これTS? 憑依?   作:am56x

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T/A16V:クラスに宗一が訪ねて来た。

 

 

 俺が昼食を取り損ねないよう些か駆け足気味にクラスルームに戻ると、留守の間に来客があったことを雪夜が教えてくれる。訪ねてきたのは、宗一だという。

 

「何の用だったのかな」

「さあ……いないって伝えたらさっさと行ってしまったわ」

「三年の先輩だろ? フィエーナと接点なんかあるもんかね?」

「あー、道場で手合わせしたんだ」

「ほへえ、そういう繋がりか」

「授業が終わったらまた来るって言ってたわよ」

「ふうん」

「それより遥ちゃん、大丈夫かなあ……」

「今月は特に多いよな」

 

 突然の来客者だったが、それよりもみんなは遥のことを心配していて宗一についての話題はそれきりになってしまった。

 

 放課後、雪夜が言っていたようにホームルームの後に宗一がクラスルームへとやってきた。夏用のシャツ越しでも分かるがっしりとした鍛え上げられた肉体に百八十五センチの身長、おまけに鋭い目つきをした宗一が現れるとそれだけで一瞬クラスルームの空気が静かになった。

 

「フィエーナ・アルゲン。来い」

 

 それだけ言うとさっさと背を向けて入り口から出て行ってしまう。俺が付いてこなければそれでよしってことなんだろうか。まあ、いい。来ることを想定し、予め荷物はもう纏めてあった。紺色のスクールバッグを手に取り俺は立ち上がる。

 

「行って平気なのかな、フィエーナちゃん」

 

 そろりと駆け寄ってきて耳元で不安そうに鈴子が囁いて来る。

 

「大丈夫だよ。私の方が強いから」

 

 魔力さえ使われなければ、だが。それも一度見ているし、対応は不可能ではない。俺は安心させるように鈴子の頭にポンと手の平を乗っける。

 

「それじゃ、行ってくるね」

「平気か? アタシが付いてってやってもいいぜ?」

「そうよ、みんなで行ってもいいんじゃない?」

「んーん。気にしないで」

 

 心意気はありがたいが、もし本格的に事を構えるならむしろ単騎の方が楽だ。それに、まさか学校でやり合うつもりなんてあるはずがない。道場でも一瞬ばつの悪そうな顔を見せていたことだ。悪いようにはならないだろうという確信があった。

 

 あまりのんびり構えていると後を追えなくなってしまう。友人たちとの会話は手短に、俺は足早にクラスルームを出る。宗一は背を見せていたものの、足を止めて廊下の端に陣取っていた。むすっとした大男がずんと立っているので授業終わりの他のクラスメイト達がぎょっとして空気を委縮させていた。

 

 俺がクラスルームから完全に身を外に出した途端、視線を背後に向けることなく再び宗一の足は動き始める。ふむ、気配を読むくらいは楽勝という訳か。中々に出来る。

 

「宗一……先輩? 何の用なんですか?」

 

 俺が声を掛けても返答はない。何だかな……どっかの誰かを思い出す不愛想さだ。なあ、ハリア?

 

 俺が脳内でかつての仲間に思いを馳せていると、突然宗一が振り返る。人通りも少なくなってきていたし、ここいらで話をするつもりなのかもしれない。そう俺は思ったのだが、宗一が口を開く様子はない。何故かじいとこちらを睨み付けるばかりだ。

 

「ええ、と。そろそろ用件を言ってくれてもいいんじゃないですか?」

「おい、あまり馬鹿にするなよ」

 

 どういうことだ? 全く意味が分からない。

 

「すまん。気のせいだった」

 

 余計に意味が分からない。それだけを言って再び歩き出す宗一に付いていくべきか悩むが、ここまで来たなら最後まで付き合おう。

 

 会話もなく連れてこられた一室には読書部の表札が掲げられていた。

 

「入るぞ」

「失礼します」

 

 中からの了承を得ることなくドアを開いた宗一に俺も続く。

 

「ああ~! 待ってたよ~!」

 

 ドアが開いた途端、天真爛漫な笑顔をした女性がフィエーナよりも大きな胸部を揺らして突撃してきた。どうにも見覚えのある色合いのハードカバーの本を大事そうに両手でしっかりと抱えている。日本語じゃないな。というか、これは……。

 

「ね、あなたフィエーナ・アルゲンさんでしょ? 待ってたんだよ~!」

「え、ええと。初めまして?」

「んふふふふ~! ね、ね。これにね~サイン貰ってもいいかな~!?」

 

 ほんわかとした笑みが和ませる女性がずずいと出してきたのはロートキイル版の『探窟者ヴェイルの回顧録』だった。やはりか。

 

「ま、まさかお読みになったんですか?」

「うん! すっごく面白かったよ! ね、ね! アルゲンさん絶対この作者でしょ? そうでしょそうでしょ!?」

「あ……はい」

「きゃー! やっぱりやっぱりぃ! すごいなすごいな~! すごい偶然だよね~!」

 

 はしゃぎながらぴょんぴょんと飛び跳ねる彼女はとても可愛らしい。それにしてもまさか遠い日本にもフィエーナの本の読者がいるとはな……胸に呑み込まれかけている本に目を向けると、初版の表紙をしていた。さてはこの子、初期からの読者か!

