着替え終わった私たちは揃ってプールへと移動する。広々としたプールには一組の女子生徒だけではく、三組の生徒も集まっていた。どうやら合同で授業をするらしく、その中には見知った顔も混ざっていた。
「お! フィエーナじゃん! 朝ぶりだなあ!」
「や、澄。偶然だねえ」
プールサイドでは走るなと聞かされていたけれど、そんなこと意に介していないように駆け寄ってきた澄から求められたハイタッチに私は応じる。
「ん? フィエーナは澄と知り合いなのか?」
「んふふ、玉砕された智恵殿には秘密の逢瀬で御座いますことよ」
「んなっ!?」
お嬢様らしく(?)振舞っておほほほと笑う澄は、悪戯気な顔つきのままずいずいと智恵と距離を詰めていく。
「あはは、そんなんじゃないよ。朝、ランニングしてたら会ったんだ」
「しっかし智恵殿もやりますなあ。フィエーナに出会って即告白されたそうではありませぬか」
「うるせー」
「ひひ、からかってごめんって。今日もよろしくな」
肘で脇腹をつついて来る澄をうざったそうにしながらも、そこまで智恵は邪険にした様子はなかった。
やや刺々しい二人の掛け合いを前に私は雪夜の傍に屈んで事情を聴く。
「二人は知り合いなの?」
「あの二人身長が近いでしょう? 体育の準備運動ではよく組まされているのよ」
「へえ。じゃあ私も誰か見つけないとまずいのかな」
「私がいる」
「あの、遥ちゃんじゃ小さくないかな?」
鈴子の言う通りで、遥と私だと五センチほど身長が違う。智恵ほどじゃないからどうにでもなりそうではあるけれど。
「おお、ならウチのダチに言って混ぜてやるよ。おんなじくらいだったはずですぜ」
さっきまで智恵とじゃれていたはずなのに、いつの間にか割り込んで来た澄は私に対しても脇腹を肘でつつこうとして遥にブロックされてしまった。
妨害を受けキョトンとした表情をした澄の背後から、ジト目で澄の首に腕を絡ませる女の子がやってきた。ぐええと呻く澄にあれまと呟いてすぐさま腕は離していた。危なっかしい真似をする子だ。
「そのダチを置いて駆けてっちゃうんだから困りものね。プールサイドで走り回ったらだめじゃない」
「おー、こいつこいつ! 百合恵っち!」
さっきの首絞めを気にしていないのを見るに、そういうスキンシップを頻繁にする仲なのか。澄の奔放な性格を前につい手が出ちゃうのかな。
「あれ、一組で見た顔だね」
澄は三組の人だからてっきり同じ三組の人を紹介してくれるのかと思ったんだけれどという私の疑問はあっさりと氷解する。
「そうよ、澄とは同じバスケ部仲間なの」
成る程、クラスの繋がりではなく部活の繋がりが日本にはあるんだ。ロートキイルだとそういうのは学外の活動になるから、思いつかなかった。
と、先生たちが集合を合図する。先ほどまでざわざわとあちこちでお話に興じていたクラスメイト達が、誰とも言わずに動いて三十秒と経たずに整然と列を形成した。
こういうところ、凄いなあと思ってしまう。私のクラスだともうちょっとグダグダしているのにな。
初めに今日の授業の内容を話した後で、久美先生が私に言及する。
「はーい、それじゃ準備運動を始めます! そうだ、フィエーナさんはどうしましょうか。身長が同じくらいの子と組むのだけど……」
「心配いらないです、組んでくれる人を見つけておきました」
先生の言葉にすかさず百合恵が手を上げて発言する。
「あらホント? 誰かしら?」
「私と織香さんです」
「羽嶋さんに似鳥さんか、なら安心出来るわ。それじゃ転校生をよろしくね二人とも」
「はい!」
「はーい、任せてください久美先生」
準備運動の号令をかけ先生がかけると、クラスメイト達は一斉にグループごとに集成を始める。私も遥たちと別れ、百合恵とその友人の元に近づいた。
「よろしくね織香」
「いえいえ、こちらこそよろしくですよー」
にこやかに迎えてくれた織香の厚意をありがたく受け取り、私は二人と共に準備運動を進めていく。その後は習熟度別にグループを作っていく。私の水泳経験は幼少期で止まってしまっていると先生に話していた。なので、一番習熟度の低いグループに配属されることとなった。
「あれ、織香もなんだね」
「あはは~、水泳あんまり好きじゃないです……フィエーナさんも泳げないのですか?」
「うーん、そういう訳じゃないんだけれど」
一応、子供の頃にはブルストでプール内を泳ぎ回っていた記憶はあるのだ。あの頃の動きを覚えていれば、泳ぐこと自体は可能なはず。
