日を経る毎に増加していく魔之物。退魔の力に抗力を手にした彼らは私の限界を試すかのように増殖し、襲い掛かって来る。
一か月前ならば刃を撫でるように当てれば斬り裂き祓い清められていた下級の魔之物ですら、十数秒の猛攻撃の末にようやく浄化し終える程に魔之物たちの耐久力は向上していた。この程度の相手、本来なら並の退魔師が数回の通常攻撃で祓い清められる程度のはずなのに、今となっては一人の退魔師が全力を賭して下級の魔之物を祓うのがやっととなってしまっている。
「……はぁっ……はぁっ……」
「大丈夫か?」
「ん、んん……ありがと……ん、ございます」
ふらつき倒れかけた私の体を支えてくれたのは補佐役の有江さんだった。返事もするのに息も絶え絶えな私が、こちらを慮る怜悧な美貌を纏まらない思考の中でボケっと眺めているといつの間にか車の中に押し込められていた。
「君がここまで疲労するとは……手助けできず、すまない」
忸怩たる表情で運転席から聞こえてきた謝罪の声に私は慌て、モヤのかかった頭に冷や水を浴びたような感覚に襲われる。有江さんの実力なら戦闘に参加してもいいのに、わざわざ私の為に付いてくれているのだ。
「有江さんがいてくれるから……帰りの心配をしないで私が全力を出せる。感謝してるの」
「そう言ってくれると少し、気が楽になるよ」
あまり納得はしてくれてなさそうだけれど、それでも笑みを見せてくれた有江さんに安堵した私は意識を手放した。
気が付いた私は見慣れた自室の天井を真っ先に目の当たりにした。確か十九時過ぎくらいに有江さんに送ってもらおうとしてたような……? ナイトスタンドの明かりだけが頼りの薄暗い室内で体の上に掛けられたシーツを押しのけ上体を起こすと、ベッド横にお母さんとお父さんが座り込んでいるのがようやく目に入った。
ああ、また私途中で寝ちゃったのか。最近、こうなっちゃう日が多いな。
「おはよう」
「んもう、今は十一時よ遥ちゃん」
寝ぼけ眼をこすりながらお母さんに挨拶すると、目に見えてお母さんの表情がホッとして気が緩んでいくのに気付く。そっか、ずっと心配してたんだ。
「……心配かけてごめん」
「謝らなくていいのよ。無事でいてくれればそれでいいの」
気後れして俯いてしまった私にひしと抱き付いてきたお母さんの体は温かかった。ん、このまま眠ってしまいたいな。そう思った私だったけれど、安心したからなのか途端にお腹が空いてきて空腹を訴えお腹が声を上げ出した。
「ははっ、まだ夕食がまだだったもんな。さ、みんなで食べよう」
「そうね! 遥ちゃんの体力が付くようお母さん頑張ったわよ~!」
「うん!」
三月に魔之物が急増してから、私の一日のサイクルはほとんど寝て起きて学校に行き、その後すぐに魔之物退治に出かけて終わったらすぐに倒れるの繰り返しだった。
唯一魔之物退治後も起きていられたのはフィエーナとの通信がある日だった。その日だけはフィエーナの顔が見られる想いだけが私の瞼を引き上げ続けた。それでも、フィエーナの顔を見て、声を聞いてしまうと天に昇るような気持ちになったまま夢の世界に誘われてしまいフィエーナには私の寝顔を見せてるだけになってしまい心苦しく思っていた。
「……ん」
『あ、起きた?』
