これTS? 憑依?   作:am56x

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T/A02:日本から遥々やってきた天河流剣術は超絶カッコよかったのでした。

 

 今日はこの街で毎年開催されるお祭りの日だ。夏季休暇真っ最中で暇を持て余している私と五歳上のベーセル兄は母と一緒に、近所で家族ぐるみの付き合いをしている友人一家と連れ立ってお祭りを楽しんでいた。

 

 普段は車輛が行きかう八車線の道路を、マスケット銃を持つ兵隊に仮装した隊列が行進していく。軍楽隊が陽気で勇壮なマーチを奏でる。現代の軍隊と違って赤と黒のコントラストが目に映える装飾品たっぷりの仮装市民の隊列が行進する姿は壮観だ。

 

 陸ばかりでなく空には空軍のアクロバット専門のジェット機が飛び回り、鮮やかな色のスモークを吐いて一層場を派手に飾り付けていった。

 

 一通りパレードを見終えた私たちはそばにある公園に移動する。サッカー場数個分にもなる広々とした公園は普段とても静かな場所だけれど、今日に限っては広場がたくさんの出店で埋まっていた。

 

「うわー! すっごーい! お店がたくさんある! フィエーナ、行こう行こう!」

「わわっ、ちょっとエリナ! いきなり走らないでっ!」

 

 私の手を引いて駆けだすのは赤子の頃からの友達であるエリナ。いつも私を引っ張ってくれる大切な友達だけど、それは物理的な意味を指している訳ではない。金色のポニーテイルを揺らして元気よく突き進むエリナの勢いに私は危うく転びそうになる。

 

「こら! こんなトコで迷子になったらどうすんの!」

 

 背後から伸びた手がエリナの頭をがしりと掴み、動きを強制停止させる。私が振り向くとエリナの姉であるしかめ面のミゼリア姉がこっちを睨んでいた。普段気だるげでおっとりとした端正な顔つきは、表情を険しくするとギャップからか私を委縮させてきた。かつての私なら慌てて視線を地面に伏せていたことだろう。

 

「もう! 髪が乱れる! 離してお姉ちゃん!」

「はあ? 勝手に走り出すエリナが悪いのよ」

 

 だけど、ヴェイルの記憶を徐々にすんなり参照できるようになってきた私は大人の目線で何故ミゼリア姉が怒っているのかの背景を読み取れる。口調はきついし、折角おしゃれしてきたエリナの髪を乱すのはいけないけれど、ミゼリア姉の主張自体は正しいのだ。

 

「まあまあ、二人とも喧嘩しないで」

 

 お互いが自分は正しいと思い、にらみ合う間にベーセル兄がニコニコと笑いながら仲裁に入る。

 

「はぐれたら危ないよってミゼリアは言いたかったんだよね。だからほら、手をつないで行こうか」

「うん!」

 

 ベーセル兄が醸し出すほんわかとした雰囲気に呑まれたからか、二人とも毒気を抜かれてしまい喧嘩は自然消滅した。私に負けず劣らずベーセル兄が好きなエリナは手を繋いで途端に機嫌がよくなった。

 

「何よもう……」

「ミゼリアがすぐに二人を止めてくれたおかげで助かったよ。ありがとうね」

 

 怒りの矛先を失ったミゼリア姉の顔を立てて感謝を述べるベーセル兄に、ミゼリア姉は頬を少し赤らめてそっぽを向く。まんざらでもなさそうで何よりだ。

 

 

 

 その後、出店で買い物をした後に近くに設営されたテーブル席で食事を取りながらみんなでのんびりしていると不意に体がビクっと震える。そこで私がトイレに行きたいと言ったら母はこの人混みで単独行動は危険と考えてベーセル兄を護衛役に任命した。

 

「フィエーナ? もうちょっと歩くからね」

「うん、急ごう!」

 

 今の私がかつての私より尿意に対して我慢が効かないのは気のせいだろうか。とにかく、お祭り中で並ぶトイレの列には冷や汗をかきつつ何とか私は間に合わせた。

 

「フィエーナ! 見て! 凄いよ!」

 

 私がトイレから出てくると、ベーセル兄は興奮したように私の手を取り広場の中央を指さす。気付くと周囲の人ごみも足を止め、広場中央へ目を惹きつけられていた。

 

