脂の木曜日と呼ばれるファッシング初日には学校で仮装パーティーが開かれる。私はせっかくなので里奈と一緒に登校することにした。別のクラスなので別れてしまうけれど、フェルベリナとえふもんは一緒じゃないと様にならない。もう私は両者がセットじゃないと違和感を覚えるまでに里奈から刷り込まれてしまった。
私の提案に里奈は乗り気になってくれ、早朝から着ぐるみ姿で私の家にやってきては役になり切って私の周りをはしゃぎまわっている。
「楽しそうね、何をお話しているの?」
「え、えへへへ! パーティー楽しみだねってお話してたんです! ね!? フィエーナちゃん!」
ただし、ロートキイル語では頑なにアニメ関連の話を喋ろうとはしなかった。里奈は自分自身がオタクであることをあまり大っぴらにはしたくないようだ。私の母は偏見で見るような人ではないから明かしたらと促してはみるのだけれど、どうにも煮え切らない態度の里奈に強制する気にもなれなかった。
「フィエーナちゃん! そろそろ着替えようよ」
パーティーでは毎回何がしかの料理や飲み物を生徒自身が用意することになっている。まさかドレスに身を包みながらケーキを焼く訳にもいかないので、ケーキが出来上がるまでの私はセーターとパンツの普段着にエプロンを着けて作業をしていた。ちなみに里奈はとっくに作り終えたサンドイッチをバスケットに入れて持って来ていた。
けれど、時間的にもう着替えないと遅刻してしまいそうだ。私はエプロンをいつもの場所に掛ける。
「そうだね、里奈は手伝ってくれる?」
「任せて! 着ぐるみは脱ぐからちょっと待ってね」
リビングで里奈に手伝ってもらいながら、フェルベリナの衣装を身に付ける。母とそれにいつの間にかやってきていたエリナから浴びる歓声が何だかむずがゆい。
「うわあ……綺麗ね」
「ありがと、お母さん」
ドレスを身に纏った私を母はスマホで撮りまくってくる。珍しく興奮した母の姿に、私は少し恥ずかしくなってしまう。私のスマホに撮った写真は何度も見せたはずなんだけどな。
「フィエーナ……私、フィエーナならお嫁に迎えてもいいよ」
「何言ってるのエリナ」
私の衣装姿を見たエリナが着ぐるみ姿で冗談を言ってくる。頬を染めながら言われると冗談に聞こえないから、やめてねエリナ。
「そろそろ行こうか」
恍惚とした表情で私にスマホを向けて来る母に我慢ならなくなった私は早々に家を出ることにした。友達二人の前で、ちょっとみっともないよお母さん……。
コートを羽織って外に出ると、まだ暗い朝なのに奇天烈な服装をした人たちが愉快気に歩き回っている。ファッションの季節だからこれが普通なのだけれど、初めての里奈には興味深かったらしく道行く人々をキョロキョロと見回していた。
「すごいね、みんな仮装してるね」
「この時期に普通の格好してたら逆に目立つよ」
とはいえ仮装の行列の中に合っても私みたいに日傘を差して厚底のリボン付きブーツを履いた格好は珍しいみたいで、上に羽織ったコートで衣装はスカート部分しか見えていないのに注目されているようだった。
記念写真を求められたり、近所の知り合いにあって互いに衣装を誉めそやしながら歩いていると普段の倍近く時間を掛けて学校に到着した。
「いやあ、フィエーナちゃん大人気だったね」
「里奈の衣装の出来がいいからね」
思いのほか反響があったことに三人で盛り上がった後で、私はエリナと里奈の二人とは別れて自分のクラスが割り当てられた多目的室に向かう。クラスに向かう道すがらもどうにも注目されているような気がしてしまう。記念写真を何度も求められた後遺症だろう。
「おはよー」
私が多目的室に入ると様々な格好のクラスメイトたちが目に入って来る。半分くらいのクラスメイトは十七世紀の貴族衣装や軍人装束などの歴史的な衣服を再現していた。これなら私が悪目立ちするようなことはなさそうだ。
「ん……みんなどうしちゃった?」
コートを脱いで隅っこの荷物置き場に置いてから振り返ると、私に視線が集まっている。やっぱり室内なのに日傘を差しているのがおかしいのかな。
「あ、いやあ。フィエーナさん、その衣装似合っているよ。俺ちょっと見惚れちゃって……みんなもそうでしょ?」
ワルター委員長の物言いにみんなが頷いてくれる。里奈の衣装作りの腕はすごい。私がモデルで人をここまで感嘆させるのだから、将来もし衣装関係に進んだら人をもっと魅了させるんだろうな。
「フィエーナ、いつもおしゃれしてないのもったいなくない? 今日はすっごく綺麗だね!」
「ありがとう、アンナ」
いつもの私はそんなにひどい格好なのかな? 一応着せ合わせとか考えて着てるのに、何だかショックだ。
その後しばらくクラスメイト同士で互いの仮装について批評し合っていると、小袖姿のトヨと浴衣を着て来た遥がやって来る。滅多に見ない日本の衣装にクラスメイトのみんなは興味津々で、一気にみんなの視線を集めて一斉に囲まれてしまう。
「これって日本の衣装なの? 綺麗だね~」
「可愛い服だね!」
「その木の靴? もエキゾチックで素敵だね」
みんなから褒められ照れているトヨとは対照的に、遥は部屋に入ってからずっとこっちを凝視し続けている。白い頬を染めながら、周りの声が届いていないかのようにゆっくりと遥は私に近寄ってきた。遥の異様な動きにクラスメイトたちも何事かと注視する。
「おはよう遥、どうかした?」
「フィエーナ……」
私の名を呟いた遥は恍惚とした眼差しで私の頬に手を差し伸べて来る。数センチ背の低い遥は上目遣いのままそのまま顔を近づけて来た。何だこれ、まるでキスしようとしているみたいだ。恥ずかしくなった私は日傘から手を放し、遥の両頬を抓って誤魔化す。
「むにー」
「んにゃ!? ふぃふぇえな!?」
「おはよう、遥。朝からびっくりさせてくれるね」
一瞬空気の固まった室内は、私が奇行に打って出てようやくざわざわと動き出す。苦笑する私と顔を真っ赤にして俯く遥は、しばらくクラスメイトたちから関係の追及を受けてしまうのだった。