「ほらほら、あんまり無駄話してちゃ駄目よ? ほら、フィエーナさんの泳ぎを見てあげるからこっちにいらっしゃい。似鳥さんはちゃんと泳いできなさい」
「はーい」
織香と別れ、とりあえず泳いでみろと言われたので先生の前で軽く平泳ぎを披露して見せる。泳げるかと頭は心配しても、体は案外と覚えているものらしい。かつてコーチとしてやってきた元五輪選手の動きは流麗で見惚れたものだった。その動きをなぞるように体を動かしていく。
うだるような外気とは打って変わって気持ちの良い水をかき分け先生の目の前を十メートルほども泳ぎ振り返ると、久美先生は関心したように褒めてくれる。
「すごいじゃない! とっても綺麗なフォームで泳げているわ! もう平泳ぎは体に身に付いているみたいね。一週間しか水泳をしていなかったなんて信じられないくらい……講習の先生の腕がよかったのかしら」
うろ覚えだけれど幼少期に教えを受けた人の名を挙げると、先生は納得したような声を上げる。
「知っているんですか?」
「水泳をしていれば名前くらいは聞いた事のある人よ。コーチの才能もあったなんて流石だわ!」
その後、二十五メートルを難なく泳ぎ切った私は一定の泳力があると判断されたので織香とは別れ雪夜と鈴子のグループに混ざり込んだ。
「ここでは何をしているの?」
「バタフライで二十五メートルを泳ぐのが目標よ」
「フォームが綺麗に決まらないの……」
どんな泳ぎをするのか質問をすると、雪夜がお手本を見せてくれる。平泳ぎよりも水中をダイナミックに進む姿は見ていて楽しく、そして綺麗なものだと感心してしまう。
「雪夜すごいね、とてもカッコいい」
「うふふ、ありがとうね」
「フィエーナちゃん! 私の泳ぎも見てて!」
雪夜と比べるとちょっと動作にぎこちなさが見える泳ぎは、ちんまりとした鈴子の姿と相まって小さな子供が頑張っているみたいでほんわかとした気持ちにさせてくれる。
「鈴子も上手く泳げてると思うな。ね、私に泳ぎ方を教えてくれる?」
「いいよ! 私が先生だね! じゃあ……どうしたらいいかな雪夜ちゃん」
「そうね、私たちの泳ぎを見たのだから一回試しに泳いでもらいましょう。それで、駄目な部分を指摘していけばいいと思うわ」
「て、的確な指摘……雪夜ちゃんはすごいなあ」
「ふふっ、ありがとうね」
そうして泳ぐよう促された訳だけれど、やはり参考にするなら雪夜の動きだろう。ただ、体のバランスは人それぞれで違うからそのまま真似をすればいいという訳でもない。
試しに泳いでみると、平泳ぎとは違った泳ぎの楽しさがあった。何だか、水泳って面白いかもしれない。今度からは機会があれば泳いでもいいかもと思えた。
「どうだった? 少し自分向けにアレンジしちゃったけれど」
「フィエーナは……水泳初心者なのよね?」
「そうだよ? 我ながら結構上手く出来てたと思うけれど、どうだったかな」
「完璧だったよ! すごいねフィエーナちゃん! 見ただけでマスターしちゃった!」
「あははー、昔から体を動かすのだけは得意なんだ」
「て、天才児だわ……!」
「雪夜ちゃん! 次はクロール! クロール教えてあげようよ!」
「そ、そうね……折角だし四泳法マスターさせてあげましょう」
その後しばらくして、私は雪夜と鈴子を師として四泳法と呼ばれる水泳の泳ぎ方を一通り学ぶことが出来た。こうして泳いでいる間に私はすっかり水中で体を動かす独特の挙動に面白みを見出していた。
「雪夜師匠。弟子の成長が早すぎます! もう教えられることがありません!」
「本当ねぇ……とんでもない子だわ」
「師匠、いいですか?」
「何ですかっ! フィエーナちゃん」
いつのまにか先生から師匠にジョブチェンジしていた鈴子師匠へ、バタフライの動きが何処かぎこちなかったので、ちょっとこうしたらいいんじゃないかとアドバイスをしてみる。
「それじゃ、泳ぎ始めていいよ」
「はい、師匠!」
鈴子の泳ぐタイミングに合わせて掛け声を入れていく。最初は反応にずれのあった鈴子だけれど、私が声を掛けてからの反応速度を見越して掛け声のタイミングを調整して最適なタイミングでの動作を可能にする。
試しに支給されているストップウォッチで二十五メートルのタイムを測ると今までのタイムを大幅に超える結果が出ていた。
「早くなった……」
「ふぃ、フィエーナ師匠……!」
「あはは、よくやった愛弟子」
「師匠っ!」
ひっしと抱き付いてくる鈴子をよしよしと撫でてあげていると、いつの間にか授業時間は過ぎてしまっていた。