 一体何だろうと目を向けると、広場の中央には東洋の衣服に身を包んだ厳つい顔つきの中年男性が一人、刀を持って演武を披露していた。

 

本物なんだろうか。髭面の中年男性は、玩具のように軽々と白銀に煌めく片刃剣を持ちながら動き回っている。この世界では肉体を強化する魔法もないだろうに、よく金属の塊をああも自在に振り回せるものだ。緩急の付いたきびきびとした所作は、人の身を芸術作品のようにすら思わせてくる。あんな綺麗な剣技、ヴェイルの頃にだって見たことがない。

 

「カッコいいなあ……僕もやってみようかなあ」

 

 運動よりも本の兄が珍しい。しかし、中年男性のむさ苦しさとは裏腹に流麗な動きの演武を見ていると心が躍る。気付けば私は目を凝らして技の数々に釘付けになってしまっていた。元探索者としての血が疼いてしまっていた。

 

ベーセル兄だけでなくこの場の観客を大いに沸かせた演武を披露した中年男性は、拍手と声援に包まれながら髭面を粗野だが人好きのする笑顔に変え、舞台裏に何か合図をする。すると、中年男性と似通った服装に身を包んだベーセル兄と同年代の男の子と笑顔が愛らしい着物姿の中年女性が立て看板を持って姿を現す。

 

「ロートキイル王国の皆さん! よければ是非うちの道場に来てください! 子供から大人までお待ちしております!」

 

 看板には丁寧に受講費や道具代の数字が並んでいる。勧誘する気満々だ。言いようのない誘惑が、気付けば私に看板の文字数字の羅列を追わせていた。

 

 

 

 その日の晩、夕食の席にてもじもじしていたベーセル兄はようやく口を開いた。

 

「ねえ、お母さん。あのね……」

 

 遠慮がちに今日見てきた東洋の剣術道場に入ってみたいと告げたベーセル兄へ母は嬉しそうに頷いて見せる。

 

「いいじゃない! 早速明日見学に行きましょう!」

「本当!?」

「うんうん、そうしましょう。でもその前にお父さんが帰ってきたらちゃんと相談するのよ?」

「うん! ありがとうお母さん!」

 

 他の同級生が大抵クラブに所属する中でベーセル兄は今まで読書に精を上げてきた。文字の羅列をあんなに楽しそうに読めるのはすごいと思うのだけれど、昔は母も、父は今でも時たまベーセル兄にクラブに入らないかと誘ってはベーセル兄の顔を引きつらせていたものだ。嫌がるベーセル兄を見て母は父を諌めるようになっていたけれども、子供が体を碌に動かさないのは思うところがあったらしい。

 

 私もベーセル兄は、もうちょっと運動して力を付けた方がいいと思っていたし、これはいい機会だろう。

 

「お母さん、私も入りたい」

「あら? フィエーナもなの? よっぽど魅力的だったみたいね」

 

 

 

 翌日、一か月の夏季休暇を手にして生き生きとしだした父も一緒に道場へ向かうこととなった。ベーセル兄が急かしたこともあって、私たちは朝から早速出発することになる。

 

「日本の剣術か。面白い物に興味を持ったな」

「昨日ショーで見て気に入ったみたいなの」

「あのね、凄いんだよ!」

 

 普段落ち着いた性格のベーセル兄にしては珍しくはしゃいだ様子で父へ昨日見た剣術へ身振り手振り交えながら話し出す。十分もかからない郊外の街道沿いの道場に付いた頃までベーセル兄はずっと興奮気味に剣術についてしゃべり続けていた。

 

「へえ、雰囲気あるなあ」

 

 閑散としている駐車場に車を停めた父は感心したように東洋風の建物を眺める。針葉樹林に囲まれた、四車線の街道から少し奥まった場所に建てられた道場と隣の日本家屋を見ていると、ここが欧州の地とはとても思えない。

 

「おや、どうかされましたか」

 

 少し訛ったロートキイル語を話す、東洋人の青年が道場からこちらに歩いてくる。何歳くらいだろう、二十歳くらいかな。

 