先程までフィエーナが私に延々と話しかけ続けていたのを私の頭はぼんやりと覚えていた。フィエーナの声を聞いていると疲労で荒んだ心が癒されるのだ。たまに話題に困ると、フィエーナは歌を歌う。寝ている間にも私を惹きつけてやまないフィエーナの歌声。魔性の声と周りに揶揄され、フィエーナは困りながらも否定しようとしない。確かに、私のフィエーナの歌には中毒的な魅力が溢れていると思う。
でも、だからこそ疲れ切った私にとって心を救ってくれる癒しの奇跡となってくれる。
ううん、フィエーナの声なら旋律なんていらない。ただ喋ってくれるだけでいい。私に優しく話しかけてくれるだけで私の胸はいっぱいになる。
無理を言って声を途絶えさせないようお願いした私の無茶を、フィエーナは律儀に応えて無反応な私にずっと声をかけ続けてくれる。
「いつもごめんね」
『そんなこと言わないでよ、遥。私、遥の眠ってる顔見てるの好きだよ』
そう言って微笑みかけて来るフィエーナの笑顔に一瞬見惚れてしまった私はフィエーナが唇の下を指で突いているのに気付く。フィエーナの柔らかな唇の弾力に目を惹かれるのも数瞬、フィエーナの目線から私は何かを指し示そうとしているのだと感づいた。何だろう、私が自分の唇に触れてみると涎がねっとりと指先を濡らす。うわ、フィエーナに涎の垂れた姿を見られちゃったんだ。
私は羞恥で顔に血が上ると同時に慌てて手の平で口元を拭った。
『あははー、よく眠れたのかな?』
「先に言ってよ……」
私の理不尽な文句にムッとした様子もなく、フィエーナはこちらを労わる優しい目線で私を見つめてくれる。
『傍にいたら私が拭ってあげられたんだけどね……』
フィエーナが傍にいてくれたら。私がそれをどれだけ夢想したことだろうか。ロートキイルにいた頃みたいにフィエーナと一緒に触れ合えたらと何度嘆いただろう。
ああ、本当にフィエーナが一緒にいてくれたらなあ。
「遥、おかえり」
「フィエーナ?」
私が学校から帰宅し、玄関を扉を開けた瞬間の衝撃は計り知れなかった。あの、夢にまで見た、いつも画面越しでしか会えないことに血涙が出そうになっていた、あのフィエーナが……目の前で立っていたのだ!
ふわふわとしていて柔らかな白銀の髪の毛、世にも珍しい紅紫の瞳、ほっそりとした体型からのインパクト抜群のおっきなおっぱい。ミステリアスで儚げな雰囲気を醸し出しながら親交を深めると蕩けるような笑顔を浮かべてくれるフィエーナ。が! 目の前にいる!?
興奮で頭が真っ白になりそうになった私は震える手を伸ばし幾度夢に見たら分からないあのフィエーナの肢体に触れようとする。
そして! 確かに! 私はフィエーナに触れることが出来たのだった。ああ、ああ……もうここで昇天してもいい……!!
うう、うう……ディスプレイ越しにどれほどこの温もりを夢想したことか……ああ、ああ!! やっぱりフィエーナの匂い好き!! しゅき!!! あ、いけないお腹がじんじん温かくなってきちゃう! これから退魔師としてのお仕事があるから、我慢、我慢しなきゃ……。我慢したくないよ、このまま自分の部屋に籠って致したい……!! でも、でも……フィエーナに軽蔑されたくはないから私は鋼の精神で理性を全面稼働させ我慢する。
け、けどおっぱいの感触だけ少し堪能して……それだけ、それだけしたら我慢するから……んんぅ! や、やっぱり我慢するの辛いぃぃぃぃ!
