エリナに会いに家を尋ねるとリビングでミゼリア姉に会った。エリナの姉であるミゼリア姉は、私にとっても姉のような存在であった。面倒見のいいおせっかい焼きなミゼリア姉をエリナは疎ましく思っているようだけれど、内心は家族として大切に思っていることを私は知っていた。
「おはようミゼリア姉」
「おはよ、フィエーナ」
私が後ろから話しかけてきたからか、びくりと肩を震わせてミゼリア姉は振り向いた。勝気なエリナの目付きとは正反対に垂れ目のミゼリア姉は、おっとりとした雰囲気の美人さんだけれどその実エリナみたいにはっきりとした性格をしている。
「びっくりした?」
「後ろから話しかけるからよ」
私がにやりと笑いながら問いかけると、ミゼリア姉は苦笑する。
「今日はエリナに会いに来たの?」
「うん、どうせまだ寝てるでしょ」
「そうよ、あいつったら休日はだらだらだらだらしっぱなしなんだから! フィエーナは毎日ランニングしてて偉いわね」
私はミゼリア姉から頭を撫でてもらう。たまにしか会わないけれど、昔からミゼリア姉は私に優しくしてくれた。ベーセル兄にミゼリア姉、二人も尊敬出来る年の近い人間がいて私は恵まれている。
今日のミゼリア姉は特に用事がなくて暇を持て余しているらしい。いつもは友人づきあいやバイオリンの練習であちこち動き回り家にいないことが多いミゼリア姉と話す機会が得られて嬉しくて、ついついエリナと会いに来たのを忘れて話し込んでしまう。
そうして色々と話題にしながらお喋りに興じていると、こないだのファッシングも話題になった。
「ミゼリア姉は何を着ていったの?」
「私はね、友達の家に集まって魔女の格好をしていったわ」
「へえ、見たかったな」
「んふふ、見せてあげるわ」
スマホを取り出し、ミゼリア姉は黒い三角帽子を被った魔女姿を披露してくれる。友達とお揃いの格好で満面の笑みを見せるミゼリア姉の表情は、私に見せるお姉さんな顔つきと違って十六歳相応の愛らしい表情をしていた。
「フィエーナはどんな格好をしたの?」
「こんなんだよ」
「うわあ! 綺麗ね! 流石フィエーナ、自慢の妹よ!」
私がスマホを見せるとミゼリア姉は興奮して抱き付き、頬をすり寄せて来る。しばらく衣装について質問攻めにされた後、私はクラスメイトから言われた台詞を思い出してしまった。
「ねえ、ミゼリア姉。私の普段の服装ってダサイのかな」
「どうしたの急に」
私が事情を話すと、ミゼリア姉は口に手を添えて微笑む。
「フィエーナはスカートほとんど履かないでしょう? きっと普段とのギャップに驚いたのね」
確かに私はスカートが履くのは合唱団に参加する時などフォーマルな場に出る時くらいだ。思えば学校にスカートを履いていったのは、入学式以来かもしれない。
「じゃあ今の私はダサくない?」
「馬鹿ね、フィエーナは下手に服を選ばなくても素材がいいから問題ないわ」
ミゼリア姉は私から上手く情報を聞き出して、アンナがおしゃれのことを勘違いしているんじゃないかと話してくれた。曰く、女性らしく可愛らしい服装をおしゃれだと思い込んでいるんじゃないかという。
そう言われてみると、アンナが普段着て来る服は可愛らしいスカートや体のラインを強調したふわふわとしたイメージの服装が多いことに思い至る。勘違いというよりかは、服装の好みが違うと言った方がいいかもしれない。
「そうだ、今日はフィエーナに服を選んであげる。特別可愛らしいの選んであげるわ」
「いいの?」
「ちょうど暇だったし、付き合ってくれる?」
「ミゼリア姉ありがとう! すぐエリナ起こしてくるね!」
「え~、起こさなくてもいいわよ?」
