僕には一人妹がいる。僕と同じ白銀の髪に、紅紫の瞳をした五歳年下の妹だ。小さな頃から僕によく懐いていて、纏わりついてくる妹が僕は可愛くて仕方がなかった。
「ベーセルってさ、女に興味ないの?」
「何で? そんなことないよ」
「えー? でもことごとくフッてんじゃん。そのくせ誰かと付き合いもしないし」
「あー、ユスト知らないの? ベーセルはフィエーナちゃん一筋だから」
「はぁ? フィエーナってベーセルの妹だろ?」
「シスコンなんだよ、ベーセルは」
僕は苦笑いを浮かべながらも、友人にあえて反論はしなかった。この頃の僕はまだ、自分自身を仲の良い兄妹と認識していた。フィエーナに対する感情を家族愛と思っていたんだ。
「ベーセル兄、どうしたの?」
「ううん、何でもないよ」
「そう?」
僕が大学に進学する直前になるとフィエーナは僕が遠くへ行くことに寂しさを覚えたのか、よく僕の部屋に入り込んではベッドに潜り込んでくるようになった。
「ね、今日だけはいいでしょ?」
「……今日だけだからね」
フィエーナはいつも今日だけと言いながら入り込んで来る。それを指摘すると顔を赤くして誤魔化してくるのが可愛らしいけど、僕は意地悪じゃないから滅多に指摘することはなかった。
フィエーナが僕を慕って部屋を訪ねてくれること自体はすごく嬉しい。問題はフィエーナにはなく、僕にあった。
夏用のパジャマを着たフィエーナは色々と無防備で、見ようと意図していないのに丈のゆったりとしたパジャマの隙間から見える太腿、脇、胸元……普段目に付かない部位が目に入る度に僕の目を惹き付け、劣情を誘ってくるのだ。
フィエーナが十二歳になった頃から僕はおかしくなっていった。フィエーナが子供の体から大人の体に成長していくにつれて、僕のフィエーナへの感情が変化を遂げていくのを実感していったのだった。
こんな感情は初めてだった。他の女の人ではこんな感情は抱かないのに、どうしてよりにもよって最愛の妹相手にこんな下劣な思いを浮かべてしまうのだろう。自分自身がひどく情けなくて仕方なかった。
そしてこんな僕の内面に気付かず肌を寄せて来るフィエーナにはとても困った。フィエーナはただ単に兄妹間の親愛の情で近寄って来るのに、フィエーナは僕の事をとても尊敬しているのに、本当の僕はフィエーナに対して性的な目を向けているのだ。
フィエーナをどうにかしてしまいたい欲求は日に日に募るばかりだった。けれど、それ以上に僕はフィエーナが幸せであって欲しいと願っていた。だからこそ、決して手を出すことはなかった。
幸い、僕は九月には実家を出てフィエーナから離れることが出来た。本当のことを言えば、離れるなんてもってのほかなのだけど……僕が自分自身を抑えきれる自信がなくなりつつあったのでお互いにとってよかったのだと思う。
「ベーセル兄、おかえりー!」
秋季休暇でフィエーナに会った時の衝撃は忘れられない。駅に迎えに来たフィエーナは満面の笑みで僕の胸元に飛び込んできた。普段のフィエーナの姿を知っているだろうか。何処か泰然とした笑みを浮かべ、気高く畏れ多い雰囲気をフィエーナは外で漂わせている。
そのフィエーナが無邪気に相好を崩し、天真爛漫に笑いながら僕と接しているのだ。男相手では僕にしか見せてない妹の姿に、僕はひどく優越感を覚えてしまう。
触れる柔らかな肉体が、鼻腔に香るフィエーナの体臭が、僕にしか見せない態度が……僕はどうにかなってしまいそうだった。
「ベーセル兄、今日は一緒に寝ようね」
僕の中の理性は限界値ぎりぎりにまで達していたのに、フィエーナは何でもないようにベッドの上で僕を待っている。外向きオーラを解除したフィエーナは、好き好きオーラ全開で僕に首を傾け微笑んで来る。
あの時は本気で終わりかと思った。だらしなくボタンを閉じ切っていないパジャマの隙間から見える下着に包まれた胸はしっかりと丸みを帯びていて、指を差し入れれば吸い込まれるであろう柔らかな白い谷間が存在感を主張している。部屋に入った僕を見上げるフィエーナの目は早くこっちに来てと魅了の魔法を掛けて来る。うつ伏せの格好で寝転んでいるせいではだけたパジャマの隙間からは背中から臀部に至るなだらかで白い肌とフリルが可愛らしい下着がチラリと覗いている。
