王都に来てから内務省及びその外局、国立博物館、植物園、国防省などいろんな場所を見て回った。六日目になる明日は王国議会に向かう予定のはずなのだけれど、夜にロアック大伯父さんから私に明日はとある場所に付いてきてほしいと頼まれた。
「悪いのですけど、議会の方にはフィエーナ抜きで行ってもらえませんか」
「んーと、いいかな」
私たちはそれぞれレポートを書くことになっているけれど、私の主担当は国防省で王国議会は遥が担当している。だから、みんなはロアック大伯父さんに私が連れ出されることを承知してくれた。
「それで、何処に行くんですか?」
「それは明日のお楽しみということでお願いします」
珍しく含みを持たせた言い方に疑念が湧いたけれど、この数日間でロアック大伯父さんと過ごし信頼できると判断した私は大人しく従うことにしたのだった。
翌日、目を覚ますとフィエーナは俺に体の支配権を譲っていた。おいおい、ロアックの大伯父が何か企んでいる時に俺か。俺に体よく面倒事を処理させようとしていないだろうな。
フィエーナの友人たちとは別れ、俺だけフォーマルな格好になるよう促され車に乗せられる。
「あの、そろそろ明かしてくれてもいいのではないですか」
「そうですね……あ、見えてきましたね」
ロアックの大伯父の視線の先に俺も目を向けると、そこには王宮があった。王宮にロアックの大伯父はどんな用事があるのだろう。そして何故俺を同伴しているのだろう。
王宮に到着した俺たちは、幾層に渡り実施される厳重な警備を潜り抜けた後に、ようやく王宮内部に案内される。その際、王宮の人たちと気安げに話すロアックの大伯父を見ながら何故か俺は過去の嫌な思い出が浮かんでくる。
七大魔王との戦い、魔獣討伐の数々……何がしかの功績を上げる度に俺は貴族や王族の人間と会う機会を設けられた。だが、帝國語は平民の話す言葉と貴族の話す言葉で大きく異なっている。迂闊に話せば処断されかねない状況で、俺は一言二言定型文を話すほかは何も出来ず、黙って言われるままにならざるを得なかった。
それでも単語単位で理解できなくない状況下、本心を押し隠した高貴なる人間達の口に昇る不穏な言葉の連なりに冷や汗が幾度も流れたものだった。
「もう明かしてもいいでしょう。これから私たちが合うお方はこの国で最も尊ばれるべき方です」
ああ、やっぱり……俺の嫌な予感は大体当たるのだ。フィエーナ……お前これを分かっていて俺に変わったんじゃないだろうな?
「そう怯えなくてもいいのですよ。陛下はお優しい方ですから」
ロアックの大伯父にフォローされるくらい、俺は傍目に分かるくらい動揺しているらしい。当たり前だ! テレビとかでしか見ないような、ロートキイル人の敬意を一身に集めているお方と、俺が合うんだぞ! 本当に、何で俺の時になんだよ!
「あの……本当に国王陛下が?」
普段のフィエーナからは想像も付かないビクビクした声音が口をついて出てしまう。俺の動揺を知ってか知らずか、ロアックの大伯父は鷹揚に頷く。
「特に予定はなかったのですが、フィエーナと過ごすうちに自慢してやりたくなりましてね」
は? それだけの為にここに俺はいるのか? いらんことしやがって……しやがって!
