私の家の近所には大きな公園がある。噴水と古い煉瓦造りの給水塔があるくらいの広々とした公園は、雪で白く塗りつぶされた上に取り付けられた装飾や電飾によってクリスマスらしく様変わりしていた。
「いやあ、寒いねフィエーナ」
手袋をした手を顔に持って来てエリナが息を吐くと目の前が白く染まった。
「もっと遅く出ても間に合ったよ、絶対」
「えへへ……」
私が文句を言うとエリナは曖昧に笑ってからそっぽを向いた。時計塔に目を向けるとまだ待ち合わせまで二十分もある。
「ごめんね遥、エリナがはしゃいじゃって」
「ううん気にしてないよ! 大体、私がクリスマスマーケットに行ってみたいって言ったからだし」
今日はロートキイルに来てまだクリスマスを経験したことのない遥、それに里奈の為に地元民である私たちがクリスマスマーケットを案内してやろうということで集まることになっていた。
といっても私たちはどうにも集まりが悪く、滅多に全員が集まった試しがない。特にこのシーズンは私とエリナは週の半分は合唱団に参加するし、アメリアは普段から五輪候補生として射撃の練習に忙しいし、キアリーも全学技術連盟コンピュータ技術部門のメンバーだから毎日忙しく過ごしている。里奈だって日本から大量の資料を輸入して何か知らないけれど毎日辛いって言ってたし(その割に目にクマ作りながら楽しげなのが謎だ)、トヨは弟と妹が幼く母の手伝いを率先してやっている。
「七人も集まるなんて久しぶりだね」
「ホントホント! 運に恵まれてるね!」
待ち合わせの時間が迫り段々とみんな集まって来る。いつも通りというか、トヨと里奈は五分早くやってきて、アメリアは時間ぴったりに、キアリーは数分遅れてやってくる。
「ヘイ! みんな~! おっはよー!」
学校では猫を被ったように大人しいキアリーは、友達の前では人が変わったように大げさにはしゃぎ回る。人数が多いのに一人一人へたっぷり時間をかけて抱擁を交わしていく。
「あはは~里奈小さいね~」
「ふっふっふ、まあ、親譲りですから? ……ってうわあ!」
「ふぇっへっへ~高い高いだよぅ!」
里奈は特別小さいからか、キアリーは勢いよく抱擁してそのまま持ち上げその場を回りだす。だけどキアリーは運動神経がいい訳ではない。ちょっとした段差に足を取られ、体勢を崩してしまう。
「うわっ! 墜落する! メーデーメーデー!」
「ちょっ、キアリー! 私を道連れに!?」
こういう時に瞬間的な跳躍が出来るのは剣術をやっていた恩恵かもしれない。倒れかけたキアリーを掴まえ、転倒を防ぐことが出来た。
「もう、危ないからこれは没収ね」
「あ~! 里奈~」
「キアリーちゃん、さよなら」
悲し気なキアリーに未練はないようで、里奈は軽く手を一振りしてすぐに私にしがみついてくる。
「フィエーナちゃんなら安心してこの身を任せられるよ。歩くの面倒だし、このままでもいいよ?」
「駄目! 里奈も歩くの」
「ひええ~、遥ちゃん怖いよー」
冗談めかして里奈は私からずり落ちた。それにしても、遥の剣幕にはびっくりした。私が他の子と触れ合っている時、声音がきつくなる傾向があるような……気のせいだろうか。
「ねえフィエーナ。このままじゃずっとここにいる羽目になるけど?」
「アメリアの言う通りだよ! 折角のクリスマスマーケットなのにさ!」
確かにいつまでもここでうだうだしていたら折角こうして集まれた時間が無駄になってしまう。
「そうだね、出発しようか」
クリスマスシーズンの街中を十分ほど歩いていく。雪が各所に積もり街中を白へと染め上げ、薄暗い曇天の空からは太陽の気配を感じない。灰と白に塗り潰された、静かで冷たい雰囲気の街路は煌々と灯るカラフルな電飾により明るく彩られていた。太陽の代わりにクリスマスのイルミネーションが白に赤、緑など様々に光り輝いて街を照らす。
ロートキイルでは十一月の末頃からクリスマスまで街は少し静かになる。職場も学校もいつもより少し早く帰宅するよう促される。クリスマスまで続くこの静かな雰囲気をトヨはまるでお正月みたいと例えていた。逆にこっちの新年がクリスマスみたいらしい。日本とロートキイルだとそれぞれが逆転するというのは面白い。
クリスマスマーケットが近づいてくるとワインの匂いが漂ってくる。今年も大人たちがグリューワインをたらふく飲んでいるせいに違いない。ヴェルデ市では二か所マーケットが開かれていて、今日向かう旧市街地のクリスマスマーケットは中世風の衣装を着た店員やショーが開かれていたりする。このせいで旧市街地は通行止めになってしまうけれど、クリスマスマシーズンなのでしょうがない。
まばらだった人の流れもクリスマスマーケットの近くまで来ると込み合ってくる。目に付く人々の顔は明るく、陽気だ。
「うわーっ! 可愛い!」
