これTS? 憑依?   作:am56x

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T/A12:伯父さんの知り合いに会いました。

 

 水泳の授業を終えて昼休みを迎える。三十度越えの外気よりマシとはいえ、いまいち冷えていなかった校内の気温が水に浸かっていた体には心地よく感じられた。

 

「あ、あの! ちょっとだけ時間もらっていいかな!」

 

 更衣室を出たところで呼び止めてきたのは黒い三つ編みのおさげを垂らし、眼鏡をかけた大人しそうな女の子だった。水泳用具を仕舞ったバッグを持っているあたり、授業を一緒に受けた同級生らしい。一組の子は顔を覚えているから、きっと三組の子だ。

 

「何か用かな」

「あ、はい。その……できれば三人だけで話したいんですけど」

「おじさ……紅葉のお父さんに関わる話なんだよね」

 

 紅葉という名の女の子の後ろで壁に背もたれていた子が口を出してくる。二人はどうも友人関係にあるようだ。

 

「そこまで聞かれたくない話なら、放課後に時間を作るよ?」

「あ、いや! そこまではしてくれなくてもいいです!」

 

 何か大事な話のようなので、遥たちに断ってちょっと時間を作る。二人に案内されたのは使われていない空き教室だった。机とかの一切置かれていない空き教室は何だか普段使っているクラスルームよりも広々とした印象を受けた。

 

「ここらへんでいいんじゃない?」

「う、うん……」

 

 頭の後ろに手を組み壁際に寄りかかってリラックスしている紅葉の友人と比べ、紅葉は随分と緊張している。もじもじちらちらとこちらの様子を窺ってくるばかりで話が進まない。

 

 私、怖がられているのかな。出来る限り敵意のない笑みを浮かべ、優しいトーンになるように声を掛けよう。

 

「それで、どういった用なの?」

「あ、あう……」

 

 じい、と見つめ続けているとやがて覚悟が決まったのか頬を赤くしながらちょっと震え声で紅葉は話し始めてくれた。

 

「えー……とですね。フィエーナ、さんの苗字はアルゲンでいいんですよね」

「そうだよ」

「メルツ・アルゲンさんってお父さんだったりします?」

「メルツ伯父さんかな」

「え、と。ロートキイルの軍人さんなんですけど」

「それなら合ってると思うよ。伯父さんは陸軍山岳旅団で働いているもん」

 

 それにしてもまさか異国の地で伯父の名前を聞かれることになるとは……伯父さん、一体何をやらかしたんだろう?

 

「あの……ですね。昔お父さんがメルツさんにお世話になった、らしいんです。それで、もしアルゲンさんがメルツさんの娘さんだったら挨拶したいって言いだしてまして……」

「へえ、意外なトコで縁があるもんだね」

「ほ、本当ですよねぇっ! あはは~」

 

 上ずった声で笑い声を上げ紅葉は後頭部に手をやる。調子のズレた発音に、後ろにいた友人が小さく笑い声を上げ、目敏く紅葉は後ろを睨んでまた私へ愛想笑いを浮かべて来た。器用な真似をする子だ。

 

「それにしてもどんなことで知り合ったんだろ」

「イラクらしいんですけど、私のお父さんも自衛官で、そのぉ外国だと軍隊みたいなそうじゃないみたいな組織で働いてて……」

 

 イラクか。そういえば、伯父さん派兵されてたっけ。一切口に出したがらないアフガニスタンと比べると何度か話を聞いたあたり、多少は精神的に楽な戦場だったんだろうけれどそれでもあんまり話題に上げようとはしなかった記憶がある。

 

「ふうん。紅葉のお父さんの名前聞いてもいい? 確認してみるよ」

「ありがとうございます! あの、賀谷幸徳っていいます」

「今から電話してみるね。ちょうどあっちは朝だろうから」

 

 とはいえ結構な早朝だ。早起きなメルツ伯父さんなら起きてるだろうけれどとは予想していたけれど、数コールもしないうちに電話はつながった。流石伯父さん、早い。

 

「おはようメルツ伯父さん。朝早くにごめんね」

「フィエーナが電話とは珍しいな。今日本にいるんだろう? 何かあったか」

 

 ロートキイルにいてもメルツ伯父さんにそんな頻繁に電話していなかったのに、わざわざ日本から電話を掛けたのだ。メルツ伯父さんの声音にはこちらを慮るような響きが見られた。

 

「ちょっとね。伯父さんがイラクに派遣された時に知り合った日本の軍人さんの娘さんと学校で会ったんだ。賀谷幸徳って人を知ってる?」

「カヤ……カヤか。随分と懐かしい名だ。そうか、あの頃からもう十年以上も経っているのか……」

 

 過去を懐かしみ、伯父さんは黙り込んでしまう。電話口の向こうにある、ロートキイルの静謐な朝の空気を私は唐突に思い出した。日本の空気が悪い訳じゃないのだけれど、思い出すと猛烈な郷愁に駆られる匂いが鼻をついた気がした。

 

 いけない、こんな時に寂寞に身を任せてる場合じゃない。無粋とは分かっていても、私は伯父さんの黙考を遮って会話を再開させる。

 

「知り合いなんだね」

「ああ。その娘さんはどんな子だ? 元気にしているのか」

 

