私が日本に来てから一週間、ロートキイルの友人たちとは主にSNSでの交流だけが続いていた。エリナが毎日テレビ電話を掛けて来る両親の通信に混ざったりしてくることはあったけれど、みんなそれぞれ事情があって、何より七時間の時差の影響でリアルに声を聞く機会は大きく減少してしまっていた。
『フィエーナちゃーん!』
「里奈!」
真っ先にグループテレビ電話回線に入ってきたのは里奈だった。相変わらずの小さな体と、小さな体とはアンバランスに大きな胸を画面いっぱいに広げて喜色満面に抱き付く仕草を画面越しにする里奈に合わせ、私も思わず腕を広げ里奈を迎え入れる体制になってしまう。
『そっちは夜なんだなー、こっちはほら。まだまだ明るいぜー』
画面を占有する里奈の後頭部に手を置いて、ぐぐぐいっと画面下に追いやりながら後ろからひょっこり顔を出すのはトヨだ。里奈はトヨに抵抗することなく頭の上に置かれた手を両手の手で掴みながらするすると消えていった。
というか、この部屋の内装からして二人はエリナ家のリビングにいるらしい。位置からしてテレビのディスプレイを使っているようだ。
「ロートキイルはまだ二時だもんね。日本は今夜の九時だよ」
『時差ひでーなあ。あーあ、あたしもお盆に帰るけどさ』
『私も日本帰るよ』
ひょっこりと目から上だけ姿を見せる里奈の頭の上には相変わらずトヨの手がある。里奈は百五十センチすら届かない身長のせいで、こんな扱いが慣れっこになってしまっているのだった。
『あ。繋がったの』
数分ほど里奈とトヨの二人を相手に話していると、飲み物の入ったコップ片手にだらけた部屋着姿のエリナがのっそりと姿を見せる。ああもう、せっかく綺麗な顔してるのに髪もロクに整えないでエリナはもう……髪も淡い金髪でとっても綺麗なのにもったいないなあ……可愛いからつい許しちゃう私はきっとエリナにだだ甘なんだろうな。
「エリナー、私がいないからってだらけてるー」
ひもの緩い白のタンクトップからはたわわな胸が零れそうでひやひやしてしまう。私ほどでないにしても、エリナだって大きいんだからもうちょっとしっかりしてほしい。
『何言ってるの。別にフィエーナいなくてもこんな調子だよ』
しれっとそう言いながら氷の入ったジュースをずずずとわざと音を立ててニヤリとして見せるエリナは行儀が悪くて、いつも通り過ぎて、ちょっと故郷に郷愁を感じてしまった。
『フィエーナ。今私映ってる?』
今まで一画面だったディスプレイが二画面に分割されたかと思うと白銀のシニョンだけが映り出し、ごそごそとカメラの位置が動いて鋭い目つきを心配げにしているアメリアの顔が姿を見せる。
「アメリア心配しないで。ちゃんと映ってるよ」
アメリアもまた忙しい身だ。今日は一時間だけ自由時間を無理言って作ったと聞いた。今も里奈たちとは別の場所からグループテレビ電話に入ってきている。企業のロゴの入ったぴっちりとしたスポーツウェアは怜悧な美しさを持つアメリアが着ているとすごく様になっていた。
『あら? キアリーの顔が見えないわね』
『キアリーちゃん遅刻なんだ。今ね、全学技術連盟のプロジェクトが忙しいみたいでわたわたしてるよー。って、玄関がうるさいね。来たみたい』
『あたしが出るよ』
どたばたと画面越しが慌ただしくなって、ようやくキアリーが出現する。まあ、約束の時間から五分も過ぎていないからぎりぎりセーフにしてあげよう。
『うあぁあぁあ、間に合わなかったぁ……』
息も切れ切れに額から汗を流しながら胸を上下させるキアリー。相変わらずすっごく大きな胸をしている。絶対赤ちゃんの頭よりも大きいよ、あれは。ヴェイルは三丘高校で日子先輩に会っていたけれど、やっぱりキアリーの方が上だ。
『もう、時間に余裕を持って行動しないからよ』
『ううう……フィエーナ。アメリアが怒るよぅ』
お淑やかそうな方向性で綺麗に整った顔立ちとサラサラと真っ直ぐに伸びる金髪でお人形さんみたいに可愛らしいのに、相変わらず子供じみたところがキアリーにはある。顔は幼げだけれど、身長は私よりも四センチほど大きく、胸も私より十センチほど大きいのでギャップが凄い。
「駄目だよキアリー。忠告はちゃんと聞き入れなきゃ」
『うえあー……』
駄目だこりゃ。走って脳に酸素がないせいで、まともな呼吸になりやしない。浅い呼吸を繰り返すキアリーはテレビの前に設置されているソファにずるずると倒れ落ちて行って画面から消えていった。