旧市街地に入るなり里奈は一気にテンションを上げて懐から取り出したデジカメであちこちを撮影しまくっている。
「すごい綺麗……煌びやかだね」
遥も目の前の光景に目を輝かせていた。何回も訪れている私だってこの時期ここに来ると心が躍る。二人にも気に入ってもらえたようで何よりだ。
「お! あのワッフル美味そうじゃん、ちょっとあたし買ってくるわ!」
「あ~! あのキャンドル欲しいな~、ちょっと見て来るね~!」
気ままに行動する二巨頭は真っ先にお目当て目掛けて単身突撃し始める。規律正しいアメリアがどっちを制止すべきか悩んであわあわしているのが可愛らしい。
「フィエーナ、私はグリューワイン買ってくるね」
エリナもこういう時好き勝手に動く。私がエリナを見送るのをいつの間にか隣にいた里奈が見ると怪訝な顔をして、ちょいちょいと肩をつついて背をかがめるよう合図してくる。私が膝をかがめると、耳元で周りの目を気にして話しかけて来る。
「ねえねえフィエーナちゃん、ワインなんて買っていいの? 未成年でしょ?」
「ああ、安心して里奈。ああ言ってるけれど子供用の買ってくるから」
「なあんだ」
そもそもまだ小さなエリナにアルコール飲料を売ったりはしない。里奈ほどではないけれど、エリナも十分小さいからね。
「どうしようフィエーナ? みんなバラバラになっちゃう!」
私と同じくらい背が高いけれど、早生まれのアメリアはこの中で一番若い。いつもしっかりしているけれど、時々年相応に子供らしく感情を見せる。
「大丈夫だよアメリア、みんな勝手知ってるメンバーばっかりだから。それに全員携帯は持っているし迷子になんてならないよ」
「でも、折角全員で集まれたのに……」
「七人も集まると一塊で行動すると道も狭いし邪魔になるからね。それぞれ好きなように動いて……そうだね、一時間後の十二時に広場の時計塔で集合ってしようよ」
「分かった! みんなに伝えて来る!」
そう言い残しアメリアは駆けだしていってしまった。人ごみを縫って後頭部のシニョンが段々と小さく遠くなっていく。アメリアも自由に楽しめばいいんだろうけれど、きっちりしないと気が済まない性格なのがアメリアだ。ハリアも団体行動の時にはあれこれ言い出したっけな……。何となくちょっかいかけてしまいたい欲求が湧いてしまうけれど、きっとこれはヴェイルのせいだ。
アメリアと話している間に、遥を引っ張って里奈は何処かに行ってしまい私は一人になっていた。と、思いきやエリナが可愛らしいマグカップ片手に隣に立っている。
「これ見てフィエーナ。今年のカップだよ。リニューアルしてたから持ち帰ってきた」
「あ、本当だ」
グリューワインのカップは気に入ったら持ち帰ってもいい。その分カップの価格込みで請求されるけれど、気に入らないときはカップを返還すればカップ代は戻る仕組みだ。もちろん、エリナのワインは子供向けのノンアルコール品だけれども。
「美味しい?」
「うん、ほら一口あげる」
「ありがと」
目の前に差し出されたカップを自分で傾け、一口呷る。ぶどうジュースのようでスパイスが効いていて、冷え切った体が温まる。これも十分美味しいけれど、いつかは本物を飲んでみたい。
「フィエーナ! 私のもあげようか!?」
駆け足で目の前までやってきた遥に面食らったけれど、エリナからもらった一口だけじゃ物足りなく思っていたところだ。ありがたくもらっちゃおう。
「いいの? 遥もありがとう」
違う店で買ったらしく、遥のものはちょっと重たい味だ。スパイスがよりふんだんに入っていて、パンチが効いている。カップも形が異なり、アメリカンチェリーのような赤黒いサンタブーツの形をしている。
「これ貰ってもいいんだってね! 太っ腹だよね~!」
里奈もカップ片手にやってきた。はしゃいでいる姿を見ていると小学校低学年の子を見ているみたいで微笑ましい。
「だけど味はあまり好きじゃない……ねえフィエーナちゃん飲んでくれない?」
里奈は遥と同じ店で買ったのか。確かにあれは好みが別れそうな味だ。
「いいよ」
「ねえねえフィエーナちゃーん! これ見てこれ見てイカすキャンドルゥー!」
テンションマックスって感じでキアリーが頭上に掲げて持ってきたのは、にっこりほほ笑む羽の生えた太陽のキャンドルだった。燭台込みで買ってきたようで、かなり重そうだ。
「ねえねえいいでしょ? いいでしょ?」
「キアリーは変なもの買ってんな」
私が返事に困っているとアメリアと一緒にワッフルを食べながらやってきたトヨが正直すぎる感想を突きつけてしまう。
「ががーん! トヨちゃん辛辣だー! フィエーナちゃん慰めて!」
「あはは……キアリーはきっと将来大物になるよ」
「そうかな! フィエーナちゃんありがとう!」
ルンルン口に言いながらはしゃぐキアリーを見て、アメリアが私の耳元でそっと囁く。
