クリスマス休暇は終わったけれど、今度は二月にあるファッシングの話題でクラスメイトが盛り上がりを見せ始めた一月の中旬。私はいつものように剣術道場に向かおうと放課後、足早に家へと帰ろうとしていた。
「ねえフィエーナちゃん、ちょっとお話いいかな?」
「ん、いいよ」
珍しく困り顔の里奈に呼び止められた私は、近所のよく通っている喫茶店に入る。
「こんにちはー」
「おや、お友達連れかい」
「そうなんです」
マスターに常連さんたちと軽く挨拶を交わした後で、奥の席に里奈を誘う。
「それで、何か相談事?」
「うん、実はね……今度のファッシングで仮装パーティーがあるでしょ」
クリスマスに続いて大事な宗教イベントであるファッシングではもちろん学校はお休みになる。そして、お休み前には当然パーティーが開かれるのだ。
「それでね、私のクラスはテーマが創作上のキャラクターになったの」
「ふうん、面白そうだね」
ちなみに私のクラスは十七世紀がテーマに選ばれた。別にテーマを守るかは自由ではあるけれど、選ばれた以上は守りたい思いもある。けれど、十七世紀って……何をしたらいいのか全然見当が付かないよ。
「それでね、それでね……」
言葉にするのを怖気づいた里奈はもじもじしながら黙り込んでしまった。
「里奈。私と里奈は友達でしょ? 心配いらないよ」
「ありがとうフィエーナちゃん。やっぱりフィエーナちゃんに相談してよかった。日本語で相談できるし」
ホッとしたような顔つきの里奈は一回大きな深呼吸をした後で、席から身を乗り出して額と額がぶつかりそうな距離まで近づいて私の目を真っ直ぐに見つめながら口を開く。
「実は私、アニメ漫画オタクなの」
「ふうん」
「あの……ひいたりしない?」
「何で?」
重大事のような声音で話すから何事かと思ったら大したことがなくて拍子抜けしてしまった。それとも、日本だと禁忌的な告白だったりするのだろうか。
「あ、ううん! それでね、今年のアニメで、あっ原作はウェブ小説なんだけどね!」
早口で一気にまくしたてるように説明を始める里奈に私はついていけない。ちょっと何を言ってるか分からないところもあったけれど、とにかく里奈はそのアニメのキャラクターに仮装したいらしい。
「すればいいじゃない」
「簡単に言ってくれるねフィエーナちゃん! 衣装づくりとかすっごく大変なんだよ! というかね、衣装を作るより一番の問題があるんだ……」
再び深刻な表情をして顔をにじり寄らせてくる里奈に、今度こそ何事かと私は息を呑む。
「私に全然似合わないことなのーっ!」
そういって里奈はテーブルに突っ伏して泣き出してしまった。
「そんなに似てないの? 頑張れば何とかならないの?」
「そんなレベルじゃないの……これ、見て」
里奈が掲げたスマホにはアニメキャラクターが映っていた。銀髪に赤い目をしたドレス姿の美少女は、確かに黒髪で小柄な里奈とは似ているとは言えなかった。
「けどさ、かつらとかをつければどうにかならない?」
「あのね、問題はそこじゃないの!」
ビシッと指を指す里奈。それ、ここじゃ失礼に当たるよ。
「あのね、フィエーナちゃん。銀髪で赤目の人に心当たり、ない?」
「ん~銀髪ならロートキイルにはいくらでもいるけどね。赤目は流石にいないかな」
何か含みのある笑みで私を見て来る里奈の視線は、私の瞳に注がれていた。
「いや、里奈。私の目は赤くないよ。どっちかというと紫に近いんじゃないかな」
「そうかな? 紅紫の目。ロートキイルでもとっても珍しい瞳。実はね、アニメだと赤っぽいけど書籍版のこの子を見て?」
里奈がそう言って鞄から取り出したのは、ちょっと雰囲気の異なる銀髪紫目の美少女が表紙に乗った本だった。
「アニメ化で作画が変わって、私本当はちょっぴりがっかりしたんだ。こっちの絵が実際に動いてほしかったの」
無理だって分かってるんだけどねと里奈は寂しそうに笑う。曰く、ラノベ表紙の絵はアニメとして動かすには労力がかかり過ぎるのだとか。
「だけどねフィエーナちゃん! フィエーナちゃんならなりきれるって私ビビッときちゃったの!」
興奮した里奈が対面から私の肩を掴んで来る。
