ロートキイルではクリスマス休暇前になると学校や職場でよくクリスマスパーティーが開かれる。私のクラスでもワルター・ザリンゲン委員長が主導して、みんなで食べ物を持ち寄ってワイワイと適当に雑談する感じのパーティーが休暇前最後の登校日を利用して行われる予定になっていた。
「ねえフィエーナさん。今年も歌ってもらっていい?」
「ん、いいよ」
特に何かやらなきゃという訳でもないけれど、楽器が出来たり歌が歌えたり一芸のある人には盛り上げ役が依頼されたりする。いなくてもいいけれどいないとあそこのクラスはつまらないとか言われたりするので、クラスの沽券にかかわると思う人がいるのも事実だ。
「ありがとう助かるよ」
「ワルターこそ、今年も伴奏してくれるの?」
「そりゃもちろん! やらせてもらいますとも!」
まるで執事のように頭を傅かせるワルターの所業にクラス内から笑いが漏れる。ロートキイルでは委員長職は大学進学において得点に成り得る。ワルターは中等学校に入ってから連続で委員長職をしているだけあって、成績も校外活動の実績も見事なものだ。これで性格も顔もいい。まさに将来を約束されたような人物だ。
「俺、フィエーナさんの歌声好きだから傍で聞けて嬉しいよ」
「ありがとう」
剣術には及ばないけれど、合唱団には長年参加し続けてきた。私の歌声で喜んでくれる人がいるというのは嬉しい。
細かい打ち合わせを終え、私は遥たちの元に戻る。話題は自然と音楽について移っていった。
「フィエーナは合唱団に入っているんだよね」
「そうだよ」
「フィエーナちゃんの歌声すっごく綺麗なんだよ。今聞いてみたいな~」
「いいね、一曲歌ってくれよ」
「私も聞きたい!」
キアリーの呟きに思いのほか周囲のクラスメイトが食いついてくる。さっきまでてんでばらばらに好き勝手していたクラスメイトが一斉にこちらへ視線を向けて来る。ぽつりと呟いただけのキアリーが事態を大きくしてしまってあわあわしているのが可愛い。
「ごめんね、今日は私これからすぐに家に帰って合唱団に参加しないといけないんだ」
「そっかー、残念」
本気で残念がってくれるクラスメイト達には申し訳ないと思うのと同時に、それだけ楽しみにしてくれることに嬉しく思った。帰宅の準備を終えた私は遥たちと一緒にクラスルームを後にした。
「何かみんなすっごくフィエーナ見てたね」
「遥はフィエーナの歌聞いたことないのね」
「うん、アメリアそんなすごいの?」
「ふふ、クリスマス会で聞いてみるといいわ」
意味深に笑うアメリアの顔と私を交互に見ながら遥は首を傾げる。
「フィエーナが歌うと周りが聞き惚れて時間を忘れちゃうんだよ。あたしもあの声は忘れられないなあ」
「魅了の魔法だよね~」
「あはは……」
キアリーの物言いには苦笑してしまった。私の声がおかしくなったのは、合唱団でレッスンを受け始めてからだった。レッスンを受け、自主的に練習を重ねるうちに自分でもびっくりするくらい魅力的な声音が出せるようになったのだ。けれど、ちょっと度が過ぎていたようで反省した私はそれ以来あえて声音を弱めて生きている。
昔はもっとはきはきと喋っていた覚えがあるのだけれど、今の私の声はともすれば間延びしたような印象を受けるかもしれない。
忙しいとあっという間に時間は過ぎていく。十二月に入ってから実施されていたテスト月間が終わると、もうクリスマス休暇前日になってしまっていた。
クリスマス会当日に授業はなく、教材を持ち歩く必要はない。代わりにクラスメイトや担任教師で各々分担した食べ物を持ち寄っていかないといけなかった。
私はケーキ担当だったので登校する時に自作のケーキを両手に抱えて雪道を歩いていく。太陽のまだ差してこない暗闇を点々と灯る街灯とクリスマスイルミネーションが照らす中、エリナと一緒に私は身を震わせる。
「ちょっとフィエーナ、転んだら駄目よ?」
「エリナこそ。こっちに寄りかかってこないでよ」
からかうような調子のエリナに対し今日は笑い事じゃすまないかもしれないぞと睨む。
「リュックに鍋入れてるんでしょ。重くない?」
「んー? 重くはないけど、テラコッタで出来てるから転ぶと大惨事だよ」
今日エリナは学校でバーニャカウダをするらしく、大きなリュックサックを背負っている。
「今日はスプリとサルティンボッカも作ってきたんだ。本当は出来たてが一番なんだけど今日のために冷えても美味しいのは確認したから大丈夫」
「エリナは料理するの好きだね……後でちょっと頂戴ね」
「いいよ、学校着いたらね。多分スプリはまだ暖かいよ」
揚げたてのスプリから伸びるチーズにミートソース、中から湯気を立てて現れるお米を想像すると、さっき朝食を食べたはずなのに喉が鳴る。私のクラスメイトも料理が上手な人が多い。そういった意味でもクリスマス会はとても楽しみだ。
アーミラー中等学校に到着すると、学校全体もイルミネーションで綺麗に輝いている。生徒会がボランティアを召集して昨日飾り付けたのだ。
「あそこらへん、私が飾ったんだよ」
「フィエーナ昨日私と合唱団で十五時から市議会にいたのに……いつの間に?」
「お昼にちょっとだけ手伝ったの。それより、エ~リナ?」
私がにこやかに首を傾げてリュックを指さすと、エリナはキョロキョロと辺りを見渡し空き教室に私を誘う。エリナの呆れたような顔つきが気にかかるけれど、実際エリナの料理は美味しいから仕方ない。
「フィエーナったら食い意地張ってる」
「エリナの料理が誘ってくるんだよ。私を食べてーって」
「馬鹿言ってないの。はい、口開けて」
エリナが差し出した、一口大のスプリに歯を突き立てると揚げたてのパン粉がサクッと噛みきれ中から温かいチーズが口に飛び込んで来る。お米とミートソースが絡んだ具とサクサクとした衣が濃厚なチーズと一緒になったハーモニーがたまらない。たった一個で満足できる味じゃなかった。
「ねえ、もう一個だけ頂戴」
「駄目。ちょっとしか作ってないんだからこれ以上は無理よ」
無慈悲にも十数個も入っている容器の蓋は閉じられてしまった。ああ、本当に残念だ。
「ああー……残念だな」
「んもー! あと一個! 一個だけだからね!」
私のもの欲しそうな顔にエリナは弱い。閉ざされたかと思われた蓋は再び開き、私の口の中へスプリが転がり込んで来る。
「んん……美味しい。エリナ、まだスプリに余裕はある?」
「ない!」
きっぱりとした物言いに私は大人しく諦めることにした。けど、美味しかったな。
「もうフィエーナにはあげないからね!」
私の顔を見たら決意が揺らぐと思ったのか、別れるまで頑なにエリナは視線を合わせてくれなかった。