口とは裏腹に、ミゼリア姉の表情は穏やかだった。
エリナを叩き起こし、私たちはミゼリア姉の先導で近所へ買い物に出かけた。
「うえ~、今日も寒いね」
「本当だね」
体を震わせながらエリナが私に身を寄せて来る。ファッシングが終わり、もうすぐ三月になるけれど一向に温かくなる兆しはなかった。今日も軽く雪がちらつき、足元は真っ白に染まっている。ただ、そこまで雲は厚くないようで、久方ぶりに太陽が顔を見せているのはありがたかった。
「もうすぐだから、我慢しなさい」
「ねえねえ、お姉ちゃん私の服も選んでよ」
「えぇー、エリナは適当でいいんじゃない?」
「は? フィエーナひどくない?」
何だかんだでミゼリア姉のことが好きなエリナは、憮然とした表情で私に同意を求めて来る。
「冗談よ、あんたも身綺麗にすれば映えるんだからちょっとは服に気を使いなさい」
「あー、また私をからかうんだー!」
結構丸わかりな口調だったのに、悪戯気に笑うミゼリア姉に向かってエリナは怒り顔で走り目の前に立ってわざわざ顔を背けて見せる。エリナもミゼリア姉の前ではちょっと我が儘度が増して妹っぽくなるのが可愛らしい。
「それにしても、フィエーナ大きくなったわよね」
二人がひとしきり姉妹漫才を終えた後で、ミゼリア姉はしみじみと私の事を見上げて来る。エリナとミゼリア姉の家系はそこまで身長が高くないようで、二人ともロートキイル女性の平均身長百六十五センチを大きく下回っていた。
「お姉ちゃん私たちが小さいだけだって」
「んなっ、私は百六十センチはあるんだからあんたと一緒にしないで」
「んえ~? たった百六十じゃん」
「そういうあんたは百五十センチくらいでしょ」
「そこまで小さくない! 百五十六はあるから!」
どっちにしてもロートキイルでは小型の部類だ、ミゼリア姉も含めて。その点私は高身長なドークお祖父ちゃんの家系の血が流れているから、きっと結構伸びるんじゃないかと思っている。十三歳なので成長の最盛期は過ぎたけれど、まだじわじわと伸びているし少なくとも百六十五センチには達するだろう。
「あ、着いたわ。ここよ」
ミゼリア姉が入っていったのは、こじんまりとしたお店だった。クラシカルな雰囲気で、室内も落ち着いた夕日のような照明で照らされている。飾られた洋服も、何処か格調高さを感じさせた。
「こんにちは、リハーナ」
「あら、ミゼリアじゃない! 今日も可愛いお友達と一緒ね」
喜声でミゼリア姉を迎えた店主のリハーナさんはまだ二十代ほどだろうか。前髪をぱっつんと切りそろえた白銀長髪の女性で、身長は私よりちょっと高いくらいのちょっと幼げで清楚な印象を与える女の人だった。
「ううん、今日は友達じゃないの。妹たち」
「へえ~! あなたたちお名前は?」
それぞれ自己紹介すると、リハーナさんは顔つきを緩ませて私たち三人を纏めて抱き寄せる。
「うへへ……こほん、それで今日はこの子たちの服を見繕いにきたのかしら」
「そんなトコ、あとあなた服のセンスはあるんだからそのだらしのない悪癖はやめるべきよ」
ミゼリア姉がジト目で睨むと、リハーナさんはちょっとはた目には見せられないだらしのない顔つきにまで顔を緩ませる。
「その表情……好きぃ」
「呆れた。ほら、二人とも離れなさい」
回された腕を引き離したミゼリア姉に追い立てられ、私とエリナはリハーナさんと距離を置かれた。
「ああん、もっと触れ合わせてよぅ」
「私の時間を無駄にさせないで。あなたも可愛い女の子を着飾るのは好きでしょ」
「もちろん! だからこのお店をやってるんです!」
腰に手を置き胸を張るリハーナさんを前に、ミゼリア姉は眉間を揉む。ねえ、何でここに来たのミゼリア姉?