「お願いフィエーナちゃん! 私の潰えた希望をフィエーナちゃんに叶えてほしいの!」
「里奈? それじゃ里奈の仮装衣装が完成しないじゃない」
「大丈夫! それはそれで用意してあるから!」
勝ち誇ったような顔で里奈はスマホを再び私の目の前に突き出す。そこにはコミカルに描かれたドラゴンがいた。
「これは?」
「フェルベリナの契約獣、えふもん! これの着ぐるみ作るんだ!」
ビビットカラーで鮮やかな可愛らしいドラゴンと、フリルもりもりのドレスに日傘を持った美少女のコンビ。アニメならいいけれど、私が実際にこれを着るのだと考えると羞恥心で死んでしまいそう。
「ねえ、里奈。私、ちょっと恥ずかしいよ」
「何で? 絶対フィエーナちゃんなら似合うよ! 私ね、これは運命だって思うの! フィエーナちゃんなら完ぺきにリアルフェルベリナを再現できる! 保証する!」
「うーん……でも」
「お願いお願い! フィエーナちゃんしかいないの!」
「しょうがないな……分かったよ里奈」
「ありがとうフィエーナちゃん! 絶対完ぺきに衣装仕上げて見せるからっ!」
里奈が必死に頼み込んでくるものだから私はつい了承してしまった。けれど、ドレスに日傘の組み合わせだけなら、辛うじて十七世紀の貴族衣装として見れないこともないと思う。だから、大丈夫……で、あってほしい。
数日後、日程を調整し私は里奈の家を訪れた。わざわざ私の家まで送迎の車を運転手付きで寄越してくるだけあって、住んでいるマンションは市でも有数の高級タワーマンションだった。
「随分広いお家だね」
「そうでしょ? でもここ、パパじゃなくて会社が所有してる物件なんだよ」
「お父さんかお母さんは今いないの?」
「二人は忙しいから」
この時の里奈は普段と違いそっけない。両親に対して好感情を抱いてない……というより、あまり構ってもらえていなくて拗ねているような態度だった。
「それより私の部屋に来てよ! もう一か月もないし急がないと!」
案内された部屋も随分と広い。里奈の身長で届く高さの本棚が壁際三面を占め、漫画やDVDが所せましにぎゅうぎゅうと詰められている。
「すごいたくさんの漫画だね」
「そう? これでも日本に蔵書のほとんどを置いてきたんだよ」
「そうなんだ……もしかして里奈の寝室は別にあるの? ここじゃ寝られないでしょ」
「うん。ここは私専用の書斎だよ。ほかに寝室と衣装部屋があるの。お姫様みたいでしょ?」
一見自慢のような台詞なのに、私は里奈が誰かに当てつけのように言っているのではと聞こえてしまった。
「それじゃまず、寸法から図ろうか」
目を輝かせながら遥はメジャー片手にやってくる。私は促されるままに服を脱ぎ、メジャーが体に回されるのを大人しく見ている。
「うわあ。やっぱりフィエーナちゃんって胸大きいね。服着てるときからそうかなって思ってたけど、予想以上」
「どんな予想してたのさ」
黙々とメジャーを回す里奈の真摯な目付きに私まで面持ちを正してしまう。
「いいなあ、フィエーナちゃんはスタイルいいよね」
一通り採寸を終えた里奈は顔をふにゃりとだらしなく弛緩させてしなだれる。
「フィエーナちゃん……身長も高いもんなあ。私よりおっぱいおっきいのに印象が全然違うよ」
「えー、本当に? 大きさとか、どれくらいなの?」
里奈は身長は小さいのに、胸だけが無駄に大きいとは思っていたけれど意外にも私と同じだったとは思わなかった。ちょっと信じられなくて思わず聞いてしまう。
「あんまりみんなには言わないでよ?」
私が頷いて見せると、里奈は小声で私の耳元に呟いてきた。うわ、本当に私と同じくらいだ。身体バランスの違いによる印象って結構馬鹿に出来ない。
私と小学生程度の大きさしかない里奈では同じ大きさだとしても身体的負荷が違ってくる。里奈がすぐへばっちゃうのもしょうがないことだったのだ。
「身長も高いし、足も長いし……羨ましいよ」
そう言って足に縋りつく里奈。泣く真似が冗談に見えないので反応に困る。
「で……でもさ、里奈だって比率的には足が長く見えるよ」
「つまり絶対評価だとちっこいってことじゃん」