目に入るフィエーナの何もかもが僕を狂わせる。僕の中の獣が雄叫びを上げ、いきり立つ。僕は忘れ物をした体を装って部屋を慌てて逃げ出すほかなかった。
秋季休暇の間の僕はフィエーナと共に時間を過ごせる喜びと、フィエーナに過ちを犯しかねない自身への恐怖に苛まれていた。
後に情けなさに包まれる自慰行為を定期的にするようになったのは、この休暇からだった。今までの僕はそういった性的欲求とはてんで無縁で、友人たちからは枯れているだの人格が老成しているだの言われていた。それがまさか実の妹相手に欲情しているのだから度し難い。
正直なところ、秋季休暇で家を離れられたのは嬉しかった。これでフィエーナに間違いを犯すことはなくなるのだから。フィエーナとは毎日電話やSNSで連絡を取り合っている。別に恋しくなることはない。
一度自覚した感情はもう、消えないのかもしれない。僕は大学に戻った後、普段以上に勉学に身を入れた。
戻ってからも性的欲求が薄れることはなく、むしろフィエーナの肌の感触や甘い匂い、息の鼓動が鮮明に頭に浮かんでくるのだ。汚れた思いをかき消すように僕は勉学に力を入れるのだけど、薄らぐ気がまるでしなかった。
勉学だけでなく、ランニングや持ち込んだ木刀での自主訓練で体を動かしてもどうにもならない。フィエーナから毎朝かかってくる電話の度に、僕はその声と息遣いで興奮してしまっていた。
クリスマス休暇で家に戻る時、僕は燃え上がる欲求が溢れかえっていた。盛り切った猿のような性欲をフィエーナ目掛けて奔流したい思いが理性を打ち崩さんと強く暴れていた。
そんな僕の葛藤なんて露知らずフィエーナは久方ぶりに僕に会えた喜びを爆発させて僕に四六時中くっついてくる。
「ベーセル兄、シュトーレン切ったから食べよう!」
「ベーセル兄、公園のクリスマス装飾一緒に見に行こうよ」
「ベーセル兄! お父さんが抱き付いてくるよー! 助けて!」
僕の周りで笑い、照れ、はしゃぎ、こっちばかりを見つめて来るフィエーナ、愛おしい妹……そんな妹から性的な興奮を覚える僕をどうか許してほしい。そしてどうかこの思いを霧散させてほしい。
クリスマスだからと珍しく家族で訪れた教会で静かに僕は一人祈った。他人に聞かせるにはおぞましくて、告解なんて出来るはずもなかった。
「ベーセル兄、夜は寒いね」
「そうだね、何で来たのか分かる気がするよ」
夜になり、僕の部屋にフィエーナがやってくる。フィエーナは純粋に冷たいベッドに一人入りたくないだけなんだろう。ようは僕をベッドの温め役にしようという思いでやってきているずるい子だ。
そんなフィエーナとは及びもつかないほど僕はずるい。正直に言ってフィエーナが来て僕は喜んでいた。股間に血が滾り始めるのを自覚する。
同時に僕はフィエーナには決して来てほしくなかった。もう、我慢できるか分からなくなっていた。性欲に任せて動いた結果を想像すると、股間から血は引いていく。侮蔑の感情を抱きながら泣き腫らすフィエーナの顔なんて見たくなかった。それは最悪の結果にほかならない。
「暖かいね」
勝手にベッドに入ってきて顔を目と鼻の先にまで近づけフィエーナは微笑んで来る。いたずらっ子のような企み事を含んだ笑みに、僕は小悪魔的な魅力を感じてしまった。
「ベーセル兄、私ねもう動けない」
帰る気はありませんといいたいのだろう。疲れていたのか、フィエーナは目を閉じるなりすぐに寝息を立ててしまった。すうすうと規則正しく僕の顔にかかる吐息を僕が意図して吸い込むと、脳天に強い刺激となって快楽へと変換される。たまらなく、気持ちのいい匂いがする。一気に下腹部が硬質化し猛り始める。やっぱり本人の前だと妄想なんかより遥かに硬くなる。ああ、このまま上下に動かしてしまいたい。いや、いっそのことフィエーナに……!