俺がロアックの大伯父と一緒に案内された部屋は、壁ですら豪華絢爛に装飾の施されたきっととんでもなく芸術的に価値のある空間なのだろうが、それらを意識の隅にすら置けないほど、俺の意識は二人の人物に集中してしまっていた。
王太子時代には王国陸軍の戦車兵としていくつも勇ましい武勇を残し、今もなお王宮防護を担う近衛連隊に配備された戦車のうち一輌に戦車長として乗り込むのだと噂すら立つ勇王カール七世。テレビや新聞で見た勇猛な御姿は違わず、七十八の齢を経てもなお武人らしい精悍な顔つきをされている。
そしてカール七世の傍にあり、常に彼を支え続けた才女クリスティナ王妃。今時では中々ない幼少から結婚を定められていた仲にあって、両者の関係は今でも語り継がれている。蛮勇に過ぎた若き頃のカール七世が思わず制止してしまうほどお転婆だった過去を経て、今もなおその行動力には目を見張るものがある。
「久しゅうございます、国王陛下。王妃殿下」
「三か月振りだな、事務次官を辞してからの方が生き生きとしているようじゃないか。内務省のトップでは貴様の器には足らなかったか?」
「まあまあカール。今日は可愛らしいお嬢さんを連れているのだから、政治の話はまた後にしましょう。あなた、お名前は何というの?」
かつての俺ならここで名乗りを上げて後は仲間や後援についてくれた貴族に任せて黙り込んでいた。だが、今の俺はヴェイルじゃない。一通りの礼儀はしっかり叩き込まれているんだぜ。
「本日は国王陛下並びに王妃殿下にお目にかかり光栄に思います。私はロアック大伯父の大姪のフィエーナ・アルゲンと申します」
ああ、フィエーナならば声を上ずらせることなどなかっただろう。もっと優雅に頭を下げられただろう。俺にこんな高貴な場は場違いなんだよ……。
「はっはっは! そう畏まるな! 先生や両親と話すようにすればよい。二十一世紀の世だ、打ち首になどせんからな」
「楽にしてくださいな。緊張しきるあなたを見ていたら、私たちも落ち着けませんわ」
何だこの物言い!? 俺の出会った王族とは大違いだ。王族といえば平民の俺を冷淡に見つめ、ただその利用価値にのみ深慮を巡らせるような存在じゃなかったのか。それとも俺の出会った奴らが壊滅的に出来が悪かったのか。
「それで? ロアックよ、フィエーナを何故ここに連れてきたのだ?」
「私はもう想像が付きますよ、こんな愛らしい大姪がいたのを最近知って自慢しに来たんでしょう」
「ははは、クリスティナ王妃殿下には敵いませんな」
「ふん、意地の悪い男だ」
不機嫌そうに鼻を鳴らす国王陛下を見て優位に満ちた笑みを讃えるロアックの大伯父に、俺は気が気じゃない。おいおい、不敬罪じゃないか?
「おほほ、気にしないでねフィエーナ。カールはあんまり孫娘と上手くいってないから」
「言うな、クリスティナ。こいつがつけあがるだろうが」
内政のトップに立ってきたロアックの大伯父なら色んな笑みを使い分けることができるだろうに、よりにもよって国王陛下の御前でそんな煽るような顔つきは……。
「ロアック大伯父さん、流石に失礼ですよ」
俺が小声で隣に座るロアックの大伯父に注意すると、我が意を得たとばかりに国王陛下が俺の方を見て豪快に笑って見せる。
「ははは、貴様よりよほど出来た娘じゃないか。礼儀を一からフィエーナに習ったらどうだ?」
「これはお手厳しい」
「二人ともお戯れはそのくらいにしてちょうだい。私、フィエーナとお話ししてみたいわ。綺麗な目をしているわね。パルナクルスの名に相応しい目」
「私もそれは思った。紅紫の瞳を持たない王の前に、パルナクルスの長の有資格者たる瞳の所持者が姿を現したのだからな」
ロートキイルの王国を創設した初代の王は紅紫の瞳をしていたのだという。そして、三代王までは紅紫の瞳を持つ者が国王に座していたのだが、国内全土を見回しても当時のロートキイルには紅紫の目を持つ人間はいなくなってしまっていた。当然王位継承は揉めに揉めた訳だが、それ以来王としての実力に意味を成さない紅紫の瞳は王である条件から外れてしまった。
「まるで王位を簒奪しに来たようじゃないか、ええ?」
「ははは……国王陛下、流石にそれは冗談が過ぎますぞ」
笑みの中に浮かぶ凄みがロアックの大伯父の額に汗を垂らす。国王陛下は噂に違わず、本当に武人らしい。
「もうカール、一々話題をかき混ぜないでちょうだい」
老いてなお厳つい武人然とした国王陛下も王妃殿下の前にあっては、小声ですまんと呟いてしまう。何だか夫婦の力関係を見てしまったような気がした。
「フィエーナは今いくつなのかしら、最近の若い子は発育が良くて見ただけでは分からないわ」