いじけてしまった里奈を慰めながら、作業を進めていく。既に材料を発注していた里奈の手筈の良さに感心しながら、衣装づくりを進める。
「いいのフィエーナちゃん? 私の我が儘なんだし手伝ってくれなくてもいいんだよ」
「そんなわけにはいかないよ。私の衣装を作ってもらうんだよ?」
本当は材料費だって負担すべきだ。けれど、そこは里奈が譲らなかったので私も手伝うことでちょっとでも穴埋めをしようと思う。
「それにしても里奈は手際がいいね」
私がほつれたシャツのボタンを治すとかその程度の経験しか積んでなかったのに対し、里奈はこれまでにも何着も制作してきたのだという。
「ま、伊達に年季積んでませんし? ねえねえ、今まで作った服見せてあげよっか」
「おー、見たい見たい」
「こっちだよ!」
うきうきと歩く里奈に連れられ衣裳部屋へと連れてこられた私は今までの自信作を里奈から紹介される。自信満々に衣装を紹介してくれる里奈に着て見せてよと言ったら一転、落ち込んでしまった。
「でも、このままじゃ着れないんだ。胸の辺りを仕立て直さないと……」
「あー……」
私は慰めの言葉が咄嗟に見つけられなかった。
二月の頭、衣装が完成した。私は難しいフェルベリナの衣装をあまり手伝えなかったけれど、えふもんはどうにか私が作成した。これで半々だから貸し借りはなしかな……そんな訳がない、里奈の方がずっと労力はかけている。多分、かけた時間は同じくらいだと思うけれど。
「見て見てフィエーナちゃん! 俺様がエフドライブ様だぞー!」
えふもんの着ぐるみを着た里奈が嬉しそうに室内を跳び回る。えふもんはアニメを知らなくても一目で愛らしいドラゴンだ。私はアニメも小説も里奈に借りたから、今では私もえふもんのことをよく知っていた。
「えふもん! 私に力を貸しなさい!」
「フェルベリナ! いいだろう、俺様の力を使え! ほら、フィエーナちゃん着替えて!」
ようやく完成したフェルベリナの衣装に身を通す。それにしても、この衣装の完成度は非常に高い。史跡として保存されている宮殿の展示品として飾られているものと私には見分けが付かない。
ドレス本体だけじゃない、手袋、靴下、日傘までいつの間にか用意していた里奈は私の着替えを手伝ってくれる。
「うわああ……うわああ!」
感激で声を震わせながら里奈は私の周りをはしゃぎまわる。
「最後にこれ履いて!」
里奈……靴まで用意してたのか。私に合わせているから里奈は着れないのに。
「どう、里奈? 似合ってる?」
「ああ……」
無言で震えながら里奈はだらしのない笑みを浮かべながらその場に崩れ落ちた。
「ちょっと里奈!?」
「フィエーナちゃん……フェルベリナの口調でお願い」
全く里奈は注文の多い子だ。けれどここまで付き合ったからね。いいよ、やってあげようじゃないか。
「ったく、情けないわねえふもん? こんなトコで倒れちゃジェルスバンドに笑われちゃうわよ?」
私はまだアニメ化はされていない四巻中盤の台詞を、声音を男っぽく寄せながら吐く。
「ふ、ふはははは! それでこそフェルベリナ! 覚悟は決まったようだな!」
私の周りをくるくる回りながら里奈は私に日傘を手渡してくれる。えふもんの龍の雄叫びを真似る里奈は本当に子供っぽくて可愛らしい。
「いけ、フェルベリナ!」
「任せてえふもん! ここからは私がヒーローよ!」
剣術に限らず、武器を日常的に扱っていたヴェイルであり私なら適当にそれっぽくかっこいい感じに日傘を振るうなんて造作もない。アニメの決めポーズを再現してみせると、里奈は目の前で大粒の涙を流しながら口を両手で覆い隠す。
「フェルベリナ……フェルベリナだああああああああああああ!」
「泣いちゃ駄目。あなたはここで立ち止まっていて、それでいいの?」
「名台詞ラッシュだあああああああああああああああ! もっと言って! もっと言って!」
しばらく付き合っているうちに里奈は床を転がり回ったりするだけじゃなくてカメラで写真を撮り始める。それは執拗なまでアングルにこだわり、同じ場面も何度も取るものだから先に私がくたびれてしまった。
「ごめん里奈。私もう疲れたよ」
「あ、フィエーナちゃんになっちゃった」
