智恵の暴走で一時騒然となったクラス内で一人愉快そうに笑みを浮かべ続けていた久保先生は両手を何度か叩いて自身に注目を集める。
「みんな新入生のフィエーナさんに興味津々みたいね。せっかくだし、今日のホームルームはフィエーナさんと親交を深める時間にしましょうか。ほら、何かフィエーナさんに聞きたい事がある人はいない?」
久保先生の一言で次々に湧き上がる質問を受けていると、授業前の時間はあっという間に過ぎてしまった。
「はいはい質問はこれくらいにしましょうか。それじゃ後はフィエーナさんの席だけど、フィエーナさんは遥さんに会うために来たのよね。隣が空いてるしそこに座りなさい」
「ありがと久保先生」
歓待してくれたクラスメイトと軽く言葉を交わしながら、最後方に座る遥の隣に私は座る。
「今日から同級生だね遥」
「よろしくねフィエーナ」
何だかこそばゆくて、私は口角を緩めて遥に微笑みかける。遥の方も私を見つめて周囲が華やぐような輝かんばかりの笑顔で私を迎えてくれた。二人してニコニコと互いを見つめ合っていると、ふとクラスメイトたちに注目を受けていることに私は気付く。
遥から目線を離して辺りを見回すと、私たちを見る目は決して悪意は見られない。けれど、恍惚とした顔つきでこちらを見つめている集団に私はちょっと気恥ずかしくなった。
「あの~、フィエーナさん? お二人は恋人……という訳ではないのよね?」
おずおずと片手を挙げておかしな質問をしてくる久保先生を私は一笑に付した。
「あはは、違いますよ久保先生。ね、遥?」
「う、うん……」
その後、三丘高校の授業を私は受けていく。日本の友人と相談してカリキュラムを作って指導してくれたベーセル兄の指導の賜物で、私は拍子抜けするくらい簡単に授業に付いていくことが出来た。
「へーえ。フィエーナのお兄さんが日本に留学してたわけね」
「うん、今京都の大学にいるんだよ」
「古文の授業も難なく質問に答えられたのもお兄さんのおかげなの?」
「そうだよ、ベーセル兄はすごいんだ」
授業と授業の合間、朝の一件で強烈なインパクトをもたらした智恵を伴って長い黒髪の少女が組んだ腕を私の机に乗っけながら質問を繰り返してくる。朝に智恵を制止に駆け寄ってきた淡い茶髪の少女野崎鈴子も一緒だ。二人とも里奈とどっこいどっこいくらいに背が小さくて、百七十五センチあると教えてくれた智恵と比べると大人と子供だ。
「あなたのお兄さんならさぞや綺麗な顔立ちをしているんでしょうね」
小柄で可愛らしい少女然とした鈴子と比較して、黒髪の美少女春前雪夜には何処か色香のようなものが漂っている。細くて華奢な白い腕を組んでこちらを見上げるこれまた小さな顔は、自覚はないんだろうけれど挑発するような、こちらを試しているような表情をしていた。
形の良い赤い唇に指をあてがい、張りのある艶やかな唇が弾力を見せつけるように歪む様を見せつける雪夜。綺麗な黒髪を額で均一の長さに切りそろえた幼げに見える髪型、ほっそりとした体躯、整ってはいるけれどとても高校生には見えない幼い風貌。外見的特徴はどれも子供じみているのに、どうしてもこうも雰囲気がアダルティックなのだろう。
「写真ならあるよ。雪夜、見せてあげるね」
自慢の兄であるベーセル兄は遠くに離れているので、変なストーカーが付く心配もない。私はスマホを取り出し、一番カッコよく決まっている写真をチョイスして雪夜に見せてあげる。
「あらあ、すごいイケメン。ほら、トモも見てみてよ」
「おお、確かにすげえイケメンじゃん。でもアタシはフィエーナの方が……」
「も、もう智恵ちゃん! 振られたんだから泣き言言わないの!」
「ぐへえ」
智恵のメンタルを何気に抉り削る鈴子の見た目は雪夜と同じように幼げだ。儚げで清廉な雰囲気を纏った美少女で、遥と並んでいると清らかで心が洗われるような思いを抱かされる。
