ついにやってきたクリスマスシーズン。この時期になるとドークお祖父さんにオットフリットお祖父さんの双方を訪ねて親戚一同がヴェルデ市へ集結を始める。我が家も帰ってきたベーセル兄と父に加え、母の弟であるヴェラホルド叔父さん一家五人も数日の予定で泊まり込んできた。
「今年もよろしく頼むよ姉さん」
「いらっしゃいヴェル! 今年も歓迎するわ!」
あまり会えない弟との再会に母のテンションがいつもより高い。
「あらー、アリスちゃん一段と綺麗になってるわね! ミイア、あなたに似て来たんじゃない?」
「ふふ、ユミアありがとう」
私も一年ぶりに再会したアリスたちと挨拶を交わそうと近づいていく。すると、私に熱い視線を送るレードと目があった。
「フィエーナお姉ちゃん!」
目が合うなり突撃してきた七歳のレードを私はしゃがみこんで受け止める。
「レード、久しぶりだねぇ? 元気にしてた?」
「うん!」
レードは赤子の頃から我が家にやってきていて、来るたびに私は可愛がっていた。レードの方も私に懐いてくれて、再開する度に私とレードはこうして抱擁しあっていたのだった。
「ははは、レードはフィエーナに懐いているなあ」
「ベーレム義兄さん、フィエーナみたいな優しくて綺麗な従姉があの年でいたら甘えたくなるもんじゃないか?」
「それは言えてるな!」
「分かるわ。私も年上の従姉のお姉さんに思い切り甘えてたもの。年が近いと気恥ずかしいけど離れてると素直に甘えられたのよね」
まだ七歳で中性的な顔立ちのレードは、私に会えて嬉しいのか純真な笑顔を見せながらぐりぐりと顔を私の胸元に擦り付けて来る。私もそんなレードが愛らしくて背中に回した腕に力がこもるけれど、あまり力をこめてしまうと痛がるかもしれないので程ほどに自制する。
「フィエーナお姉ちゃん、お胸がすっごくやらかくなったね」
天使みたいに可愛げのあるレードにまさか胸について言及されるとは思わなくて、私は一瞬固まってしまう。レードにしてみれば含意はなく、単なる感想を述べただけなんだろうけど……。
「あははー、私も大人になってるんだよ」
「お母さんよりも大きいから、フィエーナお姉ちゃんの方が大人なの?」
「あははは、困ったな……」
元々周りから注視されている中でこのやり取りだ。私は何だか恥ずかしくなってしまい、笑って誤魔化すしかできなかった。
ヴェラホルド叔父さんの家族も一緒に夕食をとり終えると、さっきまで礼儀正しく椅子に座っていたレードが元気よく私の元へ駆けだしてくる。
「フィエーナお姉ちゃん遊ぼう!」
「いいよ、何しようか」
「はいこれ!」
レードが私に差し出したのは飛行機のおもちゃだった。さっきもこれで遊んだのに、よく飽きないなと内心思う。
「フィエーナ姉、レードに付き合ってばっかりだけど別にほっといてもいいんだよ?」
「お姉ちゃんの言う通りだよ、フィエーナお姉さんも疲れるでしょ」
レードにいつも付き合わされている二人の姉からは度々こうして忠告をされる。どうも二人は日常で遊び相手にされているようで、その度に体力不足で付き合いきれなくなってしまうのだとか。
「心配してくれてありがとう。けど大丈夫、私体力には自信あるから」
それにレードとは年に一回しか会えないのだ。多少疲れるくらいならなんてことはない。二人の姉の物言いにちょっと不満げな顔つきになっていたレードは、私が笑いかけるとパッと顔を綻ばせる。やっぱりレードは可愛らしい。
「僕がエレメントリーダーだからフィエーナお姉ちゃんは付いてきて!」
「イエスリーダー」
私の真面目くさった返答に仰々しく頷いたレードは私に差し出したのと同じ飛行機のおもちゃを頭上に掲げ、出撃する。私もレードの飛行機と同じ高度を保つよう胸元の辺りに飛行機を構えて追随する。
「ヒュオオオオオオー!」
ジェット機の高速飛行音を口で再現しながら手のひら大のおもちゃを右に左に機動させるレードに私はぴったりとついていく。
「前方に断崖絶壁! 方位210に回避!」
「パープル2、了解」
リビングの壁際がレードには断崖絶壁に見えているらしい。飛行機のおもちゃに乗り込んでいるレードパイロットにはさぞや大きな崖が見えているのだろう。
「再び断崖絶壁だ! スライスバック!」
部屋の隅で回避行動をしたレードをさらなる崖が迫る。高度を捨て反転したレードは、僚機である私が背後にいたことに気付かず追突してしまった。レードの搭乗していた飛行機が私の胸の谷間に埋没後、レードの手から零れ落ち床へ堕ちていく。
「あはは、壁は避けられたのにね」
私は鈍い痛みの残る胸を軽く撫でさすった後、床に落ちたおもちゃの飛行機をしゃがんで取り上げる。
「はい、レード……どうしたの?」
気付くとレードも私と一緒になって床にしゃがみこんでいた。そして、私が差し出した飛行機のおもちゃを受け取ろうとしない。
「駄目だよフィエーナお姉ちゃん。二人とも墜落したんだからシーサーを待たないと」
「シーサー?」
「パパー! 墜落したー!」
「何!? 待ってろ今助けに行くぞ!」
何が何だか分からない私は、恐らくヘリコプターの音を口で真似ているヴェラホルド叔父さんがやってきてレードを抱き上げるのをただ見つめているしかなかった。
