これTS? 憑依?   作:am56x

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T/A23:遥が日本から帰ってきました。

 

 

 

 家族親戚一同が集まるクリスマスを終えると、あっという間に一年が終わりを迎えてしまう。大学進学で離れていたベーセル兄も仕事の都合で王都に行ってしまった父も帰ってきて一時的に我が家が賑やかになったのもつかの間、年明け早々に父は再び王都へ舞い戻ってしまった。

 

「ベーセル兄、起きて朝だよ」

「ベーセル兄、速いね」

「ベーセル兄、先にシャワー浴びるね」

「ベーセル兄、ご飯出来たって」

「ベーセル兄、これ新しく買ったんだ。見て」

「ベーセル兄、久しぶりにこれで遊ぼうよ」

「ベーセル兄、お昼は私が作るね」

 

 父がいなくなってちょっとだけ寂しいけれど、ベーセル兄がいてくれるなら私はそっちの方が嬉しい。秋季休暇以来ろくに会ってなかったし、自分でもやり過ぎだと自覚するくらい四六時中べったりベーセル兄に張り付いていた。たまに顔を出すヴェイルに苦笑されようとも、SNSの返信が遅れがちになるのを揶揄されようとも、私は止まらなかった。だって、あんまり一緒にいられないのだから限りある時間を出来る限り一緒にいたいと思うだけ。

 

「ごめん、家族の時間を大切にしたいから」

 

 そう思っていたのだけれど、ベーセル兄が友人から会う提案を受けて断ったのを聞いて流石に反省した。電話を切ろうとするベーセル兄の前に私は姿を現し、行ってきなよとジェスチャーする。いいのと顔で聞いてくるベーセル兄に私は内心離れたくない思いが溢れかけるけれど、顔に出さず笑顔で頷いて見せる。

 

「あ、やっぱり行ってもいいかな? ごめんごめん……本当? ならよかった。じゃ、明日ね」

 

 電話を切ったベーセル兄に誰からか聞くと、中等学校時代の友人だという。仲の良かった友人たちが久しぶりに地元に揃ったから、みんなで集まろうとなったらしい。

 

「え……それは行かなきゃ駄目だよ!」

 

 義理の付き合いならともかく、ずっと一緒に過ごした特に仲のいい人たちの名が挙がって私はびっくりした。彼らとの付き合いはないがしろにするべきじゃない。

 

「僕も行きたいって思ったんだけど、フィエーナから離れたくなくてつい断りそうになっちゃった」

「ベーセル兄、妹離れしなきゃ!」

 

 言った瞬間、どの口がよくもまあという思いと同時に離れて欲しくない思いも膨らんで来る。けれど、いつまでも一緒にいる訳にもいかないのだ。ぐっと私は思いを封じ込めた。

 

 

 

 翌日、ベーセル兄が出かけてしまって暇になった私は隣のエリナを訪ねてベーセル兄の話をする。エリナは始終雑に私をあしらってきたのだけれど、私はベーセル兄の話が出来ればそれでいいので特に気にせず話し続けていた。誰も聞いてくれないから、エリナにだけ話すのだけれど、そのエリナもあまり長くは聞いてくれない。

 

「は?」

「え……何? エリナ」

 

 さっきまでスマホの画面を見ながら適当に返事をしていたエリナが真顔でこっちを見つめて来る。

 

「それってさ、フィエーナがべたべたべたべたずーーーーーーっとくっついてたから遠慮したんじゃないの?」

「うん……だから行って来なよって私が言ったんだよ」

「そもそもフィエーナはもう十三歳だよ! その年でベーセル兄と一緒に寝るのはおかしいでしょ!」

「そうなのかな?」

 

 ああ、しまった。あまり長く話し過ぎるとエリナが説教モードに入ってしまう。いちいち正論で、反論も出来ない。エリナに気付かれないよう時計に目をやるとかれこれ三十分は説教が続いていた。

 

「いい? もうフィエーナは絶対一人で寝るのよ?」

「……はい」

「あーっ! 絶対口だけでしょー!」

「そんなこと、ないよ?」

「はあ……ホント、フィエーナのブラコンは深刻よね」

 