「絶対しばらくしたら重いって言いだすわよ」
確かに……キアリー体力ないものね。案の定、十分もしないうちに根を上げたキアリーのお荷物をアメリアが持ってあげていた。
その後も誰かが加わっては離れてを繰り返しながら一時間ほど適当にクリスマスマーケットを見て、一度時計塔前に設けられた休憩スペースに集まって昼食をとることにした。
「うわ、混んでる」
今日は学校の教員が会議で休校になったので平日なんだけれど、それでも半分近いベンチとテーブルが埋まっていた。
「座れるだけありがたいよ、休日じゃなくて助かったね」
七人全員が一か所に座れるだけいいだろう。それに、他のお客さんが楽しそうに食事をとっている姿も風情の一部みたいなものだ。がらんとしたクリスマスマーケットなんて寂しい。
「じゃじゃん! 坂木里奈、今日は甘い物尽くしで行きます!」
「いいねえ! でも、あたしはやっぱ肉もないとね~!」
思い思いに好きな物を買って食べることが出来るのもこういった場の楽しみだ。私の家は母が健康に気を使っているから、食べられるものに制限がある。今日くらいちょっとばかり不健康に振舞っても構わない、と思う。
「あら~綺麗な黒髪ね! 羨ましいわ~」
「あ、ありがとうございます?」
そばを通ったお姉さんにいきなり褒められ遥は驚いたようだ。
「私なんて平凡な銀髪だから! フランス行ったら老人みたいって馬鹿にされるし嫌になっちゃう!」
「ははは、俺のツレがすまないね。ワインを飲み過ぎちまったようで……」
「んなこたないわよ! 今日はまだまだ飲むんだからね!」
「おいおい勘弁してくれよ……」
お姉さんはふらつきながら近場のワイン売りの屋台へ向かい、彼氏さんらしき人はうんざりとした様子で後を追いかけていく。
「びっくりした……」
私の腕に縋りついてくる遥。酔っ払いが絡んでくるのは何されるか分からないから、怖いよね。
「私もよく言われるよ。黒髪で羨ましいーって。こっちじゃ珍しいからかな」
「ロートキイル人で黒髪は一割いるかいないかよ。レアね」
「あたしの癖っ毛でも褒められるんだもんな~。髪褒められたのこっちに来て初めて」
ロートキイル人の多数派は銀髪だ。こっちじゃありきたりで何も珍しくない。逆に黒髪は憧れにもなっているから、染める人も中にはいる。
「はいはい! 私の金髪もよく褒められるよ~、褒めて褒めて!」
「キアリーの金髪もレアね。銀髪ばっかりだからこの国は」
「でも金髪ストレートって綺麗で羨ましいよ」
「確かに。キアリーちゃん、何処かのお姫様みたいだよね」
カチューシャで髪を後ろに下げておでこを出した、肩まで掛かる真っ直ぐな金髪。エリナの濃い金髪と違った、淡い色合いの金髪で儚げな美少女って見た目をしている。見た目は、ね。
「ありがと里奈~!」
「うわわ! 転んじゃうよ!」
キアリーは里奈に抱き付くのが気に入ったらしく、事あるごとに里奈へ抱き付いている。まあ、里奈は小さくて庇護欲をかき立てられる見た目してるから気持ちはわかる。
あっという間の時間だった。みんなで好き好きに買った食べ物をもらったりあげたりしてるだけですぐに時間はなくなってしまった。一時には早くもアメリアはやってきた父に連れられ帰って行ってしまう。私とエリナも三時に開催される市のイベントに参加しなくてはいけないので、帰らないといけない。
「頑張ってねフィエーナちゃん!」
「ありがとうキアリー」
みんなと別れを告げ、私はエリナと一緒に帰途に就いた。クリスマスマーケットで賑わう人混みから離れると、一層静かな街路が寂しく感じられた。
「楽しかったねエリナ」
「そだね~、たまにはたくさんの友達と集まるのもいいもんだね」
何となくクリスマスマーケットの雰囲気が恋しくなり、後ろを振り返ると旧市街地がたくさんのイルミネーションでキラキラと光り輝いていた。
「今度はもっと時間のある時に行きたいね」
「本当だよ、合唱団にもクリスマスを楽しむ権利はあるよね! 歌って楽しませてるばっかりだもん!」
市の予算で運営されている合唱団は、使わないのは損とばかりにこの時期は出ずっぱりだ。聖歌のないクリスマスなんて考えられないけれど、もう少し休みがあればもっとみんなと一緒に遊べたのにと思ってしまう。
「せめてさ、拍手いっぱいもらって来ようねフィエーナ!」
「そうだね」
気合十分とばかりに歩速を速めたエリナに私は付いていく。まだクリスマスシーズンは始まったばかり。後何度イベントに呼ばれるかと考えるとちょっと気が滅入ってしまうけれど、そんな心持ちで歌っては聴衆を楽しませることなんて出来ない。
エリナを見習い、私も気合いを込めて歩き始める。
「お母さんきっと待ちくたびれてるよ。急ごう、エリナ」
「うん!」
逸る気持ちを抑えきれず、ついに私たちは雪道を駆けだしたのだった。