『キアリーちゃん。お水でも飲んで落ち着いて』
『あいがとー里奈ぁ……』
画面外で里奈にお世話されるキアリーの姿は見えないけれど、そういった光景はありありと脳内で再現が可能なほど見慣れている。
「何かみんな、相変わらずだね」
『そりゃ一週間ちょっとで変わる訳ないでしょ』
「あはは、そりゃそうだね」
そういいながら不愛想にこっちを見つめて来るエリナだけれど、その瞳の奥からはこっちを慈しむ感情が見え隠れしていた。意外と心配性なんだよね、エリナって。
その後、落ち着いたキアリーを交えて話していると、三十分が経過した頃に里奈が遥について聞いて来る。
『そういえば遥ちゃんはまだ帰ってこないの? 九時頃なんでしょ?』
「うーん、そろそろだと思うんだけどな」
今回夜八時半に通信を始めたのは、この時間なら遥もみんなの顔が見られると考えたからなのだけれど今日は……あ、インターホンが鳴り出した。階下のエントランスに遥が到着したようだ。
「遥を出迎えて来るね」
『いってらしゃーい』
気のないエリナの声を背後から聞くのも久しぶりで、嬉しくなってしまう。
一ヶ宮家に間借りしている私の部屋を出て玄関で遥を出迎えようとすると、奈緒さんと仁悟さんもリビングから姿を現してきた。
「遥ちゃん、どうにか間に合ったみたいね」
「うん、アメリアもきっと遥の顔が見れたら喜ぶよ」
「しかし今の時代は便利だよなあ。ロートキイルにいる友人が日本にいる友人と顔を合わせて会話できるんだもんなあ」
ほろ酔い気味の仁悟さんのしみじみとした物言いに私も頷く。ヴェイルのいた世界ではとても再現できない現代文明の数々がなければ私は今ここにはいられない。
「ただいまぁー……」
日曜日の任務、昨日の土曜日も丸一日を費やして魔之物退治をしていた遥にとってきっと一週間で一番に疲れている時間だろう。疲れ切った声音で帰宅した遥はそのままに出迎えた私の胸元に顔を倒れ込ませる。
「おかえり、遥」
「えへへへぇ」
だらしなく顔が緩む遥を見ていると、私も何だか心がほっこりして口元が緩んでしまう。すりすりと私に顔を寄せ、背に回した両腕でぎゅうと抱きしめて来る遥を見ていると、とても戦う力を持った強者には見えない。ただただ愛らしい美少女だ。
「遥、今日はロートキイルのみんながテレビ電話で待ってるよ。会う元気ある?」
「ある! え、え? みんなって誰?」
「エリナにアメリア、里奈にキアリー、トヨの五人」
「わわわわ! わああ~!!」
言葉にならない声を上げて遥は周囲が明るくなるような満面の笑みを浮かべる。そんな笑顔を見せられたらこっちまで心が高鳴ってしまう。
「あはは、私の部屋のパソコンだから早く行こうっか」
「待って待って! 私すぐに着替えて来るっ!」
遥らしくなく靴をぽいぽいと玄関に投げ落としたかと思うと次の瞬間には遥の部屋の扉がバタンと閉じる音がした。は、早い……流石遥。
「遥ちゃんはしゃいじゃって、もう」
言葉面とは裏腹に嬉しそうにしながら奈緒さんは座り込み、遥が適当に脱いで捨てた靴を並べなおす。
「フィエーナさん……父親として改めて言わせてもらうよ。遥と一緒にいてくれてありがとう」
ちょっと目の潤んだ仁悟さん、ちょっとお酒が入って感傷的になっているのが分かる。
「仁悟さん。私、遥と友達になれて幸せだったって思っているよ」
「そうか……」
私が言葉を続けようとし、仁悟さんも何かを喋ろうと口を開くも私たちにこれ以上言葉を紡ぐ時間はなかった。
「フィエーナ! 準備オッケーだよ! どうかなっ!?」
あっという間に着替えを終えた遥が怒涛の勢いで部屋から飛び出してきては私に服装について感想を求めてきたのだった。
遥はとっても可愛らしいからよっぽど変な格好をしなければ様になっちゃう子だけれど、今回もしっかり綺麗に決まっていた。私がグーサインを出して頷いて見せると、テンション高めの遥はニコニコと抱き付いてきた。
「フィエーナ行こう!」
抱き付いたかと思えばすぐに私の手を引いて歩き出す遥は本当に嬉しそうだ。
「みんな~! 本当にみんないるねーっ!」
昨日までロートキイルにいたかのように流暢なロートキイル語を話し始める遥はみんなとの会話に混ざる。
『遥ちゃーん!』
『遥!』
テンション高めの遥に付き合うかのように画面越しに里奈とキアリーが迫って来る。
『遥、あなた……大丈夫なの? すっごく疲れて見えるわ』
「んー、疲れてたけどみんなの顔見たら疲れなんて吹っ飛んじゃった!」
