やがて会場の準備が整ったとの事で、私たちはアメリアを残し一足先に会場に足を踏み入れる。
石造りの壁面から来る圧迫感は、アーチ状の窓から差し込む陽光と光り輝くシャンデリア、それに紅色の敷物で覆われた床面により大きく軽減され、むしろ荘厳な雰囲気として身を引き締めさせる。
等間隔に配置されたテーブルには食べ物が品を損ねず、それでも豊富に並べられ訪れた人々を既に楽しませていた。
一段高くなった奥の方には各種楽器が並んでいて音楽家たちが快い音色を奏でていた。
まさに映画などで見るような壮麗なパーティーそのものといった風景で、礼装に身を包んだ人々が気負いなく笑みを浮かべているのを思わず尊敬してしまいそうになる。
「おや、フィエーナ嬢ではありませんか」
「あ、トイフェルさん。来ていたんですね」
ありがたいことに道場の受講生の知り合いに出会うことが出来て、私の気は大分軽くなった。遥も見知った顔を見つけられて目に見えて表情が柔らかくなる。
そのほか、昔からの知り合いやらと挨拶を交わしながら無難にその場を切り抜けていくけれど、百人はいるだろう招待客がいるので休む暇が全然ない。
特に今年は新しくやってきた遥にみんな興味津々で、ロートキイル人羨望の麗しき黒髪と透き通った碧い瞳の珍しい組み合わせに壮麗の男女がメロメロになっていくのをはた目に見るのは愉快だ。
「ほう、遥嬢のような目をした日本人は多いのかね」
「いえ、そんなにはいないかと……」
「そりゃあそうだろう。きっと日本でも羨まれたのではないかな」
「あ、ははは……ありがとうございます」
初めて来たというのに遥は案外礼儀正しく会場内で振舞えていた。流暢なロートキイル語を異国の美少女が話し、それでいてお淑やかで慎ましいとあれば人気の出ないはずがない。
遥以外も普通にやっていけているようだけど、こういう場ではいつものお喋りと無遠慮が何処かに行ってしまうのがエリナだ。けれど、エリナもこの場には何度も来ているだけあって顔見知りがいる。
「それでね、トマトの量を増やしたら一気に美味しくなったんだよ」
「ほう、それはいいことを聞いたよ」
「それは僕もやりますねえ!」
高名な料理人一家であるレイネンシア家に一目置かれているエリナは、最近の料理について話していた。さっきまでの緊張が吹き飛び生き生きとしている様は見ていてこっちが嬉しくなってくる。
そうこう時間を潰していると、会場の一段高まったところにアメリアの父親であるグリジンさんが家族を伴って現れる。すると、会場内がスッと静かになり壇上へと注目が集まっていく。
「みなさん本日は私の愛娘であるアメリアの誕生日会に来ていただき感謝しています」
朗々と語りだすグリジンさんの姿は、かつての七大支族の子孫の名に恥じない堂々たる佇まいだ。けれど……。
「思えば、我が愛しの愛娘であるアメリアも十三歳となってしまいました。十三歳といえば、ティーンエイジャーの始まりともされていますが……」
段々とその威容は薄まり、ただの親ばかなお父さんといった実像が姿を現し始める。とはいえ、この場の招待客はこうなることを百も承知でやってきているので問題はない。ただ、このスピーチの後に挨拶をするであろうアメリアはきっと顔を真っ赤にしている事だろう。
「つい先日のことなのですが、最愛の愛娘であるアメリアにちょっとした失態を犯してしまい、私はアメリアからの罰を受ける羽目になったのですが……これがまた愛らしいことで、私をくすぐることで帳消しにしようと図ったようなのです」
私はアメリアの知らない一面をあけっぴろげに話してくれるグリジンさんのお話ならどんどん聞いていけるのだけれど、流石に何十分も話し続けていたらアメリアが羞恥で面前に姿を出せなくなってしまう。グリジンさんのお話を強引に遮るように衣装替えをしたアメリアがずんずんと歩幅を広めて壇上に上がってきてしまった。
さっきまで着ていたドレスより格段に動きにくそうなコバルトブルーのドレスは、その分格段に豪華で綺麗だ。けれど、頭に乗っけたティアラなんか目ではないくらい今のアメリアの羞恥と誇りの混ざり合った表情が一番に魅力的で目を奪われてしまう。
「お父様。そろそろ、私のスピーチに移ってもよろしいかしら?」
「ああ、いいとも。それではみなさん、私の愛しい愛娘であるアメリアが三日三晩かけて私と共に考え練ったスピーチをどうかお聞きください」
アメリアはグリジンさんの溺愛に実は喜んでいる。恥ずかしくはあっても、自分について嬉しそうに話すグリジンさんを見て満足げに見つめていたのを私は見逃さなかった。
「本日はこのような一個人の誕生日記念のために集まっていただいた事に感謝します」
アメリア、それにグリジンさんが考えたスピーチを終えると、一斉に会場の人々がアメリアにあめでとうの挨拶を交わそうと壇上にぞろぞろと動き出していく。それら多数の招待客相手を嫌がる素振り一つ見せず笑顔で応対していくアメリアの姿はまさに現代に生きる貴族の令嬢そのものに見えた。
途中からは私たちもアメリアと合流しひっきりなしに応対に次ぐ応対で進んだ誕生会は三時間ほどで幕を閉じた。
「うう……」
三時間ほど続いたパーティーでひっきりなしに挨拶を続けていたアメリアはお疲れのようで、うめき声を上げてぐったりとソファに腰を沈みこませた。
「お疲れさま、アメリア。私の我が儘に毎年付き合ってくれてありがとう」
「いいのよ、お父様。私がお父様の自慢の娘ってことなんでしょう?」
「そうとも! 今日のアメリアは世界一可愛らしかった!」
現代のロートキイルにはキスの文化はあまり根付いていない。いつしか廃れてしまった風習だけれど、レイハウ家ではまだ現役のようでグリジンさんはアメリアの両頬にキスを残す。アメリアもまんざらでもないようで、父親の頬の傍でリップ音を鳴らす。
「俺にも! 俺にも!」
「もうテキオル。甘えん坊さんね」
「今日のあなたは一段と綺麗だったわ」
「ありがとう、お母様」
テキオルに続いてアメリアの母親、それにアロルにアメリアの兄であるカナデアさんともキスを連続して行っていく。最初は驚いたけれどもう見慣れた私たちの中で、唯一今年初参加の遥だけが動揺で耳を赤くしている。里奈は意外と平気のようだ。招待客との受け答えも何だか慣れていたし、場数を踏んでいるように見えたのは気のせいだろうか。
「さてと。ここからは身内だけのバーベキューパーティーと行くぞ! お肉をたくさん焼いてあげるからたんとあげていきなさい」
グリジンさんは貴族然とした高貴な雰囲気にもなれるし、そこいらにいるようなマイホームパパにもなれる表情豊かな人だ。
「お父様。ドレスにバーベキューの匂いを染み込ませでもしたら親御さんから非難轟々ですよ」
「ふふふ、どうですご友人方。アメリアのこの慧眼!」
「もう、恥ずかしいからパパ!」
実は普段はパパって言ってるの、誤魔化せてないんだよアメリア? 失言に気付いて、あわあわと口に両手を当てるアメリアがどうにも愛おしくて、そしてそれはグリジンさんも同様のようで。
「どうです! 可愛らしいでしょう!」
誇り高く娘を褒めあげる姿は、カッコいいんだかおかしいんだか、分からなかった。