「そんな残念そうにしないでよ」
「えへへ……ごめん」
汚したらもったいないくらい出来のいい衣装を脱ぎ、私は里奈と一緒に使用人の人が出してくれたお茶を飲み、ケーキをつつく。
「いやぁ~、フィエーナちゃんにはすっごく感謝してる。衣装作りも手伝ってくれたし、本当にありがとうね」
「気にしないで里奈。私こそ、今年のファッシングは素敵な衣装で参加出来て助かってるんだ。ありがとうね、里奈」
うーんと伸びをして里奈は椅子の背もたれに倒れ込んだ。
「私たち、頑張ったよね……他の子はどんなもの着て来るかな?」
「ここまで気合いを入れている子はいないと思うよ。二十マルクくらいで出来合いの製品を買うのが普通じゃないかな」
「ふーん、そんなもんかあ」
「ファッシングの行列に参加する人なら気合の入った服を着ている人もいっぱいいるけどね」
「へえ、どんな感じなの?」
学校のファッシング休暇は金曜日から水曜日までずっと続くのだけれど、ヴェルデ市一帯は協力関係を結んで仮装行列は金曜日から火曜日まで一日に一つの町を回ることになっている。一日に一回の分、複数の町の集団が協力する仮装行列は質量ともにここらへんでは最大規模だ。消防団、警察官、地域のクラブ、地元の企業、大学や市役所チームなど年に一回の仮装行列のために有志が集まり、このイベントに全力を注ぐ人も少なくない。
ヴェルデ市では薔薇の月曜日に行列が市内を練り歩く。騎馬騎士が行列の最前列を進み、おどろおどろしい木の仮面をかぶった行列など伝統的な仮装行列が通り過ぎると今度は今時の奇抜でこの日のために衣装に工夫を凝らした人たちの行列が続いていく。
「私の合唱団も行列に参加するんだ」
「へええ、何の衣装を着るの?」
「伝統的な民族衣装を着こんで木の仮面を付けて、歌いながら行進するの。きっとどれが私か分からないよ? でも、里奈を見かけたらお菓子あげるね」
ファッシングの行列を行進する者はお菓子や花束を持って見物客に配るのが習わしだ。ただし、行列の参加者も見物客もとにかくたくさんいるからもらえるかは運とアピール次第となっている。
その後はのんびりおしゃべりしたり里奈一押しのアニメ映画を見せて貰ったりしてゆったりと時間を過ごした。夕食は専属のシェフの作った料理で、こんなのを毎日食べているのかと聞いたら里奈は首を横に振る。
「普段はもっと簡単に作ってもらうんだけど、友達が来るって言ったらヘンテルがはりきっちゃって」
私がキッチンに目をやると優しそうな壮年のコックがこちらに軽く会釈をしてきた。
「ヘンテル、今日も美味しかったよ」
「里奈、そう言ってくれると嬉しいよ。今日のデザートをどうぞ」
夕食を取った後はお風呂に入ろうとなったのだけれど、里奈の家の風呂は林原家と同じくらい大きかった。白くて眩いジャグジーバスは窓に面していてヴェルデ市の夜景を楽しみながらお風呂に浸かれる。
「広いね。二人で入る?」
「フィエーナちゃん、そういうの平気なの?」
「別に気にしないよ」
「じゃあ二人で入ろう!」
はしゃぎながら手を引く里奈に促されながら、私は脱衣室に戻り服を脱いでいく。里奈も一緒に隣で服を脱いでいくのだけれど、身長に見合わない大きくたわわに膨らんだ胸に思わず目がいってしまう。
「もうフィエーナちゃん、エッチだよ!」
「あはは、ごめんね里奈」
「そんな目で見るフィエーナちゃんにはもっとおっぱいおっきくなるように願掛けしちゃうからね!」
「それはやめてよ」
実のところ、つい最近ブラジャーのサイズが合わなくなったので一つ大きいサイズを買い揃えたばかりなのだ。ここまで膨らみ始めると、重量バランスの乱れが剣術をやる上で無視しえないレベルになっている。裸のままで甲冑を付けている気分になりそうなので、お願いだからこのあたりで止まってほしい。
「フィエーナちゃん、顔が怖いよ……」
「あ、ごめん。剣術やってるから私はこれ以上大きくなられると困るんだよ」
「そっか、動きにくくなっちゃうよね」
「お互いこいつには苦労させられているね」
「ふふ、そーだね」
私が自分の両胸を持ち上げて笑って見せると、里奈も困り顔のまま笑い返してきた。