雪の吹きすさぶ外を見ながら、私は友人たちと一緒に食堂で昼食を取っていた。
「えー、じゃあ遥ちゃんは毎日剣術ばっかりしているの?」
「うん」
「フィエーナみたいね」
私だって毎日はしていない。精々週に四日か五日がいいところだ。遥には才能ももちろんあるけれど、努力も欠かさない。だからこそ、異常なまでに腕を上げていく。
「でも遥、たまには休まないと駄目だよ」
「ありがとうフィエーナ。フィエーナはお休みに何してるの?」
「フィエーナちゃんなら……」
里奈が慌てて口に両手を当て、途中でしゃべるのをやめる。あからさまに何かやましいことがあると開示している。
「何で里奈が答えようとしたの?」
「え? 何でもないよ! フィエーナちゃん、ほら、言ってあげなよ!」
「怪しい」
「何でもナイヨー……」
「里奈ちゃんってさ~、嘘つくの下手だね~」
私の隣に座っていた遥は対面に座る里奈を見つめ続ける。里奈の顔には汗が滲み始める。席を立った遥は里奈を持ち上げ、自らの膝上に乗っけて額を突きつけ合わせる。
「本当の事、言って?」
「はい、遥ちゃん……耳貸して」
ぼそぼそと遥に何事か呟いた里奈。
「そんなの気にしないよ」
「本当?」
「でも、内緒でフィエーナとお泊りしてたのはずるい。次からは私にも教えて」
「うん、分かったよ遥ちゃん」
「何々~どうしたの~?」
その後、里奈は恥ずかしそうに小声で自分がアニメや漫画が好きで、その衣装を作っているのだと明かす。
「他の人には言わないでね……」
「言わないけどさ、別に隠すようなことか?」
「トヨちゃんは恥ずかしくないの?」
「別に?」
「いいじゃんいいじゃん好きなことがあってさ~」
「私は、里奈の趣味に口を出す気はないわよ?」
「ロートキイル語の漫画あったら貸してくれる? 私も漫画読むからさ」
みんなからの発言に気が楽になったのか、里奈はほっとした表情で自分の席に戻り、私にもたれかかる。
「里奈は態度が分かりやすいね」
「私も気にしてるの……でも今日は肩の荷が降りた気がするよ」
「それで、里奈は今何を作っているの?」
「んふふ~それはね~」
エリナの質問に里奈はウキウキと小声で語りだす。学校では見かけないハイテンションで語りだす里奈をみんなは初めて見たようで、微笑ましく見つめる。
「ね? だからフィエーナちゃんが適任だったの」
「あはは~、里奈はホントにフェルベリナ好きなんだね~」
「崇拝してますから!」
その熱の籠りように常識人のアメリアが少し引いていた。私は頃合いかなと思い、話題をファッシングの衣装へと移す。
「私はね~、フェルマーだよ~。最終定理はロマンだよね~」
「あなた、相変わらずすごい発想してるわ……」
「えへへ~、褒めるなよ~」
隣で引いているアメリアを肘でつつくキアリー。果たして一体どんな仮装になるのだろう? 相変わらずキアリーの発想は奇抜で斬新だ。トヨはテーマに付いていけなかったので、持っていた小袖という日本の服装で来るつもりだという。気になったので、帰ったら写真を送ってもらえるよう頼んでおいた。
「アメリアはどうするの?」
遥に聞かれたアメリアは整った顔立ちをしかめてみせる。そして恥ずかしそうに小声で父親が用意するのだと告げた。アメリアは小さいころからずっとファッシングの衣装を父親に一任してきたのを、私たちは知っていた。
「あの人の数少ない楽しみだから、好きにさせてるんだけど。そろそろやめさせようと思っているの」
そう言葉にするアメリアだけれど、友人たちの前だから強がっているように見える。別に恥ずかしがるようなことじゃないのに。
「でも毎年すっごく綺麗に着飾って来るよね~、お父さんのセンスに免じてあげようよ~」
「お父さんも悪気はないんだしさ、来年からはお父さん任せじゃなくて一緒に考えてあげたらもっと喜ぶかもね」
「二人がそう言うならそうしようかな……遥は、もう決めたのかしら?」
「実は、まだなの」
「おいおい、もう一週間しかないぜ? 何ならあたしの浴衣でも貸そうか? ここの連中和服の違いなんて分からないんだし適当に誤魔化せばいいんじゃない?」
ロートキイル人に失礼なトヨの物言いに、遥はそうしようかなと同意して見せる。
「あたしは遥よりちょっと小さいけど、まあ二、三センチくらいだし大丈夫だろ。ただ念のため一回うちに来てくれる?」
「はいはい! トヨちゃんの家に私も行きたいな~」
「いいけど、何にもないぜ? 弟と妹もうるさいし」