「馬鹿だな、僕は」
このまま欲望のままに貪ることが出来れば、きっととてつもない快楽に包まれるんだろう。でもその一時の快楽は、一生のトラウマをフィエーナに負わせる結果にもなる。信頼していた兄の裏切りに、フィエーナは耐えられるのだろうか。ここまで慕ってくれる妹の信頼を裏切ってまで僕は性欲に身を任せたくはなかった。
クリスマス休暇の間、フィエーナは毎日のようにベッドに潜り込んできては僕に試練を与え続けた。情けなくも股間の制御こそ抑えきれなかったけど、理性が振り切れかけるような事態は起こらなかった。
ただ一回だけ起床時、意識が覚醒する狭間の朦朧とした状態で柔らかな何かをまさぐりあてて一気に股間を猛らせた時があった。興奮が朦朧とした意識を一気に覚醒させ目を開くと、顔を赤くしながらパジャマの隙間から胸元に突っ込まれた僕の手を外そうともがいているフィエーナの姿が目の前にあった。縫い付けが緩くなっていたのか、フィエーナがもがいた結果ボタンが千切れ一気にフィエーナの胸元が僕の眼前に晒される。
あまりに艶めかしい光景に、僕は手を引くのを忘れ半ば無意識にブラジャーの上部から覗く谷間へ手を潜らせた。そのせいでブラジャーを留める前止め式のスナップボタンが外れ、いよいよフィエーナの生の胸を僕は鷲掴みにしてしまう。手一杯に広がる張りがあってむちむちとした感覚を前に、僕の理性は完全に崩壊する。もうこのまま、どうにでもなってしまいたい。
「ベーセル兄、痛いよ……」
獣に落ちかけた僕に鍾馗を取り戻させたのは、フィエーナの声だった。取り返しのつかない過ちは、僕を一気に氷水に突き落とされたような思いにさせる。パンツの中で濡れた股間が寒々しく現実に引き戻す。
「ご、ごめ…」
「大声だしたら気付かれちゃうよ」
咄嗟に謝罪しようとした僕の口に、フィエーナの人差し指が当てられる。
「ベーセル兄も男だもんね、気にしなくていいんだよ」
そう言ってフィエーナはボタンが千切れ乱れたパジャマのまま、ベッドで固まってしまった僕の頭を胸元に抱き寄せて頭を撫でて来る。先ほどまで興奮の対象だった胸の間に僕は包まれるけど不思議と興奮することはなく、ただ圧倒的な抱擁感と安心感に後悔で震える体は落ち着いていった。
「私、先に着替えて来るから。ベーセル兄は謝ったから、もうこの話は終わりだからね」
どうしてフィエーナはあの時、嘲笑でも罵倒でもなく慈愛の目で僕を見たのだろう。僕の失態を愛情で不問にするような態度に、僕は一層絆されてしまう。もしかしたら、フィエーナは僕が過ちを犯しても許してくれるのかもしれない。
そんな目でみるなよフィエーナ、せっかく覚悟を固めたのに揺らいじゃうだろ……。
覚悟が揺らぎかけていた時の僕を呼び出したのはミゼリアだった。両親もエリナもいないミゼリアだけしかいない家に、どうしても来てほしいと頼まれたのだった。
「どうしたの、ミゼリア」
いつにない険しい表情で僕を睨み付けて来るミゼリアに僕は困惑する。果たして、僕は彼女をここまで怒らせるような真似をしただろうか。
「フィエーナはね、私にとっても可愛い妹なの」
何故、いきなりフィエーナの話が出て来るのか。一体、ミゼリアは何を僕に伝えようとしているのか。険しい顔つきの奥に垣間見える悲愴な思いが、さらに僕を混乱に追いやる。
「だからねベーセル。あの子に間違いを犯させたくない」
だけど、ミゼリアのこの言葉から僕は何を言おうとしているのか察してしまった。ミゼリアは僕の秘めた思いに感づいてしまったのだ。だけど、何処まで? 一応、僕は今まで紳士的な人間として周囲には知られている。よもや、僕がどれほど愚かな人間だとミゼリアに看破できるのだろうか。