 私はそうは思わない。毎日ベッドに潜り込むのはベーセル兄と会える日に制限があるからで、毎日顔を合わせていた頃はこんな真似していなかった。許してくれるベーセル兄も私も数か月振りだからお互いを懐かしく思っているだけだ。ベーセル兄も男だし、ちょっとした生理現象を図らずして見せてしまうこともあるけれど、敬愛する兄の愛嬌みたいなもので私は愛おしく思っていた。

 

「エリナ、本当のブラコンってのはこういうのだよ」

「いや、フィエーナ……その例はヤバ過ぎだって」

 

 私が反証のためスマホで検索したブラコンの記事を見せつけると、エリナはがっつり顔を引きつらせる。その後しばらくエリナの部屋でのんびりしていると、わざわざ電子メールで遥が連絡を取って来る。SNSがあるのにこっちで連絡するというのはつまり、秘密にしたいってことだろう。

 

 メールには今日は帰ってきたことと、今から会えないかと書いてあった。いつ帰るか分からないと言っていたけれど、いつの間にか帰ってきていたようだ。

 

「そろそろ帰るね」

「うーん……じゃねー」

 

 ベッドに寝っ転がりながら手を振るエリナと別れ、私は林原家に向かった。雪のせいで自転車は使えないけれど、代わりにバスがある。待ち時間とバス停間の距離もあるので林原家まで三十分ほどかかった。

 

 普段も静謐な雰囲気の中に佇む林原家と道場は、雪の積もる針葉樹林が音を吸収することでさらに静けさを増していた。街道を通る車輛音は聞こえなくなり、ただ靴底まで積もった雪を踏む音だけが耳まで届く。

 

「こんにちは」

「こんにちは遥ちゃん、明けましておめでとう」

「幸恵さん、明けましておめでとうございます」

 

 幸恵さんに室内へ招かれると、難しそうな顔をして林原先生が腕を組みながらこたつに座っていた。吉上先生もこたつに入ってだらしなく倒れ込んでいる。挨拶を交わした後、林原先生はとにかく遥と会ってやってくれと話す。

 

「俺も励ましたんだが、どうも上手くいかん。フィエーナ頼むよ」

「分かりました、遥は自分の部屋に?」

「ああ、行って来てくれ」

 

 木張りの廊下を歩き、遥の部屋の襖障子の前に立つ。ノックしたら破けるのかな。怖いので叩くのはやめた。

 

「遥、いる?」

「フィエーナ……いいよ、入って」

 

 畳張りの室内で遥はスーツケースを開けてほったらかしにしたまま、壁に背中を預けて座っていた。手袋やマフラーこそ脱いでいるけれど、コートは着たままだ。本当にさっき帰ってきたばかりのようだ。

 

「いきなり呼んでごめんね」

 

 遥の顔はやつれているように見えた。かろうじて見せる作り物の微笑が痛々しい。

 

「いいよ、休暇でやることもなかったし」

 

 遥の隣に座ると、遥は壁の代わりに私へ寄りかかって来る。

 

「ごめん、しばらくこうしてていい?」

「いいよ、帰って来たばかりで疲れてるでしょ」

「うん……」

 

 やがて眠ってしまった遥の顔は肩からずり落ち、私の膝の上で止まった。私が遥の髪を撫でながら何するでもなく遥を見ていると、吉上先生が顔を出す。

 

「やあ、遥は眠ったのかい?」

「はい、すぐに」

「そっか、実はあまり眠れていなかったようでね。フィエーナの隣なら安心出来たのかな」

 

 吉上先生は押入れから毛布を取り出して、遥にかけてくれる。

 

「じゃ、遥を頼むよ」

「任せてください」

 

 私が敬礼してみせると、吉上先生は苦笑しながら部屋を出て行った。

 

 

 

「ん、あれ?」

「あ、遥。起きた?」

 

 私が遥に膝を貸して二時間ほどが経過した頃、遥は目を覚ました。冬の日の入りは早くて、襖の上の明かり取りである欄間からは外が真っ暗になっている事が窺いしれた。

 