一瞬の刹那、全員の視線が胸に注がれたのを俺が見逃すはずがなかった。フィエーナ、やっぱり目立っているぞ。俺も恥ずかしい目に遭うんだから、そろそろ成長を止めていいだろう。既に十分大きい部類だ、もういいだろう。
「十三歳になります」
「ではもう小学校は卒業したのね。今は何処の学校に通っているの?」
その後も王妃殿下の質問は続いていくが、俺は優し気な王妃殿下の雰囲気に絆されて大分いつもの調子を取り戻していった。剣術について話しては国王陛下に型を軽く見せ互いに武術トークで盛り上がったり、合唱団の話をしたら一曲歌わされては褒めてもらったり……俺、というよりかフィエーナの家族関係や兄妹関係、交友関係、書籍のことなど洗いざらいを聞かれていく。
「フィエーナよ、もう一度歌って見せてはくれないか。いい声をしている」
「私も聞きたいわ。でも、あまり聞き続けると中毒になりそうな気がするからあと一曲だけにしましょう」
望外のリクエストを受け、フィエーナが何年も続けてきた練習の成果をこのような場で発揮できることに恐縮しつつ俺は聖歌を歌う。王女殿下にまでフィエーナ魔性の歌声説が認められたのは、ちょっと恐ろしい思いもするが……フィエーナ、お前もしかしたら歌で天下を取れるかもしれないぞ。
俺が歌い終わり、国王陛下がアンコールをしようとして王妃殿下に諌められると国王陛下の顔つきは変わる。ついさきほどまで俺が歌っている間に見せていた好々爺然とした表情は鳴りを潜め、一国の長たる厳めしく堂々たる勇王と称されるに相応しい顔つきだ。
「ロアックよ、そろそろ本題に入ろうではないか」
国王陛下の変化に伴い、ロアック大伯父も顔を理知的で老獪なものへと帰る。きっと、仕事の席ではいつもこんな顔をしているのだろう。
「悪いけど、フィエーナは別室に下がってもらえるかな」
「はい」
やっぱりフィエーナを自慢するだけで来たわけじゃなかったんだな。安心した。
「フィエーナ様、先程の歌声感激しました」
「あ、ありがとうございます」
別室に移動中、案内のメイドさんが目を輝かせてフィエーナの歌を褒めてくれる。俺自身でもあり俺の娘でもあるフィエーナが褒められるのは悪い気がしない。俺はありがたく褒め言葉を受け取った。
「では、こちらでお待ちください」
案内された部屋は国王陛下と会った部屋程ではないが、それでもそこらの豪邸が霞むほどの絢爛な装飾の施された部屋だった。窓から覗く庭園は広々としていて、初夏に近い陽気に花々が鮮やかに咲き乱れている。この部屋にいるだけで、芸術的欲求を満たしてくれるのだから王宮とはなんて素晴らしいのだろう。
だが、警戒も決して怠っている訳ではないようだ。巧妙に隠されているが、死線を潜り抜けた俺は屋上や部屋の奥に隠れている狙撃チームの姿もいくつか捉える。ドーク祖父ちゃんのおかげで戦車を見慣れた俺は、視界の奥の方で点のように小さく動いている現役戦車KPZ.90/14を目敏く捉えた。おお、去年配備されたばかりの最新改修モデルがまさか王宮の場で見られるとは俺もツイている。
「おお~……」
新型120ミリ砲と新型徹甲弾により距離二キロで貫通力が千ミリを超え、さらに接射ですら自砲弾の直撃に耐えるとも噂されるKPZ.90/14は各種要素技術を売り出し少しでもNATO市場を得ようと努力しているようだが、あまりうまくいっていないらしい。国内だけで五百輌は調達するそうだが、それでも一輌の初期調達価格が軽く一千万マルクを超えその高額が国会でも問題視されていた。
先日国防省の調達部門の人に話を伺ったが、それはそれは予算獲得に苦労したと愚痴られたのは記憶に新しい。特に空軍のF-35調達計画が高騰を続ける中、航空兵力優先の気がある冷戦後の予算配分に苛立ちを隠せていなかった。
それでもどうにかこうして実物が目の前を走るまでに至ったのだから、調達部門の人には感謝したい。レポートでもしっかり文章量裂いて苦労のほどを書いていきたいと思う。
俺が新型戦車の雄姿に注視していると、背後の扉が静かに開いていくのに気が付く。さっきのメイドさんだろうかと振り向くと、知らない少年が立っていた。
怜悧な印象を受ける美少年で、ともすれば女性にも見えかねない顔立ちはしかし、細いながらも鍛えられた手首が礼装の袖から見えていることで否定される。
赤いジャケットに白いスラックスは着る人を選ぶだろうが、彼にはとてもよく似合っていた。目付きにはかの国王陛下の名残が見受けられ、もしかすると王族の人間なのかもしれない。人を従わせるオーラのようなものが見え隠れしていて、そういえば王族の一人にこのような少年がいたような記憶がおぼろげながら湧いて出る。
