これTS? 憑依?   作:am56x

30 / 77
T/A28:心が超絶息苦しくなりました。

 

 

 ファッシングが終わり、イースターまで二週間を切った頃、興奮したような口ぶりのテレーズさんが電話を掛けてきた。

 

「フィエーナさん朗報よ! 重版が決まったわ!」

「本当ですか?」

 

 私の中にあるヴェイルの記憶を書にした回顧録が出版されると決まってから半年以上が過ぎていた。その間、私は誤字や誤用の修正をした程度でそれ以外のきっと大変であろう作業の全てをテレーズさんに任せていた。その分印税はテレーズさんにも入るようになっているけれど、正直儲かるとは私には思えなかった。

 

『探窟者ヴェイルの回顧録』と名付けられた私の回顧録はシリーズものとして売り出す予定で、もう既に私は巻数で言えば八巻目である最後の執筆に取りかかっていた。売れても売れなくても私には関係ない。ただ、記憶の確かなうちに思い出せることを書き記しておきたいと思っただけだ。

 

 それでもクラスメイトから購入報告を受けたり、私の母が贈呈本を大事にしてくれていたり、ベーセル兄がドイツにいるのにわざわざネット通販で購入してくれたりしたのは嬉しかった。

 

 恐らく一番のファンでもある遥と里奈には私が最初の二冊を直々に手渡していた。二人には最新の話を読んでもらって感想を聞いたりしている。出版される話を明かした時にも喜んでくれたし、話が大事になっても私が依然と変わらない調子で書き続けられたのは二人のおかげかもしれない。

 

 その後、テレーズさんは数日おきに重版の決定を教えてくれた。発行数も順調に伸びているらしい。ネットの通販サイトでもランキングに入ったりして、案外ヴェイルの思い出には需要があったようだ。

 

 

 

 

 三月の下旬、イースター前の聖週間が訪れ学校はお休みになった。町ではイースターマーケットが開催され、スーパーマーケットや個人商店でも卵やウサギ関連の商品が頻繁に見かけるようになっていた。

 

 聖週間前の金曜日にパーティーが開かれた後、せっかくのお休みだし遊べないかと日程を調整したのだけれど、今回は運に見放され全員で集まる機会に恵まれなかった。私とエリナだけが合唱団の日程の都合で参加出来なかったのだった。

 

「ベーセル兄、ほら行くよ」

「はいはい、すぐ行くから」

 

 ベーセル兄の前だと私はどうにも浮かれてしまう。今日は大学から戻ってきたベーセル兄に、ミゼリア姉とエリナの四人で近所のイースターマーケットを見に行く約束をしていた。

 

「ベーセル兄さん! お久しぶり!」

「あ、ベーセル、一月ぶりね……」

 

 元気にベーセル兄と挨拶を交わすエリナと違い、ミゼリア姉は少しそっけない。

 

「おはよう二人とも。それじゃ、行こうか」

 

ただ、今日のミゼリア姉の服装には気合いが入っているような気がするのは、私の見間違いなのかどうか……私の心が少しざわついている。

 

 きらきらと輝くイルミネーションに、白と緑で塗りたくられた鮮やかな出店群。出展されている卵を模したお菓子に工芸品、ウサギのぬいぐるみや陶製の人形……何から何まで可愛らしい。白木で作られた柵の中では本物のウサギと触れ合えるようになっていて、子供たちが笑顔で餌を与えたり頭を撫でていたりしている。

 

 去年までの私はイースターに春の訪れを感じ、心浮き立っていただけれど、今の私はそれらを見てもちっとも心惹かれなかった。明らかにベーセル兄とミゼリア姉二人の態度が違うのだ。

 

「ねえ、フィエーナ。あの二人もしかして……」

 

 エリナも感づいているようで私に耳打ちしてくる。

 

 私の心臓の鼓動が早まる。呼吸が乱れ始める。視界が揺れる。けれどそんな私を見たベーセル兄とミゼリア姉がどう思うかを考えると、私は全てを抑え込むしかなかった。幸か不幸か、私は心中を外に出さない鍛錬を積んでいる。