「フィエーナ?」

「まだ眠い? もう暗いし、布団敷いて寝ちゃおうか?」

「今何時?」

「んー、五時半くらいだよ」

「じゃあ、起きる」

 

 そう言いながらも遥は一度開けた目を再び開こうとはしない。ただ、仰向けだった姿勢をくるんと回ってうつ伏せに変えた。

 

「起きるんじゃなかったの?」

「んー……いい匂いがする」

 

 そう言って遥は私の股の間に顔を埋めたまま、動きを止めてしまった。そんな場所の匂い、いい匂いとは思えないんだけどな。何だか恥ずかしくなってきたので、私は遥を揺さぶって起こそうとする。

 

「遥? 起きるんでしょ?」

「うん……」

 

 ようやく起き出した遥は今度は、私の胸元に顔を埋めて背中に両手を回してくる。

 

「遥?」

 

 返事はなく、ただ涙で次第に私の胸元は濡れていった。私は黙って遥を抱きしめ返す。また、しばらく時間を置いて遥は日本での出来事を話してくれた。

 

 日本で遥は父親にまず会ったのだそうだ。仲の良かった父親がぎこちなく迎える様でまずショックを受けたらしい。

 

「私とお父さん、本当に仲良しだったのに……」

 

 それでも、一緒に話しているうちに昔のように打ち解けた話も出来るようになっていったのだという。

 

「フィエーナのことも話したよ。銀髪で紫の目をしてるんだって言ったら驚いてた。だからスマホに撮った写真を見せて、それでやっと信じてくれたの」

 

 父親と何を話したかと話す遥はとても嬉しそうで、それだけにこんな仲のいい家族が引き裂かれる原因を作った悪魔とやらには怒りを覚えた。

 

「それで……お母さんにも会いに行ったんだけど」

 

 遥に面会は許されなかったそうだ。曰く、遥の格好をした悪魔に拷問を受けた影響で本物の遥と悪魔を判別出来ない。きっと遥の姿を見たら怯えてまた病状が悪化する。だから、遠巻きに母親の姿を見るだけに留めたのだという。

 

「あんなになったお母さん……見たくなかったよ」

 

 口数少なく遥は母親の様変わりについて述べた。代わりに遥は以前の母親についてたくさん話してくれる。

 

「お母さんはとっても綺麗な人なんだよ。私の碧い目もお母さん譲りなんだ」

 

 それから遥は色んな家族の思い出を語ってくれた。三人でピクニックに行ったこと、温泉旅館に泊まったこと、水族館に行ったこと……昔に思いを馳せる遥は、今にも消えてしまいそうなほど澄み切った雰囲気だ。このまま儚く消滅しそうで思わず私は背中に回した腕に力を込める。

 

「お父さん、言ってくれたの。いつかまた三人で暮らそうなって」

 

 遥の手に触れる父親の手は震えていたけれど、確かに触れてくれたのだと遥は喜ぶ。

 

「ここに来る前じゃ考えられなかったから……だから、私もっと頑張って力を付けるの。そうしたら、もう同じ目に遭わないから」

 

 遥の剣の腕は着実に向上している。今や道場で遥を相手取れるのは私と吉上先生、林原先生を置いて他にない。魔力の扱い方については知る由もないけれど、遥ならぐんぐん腕を伸ばしているはずだ。

 

 涙でぐっしょりとした胸元から離れた遥の目には強い力が漲っていた。儚く消えゆく雰囲気から一変、力強い高潔な意思を感じる。

 

「それでね、私と同じ目に遭う人がいない世界にしたい……なんてね」

「出来るよ、遥が諦めなかったら」

 

 カッコよく決めていたのに最後茶化すように笑った遥に私は真摯に答えた。

 

「ありがとう、フィエーナ」

 

 そう言って立ち上がった遥は、私にも立ち上がるよう促してくる。そうして立ち上がった私を遥は正面から抱きしめた。

 

「フィエーナ。私、フィエーナのこと大好きだよ」

「遥、ありがとう。私も遥が大好きだよ」

 

 

 

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