「突然失礼。俺はアルフレートという。さきほどカール国王陛下の御前で畏れ多くも歌っていたのは貴様だな」
「そうですね」
「魅力的な声をしている。どうかもう一度歌ってはくれないか」
いきなり現れて何だろうかこの人はと思うが、何処か懇願するような物言いに俺は断るのも悪い気がして了承してしまう。一分ほど軽く歌って見せ、これで満足かなとちらりと顔を窺う。
「聞き足りぬ。通して歌ってくれないか」
通しだと五分を軽く超えるんだけどなと思いつつ、俺は暇しているので退屈しのぎにはなるだろうと要求に応えてやることにした。歌うのは好きだし、たまたま目の前にいきなり部屋に入ってきた同年代の少年がいるだけと思おう。
だが聞かせているうちに綺麗な顔が、テレビなどで紹介される薬物中毒者みたいな顔つきへと変貌し始め、まずいかもしれないと思いなおし俺は歌うのを止めた。
「もっとだ、声を途切れさせないでくれ」
「あの、やめておいた方が……」
もう物言いが薬を取り上げられた中毒者そのもので、俺はこの高貴な雰囲気を漂わせていた少年の変わり振りに戦慄を覚える。フィエーナお前……お前って奴は……。お、俺は悪くねえ! 普通歌っただけでこうなる人間はいない。
「何だ、俺のために歌うのは嫌か? 歌ってくれ」
俺が歌うのを躊躇っていると、アルフレートは壁際にいた俺に迫ってきて両手を壁に付け俺を圧迫してくる。
「悪いけど、そんな真似したって無駄だよ」
「剣術をしているそうだな。だが、所詮東洋のっ!?」
剣術のことを知っているってことは、国王陛下とのやり取りを聞ける位置にアルフレートはいたということか。
「今、何をした?」
「ふふ、ただすりぬけただけだよ」
軽く距離を取った俺は、意表を突かれ心に隙間の出来ているアルフレートへ一挙に軽動を諌める苦言を叩きつけていく。
「ねえ、王子殿下。ちょっと我が儘が過ぎるよ。たかが歌に拘って小娘相手に手を振るうなんて」
仮にも王族の一員ならば、国民には無様な姿はどうか見せないでほしい。そういった姿はどうか、見えないところでやってほしい。未だこの国では王は国の柱であり、支えなのだから。
そういった願いも込めつつ、俺はしっかり目を見据えて言葉を告げた。
「うっ……すまない。だが、フィエーナよ。その声はいかんだろう。俺だけがおかしくなると言わせんぞ!」
反省してくれたかと思いきや、アルフレートは何処か優雅に手を扉の方へ振り上げてみせる。すると、いつの間にやら結構な人数のひとだかりが出来ていた。
「フィエーナ様、どうか後一曲だけ!」
「その歌声を途絶えさせないでくださいまし!」
「あ、あははは……どうしよっか」
幸いアルフレートがこの場を収めてくれ、再び部屋には静謐が戻って来る。俺はちょっと疲れてしまい、ソファに埋まるように体を沈みこませた。
「ありがとう、助かったよ」
「これを機に気軽に人前で歌を披露しないことだな」
何処か得意げにしているが、もとはと言えばアルフレートの頼みを聞かなければこんなことにはならなかったのだ。俺はフィエーナらしくはないと自覚しながらもむくれながら反撃する。
「分かった、王太子殿下に頼まれたとしても断るようにするよ」
「むっ!?」
その後、誰も来ないこの部屋で俺はアルフレートを暇つぶしの会話相手にちょうどいいと他愛のないようなことを話題にしながら時間を潰していく。学校の話、友達の話、家族の話……アルフレートは王太子殿下の息子だそうで、王族故の苦労や面白いエピソードをたくさん披露してくれた。いきなり歌ってほしいなんて言うから第一印象があまりよくなかったが、結構話も面白いしいい奴かもしれない。
俺がさきほど見かけたKPZ.90/14の話題をそれとなく出してみると話に乗ってくれたのもなおさらアルフレートをいい奴に見せる。戦車についての話なんてフィエーナの友人は全然興味持ってくれないからな。フィエーナもそこばかりは寂しく思っていたから、いい友人を作ったと俺に感謝してくれるかもしれない。
「なあ、フィエーナ」
「ん? なあに?」
「俺の連絡先だ。これからも話に付き合ってはくれないか」
躊躇いがちにアルフレートは連絡先の書かれた名刺を差し出してきた。電話番号は分かるが、その中にSNSのアドレスまで入っていて俺は時代の違いをまざまざと見せつけられる。この世界では王族もSNSをやるのか。
「あはは、今時は王子様もSNSで連絡する時代なんだね」
俺が笑いかけると、アルフレートはおどけたようにウインクしながら笑い返してくる。ふと、これじゃアルフレートと知り合うために来たようだなと漫然と思った。
杞憂でしょ(すっとぼけ)