 

「こらこら日子。はしゃぎ過ぎって。困惑してるぞ~」

「あ、ごめんね! でもでもっ、りーちゃん! 原作者に会えたんだよ! これってとってもすっごいことだよ!!」

「そうだねぇ、でも原作者様を困惑させちゃ迷惑になるだろう?」

「あ、迷惑だった?」

 

 先程までの笑みを陰らせ、不安げに本で顔半分を隠しながら上目遣いでこちらを見てくる日子。あんなに嬉しそうに笑っていた顔から笑顔が消えると罪悪感が芽生えて来る。

 

「いいえ、そんなに喜んでくれて嬉しいです」

 

 たかが俺の人生をここまで魅力的な物語に昇華してみせたのだから、フィエーナは流石だ。きっと後で喜んでくれることだろう。で、俺のどこら辺がイケていたか聞かせてくれてもいいんだぞ?

 

「はえ~……フィエーナってすごかったんだねー……」

 

 横から顔を出してきたのは楓だった。その横には紅葉の姿もある。

 

「あれ? 二人はもしかして読書部だったの?」

「そーだよー」

 

 楓が肯定する横で紅葉もコクコクと頭を縦に上下させる。

 

「何だ、二人の知り合いか? あ、同じクラスなのか?」

「いえっ! そうじゃないんですけどぉ……まあ、ちょっとしたことでお知り合いになりまして……へへ」

「わああ~! だったら言ってくれればよかったのに~」

「わ、私たちも作家さんとは知らなかったんですよぅ部長。ね、楓?」

「そういう訳なんです」

「そっか~!」

 

 ほわほわと優しい笑顔の日子先輩にサインを書いてあげると、何度もお礼を言って大事そうに本を胸に抱く。

 

「ありがとうね~! 大事にするよ~!」

「これが用事だったんですか?」

 

 今まで蚊帳の外で知り合いを話していた宗一に話しかけると首を横に振った。口数少ない宗一の代わりに愛想笑いを浮かべた隣の男性が申し訳なさそうに話し始める。

 

「あ、いや。道場で彼、ちょっとやり過ぎちゃったでしょ? だから謝りたいんだって」

「はあ」

「いや本当こいつ口数少なくて分かりにくいことこの上ない奴だけどさ、悪い奴じゃないんだよ分かってやってくれ……とまでは言わないけど謝罪を受けてくれないかい」

 

 何だか宗一にいつも苦労させられてそうな奴だ。諦観と懇願の混じり合った物言いに、俺は多少の同情を覚えてしまう。何しろ、俺のパーティーには無駄に喧嘩を吹っかける奴が絶えなかったからな。何で俺がという内心を押し殺して謝ったことが何度あったか……やめよう、悲しくなってきた。

 

「いいですけど、何故ここで?」

「それは二人きりで話したいらしいから、読書部の部室の一部を借りたいのが半分。日下さんが君のことを知って会いたがってのが半分」

「なるほど」

「つーわけなんで吉村さんよ。あそこの部屋を貸してもらっていいよね」

「あ、どぞどぞ。だが変なことしたら成敗だからな」

「しねえって! な、な?」

 

 必死に同意を求める男から目を逸らす宗一。何というか……ううむ、既視感が……。

 

「そーくんはそんな人じゃないよ~! 鍵を貸してあげてよりーちゃん」

「むむ、日子はこいつに甘いんだから」

「何かされたらすぐ声を上げろよー」

 

 吉村りーちゃん先輩の揶揄を背に受けながら、俺は鍵を開けた宗一に顎で促され先に室内へ入った。

 

 カーテンで外光の遮られた薄暗い部屋の中はおまけに狭かった。人一人分の通路しかないその部屋の両側には本棚が並び、フィエーナの背丈ほどまでぎっしりと本が並んでいる。とはいえ奥行きはそんなにない部屋だ。冊数としてはそこまででもないだろう。

 

 室内に入り少しばかり待つが、宗一の方から口を開くつもりはないのか一向に会話が始まらない。

 

 ただ俺の方をじいと見つめて来るばかりだがこの男、誰かさんと感情表現の方法がよく似ている。だから俺は宗一の目から何を思っているのかある程度察することが出来た。

 

「道場でも一度謝罪は受けました。それで私は十分ですよ」

 

 後悔の念……多分、俺以外だと彼と長年付き添ってきた人物か余程観察眼に優れた人物でないと読み取るのは難しいだろう。それほど彼の表情は不愛想で無表情だ。

 

「……聞こえていたのか」

「口の動きで何となくそうかな、と」

 

 俺の言葉に俯き視線を逸らす姿まで似通っている。あいつほど言葉に不自由している奴はそういないと思っていたが、まさかこんなところに同類がいたとはな。

 

「でも、もう一度言わないと気が済まないんでしょう? 聞きますよ」

 