「弟と妹がいるんだ。トヨに似てるの?」
「え~? そうだなー、昴はあたしのちっちゃい頃そっくりなんだけどさ、五鈴は超おしとやかで可愛いんだ!」
私の質問を受けてトヨはしょうがない見せてやるかとスマホを操作して、弟と妹の映った写真を見せてくれる。いそいそとスマホを操作するトヨは何処か嬉しそうだ。
「こっちのロボットを掲げてるのが昴で、こっちの超可愛いのが五鈴だよ」
トヨそっくりのボサボサ髪でやんちゃにおもちゃを振り回す男の子が昴で、明るい茶色の髪のたおやかにほほ笑みながら恥ずかし気にピースをしてみせている女の子が五鈴。昴は小学校に通っていて、五鈴はまだ幼稚園児なのだという。
「うわー! トヨちゃんの妹さん本当に可愛いね~! お人形さんみたい!」
「だろ? 毎日あたしのベッドに入り込んで来るんだぜ!」
「うわー! いいなー!」
「昴はトヨに似ているね」
「だろ? こいつも小学校に上がったくせにベッドに入り込んで来るんだぜ。生意気だけど、まだ甘えん坊なんだよ」
愛おしくてたまらないって顔つきでスマホの画面を見つめるトヨに、私は何故か母の影を見てしまった。
ファッシングの前日、学校が終わった私たちはトヨの家にお邪魔した。学校から徒歩で二十分ほどの住宅街の一軒家を会社が購入し現地に派遣した社員に貸しているのだとかで、ちょっと古めかしい庭付き三角屋根の家に案内された。
「みんないらっしゃい、私が豊美の母です。ゆっくりしていってね」
トヨより妹の五鈴に似た顔立ちをしているまだまだ綺麗なトヨの母親は、ぎこちないロートキイル語で挨拶をしてくる。トヨもあまりロートキイル語は上手くないけれど、トヨの母親はとりわけ下手だ。日常生活がきちんと送れているのか、私は不安になってしまった。
「あっ、母さん友達の前で豊美はやめろって!」
「えっ、えっ? 豊美、あんまり早く喋らないで」
「ごめん母さん、豊美じゃなくてトヨって呼んで」
トヨは発音は上手くないけれど、ネイティブ並みの速さで会話を進めて行ける。一方で母親にはまだ聞き取りもままならないようで、これは苦労しそうだなと心配になってしまった。
一通り挨拶を交わしていくうちに、遥は日本人だということに驚かれてしまう。
「え、ごめんなさいね遥ちゃん。でも、すごい綺麗な顔立ちしているわね~」
「ありがとう、ございます」
私も日本語で挨拶をしたら驚かれてしまった。
「あら! 上手な日本語ね~」
「あはは、ありがとうございます咲子さん」
「え、でもどうしてそんなにペラペラしゃべれるのかしら?」
「五歳くらいから日本人が師範をしている剣術道場に通ってたんです。そこで剣術を習っているうちに、覚えてました」
あの頃は真っ先にベーセル兄が日本語を覚えたのだった。ベーセル兄は知らない事に興味を持ってどんどん吸収する知識欲の塊みたいな人で、私はそんなベーセル兄に憧れていて負けじと日本語に手を付けたんだった。
「そっかー子供の頃から触れてると早いわよねー。五鈴もね、あ、トヨの妹なんだけどこっちに来て一年くらいでお友達と喋れるようになっちゃってて、まだ五歳なんだけど今では私よりもロートキイル語ペラペラなのよー」
まるで日本語での会話に飢えているかのように勢いよく語り始める咲子さん。幸恵さんを紹介したら、案外仲良くなるかもしれない。
「あ、五鈴~! お姉ちゃん帰ったぞー」
扉の間から顔を半分だけ覗かせて、肩まで茶色い髪を伸ばした女の子がこちらを見つめていた。トヨのデレデレな掛け声に嬉しそうに走り寄って、顔をトヨのお腹に押し付けている。
「ほら、五鈴。あたしの友達に挨拶してくれる?」
コクリと頷いた五鈴は、何処か緊張した面持ちでぺこりと頭を下げた。
「あの、篠原五鈴です。お姉ちゃんをよろしくお願いします」
流麗なロートキイル語で丁寧にあいさつする姿は愛らしくて、トヨの明るく奔放な姿とは似つかない。私も含めて全員が相好を緩めるのも無理はなかった。
「よろしくね~! 私はキアリーだよ! 仲良くしようね~!」
「むぐ」
満面の笑みで五鈴をキアリーが抱きしめると、その胸に五鈴の顔が埋まってしまう。
「こら、五鈴が窒息してしまうわ」
「ええ~」
キアリーから五鈴を奪い取ったアメリアは、普段の仏頂面しか知らないと想像もつかない聖母のような笑みを浮かべて五鈴の小さな手を取り握手を交わす。
「私はアメリアよ、よろしくね」
「よろしくね、アメリアお姉ちゃん」