「フィエーナと絡ませたら怖いわね……エリナ、あんたまず選んでもらいなさい」
「ええ……」
「似合う服を選ぶセンスだけは本物だから、ほら。フィエーナのためよ」
「ちぇ、分かった」
嫌がるエリナを無理やり前に押し出し、リハーナさんの前に立たせるミゼリア姉。でもミゼリア姉、その人かなーり変態な顔つきしてるけれどエリナ大丈夫かな。
「あ、あはあ……小柄で巨乳な子。私大好きヨ」
「お姉ちゃん!」
口元から涎が零れかけるリハーナさん。リハーナさん自身は綺麗な人なのに、これじゃもうまともな人には見えない。気丈なエリナも流石に涙目になって普段は頼ろうともしないミゼリア姉にすがってしまう。
「エリナに酷い目合わせたらただじゃ置かないわよ」
「じょ、冗談ですって……へへへ。でも軽く体図らせてネ。その胸だと洋服選ぶの苦労してるデショ」
「まあ、そうだけど……」
私の周りには胸囲の大きな人が多い気がする。エリナも例外でなく、背が小さいのに胸だけが大きくなって既製服で似合うのが減って嘆いていたのを覚えていた。
「ふへへ、ほんと、一瞬だからネ」
メジャーを掲げエリナと衣装室に入っていくリハーナさんを見ていると不安がこみあげて来る。初見の清楚な印象が吹っ飛んでしまうリハーナさんの所業に私はミゼリア姉の耳の傍で小声を上げる。
「ねえ、この人大丈夫なの?」
「心配しないで。あの人旦那さんもいるし、愛でるまでしかしないから」
あんまり不安が払しょくできないよミゼリア姉。
ほんの少し待って、僅かに頬を染めたエリナと共に出てきたリハーナさんは凛とした表情で店内全体に目を通す。そして数瞬だけ目を閉じた後、カッと目を見開くとリハーナさんはいきなり叫ぶ。
「見えた!」
リハーナさんは店内を駆け回り、衣服をかき集め始める。衣装室の手前にぽんぽんと衣服を積み上げること、数分。額に一筋の汗をたらしながら息を乱すリハーナさんは輝くような笑顔でエリナに向き直った。
「いよっし、それじゃエリナ。お着替えと行きましょう。まずはこれと、これ! 着てみてネ!」
リハーナさんから衣装を受け取ったエリナは衣装室に入り、しばらくしてから出て来る。
「ど、どーかな?」
あるいは私よりも服装に無頓着かもしれないエリナがコバルト色のワンピースに身を包みおずおずといった様子でこちらを見つめて来る。エリナの活発で小柄な愛くるしい雰囲気と上手くマッチしていてとても可愛らしい。
「おおー、いいじゃんエリナ」
「本当?」
「そんな疑わなくてもいいじゃない、似合ってるわよ」
ミゼリア姉と二人で綺麗になったエリナを褒め続けていると、あのエリナが恥じらって衣装室に引っ込んでしまった。そんな可愛い反応するから、私たちにいじられるんだぞエリナ。
「ね? 服を選ぶセンスはあるでしょ」
引っ込んでいったエリナを見つめる私に、ミゼリア姉が得意げに耳打ちしてくる。
「でも、ミゼリア姉。あれじゃエリナも素直に喜べないよ」
私が視線を向ける先にはいくら綺麗でも通報されかねない顔つきのリハーナさんがいた。両手で顔の下半分を覆っているけれど、大きく開いた口からは涎が垂れて覆った両手から滴っている。興奮し見開いた眼光、ハアハアと変態染みた吐息……視線を向けたミゼリア姉が思い切り頭を叩きに行くのを私は止めようとは思えなかった。
何着かエリナが着替えてみせたり服を目の前に掲げたりした後、今度は私の番になる。
「次はフィエーナの番ね。くれぐれも、変な真似するんじゃないわよ」
「リハーナ。フィエーナは剣術やってるんだからね、嫌らしいことしたらぼっこぼこにされるから」
ミゼリア姉とエリナに脅しつけられたリハーナさんは首を縮ませ、おどおどとした笑いを浮かべる。
「わ、分かってますってぇ……で、でも……」
私の事をじいっとリハーナさんは見つめて来る。その顔つきは見る見るうちに緩んでいき、喜悦に塗れているって感じだ。
