これTS? 憑依?   作:am56x

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T/A10:水泳の授業を受けることになりました。

 私が来てから唯一涼しかった朝方も残念なことに今日はとても暑かった。梅雨ももうすぐ明けるらしく、本格的に暑くなるとちょっぴり点けたテレビで天気予報のニュースキャスターが報じていた。この気温は本当に嫌になる。暑いだけならともかくムシムシしていて、本当に不快だ。

 

「フィエーナがしかめ面するなんてよっぽどだね」

「うん……私、暑さには強くないんだ」

 

 朝なのに……七分丈のスポーツウェアでただ外を歩いているだけなのに、ちょっぴりとはいえ汗を流すなんて初めての体験だ。

 

 燦々と輝く太陽の浮かぶ、透くような青空は見ている分には気持ちがいいけれど太陽にはちょっとでいいから出力を抑えて欲しい思いが募ってしまう。

 

この時期の日本に来たのを少し、後悔した。

 

「今日は三十度越すらしいよ。暑くなるね」

「言わないで遥。三十度なんて人の住める気温じゃないよ……」

 

遥と一緒に公園に行くと、葛西と尾頭の隣で仲良さそうに話す女の子がいた。智恵と同じくらい身長の高い女の人で、半そでのシャツにハーフパンツ姿から垣間見える肢体はしなやかで筋肉が付いている。ピンと跳ねるようにまとめられた後ろ髪がクルンと旋回してこちらを向いた顔立ちは猫のようで可愛らしく、興味深げにこちらを見つめて来る。

 

「よ、あんたが噂の転校生さん?」

「フィエーナ・アルゲンだよ、フィエーナって呼んでね。あなたは?」

「ひひ、ウチは本江澄ってんだ。同じ一年で、こいつらと同じでバスケしてんの。よろしく」

 

 無邪気な笑みを浮かべ手を差し伸べて来る澄に応え私も手を伸ばすと、ぶんぶんと子供のように腕を振った豪快な握手になる。

 

「うへあ、すっげえな。すっべすべじゃん。マジ美少女の手って感じするわ~。葛西も触るか?」

「え、いいんすか!?」

「握手するだけなら別にどんとこいだよ~」

「あ、やっぱいいっす。その、お隣の方が、ね……」

 

 軽薄そうな顔つきを神妙に正し、葛西は胸の前で両手を掲げ降参ポーズを取る。葛西の目線の先を辿ると、ただでさえ無表情だと冷たい印象のある遥の目付きが絶対零度の如き冷たさになっていた。

 

「何だよ、デキてるって噂はマジなのか?」

 

 まだ私が三丘高校に通って一日しか経ってないのにもうそんな噂が立ってしまっているのか。遥が変なこと口走らなければなあ、と私は遥に視線を向ける。

 

「あはは……私はお友達のつもりなんだけど」

「私だってそうだけど! 男の子にみだりに近付いちゃいけません!」

 

 そう言って葛西と尾頭の間に入り込む遥は妙に気合が入っていて可愛らしい。

 

「おいおい一ヶ宮さんよ、それじゃフィエーナに彼氏が出来ねーじゃん」

「そ、そんなの……フィエーナを幸せに出来るか私が見定めてから認めるから」

「一ヶ宮さんはフィエーナさんの親父か何かなのか……?」

 

 遥の反応に次々と突っ込みが入っていく。もし本当に私に彼氏が出来た時、遥は本当に大きな障壁として立ちふさがってきそうだ。

 

「んま、いーや。一ヶ宮さんもよろしくな。あ、遥って呼んでもいーか?」

「うん、いーよ。本江さん」

 

 差し出された澄の手を握る遥は、豪快に腕を振る澄の握手に翻弄されてしまっていた。澄の握手、勢いが凄い。

 

「なんだよー、澄でいいぜ」

「じゃあ……澄?」

「ぅう~! 遥もカワイーなー!」

 

 ちょっと躊躇って一呼吸置いてから上目遣いに名前を呼んで来る遥に澄がノックアウトされた。感極まって抱き付いて来る澄を驚きながらも遥は受け止めてあげている。

 

「あ、すまんつい」

「ううん。別にいーよ。ちょっと恥ずかしかったけど」

 

 すぐに我に帰って遥を離した澄だけど、頬を微かに染めて目を逸らす遥にまた衝動的に抱き付きに行ってしまう。気持ちはすっごく分かる。

 