「やあ、実はウチの子が昨日のショーで剣術に興味を持ったみたいでね。見学しに来たんだ」

「そうでしたか。ではこちらへどうぞ」

 

 にこやかに案内を始める青年は目の下に濃い隈があり、少し疲弊しているようにも見えた。異国の地での苦労があるのだろうか。お互いに自己紹介を終え、靴を脱がされた私たちは道場内に入る。

 

『鳳二さーん! 見学希望者ですよ!』

『うおっ! 早速来たか!』

 

 道場には昨日広場で流麗な剣技を披露した髭面の中年男性が濡れ雑巾片手に立っていた。ヨシガミと名乗った青年に異国語で呼びかけられると人好きのしそうな豪放磊落な笑顔でこちらに近づいてくる。

 

「おはようみなさん! 私、この天河流剣術道場で師範をやっております林原鳳二と言います」

「おはようハヤシバラ。俺はベーレム・アルゲン。今日はよろしく頼むよ」

「では早速見学を……と言いたいのですが、実はまだ受講者が少なくてね。この時間だと誰もいないんですよ。代わりにちょっと剣術を体験していきませんか。実際にやってみた方がお子さんたちにもいいでしょう」

「そうか。ベーセルとフィエーナはやってみたい?」

 

 私とベーセル兄の返答はほぼ同時だった。

 

「やってみたい!」

「いい返事だ! じゃあ、子供用の道着があるから着替えてもらおうか」

 

 着せられたのは、道着と呼ばれる剣術のユニフォームのようなものだ。その後私とベーセル兄は稽古の始まりに必ずするという挨拶を習った後、木刀を渡された。

 

「天河流剣術は刀を使い戦うことを目的とする剣術。でも君たちにはまだ真剣は早いからね、こいつで刀の扱い方、刀を使った戦い方を覚えてもらうよ」

「待ってくれないかハヤシバラ。つまりウチの子らは人殺しの術を学ぶって事かい?」

「ベーレムさん。確かにある意味ではそうなりますが、それは本意ではない。少し長くなりますが、説明させてもらいましょう」

「頼むよ、納得できなければ今後来ることはないだろうね」

 

 父の目付きからして、あれは本気だ。母も今回は父と同意見のようで真摯な目付きをしながらハヤシバラの説明を受けている。けれど元探索者の私としては新しい武術の体得には心が躍るので、ハヤシバラには何とか両親を納得させてもらいたい。

 

 ハヤシバラの説明は慣れないロートキイル語のせいか何処か言い回しが迂遠に思われた。それでも私はハヤシバラの説明は、かつて私に修業を付けてくれた師匠を思い起こさせるものだった。師匠もまた、剣の技をただ強くあるためのものとはしていなかった。修行を通じ、私はただダンジョンを制覇する戦闘能力を培っただけでなく、過酷な状況にも折れない精神力や儚く散り行く人であるが故の理想的な生き様を学んだように思える。

 

「いや、恐れ入ったよハヤシバラ。高潔な理念が天河流には込められているんだな」

「分かってもらえ、何よりです」

「ウチの子に習わせるつもりだったが、私も学びたくなってきたよ」

「武芸の道はいつでも始められますよ」

 

 父もまたハヤシバラの説明に感銘を受けたようで、いつの間にか先に自分自身が剣術を学ぶことを決定してしまったようだった。

 

 

 




解説
ロートキイル王国
面積14万平方キロ。ドイツ・フランス間に位置する。
人口4000万人(2010)
GDP:1.4兆ドル。(2010)
貨幣:ロートキイル・マルク(1USドル=1.12RM)
宗教:カトリック系が六割
政治形態:立憲君主制
元首:カール7世 パルナクルス家
国際関係:NATO加盟国、EU非加盟、シェンゲン協定非加盟
・略史
WW2時ドイツの電撃的侵攻により敗戦。
1945年、国家再建。西側陣営。あからさまにドイツ方面へ戦力を展開。
冷戦期:NATO軍中部方面の要として6個師団を中核とする重機甲軍団を提供。ドイツ・イギリス・フランス・アメリカからの資金・技術提供を受け屈指の精鋭陸軍を構築する。
冷戦崩壊:軍を縮小し、志願制へ移行。近年はイラク戦争・アフガニスタン戦争に出兵。



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