「あら……遥あなた! 変態みたいな真似はよしなさい」
「へ、変態……」
流石にお母さんから変態と言われ、私はショックで一気に全身が冷たくなり理性を取り戻した。ああ、やっぱりさっきの私変だったよね……でもフィエーナ分を久しぶりに大量に摂取したせいだからしょうがない。
フィエーナと直に触れ合ってから私の体調はすこぶる快方へ向かっていった。フィエーナが来る前なら倒れ込んでいたであろう疲労も、家に帰ればフィエーナに触れ合えると想像するだけで一気になかったことになる。
どんどん増加の一途を辿る魔之物の脅威も全然怖くない。戦闘中に退魔力の枯渇に怯えていた以前が何だったのかというくらいフィエーナに再開してから力が溢れ出て来る。負ける気がしない。
それだけフィエーナに元気づけられている私だけれど、あまりに元気づけられ過ぎていた。私も人間で、人並み程度には性欲がある。とはいっても精々が一日数回、十回に届かない程度なのだけれど……その行為も最近は疲れからか一日一回ベッドの中でちょこっとに収めていた。
ああ、フィエーナ……でもフィエーナがいると体が燃えるように熱くなる時があるのだ。ふとした瞬間に見せるフィエーナの隙が、私の全身に貫くような快楽の刺激を轟雷の如く撃ち放って来る。
フィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナフィエーナ……好き♡
「遥……もぞもぞしないで、寝れないよ」
「フィエッ!?」
溶けるような快楽に包まれていた頭が一気に冷える。
「起きてた、の……?」
「うん。だって遥が落ち着きがないんだもの」
恐る恐るの質問、一番聞きたくなかった答えがフィエーナから帰って来る。さっきとは違う意味で全身が熱くなってきた。
「は、遥はさ……何をしてたの? いつもと様子が違う、よね?」
どうしようどうしようなんて答えたらいいんだろう!? 素直にフィエーナをオカズにしてましただなんて言ったら絶交されちゃうかもしれない。そんなの絶対嫌だ。でもこの状況でどんな言い訳が通じるんだろう? さっきまで気持ちよくなり続けていたせいで全然思考が回らないよ……あ、私を見て混乱するフィエーナ可愛いな。普段は全然見せてくれない取り乱したフィエーナの慌てように胸がキュンキュンと高鳴りを抑えられない……って、今はそんな事を考えている場合じゃない!!
「その、さ……そういうことするのも自由だけどさ。私の目の前では困るよ」
ああ……あれ? 何だか、セーフになりそうな予感がする。
「フィエーナ?」
「気にしなくていいよ、遥。きっと疲れが溜まってたせいだよ」
合わせる顔がなくてシーツに潜り込んだ私の両頬を柔らかなフィエーナの白い手がそっと触れ、撫でて来る。私を労わるようにそうっと撫でてきたフィエーナの表情は溢れんばかりの優しさに満ち溢れていた。
「遥は毎日戦って平和を守ってるんだよね。偉いよ、私には出来ないもん」
ゆっくりと頬から首元、鎖骨に降りていくフィエーナの手を目で追っていく。快楽ばかりだった私の脳内を、充足感で満たしてさっきよりもっともっと気持ちよくされてしまう。ああ、この思いやりの中に溺れてしまいたい。
そう思ってフィエーナの顔を見上げると、フィエーナの瞳は雄弁にフィエーナ自身の思いを伝えてくれた。
「フィエーナ、羨ましがってる?」
「あはは、何で?」
私の指摘を何でもないように受け流して見せたフィエーナのポーカーフェイスも、私には通じない。フィエーナのことなら、サブミリ秒単位で観察し続けている。私には隠せないよ。
フィエーナの性格なら、自分だけ安全地帯でのうのうとしているなんて我慢ならないはずだ。けど、これはどうしようもないんだ。私にしか、出来ないことなんだ。
「フィエーナ……心配かけてごめんなさい。でも私、この力を持ったこと後悔してないから」
「そっか、遥は強くなったね」
抱きしめて来たフィエーナの肢体に私は溺れる。
「遥。さっきは困るって言ったけどさ、もし……私の傍でする方がいいのなら私、見ない振りしてあげるから」
「フィエーナ?」
え、え。何でそんなこと言うのフィエーナ。駄目だよ、そんな優しい言葉かけられたら甘えたくなっちゃうよ。
「あ、ただする時はくっついてこないでね。寝れないから」
さっきまで背を向けていたフィエーナが振り返って冗談めかしながらウインクしてくる。けど、拒絶されたのは確かでちょっぴり内心私は傷つく。それでもオナニーばれして何もしてこないフィエーナが優しいのは変わらないのも確かだ。
「フィエーナ……好き」
「あはは、私も遥のこと好きだよ」
眠りについたフィエーナから私はそっと離れ、自室に戻った。今度はフィエーナの眠りを妨げないように。