「狙ってんかよー! もー!」

「!?」

 

 十センチ近い身長差に物を言わせて遥を抱き上げてしまった澄は、驚きに身を固めた遥へ頬ずりをしながらその場を一回転する。遥が困り出しているので、私は助け船を出してあげることにした。

 

「ねえねえみんな。そろそろ走らない? これ以上暑くなったら私、耐えられないよ」

「あっは、それもそうだな! おっしゃ! んじゃ、みんなウチに付いて来いやオラァ!」

 

 

 勢いよくスタートダッシュを決めた澄はあっという間に向こうへ行ってしまう。

 

「あれで一時間走り切れるのかな?」

「いやあ、澄ちゃんは調子よくかっ飛ばしてへばるのがいつものことなんよ」

「あいつは馬鹿だから付いていこうなんて思うなよ」

 

 案の定、澄を追いかけて走り出した私たちは途中で一気に走力を失って歩きに移行してしまった澄にすぐ追いついてしまった。のだけれど、少し休んでからの復調は素早く最初の無茶のせいで私たちほどのペースに追いつけはしないものの流石鍛えているだけはある持久力を見せてくれた。

 

「いや……フィエーナはさぁ……体、細いのにどこに体力隠し持ってんだよ?」

 

 一時間後。切れ切れに呼吸を重ねながら、太腿に手をついて澄はこちらを見上げて来る。

 

「あはは、毎日走ってるから体が慣れたんじゃないかな」

「マジか……」

 

 滝のように汗が湧き出ている澄ほどじゃないけれど、私も今日はかなり汗をかいてしまった。予想外に外が暑かったせいだ。帰る前に自動販売機で何か買って水分補給した方がいいかもしれない。そう思っていた私に遥が近寄ってきてコップに注がれたスポーツ飲料を渡してくれる。

 

「はい、フィエーナ」

「ありがとう遥、用意してくれてたの?」

「うん。明日からは私がいなくても飲み物用意しないと駄目だよ。すごく暑いんだから」

 

 コップの中身を飲み干した私の傍に立ち、遥は肩に掛けたメッセンジャーバッグからタオルを取り出して汗を拭ってくれる。甲斐甲斐しく頭から首にかけて丁寧に汗を拭ってくれる遥。こんなことずっとされてたら遥に頼り切りになってしまいそうだ。

 

「何か……噂が立つのも無理ねえよな」

「んだべさね」

「夫婦みたいな空気だよな」

 

 

 

 朝、クラスメイト達と挨拶を交わしながら遥と一緒に机に荷物をしまっていると智恵たちが会話に混ざってきて、今日の体育に話題が映った。

 

「水泳かー、私あんまり経験ないな」

「ロートキイルって内陸国よね。プールはないの?」

「あるけど、私はほとんど行ったことないな」

 

 雪夜の質問に応え、私はロートキイル人の水泳事情について軽く解説をする。小中を通して水泳を習う日本と比べると、小学校時代に水害対策の講習でしか水泳の授業を義務化していないので水泳はあまり縁のないスポーツだった。

 

 一応私の住むヴェルデ市にはプールがあるけれど、暇さえあれば道場に通っていた私が行ったのは講習の時くらいのものだった。

 

「フィエーナちゃんは、何泳ぎが得意なの?」

「あはは、私泳ぎ方は一つしか知らないな。ロートキイル語だとブルストって呼んでたけど、こんなのだよ」

 

 私がその場でカエルのように水を掻きわける動作をしてみせると、日本語では平泳ぎということを教えてもらう。あまり使わない単語だと、まだまだ教えてもらうことが多かった。

 

 

「まあ、今日は私参加できないけれどね。水着がないんだ」

「そっか、それならしょうがないね」

 

 そんなお話をしていたからだろうか、クラスに顔を出した祥子先生が私を呼び出して廊下に出るとスッと水着を目の前に差し出してきた。

 

「フィエーナさん。何とか間に合わせましたよ」

「これ、水着ですか?」

「はい。サイズが特殊でしたので特注になってしまいましたが、旧式のものならと間に合わせてもらいました」

「旧式、ですか?」

「新型といっても少し形が違うだけですから、気にするほどのものではありませんよ。どちらにせよ、フィエーナさんは数回しか使わないでしょう」

 