 俺が精いっぱい優しそうな声音を作り、ほほ笑むとようやく宗一は顔を上げ視線を俺の目と……合わせようとしては逸らし、首元に移らせてはまた逸らし、さらに視線を下げて胸元を見て目を数瞬瞑る。

 

 結局観念したのか、あるいは一番ましと判断したのか目と目を一瞬だけ合わせて彼はぽつりと呟いた。

 

「すまなかった」

 

 そう言ってすぐに目をそらしあらぬ方向へ視線を動かしてしまう。あまり誠意のある謝り方ではない。だがきっと、この男にとってはこれが精いっぱいの謝罪なのだろう。この先の社会で通用するとはとても思えないが、まあ、いいだろう。

 

「宗一先輩の思いは確かに伝わりました。その謝罪、受け取りましょう」

「そうか」

 

 これで彼の用は済んだのではないだろうか。そう思っていたのだが、どうにも動く様子がない。しばらく待っても何もないので俺から声を掛ける。

 

「これで一件落着、ですよね?」

「ああいや……ああ、そうだ」

 

 ようやく解放してくれた宗一の後に続いて部屋の外を出る。

 

「仲直り? は出来たの?」

「あー……」

 

 日子先輩がほんわかとした調子でスススと寄ってきて宗一にニコニコと問いかけるが、宗一は一瞬口を開いては閉じ、返答に困っているようだった。

 

「ええ。もう平気です」

「そっかー! ならよかったよ~」

 

 真っ先に近寄ってきた日子先輩に続いて寄ってきたのは楓だった。待っている間に日子先輩から、フィエーナの出した『探窟者ヴェイルの回顧録』についていろいろと話を聞いたのだとペラペラと滑るように話を始める。それだけ関心を持ってくれるのはありがたいし、別の日なら遅くまで付き合ってもよかった。だが今日は遥のこともあるからそろそろ帰らせてほしいのが正直なところだ。

 

 五分を区切りにと内心定め話を聞き続けていると、何やら再び宗一からの視線を感じる。何だ、今度はどうしたんだ? 疑問に思いつつもアクションを取って来ることはないので、今日はそろそろお暇させてもらうか。

 

「ねえねえフィエーナ! 日子先輩に聞いたけど“ヴェイルの回顧録”って色んな国の言葉に翻訳されてるんでしょ? 日本語版ってないの?」

「あー、確か今年の九月に翻訳版が出るはずだよ。私も日本語出来るからある程度翻訳に関わったし」

「そっかぁ! ないなら諦めて英語版でも取り寄せようって思ってたけど、なら販売されたら買うからね!」

「ありがと楓」

「わ、私も日本語版が出るなら買おうかな」

「本当? 紅葉も嬉しいこと言ってくれるね」

「えへへ……」

 

 よし、ここいらで帰らせてもらおう。

 

「悪いんだけど、私はそろそろ帰らせてもらうね。今日遥が早退して、ね」

「ええっ!? だ、大丈夫なの?」

「んー、そこまで大事ではないと思うけど」

「そ、そっか。楓の無駄話なんかに時間潰させちゃってごめんね!」

 

 読書部の部長である日子先輩と迷惑をかけたその他のメンバーにも挨拶を済ませ俺が部室を出ると、その後を宗一とその友人が追いかけて来た。

 

「お帰り、ですか?」

「あ、と。俺はそうだけどこいつは別。君は知ってるだろうけど」

 

 成る程。これから退魔師としての活動があるのか。それにしても遥には及ばずとも吉上先生を優に超える実力の宗一には緊急出動の命令は出なかったのだろうか。遥ばかりに負担を押し付けてやしないだろうな。

 

「後詰めだ」

「え、と?」

「あーとね。宗一は君が疑問に思っているのに答えたんだよ。何で宗一は学校にいるのかって」

 

 それは何となく察していた。

 

「そうじゃなくて、後詰めって何ですか」

「予備戦力、かな。この地の二大戦力の一角なんだ遥さんと宗一って、だから片方には余力を残しておいてもらわないと困る訳。たまたま今日は遥さんが緊急出動の担当だったの」

 

 今更俺が戦力運用にどうこう口出しなんて出来ない。向こう側の人間がそうだと説明するなら俺はそうなのだろうと納得するしかない。

 

「そういえば名前を聞きそびれてましたね」

「あれ? そういえばそうかもしれないね。俺は北村武人。宗一と同門さ」

「二重の意味で先輩ですね」

「はは、アルゲンさんの実力には及ばないけどね。その年で免許皆伝。おまけにあの狭山さんを手玉に取って見せるなんてすごいよ」

 

 ま、俺の経験ありきだからそこは当然の話だ。曖昧に笑っておくだけに留めた。

 

専ら北村先輩の方と話しながらも、俺と北村先輩双方が宗一に注意を払っていた。俺に何か話をしたいようだが……。

 

「それじゃ、俺たちはここで。それじゃあまたね」

「はい。お二人とも気を付けて下さい」

「ありがと」

「……」

 

 それとなく二人で促しても話す様子もなく、話したがってはいるが話すのを躊躇っているようにも見受けられたので俺は北村先輩と目くばせして今日はお開きにすることにした。

 

 

 

 

 

 

 

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