 

 さらに言えば心の乱れは剣の乱れ。一回の深呼吸で私の心は平静に回帰した。これなら……と思いきや、目の前のベーセル兄とミゼリア姉を見た瞬間、心はあっさりとかき乱されてしまう。

 

 いや、待つんだ私。何かの間違いかもしれないじゃないか。私は口に笑みを張り付けて二人に話しかけた。

 

「あれ~? 二人とも様子がおかしいね。何だかカップルみたいだよ」

 

 何を言っているのかよく聞き取れない。確かにベーセル兄の口は動いているはずなのに。いや、私が聞かないようにしたいだけだ。

 

 照れて頬を染めるミゼリア姉と頭をかくベーセル兄。

 

「実は、つい最近から付き合ってるんだ」

「えー、ひどいよー。言ってくれればよかったのに」

 

 そうだ、祝福すべきだ。ベーセル兄のことも、ミゼリア姉のことも私は愛している。二人なら信頼できる。ベーセル兄が変な女に付きまとわれるのを冷ややかに見つめる必要も、ミゼリア姉がよく分からない男と一緒に歩いているのを疑わしく見つめる必要もなくなるのだ。

 

「フィエーナ……怒ってない?」

「何で? 怒らないよ! 二人なら私安心できるし、エリナ今日は二人をお祝いしよう!」

 

 四人での買い物は終始楽し気な雰囲気で終わった。私の平静を見て安心したエリナが二人が付き合いだしたきっかけを聞き始めたり、私に遠慮していたミゼリア姉が私の態度を見て安心したのか公然とベーセル兄と腕を組み始めたり、果てはベーセル兄までトイレに向かうミゼリア姉と別れ際に口へ軽いキスをし出す。

 

 私は顔にいつもの自分を張り付けながら、自問自答を繰り返していた。何故私はここまで精神的打撃を受けているのだろう。ベーセル兄も、ミゼリア姉も、二人とも私の大切な人だ。素性も知れない何者かと二人が結婚するよりもずっと安心できる結末で、むしろ安堵すべき状況のはずだ。

 

 拷問を思わせる数時間を終えて、私は一人自室のベッドに倒れ込んだ。数秒の逡巡の末、私は遥と連絡を取る。

 

「今日は遥の家に泊まるね」

「そっか、行っておいで」

「うん」

 

 ベーセル兄に行先を伝えた後に私はランニングウェアに着替え、誰にもこの姿を見られないように隙を伺って一人で家を出る。今は何も考えたくなくて、とにかく肉体に鞭を振るうように全力で走った。走っているうちに無性に涙が出て来る。見られると面倒なので、フードを深くかぶり私は走り続けた。

 

 三時間後、私は息も絶え絶えになって道路に倒れ込んだ。涙を流し余計に水分を失ったせいもあり、酷い頭痛がする。スマホから家までの距離を衛星位置情報システムで調べると直線距離で三十五キロと出て来る。これをまた往復しないといけないと思うと、ちょっと面倒だな。

 

「あれ」

 

 ひどく喉が渇く。水分を失いすぎたようだ。体に力が入らない。けれど、私は死にかけの体を無理やり動かす術をヴェイルの記憶から呼び起こすことが出来る。ただ、もし実行したら死にそうで、ちょっとどうしようか私は分からなくなってしまった。

 

 とりあえず何か飲まないと。私は揺らぐ視界に危機感を覚えながらスーパーに立ちより、スポーツドリンクを買って一気に飲み干した。一リットルでも足りずにもう一本飲んでようやく人心地つく。

 

 スーパーの脇に設置されたベンチで数分休憩し、私は帰路に着く。今回は水分不足を起こさないよう買い物も済ませていたので、体調に問題はなかった。けれど単純に体が疲弊し思うように動かなくなっていた。

 

 半ば足を引きずりながら走り続ける私は考え続ける。私がベーセル兄に抱いた感情は何なのか、家族愛だと思っていた感情が別の何かに見えてくる。

 