 大した違いがないのなら気にする必要もないだろう。それよりも一人だけ見学する羽目にならなかったのだ。私は祥子先生に感謝した。

 

「わが校の屋内プール設備はかなりのものですよ、せっかくですから楽しんでいらっしゃい」

「はい、ありがとうございます!」

 

 クラスルームから去っていく祥子先生を見送った後、私は新品の水着を持ってみんなのもとに戻っていく。特殊な衣服ではあるけれど、新品の洋服とあって私は心躍るのを感じた。

 

「見て見て。私にも水着が届いたよー」

「あ……よ、よかったわねフィエーナ」

「そ、そうだね雪夜ちゃん」

 

 あれ、ポリエチレン包装に包まれた水着を披露すると智恵を除き微妙な顔つきになってしまった。

 

「フィエーナこれ、古いタイプのスク水だよ」

「そうらしいね。けど、祥子先生は大した差はないって言ってたよ」

「んーまあ……フィエーナのスク水の方がアタシは着慣れてるけどな。ただ、クラスの連中はスパッツタイプばっかだろうな」

「みんなはどういうのを着ているの?」

「こんなの」

 

 遥が机からさっとノートを取り出し、ササッと走り書きした絵はシンプルながら違いがよく分かった。どうも私のスク水は股部分の布地が省略されていて、足の付け根部分あたりまで曝け出してしまうタイプのようだ。一方で遥たちの持っている水着はスパッツ型といって膝の上あたりまでしっかり布地で覆ったものらしい。

 

「このタイプを着るのって智恵くらいなの?」

「んにゃ、着てる奴もいるよ。ただ、このクラスだとアタシ含めて五人もいないな」

「あはは、そうなんだ……まあ、智恵と一緒なら私いいや」

「お、お揃いだな!」

「そーだねー」

 

 

 水泳の授業は着替えで時間を取られる都合上、二時限連続の授業になっていた。私は遥たちと一緒に更衣室に入る。更衣室はたくさんのロッカーとカーテンで仕切られた着替え用の個室が何十室も用意された広々とした空間で、授業後に髪を乾かすためのドライヤーまで鏡の前に何十台も設置されている。

 

 生涯で二つ目のプール施設だけれど、ロートキイルの公営プールより設備が整っている。日本のプールはみんなこうなのだろうか。

 

 ロッカーに荷物を入れて、私は開いていた個室に入り早速水着へと着替えた。五年ぶりの水着はあまりに久しぶりで、なおかつ水着が結構きつくて着替えるのに手間取ってしまった。

 

 俯くと、普段スポーツブラで抑えつけている胸が自由を取り戻して目一杯に膨らみを見せつけて来る。主にきつく感じたのは胸のせいだった。目の前にある姿鏡で自分自身の今の姿を確認する。一枚の紺色の布がぴったりと肌に寄り添って、体のラインがよく分かる。これじゃ、裸とそう変わらないのではと思ってしまうくらいだ。

 

 気恥ずかしさに個室を隔てるカーテンへ手を伸ばしては引っ込めてしまう。ふと視界に入った姿鏡に映った私の顔は僅かに紅く染まっていた。みんなと同じとはいえ、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしかった。

 

「フィエーナ、着替え終わった?」

 

 ぐずぐずしていると、カーテンの向こう側から遥が声をかけてくる。ちょうどいい、遥に見てもらって大丈夫と太鼓判を押してもらえれば外に出る勇気を持てる気がする。

 

「遥、ちょっと中に入ってきてもらっていい?」

「どうかしたの?」

 

 外に様子を窺われないように配慮してくれたのだろう、素早く隙のない侵入は玄人染みていて思わず目を見張ってしまう。そんな私よりも遥かに遥は目を見張り、胸元目掛け抱き付いてきた。

 

「遥?」

「フィエーナのおっぱいやらしいよ」

「えー、ひどいよ遥……私ただ水着を着ただけだよ」

 

 冗談ともつかない台詞を真顔で言い放った遥はそのまま耳を真っ赤にしながら胸元に顔を埋め続ける。じいぃっ……と、すぐ目の前にある谷間へと視線を集中させ続けて来る。咎める目付きとは違う、何処か恍惚とした目線が突き刺さる。

 

 私から言わせれば、今の遥の表情の方がいやらしさに満ちていた。人前では凛としたクール美少女然とした遥が面影なくトロンと蕩けた目付きで胸元に顔を埋めながら息を荒くしているのだ。