『そうはいうけど、予想外に疲れた顔してるぞ? 電話終わったらさっさと寝ろよ?』
「トヨの声聞くのも久しぶりで感動……」
『駄目だこりゃ』
疲れのせいか普段よりも幼げに感情を露わにする遥は可愛らしいけれど、トヨの言う通り早く寝かしてあげた方がいいかもしれない。うーんでも、こんな嬉しそうにはしゃぐ遥を止めるのも私には出来そうにない。
久しぶりに遥も混じって全員で賑やかにおしゃべり出来て私としてもこの場をずっと過ごしていたい思いがあるのも確かだった。近況を互いに喋っているだけなのに、ずっとこうしていたくなってしまう蜜のように甘い時間。
『そういえばフィエーナちゃんに彼氏が出来たんだよ~』
「は?」
『あ、い、言い間違えちゃった~あはははは~』
分かりやすく動揺する里奈は一瞬で氷のように冷たくなった遥の視線に耐え切れず画面外に逃げる。代わって、その視線が横にいる私へと向けられた。
「あ、あはは……里奈の誤解だから遥落ち着いて?」
「何だ、そっか」
にっこりと笑顔を見せる遥だけれど、その張り付いたような笑みはさっきよりも怖いかもしれない。
「それで、里奈が言っていた男の子との間に何かあったの?」
『遥落ち着きなよー、ただフィエーナの元にアルフレート王子が尋ねて来ただけだよー』
『それに合唱団交流会で王都に行った時、家に招かれて泊まった、だけだよね』
フォローするつもりで墓穴を掘るキアリー……その墓穴は私が入る羽目になるのを理解してほしい。あと、事態をかき混ぜるつもり満々のエリナは後で覚えていること。しっかり睨みを効かせておく。
「アルフレート王子って、修学旅行の時にあったって話していたね? お友達になったとは言っていたけど……」
「う、うん。SNSで交流したりね」
「ふうん」
じいいと、遥が睨んでくる。私は悪いことをしたつもりはないのに、罪人のような気分だ。
「フィエーナの男事情は知らないけど。私には何にも言ってくれなかったね」
「だって、お友達と交流しているだけじゃない」
「でもフィエーナはすっごく綺麗だし、可愛いし、優しいし、おっぱいも大きいし、髪もさらふわで触り心地いいし、くっついてると幸せな気持ちになるし、声は聴いてるだけで気持ちよくなっちゃうし、目は宝石みたいに綺麗な赤紫色をしているし」
「待って待って! 遥褒めてくれるのは嬉しいけど結局何が言いたいの?」
「あっ」
遥の褒め言葉の嵐にディスプレイの向こう側からニヤニヤとした笑みが送られてくる。私まで恥ずかしくなってきて、頬が淡く染まるのがディスプレイに映り余計に羞恥を煽られる。遥ったら、もう……!
「つ、つまりね! フィエーナはもっと慎重になるべきだよって言いたいの! その人、信用出来るの?」
「遥。アルフレート王子殿下とは私自身何度も会って本人を見て来たから断言できるよ。あの人はいい人だよ」
真摯な態度で私は遥に言い聞かせる。アルフレート王子は私の大切な友人だ。遥だからって悪く言うのはいけないことだと言わなければならない。
「……ごめんフィエーナ」
「ううん、遥は私のこと心配してくれたんだもんね。ありがとうね遥」
「……アルフレート王子とはお友達、なんだよね?」
「あはは、疑り深いね遥。そう言ったでしょ?」
「今も交流しているの?」
「うん、今日もちょっとSNSでメッセージを送り合ったよ」
『遥ちゃん。ロートキイルだと告白イベントはなくて長く付き合ったボーイフレンドとは恋人同士になるんだよ。油断しないで』
「フィエーナ?」
せっかくどうにかなったかと思ったら、里奈の言葉に再び遥の顔が猜疑心に満ちた追究者へ変貌する。
『里奈! 余計なこと言わないのっ!』
『えーっ! でもアメリアちゃん、これって本当のことだよ!』
『そうだよ遥。フィエーナってばいつの間にか王子様引っ掛けてるんだからずる……羨ま……ごほん、凄いよね』
「エリナっ!」
『へ~んだ』
エリナって本人はそういう素振りは一切見せてないつもりだけれど、私への独占欲は結構高い。遥のために来日しようとした時も嫉妬が見え隠れ……というか割とはっきり態度で示していた。今の発言は絶対遥をけしかけてアルフレート王子との仲をあわよくば薄めてやろうという算段だ。エリナ。私だってエリナのこと心の奥底まで分かってるつもりなんだからね。
「もう、私はそういうつもりで付き合ってないのに……アルフレート王子とはお友達、だよ」
「そっか……そういうことにしておく」
疑り深いな遥。