森三左衛門可成の森家は清和源氏の流れを組む血統である。先祖代々美濃の名門土岐氏に仕えたが斎藤道三の下克上により土岐氏が没落した後、織田弾正忠家に仕官した。
十字槍の名手であり『攻めの三左』の異名を持つ。義理堅く竹を割ったような性格は主君信秀に気に入られ腹心として重用されるようになった。
可成が信秀から庶子三郎の指導役を命じられた時、可成はこれが信秀の信頼の証であると役目に奮起した。
可成は信広を厳しく育てた。特に武芸の鍛練は鬼のように厳しく、やり過ぎではないかという声も上がるほどだった。これに主君信秀はやりたいようにやれ、と言うだけであった。
万一このまま信秀に三郎以外の子が生まれなかった場合、三郎が織田弾正忠家を継ぐことになる。その時、三郎が子を残す前に戦で死ねば織田弾正忠家は三郎の代で断絶である。
可成はかつて先祖代々仕えた主君を失ってしまった。二度も主君を亡くすことはなんとしても回避したかった。戦で生き残れるよう今、体を鍛えておかねばならなかった。
そして三郎は武の才能があった。いずれは一流の武人とも互角に戦えるだろうと可成は確信した。しかし才能とは鍛えなければ腐るものである。
この輝く原石をただ曇らせてしまうのは一武人として我慢ならない。そう思うとよりいっそう指導に力が入るのだった。
厳しさに三郎は最初の一年はほとんど毎日泣き喚いた。次の一年は泣く回数が半分になり、その次の一年にはさらに半分になり、その次の一年は泣かなくなった。
ある時、三郎は実父信秀にこう聞かれた『三左のことをどう思っている?』と。三郎はこう答えた『もう一人の父のように思っております』と。
それを聞いた可成は感激のあまり人前にも関わらず泣いた。そして自分の子供を必ず三郎に仕えたさせようと決意した。
この話は家臣達の間で話題となり、庶民の間でも伝わるようになった。
後の世で織田信奈の庶兄信広と森可成との間には主従以上の硬い絆があったと多くの人が知る所となった。
三郎が数え年で七歳になった頃、鍛練の中の短い休息の時に可成に質問をした。
「可成、俺に弟か妹が出来ると聞いたのだが真か?」
可成は一瞬答えに窮した。
「......どこでそれを?」
「女中が話していた所を偶然聞いた」
三郎の母は信秀の正室、土田御前の侍女だった。三郎を産んですぐに亡くなっている。なお、この件で信秀と土田御前の仲はさらに悪化し関係修復が長引く原因となった。
基本家督を継げるのは正室の長男もしくは長女である。三郎は側室の子供であるため、信秀の長男であるが、まもなく生まれる土田御前の子供に家督を譲らなければならない。
三郎が不安そうな顔色をしているのを見て、可成は三郎が家督を継げないことに不満を感じているのではないかと思った。
今は戦国の世、父が子を子が父を殺すことは残念だが珍しくない。兄弟で跡目を争い殺し合うなどありふれた話だ。
「三郎様は何か不安なことがあるのですか?」
可成は今や三郎を息子同然に愛していた。たとえ主君信秀の意思に背くことになろうとも三郎を守り通すと決意を固めるほどに。もし三郎が弟あるいは妹と戦うのなら、しかし可成は兄弟で殺し合わなければならない今の世に無情を感じずにはいられなかった。
「......俺は良き兄になりたい、どうすればなれるだろうか」
その答えを聞いた可成は己の不徳を深く恥じた。なんと優しき子であろうかこれから生まれてくる弟か妹を純粋に思う気持ちを邪推するなど、俺はなんて愚かだろう。
可成は三郎まだ小さな肩を両手でグッと掴んだ。膝を着き目線を合わせ心に刻むように語った。
「三郎様、兄とは下の子を守る存在でございます、頼られる存在でございます。強くなりなさい、いついかなる時も弟妹を守れるように」
三郎は可成の言葉を噛み締めるように何度も頷いた。
「......守るため......強く。分かった可成、俺は良き強き兄になろう。弟妹たちを守れる強い兄になろう。可成もっと俺を強くしてくれ」
三郎の瞳に炎がちらついた。決意と情熱の炎だった。
「そのために私はおりまする。さあ鍛練を続けましょうぞ」
その日の三郎と可成の鍛練は日が暮れるまで続けられたと言う。
同年、土田御前は玉のような姫を産んだ。姫は吉法師と名付けられやがてやんちゃに成長する。彼女は後に戦国の覇者となるのだがこの時はまだ誰も知らなかった。