これTS? 憑依?   作:am56x

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新章突入なので初投稿です。


第二章
T/A01:日本にやってきました。


遥が日本に帰国してちょうど一年が経とうとしていた二月の初旬、私はパソコンの画面越しに毎日顔を合わせていた遥の疲れ果てた顔つきを見て驚いた。

 

「どうしたの、遥?」

「えへへ……ちょっと魔之物に手こずっちゃった」

 

 遥曰く、今日退治した魔之物はいつもより異常にタフでちっとも倒れてくれなかったのだそうだ。そして、そんな報告が徐々に増え、三月ごろには毎日のように戦いに遥が身を投じていることが遥自身の口から語られる。パソコンの画面越しであっても遥が少しずつ疲弊していく様が見て取れて、私は遥が心配になって今は日本にいる吉上先生にも話をしてみた。

 

「実は、原因不明の魔之物大量発生事件が起きているんだ」

 

 吉上先生は遥が担当する当該区域で何故か異様に耐久力の高い魔之物が大量に出現している実情を語ってくれた。さらに、日本全域でも魔之物が急増しているらしい。もっとも全国的に出現している魔之物には説明のできない異様な耐久力はないらしく、現地の退魔師が休日返上で退治に奔走しているとのこと。当の吉上先生の声も何処か疲れている。吉上先生も動員されて、今日は自分で何時間も運転して現地で魔之物と戦ってきたのだと愚痴って来る。

 

「遥の街に住んでいる人は大丈夫なんですか」

「幸い、遥がいてくれているおかげで被害は防げているよ。もっとも遥と宗一の二人にしか対処できないから二人に負担がのしかかっているんだけどね」

 

 四月、日本ではこの月から学校が始まるらしい。そして学校にも通う必要が出てきた遥は一気に口数が少なくなった。明るかった遥が朦朧とした意識で私を見つめながら寝落ちする。そんな日々が増えていた。

 

 私に何が出来る訳でもないけれど、遥と直接会わなくてはと決意したのはこの時だった。夏季休暇を丸ごと使って遥に会いに行こうと思い、吉上先生へ相談した。

 

「うーん、どうだろうね」

「難しいですか?」

「今の遥の一日を知ってるだろう? 起きて学校に行って魔之物を退治して寝る。この繰り返しで休む暇もない。そりゃ夏休みになれば多少余裕が生まれるけどね」

 

吉上先生は遥が安らげる時間は学校にいる間と家にいる間だけと語る。そんな状況なのに、他の退魔師は何をやっているのかと問いただすと、吉上先生は苦笑しながら自身の目のクマを指さす。そう、増援のアテはないのだ。

 

「じゃあ、遥は収束のアテのない戦いをずっと続けるんですか!?」

「原因の調査はされているよ。ただ結果は芳しくないね。いつ、問題の根源が見つかるのかは僕には見当もつかないよ」

 

 そんな……私は唇を噛むけれど、私にはもう手の出せない世界の話だった。もしヴェイルだったらきっと何とか出来たのだろう。無力な私を恨めしく思う。

 

 私はカレンダーを見て考える。今は五月の中旬、あと一か月でアーミラー中等学校は夏季休暇に入る。けれど、日本の高校は違うはずだ。会いに行くだけじゃ遥といられる時間は休息の間の僅かな時間だけだけれど、もし私が留学生として遥の通う学校に潜り込めれば、一緒にいられる時間は一気に増える。

 

 面倒なことになるとは承知の上だ。私はやれるだけのことをしようとここに決意した。

 

 

 

『はい、こちらは三丘高校です』

「私はフィエーナ・アルゲンと言います。実は短期留学の相談があってお電話させて頂きました」

 

 

「本当にいいんですか?」

『フィエーナちゃんならいつでも来てくれてオッケーよ!』

 

 

「ベーセル兄、ありがとう!」

『明日から進捗を見ていくから、しっかり勉強するんだよ』

 

 

 

 

 

 空港を出た途端、じめじめとした湿気が全身を包み込む。話には聞いていたけれど、ここまでとは想定外だ。体にぬるぬると生ぬるい空気が纏わりつくようだ。

 

「あっちと比べると随分天候が違うでしょう?」

 

 私が露骨に顔をしかめたのを見て、吉上先生の奥さんである佳織さんがクスクスと笑う。先生の奥さんと顔を合わせるのは初めてだけれど、器量の良い愛らしい人物に見えた。

 

「おーい! さっさと車に乗りなさい。もうすぐ雨らしいから早く出発しよう」

 

 もうすぐ四十代になるというのに若々しい、悪く言えば年相応の威厳のない吉上先生は服装もよく言えば若々しい、悪く言えば年に見合わないラフな格好をしていた。

 

 吉上先生の運転するミニバンが出発してほどなくして、車の窓を雨が叩き始める。一気に勢いの増した雨に対抗して、ミニバンのワイパーが忙しなく前方の窓を左右に行きかう。

 

「今って梅雨なんでしたっけ?」

「フィエーナちゃん日本に詳しいのね」

「ガイドブックに書いてました」

 

 助手席から振り返った佳織さんにリュックから取り出したガイドブックを見せつけるとまたクスクスと笑い出した。この人の笑顔を見ているとこっちまで気分がよくなる。つられて私も何だか笑顔になってしまった。

 