「ようし、救助成功だ!」
「わーい!」
「あの、これは?」
二人で盛り上がっているところに私がおずおずと質問すると、ヴェラホルド叔父さんはにこやかに答えを返してくれる。
「はは、戦闘機パイロットを助けに来た救難隊だよ」
レードの飛行機遊びは本格的で、墜落した場合は救助のヘリコプターが来るところまで再現しているのだとか。レードが妙に凝ったごっこ遊びをするのは、ヴェラホルド叔父さんが空軍のトーネード戦闘攻撃機パイロットだからなのかもしれない。
救助されたレードと私がもう一度飛行機に乗って遊んでいると、流石にずっと遊び続けて疲れていたのかレードがあくびを連発し始める。
「眠い」
そういって私にもたれかかってきて、さっきまでの威勢のよさはどこに行ったのかべったりとくっついてきて動くのを止めてしまった。
「んー」
もう言葉を喋る事すら面倒らしい。ものぐさに横になりたいと訴えて来たレードをまさか床に置いておくわけにもいかないので、私が壁を背にして座ってその上にレードを横にさせた。
私の腰に手を回し、レードはうつ伏せになって倒れ込む。
「レード?」
返事はない。もうすっかりお休みのようだ。
レードの遊び相手から解放された私は暇になり、リビングのテーブルを使ってチェスをしているアリスとエマの方に意識を向ける。
「はい、チェックメーイトッ!」
「んんー、もう一回!」
得意げに駒を打ち倒すアリスを前に顔をしかめるエマ。ヴェラホルド叔父さんの二人の娘はチェスを趣味としていて、地元では大人を相手取る有名なチェスプレイヤーなのだという。
リビングのテーブルに我が家のチェスボードを引っ張り出してチェスをする二人は、酒をたしなむ大人たちの新たな雑談のネタにされてしまっていた。
二人の試合に大人たちがここをこうしたらとアドバイスするものの、二人よりもチェスの腕があるのはヴェラホルド叔父さんとベーセル兄くらいのものだ。本来二人の実力差は拮抗しているらしいのだけれど、長女のアリスはアドバイスに理路整然と反論する一方で、次女のエマは周囲の野次馬からもたらされる考えなしのアドバイスに従ってしまうせいで何度も敗北を喫してしまっていた。
「お母さん、エマに変なこと吹き込まないでよ! 真剣勝負の邪魔!」
「ごめんなさいねアリス」
ヴェラホルド叔父さんの奥さんであるミイアさんは、アリスの刺々しい物言いに朗らかに笑いながら謝る。ミイアさんお酒が入ると口が軽くなる人だから、アリスもつい口調が鋭くなっちゃうのだろう。
「もー、エマもあんな頓珍漢なアドバイス無視すればいいでしょ!」
「でもお母さんが言ってくれてるんだもん」
「チェスド下手くそなお母さんのアドバイスなんて聞く必要ないの! これじゃ勝負がつまんないわ! 今度はベーセル兄が私と相手してよ、今日こそ勝って見せるんだから」
「僕? いいよ、二人の試合見てたらやりたくなってきちゃった」
お酒の入ってちょっと機嫌のいいベーセル兄は、快くアリスの挑戦を受けるとポンポンと駒を動かしてあっという間にアリスを追い込んでしまった。思考する素振りもなくベーセル兄は自分の手番になるとすぐに駒を動かし、アリスだけが時間を費やしていく。
「むぐぐぐぐ……」
素人の私にも分かる圧倒的な実力差を前にアリスの持ち駒は一気に削られていき、唸り声を上げて苦肉の一手を打ってはすぐさま打たれるベーセル兄の一手を見て小さく悲鳴を上げるアリスという構図が続く。
「私の、負けよ……」
テーブルに倒れ伏したアリスの顔には悔しさがにじみ出ていた。対面に座るベーセル兄、これは少しやりすぎなのでは?
「あ、じゃあ次私もいい?」
「いいよ」
倒れ伏すアリスの上に乗しかかる形でエマはチェスボードの前に座り、ベーセル兄と対戦する。けれど結果は同じで、ふうとため息を吐いたエマは下に倒れている姉にすがりつきながら降参を宣言した。
「ねえお父さんベーセル兄をやっつけてよ」
「そうだよパパなら勝てるでしょ?」
「ははは、こりゃ負けられんな」
左右の肩に一人ずつ娘がのしかかる中、ヴェラホルド叔父さんはベーセル兄を相手取る。ポンポン駒を動かすベーセル兄のような勢いはないけれど、ヴェラホルド叔父さんの落ち着いた指し手にベーセル兄も苦戦しているようだ。ベーセル兄の表情が好戦的になっていくのが私には分かってしまった。
「お父さんすごいすごい! これなら勝てそうねエマ!」
「そうだねお姉ちゃん! パパ負けたらお仕置きだよ! 今日寝てる間私がずっとのしかかったままだからね!」
「エマだけじゃないわ! 私も乗っかってもう動けやしないんだからね!」
二人の娘の応援にも関わらず、ヴェラホルド叔父さんはベーセル兄に負けてしまった。
「いや、強くなったなベーセル!」
「叔父さんも相変わらず強いですね。久しぶりに負けるかもと思いました」
「ははははは! そりゃ光栄だ!」
母と二人きりで静かだった我が家が、久しぶりに人が集まり賑やかになる。二人では広かったリビングも、私の家族にヴェラホルド叔父さん一家の九人が集まれば手狭に感じられた。