「尊い……ミゼリア、この子尊い……!!」
「流石ねフィエーナ。あまりの美少女レベルにリハーナが畏怖しているわ」
「何それ」
「と、ととととととりあえずスリーサイズは、はは、図ろうネ。ぐへへへ」
大丈夫かな、恐る恐る衣装室に一緒に入り私は着ていた服を脱いでいく。
「あ、あっあっあっ。フィエーナ、服を脱いで……」
咄嗟にリハーナさんはハンカチを取り出して鼻を覆う。折角の白いハンカチが赤く染まっていってしまっていた。
「待って待って。これは一回深呼吸しないと……時間をかけてば死ぬ、勝負は一瞬でつけないと……いける私? いや、いかなくちゃ! 誰がこの子の服を選べるの? 覚悟を決めなさい私!」
胸に手を当て深呼吸を行うリハーナさん。目を閉じて両膝をつくその姿はまるで神の前に跪く敬虔な信徒にも見え、美しく見える……のだけれど、先程までの姿を見ている私にはあまりに差異が激しくて違和感に目がくらむようだ。
「よし! リハーナ、覚悟決めます!」
そこからのリハーナさんは素早かった。本当に測れているのか不安になるくらい、メジャーが私の肌に当たる時間はごく僅かで、それでいて先日里奈と一緒に測った数値とそう違わない結果を教えてくれる。
「ふうむ、上から八十八、五十二、七十九か。これは……フィエーナも服を選ぶの苦労しているでしょう」
ハンカチで鼻を抑えながら再びキリリと顔を引き締めているリハーナさんに私は頷いて見せる。上に合わせるとぶかぶかで、下に合わせると服が入らない。私が量販店に行っても、着られる服はあまり見つからないのが常だった。
「流石にこれだと即座に服を用意してあげることはできないわね。でも、大丈夫。私の店なら丈も合わせてあげられるから」
衣装室から一緒に出たリハーナさんはエリナの時と同様に店内をぐるりと見回し、目を閉じる。数秒間目を閉じたリハーナさんの雰囲気は意味もなく剣呑としていて、戦場に出かけるかのようだ。
「見えた!」
再び店内を駆け回りだすリハーナさんを横目に私はミゼリア姉の隣に立つ。
「いつもあんなんなの?」
「おかしいところはあるけど、本当に才能だけは認めてあげて……リハーナ自身も悩んでるところがないわけでもないから」
いつになく曖昧な口ぶりのミゼリア姉を見ていると、本当に悩んでいるのかは疑問だ。何より服を高速で選ぶリハーナさんの表情はとても生き生きとしていて、生きている喜びを噛み締めている。天職ではあるんだろうなとは思う。
エリナにしても私にしてもロートキイルの標準的な体格とはいえず、私に至ってはロクに着替えすらも出来ずにこの日は服を見繕って終わった。それでもああだこうだファッションについて話す機会はそうなくて、楽しい時間ではあった。
リハーナさんのお店を出ると、既にお昼を過ぎていた。
「それじゃ、よろしく頼むわリハーナ」
「任せておいてミゼリア。しっかり調整しておくから」
出て行く私たちをわざわざ店から出て見送ってくれるリハーナさんの手を振る姿はやっぱり清楚なお姉さんと言った風情で、店内での態度とは似ても似つかない。
「また来てね」
「どうしよっかフィエーナ? こんな変態さんのいるお店また来たい?」
エリナは低めに声を抑えたつもりだったけど、聞こえていたらしい。少し離れたリハーナさんの顔つきが見る見る曇り、涙目になってしまう。ここまで素直に感情が出せる人も滅多にいないし、私は嫌いまではいかないかな。せめて変態的な素振りは誰もいないところでこっそりしてくれれば言うことはない。
「こらこら、リハーナをあんまりじめないであげて。あれで打たれ弱いんだから。心配しないでもまた来るわ」
「……待ってる!」
目を潤ませながらこちらを見つめて来るリハーナさんを見ていると私も絆されてしまい、うっかりまた来るなんて約束を取り付けてしまったのだった。