夏季休暇が終わって二週間もすると、遥の誕生日だ。去年はサプライズパーティーを実施したものだと懐かしんでいると、遥から招待状を手渡される。
「去年はフィエーナが招待状をくれたよね。受けてくれる?」
「もちろん!」
去年は遥の誕生月である九月の来月に誕生日のある私が、ロートキイル流お誕生日会のお手本を遥相手に実践して見せたのだった。今年は遥もロートキイル流に倣うようだ。
「うわ~、もう一年前になるんだね~」
「マジか……あっという間に時間て過ぎるよなー」
「本当よね……」
大人みたいなことを言ってしみじみする三人に、私と遥はクスリとしてしまう。
「後は誰か誘うの?」
「後はね、里奈とエリナにも渡そうと思う」
里奈はきっと何とか都合を付けてくれるだろう。けれど、エリナはうっかり度忘れが多いからな……去年みたいに家族の用事とだぶらせやしないか不安だ。
誕生会当日、送り迎えをしてくれる母を我が家に残しエリナの準備が整っているか様子を窺いにいく。
「よかった。まだ寝てるかと思った」
「ちょっとフィエーナ、私だって友達のお誕生日会をすっぽかしたりしないよ」
「ソーダネ」
「あー、嘘っぽい。絶対信じてないでしょ」
去年は軽率にも予定を合わせられなかったエリナも、私がしっかりとスケジュールを監督して参加できるように取り計らったので安心だ。
エリナを引き連れ、母に林原家まで送ってもらうと街道から道場に進む曲がり角が風船とイルミネーションで飾られているのが目についた。準備は万端なようだ。
立派な日本家屋である林原家の入り口も、風船と紙飾りで綺麗に飾り付けられていた。
「こんにちはー」
プレゼントにケーキを持って私たちが林原家を訪問すると、林原夫婦に遥の三人が仲良く玄関前に立って出迎えてくれた。
「お誕生日おめでとう遥」
「ありがとうフィエーナ!」
「遥、はいこれ。私とエリナからのプレゼント」
遥の誕生日である九月十三日の誕生石という、カイヤナイトという碧い宝石のペンダントを二人でお店を巡って選んだのだけれど、遥はその場で付けて嬉しそうにクルクルと回って見せる。
「ありがとうフィエーナ、エリナ」
遥の浮かべた笑顔はとても魅力的で、私は見惚れてしまう。
「フィエーナはもう一個プレゼント用意してるんだよ。ほら、出しなよ」
「う、うん……」
「何々?」
エリナに肘で小突かれ私が取り出したのは小さなガラス細工球だ。夏季休暇の間にベーセル兄から習って凄い物を作ってやろうと意気込んだのだけれど、大したものが作れなかった。それでも、これは結構いい感じに出来たとは自負している。それでもやっぱり宝石のペンダントなんかと比べられると自信は吹き飛んでしまうような、その程度の出来だ。
期待に胸膨らませて私を見て来る遥ががっくりしてしまわないか不安で、私は笑顔で誤魔化しながらおずおずとガラス球のストラップを遥に差し出す。
「あはは、ストラップにちょうどいいでしょ? そのペンダントのおまけくらいに考えてよ」
「なーに言ってんのフィエーナ。一か月ガラス細工のお勉強して頑張って作ったんじゃない」
「フィエーナが私のために?」
「うん、受け取ってくれる?」
幸い、遥は私のストラップを受け取って大切に両手で包み込んでくれた。私はホッと胸をなでおろす。いつか商品になるよう出来のもの作って見せるから、待っててね遥。
しばらくして全員が到着したので、遥は今回の誕生パーティーの主催者として動き始める。
「えー、今日はみんな集まってくれてありがとう。去年の今頃はまだ私が留学生クラスが編入したばっかりで、そんな私をみんなが受け入れてくれてとっても嬉しかったのを覚えてます」
遥が思い出を交えながら今までのロートキイルでの数々に感謝を述べ始めると、改めて遥が日本へ行ってしまうのだと再確認させられる。
「特にフィエーナ。フィエーナは私がロートキイルに来て最初の日に私に話しかけてくれたよね」
「そう、だったね」
あの頃の無表情で磨耗した遥が、今では私に微笑みかけてくれている。めでたい祝いの席のはずなのに、何だか涙ぐんでしまう。みんなも同じ気分を抱いているようで、ちょっとパーティーの場がしんみりとしてくる。
「ありがとうフィエーナ。本当に感謝してる」
「どういたしまして、遥」