ロートキイル語は日本語のように兄、姉を指し示す単語を名前と一緒に付け加えて話すことが出来る。ドイツ語に似通ってはいても、細かい部分でやはり違いがあるのだ。
「ねえねえ~。五鈴ちゃん、一緒に遊ぼうね~」
五鈴が本当に可愛らしいので、挨拶を交わした後にみんなが五鈴と遊びだしてしまった。今日は何をしに来たのか、遥まで忘れているのでは……けれど、まあ時間はある。五鈴も一緒に遊んでいて打ち解けてくれたようだし、いっか。
しばらく遊んでいると、今度は弟である昴が元気いっぱいに家へ駆けこんできた。
「ただいまー! あれ、誰こいつら」
「昴、あたしの友達。ほら、挨拶!」
「えー……篠原昴! よろしく!」
ちょっと頬を染めた昴は、挨拶といって叫んだあとで家の奥へ引っ込んでしまった。
「昴は引っ込み思案なのかな?」
私がトヨに聞いてみると、トヨは悪戯っ子のような笑みを浮かべて昴が消えていった廊下を見つめた。
「いやあいつ、美少女に囲まれて照れてやんの。可愛いだろ?」
愉快気に笑うトヨからは嗜虐心が漏れ出ている。こらこら、いけないぞ。
「お兄ちゃん行っちゃったね。いつもこうなの?」
エリナの問いかけに五鈴はふるふると首を横に振る。
「いつもは一緒に遊んでくれるよ」
「それじゃあ、私たちがいるから遠慮したのかしら?」
「え~、それじゃ可哀想だよ~、私連れ出してくるよ~」
意気込んで駆けだすキアリーを見てトヨはさらに顔を歪める。
「キアリーのおっぱいで絶対あいつ顔を真っ赤にするぜ。見に行こう」
にやにやと下卑た笑顔を張り付けたトヨは悪いお姉ちゃんだ。けど、何故だか私も積極的に止める気にはなれなくて、ついつい付いて行ってしまう。私にもトヨのいけない感情が乗り移ってしまったみたいだ。
「昴く~ん、一緒に遊ぼうぜ~」
「なっ、別にいいよ!」
「そんなこと言うなって~、五鈴ちゃんも一緒に待ってるよ~」
「んん……じゃあしょうがねえな……」
「偉いお兄ちゃんだ~、よしよ~し」
身をかがめて頭を撫でるキアリーを前に、昴は確かに顔をまっかっかにしていた。
「はは~ん」
「な、何だよ姉ちゃん!」
「いやあ~、昴も男の子だよね~」
「うるせえぞ! 売女!」
「はぁ! お姉ちゃんへの口に気を付けろ!」
トヨの煽りは純朴な青少年の心を弄び過ぎたらしい。それでも昴の吐いた言葉は他人に向けて掛けてはいけないものだ。私は片手でトヨを制して、腰をかがめて目と目を合わせる。
「昴。それは人に言っちゃいけないよ」
「でも、姉ちゃんが!」
「うん、そうだね。トヨも昴をいじり過ぎだよ」
「ちぇ、わかったよフィエーナ。悪かったよ、ごめんな昴」
「俺も……ごめん」
お互いを謝らせて、この場を収める。きっと普段からこんな喧嘩はしているのだろう。だから私が出る必要はなかったと思う。ちょっとおせっかい焼いちゃったかな。
「よく謝れたね昴、偉いよ」
私はベーセル兄やヴェイルがするように、昴を抱きしめてやる。一緒に頭も撫でてあげた後、顔を鼻が触れるところまで近づけて諭していく。
「これからはもうあんな言葉遣いしちゃ駄目だからね。約束出来る?」
「あ……はい」
かぼそく、消え入るような声でも昴は確かに約束をしてくれた。
「よし、いい子だね。でもお姉ちゃんがいじめてきたら私に言ってね。こらしめてあげるから」
「おいおいフィエーナ、何だよそれ」
本当はああなる前に私が制止すればよかったのに、昴の赤く染まった表情が可愛らしくてつい止めるのを躊躇ってしまった。私も反省しなくてはいけない。
「いや~、一件落着だね~。それじゃ、一緒に遊びに行こう~! お~!」
掛け声のところで昴の手を取り、一緒に手を掲げさせるキアリー。ちょっと気まずい雰囲気をキアリーがほんわかとした口調で崩してくれる。
「それじゃ、私たちも行こっか」
「だな」
年上の女の子と遊ぶのは気恥ずかしいのか、ちょっと照れたりする昴と一緒に遊んだり咲子さんが用意してくれたおやつを食べたりしているとあっという間に時間が過ぎてしまう。
「おいこのままじゃ浴衣着る時間なくなっちゃうって!」
珍しくトヨの慌てた声で当初の目的を思い出した私たちは、早速遥に浴衣を試着してもらう。
撫子の花柄がしつられられた浴衣を着た遥の姿に一同は見惚れてしまう。顔を少し伏せ、照れ笑いを見せる遥は本当に綺麗でそこだけ空気が違うようだ。
「綺麗だね……」
ほうっと息を吐いた里奈は、目を遥に釘付けにしながら呟いた。