引っ込み思案なのか発言の頻度は控えめで、私との間にはまだ壁があるように感じる。まだ出会って数時間しか経っていないし、これから仲良くなれればいいのだけれど。
「フィエーナってもしかしてお兄ちゃんっ子? さっきからベーセルお兄さんのこと手放しに褒めてるわね」
「大、大、大、大、大っ……好きだよ。すごく好き。ベーセル兄は優しくて頼りになってカッコよくてちょっとした気配りが出来て言うべきことはしっかり言えて運動神経は抜群で、でも私より剣術の腕は負けてるけれどそこも私に唯一面目を立ててくれるためかと思うと本当に好き大好き愛してるし心の底から一つになりたい。そうだ昨日もベーセル兄とは電話したんだけれど」
「わー待って待って! 分かった、分かった! フィエーナがお兄さん大好きなのはすっごく伝わった! もう心の奥底まで伝わったわ! ほら、授業開始のチャイムが鳴り出したから私たちは席に戻るわねっ!」
「あっ……うん、またね」
私はベーセル兄の素敵なところをまだ一ミリたりとも伝えられないうちに言葉を遮られてしまい残念に思う。けれど、あんまり魅力を伝え過ぎてこれ以上ベーセル兄のことを好きな人が増えすぎてもベーセル兄が大変だから仕方ない。もう恋人もいる身なんだし、言い寄る女の子を私が増やしでもしたらミゼリア姉にお小言を貰ってしまうから、不満は残るものの口をつぐむことにした。
けれど一度開いてしまったベーセル兄への衝動的な感情はとめどなく膨れ上がっていく。私のこの感情の奔流に付き合ってくれるのはエリナしかないので、私は後でエリナに電話を入れることを決意した。
午前中の授業が終わってお昼になると、学食に向かう人とその場でお弁当を広げる人で別れる。私の事前調査によれば三丘高校の学食は良心的な値段で美味しくバランスのよい食事を提供すると評判で、食育という点からも保護者から好評なんだとか。
「フィエーナはお弁当なんだ」
ひょこっと私の隣に顔を出してくる雪夜は距離感が近い。どちらかというと私はこっちの方が感覚的に慣れていて楽だ。
「遥の家にホームステイしてるって話したでしょ? お弁当も作ってくれたんだ」
「私もお弁当なのよ。お父さんがお店を開く仕込みのついでに作ってくれるの」
「雪夜のお家は料理屋さんなの?」
「そうよ~、機会があったら来てね。サービスするように言ってあげる」
ばっちりとウインクを決めて悪戯っ子な笑みを向けて来る雪夜は小悪魔的に可愛らしい。
「ほら、こっちで一緒に食べましょ」
「うん、ありがと雪夜」
私は智恵の告白の一件からそのまま流れで彼女たちのグループと一緒に行動するようになっていた。遥も智恵たちとは一緒に行動していたようで、そういう点でも自然に一員に迎えてもらった。
「しかしよう、遥はいいよなあ。アタシもフィエーナと一緒の家で過ごしたかったな」
「それは駄目」
「なっ……遥お前、フィエーナのことになると自己主張激しいな」
「本当ね~普段はあんまり喋らないから、無口な子だと思ってたわ」
遥が無口? そんな風に思われていたなんて意外だ。ロートキイルでは立ち直ってからは社交的に周りと仲良くしていたのに。
「遥ちゃん、フィエーナちゃん大好きなんだね」
「好き。結婚したい」
自分の発言の意味に言ってから遅れて気付いた遥は一瞬で顔を真っ赤にさせる。
「ええーっ!?」
智恵たちだけじゃない。遥の発言が耳に届いた範囲内全域で叫び声が一斉に上がりだす。私も今日だけで二回目の爆弾発言を受けて頭がくらくらしてきた。やっぱり二人は付き合ってるんじゃとか、美少女百合天国だとかの勝手な外野の言動がクリティカルに精神を揺さぶって来る。
「は、遥……そう思ってくれるのは嬉しいけれどね」
「あ、あわわわ。ち、違うのフィエーナ。あっ、違うっていうのは嫌いって意味じゃなくて!こ、これは言葉の綾というか気持ちは嘘じゃないんだよ!」
フォローを入れる箇所が致命的に間違っていて、周囲の勘違いを加速的に広げていくのはやめてほしい。