 

普段は肩のあたりまで降りている黒髪はスイミングキャップで纏められ、白いうなじが艶めかしく私の目の前に見せつけられる。紺色の水着がぴったりと張り付いた背中からお尻にかけてのラインは同性の私から見ても惚れ惚れするくらいに美しく芸術品のようだ。水着のスパッツ部分と太腿の境目は紺と白のコントラストが目に映え、柔らかさを主張するかのような食い込みが手を伸ばし触れたい欲求を刺激する。

 

遥は自分が滅多にいないレベルの美少女だという自覚がないんじゃないかな。このまま雰囲気に流されるといけない気がした私は意識して気を引き締める。ピリリとした殺気に遥は瞬間的に反応し、一瞬だけ狩人のような鋭い目つきに変え、次いで私の呆れ顔に見つめられおどおどと私から離れてシュンと俯く。

 

「ごめんねフィエーナ。ひどいこと言っちゃったね」

「あはは、気にしないで遥」

 

 元はと言えば水着如きで自信を失って友人に意見を求めた私が迂闊だったのだ。自分で言うのも何だけれど、私の容姿だって遥レベルでないにしろ綺麗な方ではあるのだ。隙を見せれば色んな意味で食べられかねない。同性に迫られた経験だって一度や二度じゃない。

 

 それでも、友人の間や家族親類の間だと気が緩んでも仕方ないしそれを許してくれる相手であって欲しいとも思う。だけれども、常在戦場状態で生存本能が荒ぶっている今の遥は普段通りの理性が損なわれている状態と言っていい。今の遥には隙を見せてはいけなかったし、試すような真似をした私が悪かったのだ。

 

 それにしても、こんな発情期の猫に近い遥を外に歩かせてもいいものなのだろうかと不安も覚えてしまった。私だからよかったものを、もし仲良しの男の子なんかがいて、そして今の遥を見て理性を制御出来るものだろうか……まあ、出来ないような人は私が許す気はないのだけれども、遥はとっても可愛らしいから常人の理性ではきっと我慢出来ずに一線を越えちゃう気がする。

 

そんなの、許せない。

 

「私も遥のこと責めれないな」

「フィエーナ?」

「ううん、何でもない。そろそろプールに行こう」

 

 思わず見せてしまった苦笑を押し隠し、私は遥の手を取ってカーテンを開け放つ。そう時間は経っていないからか、更衣室はまだまだ生徒たちで込み合っている。水着を着てこういった場所に来た経験の少ない私にとって、こんなにも薄着で歩き回る同年代の女の子たちがたくさんいる光景にやっぱりちょっとどきどきしてしまう。

 

 私が姿を見せた途端集まる視線。サッと見渡す限り悪意の籠った感情は見られなく、単純な好奇心が主立って感じられた。やっぱり私のことはまだ物珍しいのだろう。こんなことで今更気圧される私ではないけれど、今は格好が格好だけにあまり視線を浴びたくなかった。

 

「フィエーナは私が守るからね!」

「あはは、ありがとうね遥」

 

 私の心を見透かしたかのように前に立って視界を遥が遮ってくれる。遥の心遣いが今はありがたくて、素直にナイト役を任せることにした。

 

「お、フィエーナも着替え終わったか……って、何だよ遥?」

「智恵には刺激が強すぎるから見せない」

 

 一足早く着替え終わって近くで待っていてくれた智恵の前に遥は立ち、強い意思を感じる背中で私を庇う。

 

「何でだよ! アタシが着てるのと同じようなもんだろうが!」

 

 そう声を荒げて遥を避けようとその場でサイドステップする智恵だけれど、戦闘を重ねた遥の立ち回りに叶うはずもなく容赦なくブロックされる。

 

「別に授業中に見れるでしょう」

 

 いつの間にかいた雪夜の言葉は最もだ。何を二人は意地を張っているのやら。雪夜の後ろに立つ鈴子が智恵に向ける白けた視線が何処か生暖かく感じる。

 

「うっせえ! 正妻面してるがアタシだって負けちゃいねえんだよ!」

「私が負けるはずがない」

 

 興奮して動きの荒くなる智恵に対し、どこまで冷徹に視界を遮る遥。勝負は最初から決まっているようなものだ。けれど、ここで智恵が手を出したことで情勢は一変する。

 