感極まった遥が飛びついてきて、私もそんな遥を抱きしめ返す。あと半年もしないうちに遥とこうして気軽に抱擁を交わすことも敵わなくなるかと思うと、潤んでいた瞳から涙が零れ落ちそうになってしまう。けれど、今日は楽しい誕生パーティーの日だ。そろそろこの雰囲気から脱するべきだろう。
私がチラリとエリナに目くばせすると、付き合いの長いエリナはすぐに察してくれる。
「遥、私お腹空いちゃったなー。パーティーがあるからお昼は抜いてきたんだよ」
背伸びをしながらわざとらしくお腹をさすって見せ、エリナは机の上に置かれた料理群に目くばせして見せる。
「そうそう! 今日は遥が手巻きずしを振舞ってくれるんだよね。私も遥の作ったお寿司早く食べたいな」
私も先手を切ったエリナに呼吸を合わせ、遥に明るい調子でご飯アピールを始める。
「あ~、私もお腹空いてたんだ~」
「おっし! それじゃさ遥! 主催者としてどんどん寿司を巻いてくれよ。あたしたちがどんどん食ってくからさ!」
トヨの茶目っ気たっぷりな調子に遥のしんみりとした表情は何処かへ去り、冗談めいた困り顔に変化した。
「えー、私は食べれないの?」
「遥ちゃん、私手伝ってあげるから大丈夫だよ。トヨちゃんを満腹にさせてあげよう」
「ありがとう里奈。一緒にトヨに手巻き寿司おみまいしようね」
「どんどこいだぜ!」
カッコよく両手を振りかぶって受けて立つ姿勢のトヨの前で、手を洗った遥と里奈がいそいそと海苔と寿司飯に具材を積めてくるくると細長く巻いていく。まるでクレープみたいだ。
「はい、トヨちゃんどうぞ」
「ありがとな里奈。いただきまーす」
豪快に手巻き寿司にかぶりつくトヨの口からは、まだ水分を吸ってしなしなになっていないパリパリの海苔が食いちぎられパリッと小気味よい音を立てる。
「んー、うめー」
「はい、こっちはサーモンだよ」
「おー、サンキュー遥」
トヨが遥と里奈に餌付けされている隣では、初めて見る手巻き寿司に手をこまねいているアメリアがキアリーと一緒になってそろそろと海苔を巻いている。
「ねえ、これで合ってるのかしら?」
不安げにアメリアは慎重に海苔を巻き終えた手巻き寿司を目の前に掲げ、じっくりと観察する。
「大丈夫だよアメリアちゃん。綺麗に巻けてる」
「いいじゃんいいじゃん、美味しそうだよ~。いっただきます!」
里奈のお墨付きと、円錐状に巻かれた手巻き寿司に勢いよくかぶりついたキアリーが笑顔で頷いて来るのを見て、ようやくアメリアも形の良い口を小さく開いて手巻き寿司に噛り付いた。最初のうちは微妙な顔つきで咀嚼していたアメリアだけれど、途中からはコクコクと頷いて見せ普通に食べ始めた。
「んー、美味しい。この酸味は何処から来てるんだろうね、フィエーナ」
「お酢だったと思うよ」
「へえ、お米に?」
お料理好きのエリナは初めての手巻き寿司に好奇心に探求心を刺激されているようだ。もぐもぐと小さな口を忙しなく動かしては手巻き寿司の美味しさの根源を探ろうとしている。
「だよね、遥」
どうだったか自信がなくて遥に聞いてみるとそうだよと頷いてくれる。
「あとお砂糖も入ってるよ」
「お砂糖!」
日本人ならともかく、ロートキイル人には物珍しい手巻き寿司を興味津々に食べ終えてから私たちは思い思いに持ち込んだケーキやらクッキーやらをお茶と一緒に食べていく。
「んえっへっへ~。やっぱりケーキは美味しいねえ~」
「お行儀悪いわよ」
蕩けるような顔つきでフォークに加えるキアリーの口から顔をしかめたアメリアがフォークを引き抜いて皿にのせる。
「里奈のケーキ美味しいね。日本のケーキなの?」
「そうだよ、こっちじゃあんまり見かけないから作ってきました!」
ロートキイルだと定番の黒いチョコケーキとは反対に純白の生クリームに覆われ、大粒のイチゴが乗っかったケーキは日本ではポピュラーなケーキなのだという。
「んー! ショートケーキ好き。里奈グッジョブ」
「ありがと遥ちゃん」
「日本はいっぱい珍しい食べ物があるね。一回みんなで行けたらなー」
「いいねエリナちゃん! その時は私案内してあげるよ!」
「あたしも地元なら詳しいぜ!」
何気ないエリナの一言にもし日本にいけたらトークが盛り上がる。富士山とか東京とか、有名どころしか知らない私たちに遥や里奈、トヨはそれだけじゃない色んな日本の名所や美味しい食べ物をあげつらう。
手巻き寿司にお菓子でお腹いっぱいになったはずなのに、見たこともない食べ物飲み物の話を聞いていると生唾が出てきてしまうのだった。