 空港から遥々二時間ほど車に乗り、遥の家族が住んでいるマンションに到着する。エントランスでは遥の母親が出迎えてくれた。遥に似通った凛とした綺麗な顔立ちを優しそうな笑みに変えて、私の抱擁を受け止めてくれる。

 

「お久しぶりですね、奈緒さん」

「ようこそフィエーナちゃん。歓迎するわ」

 

 吉上先生と奥さんに感謝を述べて別れた後、私は一ヶ宮一家の住むマンションに案内される。まだ建てられて十年も経過していないという奈緒さんの言葉通り、どこもかしこもまだ清潔で、機能的な印象を受けた。

 

「遥は今どうしているんですか」

「高校で授業を受けているわ。午前中だけだから、もうじき帰って来るんじゃないかしら」

「その後は……」

 

 スムーズに上昇を続けるエレベーターの中、奈緒さんは口を紡いで俯いてしまう。優しそうな笑みから一変、生来の綺麗な顔立ちを険しく歪ませると、常人以上に凄みを感じさせてくる。

 

「ええ、魔之物退治に出かけるわ」

 

 あまり口に出したい言葉ではなかったらしい。言い切ると同時に奈緒さんは大きくため息を吐いて見せた。嫌悪と自嘲のないまぜになった表情で、奈緒さんはずんずんと扉を開けたエレベーターから出て行く。

 

「本当はやめさせたいんだけどね、そうしたら夕宮市全体が危険にさらされるって聞かされているから……」

 

 魔之物とかそういった話はあまり世間に聞かせるような事柄ではない。エレベーターを出て以降、奈緒さんは言葉を発さず前へ一人進んでいく。私はキャスターをカラカラ鳴らしながら、スーツケースを引っ張り奈緒さんに付いていった。

 

「ようこそフィエーナちゃん。ここが私たちのお家よ」

 

 心を入れ替え、私を出迎えた時のように笑顔になった奈緒さんは私に一ヶ宮一家の住む部屋の中を紹介してくれる。一軒家とは比べてはいけないだろうけれど、それでも広々としていて、私専用の部屋まで用意してくれていた。

 

「ここがフィエーナちゃんの部屋よ。好きに使ってね」

 

 ベッドが一つに、デスク、クローゼットにチェスト。一通りの家具は揃っているようで、これなら八月までの二か月ほどを不自由なく過ごせそうだ。

 

「ありがとうございます。あの、長旅の汗を流してもいいですか」

「もちろんいいわ! お風呂場は案内したけど、使い方は分かるかしら? 説明してあげるわね」

 

 何でもお風呂場は一ヶ宮一家が入居することを知ったマンション側が当時最新の設備に一新したのだそうで、我が家のただ捻るとお湯が出るだけのバスルームとは雲泥の差を感じてしまった。日本人はお風呂が好きって聞くけれど、こういった設備面もロートキイルとは段違いだ。

 

「フィエーナちゃんはお湯に浸かる?」

「いいんですか?」

「遠慮なんていいのよ、すぐ湧くからその間に体を洗ってしまいなさい」

 

 林原家にあった木の湯船とは違う、乳白色でピカピカの湯船に勢いよくお湯が張られていくのを見ながら、私はシャワーを浴びる。私が日本に行く前に母が日本の水はロートキイルとは違うと調べてくれたので普段と違うシャンプー類を揃えてきたのだけれど、確かに心なしか違うような気もする。とはいってもそんな変わらないような気もする……水の専門家じゃないし正直いまいち違いは分からなかった。

 

「お風呂、ありがとうございました」

「どういたしまして、麦茶飲む?」

 

 麦茶。夏の林原家にお邪魔すると冷蔵庫がキンキンに冷えた麦茶でお出迎えされたのを思い起こさせる。私がお礼を言ってから躊躇いなくごくごく飲み始めると、奈緒さんは何故か苦笑いを浮かべていた。

 

 

「フィエーナちゃんって幸恵さんのところで日本についてたくさん経験しているから、外国人って反応見せてくれないわね」

「日本語だって喋れちゃいますよ」

 

 私が自信満々に胸を張って見せると、奈緒さんは顔をだらしなく緩ませて抱き付いてくる。

 

「んもう、フィエーナちゃん可愛らしいわね!」

「奈緒さんもそういうとこ、可愛いです」

 

一緒に麦茶を飲みながらのんびりしていると、玄関のチャイムが鳴る。オートロックのあるこのマンションで、マンション入り口の施錠を突破できるのはマンションの住人と住人がオートロックを開錠して招き入れた人間だけだ。となれば誰が帰ってきたかははっきりしている。

 

「私が出迎えます!」

 

 逸る心を抑えなんてしない。私は室内をはしたなくも走って玄関まで行き、扉の鍵を開けてあげる。一応遥には私が来ることを伝えてはいるけれど、何時に来るかまでは言っていない。

 

「ただいまママ? え、え……?」

 

 白いブラウスに赤いネクタイ、藍色のスカートを着た愛らしい格好の遥は疲れ切ってぼんやりとした表情を驚愕に変貌させる。

 

「遥、おかえり」

 

 どうやらしっかり驚いてくれたらしい。私はしてやったりと遥に笑いかける。

 

「フィエーナ?」

 

 声を震わせながら、そして伸ばしてくる腕も震わせて遥は通学鞄を床に無造作に落としてこちらにふらふらと近寄って来る。

 

「前から言ってたでしょ、今日からホームステイするんだ。よろしくね」

 

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