 いきなりそんな事を言われてもな……会って全然経ってないのだ。ちらりと様子を窺うと、同じようにこちらを窺っていた紅葉と目が合う。途端、眼鏡越しに目線があらぬ方向に散り、顔を真っ赤にしてはそっと再び上目遣いでこちらに視線を戻してくる。

 

 私が微笑みかけながら手を振ると、真っ赤にした顔でおずおずと小さく上げた片手をふるふると振り返してくれた。うん、いい子だ。

 

「さっき知り合ったばかりだけど……うん、立派に育っていると言えるんじゃないかな」

「そうか……」

「朝早くにありがとう、それじゃ切るね」

「ああ、フィエーナも日本で頑張るんだぞ」

「ありがとう伯父さん。伯父さんもお仕事頑張って」

 

 感慨に耽り、私との会話にやや上の空な気のあったメルツ伯父さんとの会話を打ちきる。悪い思い出を想起させたらと内心危惧していたけれど、気苦労だったみたいでよかった。

 

「確かに伯父さん、賀谷って名前に憶えがあるみたいだね」

「そっか……」

 

 遠く離れた日本に思わぬ縁があったのだ。これを断ち切るのはちょっともったいない、気がする。

 

「ね、私もメルツ伯父さんとどんな出会いがあったのか知りたいし会わせて欲しいな」

「え? いいんですか?」

「うん。それじゃ連絡先を交換しておこうか」

「うえぇぇ!? は、はい!」

 

 日本で新しいSNSに登録したけれど、こうしてどんどん友人が増えていくのは嬉しい。

 

「よろしくね紅葉」

「よ、よろしくお願いします!」

「あはは、敬語なんて使わなくたっていいよ。これからはフィエーナって呼んでね」

「ほ、本当? いいの?」

 

 私が頷いて見せると、遠慮がちにフィエーナと呟いてくれた。可愛らしい子だ。

 

「よかったじゃん紅葉」

「う、うん……」

 

 今までのやり取りを紅葉の後ろから見ていた友人がうりうりと肘を紅葉に押し付けニヤニヤと笑う。嫌味な感じはしない、悪戯っ子のような笑みだ。

 

「あなたは紅葉のお友達?」

「そ、佐倉楓。よろしく!」

 

 さっと差し出された手に私が手を伸ばすと、大仰に上下に振られる。白い歯がにかっと見える笑顔でぶんぶんとする姿はちょっと幼げで、ロートキイル人基準だと中学生になりたて程度の身長のせいか、年下の女の子を相手しているような気分になってしまう。

 

「よろしく楓。楓とも仲良くしたいから、連絡先を交換しよう」

「お、おう……積極的ね! 私もフィエーナって呼んでいいかな!」

「いいよ。楓は面白いね」

「はっはっは! ほめられちまったぜい!」

「もう楓ったら……こいつ適当な奴なんですよ」

 

 その後は面会の日程について話しながら、私は二人と共に部室から教室へと戻る。意外と時間を取られてしまった。戻ったら急いで奈緒さんのお弁当を食べないといけない。

 

「ねねフィエーナ。フィエーナが一ヶ宮さんのためにわざわざ日本まで来たっていう噂は本当なの?」

「本当だよ」

 

 肯定すると、二人は息を揃えて驚く。というか、結構広まっちゃっているのかな。

 

「友情パワーだねぇ」

「友情? 噂によれば、二人は付き合ってるって……」

 

 紅葉の言葉に私は口の端がひくつきそうになる。そこも広まっているの……?

 

「あははー、遥とはお友達なんだけどなー。きっとロートキイルと日本で友情の表現法が違うから勘違いされてるんじゃないかな」

「おおー! 文化の違い! 例えば例えば?」

「うーん、友人同士ならハグは普通とかかな? 日本じゃやらない人もいるでしょ」

「でもでも、やる人もいるよ?」

「そうだね。けど、それが一般的かっていうとどうかな? 街を歩いてたらそこらじゅうでハグしてる人が見られるのがロートキイルだよ。こっちだと全然見かけないから私は新鮮だったな」

「あー……親しくても私なら楓とハグなんて絶対しないわ」

「えー! ひっでーな!」

 

 何だか紅葉って仲良くなった相手には結構辛辣な子だ。ばしばしと背を叩く楓の態度あってこそなのかもしれないけれど。

 

 そこまで空き教室と私のクラスルームとの距離は離れていなかったようでもうちょっと深く会話したいなと思ってるうちにクラスルームの入り口前に到着してしまった。あ、遥がこっちを見て目を輝かせているのが見える。早く行ってあげないと。

 

「それじゃ、また後でね」

「ばいばーい」

「んじゃね~」

 

 あれ? でも私、学校じゃあらぬ誤解が生まれないように同性、異性問わずロートキイルのように挨拶代わりの抱擁なんてした覚えはない。どうして遥との関係を勘違いされたのだろう。

 

 私が疑念に首を傾げつつ教室内に入ると、待っていましたとばかりに遥が駆け寄って来る。

 

「フィエーナ、どうかした?」

「ん、何でもないよ。それより早くお昼にしちゃおう? 話し込んだせいであんまり時間がないからね」

「うん!」

 

 笑顔で指を絡めてくる遥に引っ張られながら、私は智恵たちの座る机の方に歩いていくのだった。

 

 

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