「んにゃにおう!」

「むー!」

「ふははは! 遥ぁ! 捕まえた!」

 

 まさか一般人に手を挙げる訳にもいかない遥は一瞬体が反射的にカウンターアプローチで致死的攻撃を加えようとしたのを身を強張らせて抑え込み、その隙を付いて智恵は遥を抱きしめてしまう。ていうか遥、もうちょっと穏便な体術もあったのに選択肢を間違えたね。修行不足だぞ。

 

 身長が百六十センチほどある遥だけれど、百七十五センチはある智恵と比べると体格は劣る。ぎゅうと抱きしめられた遥は顔を胸に押し付けられ、せめてもの抵抗か仏頂面になる。

 

 

「おおー、似合ってんじゃん」

「本当? ありがとう」

 

 遥を捕獲したままの智恵に褒められ、私はちょっぴり安心した。遥は私に甘いところあるからもうちょっと客観視できる人間の目線も欲しいと思っていたのだ。

 

「いいなあ智恵ちゃんもフィエーナちゃんも……私ももっとおっきかったらなあ」

「そうよねえ……神様は不公平だわ」

 

 小さく盛り上がった胸元に手を添えてため息を吐く鈴子に同意するように、盛り上がりすら見られない雪夜も愚痴を零す。雪夜にしても鈴子にしてもロートキイルだと小学生に間違われるくらい背丈が小さい。里奈は背丈は小さくても胸だけはそこらの大人を優に打ち負かす成長をしていたのを思い出した。翻って遥は胸の大きさは鈴子とそう差はないけれど、スラッとした体躯は身体美極まれりといった感じで見ていて惚れ惚れする。

 

 身長はともかく、胸だったら半分くらいなら分けてあげたいのだけれどきっとそんなこといったら顰蹙を買うだろうなと私は口をつぐんだ。

 

「何だよ、アタシだってこの体で苦労してない訳じゃないんだぜ? 大きすぎて重いし、身長もデカすぎるから既製品で合うやつなんてほとんどないし」

「うぅ~、それは何度も聞いてるけど持たざる者には羨ましいんだよ智恵ちゃん。それに私だって小っちゃすぎて子供服しかサイズが合わなくて苦労してるんだから!」

 

 ならば唯一日本では平均的な身長の遥は困らないのだろうかというとそういう訳でもないらしい。話を振られた遥は渋面で衣服事情を語る。

 

「私もその……細すぎるから」

 

 周りに聞かれたら困るからか、小さな声で呟いた遥の言葉に全員がああ、と納得の声を上げる。何しろ身長が十センチは小さな雪夜や鈴子のウエストより優に一回りは遥の方が細いのだ。これではサイズの合う服は容易には見つからないだろう。

 

「あらあら、みんな揃って着る物に困っていたみたいね」

 

 事情はそれぞれだけれど、困っているのはみんな同じらしい。

 

「フィエーナは大丈夫なのか? ロートキイルからちゃんと夏服持って来てないときっついぞ~」

「うーん。実は日本の予想外の暑さにちょっと困ってる」

 

 気温が三十度を超すのは調べて把握していた。湿度が高くてムシムシするのも知っていた。そう、どちらも事前に知っていたのだ。けれど、想定を上回る体感の暑さに私はロートキイルに逃げ帰りたい思いが日々強まっていた。暑い暑いと思っていたロートキイルの夏が涼しかったとは予想だにしていなかった。

 

「この暑さでよく日本人は平気だね」

「平気な訳ないだろ。この時期外に出る気になれねーよ。なあ?」

 

 智恵の振りに全員が頷いて見せる。近くの同じクラスの生徒の幾人かにどうなのと話を振ってもうんざりした顔で同意の言葉を貰った。そうだよね、人間なら耐えられるはずがない。

 

「服装の工夫でどうにかなるものなのかな」

「無理。いっとくけど、八月はもっともっと暑くなるよフィエーナ」

「うええ……」

 

 心が萎えて屈みこむ私と鈴子の目が合う。何か元気づけるような言葉を探してか、あわあわと口を動かすも咄嗟にこの熱地獄を擁護する言葉が思い浮かばないようで可愛らしく慌てている。

 

「……ファイト!」

「……ありがとね、鈴子」

 

 腕をグッと掲げて励ましてくれる鈴子の愛らしさに癒されたので、この場は許すことにした。

 

 

 

 

 

 

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