 いっそのこと泣きわめきながらベーセル兄に縋りついた方が楽だったのかもしれない。けれどあいにく、そんな真似をするほど私は我が儘になれなかった。何より、人の幸せを打ち砕くような真似はヴェイルが許さない。

 

 疲労からか、普段は考えないような思考が頭を渦巻いてくる。中には考えるだにおぞましい猥らなものも含まれていて、私は自らを嘲笑する。

 

 ベーセル兄の方が体力はあるし力は強いけれど、天河流剣術は剣だけ学んでいる訳じゃない。無手での戦闘も考慮されていて、私も人一人程度身動きを奪う術を身に付けている。不意をつけば、ベーセル兄を好きに出来る。

 

 真剣にベーセル兄を襲う方法を組み立てる自分自身にふと気づき、気持ち悪いと思うと同時にまさか自分がここまでの感情を抱いていたことにあきれ返った。

 

 結局、私はこれからどうするべきか。これはもう決まっている。二人の幸せを願い、出来るだけ協力してあげるべきなのだ。問題はたった一つ、割り切れない私の思いだけ。私がどうにかしていつも通りの平静さを保って周囲に気取られないよう折り合いを付けないといけない。

 

 答えはもう出ている。だから後は私が納得すればいいのだけれど、私は幼児のように駄々をこねてミゼリア姉との関係を拒絶する。私にはなりえないポジションに立ったミゼリア姉に対し嫉妬を抱く自らが、おぞましい怪物に見えてくる。

 

 怪物退治は得意分野だった。私は精神を魔物に見立て戦う。切り刻み、滅魔の力を流し込む。戦闘はかつて体験したヴェイルの戦いとも重ね合わされ、何度も復活する度に塵一つ残さず消滅させていく。

 

 何度そんなイメージを脳裏に浮かべたのだろう。ようやく気持ちの整理が付くと、代わりに大きくぽっかりと精神に穴が開いたような思いに囚われる。まさに身を切る思いで自身を納得させた訳だ。

 

 ここまで私を狂わせたのだ。ベーセル兄とミゼリア姉には、必ず幸せになってもらわないと許さない。

 

 時計を見ると、既に七時を指していた。家を出てから五時間か。あまり遅く到着すると遥に不審がられてしまう。私はスマホで検索し、公共交通機関を利用して帰った。

 

 途中で合流した遥が何も言ってこなかったのはありがたかった。

 

「こんばんはフィエーナちゃん! 遅かったから心配したわよ? すごい汗ね! 遥ちゃんと一体何をしていたの?」

「あはは……せっかくだし走って帰ろうって私が提案したんです」

「フィエーナちゃん、目……何があったの?」

「かゆくてかいちゃって……花粉症かな」

 

 幸恵さんの追及を逃れた後、私は真っ先にお風呂を借りた。絞れるくらいランニングウェアにたまった汗でべとべとの体を洗い流し、すっきりする。

 

「それで、何があったの」

 

 流石に遥には嘘を吐く訳にはいかないか。私は事情を明かした。

 

「フィエーナにとって、お兄さんは初恋の人だったのかもね」

「家族だよ? そんな訳ないよ」

「でも、辛かったんでしょ」

 

 そう言われると、私は何も言えない。確かにベーセル兄は優しくて、頭も良くて、運動も人並み以上に出来て、顔もカッコよくて、話も面白くて……もし、血のつながりがなくて恋人にするなら私はベーセル兄を選ぶだろう。

 

 血のつながりのおかげで私はベーセル兄の妹でいられて幸せだったのに、それを恨めしく思う日が来るとは思わなかった。

 

「ね、フィエーナ。今日は私に甘えていいから」

 

 そういって、遥は私を後ろから抱きしめてくれる。何だか人の温もりに弱くなったらしい。目がまた潤んで来る。おかしいなあ、走っている間あんなに泣き続けたのに。

 

「ごめん遥。今日だけ……今日だけでいいから」

「うん」

 

 遥の優しい声と柔らかい雰囲気に包まれていると、一気に眠気に襲われる。そういえば、今日は四十キロくらい走ったのだ。疲れるのも当然か。

 

「大丈夫だよフィエーナ、私がそばにいてあげる」

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。