魔だ。

 そんな彼を癒してしまえば、聖女がどんな扱いを受けるかなんてことは想像に難くない。

 当たり前だ。敵を助けているのだから。

 自分から離れるようにと、どこかへ行くようにとディオドラも忠告した。

 彼の望みは悪魔と人間の共存であり、自分のために犠牲になるものの存在など到底許せるはずもないのだから。

 しかし。

 聖女は最後まで首を縦には振らなかった。

 怪我の酷いディオドラを見て「絶対に助ける」と、そんなことを言ってのけたのだ。

 衝撃だった。

 これまでに出会ったどの人間とも違う、強い意志を感じた。

 そして彼女のような人を見たからには、自分も頑張らなくてはと思った。

 

 自分を救った聖女が、そのせいで異端判定を受けたと知ったときには、ディオドラはすでに冥界に帰っていた。

 

「私は聖女に命を救われて、今ここにいるんだ」

 

「それは何と言うか.....すごいっすね」

 

 とてもじゃないが、俺には真似できそうもない。

 ディオドラさんも、話に出てきた聖女もだ。

 自分がどうなるか考えたら足がすくんで動かなくなるだろう。

 

「そして彼女は今、命の危機に瀕している」

 

 ディオドラさんの強い口調で続けた。

 

「私を助けたせいで、命の危機に瀕しているんだ。今度は私が助けなくては」

 

 .....強い人だ。

 俺なんかとは違う、強い意志を持った人だと思う。

 

 きっとそんな彼だからこそ聖女にも助けられたんだろう。

 

「その私を助けた聖女が、この駒王町にいるんだ。私は何があっても聖女を救わなくてはならない。しかし、そんな私個人の我儘で他人の管轄区域で勝手なことをするわけにもいかない」

 

 自分のやることに筋を通すことのできるこの人だったから.....。

 

「だから、こうしてリアス・グレモリーに事前に報告に来たんだ」

 

「な、なるほど.....」

 

 この人、こんな状況なのにすっげぇ律儀だな。

 普通こんなことがあったらもっと慌てたりするだろうに。

 

 でも、ひとつ気になることがあった。

 恩を返すということに、どうしてそこまでこだわるのか。

 たとえここで聖女を見捨てていても、ディオドラさん自体にはなんの不利益もないのに。

 

「どうして、ディオドラさんは聖女さんをそんなに助けようとするんですか?」

 

「それはもちろん私が彼女に助けられたから.....」

 

「違う、俺が言ってるのはそういう事じゃない」

 

 あまりにも踏み込み過ぎで、あまりにも失礼な質問だ。

 でもしないわけにはいかなかった。

 

「なんで命を救われた()()のことで、そこまで必死になれるんだ」

 

 俺はなんて最低なやつなんだろうか。

 ディオドラさんは俺が聞いたから話してくれたってのに、俺はそれに文句をつけようとしてる。

 怒って当然だ。

 

「.....確かに、兵藤くんの言うとおりだ。私は『ただ助けたいから』助けるんじゃない」

 

 彼の目は真っ直ぐこちらを見ていた。

 怒ることもなく、ただ自身の強い意志を瞳に込めて。

 

「私は『納得』したいだけなんだ。自分がしてもらったことを、しっかりと自分は返したのだと。私は彼女が助ける価値のある者だったんだと」

 

「でも.....そんなことしなくたって生きていける」

 

「いや、それは違う。私の時間はこの恩を返すまで止まったままだ。どこにも進んじゃあいない。止まった時間ってのは死んでないだけなんだよ」

 

 彼の言葉はまるで俺に語り掛けてくるかのようだった。

 

 止まったままの時間

 

 それが、俺にはあの夜のことを思いださせた。

 夕麻ちゃんに殺されたあの夜のことを。

 

「私は貰った命を返し、そして『納得』して前に進む」

 

 あぁそうだ。

 俺の時間はあの夜に止まって動いちゃいない。

 俺はまだ、悪魔としてのスタートラインにすら立ってはいないんだ。

 

「アーシアを救って、そして自分に胸を張って生きていくんだ」

 

 俺も.....いつかはスタートラインに立てたらいいな。

 ディオドラさんみたいに、自分のやってることに納得して、オカルト研究部みんなと肩を並べて歩きたい。

 だから今はスタートラインに、『ゼロ』に向かって。

 

 そうだ。俺は今マイナスにいる。

 

 でも、いつかきっとみんなと並べると信じてる。

 

 

 

 あぁ。俺はまだマイナスなんだ。『ゼロ』に向かっていきたい。

 

 

 

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