「もう隠したって駄目よ、ベーセル。あなた、フィエーナに欲情しているのでしょう?」
あっさりとバレていて、僕は思わず苦笑してしまう。何だ、分かる人には分かるものなんだな。会話で炙り出すまでもなく、何も僕が反応を見せていないのに断言してくるというのなら、ミゼリアにとってはもう確定した事実として僕の変態性は露見しているのだ。
「ねえ、どうしてフィエーナなの? エリナでもなく、私でもなく……」
説明をしてほしいのならばと、僕は朗々とフィエーナの美点をつらつらと挙げていく。延々としゃべり続ける僕に苛立ちを覚えたのか、ミゼリアは怒声にも等しい声を上げ僕の言葉を遮った。
「家族のフィエーナに欲情するのに、血のつながっていない私を妹としか見れない!? おかしいわ!」
ミゼリアの言うことは全くの正論だ。普通、実の妹に欲情する人間なんていない。僕自身も何を間違ってしまったのだろうと思う。けれども、理性の範囲外である性欲はフィエーナをターゲットに収めていて、それ以外の女性をロックオンしようとしてくれないのだ。
「ベーセル、あなたはずっと成功し続けてきた。あなただってフィエーナに手を出せば未来を失うのよ」
その通り、フィエーナに手を出せば僕もフィエーナも世間をまともに歩くことはできなくなる。けれど、もう僕は僕自身を抑えられそうになかった。フィエーナはきっと僕を受け入れてくれる。なら、我慢する必要はあるのだろうか。
本当は言う必要もない言葉の羅列を次々にミゼリアにぶつけてしまう。僕自身も今平静でいられていないのだと自覚するも止められない。フィエーナへの思いに気付かれた以上、ミゼリアには何とかして黙ってもらわないといけない。
そんな、どこまでも卑劣な僕の目の前であろうことかミゼリアは服をはらりと脱ぎ捨てる。予め準備をしていたようで、手間取る様子もなく、ミゼリアの白い素肌が露わになった。
僕が思わず目をそらすと、ミゼリアはずんずんと僕の前に近づいてくる。
「ねえ、こっちを見て。本当に私で欲情しないのなら、真っ直ぐ見られるはずよ」
僕より二十センチは小さなミゼリアが上目遣いでこちらを睨んで来る。それはちょうど今のフィエーナと同じくらいの背丈で、下着だけのミゼリアとフィエーナが何処か重なって見えた。
「私、あなたのことが子供の時からずっと好きだった。フィエーナのこともずっと好き。このまま二人が不幸になるのを私は見ていられないわ」
覚悟のこもった台詞とは裏腹に白い頬を真っ赤に染めながらミゼリアは僕の目の前でブラジャーを外し、床へ捨てる。胸の大きさはフィエーナの方が既に僅かに大きかったけど、当時の感触が脳裏によぎると僕の獣がいきりたち始める。何て愚かなんだ! ミゼリアはフィエーナじゃないのに!
「ここで、終わらせる。ベーセル、あなたも本当は分かっているんでしょう? なら、私に全てぶつけなさい。私があなたの欲望を受け止めてあげる」
羞恥に体を震わせ、こちらを見上げて来るミゼリア。この時初めて、ミゼリアをただの妹としてでなく僕は一人の女として見てしまった。
「本当にミゼリアはそれでいいの?」
ここで止めてくれればまだ僕の理性は退くことができる。だけど、恐らく退かないだろうという汚い確信を僕は持っていた。僕自身とフィエーナを愛し、僕たちの関係を案じたミゼリアの優しさを僕は今まさに悪用していた。
「フィエーナから最愛の妹の座は一生奪えなくても、恋人の座は手に出来る。私はこれ以上ないくらい幸せになれるわ」
その日、僕はミゼリアと肉体関係を持ち、そして恋人同士にもなった。フィエーナで貯めた劣情を別人のミゼリアで発散するなんて本当はあってはならない。けど、抑えきれない欲望の捌け口になってくれたミゼリアを僕はもう拒絶出来なかった。
兄の屑じゃないか(激怒)